日弁連信託センター「民事信託業務に関するガイドライン」

https://www.nichibenren.or.jp/activity/civil/trust_center.html

民事信託業務に関するガイドライン

2022年12月16日

日本弁護士連合会

Ⅰはじめに ……………………………………………… 2

第1 本ガイドライン策定の目的 ……………………………… 2

第2 対象となる民事信託 …………………………………… 3

第3 本ガイドラインの位置付け ……………………………… 3

Ⅱ 民事信託業務を行う際の留意点 ……………………………. 3

第1 依頼者の意思確認 …………………………………….. 3

第2 民事信託以外の選択肢の検討 ……………………………. 5

第3 依頼者らに説明すべき事項 ……………………………… 6

第4 信託契約の条項の検討 …………………………………. 7

第5 遺留分への配慮 ………………………………………. 8

第6 コーディネーターとしての役割 ………………………….. 9

第7 公正証書の作成 ………………………………………. 10

第8 信託口口座の開設 …………………………………….. 11

第9 信託財産の対抗要件の具備等 …………………………….. 13

第10 弁護士による継続的な関与 …………………………….. 14

第11 信託監督人及び受益者代理人への就任…………………….. 15

第12 信託の変更 …………………………………………. 17

第13 民事信託と税務 ………………………………………. 17

第14 マネー・ローンダリング対策 ……………………………. 18

Ⅲ 紛争の対応 ……………………………………………. 20

第1 民事信託に関する紛争への対応 …………………………… 20

第2 民事信託に関連しない紛争への対応……………………….. 25

Ⅰ はじめに

第1 本ガイドライン策定の目的

1 現行信託法の性格

現行信託法(平成18 年法律第108 号)は2006 年12 月15 日に公布され、2007 年9 月30 日に施行された。当時、民事信託はほとんど利用されておらず、信託銀行が受託者となる商事信託の利用が中心であった。そのため、現行信託法は、主に、商事信託による利用を想定して作られた法律と評価できる[1]

2 民事信託に合わせたアレンジの必要性

民事信託と商事信託では、制度を利用する目的、信託財産の種類、受託者の資質、信託終了時の処理方法等について、全く様相を異にしている。そのため、主に商事信託への適用を前提に制定された現行信託法を民事信託に適用する際には、民事信託の特質に合わせたアレンジが必要になる。

3 民事信託を正しく利用する必要性

東京地判平成30 年9 月12 日(金融法務事情2122 号85 頁)の事案に代表されるように、民事信託を委託者の推定相続人の利益を実現するため濫用的に利用する事例が増えている。このような民事信託の濫用的な利用方法が広まるならば、民事信託は信用できない制度とのイメージが付いてしまうとの危惧がある。民事信託が信頼できる制度としてこれからも利用され続けるために、民事信託は正しく利用されなければならない。

4 民事信託の健全な発展のために

今後、民事信託を健全に発展させるためには、民事信託の特質を理解した上で、正しく利用することが必要になる。ところで、信託は非常に柔軟な仕組みであり、事案に応じて様々なスキームに利用することができる。その反面、その正しい利用方法が実務的に確立しておらず、また、十分に周知されていない状況にある。

 そこで、本ガイドラインは、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)として、民事信託を取り扱う全ての会員に対し、民事信託を正しく利用するための指針を示すものである。

第2 対象となる民事信託

本ガイドラインでは、民事事件を取り扱う弁護士が接することが多いと想定される民事信託2であり、かつ、信託当事者ないし関係者が家族、家族が運営に関与している法人又は知人等により構成されている信託を対象としている。弁護士や信託銀行が受託者となる信託については、検討の対象とはしていない。

 なお、信託行為には、信託契約(信託法3 条1 号)、信託による遺言(信託法3 条2 号)及び自己信託(信託法3 条3 号)があるが、本ガイドラインでは、実務においてその利用が圧倒的に多い信託契約を対象として記述を行う。

第3 本ガイドラインの位置付け

本ガイドラインは、民事信託[2]を正しく利用するための指針として推奨される民事信託業務の在り方を類型的に示すものである。実際に起こり得る全ての事例を網羅するものではなく、また、個別の事案について会員を拘束するものでもない。

Ⅱ 民事信託業務を行う際の留意点

第1 依頼者の意思確認

1 信託契約の締結に当たっては、依頼者は委託者であることを理解し、また、依頼者は委託者であることを関係者にも説明しなければならない。

2 信託契約を締結する前には、必ず委託者と面談し、委託者の意思能力及び信託設定意思の確認をしなければならない。

【解説】

1 依頼者は委託者であること

(1) 信託契約書の案文の作成に関する業務を受任した場合の依頼者

民事信託は、財産管理及び財産承継に当たって委託者の意思を実現するための制度である。しかし、前述のとおり、受託者又は帰属権利者となる委託者の推定相続人が主導し、その推定相続人の利益を図ることを目的とする信託契約書が作成される危険性があることには、特に注意が必要である。信託契約書の案文の作成に関する業務を受任した弁護士が、善管注意義務、忠実義務を負うべき依頼者はあくまで委託者であり、このことを十分に理解した上で、この業務に当たらなければならない。

(2) 常に「依頼者は委託者」であることを意識すること

契約によって信託を設定するに際して、信託契約の当事者となる委託者及び受託者とともに各信託条項を含めたスキームを協議し、委託者以外の受益者がいる場合にはその意向も事実上無視できないことがある。その場合でも、弁護士は、常に「依頼者は委託者」であることを意識して、委託者の意思を実現するための信託契約書の案文を作成しなければならない。

 例えば、委託者と受益者の合意による受託者の解任権(信託法58 条1 項)や委託者と受益者の合意による信託の終了権(信託法164 条1 項)を制限することは、通常、依頼者である委託者の利益になるとは考えられない。受託者候補者の意向に従い、安易に、これらの権利を制限することは厳に慎むべきである。仮にこれらの権利を制限するときには、委託者が本心からそれを望んでいるか、慎重に確認しなければならない。

2 委託者との面談

信託契約を締結するには、委託者に意思能力及び信託設定意思があることが大前提になる。民事信託では、受託者候補者から相談を受けることがあるが、その場合でも、必ず委託者と面談し、委託者に意思能力及び信託設定意思があることを確認しなければならない。

3 委託者の意思確認の方法

(1) 親族からの不当な影響を排除する必要

委託者が高齢の場合、信託契約の締結に際し親族等から不当な影響を受けたことを理由に、後に信託の効力が争われる危険がある。弁護士は、委託者が親族等から不当な影響を受けていないか慎重に見極め、委託者の信託を設定する意思を確認しなければならない。また、委託者が親族等から不当な影響を受けたと疑われるような状況を排除するための配慮(予防措置)をすることが望ましい。例えば、委託者が親族に伴われて相談に来たときには、親族の同席なしに個別に意思確認をする機会を設けることなどが考えられる。

