民事信託契約書のうち、受益者を取り上げる。
1 受益者
1―1 条項例
1―1―a 受益者及び受益権の条項例
第○条[1](受益者)本信託の当初受益者は、委託者Sとする。
2 上記委託者兼当初受益者Sが死亡したときは、当初受益者が有する受益権は消滅し、第二次受益者として下記A,B,及びTが下記の内容の新たな受益権を取得する。
(1)【住所】【氏名】【生年月日】【続柄】
受益権の内容 本受益権取得に伴い受益者Aが負担する相続税額に相当する金銭の給付を受けること、及び残りの○分の○の割合の受益権
(2)【住所】【氏名】【生年月日】【続柄】
受益権の内容 本受益権取得に伴い受益者Bが負担する相続税額に相当する金銭の給付を受けること、及び残りの○分の○の割合の受益権
(3)【住所】【氏名】【生年月日】【続柄】
受益権の内容 本受益権取得に伴い受益者Tが負担する相続税額に相当する金銭の給付を受けること、及び残りの○分の○の割合の受益権
3 委託者Sの死亡前にAまたはBが死亡したときは、AまたはBが取得する受益権はTが取得する。
4 委託者Sの死亡前にTが死亡したときは、Tが取得する受益権はTの相続人である直系卑属が取得する。
5 第二次受益者AまたはBが死亡したときは、死亡した受益者が有する受益権は消滅し、Tが新たな受益権を取得する。ただし、Tが先に死亡している場合は、Tの相続人である直系卑属が取得する。
6 第二次受益者Tが死亡したときは、Tが有する受益権は消滅し、Tの相続人である直系卑属が新たな受益権を取得する。
1―1―b チェック方式
第○条 (受益者)
□1 本信託の第1順位の受益者は、次の者とする。
【住所】【氏名】【生年月日】
□【住所】【氏名】【生年月日】
□2 受益者の死亡により受益権が消滅した場合、信託法91条の規定により受益権を原始取得する者として、次の者を指定する[2]。
第2順位
【住所】【氏名】【生年月日】
□【住所】【氏名】【生年月日】
□ 第3順位
【住所】【氏名】【生年月日】
□【住所】【氏名】【生年月日】
□3 次の順位の者が既に亡くなっていたときは、さらに次の順位の者が受益権を原始取得する。
□4 受益権を原始取得した者は、委託者から移転を受けた権利義務について同意することができる[3]。
□5 受益者に指定された者または受益権を原始取得した者が、受益権を放棄した場合には、さらに次の順位の者が受益権を原始取得する。
□6 受益者に指定された者が、指定を知ったとき又は受託者が通知を発してから1年以内に受益権を放棄しない場合には、受益権を原始取得したとみなす[4]。
□7 【委託者氏名】は、【委託者以外の受益者氏名】が受益権を取得することを認める。
1―2 解説
チェック方式の条項について解説する。1項における第1順位の受益者は通常委託者となる。受益者を複数にする場合はチェックを入れる。割合については信託期中に変動するので記載しない。
2項には、新たな受益者が受益権を取得するには信託法90条1項1号、91条の要件に従うことを記載する。信託法91条の読み方[5]として、(1)受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定めと、(2)受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めの2つがあるのか[6][7]考える。(2)はかっこ書きであり、(1)に含まれる[8]。よって信託法91条による定めは、1つである。(1)は受益者が死亡した際に、次の受益者はどのように受益権を取得するのかを定めている。(2)は、(1)の形態による受益権の取得が何回か続く場合も含む、消滅した受益権を新たな者が取得するまでに時間的間隔があるものも含む(消滅しない受益権を定めることは、期間制限のない信託を認めることになり許容されない。)、などの見解[9]がある。契約条項に定める際は、信託法90条1項1号により委託者の死亡の時に受益者となるべきものとして指定されたものが受益権を取得すること、及び信託法91条の定めにより受益者の死亡により受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得することの2つの内容を記載する必要がある。
信託法91条中、見出しの「新たに」と条文の「新たな」に違いはあるのか考える。見出しは、(受益者の死亡により他の者が「新たに」受益権を取得する旨の定めのある信託の特例―略―)、条文は、受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が「新たな」受益権を取得する旨の定め―略―となっている。見出しの「新たに」は、「他の者が」について、受益権を取得する者を限定する。条文中の「新たな」は、「受益権を取得する旨の定め」について、文をまとめ、(一旦)終える働きをする。結論として、「新たに」と「新たな」は助詞の使い方であって特別な意味はない。
3項は、現在の受益者が死亡した場合において次順位の者が死亡していたとき、その次の順位の者が受益権を取得し受益者となるような設計をしている。3項は、受益者および次順位以降の受益者が1人であることを前提にしている。受益者が複数いる場合は、1-1-aの条項例3項以下のように記載が複雑になることから、チェック方式に向かないと考え採っていない。
4項は、前の受益者が委託者から権利義務の移転を受けた場合、新たに受益権を取得した者はその権利義務を承継するのか否か、判断することができるという規定である。移転を受けた委託者の個人的な権利義務(特に義務)に関しては、当然に新たに受益権を取得する者に負担させるのは酷であり、別途同意が必要である。
6項は受益者となるべき者として指定された者が、受益権の取得又は放棄を判断する期間について、信託法に定めがないことから期間制限を設けるものである。受益者となるべき者として指定された者に不利益を与えないようにすること及び信託の安定性のバランスが要請される。本稿では民法における遺贈の放棄を参考に1年としているが、その他の定め方はあり得る。
