沖縄県内の民事信託の現状・展望・課題修正1

那覇支部 宮城直

民事信託[1]に関する委員会や、民間団体の役職などに所属していない一司法書士の私見です。

1 現状

(1)金融機関

信託法34条の分別管理義務として信託財産に属する金銭の管理に必要な、信託口口座[2]の開設に関係する、金融機関の現状について私が把握している情報です。

(株)琉球銀行について、2017年に信託口口座の開設を確認しています。2018年に(株)沖縄銀行、(株)沖縄海邦銀行に関して開設を確認しています。コザ信用金庫、沖縄県農業協同組合その他の金融機関に関しては把握していません。会員の方で情報を持っている方がいらっしゃれば指摘願います。なお、2018年に(株)琉球銀行は、当会会員である司法書士法人みつ葉グループと民事信託分野にて業務提携[3]、(株)沖縄銀行については県内司法書士と業務提携[4]を行っているようです。

(2)公証センター(公証人役場)

現在の実務の現状として、金融機関において信託口口座を開設するためには、信託行為を公正証書にする必要があります。沖縄県内で、信託行為が年間どのくらい公正証書にされているのか、件数を把握していません。

全国的な統計[5]として、2018(平成30)年2,223件、2019(平成31)年2,974件、2020年2,924件という数字があります。ただ、この数字を人口割合や世帯割合で割れば、沖縄県に当てはめられるかというと、私には分かりません。他に(株)三井住友信託銀行[6]、(一社)家族信託普及協会[7]などが公表している数字がありますが、現在の沖縄県にそのまま当てはめるのは難しい[8]のではないかと思います。

公証実務は、元公証人の遠藤英嗣弁護士の書籍、研修の考えが中心になっていると思われますが、全てについて正しいのかというと、私には分かりません。

(3)判決

信託法(平成十八年法律第百八号)施行後の主な判決です。

・令和3年9月17日東京地方裁判所判決平成31年(ワ)第11035号損害賠償請求事件

・令和2年12月24日東京地方裁判所判決

・令和2年10月30日札幌地方裁判所判決平成30(ワ)1940詐害信託取消等請求事件

・平成31年1月25日東京地方裁判所判決平成29年(ワ)第32855 号信託契約有効確認請求事件

・平成30年9月12日東京地方裁判所判決平成27年(ワ)第24934号信託契約有効確認請求事件

・平成28年10月19日東京高等裁判所判決

・平成25年4月3日名古屋高等裁判所判決平成20年(行ウ)第114号 贈与税決定処分取消等請求事件

(4)実例・経験談

私のみの経験ですが、目的としては認知症対策が大部分を占めます。信託財産に属する財産は、金銭、委託者が経営する法人の株式等、自宅や収益不動産、区画整理予定の土地を含む不動産が主です。数として少ないのが受益権の売買・贈与です。目的として認知症対策が多い反面、認知症等のために信託公正証書の作成が間に合わなかった事例が同じ位の件数あります。

2 展望

私見です。沖縄県は、2018年までならば、実務、理論ともに全国で1番になる可能性があったと思います。2022年現在ではありません。2015年から県内金融機関を回り、2018年に沖縄県で(一社)家族信託普及協会から、専門家向け講座開催、(株)琉球銀行・(株)沖縄銀行を繋げて市民向け講座を開催するまでは出来ました。そのあと私から、講座に参加していた司法書士をはじめとする各専門家や金融機関関係者に対して、(一社)司法協会の研究助成に採択されたので、業界関係なく共同研究の形にして一緒にやらないか、参加の声掛けをしましたが、参加される方はいませんでした。2018年、沖縄県で業界や学会の垣根を超えた民事信託の研究・実践団体、勉強会が結成されていた場合、現在、(一社)民事信託推進センターが行っていることなどは、自前で可能だったと考えます。この時点で、それぞれ事務所、会社、金融機関の利益のために動くことになりました。

現状、例えば金融機関提携の専門家の下で家族信託・民事信託が設定された場合、利益の一部は東京都などの専門家(団体)に流れていきます。この流れが止まることは、ないと思います。現在、士業間ビジネスが活発です[9][10]。毎月3,000円~数万円の年会費、月会費を支払う固定費型のシステムのため、この流れも少なくとも数年は止まらないのではないかと思います。その他の民事信託を専門としている士業のホームページを覗いてみると、信託契約書のチェックなどで数万円というのは珍しくないと思います。故石川義博司法書士を知っている身としては、寂しい状態ですがそういう時代だと諦めます。

各司法書士会員の皆様には、業務の選択肢の1つとして考えていただければ良いのではないかなと思います。第二期成年後見制度利用促進基本計画(令和4年3月25日閣議決定)、民法(相続関係)改正その他の関連する新法施行[11]など、利用を検討する場面は多くなるのかもしれません。