(2) 意思確認の工夫

高齢者には気分や判断能力に変化があり得ることを踏まえ、日時(午前又は午後等)、場所(法律事務所又は施設)、方法(面談、電話又は手紙)を変えるなどして、意思確認を複数回行うことも望ましい。

4 委託者の意思能力の確認手段

(1) 委託者の意思能力に関する基本的な考え方

自然人は、裁判所によって意思能力を欠くと判断された場合以外は、能力者として尊重されなければならない。仮に認知症と診断されていても、程度は様々であることから、それだけで信託契約を締結できないと判断すべきではない。

(2) 客観的資料の確認

委託者の意思能力の確認手段としては、医療や介護に関わる記録や証言など、入手できる範囲の客観的資料が参考になる。

 後述の「第7 公正証書の作成」のとおり、信託契約は、原則として、公正証書によって書面化することが推奨される。このことは、委託者の意思能力の確認について、公証人によるスクリーニングを経るという意味合いもある。

第2 民事信託以外の選択肢の検討

1 民事信託に関する相談を受けた際、依頼者の事情に応じ、任意後見、法定後見、贈与、遺言等、他の法制度の利用可能性も十分に検討した上で、利用する制度の選択肢を提示する。

2 受託者候補者の適格性を確認し、ふさわしい受託者が見いだせない場合は、依頼者に対し信託契約の締結が困難であることを説明する。

【解説】

1 民事信託の相談を受けた場合の留意点

(1) 民事信託が唯一の解決手段ではないこと

信託は自由度が高い制度であるが、どのような事案でも利用できるものではなく、また、依頼者にとって信託の活用だけで十分とも限らない。

 弁護士としては、依頼者の能力、意図、目的、必要性(財産管理のみで足りるか、身上保護にも対応が必要か)、財産の規模や内容、資産運用の要否等の諸事情を考慮し、適切な制度(民事信託のほか、任意後見、法定後見、贈与、遺言等)の利用を提案することが求められる。仮に、民事信託の利用を前提に相談を受けた場合でも、事案に応じ、民事信託以外の選択肢を提示することもあり得る。また、これらの制度と民事信託を併用することも可能である。

(2) 身上保護に対する配慮

民事信託の受託者には、身上保護に関する権限がなく、依頼者の身上保護に対処する必要がある事案では、任意後見や法定後見を利用することが必要になる。この場合には、任意後見又は法定後見のみを利用することも考えられるが、前述のとおり、民事信託と併用することも可能である。

(3) 信託商品の活用

 障害のある親族のための特定障害者扶養信託[3]や、生命保険信託[4]等、民事信託以外の信託商品の情報提供も有益な場合がある。

2 ふさわしい受託者が確保できない場合

(1) 受託者候補者の適格性

信託は、信じて託せる人(適切な受託者)がいて、初めて利用できる制度である。既に、特定の親族が本人の財産管理を事実上任され、適切に財産管理を行ってきた実績があり、権利義務を明確にするために民事信託を利用するケースでは、受託者候補者の適格性を判断しやすい。

 これに対して、受託者候補者に、このような財産管理の実績がない場合には、受託者候補者の知識、能力、資力及び意欲に基づき、適切な受託者かどうか判断することになる。

(2) 民事信託の利用を断念する可能性

 仮に、個人、法人(信託銀行、信託会社又は社団法人)を含めて検討した上で、適切な受託者を見いだせない場合には、依頼者に対し、民事信託の利用が困難であることを説明し、他の選択肢があればそれを提示することが望ましい。

第3 依頼者らに説明すべき事項

1 信託契約の締結に当たっては、依頼者に対し、どのような財産の管理又は処分が行われるかについて説明し、また、受託者に就任する予定の者に対しては、受託者は各種の重い義務を負っていることを説明しなければならない。

2 依頼者及び受託者候補者に対して、民事信託には解釈が定まっていない論点が多く、将来、事情が変更する可能性があることを説明するよう努める。

【解説】

1 依頼者への説明

前述の「第1 依頼者の意思確認」のとおり、信託契約書の案文の作成に関する業務を受任した場合の依頼者は、委託者である。信託契約の締結に当たっては、その依頼者に対し、信託を設定することにより、いかなる財産が対象となるのか、その財産がいかなる目的でどのように管理又は処分されるのか、その財産が誰にどのように承継されるのか等の法律効果を説明しなければならない。

2 受託者候補者への説明

信託法において受託者は、受益者として信託の利益を享受する場合を除いて、何人の名義をもってするかを問わず、信託の利益を享受することはできず(信託法8 条)、専ら受益者のために尽くすべき忠実義務を負っている(信託法30条から32 条まで)。また、受託者は信託の事務処理に当たっては、自己の財産に対する注意義務よりも重い善管注意義務を負っている(信託法29 条2 項本文)。

 信託契約を締結する際には、受託者候補者に対し、受託者は各種の重い義務を負っていること及び行うべき信託事務の内容を説明しなければならない。

3 民事信託における論点

民事信託に関しては裁判例が少なく、まだ十分に議論されていない論点も多い。特に、税務上の問題については、未解明な論点が多い。

 後に紛争が生じる可能性がある論点について、弁護士自身の知識が不確実な場合には、安易な回答は避けることが望ましい。特に税務上の論点については、回答する場合であっても、将来事情が変更する可能性を伝えておくべきである。

第4 信託契約の条項の検討

1 信託契約の条項の検討に当たっては、信託法、信託法施行令、信託法施行規則、信託計算規則、民法その他信託に関連する法令の内容及び趣旨を踏まえた条項になるよう留意する。

2 信託契約の条項は、その内容が一義的に明確であり、かつ、矛盾がないようにしなければならない。

3 信託契約の文例を利用するに当たっては、文例の内容を検討し、事案に即した条項とするよう必要な修正を行わなければならない。

【解説】

1 信託法等に対する正しい理解

(1) 信託契約書の位置付け

信託契約書は、売買契約書や賃貸借契約書などと同様に、特定の法律要件、法律効果の発生を規定した法律文書である。法律要件、法律効果を正しく規定するためには、他の法律文書と同じく、根拠となる諸法令を正しく理解しておかなければならない。

(2) 信託に関係する諸法令

信託契約書の案文を作成する際には、信託法は十分に理解しておかなければならない。この信託法が委任する規則として、信託法一般に関して信託法施行規則、信託の計算に関する事項に関して信託計算規則がある。信託法に規定がない契約の成立や意思表示などについては、民法が適用される。