7項は受益者(後順位の受益者、帰属権利者等を含む)に受託者が指定されている場合を想定している(信託法29条、31条)。受託者が受益者に指定されている場合、利益相反関係[10]となることから信託行為において委託者の許諾を求める。
2 受益者指定権者等(信託法89条)[11]
2―1 【条項例】
(受益者指定権等)
第○条 本信託において、受益者指定権等は次の者が有する。
住所
氏名○○(委託者)生年月日
条件 指定、変更後の受益者は、委託者の民法上の親族とする。
(受益者指定権等)
第○条 本信託において、受益者指定権等は次の者が有する。
住所
氏名○○(受託者)生年月日
条件 指定、変更後の受益者は、受託者の民法上の親族のうち疾病などにより働くことが出来なくなった者とする。
2―2 受益者指定権者等を定める方法
図 1受益者指定権者等の構成
受益者指定権者等 【新しい受益者を指定する権利を持つ者】 【決まっている受益者を、他の受益者へ変更する権利を持つ者】 | |
定める方法 | 信託行為 |
受益権の一部の指定、変更 | 可能 |
受託者が持つ場合 | 信託事務の執行 |
委託者が持つ場合 | 信託行為による創設 |
受益者が持つ場合 | 委託者の地位を、信託行為によって移転する場合(受益権の分割や譲渡によって事実上、受益者変更権は利用できる。) |
第三者が持つ場合 | 信託行為による創設(この時点で第三者の承諾を求める。) 承諾がなく、行使されなかった場合は信託終了の可能性。 |
利用できる場面 | 指定権者等が、臨機応変に支援を必要としている人を受益者とする能力を持っている場合(家族の中でも疾病中の人を優先するなど) |
利用が制限されると思われる場合 | 受託者が受益者指定権等を持つ場合は、信託目的または他の書面において一定の基準が必要。 自由にできるとすると、受託者を受益者に変更して信託を終了することもできる。第三者が持つ場合も同様。 |
権利の排除 | 遺言、遺言代用信託の場合は排除できる。 |
2―3 受益者を変更、指定した場合の効果
受益者を指定、変更した場合は受益権が移転し、新たに取得した者が受益者となる。受託者は変更前の受益者に通知義務がある(信託法88条)。指定、変更できる範囲とその限界は、信託設定行為の定め次第となる。全部の受益者、一部の受益者の変更、最初に1人だけ定めておいて後に1人追加するような指定も可能である。しかし、信託目的に「受益者の生涯に渡る居住の確保」とあった場合に、何の支援処置も取らずに受益者の全部を変更することは出来ないと考えられる。
受託者が受益権の内容を変更する場合はどうだろうか。例えば、受益者へ給付する金銭を「毎月の上限として30万円」として定めている場合に、これを50万円と変更する際の対応を考える。受益者指定権等を持つものが対応する[12]。
条文通りに読めば、受益者を変更、指定する権利を持つのみで、受益権の内容を変更することが出来るとするのは妥当とはいえない。
受益者を新たに指定する場合など、結果的に他の受益者の受益権の内容が変更となることはあり得るが、その場合は受益者の指定と信託の変更などを併せて行うことになる。
受益権の内容の変更は、信託の変更と考える。受益者を新たに指定する場合など、結果的に他の受益者の受益権の内容が変化する場合でも、先に信託の変更により受益権の個数を2つにするか、受益権の割合を50対50などで分けた後に、新受託者に受益権を割り当てることになる。
2―4 受益者指定権者等を利用する場合のリスク
信託財産と受託者の財産を引き当てにしている債権者、受益者の債権者にとって、誰が受益者であるかは重要であるが、債権者の知らないところで受益者、受益権が変更されると結果として信託財産及び受益権を保全できない可能性がある。
対応としては、(1)信託契約書へ「受益権の譲渡禁止・制限特約」の定めを置く、(2)「受益権の移転に伴い債務も移転する。」という定めを置く、(3)信託契約当初から、受益権への担保権(質権など)を設定する、などが考えられる。なお、本稿ではリスク対応として受益者指定権等の定め及び権利者を置かない。
税についての詳細は、税理士の確認を要する。前の受益者が存命であれば、新たな受益者に課税される。対価がない場合は贈与税課税、適正な対価の負担がある場合は譲渡取得税の課税。受益者指定の遅れなどで、受益者がいなくなった場合は、受託者に法人税課税(法人税法2条29号の2)となる。税の考え方は、受益者指定権等の定めがある信託は、受益者連続型信託とされる(相続税法9条の3①、相続税法施行令1条の8)[13]。
[1]遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P220~P221
[2]中田直茂「遺言代用信託の法務」金融法務事情2074P6~
[3]道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P385
[4]信託法99条。民法986条、987条
[5]期間については道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P477~
[6]能見善久ほか『信託法セミナー3」2015有斐閣P89~
[7]斉藤竜『士業・専門家のためのゼロからはじめる「家族信託」活用術』2018税務研究会出版局P157~
[8]法制執務委員会『ワークブック法制執務』2007ぎょうせいP642
[9]道垣内弘人『詳細信託法』2017弘文堂P476~
[10] 西村志乃「民事信託と裁判上のリスク」『信託フォーラムvol.6』2016日本加除出版P33~では、利益相反状況という用語を使用している。
[11]道垣内弘人『信託法』2017有斐閣 P297~
[12]平川忠雄ほか『民事信託実務ハンドブック』2016日本法令P143
[13] 青木孝徳ほか『改正税法のすべて』2007大蔵財務協会P474~