受益権

民事信託契約書のうち、受益権を取り上げる。

1     受益権
1―1            条項例

信託給付の内容[1]

第○条(受益権)

 受託者は、信託財産の管理運用を行い、信託不動産から生ずる賃料その他の収益及び金融資産をもって、公租公課、保険料、修繕積立金その他の必要経費を支払い又は積み立て、その上で、受益者の意見を聴き、各受益者へ交付する月額の上限を半年ごとに定め、かかる上限の範囲内で受託者が相当と認める額の金銭を受益者へ交付する。

チェック方式

第○条(受益権)

  • 次のものは、元本とする。
    • 信託不動産。
    • 信託金銭。
    • 遺留分推定額。
    • 【修繕積立金、運転資金留保金・敷金・保証金等返還準備金の当初積立額及び繰入額・信託不動産の換価代金・信託不動産に係る保険金その他信託不動産の実質的価値代替物・信託財産責任負担債務の支払留保金】。
    • 上記各号に準ずる資産及び債務。
    • 次のものは、収益とする。
      • 信託元本から発生した利益。
      • □【賃料・             】
    • 元本又は収益のいずれか不明なものは,受託者がこれを判断する。
    • 受益者は、信託財産から経済的利益を受けることができる。
    • 【受益者氏名】は、【医療、入院、介護その他の福祉サービス利用に必要な費用の給付・生活費の給付・教育資金・信託不動産への居住[2]      】を受けることができる。
    • 受益者は、□【受託者・信託監督人】の書面による同意を得て、受益権の全部または一部を□【譲渡・質入れ・担保設定・その他の処分】することができる[3]。ただし、信託財産または受益権に金融機関による担保権が設定されているときは、あらかじめ当該金融機関の承認を受ける[4]
    • 受益者は□【法律で定められた扶養親族以外の親族へ譲渡する場合・遺留分請求があった場合】、受託者に通知のうえ受益権(受益債権は金銭給付を目的とするものに限る。)を分割、併合および消滅させることができる[5]
    • 受益権は、受益権の額1円につき1個とする[6]
    • 【                  】
1―2            解説

 1項、2項では受益権の元本及び収益を記載する[7]。元本と収益を分けるのは、会計を可能な限り明確にするためであり、本稿では複層化信託を想定していない。4項、5項では受益者が、主に信託金銭をどのような目的で利用する権利を持っているのかを記載する。

 6項は受益権の譲渡に関する規定である。受益権に対する質入れ、担保設定は金融機関以外を想定していない。譲渡は親族への贈与・売買または第3者への売買を想定している。受益権は、原則として譲渡することができる(信託法93条)。例外は、(1)受益権の性質が譲渡を許さないとき(2)信託行為に譲渡制限の定めがあるときである。(1)の例として、特別障害者扶養信託がある[8]。受益者が特定されており、これを譲渡することは出来ない。(2)の例として、「受益権を譲渡することはできない。」などの定めが信託契約書に記載されているときがある。なお、定めがあるのに譲渡した場合、譲受人をどこまで保護するかに関して、下に改正民法を示す。

【改正後】

(受益権の譲渡性)

第九十三条   受益者は、その有する受益権を譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。

2 前項の規定にかかわらず、受益権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の信託行為の定め(以下この項において「譲渡制限の定め」という。)は、その譲渡制限の定めがされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる。

2項は1項全体の例外規定となっている。受益権の譲渡を第三者へ対抗するには、(1)受益者が受託者に通知書を送る又は渡す(2)受益者が受託者の承諾書を得る(1)、(2)のいずれかを文書にし、公証人が付与する確定日付が必要となる。方法例として、通知書を送る場合、通知書を内容証明郵便にして送る。承諾書を得る場合、受託者の署名押印がある承諾書に確定日付を得る。

登記との関係では、受益権が譲渡されると受益者が変更となる。信託目録に受益者の住所と氏名が登記されている場合、変更登記が必要である(不動産登記法97条、103条)。

株式会社の株式譲渡と比較すると、「当会社の株式を譲渡により取得するには、当会社の承認を受けなければならない[9]」という譲渡制限の定めがある場合に承認を受けないで譲渡した場合の効果はどうなるのか。譲渡そのものは有効であるが、会社が承認するかは会社の自由であり、承認する場合は譲受人を株主として扱い株主名簿の書き換えを行わなければならない。譲渡を承認しない場合は、今まで通り譲渡人を株主として扱うか、会社が株式を買い取る(会社法140条)ことになる。譲受人が譲渡制限を過失なく知らなかった場合でも保護されないという面では、会社法の方が譲受人にとっては厳しい処置を採って、その分株式の買取りで対応するという規律である。

7項は、受益権の譲渡に関して具体的な場面を想定する。法律で定められた扶養親族以外の親族へ譲渡する場合とは、民法[10]又はその他の法律[11][12]で定められた扶養親族以外の親族への生活費・教育費である。遺留分請求があった場合とは、遺留分の請求を受けた者[13]が一括で支払うことを選択せずに分割で支払うことを想定する。遺留分請求については、対象となる者およびその効果について解釈が分かれているが、本稿では不当な請求でない限り、支払うことを前提とする。また受益権のうち金銭給付のみを取り出して譲渡することができるのかは出来ないという解釈もあり得るが、受益権を信託設定当初から何個かに分けていれば妨げられないと考える。

8項は、受益権の数についての定めである。受益権の数は定めない限り1個である。従って受益権の割合を定めた場合は共有となる。受益者間の公平及び計算の容易さから受益権の額1円につき1個とする。


[1] 堀鉄平ほか『相続対策イノベーション!家族信託に強い弁護士になる本』2017日本法令P184

[2] 受託者と一般の賃貸借契約を締結する場合は、収益とする。

[3] 信託法94条2項。改正民法467条、

[4] 不動産所有権について、伊藤眞ほか『不動産担保 下』2010金融財政事情研究会P131~。改正民法466条から468条まで。

[5] 信託法96条から98条まで。債権・動産担保について、伊藤眞ほか『債権・動産担保』2020金融財政事情研究会P78~85。株式会社の株式について会社法180条から182条の6まで。183条、184条。信託法99条。

[6] 村松秀樹他『概説新信託法』2008金融財政事情研究会P255。道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P351。

[7] 国土交通省「地方における不動産証券化市場活性化事業」サンプル契約書

[8] 新井誠監修『コンメンタール信託法』P300

[9] 法務省HP 2017年6月22日閲覧

[10] 民法第4編第7章877条から881条まで。

[11] 国税庁タックスアンサーNo.1180「所得税法上の扶養親族」、国税庁資産課税課情報第26号「扶養義務者(父母や祖父母)から「生活費」又は「教育費」の贈与を受けた場合の贈与税に関するQ&A」について(情報)(平成25年12月)

[12] 健康保険法第3条第7項及び関連通達

[13] 遺留分減殺請求の対象者と効果については、道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P473~P480

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