 また、信託財産に不動産が含まれる場合には、不動産登記について、不動産登記法の理解も必要となる。

 さらに、信託契約書の案文の作成に当たっては、当事者に予見できない租税の負担が発生することは避けなければならない。そのため、租税法、特に、所得税法、相続税法の理解も必要となる。相続税に関しては、財産の評価を規定する財産評価基本通達も関連する。

2 信託契約の条項の明確性と矛盾のないこと

(1) 条項を明確にする意義

 信託契約の条項を明確にする意義の一つとしては、将来の紛争予防がある。不明確な条項によって、解釈に疑義が生じ、紛争が発生することは避けなければならない。

(2) 矛盾のない条項

 信託契約の条項間において矛盾のあるものが見られる。例えば、受益者の死亡により受益権が消滅すると規定しておきながら、その消滅する受益権を遺産分割協議の対象としているケース等である。

信託契約書の作成に関わる場合には、信託法を正確に理解し、信託契約の条項間に矛盾のないようにしなければならない。

3 文例の利用

信託契約書の案文を作成する場合、文例の利用は有用であり、参考資料として用いることは推奨される。しかしながら、事案の特徴を理解せず、文例をそのまま用いることは厳に慎まければならない。

 依頼者の意図、信託を利用する目的、家族構成、信託する財産の種類や規模などは、事案によって異なっている。信託契約書の案文の作成に際しては、文例はあくまで参考資料にとどめ、事案に即した案文を作成しなければならない。

第5 遺留分への配慮

信託契約書の案文の作成に際しては、遺留分侵害額請求権を行使される可能性があるか十分に検討しなければならない。

【解説】

1 信託と遺留分

民法の遺留分にかかる規定は強行規定であり、信託契約を締結する場合にもその適用は避けられない[5]

 信託と遺留分との関係について、遺留分侵害額請求の対象は信託財産であるとする信託財産説と、受益権であるとする受益権説等がある。この論点は、平成30 年相続法改正後も引き続き解釈に委ねられており、未だに結論は出ていない[6]

2 遺留分に配慮する必要性

このように、信託を設定したことにより、特定の相続人の遺留分を侵害した場合には、遺留分侵害額請求の対象や効果が確定しておらず、仮に、裁判になった場合には、解決まで時間がかかることが予想される。

 そこで、弁護士が遺言書作成の依頼を受けた場合において、遺留分に配慮した遺言を作成するよう努めるのと同様に、民事信託においても、遺留分に配慮して、信託契約書の案文を作成することが求められる。

 もっとも、依頼者があえて遺留分を侵害する内容の信託契約を締結することを希望する場合には、その依頼者の希望を実現するため、そのような内容の信託契約を締結することはあり得る。この場合には、依頼者に対し、紛争が生じる可能性が高いこと、紛争を解決するには時間と費用がかかることを十分に説明しておかなければならない。

第6 コーディネーターとしての役割

信託契約を締結する際には、弁護士が、公証人、金融機関、司法書士及び税理士などとの間で、コーディネーターとしての役割を果たすことが求められる。

【解説】

1 信託契約書の案文の作成以外に行う必要がある事務

民事信託に関する業務では、信託契約書の案文を作成すること以外にも行うべき事務がある。

 後述の「第7 公正証書の作成」のとおり、信託契約は公正証書によることが推奨される。そのため、公証人との間で信託契約公正証書の案文について事前調整を行う必要がある。

 また、預金に関しては、後述の「第8 信託口口座の開設」のとおり、受託者の固有財産との分別管理のために信託口口座を開設することになる。そのため、信託口口座を開設する予定の金融機関との間で調整が必要になってくる[7]

 さらに、信託財産に不動産が含まれる場合には、信託の登記等に関し司法書士に相談することが必要になる。

 信託に関する税務については、信託税制に詳しい税理士の意見を確認することが望ましい。

2 コーディネーターとしての役割

 このように、信託契約を締結する際には、弁護士が、スキームの全体を見通し、公証人、金融機関、司法書士及び税理士などとの間で、コーディネーターとしての役割を果たすことが求められる。この役割は、依頼者である委託者の意思を実現するために行う活動であり、単なる「調整役」ではない。

第7 公正証書の作成

1 信託契約は、原則として公正証書によって行う。

2 公正証書の作成の嘱託に当たっては、委託者の代理人による嘱託は避け、委託者本人が嘱託を行う。

【解説】

1 公正証書を作成する意義

(1) 有効性の担保及び紛争予防

信託法上、信託契約は公正証書によらなければならないとされていない(信託法2 条参照)。しかし、実務上、信託契約公正証書が作成されることが一般的である。

 公証人は、法令に違反した事項、無効の法律行為及び行為能力の制限によって取り消すことできる法律行為について公正証書を作成することができず(公証人法26 条)、また、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならないとされている(公証人法施行規則13 条1 項)。その結果、信託契約を公正証書にすることにより、委託者の意思能力及び信託設定意思の確認について公証人によるスクリーニングを経られることになる。そのため、信託契約書が公正証書によって作成されたという事実は、委託者の意思を判断する上での重要な判断要素となる。

 このように、信託契約を公正証書によって行うことは、契約の有効性を一定程度担保することができ、紛争予防に資することになる。

公証人法施行規則

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=324M50000001009

第十三条 公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑があるときは、関係人に注意をし、且つ、その者に必要な説明をさせなければならない。

(2) 金融機関との関係

後述の「第8 信託口口座の開設」のとおり、信託口口座の開設条件として、信託契約が公正証書によって行われていることを挙げる金融機関が圧倒的に多い。

信託口口座の開設者は受託者であり、金融機関は受託者としか取引をしないため、委託者の意思を直接確認する機会がない。前述のとおり、信託契約書が公正証書によって作成されていれば、公証人により委託者の意思確認がなされているため、金融機関としては口座開設に応じやすくなるのである。

(3) 公正証書による必要性

このように、契約の有効性の担保、紛争予防という公正証書一般に期待されている効果に加え、金融機関が求める口座開設条件を満たすという観点から、信託契約は公正証書によって行うことが推奨される。

2 委託者本人による嘱託

公正証書の作成の嘱託は、代理人によることも可能であるが、遺言公正証書のように、公証人が嘱託者本人の意思能力や当該法律行為を行う意思を慎重に確認する必要のある法律行為に関しては、代理人による嘱託は認められていない。

 信託契約も、委託者が信託財産とする財産の管理方法や承継先をあらかじめ定めておくものであるという点で、遺言に類似し、委託者本人の意思を確認する必要性が高い類型の法律行為である。そのため、信託契約を公正証書によって行う場合には、原則として、委託者本人の嘱託によらなければならない。

