所有者不明土地の管理の適正化のための措置に関するガイドライン

加工

https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk2_000099.html

(令和4年11月国土交通省不動産・建設経済局)

はじめに

 所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法の一部を改正する法律(令和4年法律第38号)により、管理不全状態の所有者不明土地等について、所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成30年法律第49号。以下「法」といいます。)に、市町村長による代執行などの行政的措置を可能とする制度が創設され、令和4年(2022年)11月1日に施行されました。併せて、管理人に対する地方裁判所による管理命令などの民事的措置を市町村長が裁判所に請求できる制度が創設されました。(下図参照)

 このうち行政的措置は、行政指導である勧告(法第38条)、不利益処分である命令(法第39条)・代執行(法第40条第1項)の3つに大別されます。なお、これらの措置に先立って、市町村が確知所有者等に対して行政手続法(平成5年法律第88号)第2条第6号に規定する助言・指導などの行政指導を実施することが考えられます。土地の適正管理を目的とする条例が策定されている市町村によっては、行政指導については規定されているものの、勧告・命令・代執行等については規定されていない場合がありますが、今般の法改正に伴って条例の規定がなくても、法に基づいて勧告・命令・代執行を行うことが可能となります。

 本ガイドラインは、法第3章第3節に基づく勧告等の対象となる管理不全所有者不明土地及び管理不全隣接土地の判断の参考となる基準や、勧告・命令・代執行に係る手続の基本的な考え方を示すことで、各市町村における措置の適切な実施の一助となることを期するものです。

 事前準備等を含め、勧告・命令・代執行などの行政的措置について時系列に章立てをしていますので、講じようとする措置に応じて、各章を御参照ください。

 なお、本ガイドラインは、各措置について、法令に抵触しない範囲で、手続を付加し、又は省略することを妨げるものではなく、各市町村においては、本ガイドラインを参考に地域の実情に応じた判断基準を定めるなどした上で、所有者不明土地の管理の適正化のための措置を適切に実施するようにしてください。

 また、市町村は、土地所有者等の探索に関する専門的知識の習得や所有者不明土地の管理の適正化を図る事務・事業の準備・実施のために国土交通省の職員の派遣を要請することができるとともに(法第53条第2項)、国土交通省が事務局となって運営する「土地政策推進連携協議会」においても管理不全所有者不明土地についての代執行等を支援することとしていますので、所有者不明土地の管理の適正化のための措置でお困りの際は、お気軽に国土交通省に御相談ください。

 本ガイドラインは、今後、法に基づく措置の事例等の知見の集積を踏まえ、適宜見直される場合があることを申し添えます。

第1章対象となる土地

1対象となる土地の定義

 法第3章第3節の「所有者不明土地の管理の適正化のための措置」の対象となる土地は、「管理不全所有者不明土地」と「管理不全隣接土地」の2種類です。本ガイドラインでは、両者を合わせて「管理不全所有者不明土地等」といいます。それぞれの土地の定義は、次のとおりです。

管理不全所有者不明土地:

 所有者不明土地のうち、所有者による管理が実施されておらず、かつ、引き続き管理が実施されないことが確実であると見込まれるもの(法第38条第1項)

管理不全隣接土地:

 市町村長が管理不全所有者不明土地の確知所有者に対し災害等防止措置を講ずべきことを勧告する場合において、当該勧告に係る管理不全所有者不明土地に隣接する土地であって、地目、地形その他の条件が類似し、かつ、当該土地の管理の状況が当該管理不全所有者不明土地と同一の状況にあるもの(法第38条第2項)

【参考】

 「所有者不明土地」は、「相当な努力が払われたと認められるものとして政令で定める方法により探索を行ってもなおその所有者の全部又は一部を確知することができない一筆の土地」と定義されています(法第2条第1項)。

 土地所有者の探索の方法は、所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法施行令(平成30年政令第308号。以下「令」といいます。)第1条及び所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法施行規則(平成30年国土交通省令第83号。以下「規則」といいます。)第1条から第3条に規定されています。

 「所有者不明土地」の定義に当てはまる土地であっても、地目が、田、畑、山林などの場合は、まずは、農地法(昭和27年法律第229号)・農業経営基盤強化促進法(昭和55年法律第65号)や森林法(昭和26年法律第249号)・森林経営管理法(平成30年法律第35号)に基づいて必要な措置を講じることが考えられます。

 また、多数の人命や財産に関わるような規模の災害等の防止については、宅地造成等規制法(昭和36年法律第191号。宅地造成等規制法の一部を改正する法律(令和4年法律第55号)による改正後は宅地造成及び特定盛土等規制法)や、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(昭和 44 年法律第 57 号)に基づく改善命令や対策工事等により対応することが望ましい場合もあると考えられます。

 このような場合については、これらの他の法令に基づいて措置を講ずることが原則であり、対応の方法について、市町村長と他の法令に基づく権原を有する者とが必要な調整を行うことが必要です。他の法令に基づく措置が実施されない場合、法に基づく措置を実施するほうが合理的である場合等には、市町村長が、法に基づく措置を実施することが求められます。

 なお、所有者不明土地にある空き家が倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態の場合には空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号)に基づく措置を講じることが考えられます。

2 対象となる土地に該当するか否か、当該土地に勧告等をするか否かの判断

 管理不全所有者不明土地等に対する措置を講じるに当たっては、まず、下記(1)を参考に管理不全所有者不明土地等と認められるかを判断した上で、次に、下記(2)を参考に周辺の地域における災害の発生や環境の悪化の程度等について考慮して判断します。

(1)「管理不全所有者不明土地」、「管理不全隣接土地」の判断の参考となる基準

「管理不全所有者不明土地」については、具体的には、以下の場合に「所有者による

管理が実施されておらず、かつ、引き続き管理が実施されないことが確実」と判断します。

・所有者が全員不明で、現に管理が実施されていない場合

・所有者の一部が判明しているが、その所有者が現に管理を実施しておらず、今後も管理を実施する意向がない場合

 このため、所有者不明土地が共有の場合において、確知所有者が現に土地の管理をしている場合や、所有の自覚がなかった所有者や土地の現況を認識していなかった所有者に対して市町村長が通知・助言等をすることなどにより、適切な管理が実施されることが見込まれる場合は、勧告をする状況に該当しません。

 なお、所有者が全員不明の場合には、確知所有者がいないため、勧告、災害等防止措置命令を行うことはできず、事態を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、代執行を検討します。

 管理の実施の有無については、周辺の土地や近隣住民等に悪影響を与えないために必要となる保全行為の実施状況を基に判断します。

例えば、以下のような場合には、土地の管理が適正に行われているとはいえません。

・土地から土砂が流出する、放置物や塀等の工作物が倒壊・損壊するなどにより、周辺の地域に被害を生じさせる事態が発生している、又はそのおそれがある

・雑草、竹木等が管理されないまま繁茂し、枯草火災、害虫発生、不法投棄等を引き起こすなどにより、周辺の環境を著しく悪化させる事態が発生している、又はそのおそれがある

 「管理不全隣接土地」を勧告の対象とした趣旨は、所有者不明土地とこれに隣接する所有者が判明している土地とが一体となって管理不全状態に陥っているケースが多く、こうした状態を解消するためには、所有者不明土地だけを勧告の対象としたのでは不十分であり、隣接する土地についても、併せて措置することを可能とすることが適当であるためです。

 管理不全状態であるか否かは1筆ごとに判断されます。管理不全所有者不明土地に隣接する土地が複数ある場合には、管理不全隣接土地が複数の筆の土地であることがあり得ます。地目、地形その他の条件が類似しているか否かについては、登記簿に記載された地目や地形等の物理的な状態によって判断します。

 管理の状況が管理不全所有者不明土地と同一の状況にあるか否かについては、土砂の堆積、工作物の放置、草木の繁茂の状態などの現場の状況に応じて判断します。例えば、土地の境界にあったと推察される塀が崩壊し双方の土地にがれきが散乱している場合や、草木・樹木が繁茂している状況に大きな違いが見られない場合には、管理の状況が同一の状況にあるものとして取り扱うことが考えられます。

(2)勧告等の対象となる管理状態の判断の参考となる基準

 令和3年の民事基本法制の見直しによって、所有者不明土地の管理に関する民事法制度の整備が行われ、裁判所が、所有者不明土地について、利害関係人の請求により、選任した管理人に管理命令を発令できることとされました。これを受けて、法では、管理不全所有者不明土地について、その周辺の地域における災害の発生や著しい環境の悪化を防止するため、市町村長が、対象となる土地の利害関係の有無にかかわらず、所有者不明土地の管理命令の発令を裁判所に請求することにより、管理の適正化を図ることが可能とされました。

 一方、災害等の発生の防止は、所有者不明土地への利害関係に限らず、周辺住民等の生命・身体の保護や、公共施設の機能を確保する観点からも公益性が高いものであることから、民事手続による調整を基本としつつ、災害等の地域生活への重大な影響を回避する観点から、所有者不明土地の管理の適正化のために、行政主体が自ら必要最小限度の措置を講ずることが可能とされました。

 土砂の流出又は崩壊その他の事象による災害の発生については、周辺住民等の生命・身体や財産、土地周辺の道路等の公共施設の機能に影響を与えるか否かにより判断します。

 このため、管理不全所有者不明土地等から土砂の流出等が起こるとしても、当該管理不全所有者不明土地等の周辺の土地に流出するおそれがない場合には、勧告をする要件に該当しません。

「その他の事象」については、次のような場合が想定されます。

・ 塀、擁壁や樹木などが損壊・倒壊すること

がれきなどの放置物が飛散すること ・・・台風前後

これらの事象についても、周辺の土地に影響を与えるかどうかによって判断します。

環境の著しい悪化については、次のような事象の有無により判断します。

・ 雑草、竹木等が管理されないまま繁茂し、周辺に被害が及ぶような害虫発生の原因となり、又は火災、不法投棄等を誘起するおそれがあること

・ 廃棄物が放置され、周辺に被害が及ぶような悪臭の発生や汚物の流出の原因となること

 なお、隣地の竹木の枝が境界線を越えて敷地内に入ってきているなど隣人間のトラブルについては、周辺の地域における「災害の発生」や「環境の著しい悪化」には当たりません。

 事態の発生を防止するために必要かつ適当であると認める場合については、土地の現況や、地形、土壌、気象等の物理的状況、周辺の土地利用状況、当該土地及び周辺の地域における過去の災害や環境を悪化させる事態の発生状況など、個々の土地の特性を踏まえて判断します。

第2章 事前準備等

 管理不全所有者不明土地については、行政指導である勧告(法第38条第1項)、不利益処分である災害等防止措置命令(法第39条)・代執行(法第40条第1項)の3つの措置を行うことができます。また、管理不全隣接土地については、行政指導である勧告(法第38条第2項)を行うことができます。

