委託者の地位

民事信託契約書のうち、委託者の地位を取り上げる。

1     委託者
1―1            条項例

(委託者の死亡後の地位と権利)

第○条 委託者の死亡により、委託者の地位は順次、受益者へ移転し、委託者の権利は消滅する[1]

(追加信託)

第○条 委託者は、受託者と協議のうえ、本信託の目的の達成のために、金銭を追加信託することができる[2]

チェック方式

(委託者の地位)

第○条

□1委託者は、次の各号の権利義務を受益者に移転する。

□(1)信託目的の達成のために追加信託をする権利義務。

□(2)受益権の放棄があった場合に、次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利。

□2委託者は、受益者を変更する権利およびその他の権利を有しない。

□3委託者の地位は、受益権を取得する受益者に順次帰属する[3]

□4委託者が遺言によって受益者指定権を行使した場合、受託者がそのことを知らずに信託事務を行ったときは、新たに指定された受益者に対して責任を負わない[4]

1―2            解説

チェック方式の条項について解説する。1項では、委託者の持つ権利義務のうち、一部を受益者に移転する。権利義務のうち一部を移転することは、(1)信託法に一部移転を制限する定めはなく、(2)受益者に不利益がない(3)契約自由の法則(内容の自由)から可能である。1項1号では、委託者から受益者へ、信託目的の達成のために追加信託をする権利義務を移転する。追加信託を設定する義務は、信託法48条などを根拠として受益者に備わっているという考えも成り立つ。当初から受益者に追加信託設定の義務があるとしても、その権利義務は受託者が信託事務を行うために必要な財産を補うためのものに限られる可能性がある。受益者固有の余裕財産を信託財産に移す権利を排除しないために、委託者が信託当事者として持つ追加信託の権利を受益者に移転する。この条項にチェックすることにより信託財産の条項例で受益者は、委託者から移転された権利及び受益者に備わっている義務を根拠に追加信託を設定することができる。

また受益者の変更を予定していない場合(委託者兼受益者のまま信託が終了する場合)は、

委託者に追加信託する権利義務を持たせたままで信託は機能するから、受益者に移転する必要はない。

1項2号では、委託者から受益者へ、受益権の放棄があった場合に次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利を移転する。本稿で想定する遺言代用信託(信託法90条1項1号)における委託者は、受益者変更権を有する(信託法90条1項本文)ので、利用できる場面を制限(信託法90条1項本文但し書)して信託の安定を図る。ただし、新たな受益者を指定する受益者(又は受益者代理人)が生存している場合に限り利用することができる権利であり、受益者が死亡した後に次の順位の受益者として指定されていたものが受益権を放棄した場合には利用することができない。

 2項では、委託者に信託設定後の権利を持たせないとする(信託法89条、90条など)。1項において受益者に移転した権利の他、委託者は信託設定によりその権利関係から外れ、信託における権利関係をシンプルにする。委託者が複数存在する場合の権利行使に関する規定は信託法上なく、委託者は信託期中、受益者としての権利を行使する。

 3項は、信託財産に不動産がある場合における登録免許税を考慮した条項である[5]。また委託者の地位に関するリスクとして、委託者の地位が相続または第三者へ移転された場合、その地位(権利)の所在が不明となる可能性があり、これを排除する。

 4項は、(1)1項、2項にチェックを入れなかった場合、(2)チェックを入れた場合でも受託者の免責事由として機能することが目的である(信託法89条3項)。遺言は単独行為であり、信託契約において禁止・制限しても委託者が行うことは可能である。よってこの条項例を契約書において記載する。

1―3            参考:法制審議会における追加信託に関する発言(出典:法務省HP)

(1)法制審議会信託法部会第2回会議

―次に,2の(5)でございますが,これは,受託者が信託財産からも受益者からも補償を受けることができない場合,例えば信託目的の達成を妨げる場合であるとか,あるいは,受託者の売却権限が制限されている場合に当たるため信託財産を処分することもできず,受益者に対する補償請求権も認められていないという信託である場合,このような場合には,一定の手続,すなわち,受益者に対する履行の催告や委託者に対する通知等の手続を経た上で信託を終了させる権限を受託者に与えるものでございます。―

―受託者が費用の補償を受けられない場合においても信託事務を継続して行わなければならないとするのは酷であることから,受託者に対して,このような慎重な手続的要件のもとに信託を終了させる権限を付与することとしたわけでございます。―

―なお,ここで委託者に対する通知を要求しておりますのは,信託が終了いたしますと信託設定者である委託者の意図が実現しないことになりますので,信託の終了を回避するための手段をとる機会を委託者にも付与することが適当であると考えられるためでございます。例えば,通知を受けた委託者としては,金銭を追加信託することによって,あるいは信託財産の処分制限を一部解除することによって受託者の補償請求権を満足させ,信託の終了を回避することができることになると思われるわけでございます。―

(2)法制審議会信託法部会第17回会議

―ところで,信託契約に関連した債務のうち未履行状態にあるものとして想定することができますのは,例えば委託者の債務の局面で言いますと,委託者が報酬を支払う旨の定めがある場合が未払いのある場合の報酬支払債務というもの,それから委託者が一定の事由が発生した場合に,追加的に信託財産を拠出する旨の定めがある場合の追加信託義務,あるいは信託契約締結後において,まだ信託財産の引渡しが未了である場合の引渡しに係る債務などを観念することができるものでございます。―

他方,受託者の債務といたしましては,信託事務遂行義務と,あとは法定帰属権利者たる委託者に残余財産を支払う義務というあたりを観念することができるわけでございます。

もっとも通常の信託契約におきましては,委託者が報酬を支払うことですとか,追加信託をするというような特約が締結されることは少ないと思われますし,引渡し未了という観点につきましても,通常の信託契約では締結直後に履行されているだろうと思われますので,これが問題になってくることはまれであろうと思われます。―

―1つは,これはそもそも論でございまして,大分前の議論のときでも申し上げたことではございますけれども,そもそも委託者と受託者の間の権利義務において,双方未履行で問題となる対価関係,対価性がないというふうに整理ができないかどうかということでございます。

すなわち今までの事務局の整理に従えば,委託者の債務とすれば費用報酬支払債務,追加信託履行債務,信託財産引渡債務というのがございまして,受託者サイドの債務としては,ここに書いてございますとおり,信託事務遂行債務,残余財産支払債務いうことがございます。―


[1] 杉谷範子「「東京国税局への事前照会」解説」家族信託実務ガイド第7号2017P48

[2]日本司法書士会連合会財産管理業務対策部民事信託業務モデル策定ワーキングチーム「民事信託の実務」2017P15

[3] 信託法146条、登録免許税法7条2項、東京国税局審理課長「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」平成29年6月22日。

[4] 信託法89条3項。

[5]東京国税局審理課長「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」2017年6月22日回答

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