信託フォーラム[1]の渋谷陽一郎「昭和43年先例の照会文を読み解く」からです。
昭和43年4月12日付民事甲第664号民事局回答
照会
信託財産の所有権移転登記の取扱いについて
登記されている信託条項が、別記のように表示されている場合、受託者から、委託者又は受益者以外の者に対し、信託期間終了後であつても、信託期間終了前の日付でなされた売買その他の有償行為を原因として所有権移転登記の申請があつたときは、受理すべきものと考えますが、贈与その他の無償行為を原因として所有権移転登記の申請があつた場合は、登記されている信託条項に反するので、不動産登記法第49条2号又は同条第4号の規定により却下してさしつかえないと考えますが、いささか疑義もあるので、お回示を願います。
(別記)
信託条項
- 信託の目的
信託財産の管理及び処分
- 信託財産の管理方法
信託財産の管理方法(処分行為を含む)はすべて受託者に一任する。
- 信託終了の事由
本信託の期間は五カ年とし期間満了による外、受託者が信託財産を他に売却したるとき及び委託者が信託財産を委付したときはこれにより信託は終了する。
- 其他信託の条項
本信託は委託者が大阪市内に家屋を構築するための資金を得るため且委託者が現在第三者より負担する金銭債務を返済するための資金を得るために受託者をして信託財産を売却せしめんとするものにして現在借家人の立退要求、其他売却条件の困難のため売買が進捗しない場合に於ても委託者の要求あるときは受託者は自己の資金を委託者に融通し、又その金融のためには自己の責任に於て信託財産を担保に供することができる。
前記による金融のため委託者が受託者に対し金銭債務を負うに至つた場合に於てその返済をすることが困難と思料するときには信託財産を委付してその債務を免れることができる。
前項委付により委託者は受益権並びに元本帰属権(信託財産の返還請求権)を失うものとする。
委託者及び受託者の死亡は本信託に影響を及ぼさないものとする。
委託者と受託者との合意により何時でも信託条項を追加又は変更することができる。
前記以外の事項に付てはすべて信託法の定めるところによる。
(回答)客年6月21日付登第429号をもつて照会のあつた標記の件については、前段、後段とも貴見のとおりと考える。ただし、後段の場合は、不動産登記法第49条第4号の規定により却下するのが相当である。
以上
現在借家人の立退要求、其他売却条件の困難のため売買が進捗しない場合に於ても委託者の要求あるときは受託者は自己の資金を委託者に融通し、又その金融のためには自己の責任に於て信託財産を担保に供することができる。・・・現在借家人の立退請求は、受託者が行う、ということだと思います。判例による訴訟を目的とする信託禁止の適用条件は次の通りです[2]。
・信託を為すこと
・訴訟行為をすることを主たる目的とすること
・訴訟行為は、破産申請・強制執行を含むが、更正裁判所に対する債権の届出行為を含まない。
・訴訟信託を特に正当化するような特別な事情がないこと。委託者との関係に基づき職務上債権などを譲り受けて取り立てに従事する場合や、差し迫った権利行使を可能にする手段として信託の形式をとった場合には、本条に触れない。
以上を考えると、委託者との関係に基づき職務上債権などを譲り受けて取り立てに従事する場合や、差し迫った権利行使を可能にする手段として信託の形式をとった場合に該当し、照会文のみの事実からは、訴訟信託には当たらないように感じます。
しかし、あくまでも「登記されている信託条項」上、受託者の「自己の資金」を「委託者に融通」するとある。更には、登記された信託条項上、「自己の責任に於いて」とあるが、これは受託者の「自己の責任」という意味だろうか。
自己の裁量で、という意味ではないかなと思いました。また受託者の固有財産を担保にすることは、信託原簿とは関係はないのではないかと思い、記載する意味が分かりませんでした。
要するに、上記の信託条項は、直前に記される受託者が融資した委託者に対する債務について、その債務を弁済することが困難であると思料されるときは、信託財産をもって、代物弁済できる、という意味なのであろうか。「免れることができる」とある。あくまで委託者の意思に基づいて、行われるのであろうか。あるいは、受託者の判断による担保の実行であろうか。
免れる、ではなく免れることができる、なので受託者の裁量が入っていると考えられます。受託者が弁済を受けられなかった場合、当然に担保実行する、ということなのか分かりませんが、担保実行も受託者の裁量であり、選択肢の1つであるということだと読みました。
[1] Vol.18、2022年10月日本加除出版P114~
[2] 四宮和夫『新版 信託法 (法律学全集)』1989年有斐閣P142~