 また、このほかに民法の令和3年改正[1]で創設された、裁判所による所有者不明土地管理命令(第264条の2第1項)又は管理不全土地管理命令(第264条の9第1項)を活用することも考えられます。

 なお、請求などの民事的措置は、裁判所による発令の必要性の確認や、公告、陳述聴取などの手続に一定の期間を要しますので、緊急的な対応を要するようなときは、市町村長が自ら必要な措置を講じることができる行政的措置によって、迅速に対応することが考えられます。

 まずは、管理不全所有者不明土地の確知所有者や管理不全隣接土地の所有者の事情を把握し、他法令に基づく措置や民事的措置を含め、何が最もふさわしい措置かを検討します。

  • 管理不全状態の土地の所有者探索

管理不全状態の土地について、その所有者を確知しようとする場合、不動産登記法(平成16年法律第123号)第119条の規定に基づき登記事項証明書の交付を請求することが考えられますが、登記事項証明書に記載された所有者と連絡が取れないことも想定されます。

 これまでは、地域福利増進事業、収用適格事業又は都市計画事業の実施の準備のために限り、土地所有者の探索のための固定資産課税台帳等の地方公共団体が保有する土地所有者等関連情報の利用・提供が可能でしたが、令和4年の法改正により、所有者不明土地の管理の適正化のための勧告の実施や所有者不明土地管理命令又は管理不全土地管理命令の請求等の実施の準備のため必要がある場合についても、土地所有者等関連情報の利用・提供が可能になりました(法第43条)。

  • 所有者不明土地の確知所有者等の事情の把握

 1の所有者探索によって判明した所有者不明土地の確知所有者や管理不全隣接土地の所有者(以下「確知所有者等」といいます。)は、当該土地の所在地と異なる場所に居住していることが一般的であり、当該土地の状態を把握していない場合や、当該土地を相続により取得した等の事情により、自らが当該土地の所有者であることを認識していない場合も考えられます。したがって、まずは確知所有者等に連絡を取り、当該土地の現状を伝えるとともに、当該土地の管理に関する今後の改善方策に対する考えのほか、処分や活用等についての意向など、事情の把握に努めることが望ましいと考えられます。

例えば、

・ 確知所有者等に改善の意思はあるものの、その対処方策が分からない

・ 遠隔地に居住しているため、又は身体的理由等により自ら対策を講ずることが困難である

等の場合には、直ちに立入調査(法第 41 条第1項)や勧告の手続を開始するのではなく、状況に応じて、土地の管理、譲渡等に関する相談窓口や活用可能な助成制度を紹介すること等により、解決を図ることも考えられます。

 また、家庭裁判所に対し、不在者財産の管理命令(民法第25条第1項)又は相続財産の清算人の選任(同法第952条第1項)を請求すること(法第42条第1項)や、地方裁判所に対し、所有者不明土地管理命令(民法第264条の2第1項)又は管理不全土地管理命令(同法第264条の9第1項)を請求すること(法第42条第2項から第4項)もできます。

 一方、災害の発生の危険が切迫している場合や、周辺地域の環境悪化を防止するために速やかに措置を講じる必要があると認められる場合は、市町村長は所定の手続を経て勧告、災害等防止措置命令又は代執行に係る措置を迅速に講じることが考えられます。

 なお、管理不全所有者不明土地の確知所有者がいない場合には、勧告や災害等防止措置命令の手続を経ずに、代執行に係る措置を講じることが認められています(第40条第1項第1号)。

3「所有者不明土地の管理の適正化のための措置」の事前準備

(1)立入調査(法第41条第1項)

 市町村長は、法第38条から第40条までの規定の施行に必要な限度において、その職員に、管理不全所有者不明土地等に立ち入り、その状況を調査させることができます

(法第41条第1項)。

 この立入調査は、勧告、命令又は代執行の実施に当たって、管理不全所有者不明土地等における土砂の流出等の災害の発生や、周辺地域の環境悪化等の事態を生じるおそれがあるかどうかに関して調査し、適切な判断を行うために設けられたものであり、必要最小限度の範囲で行うべきものです。

  • 確知所有者等に対する事前の通知

 市町村長は、管理不全所有者不明土地等の確知所有者等がいる場合に立入調査を行おうとするときは、その円滑な実施や、対応方針の早期決定等の観点から、当該確知所有者等にその旨を一定の時間的猶予をもって事前に通知することが望ましいと考えられます。

  • 身分を示す証明書の携帯と提示立入調査をする職員は、その身分を示す証明書(参考様式1)を携帯し、関係者の請求があったときは、これを提示する必要があります。(法第41条第2項において準用する法第13条第6項)。

 【法律】(裁定)

第十三条 (略)

2~5 (略)

6   前項の規定により立入調査をする委員又は職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係者の請求があったときは、これを提示しなければならない。

7   第五項の規定による立入調査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。

(立入調査)

第四十一条 市町村長は、この節の規定の施行に必要な限度において、その職員に、管理不全所有者不明土地又は管理不全隣接土地に立ち入り、その状況を調査させることができる。

2 第十三条第六項及び第七項の規定は、前項の規定による立入調査について準用する。

  • 留意事項
  • 法に基づく立入調査は行政調査であり、法第3章第3節(法第38条から第40条までの施行という行政目的の達成のためにのみ認められるものであり、別の目的のために当該立入調査を行うことは認められません。特に、犯罪捜査のために行政調査を行うことは許されず、この点は法第 41 条第2項において準用する法第13条第7項に明示されています。
  • 管理不全所有者不明土地等は、確知所有者等の意思を確認することが困難な場合があるところ、土砂の流出、崩壊等の危険があるなどの場合に、当該土地の門扉が閉じられている等敷地が閉鎖されていることのみをもって敷地内に立ち入れないとなると、法の目的が十分に達成できないおそれがあります。また、立入調査を行っても、現に居住や使用がなされている土地に比してプライバシーの侵害の程度は相対的に軽微と考えられます。

 このため、門扉が閉じられている等の場合であっても、物理的強制力の行使により立入調査の対象とする土地の工作物等を損壊させるようなことのない範囲内での立入調査は許容され得るものと考えられます。

  • 勧告等を実施するために管理不全所有者不明土地等に立ち入った結果、周辺地域への災害の発生又は環境の著しい悪化のおそれがないことが判明した場合であっても、当該管理不全所有者不明土地等に立ち入った時点において「勧告等が必要と認められる場所」であった以上、立入調査は適法な行為と解されます。

(2)管理不全所有者不明土地等に関係する権利者との調整

 勧告等をしようとする管理不全所有者不明土地等について、所有者探索等の過程で、抵当権等の担保物権や賃貸借契約による賃借権が設定されていること等が判明することもあり得ます。

 この場合、勧告等の措置は客観的事情に基づきなされる措置であるため、管理不全所有者不明土地等に抵当権等が設定されている場合でも、市町村長が勧告等を行うに当たって、関係する権利者と必ずしも調整を行う必要はなく、基本的には当該抵当権者等と管理不全所有者不明土地等の確知所有者等とによる解決に委ねられるものと考えられます。

第3章 勧告

1 管理不全所有者不明土地に係る勧告

  • 管理不全所有者不明土地の所有者が全部不明の場合

 管理不全状態の土地の所有者を探索した結果、所有者を全員確知できなかった場合、当該土地は管理不全所有者不明土地に該当しますが、確知所有者がいないため、法第

38条第1項に基づく勧告を行うことはできません。

 この場合、事態を放置した場合の影響等も考慮した上で、所有者不明土地管理命令(民法第264条の2第1項)の請求(法第42条第2項)や管理不全土地管理命令(民法第264条の9第1項)の請求(法第42条第3項)、代執行について検討します。

  • 管理不全所有者不明土地が共有状態にあり、その内の一部の所有者が不明の場合

ア勧告の実施

 管理不全状態の土地の所有者を探索した結果、所有者を一部確知できなかった場合であっても、当該土地は管理不全所有者不明土地に該当します。この場合において、市町村長は、当該土地の確知所有者に対し、必要かつ適当であると認める場合には、その必要の限度において、期限を定めて、必要な措置を講ずべきことを勧告することができます(法第38条第1項)。

勧告に先立って、市町村が確知所有者に対して、土地の管理、譲渡等に関する相談窓口や活用可能な助成制度の紹介等の情報提供、行政手続法(平成5年法律第88号)第2条第6号に規定する助言・指導などの行政指導を実施することにより、まずは確知所有者による自発的な管理を促すことが重要です。

 なお、土地を適正に管理する責務は、共有持分の多寡にかかわらず、それぞれの土地所有者がその土地全体について有していると考えられます。このため、確知所有者が複数存在する場合には、それぞれの確知所有者の共有持分の多寡にかかわらず、確知所有者全員が勧告の対象となります。

 ただし、所有者の探索を完了していなくても、不明所有者が存在するなど所有者不明土地であることが確認できている場合には、探索の過程で判明した所有者から順次勧告を行うことは妨げられません。

 【法律】(勧告)

第三十八条 市町村長は、所有者不明土地のうち、所有者による管理が実施されておらず、かつ、引き続き管理が実施されないことが確実であると見込まれるもの(以下「管理不全所有者不明土地」という。)による次に掲げる事態の発生を防止するために必要かつ適当であると認める場合には、その必要の限度において、当該管理不全所有者不明土地の確知所有者に対し、期限を定めて、当該事態の発生の防止のために必要な措置(次条及び第四十条第一項において「災害等防止措置」という。)を講ずべきことを勧告することができる。

一     当該管理不全所有者不明土地における土砂の流出又は崩壊その他の事象によりその周辺の土地において災害を発生させること。

二     当該管理不全所有者不明土地の周辺の地域において環境を著しく悪化させること。

2 (略)

勧告を行う場合は、その管理不全所有者不明土地の確知所有者に対して、

・ 当該勧告に係る措置の内容及びその事由

・ 当該勧告の責任者を示すほか、併せて

・ 勧告に係る措置を実施した場合は、遅滞なく当該勧告の責任者に報告すること

・ 正当な理由がなくてその勧告に係る措置を講じなかった場合、市町村長は管理不全所有者不明土地の確知所有者に対して法第39条に基づく災害等防止措置命令を行う可能性があること について示すことが望ましいと考えられます。

勧告は、措置の内容を明らかにする観点から、書面(参考様式2)で行うものとします。

 また、勧告の送達方法について具体の定めはなく、直接手交、郵送などの方法から選択することが考えられます。勧告は、相手方に到達することによって効力を生じ、相手方が現実に受領しなくとも相手方が当該勧告の内容を了知し得るべき場所に送達された時点で到達したとみなされるため、的確な送達の方法を選択すべきです。郵送の場合は、より慎重を期す観点から、配達証明郵便又は配達証明かつ内容証明の郵便とすることが望まれます。

