委託者の地位

民事信託契約書のうち、委託者の地位を取り上げる。

1     委託者
1―1            条項例

(委託者の死亡後の地位と権利)

第○条 委託者の死亡により、委託者の地位は順次、受益者へ移転し、委託者の権利は消滅する[1]

(追加信託)

第○条 委託者は、受託者と協議のうえ、本信託の目的の達成のために、金銭を追加信託することができる[2]

チェック方式

(委託者の地位)

第○条

□1委託者は、次の各号の権利義務を受益者に移転する。

□(1)信託目的の達成のために追加信託をする権利義務。

□(2)受益権の放棄があった場合に、次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利。

□2委託者は、受益者を変更する権利およびその他の権利を有しない。

□3委託者の地位は、受益権を取得する受益者に順次帰属する[3]

□4委託者が遺言によって受益者指定権を行使した場合、受託者がそのことを知らずに信託事務を行ったときは、新たに指定された受益者に対して責任を負わない[4]

1―2            解説

チェック方式の条項について解説する。1項では、委託者の持つ権利義務のうち、一部を受益者に移転する。権利義務のうち一部を移転することは、(1)信託法に一部移転を制限する定めはなく、(2)受益者に不利益がない(3)契約自由の法則(内容の自由)から可能である。1項1号では、委託者から受益者へ、信託目的の達成のために追加信託をする権利義務を移転する。追加信託を設定する義務は、信託法48条などを根拠として受益者に備わっているという考えも成り立つ。当初から受益者に追加信託設定の義務があるとしても、その権利義務は受託者が信託事務を行うために必要な財産を補うためのものに限られる可能性がある。受益者固有の余裕財産を信託財産に移す権利を排除しないために、委託者が信託当事者として持つ追加信託の権利を受益者に移転する。この条項にチェックすることにより信託財産の条項例で受益者は、委託者から移転された権利及び受益者に備わっている義務を根拠に追加信託を設定することができる。

また受益者の変更を予定していない場合(委託者兼受益者のまま信託が終了する場合)は、

委託者に追加信託する権利義務を持たせたままで信託は機能するから、受益者に移転する必要はない。

1項2号では、委託者から受益者へ、受益権の放棄があった場合に次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利を移転する。本稿で想定する遺言代用信託(信託法90条1項1号)における委託者は、受益者変更権を有する(信託法90条1項本文)ので、利用できる場面を制限(信託法90条1項本文但し書)して信託の安定を図る。ただし、新たな受益者を指定する受益者(又は受益者代理人)が生存している場合に限り利用することができる権利であり、受益者が死亡した後に次の順位の受益者として指定されていたものが受益権を放棄した場合には利用することができない。

 2項では、委託者に信託設定後の権利を持たせないとする(信託法89条、90条など)。1項において受益者に移転した権利の他、委託者は信託設定によりその権利関係から外れ、信託における権利関係をシンプルにする。委託者が複数存在する場合の権利行使に関する規定は信託法上なく、委託者は信託期中、受益者としての権利を行使する。

 3項は、信託財産に不動産がある場合における登録免許税を考慮した条項である[5]。また委託者の地位に関するリスクとして、委託者の地位が相続または第三者へ移転された場合、その地位(権利)の所在が不明となる可能性があり、これを排除する。

 4項は、(1)1項、2項にチェックを入れなかった場合、(2)チェックを入れた場合でも受託者の免責事由として機能することが目的である(信託法89条3項)。遺言は単独行為であり、信託契約において禁止・制限しても委託者が行うことは可能である。よってこの条項例を契約書において記載する。

1―3            参考:法制審議会における追加信託に関する発言(出典:法務省HP)

(1)法制審議会信託法部会第2回会議

―次に,2の(5)でございますが,これは,受託者が信託財産からも受益者からも補償を受けることができない場合,例えば信託目的の達成を妨げる場合であるとか,あるいは,受託者の売却権限が制限されている場合に当たるため信託財産を処分することもできず,受益者に対する補償請求権も認められていないという信託である場合,このような場合には,一定の手続,すなわち,受益者に対する履行の催告や委託者に対する通知等の手続を経た上で信託を終了させる権限を受託者に与えるものでございます。―

―受託者が費用の補償を受けられない場合においても信託事務を継続して行わなければならないとするのは酷であることから,受託者に対して,このような慎重な手続的要件のもとに信託を終了させる権限を付与することとしたわけでございます。―

―なお,ここで委託者に対する通知を要求しておりますのは,信託が終了いたしますと信託設定者である委託者の意図が実現しないことになりますので,信託の終了を回避するための手段をとる機会を委託者にも付与することが適当であると考えられるためでございます。例えば,通知を受けた委託者としては,金銭を追加信託することによって,あるいは信託財産の処分制限を一部解除することによって受託者の補償請求権を満足させ,信託の終了を回避することができることになると思われるわけでございます。―

(2)法制審議会信託法部会第17回会議

―ところで,信託契約に関連した債務のうち未履行状態にあるものとして想定することができますのは,例えば委託者の債務の局面で言いますと,委託者が報酬を支払う旨の定めがある場合が未払いのある場合の報酬支払債務というもの,それから委託者が一定の事由が発生した場合に,追加的に信託財産を拠出する旨の定めがある場合の追加信託義務,あるいは信託契約締結後において,まだ信託財産の引渡しが未了である場合の引渡しに係る債務などを観念することができるものでございます。―

他方,受託者の債務といたしましては,信託事務遂行義務と,あとは法定帰属権利者たる委託者に残余財産を支払う義務というあたりを観念することができるわけでございます。

もっとも通常の信託契約におきましては,委託者が報酬を支払うことですとか,追加信託をするというような特約が締結されることは少ないと思われますし,引渡し未了という観点につきましても,通常の信託契約では締結直後に履行されているだろうと思われますので,これが問題になってくることはまれであろうと思われます。―

―1つは,これはそもそも論でございまして,大分前の議論のときでも申し上げたことではございますけれども,そもそも委託者と受託者の間の権利義務において,双方未履行で問題となる対価関係,対価性がないというふうに整理ができないかどうかということでございます。

すなわち今までの事務局の整理に従えば,委託者の債務とすれば費用報酬支払債務,追加信託履行債務,信託財産引渡債務というのがございまして,受託者サイドの債務としては,ここに書いてございますとおり,信託事務遂行債務,残余財産支払債務いうことがございます。―