 信託口口座の開設に際しても、金融機関が口座開設の条件として、委託者本人の嘱託による公正証書であることを求める場合もある。

第8 信託口口座の開設

1 受託者が信託財産に属する金銭を預貯金で管理する場合には、信託口口座を開設するようにしなければならない。

2 信託口口座の取扱いは金融機関によって異なるため、信託契約書を作成する前に、口座開設の可否及び要件について金融機関に確認することが望ましい。

【解説】

1 信託口口座の必要性

(1) 信託口口座の意義

民事信託において、受託者が信託財産に属する金銭を預金する場合には、受託者の固有財産に属する預金と分別管理するため、名義の上でも信託財産のみを預け入れる口座で管理することが必要である(本ガイドラインでは、当該口座を「信託口口座」という。)。

(2) 受託者の分別管理義務

受託者の分別管理義務について、信託財産に属する財産が金銭の場合には、信託法上、受託者が「その計算を明らかにする方法」により管理すれば足り(信託法34 条1 項2 号ロ)、信託口口座の開設は義務付けられているわけではない。しかし、固有財産に属する預金と信託財産に属する預金を同じ口座で管理していた場合、信託財産であることが外形上明らかになっていないため、受託者が破産した際に破産管財人から、信託財産に属する預金も破産財団に属していると主張されるおそれがある。また、民事信託の場合には、受託者は財産管理に習熟していないことが通常である。そこで、固有財産に属する預金と信託財産に属する預金とを別の口座で管理することにより、受託者に信託財産を管理していることを意識させ、受託者の忠実義務違反に対する心理的な制約を設けることが重要となる。そのため、民事信託では、受託者に信託口口座を開設させるようにしなければならない。

(3) 信託口口座の口座名義

信託口口座の口座名義は、「〇〇(委託者名)信託受託者 △△(受託者名)」や「委託者〇〇 受託者△△ 信託口」等があるが、金融機関によって異なる[8]

2 金融機関の取扱い

現時点において、信託口口座の開設に応じている金融機関は、まだ少数である。信託口口座の開設に応じている金融機関の間でも、その開設条件は異なっている。そのため、口座開設を申し込んだとしても、金融機関による審査の結果、口座開設を断られることもあり得る。そこで、信託契約書の案文を完成させる前に、金融機関に口座開設の条件を確認しておくことが望ましい。

第9 信託財産の対抗要件の具備等

信託契約の締結後、速やかに、信託財産に属する財産を受託者に移転し、当該財産の譲渡の対抗要件及び信託財産に属することを第三者に対抗するための要件を具備するよう信託契約の当事者に促すとともに、必要な助言を行わなければならない。

【解説】

1 財産の処分及び公示

(1) 財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分

信託を設定するに当たり、委託者は、受託者に対し、財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分を行う(信託法3 条)。

 ところで、信託財産となり得るのは積極財産のみであり、消極財産(債務)を信託することはできない[9]

(2) 譲渡の対抗要件

信託を設定するに当たり財産が譲渡されると、財産の所有権が委託者から受託者に移転する。

 そのため、財産の譲渡を第三者に対抗するには、民法等に定められた一般的な対抗要件(民法177 条、178 条、467 条等)を具備する必要がある。

(3) 信託の対抗要件

さらに、登記又は登録しなければ権利の得喪を第三者に対抗することができない財産については、前述の財産の譲渡の対抗要件に加え、譲渡された財産が信託財産に属することを公示するための対抗要件を具備する必要がある(信託法14 条)。

(4) 分別管理義務との関係

受託者は、信託財産に属する財産と固有財産に属する財産とを分別して管理する義務を負っている(信託法34 条1 項本文)。そして、信託の登記又は登録をすることができる財産については、分別管理の方法として信託の登記又は登録によらなければならない(同項1 号)[10]

2 信託契約の当事者への助言

信託を設定するためには、前述の各手続が必要になる。民事信託に関する業務を受任する場合には、信託契約書の案文を作成するだけでなく、依頼者である委託者の意思を実現するために、信託契約の当事者に対し、これらの手続を行うよう促し、また、当事者に必要な助言を行わなければならない。

第10 弁護士による継続的な関与

1 民事信託では、受託者に対する実効性ある監督を行うため、原則として、受託者に対する監督機関(信託監督人又は受益者代理人)を設置する。

2 受託者に対する監督機関(信託監督人又は受益者代理人)には、信託契約の締結に関わった弁護士が就任することが望ましい。

【解説】

1 受託者に対する監督の必要性

(1) 受託者に対する実効性ある監督

現行の信託法では、裁判所による一般的監督に関する規定はなくなったが、それは受託者に対する監督が必要ないということを意味するものではない。

 民事信託を信頼できる制度として利用し続けるためには、受託者に対する実効性ある監督を行う必要がある。

(2) 過去の後見制度における不祥事から得られる教訓

後見制度では、かつて、後見人による不祥事が多数発生していた。この過去の出来事から、継続的な財産管理において、第三者による適切な監督が行われなければ、財産管理者による一定数の不祥事が発生するという教訓が得られる。

(3) 民事信託では委託者及び受益者による受託者の監督は期待できないこと

 信託法では、委託者や受益者が受託者を監督することを予定している。しかし、現在の民事信託においては、委託者や受益者は、高齢者であることが通常であり、時の経過とともに判断能力が減退することが想定される。そこで、委託者や受益者以外の者が受託者を監督する仕組みを設ける必要がある。

(4) 民事信託で活用すべき監督機関

 その監督機関として、信託法上の信託監督人(信託法131 条以下)又は受益者代理人(信託法138 条以下)を活用することが期待される。

2 監督機関の人選

(1) 後見制度における監督人の欠格事由

民法850 条は「後見人の配偶者、直系血族及び兄弟姉妹は、後見監督人となることができない。」、任意後見に関する法律5 条は「任意後見受任者又は任意後見人の配偶者、直系血族及び兄弟姉妹は、任意後見監督人となることができない。」と規定し、後見監督人及び任意後見監督人の欠格事由を定めている。これは、後見監督人又は任意後見監督人による実効性ある監督を実現するため、後見監督人の後見人からの独立性及び任意後見監督人の任意後見受任者又は任意後見人からの独立性を確保しようとするものである。

 民事信託における受託者に対する監督機関についても、この規定の趣旨は妥当する。

(2) 民事信託における監督機関の適任者

そこで、監督業務並びに法律及び紛争解決に精通している弁護士が受託者の監督に当たることが適当である。また、信託契約の締結に関わった弁護士は、委託者の意思や希望を十分に理解している。委託者の意思に基づいた信託の運営を行うためには、信託契約の締結に関わった弁護士が信託監督人又は受益者代理人としてその後の信託の運営に関与することが望ましい。

