信託財産の管理方法

民事信託契約書のうち、受託者による信託財産の管理方法を取り上げる。

1     信託財産の管理方法
  • 条項例

(受託者の信託事務)[1]

第○条 受託者は、以下の信託事務を行う。

(1)信託財産目録記載1,2及び3の信託不動産を管理、処分すること。

(2)信託財産目録記載2の信託不動産を第三者に賃貸し、第三者から賃料を受領すること。

(3)前号によって受領した賃料を、上記1号の信託不動産を管理するために支出すること。

(4)上記1号及び2号において受領した売却代金及び賃料を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用などに充てるため支出すること。

(5)信託財産に属する金銭及び預金を管理し、受託者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるために支出すること。

(6)信託財産目録記載3の信託不動産の売却代金を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるために支出すること。

(7)その他信託目的を達成するために必要な事務を行うこと。

(信託財産の管理、運用)

第○条 受託者は、受益者の身上に配慮したうえ、受託者の裁量により、信託財産の管理及び運用を行う。

2 信託不動産につき賃貸借契約を締結する場合、受託者は自らの裁量において賃料その他の諸条件を決定するものとする。なお、受託者は信託の目的に反しない限りにおいて信託不動産の一部を自ら使用し又は第三者に使用貸借させることができる。

3 受託者は、収受した賃料については、第4条2項の専用口座において管理するもの

とする。

4 信託不動産の修繕又は改良は、受託者が相当と認める方法において行い、その時期及び範囲については、受託者の自らの裁量で決定するものとする。

5 受託者は、信託不動産を対象として付されている損害保険について、受託者名義に変更しなければならない。

6 受託者は、信託事務の一部を受託者が相当と認める第三者に委託することができる。

(信託不動産の換価等の処分)[2]

第○条 受託者は、心身等の状況により、受益者が医療施設、有料老人ホーム、特別養護老人ホーム等に入所するのが相当と認めたとき、疾病等の理由で、受益者の財産が医療費等の支払に不足するとき、又は信託不動産の老朽化等によりその管理が難しいと判断したときは、適切な時期に信託不動産を売却、解体等の処分をすることができる。

2 受託者は、前項の事情があるときは、信託不動産につき、受益者又は受託者を債務者とする担保設定をすることができる。

3 受託者が、信託不動産について、換価処分又は担保設定をしたときは、それらの手続に要した費用を控除した換価金又は借入金の残金を信託財産に属する金銭とする。

4 受託者が、受益者を債務者として、信託不動産について担保設定をしたときは、受益者は、その手続に要した費用を控除した借入金の残金につき、追加信託しなければならない。

5 受託者は、本条1項及び2項に定める場合を除き、受益者の同意がない限り、信託不動産について、換価、担保設定等の処分をすることができない。

チェック方式

(信託財産の管理方法)

第○条

  • 受託者は、信託不動産について次の信託事務を行う。
    • 所有権の移転登記と信託登記の申請。
    • 本信託の変更により、信託不動産に関する変更が生じる場合の各種手続き。
    • 信託不動産の性質を変えない修繕・改良行為。
    • 信託財産責任負担債務の履行。
    • 受託者がその裁量において適当と認める方法、時期及び範囲で行う次の事務。

  □売買契約の締結および契約に付随する諸手続き。

  □賃貸借契約の締結、契約に付随する諸手続きおよび契約から生じる債権の回収および債務の弁済。

  □使用貸借契約の締結および契約に付随する諸手続き。

  □保険契約の締結または名義変更、契約の変更および解除。

  □保険金の及び賠償金の請求及び受領。

  □リフォーム契約の締結。

  □境界の確定、分筆、合筆、地目変更、増築、建替え、新築。

  □その他の管理、運用、換価、交換などの処分。

  □【                  】

  □ただし、以下の事項については、□【受益者・信託監督人・       】

   の書面による事前の承認を得なければならない。

  □【                  】

  □【                  】

  □【                  】

  • その他の信託目的を達成するために必要な事務。
    • 受託者は信託金銭について、次の信託事務を行う。
      • 信託に必要な表示又は記録等。
      • 受託者個人の財産と分けて、性質を変えずに管理。
      • 信託財産責任負担債務の期限内返済および履行。
      • 本信託の目的達成に必要な場合の、信託財産責任負担債務の債務引受[3]
      • 受託者がその裁量において適当と認める方法、時期及び範囲で行う次の事務。

