橋谷聡一「判例紹介1-福祉型信託において受託者の裁量が問題となった事例―さいたま地越谷支判令和4・3・23―(令和30年(ワ)538号)」

民事信託フォーラム[1]の記事、大阪経済大学橋谷聡一教授「判例紹介1-福祉型信託において受託者の裁量が問題となった事例―さいたま地越谷支判令和4・3・23―(令和30年(ワ)538号)」からです。

判決文全文を未だ読み通していません。読み通した後、追記したいと思います。

〇親族構成

〇時系列

2017(平成29)年12月7日、本件信託契約1が締結される。

2017(平成29)年6月15日、本件信託契約2が締結される。

2017(平成29)年12月8日、本件信託契約2の委託者Aの地位および共同受益者の地位がBに変更される。

2018(平成30)年6月27日

XからYに対して、本件信託契約2の受託者の地位を解任、本件信託契約2を解除する意思表示を行う。

2018(平成30)年9月25日

 XがYを提訴。

請求1・・・受益権の内容である賃料収入が給付されていないので、その給付(信託法2条7号、同法88条1項。)。

請求2・・・信託不動産について作成された財産目録、貸借対照表、損益計算書、預金通帳、税務申告書および会計帳簿のコピーがさせること(信託法36条)。

争点

1 本件信託契約1は終了したか否か。終了したとすれば、Yは、Xに対し、本件所有権移転登記および本件信託登記の各種抹消登記手続をする義務を負うか。

2 Xの本件信託契約2に基づく金銭請求に関し、訴えの変更による請求の拡張は許されるか。

3 Xは、Yに対し、本件信託契約2に基づき、本件信託不動産の賃料収入から経費を除いた、利益の2分の1相当額の支払請求権を持つのか。持っている場合、YがXに支払う金額はいくらか?

4 Xは、Yに対し、本件信託不動産について作成された財産目録、貸借対照表、損益計算書、預金通帳、税務申告書および会計帳簿のコピーを求めることができるか。

裁判所の判断

争点1について

本件信託契約1は、信託法164条1項により終了した。Yは、Xに対し、本件所有権移転登記および本件信託登記の各種抹消登記手続をする義務を負う。

参考 信託法

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=418AC0000000108

(費用等の償還等と同時履行)

第五十一条 受託者は、第四十九条第一項の規定により受託者が有する権利が消滅するまでは、受益者又は第百八十二条第一項第二号に規定する帰属権利者に対する信託財産に係る給付をすべき債務の履行を拒むことができる。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。

(委託者及び受益者の合意等による信託の終了)

第百六十四条 委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。

争点2について

Xの本件信託契約2に基づく金銭請求に関し、訴えの変更による請求の拡張は許される。

争点3について

Xは、Yに対し、賃料収入から経費およびYの報酬―中略―を控除した利益の2分の1の支払い請求権を持つ。

Yは、受益者XおよびAの施設利用費、病気療養費等(これに準ずる費用を含む。)については、受益者の生命・身体および健康を確保するためのものであって、優先して支払う義務があり、これらを支払った場合は、経費に準じて、その支払額も賃料収入から控除。

争点4について

Xは、Yに対し、本件信託不動産について作成された財産目録、貸借対照表、損益計算書、預金通帳、税務申告書および会計帳簿のコピーを求めることができる。


[1] Vol19,2023年4月、日本加除出版、P129~

家族信託の相談会その54

お気軽にどうぞ。

2023年4月28日(金)14時~17時

□ 認知症や急な病気への備え
□ 次世代へ確実に引き継ぎたいものを持っている。
□ 家族・親族がお金や土地の話で仲悪くなるのは嫌。
□ 収益不動産オーナーの経営者としての信託 
□ ファミリー企業の事業の承継
その他:
・共有不動産の管理一本化・予防
・配偶者なき後、障がいを持つ子の親なき後への備え

1組様 5000円

場所

司法書士宮城事務所(西原町)

要予約

司法書士宮城事務所 shi_sunao@salsa.ocn.ne.jp

後援  (株)ラジオ沖縄

民事信託の登記の諸問題(18)

登記研究[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(18)」からです。

受託者の権限が、信託目録上、一般人にも分かるように明瞭に公示されており、それを見れば、当該行為が、受託者の権限外行為であることが、その行為時、容易に判明する状態であったならば、受託者と権限外取引を行った相手方の悪意が、事実上、推認されよう。