 また、信託契約の締結に関わった弁護士が何らかの事情で信託監督人又は受益者代理人に就任できない場合にも、受託者に対する実効性ある監督を実現するため、他の弁護士など受託者とは一定の身分関係がない第三者が信託監督人又は受益者代理人に就任することが望ましい[11]

第11 信託監督人及び受益者代理人への就任

1 信託監督人又は受益者代理人に就任した弁護士は、信託法に精通し、かつ、信託契約の内容及び趣旨を十分に理解した上で、善良な管理者の注意をもって、受益者のために誠実かつ公平に職務に当たるようにしなければならない。

2 信託監督人又は受益者代理人に就任した弁護士は、信託法及び信託契約によって与えられた権限を適時かつ適切に行使して受託者の信託事務の処理を監督しなければならない。

【解説】

1 信託監督人及び受益者代理人

(1) それぞれの権限

信託監督人は、信託契約に別段の定めがある場合を除き、受託者の監督のための権利(信託法92 条各号(17 号、18 号、21 号及び23 号を除く。)に掲げる権利)を行使する権限を有する(信託法132 条1 項)。

 受益者代理人は、別段の定めがある場合を除き、受益者が有する信託法上の一切の権利(信託法42 条に定める責任の免除に係るものを除く。)を行使する権限を有する(信託法139 条1 項)。そして、受益者代理人が就任したときは、受益者は、受託者を監督する権利(信託法92 条各号に掲げる権利)及び信託契約において定めた権利を除き、自ら受益者としての権利を行使することができなくなる(信託法139 条4 項)。

(2) それぞれの義務

 信託監督人及び受益者代理人は、信託法上、善良な管理者の注意をもって、かつ、受益者のために誠実かつ公平に与えられた権限を行使しなければならないとされている(信託法133 条、140 条)。このうち、誠実義務については、受益者と信託監督人若しくは受益者代理人又は第三者の利益が対立する場面においては、信託監督人又は受益者代理人は、自身又は第三者の利益を図って受益者の利益を害してはならないとする義務であると一般的に解されている。

2 信託法への精通と信託契約に対する正しい理解

 民事信託において、受益者の利益が保護されるためには、何よりもまず、受託者が信託法を遵守し、信託契約に従って適切に信託事務処理を行うことが必要である。そこで、信託監督人又は受益者代理人に就任した弁護士は、まず、信託法に精通しておくほか、信託契約の内容及び趣旨を十分に理解しておく必要がある。

3 適時かつ適切な監督権限行使

前述のとおり、信託監督人又は受益者代理人は、その権限を行使するに当たり、善管注意義務を負っている。信託監督人又は受益者代理人は、適時に信託事務処理状況の報告請求権(信託法36 条)や信託帳簿等の閲覧等請求権(信託法38 条)等を行使し、受託者が信託法を遵守し、信託契約に従って適切に信託事務処理を行うよう監視することが求められる。こうした権利行使の適切なタイミングはケースバイケースであるが、少なくとも、受託者の信託事務処理に不審な兆候が見られるときは、速やかな権利行使が求められる。

第12 信託の変更

信託の変更が行われる場合には、その信託の変更が、信託法の規定及び信託契約の条項に合致しているかを確認する。

【解説】

1 信託法の規定

信託設定時に予測しなかった事情の変更が生じることがあり、このような場合には、関係当事者の合意等により信託の変更をすることができる。

 原則として、委託者、受託者及び受益者の三者間の合意により変更することができ(信託法149 条1 項)、さらに、三者間の合意によらなくても信託の変更をする場合も規定されている(信託法149 条2 項、3 項)。また、信託契約に別段の定めを規定することができ、その場合には、その別段の定めに従って、信託の変更をすることができる(信託法149 条4 項)。

2 信託の変更の要件の確認

そこで、弁護士が信託の変更に関与する場合には、その信託の変更が信託法の規定や別段の定めを規定している信託契約の条項に合致しているかを確認することが必要となる。

第13 民事信託と税務

1 信託に関する課税関係について、正確な知識を習得するように努める。

2 信託契約の締結に当たっては、税理士と協働するなどして、課税上の過誤がないように努める。

3 民事信託を活用することにより、基本的に節税はできないことに留意し、依頼者等に誤解があればそれを解消するように努める。

4 信託の設定、信託の存続中、信託の終了等の各場面で、委託者、受託者や受益者等が適切に届出や申告等を行えるよう、適切な助言をするように努める。

【解説】

1 税務に関する基本的な知識の習得

民事信託では、信託財産に属する財産が委託者から受託者に移転し、形式的には受託者名義の財産となる一方、財産権の名義人である受託者は当該信託から利益を受けてはならず、その財産からの実質的な利益は受益者に帰属する。

 このような財産の名義の形式面と利益帰属の実質面の乖離に関し、税務では、基本的に実質面を重視している。これに対して、流通税等においてその実質を考慮した非課税ないしは軽減措置が規定されているものの、その規定は複雑であり、適用要件を充足しているかについて慎重な検討が必要となる。

 税務については、税理士などの知見を活用すべきであるが、弁護士自身も税務に関する基本的な知識を習得しておかなければ、思わぬ過誤を犯しかねない。

 そのため、弁護士自ら問題点を認識し得る程度に、税務に関する基本的な知識を習得するように研鑽すべきである。

2 税理士との協働

 弁護士が日常的に税務関係の業務を扱っている場合を除き、民事信託に関わる税務問題に対処するため、いつでも税理士に相談できるような仕組みを整えておくことが望ましい。

3 節税への誤解の解消

 民事信託を利用することで、相続税や贈与税等の資産税や所得税等の所得課税を節税できる余地はない。この点の認識はある程度社会に浸透しているが、流通税の節税を意図した民事信託の活用なども一部では取り沙汰されている。

依頼者やその関係者が税負担を軽減したいとの期待を抱くことはあり得る。民事信託を利用すると節税ができるかのような誤解には十分注意を払い、依頼者らに誤解があれば、その誤解を解消するように努めるべきである。

4 届出や申告等への助言

 民事信託では、信託の設定時、信託の存続中及び信託の終了の各場面において、委託者、受託者や受益者等の税務的な対応が必要となっている。そこで、税理士と協働し、信託を設定した時点における税務的な助言のほか、信託存続中の信託収益に関する所得税の申告や信託の終了等の状況の変化に応じ、受託者や受益者が適切に届出や申告等が行えるよう、助言することが望まれる。

第14 マネー・ローンダリング対策

日弁連の会規に従い、依頼者の本人特定事項の確認及び取引記録の保存等のマネー・ローンダリング対策を行わなければならない。

【解説】

1 日弁連の会規

犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19 年法律第22 号)12 条1 項[12]を受け、日弁連は、依頼者の本人特定事項の確認及び記録保存等に関する規程(会規第95 号。以下「規程」という。)及び依頼者の本人特定事項の確認及び記録保存等に関する規則(規則第154 号。以下「規則」という。)を制定している。