[1] 杉谷範子「「東京国税局への事前照会」解説」家族信託実務ガイド第7号2017P48

[2]日本司法書士会連合会財産管理業務対策部民事信託業務モデル策定ワーキングチーム「民事信託の実務」2017P15

[3] 信託法146条、登録免許税法7条2項、東京国税局審理課長「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」平成29年6月22日。

[4] 信託法89条3項。

[5]東京国税局審理課長「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」2017年6月22日回答

受益者代理人など

民事信託契約書のうち、受益代理人などを取り上げる。

1   受益者代理人など
1―1        条項例

チェック方式

(受益者代理人など)

第○条

□1 本信託の受益者【氏名】の代理人は次の者とし、□【本信託の効力発生日・

受益者が指定した日・受益者に成年後見開始の審判が開始したとき・    】から就任する。

  【住所】【氏名】【生年月日】

□2 本信託の信託監督人は次の者とし、□【本信託の効力発生日・受益者が指定した日・          】から就任する。

  【住所】【氏名】【生年月日】【職業】

□3受益者(受益者の判断能力が喪失している場合で、受益者代理人が就任していないときは受託者)は必要がある場合、【受益者代理人・信託監督人】を選任することができる。

□4 受益者代理人および信託監督人の変更及び変更に伴う権利義務の承継等は、その職務に抵触しない限り、本信託の受託者と同様とする。

1―2        解説

1項は信託契約締結時に特定の者を受益者代理人として定める。就任日は選択することが可能である。2項は信託監督人に関する事項であり、1項と同様の構成である。3項は、信託契約締結時に受益者代理人、信託監督人として特定の者を選任しない場合で、信託期中に受益者、受益者代理人又は受託者が、受益者代理人、信託監督人をそれぞれ選任することが可能にする定めである。

4項は、受益者代理人及び信託監督人の変更(任務終了事由[1]及び後任の指名方法[2])及び変更に伴って必要となる事務を、受託者と同様とするものである。ただし、受益者代理人及び信託監督人の職務に抵触することは出来ない。例えば、信託監督人は受託者を監督するための機関であるから、後任の信託監督人を選任する方法として任務終了前の受託者が、あらかじめ書面により指名する方法によることは出来ない。この場合、信託法135条で準用する信託法62条1項、8項により受益者が選任する。

2   成年後見関係者と家族信託・民事信託関係者の役割整理
2―1        前提

民事信託の関係者として、委託者、受託者、受益者及び受益者代理人を挙げる(信託法2条、信託法138条)

成年後見の関係者として、成年後見人(法定後見人)、後見監督人、任意後見人、・任意後見監督人、家庭裁判所を挙げる(民法7条、843条、民法849条、863条、任意後見契約に関する法律4条、7条)。

2―2        委託者
2―2―a   委託者の成年後見人は、民法103条の適用を受けるかを考える。民法103条は、任意代理人に関する規定であり適用はない。法定代理人である成年後見人の権限は、後見の事務として民法853条以下で法律として定められており、事務ができる行為は代理権がある。事務が出来るか迷う場合には、民法858条の解釈で対応する。

現在の実務上、成年後見人が民法103条の規定を超えるような行為をするときには、家庭裁判所や成年後見監督人への事前伺いが必要となっているが、運用上の扱いであり、適用を受けるかどうかとは別の問題である。

委託者の成年後見人は、信託契約が可能であるかを考える。民法858条の解釈によると考えます。信託契約が本人のためになるのであれば、家庭裁判所も不可能と回答する場合、その理由を説明する必要がある。成年後見監督人(民法864条)は、信託契約が本人のためになるのであれば、同意を与えない場合にはその根拠を示す必要がある。

 成年後見人が、信託銀行と成年後見制度支援信託契約を締結できる根拠としては、成年被後見人(本人)及び家庭裁判所の事務のためだと最高裁判所が判断しているから、だと考える。

次は任意後見人について考える。任意後見人と成年後見人で異なる場合はあるのか。任意後見人は、本人との任意後見契約によって代理権を与えられている。任意後見監督人が選任されて、初めて代理権を行使することができる点が民法の委任契約、後見とは異なる点の1つである[3]。任意後見人には代理権の範囲が定められており、民法103条の適用はない。代理行為について迷う場合は、任意後見契約に関する法律6条の解釈による。信託契約について具体的な設計が代理権目録に定められていない場合は、任意後見契約に関する法律6条の解釈による。代理権目録に「不動産、動産及びすべての財産の保存、管理に関する事項」と定められ、「処分」が入っていない場合は、信託契約は財産の処分であり、信託契約の締結は不可能と考えられる。

成年後見人が信託契約を締結するのと比較し、改正信託法の施行日である平成19年9月1日以降に締結された任意後見契約については、厳しい解釈をすることになる。平成19年9月1日以降であれば、本人は信託契約を自ら締結することが可能であった。また任意後見契約締結時に代理権目録に記載することもできた。それらをあえてしなかったのは、本人の意思であり、尊重することが求められると解釈することが出来るからである。本人のためになるということをより明確に示すことが出来なければ、任意後見監督人の同意を得ることは難しいと考える(任意後見契約に関する法律7条)。

2―2―b    遺言と信託契約

成年後見人、任意後見人ともに本人の代理で遺言をすることはできない(民法973条、)。成年被後見人が遺言をするには制限があり、任意後見人の委任者が遺言をするには制限はない。後日の紛争に備え成年被後見人と同様の対策をしておく必要があると考える(民法973条)。遺言は禁止、制限があることから、信託契約についても制限がかかると考えることが出来るか。遺言との関係で信託契約をみると、遺言代用信託の場合、その効果は遺言に近いものがある(信託法90条)。異なる点として遺言は単独行為であるのに対して、信託契約は契約であり、遺言は本人が亡くなった後に効力が発生するのに対し、信託契約は通常、契約締結日から効力が生じる(民法985条、信託法4条)。このことから、信託契約は本人の意思を生前から尊重することに加え、相手方(受託者)の意思とも合致することを求められることになり、効果の面で遺言と同じ様な面があるとしても当然に制限されるべきではなく、本人の置かれた状況によって利用することが可能な場合もあると考えられる。