 信託目録の記録が、一般人にも分かるように明瞭に公示出来るのか、分かりませんでした。また受託者が権限外取引を行っても、信託目録上受託者の権限が明瞭に公示されている場合は、権限外取引の登記申請は、不動産登記法25条4号または5号により却下されると考えられます。

それゆえ、訴訟における要件事実論の構造と同様、信託目録に記録すべき情報は、予め手続的に決定することができる。如何なる情報が必要であり、かつ、不要であるかは信託登記の手続き構造から来る必然的な枠組みがある。

民事訴訟法における要件事実論の構造と、信託目録の構造に似ている部分がある、ということに同意します。

なお、信託目録のための整序された要約を実現するためには、信託契約書上の信託条項それ自体が、的確に整序されているものである必要がある。信託条項の要約が上手くいかない場合、元になる信託契約書における信託条項の内容(要件)自体が整序されていない場合も少なくない。

要約をせずに、抽出で済むような信託契約書を作成する必要があると考えます。

例えば、次のような積極的な禁止の定めに関する情報があり得るかもしれない。

―中略―信託法26条但書の定め

信託不動産の売却処分は禁止する。

信託不動産であることは、登記記録から明らかなので、売却の禁止が記録されれば目的は達成できるのではないかと感じました。また積極的な禁止に加えて、制限も必要な場合があると思います。

もっとも、高齢者の認知症対策や障害児のための家族信託では、適格者による受益者代理人や信託監督人が設置されていない場合(それらの設置は強制されていないし、不適格者による場合、受託者との共謀もあり得る)、受益者による主体的選択は期待できない。それゆえ、結果として、信託登記の仕組みが、僥倖にも、弱者である福祉型信託における受益者保護の防波堤になっているという意義を忘れてしまっても良いのか、という議論があり得る(極めて難しい論点である)。

現時点での私見です。契約時については、委託者が確認・同意をします。受益者保護の仕組みとして考えるとすれば、法定後見制度の発動を促すために、信託不動産の処分について受益者(法定代理人)の同意を要する、などと定めることです。

例えば、次のような信託条項が信託目録に記録すべき情報として提供された場合、その適法性・有効性をどのように判断すべきなのか(判断できるのか)、という実務論点である。

その他の信託の条項

本信託の残余財産の帰属権利者は、委託者の遺言で指定する。

信託法183条で禁止されていない条項について、当初申請時において、不動産登記法25条に基づき却下することは難しいと思います。

しかしながら、当該信託条項だけが無意味であるが、全体の信託の効果に影響がないような場合には、あえて、却下事由として評価しないという選択もあり得るかもしれない。

上のような場合、登記官の権限で、却下事由として評価できないのではないかと思います。

×

4信託の条項

(4)その他の信託の条項

受益権の相続

 受益者法務太郎の相続人が受益権を相続する

第2次受益者となるべき者

 受益者法務太郎の死亡時、受益権は消滅し、受託者が、新たに発生する受益権を取得すべき者を指定する

不整合として無効と判定される場合がある、という著者の記載に同意です。このような不整合な条項がある場合、上の条項が優先し、それが達成されない場合に下の条項が発効する、という風な解釈が出来るような条項だと、まだ良いのかなと感じます。


[1] 901号、令和5年2月、テイハン、P71~

道垣内弘人『信託法―現代民法別巻―』→『信託法〔第2版〕: 現代民法別巻』第6章委託者、第7章信託の変更・併合・分割、第8章終了・清算・倒産、第9章罰則

道垣内弘人『信託法―現代民法別巻―』2017年、有斐閣と、同氏著『信託法〔第2版〕: 現代民法別巻』2021年、有斐閣の比較です。

『信託法〔第2版〕: 現代民法別巻』2021年、有斐閣を基準にしています。

誤りなどがあれば、指摘願います。

第6章委託者

第7章信託の変更・併合・分割

P413 追加

 金融機関の信託業務の兼営等に関する法律に基づいて信託業務を行う受託者が、民法584条の4の定める方法による定型約款の変更を行う場合について、追記。

P416 変更

信託目的に反しない信託の変更(信託法149条)の効果について、曖昧な記述を削除。

P422 追加

委託者の地位を取得しない第三者による追加信託は、贈与と解釈することについて追記。

第8章終了・清算・倒産

P429 追加

 信託法90条1項各号に定める遺言代用信託が、自己信託のかたちで設定され、委託者が第1受益権を有している場合で、委託者の死亡時まで1年以上経過したとき、信託法163条2号に該当するか、整理。