 同規程では、民事信託に関しても、①依頼者の本人特定事項の確認義務、②取引記録の保存義務等が規定されている。

2 民事信託に関わる規定

(1) 依頼者の本人特定事項の確認義務

規程2 条2 項では、「弁護士等は、取引その他の行為であって次に掲げるもの(以下「取引等」という。)について、依頼者のためにその準備又は実行をするに際しては、次項各号に掲げる方法により、依頼者の本人特定事項を確認しなければならない。」と規定され、同項8 号に「信託契約の締結、信託の併合若しくは分割又は信託契約若しくは規約に規定された目的若しくは受託者の変更」とあり、民事信託に関しても依頼者の本人特定事項の確認をすることが義務付けられている。

(2) 記録の作成・保存義務

規程5 条では、依頼者の本人特定事項の確認をしたときは、本人確認記録の作成及び保存並びに取引記録の作成及び保存を行わなければならないとされている。

ア 本人確認記録

①本人特定事項の確認を行った者の氏名その他当該確認者を特定するに足りる事項及び②本人特定事項の確認のために採った措置並びに本人確認書類の提示を受けたときはその日付及び時刻を記録した書面を作成しなければならない(規程5 条1 項、規則8 条各号)。

さらに、依頼者から提示又は提出等を受けた書類の原本又は写しは、当該信託に関する取引等の終了後5 年間保存しなければならない(規程5 条1 項)。

イ 取引記録

民事信託に関する取引等の準備又は実行をしたときには、①依頼者の本人特定事項の確認記録を検索するための事項、②民事信託に関する取引等の日付、③民事信託に関する取引等に係る財産の価額、④民事信託に関する取引等によって財産が移転する先の名義その他の当該財産の移転先を特定するに足りる事項等を記録した書面を作成しなければならない(規程5 条2 項、規則9 条各号)。

3 弁護士業務におけるマネー・ローンダリング危険度調査書

会規のほか、日弁連は「弁護士業務におけるマネー・ローンダリング危険度調査書(第5 版)」を会員に示し、リスクの高い信託を例示している[13]

Ⅲ 紛争の対応

1 信託契約の締結に関与した弁護士が当該民事信託に関する紛争又は当該民事信託に関連しない紛争に関与する場合には、弁護士法及び弁護士職務基本規程に照らし、受任可能かどうかを慎重に検討しなければならない。

2 弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任している場合、その権限を適切に行使し紛争を解決するよう努める。

【解説】

第1 民事信託に関する紛争への対応

1 総論

(1) 信託契約の締結に関与していない場合

信託契約の締結に関与していない弁護士が、民事信託に関する紛争に関する事件を受任する場合は、他の事件と同様に弁護士法(昭和24 年法律第205号)及び弁護士職務基本規程(会規第70 号)にのっとって事件受任をすることになる。つまり、民事信託に関する紛争自体に事件の受任に関する固有のルールが存在するわけではない。

(2) 信託契約の締結に関与していた場合

弁護士が信託契約の締結に関与していた場合には、その弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任しているか否かにより、依頼者及び相手方との関係、紛争の内容等を踏まえ受任の可否を検討する必要がある。

 以下では、信託契約の締結に関与した弁護士が、当該民事信託に関する紛争(事件)を受任する場合を前提に、受任の可否を判断するに当たり留意すべき点について検討する。

2 信託監督人又は受益者代理人に就任している場合

(1) 信託監督人又は受益者代理人としての権限行使

ア 信託監督人及び受益者代理人の権限及び義務

信託監督人及び受益者代理人の権限及び義務は、前述の「Ⅱ 民事信託業務を行う際の留意点」「第11 信託監督人及び受益者代理人への就任」において、既に紹介したとおりである。

イ 信託監督人又は受益者代理人としての権限行使の必要性

信託契約の締結に関与した弁護士が、信託監督人又は受益者代理人に就任している場合は、その権限を行使することにより紛争の解決を図ることが可能であれば、その権限の行使を躊躇すべきではない。これを怠った場合、善管注意義務違反等の責任を問われるおそれがあることに留意すべきである。

ウ 信託関係者への十分な説明

もっとも、信託契約の締結に当たっては、弁護士は、依頼者である委託者のみならず、受託者などとも協議を重ねていることが多い。このような信託関係者[14]との関与の仕方や信託関係者に対する説明次第では、弁護士の信託契約の締結に当たっての依頼者が委託者ではなく信託関係者間の「調整役」であるとの誤解を招くだけでなく、信託監督人又は受益者代理人としての権限行使に支障を来すおそれもある。

 そこで、当該弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任するに当たっては、委託者を依頼者として信託契約の締結に関与していること及び信託監督人又は受益者代理人の役割等について、信託関係者(特に受託者)に十分説明し、理解を得ておくことが必要不可欠である。

(2) 信託関係者と第三者との間の紛争

受託者と第三者との間の紛争

 設定した信託をめぐり受託者と第三者(信託関係者ではない親族を含む。以下同じ。)の間で紛争が生じた場合、信託監督人又は受益者代理人に就任している弁護士が、受託者の代理人として、当該第三者を相手方とする事件を受任することができるか問題となる。

この点に関しては、後見監督人と後見人との関係において、後見監督人が後見人の代理人に就任して訴訟事件を追行する等の業務を行うのは差し控えるべきとの指摘が参考になる[15]。この場合、後見監督人が後見人から弁護士報酬を得て業務を遂行することとなれば、後見人の事務を監督する立場としてふさわしいとはいえず、結果的に後見監督事務に対する信頼を損ねることにもなりかねない。このような考え方は、受託者と信託監督人又は受益者代理人との関係にも基本的に当てはまるものと考えられる。実際に、信託監督人又は受益者代理人に就任している弁護士が受託者の代理人として事件を受任した後に、受託者に対し監督権限を行使すべき事情が生じた場合に、対応が困難となることは明らかである。この場合、監督権限の行使について、弁護士職務基本規程28 条2 号に抵触する可能性もあるが、そもそも、信託監督人又は受益者代理人と受託者との関係は監督する者と監督される者の関係にあるから、信託監督人又は受益者代理人にとっての受託者を事件の相手方に準じて解釈する余地がある。このような解釈をとった場合は、他の信託関係者の同意を得ずに受託者から依頼を受けることは弁護士法25 条3 号及び弁護士職務基本規程27 条3 号の趣旨に抵触すると解される可能性がある[16]