2―2―c   委託者の成年後見人

委託者の成年後見人は追加信託が可能だろうか。信託は、委託者の判断能力の低下や死亡により終了することがないように設計が可能な法律である。信託法の趣旨から、委託者に成年後見人が就任しても信託契約に記載がある場合、成年後見人による追加信託は可能となる。追加信託がどの程度可能か、という問いには、成年後見人には成年被後見人の身上監護の事務があり、その妨げにならない範囲に限られる。

委託者の成年後見人は、信託の変更が可能だろうか。委託者の成年後見人が信託の変更を行えると考えた場合、どのようなときを想定するのか。まず、単独で信託の変更を行えるという定めがあるとする。信託の目的が変更、受託者の負担増加、受益者の受益権の変更があると信託の安定性が損なわれる。よって、このような定めは信託法149条4項によっても定めることは出来ないと考える。仮に変更されても委託者の成年後見人に対して不法行為による損害賠償請求(民法709条)が可能と考える。また、このような定めがなされても受託者単独で、又は受託者と受益者の合意で信託の変更の定めを変更することになると考える(信託法149条2項、3項、150条)。

 次に、受託者と合意して信託の変更を行う旨の定めがあるとして、信託の変更は可能だろうか。信託法149条2項2号を参考に、信託の目的に反しないこと、受益者の利益に適合することが明らかであるとき、の要件を満たせば成年後見人と受託者の合意で信託の変更はできると考えることができる。実務上、受益者の承諾を得ることが確実である。追加信託の場合と同様に成年後見人の身上監護の事務に妨げにならないことも前提となる。

 受益者と合意して信託の変更をする場合は、受託者の利益を害しないことが明らかであるときは、変更することができると考える(信託法149条3項1号)。実務上は、受託者の承諾を得ることになると考える。成年後見人にとっての要件は、追加信託及び受託者との合意による変更と同様である。

 信託の終了は可能だろうか。信託法163条1項2号から8号については、委託者の成年後見人が関与することは不可能であり考慮しない。信託の目的が達成されたとき、信託の目的を達成することができなくなったときは、信託の終了事由といる(信託法163条1項1号)。信託目的が客観的に判断できないような場合(例:受益者の安定した生活)、委託者の成年後見人が信託を終了させることは難しいと考える。

 委託者のみで信託の終了を行うことができ、委託者が残余財産の受益者又は残余財産の帰属権利者と定められている場合、信託財産の独立性が疑われ、信託とみなされない可能性がある 。委託者の成年後見人は、成年被後見人の保護になる場合は、そのことを指摘できる。

 受託者と合意して信託を終了させることが出来るか。信託目的に反することがなく、受益者の不利益にならなければ、終了することが出来ると考えることができる。実務上、受益者の承諾を得ることになる。他に信託財産の状況も検討事項に入れて、裁判所に特別の事情による信託終了の申立てをすることができる要件(信託法165条)を準用するという考え方も採ることができる。要件が揃っている場合には、委託者の成年後見人を監督する家庭裁判所に対する理解も得やすいのではないかと考える。委託者の推定相続人(成年後見人以外)が信託契約における残余財産の帰属権利者の場合も同様と考える。

 成年後見人が委託者の推定相続人で、信託行為における残余財産の帰属権利者の場合、信託の変更及び信託の終了は可能だろうか。成年後見人が自ら財産を取得するために、信託を変更したり終了したりすることができるのだろうか。信託の変更、終了で検討した定めを置くことができない場合および信託とみなされない可能性がある場合は、この問いへの回答も同様と考える。成年後見人が残余財産の帰属権利者の場合であっても、裁判所に特別の事情による信託の変更、終了の申立てをすることができる要件を満たす場合は、信託の変更、信託の終了は共に可能と考える。実務上は受益者(受益者代理人)の承諾を得ることになる。

 成年後見人が残余財産の帰属権利者となるのは、信託行為の効力発生時であり、そのとき、成年後見人は誰がなるのか不明である。家庭裁判所は、必ずしも申立人が推薦する候補者を成年後見人に選任するとは限らない。成年後見人になるのは推定相続人の意思だけでは決めることが出来ない。裁判所に特別の事情による信託終了の申立てをすることができる要件を準用する場合には、ある程度の範囲に限定されるが、客観的な要件も満たすことから可能と考えられる。

 委託者の成年後見人は、信託の残余財産の帰属権利者を定めることができるだろうか。成年後見人が信託の残余財産の帰属権利者を定めることは、不可能だと考えられる。なぜなら残余財産の帰属権利者が定められている場合は、それが委託者の意思であり、定められていないときは信託法により残余財産の帰属権利者が法定されているからである(信託法182条)。

 委託者の成年後見人は、信託の受益者の変更、受益権の割合の変更が可能だろうか。当初から変更について明確な基準があれば可能と考える(例:孫が20歳になったら、受益者に加える。子が住宅を購入したら受益権の割合を減らすなど)。

明確な基準がない場合、信託の変更と同じように裁判所へ特別の事情により信託の変更を命ずる申立ての要件を準用することが考えられる(信託法150条)。

委託者の推定相続人(成年後見人以外)が信託契約における残余財産の帰属権利者の場合、信託法150条と同様の要件が必要になると考える。

 委託者の成年後見人は、自身を指図権者とすることは不可能と考えられる。信託行為において委託者が指図権者と定められている場合、委託者は自身の財産に関する権限を一定程度留保したものとして、自身の意思が信託に反映されることを考えて信託を設定したと推定される。委託者ではない成年後見人が行使することは信託行為にその定めがある場合を除いて不可能と考える。成年後見人が委託者の推定相続人で、信託契約における残余財産の帰属権利者の場合には、信託法149条と同様の要件が必要になると考える。

 受託者は、委託者の成年後見人と信託報酬について協議することは可能か。

 信託法54条では、委託者は原則として受託者の信託報酬には関わらない。信託行為に委託者又はその成年後見人との協議を要する旨の定めがない限り、受益者又は受益者代理人と協議することで足りる。受託者と成年後見人は、「信託報酬は協議して定める」と信託契約を変更することは可能だろうか。信託法149条と同様の要件が必要になると考える。

上記で考えた事例のうち、後見監督人が就任している場合に結論は変わりうるか。後見監督人の職務に制限はあるか。後見監督人が就任している場合、原則として結論は変わらない。しかし、後見監督人の職務は個々の見解に左右されるこがある。良く言えば画一的ではなく、事案によって方針が変わることもあり得るから、結論は変わり得ると考えておく方が信託行為の設計は安定する。