 なお、市町村長が管理不全所有者不明土地の確知所有者に対して必要な措置に係る勧告を講じるに当たって、当該確知所有者が複数存在する場合には、市町村長が確知している確知所有者全員に対して勧告を行うことが必要です。

 市町村長による勧告を受けた管理不全所有者不明土地の一部について当該勧告後の売買等により一部の確知所有者が変更したとしても、変更のなかった確知所有者に対する効力は引き続き存続します。なお、新たに管理不全所有者不明土地の確知所有者となった者に対しては、改めて勧告をすることが必要です。

 また、勧告後の管理不全所有者不明土地の売買等により、全ての確知所有者が変更してしまった場合には、勧告の効力が失われるため、新たに当該管理不全所有者不明土地の確知所有者となった者に対し、改めて勧告をすることが必要です。

なお、勧告に係る措置を示す際には、下記に留意してください。

  • 当該管理不全所有者不明土地の確知所有者が、具体的にいつまでに何をどのようにすればいいのかを理解することができるように、講ずべき措置の内容や時期を明確に示すことが必要です。すなわち、「擁壁が崩落しそうで危険なため対処すること」といった抽象的な内容ではなく、例えば「擁壁が崩落しないよう、傾斜している増し積み部分を撤去すること」等の具体的な措置内容を示すべきです。また、工作物を除却する場合には、工作物全部の除却なのか、一部の特定物の除却なのか等除却する範囲を明確に示すことが必要です。

 勧告に係る措置の内容が残置物等(廃棄物を含みます。以下同じです。)に対する措置を含む場合は、勧告書(参考様式2)において、

・ 対象となる管理不全所有者不明土地に存する残置物等については、措置の期限までに運び出し、適切に処分等すべき旨

・ 管理不全所有者不明土地に存する工作物等の除却により発生する残置物等については、措置の期限までに関係法令※1に従って適切に処理すべき旨を明記することが望ましいです。

※1 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和 45 年法律第 137 号)、建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(平成 12 年法律第 104 号)などが挙げられます。

  • 措置の内容は、災害の発生等の防止という目的を達成するために必要かつ合理

的な範囲内のものとする必要があります。

 市町村長が、法に基づいて管理不全所有者不明土地の確知所有者に対して勧告した場合には、関係部局に情報提供を行うことが望まれます。

 また、措置の期限は、管理不全所有者不明土地の管理状況、周辺の地域への悪影響の度合いや切迫度、災害等防止措置の内容等に応じて、社会通念上、合理的に必要な期間を勘案して決定します。

2 管理不全隣接土地に係る勧告

 管理不全隣接土地に係る勧告は、1(2)の管理不全所有者不明土地の確知所有者に係る勧告と同様に対応します。

管理不全隣接土地の所有者に対する勧告(法第 38 条第2項)

 管理不全所有者不明土地について勧告をする場合に、管理不全隣接土地による次に掲げる事態の発生を防止するために必要かつ適当であると認める場合には、その必要の限度において、当該管理不全隣接土地の所有者に対しても、期限を定めて、当該管理不全隣接土地について、当該事態の発生の防止のために必要な措置を講ずべきことを勧告することができる。

・ 当該管理不全隣接土地及び当該管理不全隣接土地に係る管理不全所有者不明土地の両方の土地における土砂の流出又は崩壊その他の事象によりその周辺の土地において災害を発生させること。

・ 当該管理不全隣接土地及び当該管理不全隣接土地に係る管理不全所有者不明土地の両方の土地の周辺の地域において環境を著しく悪化させること。

3 管理不全状態の解消に係る補助

 管理不全所有者不明土地等において実施される管理不全状態の解消のための措置は、令和4年度予算で法改正に併せて創設された所有者不明土地等対策事業費補助金により補助を受けることができます。

 補助対象となる管理不全状態の解消のための措置は、通常適当と認められる方法により実施される門、塀等の工作物又は樹木の除去等です。これらの除去等により発生する残置物等を処理するのに要する費用を含みます。

 なお、土地所有者等がこの補助を受けるには、市町村が作成する所有者不明土地対策計画において、管理不全状態の土地の解消に向けた取組を実施することを記載していることと、市町村が土地所有者等による管理不全状態の解消に対する助成制度を設けていることが必要です。

第4章 災害等防止措置命令

 市町村長は、管理不全所有者不明土地の勧告の相手方である確知所有者が、正当な理由がなくて勧告に係る災害等防止措置を講じないときは、その確知所有者に対し、相当の期間を定めて、当該災害等防止措置を講ずることを命ずることができます(法第 39 条前段)。

 ただし、管理不全所有者不明土地が共有状態にある場合、確知所有者が災害等防止措置の実施に必要な共有持分を有しないときには、命令の対象にはなりません。災害等防止措置の実施に必要な共有持分については、その災害等防止措置の内容によって異なるため、その判断は個別具体的に行う必要があります。例えば、講ずべき災害等防止措置の内容が、所有者の持分の過半数の同意を得る必要がある行為を伴う措置である場合、確知所有者が1/3の共有持分しか有していないときには、確知所有者に対し、命令を行うことはできません(法第 39 条後段)。

災害等防止措置の実施に必要な共有持分の考え方は下記のとおりです。

(1)「土地の現状を維持する行為」を講ずべき場合

災害等防止措置の内容が、土地の現状を維持する行為(保存行為)に該当する場合は、共有持分に関係なく、確知所有者に対し、命令を行うことができます(民法第252 条第5項)。

○具体例:

・ 土地の一部が陥没している場合に、その穴を塞ぎ、陥没前の状況と同様の状況に修復する行為

・ 崩壊している箇所をシートで被う行為

(2)「土地の形状又は効用の著しい変更を伴う行為」を講ずべき場合

災害等防止措置の内容が、土地の形状又は効用の著しい変更を伴う行為(変更行為)に該当する場合は、所有者全員の共有持分が必要である(民法第 251 条第1項)ため、不明所有者がいる場合には、確知所有者に対し、命令を行うことはできません。この場合、事態を放置した場合の影響等も考慮した上で、所有者不明土地管理命令や管理不全土地管理命令の請求、代執行について検討することが考えられます。

○具体例:

・ 高低差の大きな土地から土砂が流出しないよう、擁壁を新たに設置して敷地全体を平らにする行為

(3)「(1)及び(2)以外の行為」を講ずべき場合

 災害等防止措置の内容が、(1)及び(2)以外の行為(土地の管理行為及び土地の形状又は効用に変更を加える行為であって、形状又は効用の著しい変更を伴わないもの(軽微変更))に該当する場合は、所有者の共有持分の過半数が必要である(民法第 251 条第1項・第 252 条第1項)ため、確知所有者の共有持分が過半数に満たない場合には、確知所有者に対し、命令を行うことはできません。この場合、事態を放置した場合の影響等も考慮した上で、所有者不明土地管理命令や管理不全土地管理命令の請求や、代執行について検討することが考えられます。

○具体例:

・ 樹木が巨木化し、台風の際に倒壊のおそれがある場合に、全て伐採を行う行為

1 確知所有者への通知

 市町村長は、措置を命じる確知所有者に対し、所定の事項を記載した災害等防止措置命令書(参考様式3)を交付するものとします。

記載する主な事項は、

(1)命令に係る災害等防止措置の内容

 命令に係る災害等防止措置は、法第 38 条第1項に基づき行った勧告に係る措置であり、措置の内容は明確に示す必要があります。

(2)命令に至った理由

 根拠法令の条項及びその管理不全所有者不明土地がどのような状態にあって、どのような悪影響をもたらしているか、その結果どのような措置を命ぜられているのか等について、確知所有者が理解することができるように提示すべきです。

(3)措置の期限

措置の期限は、3の「相当の期限」を勘案して決定します。

2 不服申立てをすべき行政庁等の教示

 この命令は行政争訟の対象となる処分となりますので、この命令に対して不服がある場合は、行政不服審査法(平成 26 年法律第 68 号)第2条の規定により命令をした市町村長に審査請求を行うことができます。このため、命令においては、

・ 当該処分につき不服申立てをすることができる旨

・ 不服申立てをすべき行政庁

・ 不服申立てをすることができる期間

について、書面で示す必要があります(同法第 82 条第1項)。

また、行政事件訴訟法(昭和 37 年法律第 139 条)の規定により、当該市町村を被告とする処分の取消しの訴えを提起することができます。このため、命令においては、

・ 当該処分に係る取消訴訟の被告とすべき者

・ 当該処分に係る取消訴訟の出訴期間

についても、書面で示す必要があります(同法第 46 条第1項)。

 なお、本項による市町村長の命令に違反した者は、法第 62 条第 1 項第4号の規定により、30 万円以下の罰金に処することとされています。

  • 相当の期限

 「相当の期限」は、管理不全所有者不明土地の管理状況、周辺の地域への悪影響の度合いや切迫度、災害等防止措置の内容等に応じて、社会通念上、合理的に必要な期間を勘案して決定します。例えば、命令を受けた者が当該措置を行うことにより、その周辺への悪影響を改善するのに通常要すると思われる期間として、工事の施工に要する期間を勘案して決定することが考えられます。

  • 命令の発出

 命令はその内容を正確に相手方に伝え、相手方への命令の到達を明確にすること等処理の確実性を期す観点から、1のとおり書面で行うものとします。

 勧告で残置物等に対する措置を含めている場合は、災害等防止措置命令書(参考様式3)において、

・ 対象となる残置物等については、措置の期限までに運び出し、適切に処分等すべき旨

・ 工作物等の除去により発生する残置物等については、措置の期限までに関係法令に従って適切に処理すべき旨を明記することが望まれます。

第5章 必要な措置が講じられた場合の対応

 管理不全所有者不明土地の確知所有者が、勧告又は命令に係る措置を実施し、問題が解消されたことが確認された場合は、当該土地では災害等防止措置を講ずる必要はなくなります。市町村においては、当該土地が災害等防止措置を講ずべき土地でなくなったと認められた日付、講じられた措置の内容等をデータベース(第7章参照)に記録し、関係部局と情報共有することが望まれます。

また、必要な措置が講じられた土地の確知所有者に対しては、例えば、当該確知所有者から措置が完了した旨の届出書の提出を受け、当該届出書を受領したものの写しを返却する等により、当該確知所有者に対し管理不全所有者不明土地でなくなったことを示すことも考えられます。