以上の点を踏まえて、受託者から事件を受任するかどうかは慎重に判断すべきである。

委託者と第三者との間の紛争

この類型の紛争として、信託した財産の所有権帰属をめぐる紛争、詐害信託をめぐる紛争等が想定されるが、第三者を相手方とする紛争に関しては、委託者の代理人として事件を受任することは差し支えない。

受益者と第三者との間の紛争

この類型の紛争として、第三者から詐害信託で訴えられた場合が想定されるが、委託者の場合と同様、受益者の代理人として事件を受任することは差し支えない。

(3) 信託関係者間の紛争

委託者と受託者との間の紛争

信託監督人及び受益者代理人は、受益者のために受託者の信託事務の遂行を監督する立場にある。したがって、信託監督人又は受益者代理人に就任している弁護士が、民事信託をめぐる委託者と受託者との間の紛争に関し、受託者の代理人になる場合には、弁護士法25 条1 号及び弁護士職務基本規程27 条1 号に抵触するケースが多いと考えられる。

 他方、信託契約書の作成に関与した弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任している場合、当該民事信託をめぐる紛争に関し、改めて委託者から依頼を受け、委託者の代理人として事件を受任することは差し支えないとも思われる。もっとも、当該弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任している場合には、委託者から改めて受任するまでもなく、信託監督人又は受益者代理人としての権限を行使すれば足りるケースが多いと考えられる。

受益者と受託者との間の紛争

前述の「ア 委託者と受託者との間の紛争」の場合と同様の理由により、信託監督人又は受益者代理人に就任している弁護士は、民事信託をめぐる受益者と受託者との間の紛争に関し、受託者の代理人になることができない。

 他方、当該民事信託をめぐる紛争に関し、受益者から依頼を受け、受益者の代理人として事件を受任することは差し支えないと思われる。もっとも、当該弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任している場合には、信託監督人又は受益者代理人としての権限を行使すれば足りるケースが多いことは、委託者から受任する場合と同様である。

ウ 委託者と受益者との間の紛争

委託者と受益者との間の紛争については、自益信託の場合はそもそも問題とならない。他益信託の場合は、例えば受託者に対する監督権限の行使や信託の変更等の場面で委託者と受益者との間で意見が相違することはあり得るものの、一般的には、委託者と受益者との間の紛争にまで発展するおそれのある重要な場面は想定し難い。

3 信託監督人又は受益者代理人に就任していない場合

(1) 信託関係者と第三者との間の紛争

ア 受託者と第三者との間の紛争

弁護士法25 条2 号及び弁護士職務基本規程27 条2 号の「相手方の協議を受けた事件」とは、当事者間に紛争が存在することを前提としているところ、民事信託における信託契約の締結は、当事者間に紛争が存在することを前提とするものではない。また、民事信託に関する業務は、通常、信託契約書の案文の作成及びそれに付随するコーディネーターとしての事務の完了により受任事務が終了している。以上を踏まえると、信託契約の締結に関与した弁護士であっても、信託監督人及び受益者代理人に就任していない場合であれば、当該民事信託に関し第三者との間で生じた紛争に関し、受託者の代理人として事件を受任することは、直ちに弁護士法及び弁護士職務基本規程に抵触しないケースが多いと考えられる。

 もっとも、受託者の代理人として事件を受任した後に信託関係者間で紛争が生じた場合、当該弁護士は既に受託者から事件を受任していることから、委託者又は受益者から事件を受任することができなくなる。それ自体はやむを得ないこととしても、委託者又は受益者は、その後、紛争が生じた場合に、信託契約の締結に関与した弁護士が自らの代理人として対応することを期待している。このような事情にも配慮し、受託者から事件を受任しても差し支えないかどうかを慎重に検討すべきであろう。

イ 委託者と第三者との間の紛争

前述の「2 信託監督人又は受益者代理人に就任している場合」「(2) 信託関係者と第三者との間の紛争」「イ 委託者と第三者との間の紛争」と同様に、原則として、事件を受任すること自体は差し支えない。

ウ 受益者と第三者との間の紛争

前述の「2 信託監督人又は受益者代理人に就任している場合」「(2) 信託関係者と第三者との間の紛争」「ウ 受益者と第三者との間の紛争」と同様に、原則として、事件を受任すること自体は差し支えない。

(2) 信託関係者間の紛争

ア 委託者と受託者との間の紛争

信託契約の締結に関与した弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任していない場合、信託契約の締結に関する事務は「相手方の協議を受けた事件」には該当せず、信託契約の締結に関する事務は既に終了しているとの解釈に基づけば、当該民事信託に関する委託者と受託者の間の紛争について、委託者から事件を受任するだけでなく、受託者から事件を受任することも可能であるとの解釈が成り立つ余地はある。

 もっとも、信託契約の締結の場面では、委託者を依頼者として関与した経緯に鑑みれば、当該民事信託に関する紛争に関し、受託者の代理人として関与することは、弁護士職務基本規程5 条、6 条に抵触するおそれがあるので避けるべきであろう。

 他方、信託契約の締結に関与した弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任していない場合、当該民事信託をめぐる紛争に関し、改めて委託者から依頼を受け、委託者の代理人として事件を受任することは差し支えないと思われる。

イ 受益者と受託者との間の紛争

民事信託においては、委託者が当初受益者を兼ねていることが一般的であり(自益信託)、この場合は、委託者と受託者の間の紛争に関し検討したことがそのまま当てはまる。

 これに対し、委託者と受益者が異なるときに、当該民事信託に関し、受益者と受託者の間で紛争が生じた場合、受益者から事件を受任することは可能だとしても、受託者から事件を受任することも可能であるとの解釈が成り立つ余地はあるか。

 この場合、受益者と信託契約書の作成に関与した弁護士との間には委任関係は存在しなかったことから、受任は可能であると解釈する余地はあり得よう。しかし、設定した民事信託では、委託者の意思に基づき受益者に受益権を取得させていることを考慮すると、当該民事信託の受益者と受託者との間の紛争に関し、受益者の代理人ではなく受託者の代理人として関与することは、委託者の意思に反するおそれがある。そのため、受託者の代理人として事件を受任することは、弁護士職務基本規程5 条、6 条に抵触するおそれがあるため、やはり避けるべきであろう。

ウ 委託者と受益者との間の紛争

 委託者と受益者との間の紛争については、自益信託の場合はそもそも問題とならない。他益信託の場合は、例えば受託者に対する監督権限の行使や信託の変更等の場面で委託者と受益者との間で意見が相違することはあり得るものの、一般的には、委託者と受益者との間の紛争にまで発展するおそれのある重要な場面は想定し難い。