民事信託・家族信託が設定されていたからといって、後見監督人の職務が変わるということは基本的にはない。なお、後見監督人に信託行為の契約書などを閲覧する権利があるとした場合、信託設定時に委託者の能力などに疑いがある場合などは信託設定について調査を行うことが考えられる。

2―2―d   委託者の任意後見人

 委託者の任意後見人の場合、成年後見人(法定後見人)のときと結論は変わるか。任意後見監督人の職務に制限はあるか。任意後見契約締結時の代理権目録に記載がない場合、職務を行うことは難しいと考える。裁判所への申立てができる事項に関しては、その要件を準用して任意後見監督人の同意を求めていくことになる。本人のためになるということを、成年後見人の場合よりも明確に示すことが出来なければ、任意後見監督人の同意を得ることは難しいと考えます(任意後見契約に関する法律7条)。平成19年9月1日以降に締結された任意後見契約については、2-2-aで述べたのと同様と考える。

2―3        受益者
2―3―a   受益者と成年後見人

受益者と成年後見人について考える。委託者の場合との違いとして、受益者は受益権を持っている点を1つ挙げる。受益者代理人が就任している場合の成年後見人の権限は、制限されるか。管理する財産が分かれているので原則として制限されない。受益者の成年後見人は、追加信託をすることが可能か。成年後見人の身上監護の事務に支障がない限り、追加信託をすることが可能であり、必要とされると考える。

 受益者の成年後見人は、後任の受託者を指定することができるか。受益者の成年後見人は、後任の受託者を指定することは出来ないと考えられる。成年後見人の事務には財産管理もあるが、信託財産は別扱いとされており受益者の財産ではない。受益者の成年後見人は、身上監護の事務に支障が出るような場合であれば、利害関係人として裁判所に対して新受託者選任の申立てをすることが可能である(信託法62条)。受益者代理人は、後任の受託者を指定することが可能か。受益者代理人は、自らが代理する受益者のために、受益者の権利に関する一切の行為をする権限を持つ。よって受託者を指定することも可能である。

 受益者の成年後見人は受益権の譲渡が可能か。受益者の成年後見人が受益権の譲渡を行うことは、不可能だと考える。受益権は成年後見人が管理する財産ではない。成年後見人が身上監護の事務をするために不動産の受益権を譲渡する必要がある場合、受託者とともに信託の変更及び受益者代理人を選任し、受益者代理人が受益権の譲渡を行うことが適切と考える。受益者代理人は受益権の譲渡を行うことが出来る(信託法139条)。

 受益者の成年後見人は、受益者代理人へ就任することが可能か。成年後見人と受益者代理人は、扱う財産が違うのであるから可能と考える。適切な者が見つからない場合など、受益者代理人を成年後見人候補者として申立てをせざるをえないケースもある。家庭裁判所が適任者を就けることが可能であれば、第3者が成年後見人に選任されると受益者代理人の負担も重くならない。その際は、後見申立書において事情を記載する必要がある。

 受益者の成年後見人は、信託の情報開示請求がどこまで可能か。信託行為の受益権の内容に関して、受託者に意見を言うことが可能か。

 受益者の成年後見人は、信託に関して情報開示請求が可能でしょうか。請求することは可能であると考えます。

ただし、貸借対照表、損益計算書などの書類又は電磁的記録に限られます。通帳の写しを信託帳簿、財産状況開示資料としていない限り、開示請求することはできません(信託法38条6項)。

信託関係者、主に受託者が開示請求に応じる義務はあるのでしょうか。家庭裁判所で要求されている報告に必要な限りの義務があるのか、別扱いの財産なので義務はないのか、今のところ私には分かりません。

受託者の信託財産の処分行為に関して、受益者の成年後見人は同意権者となることが可能か。「信託行為に受益者の同意が必要である。受益者に成年後見人が就任している場合は、成年後見人が同意権者となる」、というような定めがない限り、受益者の成年後見人が同意権者となることは不可能である。また、定めがある場合でも、受益者代理人が就任しているときは、受益者代理人が受益者を代理し、受益者の成年後見人が同意権者となることは不可能だと考える。

受益者の成年後見人は、受託者と合意して信託の変更、信託の終了を行うことが出来るか、についても同様の結論となる。

後見監督人が就任している場合、結論は変わり得るだろうか。後見監督人の職務に制限はあるか。委託者の後見監督人と同様の結論になると考える。

2―3―b   受益者の任意後見人

受益者の任意後見人は、受益者代理人に就任することが可能だろうか。任意後見人は任意後見契約により、受益者代理人は信託行為により、扱う財産が異なることから可能と考える。任意後見人の場合、原則として任意後見契約に記載のある事項のみの代理権に限られます。よって、任意後見契約又は信託行為にその旨の記載があれば、受託者の指定も可能、受益権の譲渡が可能、受益者代理人と同順位で受益権の譲渡が可能になると考える。

任意後見監督人の職務に制限はあるか。委託者の任意後見監督人と同様の結論になると考える。


[1] 信託法134条、141条

[2] 信託法135条、142条

[3] 小林昭彦ほか『新しい成年後見制度の解説』2017きんざいP242~

受益権

民事信託契約書のうち、受益権を取り上げる。

1     受益権
1―1            条項例

信託給付の内容[1]

第○条(受益権)

 受託者は、信託財産の管理運用を行い、信託不動産から生ずる賃料その他の収益及び金融資産をもって、公租公課、保険料、修繕積立金その他の必要経費を支払い又は積み立て、その上で、受益者の意見を聴き、各受益者へ交付する月額の上限を半年ごとに定め、かかる上限の範囲内で受託者が相当と認める額の金銭を受益者へ交付する。

チェック方式

第○条(受益権)