 管理不全隣接土地の所有者が、勧告に係る措置を実施した場合も同様の取扱いとすることが考えられます。

第6章 代執行

 法第 40 条第1項は、行政代執行の要件を定めた行政代執行法第2条の特則であり、「市町村長は、次の各号のいずれかに該当する場合において、管理不全所有者不明土地における災害等防止措置に係る事態を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該管理不全所有者不明土地の所有者の負担において、当該災害等防止措置を自ら講じ、又はその命じた者若しくは委任した者に当該災害等防止措置を講じさせることができる」と規定し、以下の場合に代執行ができるものとしました。

(1)管理不全所有者不明土地の確知所有者がいない場合

(2)確知所有者が災害等防止措置の実施に必要な共有持分を有していない場合

(3)災害等防止措置を講ずべきことを命ぜられた確知所有者が、当該命令に係る期限までに当該命令に係る災害等防止措置を講じない場合、講じても十分でない場合又は講ずる見込みがない場合

 代執行によって講じることができる措置については、他人が代わってすることのできる義務(代替的作為義務)に限られ、

・当該管理不全所有者不明土地における土砂の流出又は崩壊その他の事象によりその周辺の土地において災害を発生させることを防止するため、必要かつ適当であること

・当該管理不全所有者不明土地の周辺の地域において環境を著しく悪化させることを防止するため、必要かつ適当であることを満たすことが必要です。

 上記(1)に該当する場合は以下の2及び3の内容を、上記(2)に該当する場合は以下の2から4までの内容を、上記(3)に該当する場合には以下の1から4までの内容をそれぞれ参考にしてください。なお、費用の徴収を実施するに当たっては、持分の多寡にかかわらず確知所有者それぞれに対して費用の全額を請求することも可能ですが、所有者の判明状況や講じた措置の内容に応じて、例えば共有持分に応じた負担を求めることにするなどの対応も考えられます。

1 代執行令書による通知(上記(3)の場合に限る。)

義務者(災害等防止措置を講ずべきことを命ぜられた確知所有者)が指定の期限までにその義務を履行しないときは、市町村長は、代執行令書(参考様式4)をもって、

・ 代執行をなすべき時期

 代執行令書による通知と代執行の実施時期の時間的間隔について定めはなく、市町村長の裁量に委ねられますが、例えば、義務者が対象地から残置物等を搬出すること等に配慮して設定することが望ましいと考えられます。

・ 代執行のために派遣する執行責任者の氏名誰を執行責任者とするかは、代執行権者が適宜決定します。

・ 代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知します。

 なお、代執行令書を通知する際には、災害等防止措置命令を行う際と同様に、行政不服審査法第 82 条第1項及び行政事件訴訟法第 46 条第1項の規定に基づいて、書面で必要な事項を相手方に示す必要があります。

  • 執行責任者の証票の携帯及び呈示

法における代執行権者である市町村長は、執行責任者に対して、「その者が執行責任者たる本人であることを示すべき証票」を交付する必要があります。

また、執行責任者は、執行責任者証(参考様式5)を携帯し、相手方や関係人の要求があるときは、これを提示する必要があります。

  • 代執行の対象となる管理不全所有者不明土地に存する不動産及び動産の取扱い

代執行によって実施すべき措置の内容が、当該管理不全所有者不明土地における土砂の流出又は崩壊その他の事象によりその周辺の土地において災害を発生させることや周辺の地域において環境を著しく悪化させることを防止しようとするものであるときは、代執行令書(参考様式4)(確知所有者がいない場合は、事前公告)において、

・ 対象となる敷地に存する残置物等については、履行の期限又は代執行をなすべき時期の開始日までに運び出し、適切に処分等すべき旨

・ 代執行により発生する残置物等については、関係法令※1に従って適切に処理すべき旨

・ 履行の期限までに履行されない場合は、代執行する旨を明記することが望ましいと考えられます。

代執行により発生した残置物等であって所有者が引き取らないものについては、関係法令※1に従って適切に処理するものとします。

 代執行時に、相当の価値を有すると認められる残置物等、社会通念上処分がためらわれる残置物等が存する場合は保管し、所有者に期限を定めて引き取りに来るよう連絡することが考えられます。

 その場合、いつまで保管するかは、他法令※2 や裁判例※3 も参考にしつつ、法務部局と協議して適切に定めます。あわせて、現金(定めた保管期間が経過したもので、民法第 497条に基づいて裁判所の許可を得て競売に付して換価したその代金を含みます。)及び有価証券については供託所(最寄りの法務局)に供託をすることも考えられます。

 また、代執行によって実施すべき措置の範囲が管理不全所有者不明土地の一部の場合で残置物等が措置の弊害となるときは、敷地内等の適切な場所に移すことが望ましいと考えられます。

※1 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和 45 年法律第 137 号)、建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(平成 12 年法律第 104 号)などが挙げられます。

※2 遺失物法(平成 18 年法律第 73 号)第7条第4項、河川法(昭和 39 年法律第 167 号)第 75 条第6項、都市公園法(昭和 31 年法律第 79 号)第 27 条第6項、屋外広告物法(昭和 24 年法律第 189 号)第8条第3項などが挙げられます。

※3 さいたま地裁平成 16 年3月 17 日

4 費用の徴収(法第 40 条第2項で準用する行政代執行法第5条・第6条)(上記②・③の場合に限る。)

代執行に要した一切の費用は、行政主体が義務者から徴収します。当該費用について、行政主体が義務者に対して有する請求権は、行政代執行法に基づく公法上の権利であり、義務者から徴収すべき金額は代執行の手数料ではなく、実際に代執行に要した費用です。したがって、作業員の賃金、請負人に対する報酬、資材費、第三者に支払うべき補償料等は含まれますが、義務違反の確認のために要した調査費等は含まれません。

市町村長は、文書(納付命令書)において、

・ 実際に要した費用の額

・ その納期日

を定め、その納付を命じる必要があります(行政代執行法第5条)。行政代執行法においては、代執行の終了後に費用を徴収することのみが認められ、代執行終了前の見積による暫定額をあらかじめ徴収することは認められていません。

 費用の徴収については、国税滞納処分の例※4による強制徴収が認められ(行政代執行法第6条第1項)、代執行費用については、市町村長は、国税及び地方税に次ぐ順位の先取特権を有します(同条第2項)。

 代執行時に確知所有者がいなかった場合で、代執行後に所有者が現れたときは、その所有者から徴収することが考えられます。また、代執行後に、民法に基づく財産管理制度の活用等により土地の処分がなされた場合には、得られた財産から費用を支弁することも考えられます。

※4 納税の告知(国税通則法(昭和 37 年法律第 66 号)第 36 条第1項)、督促(同法第 37 条第1項)、財産の差押え(国税徴収法(昭和34 年法律第147号)第47 条)、差押財産の公売等による換価(同法第89条以下、第94条以下)、換価代金の配当(同法第128 条以下)の手順。

第7章 その他

  • データベース(台帳等)の整備

管理不全所有者不明土地等については、その所在地、現況、確知所有者等の氏名等、管理不全所有者不明土地等に対する措置の内容及びその履歴を記録するデータベースを整備するなど、その状況を適切に把握することが望ましいと考えられます。

  • 関係部局との情報共有

 管理不全所有者不明土地等に対する措置に係る事務を円滑に実施するには、当該市町村の関係内部部局との連携が不可欠であることから、所有者不明土地対策担当部局は、必要に応じて管理不全所有者不明土地等に関する情報を関係内部部局に提供し、共有することが望ましいと考えられます。

 その際、個人情報が漏えいすることのないよう、細心の注意を払うことが必要です。


[1] 本ガイドラインでは、民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第 24 号)による改正後の条文を記載しております。

参考様式1(法第41条第1項関係) (表 面)

参考様式2(法第38条第1項)

○ 年 ○ 月 ○ 日

○ ○ 第 ○ ○ 号

○○市○○町○丁目○番○号

○○ ○○ 殿

○○市長 ○○ ○○

(担当 ○○部○○課)

勧 告 書

貴殿の所有する下記の土地は、所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成30年法律第49号。以下「法」という。)第38条第1項に定める「管理不全所有者不明土地」に該当すると認められたため、貴殿に対して対策を講じるよう指導してきたところでありますが、現在に至っても改善がされていません。

ついては、下記のとおり災害等防止措置を講じるよう、同項の規定に基づき勧告します。

1.対象となる土地所在地        ○○市△△町△丁目△番△号用 途        ○○

所有者の住所及び氏名 ○○市○○町○丁目○番○号  ○○ ○○

2.勧告に係る災害等防止措置の内容

(何をどのようにするのか、具体的に記載)

(対象となる土地に残置物等がある場合は、当該残置物等に対する取扱いについても明記することがのぞましい。)

(例)

対象となる土地に残置されている残置物等を措置の期限までに運び出し、適切に処分等すること。

災害等防止措置を講じることにより発生する残置物等を措置の期限までに関係法令に従って適切に処理すること。

3.勧告に至った理由

(対象となる土地がどのような状態にあって、どのような悪影響をもたらしているか、当該状態が、①土砂の流出又は崩壊その他の事象によりその周辺の土地において災害を発生させるおそれのある状態、②周辺の地域において環境を著しく悪化させるおそれのある状態 のいずれに該当するか具体的に記載)

4.勧告の責任者  ○○市○○部○○課長  ○○ ○○ 連絡先:○○-○○○○-○○

5.措置の期限   ○年○月○日

(注 意)

  • 上記5.の措置の期限までに上記2.の災害等防止措置を講じた場合は、遅滞なく上記4.の者まで報告すること。
  • 上記5.の措置の期限までに正当な理由がなくて上記2.の災害等防止措置を講じなかった場合は、法第39条の規定に基づき、当該措置を講ずべきことを命ずることがあります。

参考様式3(法第39条)

○ 年 ○ 月 ○ 日

○ ○ 第 ○ ○ 号

○○市○○町○丁目○番○号

○○ ○○ 殿

○○市長 ○○ ○○

(担当 ○○部○○課)

              災害等防止措置命令書

貴殿の所有する下記の土地は、所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成30年法律第49号。以下「法」という。)第38条第1項に定める「管理不全所有者不明土地」に該当すると認められたため、○年○月○日付け○○第○○号により、同項の規定に基づき勧告しましたが、現在に至っても勧告した災害等防止措置が講じられていません。

ついては、下記のとおり災害等防止措置を講じるよう、法第39条の規定に基づき命じます。

1.対象となる土地所在地        ○○市△△町△丁目△番△号用 途        ○○

所有者の住所及び氏名 ○○市○○町○丁目○番○号  ○○ ○○

2.命令に係る災害等防止措置の内容

(何をどのようにするのか、具体的に記載)

(対象となる土地に残置物等がある場合は、当該残置物等に対する取扱いについても明記することがのぞましい。)