P442 変更

信託法180条の正当性について、限定責任信託と、限定責任信託以外で区別することに変更。

P443 追加

 信託法182条2項の該当要件と、残余財産受益者または残余財産の帰属権利者の地位が相続される場合について、補足。

第9章罰則

渋谷陽一郎「裁判例・懲戒事例に学ぶ民事信託支援業務の執務指針」第3章

渋谷陽一郎「裁判例・懲戒事例に学ぶ民事信託支援業務の執務指針」、2023年1月、民事法研究会、第3章家族信託をめぐる裁判例の整理

前提として、私の解説では、組成という用語を使わないようにしています。引用としては利用します。

P138

組成支援者として、どこまで、組成した信託の帰趨を見守っていくべきか。

→依頼者との委任契約書の範囲だと考えられます。

組成支援後、放置してしまい、その後、信託にトラブルを生じた場合、事前に、「司法書士は免責される」という念書をとっていても、司法書士の信認義務として、当初の契約起案者の責任が追及されよう。かような念書実務の存在(その可否)とその法的効果という問題は、司法書士会で調査する必要がある。

→放置してしまい、の部分は、上に記載の通り、委任契約書の範囲によると思います。信託にトラブルが生じた場合については、それが信託行為の内容や、信託行為の設定までの過程における司法書士の関わりの記録によって判断されるものだと思います。

 念書の存在を司法書士会が調査することに関しては、自主申告になると考えられるので、調査する会員の負担、財源、公表が前提となるので、調査して得られる利益・損失などを考えて行う必要があると思います。

一部の親族(推定相続人)の利益となるであろうことを想定しながら、信託組成を支援しただろうか。

→推定相続人に対して、法定相続分に沿った民事信託支援業務を行ったことは今までないので、支援すると思います。

あるいは、潜在的紛争性ある事件として弁護士への相談を助言しただろうか。

→助言します。

P164~

読者が、当該信託組成にかかわった司法書士であると仮定してみて、親族の一人であり、受益者となる長男に不利であると結果的に受け取られてしまう可能性がる信託のしくみを助言するような状況を想像してみよう。その場合、その後に、長男と親族との間で紛争可能性を予測できただろうか。

→遺留分に関しては、予測できたと思います。

予測すべきであっただろうか。

→分かりませんでした。

潜在的な紛争可能性を予測すべきであっただろうか。

→分かりませんでした。

司法書士の業として報酬を得て、新たな権利義務を発生させるような事件への介入と評価されてしまうような事態に陥ることを心配しなかっただろうか。

→東京地判平成30年9月12日のような信託行為を私が設定した場合、長男からの清任追及に対して対策をしていないときは、心配すると思います。

かような複雑な法的仕組みを内包する信託が適法であると司法書士として判断したならば、そのような判断は専門的な法律判断(鑑定)であると評価されてしまうおそれはないのだろうか。

→信託設定時の一般の方への認知度や、依頼者への情報提供の仕方にもよりますが、法律判断(鑑定)であると評価される可能性はあると考えます。

P167

読者が、かような状況下で相談された司法書士であったならば、どのように対応し、いかなる助言を下すだろうか。―中略―依頼者の希望であるからとして、適法性の問題や紛争性の問題はとりあえず問わないという姿勢をとるのだろうか。

→適法性の問題は考えます。紛争性の問題は、弁護士に同席での立ち合いを依頼するか、替わって受任してもらうと思います。なお、執務姿勢としては遺言書作成を参考にします。

本判決の事実認定によれば、司法書士が、委託者に対して、信託を説明している。―中略―単なる情報提供なのか、あるいは、推奨なのか、説得という要素はなかったのか、主導の要素はどうか、法的助言(法律相談)の範疇に該当するのか、などの検討を要しよう。

→個別具体的な事件の記録によると思います。推奨、説得、主導については依頼者との関係で決まる要素が大きいように感じます。

P168

説明は、教示、主導、説得と同じなのか。「方法の説明」と助言は異なるものなのか。

→説得は依頼者が納得していない場合に行われると考えられるので、その点、教示、主導、とは分けて考えて良いのではないかと考えます。信託の方法の説明は、記載されている文言のみで判断するのであれば、説明に当たると考えられます。