  • 次のものは、元本とする。
    • 信託不動産。
    • 信託金銭。
    • 遺留分推定額。
    • 【修繕積立金、運転資金留保金・敷金・保証金等返還準備金の当初積立額及び繰入額・信託不動産の換価代金・信託不動産に係る保険金その他信託不動産の実質的価値代替物・信託財産責任負担債務の支払留保金】。
    • 上記各号に準ずる資産及び債務。
    • 次のものは、収益とする。
      • 信託元本から発生した利益。
      • □【賃料・             】
    • 元本又は収益のいずれか不明なものは,受託者がこれを判断する。
    • 受益者は、信託財産から経済的利益を受けることができる。
    • 【受益者氏名】は、【医療、入院、介護その他の福祉サービス利用に必要な費用の給付・生活費の給付・教育資金・信託不動産への居住[2]      】を受けることができる。
    • 受益者は、□【受託者・信託監督人】の書面による同意を得て、受益権の全部または一部を□【譲渡・質入れ・担保設定・その他の処分】することができる[3]。ただし、信託財産または受益権に金融機関による担保権が設定されているときは、あらかじめ当該金融機関の承認を受ける[4]
    • 受益者は□【法律で定められた扶養親族以外の親族へ譲渡する場合・遺留分請求があった場合】、受託者に通知のうえ受益権(受益債権は金銭給付を目的とするものに限る。)を分割、併合および消滅させることができる[5]
    • 受益権は、受益権の額1円につき1個とする[6]
    • 【                  】
1―2            解説

 1項、2項では受益権の元本及び収益を記載する[7]。元本と収益を分けるのは、会計を可能な限り明確にするためであり、本稿では複層化信託を想定していない。4項、5項では受益者が、主に信託金銭をどのような目的で利用する権利を持っているのかを記載する。

 6項は受益権の譲渡に関する規定である。受益権に対する質入れ、担保設定は金融機関以外を想定していない。譲渡は親族への贈与・売買または第3者への売買を想定している。受益権は、原則として譲渡することができる(信託法93条)。例外は、(1)受益権の性質が譲渡を許さないとき(2)信託行為に譲渡制限の定めがあるときである。(1)の例として、特別障害者扶養信託がある[8]。受益者が特定されており、これを譲渡することは出来ない。(2)の例として、「受益権を譲渡することはできない。」などの定めが信託契約書に記載されているときがある。なお、定めがあるのに譲渡した場合、譲受人をどこまで保護するかに関して、下に改正民法を示す。

【改正後】

(受益権の譲渡性)

第九十三条   受益者は、その有する受益権を譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。

2 前項の規定にかかわらず、受益権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の信託行為の定め(以下この項において「譲渡制限の定め」という。)は、その譲渡制限の定めがされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる。

2項は1項全体の例外規定となっている。受益権の譲渡を第三者へ対抗するには、(1)受益者が受託者に通知書を送る又は渡す(2)受益者が受託者の承諾書を得る(1)、(2)のいずれかを文書にし、公証人が付与する確定日付が必要となる。方法例として、通知書を送る場合、通知書を内容証明郵便にして送る。承諾書を得る場合、受託者の署名押印がある承諾書に確定日付を得る。

登記との関係では、受益権が譲渡されると受益者が変更となる。信託目録に受益者の住所と氏名が登記されている場合、変更登記が必要である(不動産登記法97条、103条)。

株式会社の株式譲渡と比較すると、「当会社の株式を譲渡により取得するには、当会社の承認を受けなければならない[9]」という譲渡制限の定めがある場合に承認を受けないで譲渡した場合の効果はどうなるのか。譲渡そのものは有効であるが、会社が承認するかは会社の自由であり、承認する場合は譲受人を株主として扱い株主名簿の書き換えを行わなければならない。譲渡を承認しない場合は、今まで通り譲渡人を株主として扱うか、会社が株式を買い取る(会社法140条)ことになる。譲受人が譲渡制限を過失なく知らなかった場合でも保護されないという面では、会社法の方が譲受人にとっては厳しい処置を採って、その分株式の買取りで対応するという規律である。

7項は、受益権の譲渡に関して具体的な場面を想定する。法律で定められた扶養親族以外の親族へ譲渡する場合とは、民法[10]又はその他の法律[11][12]で定められた扶養親族以外の親族への生活費・教育費である。遺留分請求があった場合とは、遺留分の請求を受けた者[13]が一括で支払うことを選択せずに分割で支払うことを想定する。遺留分請求については、対象となる者およびその効果について解釈が分かれているが、本稿では不当な請求でない限り、支払うことを前提とする。また受益権のうち金銭給付のみを取り出して譲渡することができるのかは出来ないという解釈もあり得るが、受益権を信託設定当初から何個かに分けていれば妨げられないと考える。

8項は、受益権の数についての定めである。受益権の数は定めない限り1個である。従って受益権の割合を定めた場合は共有となる。受益者間の公平及び計算の容易さから受益権の額1円につき1個とする。


[1] 堀鉄平ほか『相続対策イノベーション!家族信託に強い弁護士になる本』2017日本法令P184

[2] 受託者と一般の賃貸借契約を締結する場合は、収益とする。

[3] 信託法94条2項。改正民法467条、

[4] 不動産所有権について、伊藤眞ほか『不動産担保 下』2010金融財政事情研究会P131~。改正民法466条から468条まで。

[5] 信託法96条から98条まで。債権・動産担保について、伊藤眞ほか『債権・動産担保』2020金融財政事情研究会P78~85。株式会社の株式について会社法180条から182条の6まで。183条、184条。信託法99条。

[6] 村松秀樹他『概説新信託法』2008金融財政事情研究会P255。道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P351。

[7] 国土交通省「地方における不動産証券化市場活性化事業」サンプル契約書

[8] 新井誠監修『コンメンタール信託法』P300

[9] 法務省HP 2017年6月22日閲覧

[10] 民法第4編第7章877条から881条まで。

[11] 国税庁タックスアンサーNo.1180「所得税法上の扶養親族」、国税庁資産課税課情報第26号「扶養義務者(父母や祖父母)から「生活費」又は「教育費」の贈与を受けた場合の贈与税に関するQ&A」について(情報)(平成25年12月)

[12] 健康保険法第3条第7項及び関連通達

[13] 遺留分減殺請求の対象者と効果については、道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P473~P480