(例)

対象となる土地に残置されている残置物等を措置の期限までに運び出し、適切に処分等すること。

災害等防止措置を講じることにより発生する残置物等を措置の期限までに関係法令に従って適切に処理すること。

3.命令に至った理由

(対象となる土地がどのような状態にあって、どのような悪影響をもたらしているか、当該状態が、①土砂の流出又は崩壊その他の事象によりその周辺の土地において災害を発生させるおそれのある状態、②周辺の地域において環境を著しく悪化させるおそれのある状態 のいずれに該当するか具体的に記載)

4.命令の責任者  ○○市○○部○○課長  ○○ ○○ 連絡先:○○-○○○○-○○

5.措置の期限   ○年○月○日

(注 意)

  • 上記5.の措置の期限までに上記2.の災害等防止措置を講じた場合は、遅滞なく上記4.の者まで報告すること。
  • 本命令に違反した場合は、法第62条第1項第4号の規定に基づき、30万円以下の罰金に処せられます。
  • 上記5.の措置の期限までに上記2.の災害等防止措置を講じない場合、講じても十分でない場合又は講ずる見込みがない場合は、法第40条第1項の規定に基づき、当該措置について行政代執行の手続きに移行することがあります。
  • この処分について不服がある場合は、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第2条及び第18条の規定により、この処分があったことを知った日かの翌日から起算して3か月以内に○○市長に対し審査請求をすることができます。ただし、処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内であっても、処分の日の翌日から起算して1年を経過した場合には審査請求をすることができなくなります。

この処分の取消を求める訴訟を提起する場合は、行政事件訴訟法(昭和37年法律第 139号)第8条及び第14条の規定により、この処分があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内に、○○市長を被告として、処分の取消の訴えを提起することができます。ただし、処分があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内であっても、処分の日の翌日から起算して1年を経過した場合には処分の取消の訴えを提起することができなくなります。なお、処分の取消の訴えは、審査請求を行った後においては、その審査請求に対する処分があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内に提起することができます。

参考様式4(法第40条第1項)

○ 年 ○ 月 ○ 日

○ ○ 第 ○ ○ 号

○○市○○町○丁目○番○号

○○ ○○ 殿

○○市長 ○○ ○○

(担当 ○○部○○課)

代執行令書

○年○月○日付け○○第○○号により、貴殿の所有する下記の土地について、下記の災害等防止措置を○年○月○日までに講じるよう命令しましたが、指定の期日までに義務が履行されませんでしたので、所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成 30年法律第49号。以下「法」という。)第40条第1項の規定に基づき、下記のとおり代執行を行いますので、通知します。

代執行に要する全ての費用は、法第40条第2項において準用する行政代執行法(昭和23 年法律第43号)第5条の規定に基づき貴殿から徴収します。また、代執行によりその物件及びその他の残置物等について損害が生じても、その責任は負わないことを申し添えます。

1.代執行の対象となる土地所在地        ○○市△△町△丁目△番△号

用 途        ○○(附属する門、塀等を含む。)

2.○年○月○日付け○○第○○号により命令した災害等防止措置の内容

(何をどのようにするのか、具体的に記載)※災害等防止措置命令書と同内容を記載

(対象となる土地に残置物等がある場合は、当該残置物等に対する取扱いについても明記することがのぞましい。)

(例)

対象となる土地に残置されている残置物等を措置の期限までに運び出し、適切に処分等すること。

災害等防止措置を講じることにより発生する残置物等を措置の期限までに関係法

令に従って適切に処理すること。

3.代執行の時期  ○年○月○日から○年○月○日まで

4.執行責任者   ○○市○○部○○課長  ○○ ○○

5.代執行に要する費用の概算見積額   約○,○○○,○○○円

(注 意)

  • この処分について不服がある場合は、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第2条及び第18条の規定により、この処分があったことを知った日かの翌日から起算して3か月以内に○○市長に対し審査請求をすることができます。ただし、処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内であっても、処分の日の翌日から起算して1年を経過した場合には審査請求をすることができなくなります。

この処分の取消を求める訴訟を提起する場合は、行政事件訴訟法(昭和37年法律第 139号)第8条及び第14条の規定により、この処分があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内に、○○市長を被告として、処分の取消の訴えを提起することができます。ただし、処分があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内であっても、処分の日の翌日から起算して1年を経過した場合には処分の取消の訴えを提起することができなくなります。なお、処分の取消の訴えは、審査請求を行った後においては、その審査請求に対する処分があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内に提起することができます。

民事信託の登記の諸問題14

登記研究[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(14)」からです。

不動産登記令

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=416CO0000000379

申請情報

第三条 登記の申請をする場合に登記所に提供しなければならない法第十八条の申請情報の内容は、次に掲げる事項とする。

一 申請人の氏名又は名称及び住所

二 申請人が法人であるときは、その代表者の氏名

三 代理人によって登記を申請するときは、当該代理人の氏名又は名称及び住所並びに代理人が法人であるときはその代表者の氏名

四 民法(明治二十九年法律第八十九号)第四百二十三条その他の法令の規定により他人に代わって登記を申請するときは、申請人が代位者である旨、当該他人の氏名又は名称及び住所並びに代位原因

五 登記の目的

六 登記原因及びその日付(所有権の保存の登記を申請する場合にあっては、法第七十四条第二項の規定により敷地権付き区分建物について申請するときに限る。)

七 土地の表示に関する登記又は土地についての権利に関する登記を申請するときは、次に掲げる事項

イ 土地の所在する市、区、郡、町、村及び字

ロ 地番(土地の表題登記を申請する場合、法第七十四条第一項第二号又は第三号に掲げる者が表題登記がない土地について所有権の保存の登記を申請する場合及び表題登記がない土地について所有権の処分の制限の登記を嘱託する場合を除く。)

ハ 地目

ニ 地積

八 建物の表示に関する登記又は建物についての権利に関する登記を申請するときは、次に掲げる事項

イ 建物の所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番(区分建物である建物にあっては、当該建物が属する一棟の建物の所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番)

ロ 家屋番号(建物の表題登記(合体による登記等における合体後の建物についての表題登記を含む。)を申請する場合、法第七十四条第一項第二号又は第三号に掲げる者が表題登記がない建物について所有権の保存の登記を申請する場合及び表題登記がない建物について所有権の処分の制限の登記を嘱託する場合を除く。)

ハ 建物の種類、構造及び床面積

ニ 建物の名称があるときは、その名称

ホ 附属建物があるときは、その所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番(区分建物である附属建物にあっては、当該附属建物が属する一棟の建物の所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番)並びに種類、構造及び床面積

ヘ 建物又は附属建物が区分建物であるときは、当該建物又は附属建物が属する一棟の建物の構造及び床面積(トに掲げる事項を申請情報の内容とする場合(ロに規定する場合を除く。)を除く。)

ト 建物又は附属建物が区分建物である場合であって、当該建物又は附属建物が属する一棟の建物の名称があるときは、その名称

九 表題登記又は権利の保存、設定若しくは移転の登記(根質権、根抵当権及び信託の登記を除く。)を申請する場合において、表題部所有者又は登記名義人となる者が二人以上であるときは、当該表題部所有者又は登記名義人となる者ごとの持分

十 法第三十条の規定により表示に関する登記を申請するときは、申請人が表題部所有者又は所有権の登記名義人の相続人その他の一般承継人である旨

十一 権利に関する登記を申請するときは、次に掲げる事項

イ 申請人が登記権利者又は登記義務者(登記権利者及び登記義務者がない場合にあっては、登記名義人)でないとき(第四号並びにロ及びハの場合を除く。)は、登記権利者、登記義務者又は登記名義人の氏名又は名称及び住所

ロ 法第六十二条の規定により登記を申請するときは、申請人が登記権利者、登記義務者又は登記名義人の相続人その他の一般承継人である旨

ハ ロの場合において、登記名義人となる登記権利者の相続人その他の一般承継人が申請するときは、登記権利者の氏名又は名称及び一般承継の時における住所

ニ 登記の目的である権利の消滅に関する定め又は共有物分割禁止の定めがあるときは、その定め

ホ 権利の一部を移転する登記を申請するときは、移転する権利の一部

ヘ 敷地権付き区分建物についての所有権、一般の先取特権、質権又は抵当権に関する登記(法第七十三条第三項ただし書に規定する登記を除く。)を申請するときは、次に掲げる事項

(1) 敷地権の目的となる土地の所在する市、区、郡、町、村及び字並びに当該土地の地番、地目及び地積

(2) 敷地権の種類及び割合

十二 申請人が法第二十二条に規定する申請をする場合において、同条ただし書の規定により登記識別情報を提供することができないときは、当該登記識別情報を提供することができない理由

十三 前各号に掲げるもののほか、別表の登記欄に掲げる登記を申請するときは、同表の申請情報欄に掲げる事項

別表(第三条、第七条関係)

信託に関する登記

信託目録に記録すべき情報が添付情報であるとすれば、一体、信託登記における申請情報とは何だろうか。

 不動産登記令4条に定められている事項となります。不動産登記令別表(第三条、第七条関係)信託に関する登記において、申請情報は規定されていません。

どうして不動産登記令では、信託目録に記録すべき情報が添付情報とされているのだろうか。不動産登記法という法律と不動産登記令という政令との間に「捻じれ」があるのか、ないのか。

 不動産登記法97条に定められている信託の登記の登記事項を、明らかにするための信託目録という位置付けであり、申請情報の内容ではなく添付情報として提供する政令の定めであると思われます[2]

信託目録に記録すべき情報が信託内容の公示を目的としているとすれば、公示されるべき内容として、当該情報は申請情報の地位を与えられて然るべきではないか。

 信託目録に記録すべき情報が、信託内容の公示を目的としているのか、分かりませんでした。不動産登記法は必要最低限の申請情報、登記すべき事項を定めており、その他の情報については信託目録に委ねているようにみえます。不動産登記令では信託の登記についての申請情報について定めがないので、制定当初はその必要性は考えられていなかったのかもしれません。

例えば、受託者の実体的な属性情報である報告義務、書類作成義務、一般的な忠実義務、善管注意義務、公平義務などに関する情報を、信託目録に記録すべき情報として提供することは無意味であり、誤りである(資格者代理人の法令実務精通義務違反)。

 一般的な、とあるので別段の定めなどはないものと想定します。第三者へ公示する目的を考えると、無意味である可能性はあると感じます。誤りかというと、分かりません。不動産登記法97条1項11号は、同法同条1項1号から10号以外の信託の条項、という制限以外の定めを置いていないからです[3]。法令実務に精通する義務の違反は、懲戒事由(司法書士法2条)でもあり、慎重な判断が必要だと思います。