□受益者への定期的な生活費の給付、医療費、施設費などの受益者の生活に必要な費用の支払い。

□金融商品の購入、変更および解約。

□不動産の購入、賃借。

□受益者の送迎用車両その他の福祉用具の購入。

□受益者所有名義の不動産に対する擁壁の設置、工作物の撤去などの保存・管理に必要な事務。

 □【                            】

 □その他の信託目的を達成するために必要な事務。

 □ただし、以下の事項については、□【受益者・信託監督人・       】

   の書面による事前の承認を得なければならない。

  □【○○万円を超える支出・       】

  □【                  】

  □【                  】

  • 受託者は、信託目的の達成のために必要があるときは、受益者の承諾を得て金銭を借入れることができる。受託者以外の者が債務者となるときは、借入金から手続き費用を控除した額を信託金銭とし、金銭債務は信託財産責任負担債務とする[4]
    • 受託者は、受益者の承諾を得て信託財産に(根)抵当権、質権その他の担保権、用益権を(追加)設定し、登記申請を行うことができる。
    • 受託者は、信託事務の一部について必要があるときは、受託者と同様の管理方法を定め、第三者へ委託することができる[5]
    • 受託者は、本信託契約に記載のない特別の支出が見込まれる場合は、本信託の目的に従い受益者の承諾を得て、支出することができる[6]
    • 受託者は、各受益者と信託事務処理費用を受益者の負担とする合意をすることができる[7]
    • 受託者は、受益者(受益者代理人、信託監督人、法定代理人および任意後見人が就任している場合は、それらの者を含む。)から信託財産の管理状況について報告を求められたときは、1か月以内に報告しなければならない[8]
    • 受託者は、計算期間の末日における信託財産の状況を、信託財産に応じた方法によって受益者(受益者代理人、信託監督人、法定代理人、任意後見人

が就任している場合は、それらの者を含む。)へ報告する。

□10受託者は、受益者から追加信託の通知があった場合、その財産に信託の目的をはじめとした契約内容に適合しない財産がある場合は、追加信託の設定を拒否することができる。

□11受益者に対して遺留分請求があった場合、遺留分の額が当事者間で確定しないときは、受託者は調停調書その他の権利義務が確定する書面を確認するまで、履行遅滞の責任を負わない。

□12受託者は、善良な管理者の注意をもって、受益者のために忠実に職務を遂行する。

□13受託者は、土地への工作物などの設置により他人に損害を与えないように管理する[9]

□14本条項に記載のない事項は、信託法その他の法令に従う。

1―2            解説

チェック方式の条項について解説する。

図 1 構成

1項は、信託不動産に関する受託者の信託事務である。1号から4号までは、信託契約の効力発生以後に受託者が行うべき義務的な事務である(信託法29条1項、34条、不動産登記法97条、98条。)。4号の信託財産責任負担債務の履行とは、信託不動産を賃貸している場合の貸す債務(為す債務)である[10]

5号は、受託者の権利的な事務に関する定めである。まず受託者に信託事務の裁量をどの範囲まで与えるかを選択する。そのうえで受託者に与えた権利にどのような制限を設けるかを選択する仕組みとなる。

2項は信託金銭に関する受託者の信託事務である。1号から3号までは、受託者が行うべき義務的な信託事務である(信託法29条1項、34条)。なお4号は

受託者の義務ではないが、信託契約前に予定されている場合もあり、受託者が次順位以降の受益者または帰属権利者等(信託法182条、183条)の場合もあるため義務的な事務に含める。

5号は、1項と同様の仕組みである。

3項は、金銭の借入れに関する定めである。受託者以外の者としては、受益者のみを想定している。

7項は、信託契約の当事者(委託者)ではない受益者と、受託者との費用負担に関する定めである。

8項及び9項は、信託財産の情報開示に関する定めである。8項における期間制限は、受託者の任務終了事由を明確にする目的がある。1か月という期間は、民法853条及び後見等開始後の実務における家庭裁判所への事務報告期間を参考にしているが、異なる期間を定めることも可能である。9項は、信託財産の報告の方法と対象者を定めるものである[11]

10項では受託者が追加信託を拒否することができる場合を規定する。管理責任の持てない財産を信託財産に属する財産とすることは受託者(特に契約当事者ではない後任受託者など)の負担が重くなるからである(改正民法412条)。

2     受託者の信託事務概要
2―1            利益相反行為

図 2忠実義務との関係

図 3利益相反行為の構成

信託法31条の利益相反として原則禁止される行為を例示列挙する。1号の例として信託財産の中の不動産を、受託者が買って自分の不動産にする行為がある[12]。また、受託者個人の不動産を、信託財産の中の金銭で買って自身の金銭にする行為を挙げることができる。2号は受託者が2つの信託について、信託間で1号のような取引をすることである。3号の例として、受託者が信託不動産を売る場合、買主の代理人になることが挙げられる。4号として、受託者が、個人の住宅ローンの担保として、信託不動産を提供する行為を例とする。その他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるものも利益相反行為となる。