受益者

民事信託契約書のうち、受益者を取り上げる。

1     受益者

1―1            条項例

1―1―a     受益者及び受益権の条項例

第○条[1](受益者)本信託の当初受益者は、委託者Sとする。

2 上記委託者兼当初受益者Sが死亡したときは、当初受益者が有する受益権は消滅し、第二次受益者として下記A,B,及びTが下記の内容の新たな受益権を取得する。

(1)【住所】【氏名】【生年月日】【続柄】

 受益権の内容 本受益権取得に伴い受益者Aが負担する相続税額に相当する金銭の給付を受けること、及び残りの○分の○の割合の受益権

(2)【住所】【氏名】【生年月日】【続柄】

 受益権の内容 本受益権取得に伴い受益者Bが負担する相続税額に相当する金銭の給付を受けること、及び残りの○分の○の割合の受益権

(3)【住所】【氏名】【生年月日】【続柄】

 受益権の内容 本受益権取得に伴い受益者Tが負担する相続税額に相当する金銭の給付を受けること、及び残りの○分の○の割合の受益権

3 委託者Sの死亡前にAまたはBが死亡したときは、AまたはBが取得する受益権はTが取得する。

4 委託者Sの死亡前にTが死亡したときは、Tが取得する受益権はTの相続人である直系卑属が取得する。

5 第二次受益者AまたはBが死亡したときは、死亡した受益者が有する受益権は消滅し、Tが新たな受益権を取得する。ただし、Tが先に死亡している場合は、Tの相続人である直系卑属が取得する。

6 第二次受益者Tが死亡したときは、Tが有する受益権は消滅し、Tの相続人である直系卑属が新たな受益権を取得する。

1―1―b     チェック方式

第○条  (受益者)

□1      本信託の第1順位の受益者は、次の者とする。

  【住所】【氏名】【生年月日】

 □【住所】【氏名】【生年月日】

□2      受益者の死亡により受益権が消滅した場合、信託法91条の規定により受益権を原始取得する者として、次の者を指定する[2]

  第2順位

  【住所】【氏名】【生年月日】

 □【住所】【氏名】【生年月日】

 □ 第3順位

  【住所】【氏名】【生年月日】

 □【住所】【氏名】【生年月日】

□3      次の順位の者が既に亡くなっていたときは、さらに次の順位の者が受益権を原始取得する。

□4      受益権を原始取得した者は、委託者から移転を受けた権利義務について同意することができる[3]

□5      受益者に指定された者または受益権を原始取得した者が、受益権を放棄した場合には、さらに次の順位の者が受益権を原始取得する。

□6      受益者に指定された者が、指定を知ったとき又は受託者が通知を発してから1年以内に受益権を放棄しない場合には、受益権を原始取得したとみなす[4]

□7      【委託者氏名】は、【委託者以外の受益者氏名】が受益権を取得することを認める。

1―2            解説

 チェック方式の条項について解説する。1項における第1順位の受益者は通常委託者となる。受益者を複数にする場合はチェックを入れる。割合については信託期中に変動するので記載しない。

 2項には、新たな受益者が受益権を取得するには信託法90条1項1号、91条の要件に従うことを記載する。信託法91条の読み方[5]として、(1)受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定めと、(2)受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めの2つがあるのか[6][7]考える。(2)はかっこ書きであり、(1)に含まれる[8]。よって信託法91条による定めは、1つである。(1)は受益者が死亡した際に、次の受益者はどのように受益権を取得するのかを定めている。(2)は、(1)の形態による受益権の取得が何回か続く場合も含む、消滅した受益権を新たな者が取得するまでに時間的間隔があるものも含む(消滅しない受益権を定めることは、期間制限のない信託を認めることになり許容されない。)、などの見解[9]がある。契約条項に定める際は、信託法90条1項1号により委託者の死亡の時に受益者となるべきものとして指定されたものが受益権を取得すること、及び信託法91条の定めにより受益者の死亡により受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得することの2つの内容を記載する必要がある。

 信託法91条中、見出しの「新たに」と条文の「新たな」に違いはあるのか考える。見出しは、(受益者の死亡により他の者が「新たに」受益権を取得する旨の定めのある信託の特例―略―)、条文は、受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が「新たな」受益権を取得する旨の定め―略―となっている。見出しの「新たに」は、「他の者が」について、受益権を取得する者を限定する。条文中の「新たな」は、「受益権を取得する旨の定め」について、文をまとめ、(一旦)終える働きをする。結論として、「新たに」と「新たな」は助詞の使い方であって特別な意味はない。

 3項は、現在の受益者が死亡した場合において次順位の者が死亡していたとき、その次の順位の者が受益権を取得し受益者となるような設計をしている。3項は、受益者および次順位以降の受益者が1人であることを前提にしている。受益者が複数いる場合は、1-1-aの条項例3項以下のように記載が複雑になることから、チェック方式に向かないと考え採っていない。

 4項は、前の受益者が委託者から権利義務の移転を受けた場合、新たに受益権を取得した者はその権利義務を承継するのか否か、判断することができるという規定である。移転を受けた委託者の個人的な権利義務(特に義務)に関しては、当然に新たに受益権を取得する者に負担させるのは酷であり、別途同意が必要である。

 6項は受益者となるべき者として指定された者が、受益権の取得又は放棄を判断する期間について、信託法に定めがないことから期間制限を設けるものである。受益者となるべき者として指定された者に不利益を与えないようにすること及び信託の安定性のバランスが要請される。本稿では民法における遺贈の放棄を参考に1年としているが、その他の定め方はあり得る。

 7項は受益者(後順位の受益者、帰属権利者等を含む)に受託者が指定されている場合を想定している(信託法29条、31条)。受託者が受益者に指定されている場合、利益相反関係[10]となることから信託行為において委託者の許諾を求める。

2     受益者指定権者等(信託法89条)[11]

2―1            【条項例】

(受益者指定権等)

第○条 本信託において、受益者指定権等は次の者が有する。

住所

氏名○○(委託者)生年月日

条件 指定、変更後の受益者は、委託者の民法上の親族とする。

(受益者指定権等)

第○条 本信託において、受益者指定権等は次の者が有する。

住所

氏名○○(受託者)生年月日

条件 指定、変更後の受益者は、受託者の民法上の親族のうち疾病などにより働くことが出来なくなった者とする。

2―2            受益者指定権者等を定める方法

図 1受益者指定権者等の構成

受益者指定権者等 【新しい受益者を指定する権利を持つ者】 【決まっている受益者を、他の受益者へ変更する権利を持つ者】  
定める方法   信託行為
受益権の一部の指定、変更   可能
受託者が持つ場合   信託事務の執行
委託者が持つ場合   信託行為による創設
受益者が持つ場合  委託者の地位を、信託行為によって移転する場合(受益権の分割や譲渡によって事実上、受益者変更権は利用できる。)  
第三者が持つ場合  信託行為による創設(この時点で第三者の承諾を求める。) 承諾がなく、行使されなかった場合は信託終了の可能性。  
利用できる場面  指定権者等が、臨機応変に支援を必要としている人を受益者とする能力を持っている場合(家族の中でも疾病中の人を優先するなど)  
利用が制限されると思われる場合  受託者が受益者指定権等を持つ場合は、信託目的または他の書面において一定の基準が必要。  自由にできるとすると、受託者を受益者に変更して信託を終了することもできる。第三者が持つ場合も同様。  
権利の排除 遺言、遺言代用信託の場合は排除できる。
2―3            受益者を変更、指定した場合の効果