委託者の信託行為の意思形成に関与してしまうこととはなかったのか。

→関与しない民事信託支援業務、というのは、難しいのでないかと感じます。

P169

契約書の案を示すこと、そして、説明することの二つは別の行為なのか。

→契約書の案を示して、説明をしないということを考えることは難しいのではないかと思います。よって1つの行為として評価されるのではないかと考えます。

「提案」と「情報提供」の差異は何か、「提案」と「推奨」は違うのか否か、「提案」と「説得」はどうなのか、司法書士が、信託契約書の案を示すことの司法書士法上の法的根拠は何か、などの諸論点がある。

→提案は、依頼者に言われていない新しい方法等の情報提供を行うこと、という認識です。推奨は、比較するものAがあって、依頼者に、Aより良いと提案すること、という認識です。

なお、裁判所の争点に対する判断では、二女であるHの夫が「司法書士に相続の対応を依頼し」としている。「相続の対応」とは何か。信託の方法や信託契約書の提案まで含むものなのだろうか。「相続の対応の依頼」に対する「提案」とは法律相談なのか、「民事信託契約書の案」の説明は法律相談とならないのか、などの論点を考えることも重要である。

→「相続の対応」とは、Eの相続が開始した場合に関して、どのような方法があるのか、というような相談だと想定されます。

 信託の方法や信託契約書の提案まで含むものだと考えられます。遺言なども含めてです。

 「相続の対応の依頼」に対する「提案」は、それが法的効果をもたらす提案であれば、法律相談に該当する可能性があると考えられます。

P170

かつて、司法書士の裁判事務では、すべての手続きの選択肢を示すことで「メニューの提示」といわれたことがあるが、それは「提案」と同旨なのか。

→情報提供の要素が多く、提案の要素が少ない方法、だと考えられます。

P170~

仮に下級審レベルであっても、結果として裁判官から公序良俗違反と評価されるような法的な仕組みを業として教示した場合、司法書士における自己規律や業務遂行に対するリスクはないのか。その判断基準は何か。

→リスクはあると思います。判断基準に関しては、信託設定時の民事信託支援業務の状況、司法書士の執務の目的が、一方の当事者にとって著しく不合理な結果をもたらすものであることなどを総合勘案されて判断されると思いますので、一律に基準を決めることが出来るのか、分かりませんでした。

P175~

複数の受託者の意思決定の特段の定めが行われ、結果として遺留分権者(長男)の意思決定権限を制約している仕組みであることが重要である。ちなみに、信託法105条1項は、「受益者が2人以上ある信託における受益者の意思決定(第92条各号に掲げる権利の行使に係るものを除く。)」は、すべての受益者の一致によってこれを決する。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」と規定している。

→前提として、東京地判平成30年9月12日における受益権は、1個です[1]。よって、複数受益者で1個の受益権を割合で定めています。複数受益者が持っている受益権を、信託法105条1項ただし書きで異なる定めをしています。

P178

ところで、受益権の内容の設計は、信託法解釈に基づき権利義務内容を決定していく他人のための法律事務とならないのだろうか。

→情報提供の仕方によると思います。例えば、依頼者から訊かれた場合、このような方法があります、といくつかの方法を示し、依頼者が決めるとすれば、情報提供・法律整序に留まるという評価を受ける可能性が高いと考えられます。

P179

とりわけ、複数の受益者が存在する場合、一部の受益者だけを不利益に取り扱うことの可否という論点で考えたい。―中略―現に不利益を受ける受益者に対しての確認は不要なのか。不利益を被るものに対する不法行為とはならないか。

→複数の受益者が存在する場合に、受益者すべてを平等に扱う信託を設定するということは、難しいのではないかと思います。

P190

2月5日に信託契約を締結(信託譲渡)しているのに対して、信託登記の完了まで1カ月もかかっているが、どうしてだろうか。

→平成27年当時であれば、遅くはないと考えられます。登記申請がいつだったのか分かりませんが、登記審査に時間がかかった可能性があります。

P208

この点、実際の遺留分侵害の場合だけではなく、信託設定時には、遺留分なきことの確認を行うべきといわれているが、実際、受益権の評価が難しいとすれば、いかにして遺留分侵害の有無を確認しているのか、という点にかかわるかもしれない。

→遺留分なきことの確認ではなく、信託設定時にこれまでの贈与などを確認する、遺留分を侵害している場合は、その手当を別の財産で補う、遺留分を侵害している推定相続人に対して説明が可能であれば行う、信託設定後も支援事務や信託監督人などで関わるのであれば、定期的に確認をする、等の対応が必要だと思います。


[1] 道垣内弘人『信託法―現代民法別巻第2版』、有斐閣、2022年、P372。

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