この点、信託目録に記録すべき情報の存在によって、信託登記は、実体に一番近い登記であると思われがちであるが、実は、それらの情報は極めて形式的な存在でもあるという逆説がある。

 信託登記は一番ではないかもしれませんが、実体に近い登記である必要があると思いました。極めて形式的な存在というのは、不動産登記の連続性におけることを指しているとすれば、そのような面があるかもしれないと感じます。

登記実務では、受託者権限に関して、取り消されない処分行為であるための要件に関する情報を、積極的に公示している。そうでないと、当該処分行為に係る登記申請が、信託目的に適合しているのか、そして、受託者の権限内であるか否か、登記官の判断を難しくするからだ(実体判断を強いることは避けたい)。

 登記官は、原則として不動産登記法24条(本人確認)に対して実体判断を認めています。不動産登記法25条1項に関する限りでは、手続上の要件を満たしているか判断し、実体法的な事項について判断する権限を持っているものだと思います[4]

承認を得ない取締役・会社間の利益相反取引は、当事者間では無効であるが、善意・無過失の第三者には対抗できない相対効であり(最判昭和43年12月25日)、意思能力ある未成年者の行為も、取消権者に取り消されるまで有効である(民法5条1項、2項参照)。

かような登記手続の取扱いを前提にすると、登記実務家の立場としては、法律上、取消権が存在するかもしれない場合、取消うる行為か否かを全く確認せずに、当該処分行為に基づく登記を実行処分することに対して違和感を生じよう。

 信託目録に、受託者と受益者の利益相反取引を許容する定め(信託法31条2項1号、同法32条2項1号)がない場合を想定します。

 会社法は、利益相反取引について取引の都度、機関の承認を求めています(会社法356条、同法365条)。信託における委託者の意思凍結機能により、受託者と受益者の利益相反取引を予め許容する定めが信託目録に記録されている場合を考えてみます。

 許容する定めの内容が、後続登記申請の申請情報に必要な情報を全て網羅する具体的な定めである場合、単に許容することを定める抽象的な定めである場合を問わず、利益相反取引を伴う登記申請を行う場合には、事前に信託行為の確認を行うのではないかと思います。抽象的な定めの場合は、後続登記申請の前に信託目録の変更登記申請が必要な場合が出てくるかもしれません。

原則、受益権は財産権として相続の対象となりうるが(信託法95条の2参照)、その譲渡性を禁止・制限することもでき(信託法93条2項)、また、受益者の死亡で消滅させることも可能なので(信託法91条参照)、信託目録情報とする場合、受益権の相続性の有無等は、信託条項化して明確にしておきたい(後続登記の保全のための積極主義)。

4 信託条項(4)その他の信託の条項

受益者変更 受益者の死亡時、受益権は相続されない。

 引用の文章から、遺言代用信託(信託法90条)、受益権の譲渡が予定されていない信託[5]ではないと想定します。

 このような信託の場合に、受益者の死亡時、受益権は相続されない。と定めることが出来るのか、分かりませんでした。受益者の死亡により受益権が相続される場合、その権利移転は一般承継であり、譲渡とは異なり信託法93条2項の適用はないと考えます。

 

その場合、受益権に対する質権が実行され、任意売却された場合、任売で取得した新受益者が出現したとしよう。そのような場合、かような新受益者は、第二次受益者となるべき者として指定されていた者に関する情報の記録との関係はどうなるのか、という問題がある。

 任意売却の場合、強制競売とは異なり、事前に登記事項証明書、信託契約書等を確認し、受益者や受託者から表明保証の協力を得ることも可能な状況と考えると、任意売却による受益者変更の前に信託目録の変更の登記申請を請求することが可能だと思います。または質権設定の際に行うのではないかと考えます。

 

例えば、当該受益者にとって、受益権を売却して資金を得る必要がある場合を想定してみよう。仮に受益権売却によって受益者変更を生じれば、特定の受益者の生活・介護支援という信託目的を達成することが出来なくなった場合として、信託は終了しないのだろうか(信託法163条1項)。

 受益権売却によって、信託財産に属する金銭が増加し、信託の目的とされている受益者の生活・介護支援が、生活費の確保・介護サービスを受けるという形で可能になるのであれば、信託が終了しないという考え方もできるのではないかと思います。


[1] 896号(令和4年10月号)、テイハン、P59~

[2] 河合芳光『逐条不動産登記令』2005、(一社)金融財政事情研究会P329~

[3] 七戸克彦 監修・ 日本司法書士会連合会編・日本土地家屋調査士会連合会編『条解不動産登記法』2013、弘文堂、P604

[4] 七戸克彦 監修・ 日本司法書士会連合会編・日本土地家屋調査士会連合会編『条解不動産登記法』2013、弘文堂、P186 ~

[5] 道垣内弘人編著「条解信託法」2017年、弘文堂、P487~

令和4年度業務研修会「デジタル遺産と関連法律実務」

日本司法書士会連合会司法書士中央研修所

北川綜合法律事務所北川祥一(きたがわ しょういち)弁護士

第1講 デジタル遺産総論/前提となる社会状況

第2講 関連実務対応

第3講 想定紛争事例

第4講 規約の効力/今後の展望

1 デジタル遺産とは?

現状におけける、デジタル遺産の定義

『故人のデジタルデータ』

〇オフラインのデジタルデータ

〇オンラインのデジタルデータ

 デジタルとは、計算機、計算機で処理する情報、遺産は、民法896条などに規定されている被相続人の財産に属した一切の権利義務ことを指しているものと思われます。遺品とすると有体物を想起される可能性。

• パソコン、スマートフォン、タブレット、デジタルカメラ等々あらゆるデジタル機器内のデジタルデータ

〇オフラインのデジタルデータ

• 暗号資産(仮想通貨)、NFT、SNSアカウント、動画サイトアカウント、Eメールアカウント、WEBサイト及びそれらアカウントに蓄積されたデータ等

日本銀行 電子マネーとは何ですか?

https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c26.htm/

 電子マネー等は、現在の相続実務で対応可能であることが多い。航空社のマイル、事業者のポイントなどは、民法上の債権として、現在の相続実務で対応可能であると考えられる。

〇オンラインのデジタルデータ

広義のデジタル遺産

 動画サイト、SNS、WEBサイト、オンラインオフライン、デジタル機器(有体物)、暗号資産、メール、NFT、クラウドストレージ、デジタル機器内のデータなど。

狭義のデジタル遺産

アフィリエイト

デジタルデータの法的権利

暗号資産の統一的な見解は現状、ない。債権か。物権又はこれに準ずるもの、財産権、事実状態。

財産的価値の高い可能性があるデジタルデータ

暗号資産(仮想通貨)、NFT(Non-Fungible Token)、動画投稿サイト、SNS等のアカウント及び関連データ、WEBサイト及び関連データ

 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの。

 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの。

(資金決済に関する法律第2条5項)

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=421AC0000000059

(定義)

第二条5 この法律において「暗号資産」とは、次に掲げるものをいう。ただし、金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第三項に規定する電子記録移転権利を表示するものを除く。

一 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

暗号資産の保有方法は、相続財産としての探知に関わる

多くは暗号資産交換業者(マイニング業者)を通じた保有

マイニング、ウォレット間の送金

分散型台帳技術を用いた金融取引に関する調査研究

ブロックチェーンを用いた金融取引における技術リスクに関する調査研究報告 書2018年 3月

金融庁  株式会社電通国際情報サービス

金融庁(5)  暗号資産に関する相談事例等及びアドバイス等

https://www.fsa.go.jp/receipt/soudansitu/advice05.html

国税庁 別添3 残高証明書等を活用した仮想通貨残高に係る相続税申告手続の簡便化(イメージ)

https://nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2018/faq/index.htm

秘密鍵の保管

Hot(オフライン)ウォレット、ウェブウォレット、モバイルウォレット、デスクトップウォレット、Cold(オフライン)ウォレット、ハードウェアウォレット、ペーパーウォレット(紙、QRコード)

暗号資産の公開鍵方式

アドレスAさんの秘密鍵の送金情報に署名し、アドレスBさんに送金。

LINEウォレットの管理体制

https://terms2.line.me/linexenesis_walletmanagement

金融庁 暗号資産に関する制度について

https://www.fsa.go.jp/policy/virtual_currency/index.html

NFT

デジタルアート、トレーディングカード、ゲームアイテム

NFT(ノンファンジブルトークン)の譲渡による所得は譲渡所得か?もしそうであれば非課税所得か?―NFT の「生活に通常必要な動産」該当性―

泉絢也千葉商大論叢 第59巻第3号(2022 年3月)p143-174

金融庁 デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会

https://www.fsa.go.jp/singi/digital/index.html

2022/3/30追記 (一社)日本暗号資産ビジネス協会

「コンテンツNFT」の法的整理

https://cryptocurrency-association.org/subcommittee/nft/

2022/3/31NFTビジネスに関するガイドライン第2版

NFTを構成するデータ

インデックスデータ、メタデータ、コンテンツデータ

特徴:他のデータと識別可能な・固有性をもったデジタルデータ、保有証明、プログラマビリティ

「トークン」:しるし、象徴、記念品、(交通料金等に使用される)代用貨幣

「非代替性」:識別可能・固有性

・個人のM&Aサイトを、数百万円から数億円で購入する企業がある。

WEBサイトの法的性質・・・著作権の可能性、レンタルサーバ、プロバイダーとの関係

さくらインターネット

基本約款

第9条

利用者であった個人が死亡した場合、利用契約は終了するものとします。ただし、相続の開始から14日以内に、その利用契約上の地位を単独で承継するとして相続人が当社所定の届出を行った場合、当該相続人は利用契約上の地位を承継できるものとします。

https://www.sakura.ad.jp/agreement/

事前対応• 相談者への助言、遺言作成、契約など

事後対応• デジタル遺産の調査、相続や情報開示に関する任意交渉・訴訟。

遺言において、デジタル機器の帰属の明示+デジタル機器内のデジタルデータの帰属も明示・・・特定が必要ではないかと思われますが、その後にデジタル機器を買い替えた場合の規定も出来るのか、その規定は有効なのか気になりました。

デジタルデータの帰属の明示

オフラインのデジタル遺産

 例えば、アカウントの規約確認。要請される相続手続の内容が規約により要求される文言の記載を行うことが検討される。各アカウントに関連する規約・契約内容の確認は重要。オフラインのデジタル遺産と同様、当該アカウント及びアカウントに関連する。デジタルデータの帰属について、遺言で明示。

 例えば、デジタル機器及びその内部に保存された一切のデジタルデータ(ただし、オンライン上にも同一のデータが保存されている場合は当該オンライン上のデジタル上のデジタルデータ並びに関連するデータを除く)~を相続させる。