第2 民事信託に関連しない紛争への対応

1 総論

(1) 信託契約書の作成に関与していない場合

前述の「第1 民事信託に関する紛争への対応」「1 総論」と同様に、弁護士法及び弁護士職務基本規程にのっとって事件受任をすることになる。

(2) 信託契約書の作成に関与していた場合

前述の「第1 民事信託に関する紛争への対応」「1 総論」と同様に、信託契約書の作成に関与した弁護士が信託監督人又は受益者代理人に就任しているか否かにより、依頼者及び相手方との関係、紛争の内容等を踏まえ受任の可否を検討する。

2 信託監督人又は受益者代理人に就任している場合

(1) 信託関係者と第三者の間の紛争

ア 受託者と第三者との間の紛争

民事信託に関連しない紛争であっても、信託監督人又は受益者代理人にとっての受託者を事件の相手方に準じて解釈すれば、他の信託関係者の同意を得ずに受託者から依頼を受けることは弁護士法25 条3 号及び弁護士職務基本規程27 条3 号の趣旨に抵触するおそれがあり、受託者から事件を受任するかどうかは慎重に判断すべきであることは、前述の「第1 民事信託に関する紛争への対応」「2 信託監督人又は受益者代理人に就任している場合」「(2) 信託関係者と第三者との間の紛争」「ア 受託者と第三者との間の紛争」と同様である。

イ 委託者と第三者との間の紛争、受益者と第三者との間の紛争

第三者を相手方とする紛争に関しては、原則として、委託者又は受益者の代理人として受任することは差し支えない。

(2) 信託関係者間の紛争

民事信託に関連しない紛争であっても、信託監督人又は受益者代理人に就任している弁護士が、信託当事者間の紛争に関し、受託者の代理人になることができないこと、他方で、委託者又は受益者から依頼を受け、委託者又は受益者の代理人として事件を受任することは差し支えないと思われることも、「第1 民事信託に関する紛争への対応」「2 信託監督人又は受益者代理人に就任している場合」「(3) 信託関係者間の紛争」と同様である。

3 信託監督人・受益者代理人に就任していない場合

(1) 信託関係者と第三者の間の紛争

信託契約書の作成に関与した弁護士が、信託に関わらない第三者との間の紛争に関し、信託関係者の代理人になったとしても、問題が生ずることは想定し難いが、受託者の代理人になる場合は、前述の「第1 民事信託に関する紛争への対応」「3 信託監督人又は受益者代理人に就任していない場合」「(1) 信託関係者と第三者との間の紛争」「ア 受託者と第三者との間の紛争」で指摘した点に配慮すべきである。

(2) 信託関係者間の紛争

遺言や遺産分割をめぐる紛争など、形式上は民事信託に関する紛争でなくとも、信託関係者間の信認関係に影響するため、民事信託に関係しない紛争とはいえない場合がある。

受託者の代理人になる場合には、前述の「第1 民事信託に関する紛争への対応」「3 信託監督人又は受益者代理人に就任していない場合」「(2) 信託関係者間の紛争」と同様の配慮が必要である。

 


[1] 現行信託法には、受益者指定権等(89 条)、遺言代用信託等の特例(90 条)や後継ぎ遺贈型の受益者連続信託の特例(91 条)のように、民事信託の利便性の向上のための規律が設けられた(田中和明『詳解 信託法務』449 頁以下(清文社、2010 年))。しかし、これらはわずか3 か条にすぎず、現行信託法は、主に商事信託への適用を前提に制定された法律と評価することができる。

[2] 代表的な見解は、民事信託とは、その原因となる経済行為は、長期の財産管理制度と組み合わせられた贈与であり、主として財産の管理・承継のために利用される信託をいうとしている(神田秀樹・折原誠『信託法講義[第2 版]』5 頁(弘文堂、2019 年))。

[3] 相続税法21 条の4

[4] 委託者の生命保険金請求権を信託財産として設定される信託のことである。

[5] 道垣内弘人『信託法 現代民法別巻 第2 版』66 頁(有斐閣、2022 年)、寺本昌広『逐条解説新しい信託法(補訂版)』259 頁(商事法務、2008 年)、西希代子「遺言代用信託の理論的検討-民法と信託法からのアプローチ-」信託フォーラム Vol.2 54 頁(2014)など

[6] 前掲5) 道垣内66 頁

[7] 信託口口座に関して、日弁連は「信託口口座開設等に関するガイドライン」を公表している。

https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/civil/shintakukouza_guide.pdf

[8] 信託口口座の詳細については、前掲注7)の日弁連「信託口口座開設等に関するガイドライン」を参照されたい。

[9] ただし、委託者の既存債務を受託者が債務引受けするとともに、当該債務を信託財産責任負担債務とする条項を設け(信託法21 条1 項3 号)、消極財産を信託に含めることは可能である。

[10] 一部士業の間では、不動産に関し、信託を設定したにもかかわらず、委託者から受託者への所有権移転登記及び信託の登記を遅らせること(いわゆる「登記留保」)が行われている。

 しかし、不動産に関し信託の登記を行わないことは、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗できないだけでなく(信託法14 条)、分別管理義務違反にもなる(信託法34 条1 項1 号・2 項)。

[11] ただし、実際に紛争が生じた場合の対応については、後述の「Ⅲ 紛争の対応」「第1 民事信託に関する紛争への対応」「2 信託監督人又は受益者代理人に就任している場合」のとおり留意すべき事項がある。

[12] 犯罪による収益の移転防止に関する法律12 条1 項は、「弁護士等による顧客等又は代表者等の本人特定事項の確認、確認記録の作成及び保存、取引記録等の作成及び保存並びにこれらを的確に行うための措置に相当する措置については、第2 条第2 項第46 号から第49 号までに掲げる特定事業者の例に準じて日本弁護士連合会の会則で定めるところによる。」と規定する。この「第2 条第2 項第46 号から第49 号までに掲げる特定事業者」とは、司法書士又は司法書士法人、行政書士又は行政書士法人、公認会計士又は監査法人、税理士又は税理士法人を指す。

[13] 日弁連ウェブサイト会員専用サイトに掲載。

https://member.nichibenren.or.jp/gyoumu/rinri_fatf/documentFile/money_laundering_05.pdf

[14] ここでの信託関係者とは、委託者、受託者(後継受託者も含む。)、受益者(第二次受益者以降の受益者及び残余財産受益者も含む。)及び帰属権利者を想定している。

[15] 片岡武ほか『第2 版 家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務』95 頁(日本加除出版、2014 年)

[16] 株式会社の監査役については、弁護士である監査役が会社の訴訟代理人となることが監査役について取締役等との兼任を禁止する旧商法267 条に違反するものではなく、双方代理にも当たらないとの最判昭和61 年2 月18 日民集第40 巻1 号32 頁がある。利益相反について判断したものではないが、参考になる事例である。

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