 受益者を指定、変更した場合は受益権が移転し、新たに取得した者が受益者となる。受託者は変更前の受益者に通知義務がある(信託法88条)。指定、変更できる範囲とその限界は、信託設定行為の定め次第となる。全部の受益者、一部の受益者の変更、最初に1人だけ定めておいて後に1人追加するような指定も可能である。しかし、信託目的に「受益者の生涯に渡る居住の確保」とあった場合に、何の支援処置も取らずに受益者の全部を変更することは出来ないと考えられる。

 受託者が受益権の内容を変更する場合はどうだろうか。例えば、受益者へ給付する金銭を「毎月の上限として30万円」として定めている場合に、これを50万円と変更する際の対応を考える。受益者指定権等を持つものが対応する[12]

条文通りに読めば、受益者を変更、指定する権利を持つのみで、受益権の内容を変更することが出来るとするのは妥当とはいえない。

受益者を新たに指定する場合など、結果的に他の受益者の受益権の内容が変更となることはあり得るが、その場合は受益者の指定と信託の変更などを併せて行うことになる。

 受益権の内容の変更は、信託の変更と考える。受益者を新たに指定する場合など、結果的に他の受益者の受益権の内容が変化する場合でも、先に信託の変更により受益権の個数を2つにするか、受益権の割合を50対50などで分けた後に、新受託者に受益権を割り当てることになる。

2―4            受益者指定権者等を利用する場合のリスク

 信託財産と受託者の財産を引き当てにしている債権者、受益者の債権者にとって、誰が受益者であるかは重要であるが、債権者の知らないところで受益者、受益権が変更されると結果として信託財産及び受益権を保全できない可能性がある。

 対応としては、(1)信託契約書へ「受益権の譲渡禁止・制限特約」の定めを置く、(2)「受益権の移転に伴い債務も移転する。」という定めを置く、(3)信託契約当初から、受益権への担保権(質権など)を設定する、などが考えられる。なお、本稿ではリスク対応として受益者指定権等の定め及び権利者を置かない。

 税についての詳細は、税理士の確認を要する。前の受益者が存命であれば、新たな受益者に課税される。対価がない場合は贈与税課税、適正な対価の負担がある場合は譲渡取得税の課税。受益者指定の遅れなどで、受益者がいなくなった場合は、受託者に法人税課税(法人税法2条29号の2)となる。税の考え方は、受益者指定権等の定めがある信託は、受益者連続型信託とされる(相続税法9条の3①、相続税法施行令1条の8)[13]


[1]遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P220~P221

[2]中田直茂「遺言代用信託の法務」金融法務事情2074P6~

[3]道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P385

[4]信託法99条。民法986条、987条

[5]期間については道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P477~

[6]能見善久ほか『信託法セミナー3」2015有斐閣P89~

[7]斉藤竜『士業・専門家のためのゼロからはじめる「家族信託」活用術』2018税務研究会出版局P157~

[8]法制執務委員会『ワークブック法制執務』2007ぎょうせいP642

[9]道垣内弘人『詳細信託法』2017弘文堂P476~

[10] 西村志乃「民事信託と裁判上のリスク」『信託フォーラムvol.6』2016日本加除出版P33~では、利益相反状況という用語を使用している。

[11]道垣内弘人『信託法』2017有斐閣 P297~

[12]平川忠雄ほか『民事信託実務ハンドブック』2016日本法令P143

[13] 青木孝徳ほか『改正税法のすべて』2007大蔵財務協会P474~

受託者

民事信託契約書のうち、受託者を取り上げる。

1     受託者
1―1            条項例

(受託者)

第○条

1 本信託の受託者は、次の者とする。

  【住所】【氏名】【生年月日】

2 受託者の任務が終了した場合、後任の受託者は、次の者とする。

  【住所】【氏名】【生年月日】

(受託者)

第○条 

1 本信託の受託者は、次の者とする。

  【住所】【氏名】【生年月日】

2 受託者の任務は、次の場合に終了する。

(1)受託者の死亡

(2)精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある場合

(3)精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である場合

(4)その他信託財産を管理できない状態になった場合

3 受託者の任務が終了した場合、受益者が新たな受託者を定める。

4 前項の規定により受託者に定められた者が、相当な期間を定めて催告しても受託者に就任しない場合は、受益者は新たな受託者を定める。

チェック方式

(受託者)

第○条

1 当初受託者は、次の者とする。

  【住所】【氏名】【生年月日】【委託者との関係】

 □【本店】【商号】

2 受託者の任務は、次のいずれかの事由が生じた場合に終了する[1]

 □ただし、信託法58条1項は適用しない。

□(1)受託者の死亡[2]

□(2)受益者の同意を得て辞任したとき[3]

□(3)受託者に成年後見人または保佐人が就いたとき。

□(4)受託者が法人の場合、合併による場合を除いて解散したとき。

□(5)受託者が、受益者からの報告請求に対して2回続けて報告を怠った場合。

□(6)受益者と各受託者が合意したとき[4]

□(7)【受託者が○○歳になったとき・                】

□(8)受託者が唯一の受益者となったとき。ただし、1年以内にその状態を変更したときを除く。

□(9)その他信託法で定める事由が生じたとき[5]

3 □受託者の任務が終了した場合、後任の受託者は次の者を予定する[6]

   【住所】【氏名】【生年月日】【委託者との関係】

 □(後任の)受託者の任務が終了した場合、新たな受託者を次の順位で予定する[7]

  第1順位:任務終了前の受託者が、あらかじめ書面により指名した者。

  第2順位:信託監督人が指定した者。

  第3順位:その他信託法に基づいて選任された者。

4 任務が終了した受託者(その相続人のほか、信託財産を管理すべき者を含む。)は、後任の受託者が信託事務の処理を行うことができるようになるまで、受益者への通知、信託財産の保管その他の必要な事務を行う[8]