利益相反の例外として信託法31条2項で許容される行為を。個別事案に当てはめて考える。1号の要件として、信託行為に次のような定めがあることでその行為が許容される。

第○条 信託行為に受託者は次の全てを満たす場合、信託不動産1を自己の固有財産として○○万円を下限として購入することができる。

(1)受益者及び信託監督人の承認

(2)受益者が居住していないこと

(3)受託者の居住用として使用すること

2号の要件として、受託者が信託不動産を個人に売る場合に、(1)受託者が責任を持ったまま受益者の承認を得ること(2)信託行為にその行為を禁止する定めがないことの2つを全て満たす場合がある。

3号の要件として、例えば受託者が子、受益者が親、残余財産受益者、帰属権利者の定めがない場合、受益者の相続人が子1人である信託において、受益者の親が亡くなって受益権が子に帰属したときを挙げる。

4号の要件は、(1)信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合

(2)受益者の利益を害しないことが明らかであるときの2つを全て満たすことである。実務上は受益者の事前承諾が必要になると考える。

又は、受益者には不利益かもしれないが、(1)信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる(2)信託財産に与える影響、(3)目的及び態様、(4)受託者の受益者との実質的な利害関係の状況、(5)その他の事情の(1)~(5)に照らして正当な理由があるときにも受託者の行為は許容され得る。実務上は解釈の基準が明確でない限り、受益者の承諾を得ることが必要だと考える。

なお受託者が上記の信託法31条1項、2項に該当する行為を行った後は、信託契約に定めがある場合を除いて受益者へ通知しなければならない(信託法31条3項)。

2―2            受託者の利益相反行為違反の効果

受託者が、許容されない利益相反行為を行ったときの効果について考える。信託法40条1項1号に該当する事例として、受益者が住んでいる家と土地を、受託者が個人的に購入した場合はどうなるだろうか。受益者は受託者に対して、家と土地の登記を元に戻すよう請求することができる。登記費用は受託者の個人的な財産を使い、信託財産からは出さない。

信託法40条1項2号の例として、信託不動産を受託者が個人的に購入した場合を挙げる。その効果として、受益者は受託者に対して不動産を信託財産へ戻し、売却代金を受託者個人の財産に戻すように請求することができる。

上記2つの事例については、受託者が行った利益相反行為は無効となる(信託法31条4項)。

信託法31条6項の例として、(1)受託者が信託不動産を個人的に購入した、(2)信託不動産のまま登記はしていない。(3)受託者は、購入した信託不動産を個人として他人(不動産事業者)に売却した。(4)売却代金は、信託財産ではなく受託者の個人の通帳に入金された、というような場合を挙げる。このとき受益者は、受託者に対して1から4までの行為を取り消すことができる。

信託法31条7項の例として、(1)受託者は、信託不動産を売却する際、買主の代理人となった、(2)買主は不動産事業を行っている場合を挙げる。このとき受益者は、(1)の売買契約を取り消すことができる。

2―3            競合行為取引

受託者の競合行為の禁止は例示列挙である。

図 4 競合行為

図の上段に取り上げている事例は、受託者が条件にあった家と土地を見つけたが、受託者は、この建物と土地が将来値上がりすると予想し、転売目的で自身の金銭で購入した場合である。このような行為は原則として禁止される。

競合行為の禁止の例外の1つ目として、信託行為に固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることを許容する定めがある場合がある。例外の2つ目として受託者が、固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることについて、重要な事実を開示して受益者の承認を得たときが挙げられる。違反の効果は、受託者による(1)損失のてん補(信託法40条1項1号)、(2)現状の回復(信託法40条1項2号)、受益者による(3)介入権の行使(受託者以外の関係者がいない場合に競合行為を信託事務とみなす。)(信託法32条4項)がある。


[1]伊庭潔『信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例』2017日本加除出版P87~P88

[2]日本司法書士会連合会財産管理業務対策部民事信託業務モデル策定ワーキングチーム「民事信託の実務」2017P13~P14

[3]伊藤眞ほか『不動産担保 下』2010金融財政事情研究会P133~抵当権、P294~根抵当権。改正民法470条から472条の4まで。

[4]信託法21条1項5号、信託法52条

[5]信託法28条1項1号、35条

[6]信託法26条但し書

[7] 信託法48条5項。信託契約当事者ではない受益者。

[8]信託法37条1項、38条

[9] 民法717条。詳細な分析として、秋山靖浩「受託者が土地工作物の所有者として責任を負う場合に関する一考察」『基礎法理からの信託分析』2012(公財)トラスト60研究叢書。

[10] 道垣内弘人編著『条解信託法』2017弘文堂P119~P120

[11]信託法37条2項、92条、民法824条、859条、任意後見に関する法律2項1項1号。信託法施行規則33条1項1号、信託計算規則3条、4条、企業会計基準委員会「実務対応報告第23号信託の会計処理に関する実務上の取扱い」2007

[12] 1号では相続による承継取得が除外されているのかについて、道垣内弘人『条解信託法』P207、P220~P221

PAGE TOP