 利用のオンラインサービスに応じて、それを承継した相続人が適切な管理を行うに必要な情報(アカウント名、パス等)の伝達により、要望どおりのデータ処分を期待できる。負担付き遺贈は放棄される可能性がある。

「自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が○○と上告人との間に成立したとの原審の認定は、当然に、委任者○○の死亡によっても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨のものというべく、民法六五三条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れないところである。」(最判平成4年9月22日。掲載誌:金融法務事情1358号55頁)

「委任者の死亡後における事務処理を依頼する旨の委任契約においては、委任者は、自己の死亡後に契約に従って事務が履行がされることを想定して契約を締結しているのであるから、その契約内容が不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が加重であるなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除して終了させることを許さない合意をも包含する趣旨と解することが相当である。」(東京高判平成21年12月21日。掲載誌:判例タイムズ1328号134頁、判例時報2073号32頁)

PCのデータ処分は専用ソフトウェアの利用など。

スマートフォンのデータ処分はローカルワイプ機能など。

ドコモ 遠隔初期化

https://www.docomo.ne.jp/service/initialization/compatible_model/

オンラインアカウントに用意された機能の利用

デジタル遺産の調査

デジタル機器内の調査、ロック解除

情報が集約されているブラウザのブックマーク・履歴、各サービス専用のアプリケーション・ソフトウェア等を調査。

 クレジットカード明細、銀行口座の取引履歴などの、携帯電話料金と一括請求される請求明細などを読むことにより、暗号資産取引等の取引のための入出金記録を発見できる可能性がある。アフリエイト収入の銀行口座への入金すると、法的紛争や訴訟問題発生等の際に利用される、デジタルデータの調査・解析(データ復元などを含む)を行う技術・手法のこと。

確定申告書類から分かることは?

デジタルフォレンジック

消去データの復元(ファイル、WEBサイトの閲覧履歴等)

故障機器からのデータ取得・解析

パソコンの電源オンオフデータ、WIFI接続履歴の取得

パスワードがロックされている場合、壊れて起動しない場合は現状難しい。専門業者に依頼する場合、処分行為、管理行為、保存行為のどの行為に当たるかの検討が必要。実務的には相続人全員の同意の取得。

デジタルフォレンジック研究会

証拠保全ガイドライン第8版

デジタル遺産の歴史

アカウントの相続の可否等について、判例などが少ない。

保有者の年齢層が低い。

デジタル遺産の経済的価値が分かりづらい。

ドイツにおける事案の概要における法的論点

 データ保護法、通信の秘密、死者人格権、被相続人のデータ保護法上の利益の有無、通信相手のデータ保護法上の利益の有無、契約関係の移転。

各審級で判断が分かれた

SNSアカウントの利用契約上の地位の承継が否定された場合の、データ開示請求の可否

 SNSの利用契約に関する準委任的性格、データの保管に関する帰宅契約的性格等の観点から情報の開示請求の可能性を模索する。もし日本で起こった場合、SNSの利用契約上の地位についても、相続による包括的な承継の対象となるか。明確な規約がある場合、適切に契約に組み込まれた規約の内容による。ただし、規約は絶対ではない。明確な規約がない場合、解釈上、一身専属的契約とされる可能性がある。

 利用契約上の地位の承継が否定された場合としても、何等かデータの開示請求を法的に根拠づけることが可能ではないか?などの契約の複合的性格・要素から、情報の開示請求の可能性を模索する見解では、善管注意義務(民法644条)の一内容として、委任契約の不随義務として情報の返還義務を根拠とする可能性。委任事務の処理状況の報告義務、委任契約終了に伴う報告義務(民法645条、656条)を根拠とする見解もある。寄託類似の性質から導かれる寄託物の返還義務を根拠とする見解もある。

電気通信事業法4条1項(秘密の保護)

電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=359AC0000000086

 定型約款とは、定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体。定型取引とは、ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの(民法548条の2第1項)。

定型約款に関する改正民法の適用関係

 旧法下において締結されたものであっても、改正民法※施行日(2020年4月1日)以後は、改正民法が適用。改正前民法の適用を望む場合には、当事者は書面又は電磁的記録によって反対の意思表示をすることができる。反対の意思表示は、施行日前にしなければならない。民法の一部を改正する法律平成29年6月2日法律第44号

平成29年法律第44号附則

第33条(定型約款に関する経過措置)

1 新法第五百四十八条の二から第五百四十八条の四までの規定は、施行日前に締結された定型取引(新法第五百四十八条の二第一項に規定する定型取引をいう。)に係る契約についても、適用する。ただし、旧法の規定によって生じた効力を妨げない。

2 前項の規定は、同項に規定する契約の当事者の一方(契約又は法律の規定により解除権を現に行使することができる者を除く。)により反対の意思の表示が書面でされた場合(その内容を記録した電磁的記録によってされた場合を含む。)には、適用しない。

3 前項に規定する反対の意思の表示は、施行日前にしなければならない。

定型約款の契約組入れ

民法548条の2第1項(定型約款の合意)

定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。

一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。

二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089

定型約款を契約の内容とする旨の合意があった場合、取引に際して定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ相手方「表示」していた場合。

 例えば、アカウント作成時に、契約の内容とすることを目的として作成された利用規約の表示及びこれについて「当該規約を契約内容とすることに同意」とのチェックボックスの表示がなされ、これにユーザーが同意した場合。

経済産業省令和4年4月改訂

「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(令和4年4月1日)

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/ec/

旧法下

(サイト利用規約が契約に組み入れられると考えられる場合)

・例えばウェブサイトで取引を行う際に申込みボタンや購入ボタンとともに利用規約へのリンクが明瞭に設けられているなど、サイト利用規約が取引条件になっていることが利用者に対して明瞭に告知され、かつ利用者がいつでも容易にサイト利用規約を閲覧できるようにウェブサイトが構築されていることによりサイト利用規約の内容が開示されている場合

(サイト利用規約が契約に組み入れられないであろう場合)

・ウェブサイト中の目立たない場所にサイト利用規約が掲載されているだけで、ウェブサイトの利用につきサイト利用規約への同意クリックも要求されていない場合」

規約の効力

定型約款に関する合意不成立(民法548条の2第2項)、消費者契約法(消費者契約法8条~10条)、公序良俗違反(民法90条)、信義則違反(民法1条2項)

具体的な裁判における適用除外等

民法548条の2 (定型約款の合意)

1項定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。

一定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。

二定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

2項前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。

適格消費者団体からゲーム運営会社へ、利用規約の使用差止を求める訴訟提起。消費者契約法8条1項1号、3号などへの抵触の有無。

適格消費者団体とは、不特定かつ多数の消費者の利益のためにこの法律の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する法人である消費者団体として第十三条の定めるところにより内閣総理大臣の認定を受けた者をいう。

(消費者契約法2条4項)

事例の概要

「消費者契約法(以下「法」という。なお,平成30年法律第54号(以下「本件改正法」という。)による改正前の法を,以下「改正前法」という。)13条1項所定の適格消費者団体である原告が,被告が不特定かつ多数の消費者との間でポータルサイト「○○○」に関するサービス提供契約(以下「本件契約」という。)を締結するに当たり,法8条1項に規定する消費者契約の条項に該当する条項を含む契約の申込み又は承諾の意思表示を現に行い,又は行うおそれがあると主張して,被告に対し,法12条3項に基づき,別紙契約条項目録1及び2記載の契約条項を含む契約の申込み又は承諾の意思表示の停止を求めるとともに,これらの行為の停止又は予防に必要な措置として,上記意思表示を行うための事務を行わないことを被告の従業員らに指示するよう求めた事案」(さいたま地方裁判所令和2年2月5日判決)

消費者契約法8条1項

次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。

一事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項

二事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項

三消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項

四消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項

消費者契約法12条3項

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=412AC0000000061

適格消費者団体は、事業者又はその代理人が、消費者契約を締結するに際し、不

 特定かつ多数の消費者との間で第八条から第十条までに規定する消費者契約の条項(第八条第一項第一号又は第二号に掲げる消費者契約の条項にあっては、同条第二項の場合に該当するものを除く。次項において同じ。)を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるときは、その事業者又はその代理人に対し、当該行為の停止若しくは予防又は当該行為に供した物の廃棄若しくは除去その他の当該行為の停止若しくは予防に必要な措置をとることを請求することができる。ただし、民法及び商法以外の他の法律の規定によれば当該消費者契約の条項が無効とされないときは、この限りでない。

問題となった会員規約

『法12条3項の適用上,本件規約7条3項は,「事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除」する条項に当たり,また,「消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除」する条項に当たるから,法8条1項1号及び3号の各前段に該当するというべきである。』(さいたま地方裁判所令和2年2月5日判決)

『被告は,消費者との間で,被告が運営するポータルサイト「○○」のサービス利用契約を締結するに際し,別紙契約条項目録1記載の契約条項を含む契約の申込み又は承諾の意思表示を行ってはならない。』。ちなみに、被告は、『被告の「合理的な根拠に基づく合理的な判断」により,本件規約7条1項c号又はe号が適用され,会員資格取消措置等をとった場合,被告は,当該会員に対して,サービスを提供する債務を負わず,そうである以上,債務不履行もあり得ず,損害賠償責任を負うこともないのであるから,本件規約7条3項は,同条1項c号又はe号の適用により,被告に損害賠償責任が発生しないことを確認的に定めたものであり,免責条項ではない』と主張するも、これについては、『しかしながら,上記各号の文言から読み取ることができる意味内容は,著しく明確性を欠き,複数の解釈の可能性が認められ,被告は上記の「判断」を行うに当たって極めて広い裁量を有し,客観性を十分に伴う判断でなくても許されると解釈する余地があることは,上記イで判示したとおり』(さいたま地方裁判所令和2年2月5日判決)

控訴審においても、『原判決第3の1(2)イにおいて説示したとおり,本件規約7条1項c号及びe号にいう「合理的に判断した」の意味内容は極めて不明確であり,控訴人が「合理的な」判断をした結果会員資格取消措置等を行ったつもりでいても,客観的には当該措置等が控訴人の債務不履行又は不法行為を構成することは十分にあり得るところであり,』『控訴人は,上記の「合理的な判断」を行うに当たって極めて広い裁量を有し,客観的には合理性がなく会員に対する不法行為又は債務不履行を構成するような会員資格取消措置等を「合理的な判断」であるとして行う可能性が十分にあり得るが,会員である消費者において,訴訟等において事後的に客観的な判断がされた場合は格別,当該措置が「合理的な判断」に基づかないものであるか否かを明確に判断することは著しく困難である』(東京高等裁判所令和2年11月5日判決)