民事信託・家族信託の書籍を開くと、奥が深い、日々変わっていく、失敗事例の指摘など、今までの法律書にはないような言葉が並びますが、成年後見関連業務をはじめ不動産・商業法人登記についても、司法書士業務で簡単な業務はないと思います。

3 課題

個人的に課題は一点であり、犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令の改正[12]です。法令改正が可能になるまでは、日本司法書士会連合会における本人確認規定の改正、それが出来なければ県司法書士会における本人確認規定の改正による対応です。

沖縄県司法書士会についてもう少し踏み込んで書くとすれば、私がこのような記事を書いている現状だと思います。本来であれば、より多くの情報や経験を持っていると考えられる民事信託委員会の会員、金融機関や不動産事業者と提携している司法書士会員が書くような記事だと考えます。

今後の沖縄県の司法書士業界における民事信託への取組み、関わり方については、私は金融機関への提案や共同研究の呼びかけなど、出来ることはやったので、思い浮かびません。また、現在何かしらの人脈や肩書を持っている立場にもなく、個人としての力もありません。社会のニーズは、高齢化社会において、一定数はあるのではないかと思います[13](あえて挙げるとすれば自己信託。)。研鑽等は、他の法改正の度に行っている方法で足りると思います。  

成年後見制度が始まった際、当初は手探り状態から経験を積んで始まり、今も進行中だと思います。そのような意味では、(公社)成年後見センター・リーガルサポート沖縄支部の取組みは参考になるのではないでしょうか。個人としては、共同研究したいという方がいらっしゃれば、司法書士であるか否かを問わず、出来る範囲で行っていきたいと思います。

 


[1] 大垣尚司、新井誠『民事信託の理論と実務』平成28年日本加除出版P2「委託者以外の物が尾受託者となる信託行為(他社信託)のうち、信託(受託者)の引受けが営業としてなされる結果商行為となる信託行為(協議の商事信託または営業信託【商法502条1項13号】)以外のもの(民事他者信託)と委託者が受託者となる信託行為(自己信託)のうち、信託業法に基づく登録(信託業法50の2条)が不要なもの(民事自己信託)、ならびに、営業として信託の引受けにあたるが、信託業法に基づく免許・登録(信託業法3条、同法7条)が不要なもの(適用除外信託、信託業法2項1項括弧書、信託業法施行令1の2条)の3つの信託の思総称。

[2] 『家庭の法と裁判』35号、2021年2月日本加除出版P141、P142「【1】受託者を預金者とし、【2】外観上、当該受託者個人の名義と区別できる表示が付され、【3】当該金融機関において、内部システム上、当該受託者の個人名義の預金口座(固有財産に属する預金口座に係るCIF(Customer Information File。顧客ファイル)コードとは別異のCIFコードが備えられる、内部手続上、当該預金口座とは異なる取扱いがされる旨の規定が設けられるなど、当該預金口座から分離独立した取扱いがされる預金口座)。」

[3] 司法書士法人みつ葉グループHP2019.07.31「お知らせ琉球銀行と業務提携へ」https://minjishintaku-kazokushintaku.com/news/669

2022年4月22日閲覧

[4] 『家族信託実務ガイド』第25号2022年5月、日本法令、司法書士・家族信託専門士宮城拓「私はこうして家族信託に取り組んだ」

[5] 『家庭の法と裁判』35号、2021年2月日本加除出版、藤沢公証役場公証人金子順一「公証役場からみた民事信託」

[6] 『ジュリスト』2018年6月(株)有斐閣、八谷博喜「家族を受託者とする信託」

[7] 『家族信託実務ガイド』第25号2022年5月、日本法令、(一社)家族信託普及協会事務局「実態調査家族信託最新情報~一般社団法人家族信託普及協会『Fact Book2021』より」

[8] (株)三井住友信託銀行については沖縄県内に実店舗を開設していないため、(一社)家族信託普及協会については、自己申告のため。

[9] 信託の学校、月3,500円(税抜)相談は別途費用が発生。https://schooloftrust.com/ 2022年4月23日閲覧

[10] (一社)家族信託普及協会専門士サポートサービス月11,000円

[11] 民法等一部改正法令和5年4月1日、相続土地国庫帰属法令和5年4月27日、相続登記義務化関係の改正について令和6年4月1日

[12] 駿河台法学第34巻第2号金森健一弁護士「司法書士による民事信託(設定)支援業務の法的根拠論について~(続)民事信託業務の覚書~―「民事信託」―実務の諸問題(5)」、平成29年(2017年)6月日弁連信託センター設置、2020年(令和2年)9月10日信託口口座開設等に関するガイドライン制定、https://www.nichibenren.or.jp/activity/civil/trust_center.html

2022年4月23日閲覧、(株)三井住友信託銀行「弁護士紹介制度」https://www.smtb.jp/personal/entrustment/introduction/lawyer

2022年4月23日閲覧

[13] 『市民と法121号 2020年』「民事信託に関するアンケート調査」(株)民事法研究会

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