消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)

消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)

「法令中の公の秩序に関しない規定」とは、いわゆる任意規定のこと。

民事信託の登記の諸問題13

登記研究[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(13)」からです。

資格者代理人による報告形式の登記原因証明情報の作成支援は、資格者代理人の善管注意義務上、何を確認しなければならないのか、という資格者代理人の確認義務の問題に関わり、クリティカルな問題である。

 報告形式の登記原因証明情報を作成するということは、信託契約書の作成案から関わる、民事信託支援業務とは切り離した、所有権移転及び信託登記申請の代理業務のみを受任した場合と想定します。

従って、上記のような信託行為の定めは、登記手続上、後続登記申請における登記原因証明情報の名義関与者の指定という機能をもつ。

 後続登記申請における添付情報の関与者(承諾情報・同意情報等)という意識はありましたが、登記権利者、登記義務者という名義関与者の指定という感覚は今まで持っていなかったことに気付きました。

4 その他の信託の条項

 信託の変更 信託目的に反しないことが明らかな場合、受託者が単独で変更できる。

この場合の「信託目的に反しない場合」という情報は、誰が変更権者となるのか、に関わる要件(条件)となろう(信託変更の要件そのものであると解する余地もあるが、読者の皆さんはどう思うであろうか)。

 誰が変更権者となるか、については、受託者が単独でという記載が当てはまり、「信託目的に反しない場合」という情報は、信託変更の要件(信託法149条2項1号)だと思います。

2 信託財産の管理方法 受託者による不動産の売却の条件

            最低売却価格金×億円を満たすこと

このような情報は、登記手続そのものに影響を与える情報であると言えるだろうか。前述の信託の変更に関する信託行為の定めも、同じ水準感の問題として、当該情報が、信託目録に記録すべき情報として抽出すべき情報なのか否か、という資格者代理人の関心事に関わる。

 信託目録に記録した場合、現行法上、信託目録の連続性がない登記申請が登記されるという通達・先例がない以上、後続登記申請の登記原因証明情報には、売買契約における代金を記載する必要が出てきます。

 信託目録に記録しない場合、登記申請前の売買契約・決済の場面において、信託契約書や売買契約書のチェック、関係者への確認を行うことになると思います。

 私なら後者で考えますが、所有権移転及び信託の登記申請時に、委託者と受託者に確認が必要なことだと考えます。


[1] 895号、令和4年9月、テイハン、P47~

民事信託支援業務のための執務指針案100条(11)

市民と法[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託支援業務のための執務指針案100条(11)―AI契約書審査に関する法務省回答の衝撃―」からです。

経済産業省 グレーゾーン解消制度の活用事例

・法曹無資格者による契約書等審査サービスの提供【回答日】令和4年7月8日

・AIによる契約書等審査サービスの提供【回答日】令和4年6月6日

https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/result/gray_zone.html

おそらく記事執筆後の活用事例

・契約書レビューサービスの提供【回答日】令和4年10月14日

URLは上と同じです。

このAIによる有償契約書審査に対する回答では、弁護士法72条違反の構成要件該当性の基準が下げられているように感じられるが、読者は、どのように感じられるだろうか。

・契約書レビューサービスの提供【回答日】令和4年10月14日における回答書では、「弁護士法第72条本文に規定する「その他一般の法律事件」に該当するというためには、同条本文に列挙されている訴訟事件その他の具体的例示に準ずる程度に法律上の権利義務に争いがあり、あるいは疑義を有するものであることが要求される。」と紛争性の有無に触れられています。また、「契約書のレビュー結果として表示される選択した立場に応じた法的リスクの判定結果、これに関する解説、修正例等は、いずれもレビュー対象契約書の条項等に係る法律効果について、法的観点から評価を加えた結果を表示するものであり、これらは法律上の専門知識に基づいて法律的見解を述べるものとして「鑑定」に当たると評価される可能性がある。」とされ、鑑定の評価基準についても触れられています。

「契約書のひな形との比較結果及び利用者が設定した留意事項の表示は、レビュー対象契約書の条項等のうち、あらかじめ登録した契約書のひな形の条項等と異なる部分がその字句の意味内容と無関係に強調して表示され、また、利用者が自ら入力した内容がその意味内容と無関係にそのまま機械的に表示されるにとどまるものである限り、「鑑定(中略)その他の法律事務」に当たるとはいい難い。

 本件サービスの提供の態様や比較対象とされた契約書の条項等の内容等の個別具体的な事情に照らし、比較対象となる契約書のひな形の条項等の選定が、単に言語的な意味内容の類似性を超えて法的効果の類似性を表示するものと評価される場合には、法律上の専門知識に基づいて法律的見解を述べるものとして「鑑定」に当たると評価される可能性がないとはいえない。」とされています。

 あらかじめ登録した契約書のひな形の条項等と異なる部分がその字句の意味内容と無関係に強調して表示され、また、利用者が自ら入力した内容がその意味内容と無関係にそのまま機械的に表示されるにとどまるもの、と法的判断を伴わず法的効果の類似性を表示するもの、という留保を付けて、鑑定に該当しない場合に言及しています。

「また、類似度判定の結果は、レビュー対象契約書の条項等と契約書のひな形の条項等との言語的な意味の類似性の程度を表示するにとどまるものである限り、「鑑定(中略)その他の法律事務」に当たるとはいい難いが、個別具体的な事情に照らし、単に言語的な意味の類似性を超えて法的効果の類似性の程度を表示するものと評価される場合には、法律上の専門知識に基づいて法律的見解を述べるものとして「鑑定」に当たると評価される可能性がないとはいえない。」として、レビュー対象契約書の条項等と契約書のひな形の条項等との言語的な意味の類似性の程度を表示するにとどまるものである限り、と鑑定に該当しない場合に言及しています。

 これらは個別具体的なサービスに対する回答であり、鑑定に該当するか否かの基準の全てではありませんが、弁護士法72条違反の構成要件該当性の基準が下げられているようには感じませんでした。

これらは、契約書に対する有償サービスに対する回答であることから、有償による信託契約書の作成業務、そして、信託契約書の審査(チェック)業務、信託契約書の雛型提供業務などに対する弁護士法72条の適用の可能性の可否が心配となってくる。

 有償による信託契約書の審査(チェック)業務、有償による信託契約書の雛型提供業務に関しては、弁護士法72条の適用可能性の可否について考える必要もあると思います。審査・提供を行った司法書士などに過誤があった場合、責任がない、という構成は難しいと感じます。

 個人的見解ですが、のような留保を付けていたとしても、有償で専門士業等に対してサービスを提供しているということは、より高度な役務を業として行っていると考えられます。  

 審査を受けた司法書士が過誤を起こした場合や紛争になった場合に、何の責任も負わない、という可能性は低いと考えます。以前、日司連民事信託推進委員で信託の学校運営者の司法書士に質問してみましたが、関係がない、という回答でした。

今後どうなるのかは分かりません。

法的根拠論は多ければ多いほどよい。盾=防御は多いほどよいからだ。複数の法的根拠論は、原則として並存であり、非両立の関係にはない。法的観点は競合しうる。しかし、それらは、とにもかくにも説得的・理論的なものである必要がある。そうでなければ、司法書士実務家を守れないからだ。

 司法書士法3条に基づく、司法書士法施行規則31条に基づく、司法書士法1条に基づく考え、司法書士法3条・司法書士法施行規則31条にも当てはまるものではなく、司法書士は時代に合わせて市民のために債務整理や震災被害者支援などプロボノ活動を行ってきたのであり、民事信託支援業務もその一環であるという考え、などが私の現在知っているものです。

 プロボノ活動を行ってきたのであり、という主張は立法事実を作る、という考えも含まれているのかもしれません。令和3年9月17日東京地方裁判所判決平成31年(ワ)第11035号損害賠償請求事件の判決文において、司法書士、民事信託支援業務という記載があることも、事実を積み重ねるという意味があるのかなと思います。

有償の信託契約書の作成業務や審査業務について、仮にグレーゾーン解消制度を利用したとしたら、どのような回答が出てくるのだろうか。さらにはAIによる信託契約書の作成、あるいは、諸条件を入力することで信託契約書の雛型が提示されるなどのサービスはどうだろうか。やはり、弁護士法72条の適用の可能性は否定できない、と評価されるのかもしれない。

 有償の信託契約書の作成業務や審査業務について、AIによる信託契約書の作成、あるいは、諸条件を入力することで信託契約書の雛型が提示されるなどのサービスについて、どちらも弁護士法72条の適用の可能性は否定できない、と評価されると思います。ただ、照会の書き方によって、基準が示される可能性が高いと思います。言語的な意味内容の表示をどの程度超えるか、が1つ論点としてあるのかなと思います。

信託法は、デフォルトルールと信託行為の別段の定めの選択という法技術的(柔軟)な構造でもって、信託契約を非定型な構造のものとしている。

 利用者(委託者)が、あらかじめ準備されたデフォルトルールと別段の定めを選択できるのであれば、定型的に処理することも一定程度で可能だと思います。

 どちらかというと、所轄庁がないことが民事信託支援業務における信託契約書の非定型化を招いている面が強いのかなと感じます。判例や、誰かが登記が完了したという経験を待ってから実務が少しずつ固まる形では、時間がかかります。

いずれにせよ、法3条と規則31条は、並存であり、共存であって、どちらかを選ぶというような択一的な関係にあるわけではない。一種の法的観点・請求権競合にある。

 司法書士法という法律が上位で、司法書士法施行規則が法律の解釈を超えない政令としての意味で下位だと思います。

民事信託初体験の司法書士が法務局提出書類として作成した信託契約書を、民事信託のエキスパートを称する他の司法書士が有償で審査(チェック)する場合があると聞くが、そのような審査(チェック)業務も法3条1項2号に該当するものなのだろうか。

 審査を受ける司法書士に対する報酬の額、業として行う程度によりますが、信託契約書案の作成・相談と比較して、鑑定と評価される可能性が高いではないかと考えます。


[1] №137、2022年10月、民事法研究会、P33~

参考

池尻範枝「隣接法律専門職の業務範囲と弁護士法七二条 : 行政書士による相続手続の事例」阪大法学71巻6号、2022-03

七戸克彦「司法書士の業務範囲(5) : 司法書士法3条以外の法令等に基づく業務(1)」『市民と法102号』民事法研究会、2016-12

小林昭彦・河合芳光・村松秀樹『注釈司法書士法(第四版)』テイハン、2022/06

経済産業省グレーゾーン解消制度の活用事例「利用者が本店移転登記手続に必要な書類を生成できるWEBサイトを通じたサービス等の提供について」【回答日】平成30年8月27日

PAGE TOP