5 受託者に指定された者が、本信託の利害関係人[9]による催告から1か月以内[10]に受託者に就任しない場合は、受益者は新たな受託者を定める。

6 後任受託者は、前任の受託者から受託者としての権利義務を承継[11]し、次の

 各号に掲げる必要な事務を行う。

(1)債務の弁済、費用の清算[12]

(2)前受託者の任務終了が辞任による場合を除いて、必要な場合の債務引受け。

(3)その他の信託財産の引継ぎおよび信託事務を処理するための受託者の変

  更に伴う必要な手続。

□【                       】

1―2            受託者の資格

 信託契約において、受託者として契約をすることができない者は、未成年者、成年被後見人、被保佐人である(信託法7条)。信託期中における受託者の任務終了事由は、信託法56条から58条に規定されている。信託管理人、信託監督人、受益者代理人に就任している者も受託者となることはできない(信託法124条、137条、144条。)。ただし、当事者の意図しないときに信託を終了させないために、辞任して受託者となることは妨げられない。なお清算受託者に関する任務終了事由も同様である[13]

 法人を受託者とすることは妨げられない。例えば共有不動産の名義を一つにする、親族内の財産管理を目的として一般社団法人を受託者にすることができる。個人が受託者となる場合との違いは、法人であることによるコスト及び統治が挙げられる[14]

 3名の共有不動産を信託するとして、受託者として一般社団法人を利用する場合、社員及び理事が共有者の3名であるときの違いは何か。実質3名の共有状態と変わらないと考えることもできるが、敢えて違いを探すなら定款において、意思決定方法を柔軟にすることが可能であることを挙げる。(1)社員や理事の数を○名以内と定款で定めること、(2)一定期間内に受託者法人又共有者のうちの1人による受益権の購入を検討し、共有状態の最終的な解消を目的とすることも必要と考える。受益権購入の際は自己取引の禁止・制限に留意する(信託法31条)。

1―3            受託者の任務終了事由及び後任受託者

本稿では、辞任及び解任も任務終了として扱う(信託法56条1項5号、6号)。

 信託法58条1項の規定を適用した場合、自益信託で受益者が1人のとき、委託者兼当初受益者が1人で受託者を自由に解任することができる。受託者から委託者及び受益者による損害賠償を請求することはできる場合がある[15]が、(1)受託者に不利な時期の判断、(2)賠償される損害の範囲及び(3)受託者を解任した者が損害賠償責任を免れるやむをえない事由の判断が明確でなく、民事信託の安定性確保の観点から選択肢に含める(信託法58条3項)。

 受託者が1年間唯一の受益者となったときを選択肢に挙げている。本来信託の終了事由(信託法163条1項2号)を定める条項であるが、専門家ではない受託者の注意を促すために任務終了事由にも記載する。

 受託者が受益者からの報告請求に対して2回続けて報告を怠った場合を、当然に任務が終了する事由としている。これは、信託法58条4号の受託者による任務違反、信託財産への著しい損害及びその他重要な事由があった場合の受託者解任の規定に対する例示列挙である(信託法29条、38条、56条1項7号。会社法433条、976条1項4号。)。受託者による情報開示がなければ、受益者は受託者の任務違反及び信託財産への損害など判断は不可能である。受益者の報告請求及び受託者の情報開示は、信託行為によって免除・軽減出来ないものである。民事信託においては、信託法38条2項の除外事由に該当することもほぼ無いと考えられ、明確な任務違反の1つとして選択肢に含める。

 後任受託者を特定する条項、後任受託者を選任する方法について定める条項について、受託者が自己で急死した場合及び信託監督人が就任していない場合は、その条項は空振り規定となり信託法の規定に沿って新受託者を選任する(信託法62条)。

1―4            受託者の変更

1、家族信託の融資について、受託者(債務者)が変更になった場合、後任の受託者が就任を承諾すると債務はその時点で自動的に後継受託者に移るのだろうか。(1)信託行為後の融資(2)受託者は信託財産のためにする意思で融資を受けた(3)融資は受託者の権限内の行為(4)融資された金銭は信託財産責任負担債務となる(5)信託専用口座へ入金がされている。(1)から(5)の事実を前提とした場合、債務は前受託者の任務が終了した時に自動的に移ると考える。なお受託者が辞任した場合は、新受託者が就任した時に債務は自動的に移ると構成する(信託法21条、56条、57条、75条)。

 受託者が死亡した場合、(ア)債務は受託者の相続人に及ぶのだろうか。債務は死亡した受託者の相続人に及ぶ(信託法76条、民法896条)。債権者は、死亡した受託者の相続人に対して債務の履行を請求することができる。

相続人が債務の履行を行った場合、新受託者や信託財産法人管理人に償還を請求することができる。ただし、受益債権など、信託財産に属する財産のみを持って履行する責任を負う債務については、前受託者は履行責任を負わない。

新受託者は就任する際、責任財産を信託財産に限定しながらも、重畳的な債務引受をして連帯債務者となるか否かを判断する必要がある。

2     追記 民事信託契約書の条項においてチェック方式を利用する際の留意点

 留意点として2点を挙げる。1点目は契約書中に「本信託契約第○条の場合(を除いて)」などと、契約書中の条項を援用することを可能な限り排除することが必要となる。援用する条項がチェックされていない場合は、空振り規定となり援用の効力のみが発生せず、意図しない条項を生み出す可能性がある。

 2点目として信託契約の一貫性の確保を挙げる。例えば、信託設定の当初財産として不動産にチェックを入れなかった場合、不動産を追加信託することは出来ない(信託金銭により不動産を購入することは可能である。)。

3     追記 受託者の表明保証

条項例

(受託者の表明保証)[16][17]

第〇条 受託者は委託者に対して、本日、次の各号が真実かつ正確であることを表明し、保証する。

(1)受託者は、信託契約を締結し、信託の事務の処理という義務を履行するために必要とされる実質的な能力、意欲、相当な時間、そして信用力を有している。

(2)受託者は、信託法並びに信託行為で定めた受託者の義務の内容及び信託財産の所有者となることの責任を理解しており、受託者責任を履行するための責任財産を有している。

(3)受託者においては、信託の事務の処理という義務を履行することに対して悪影響を及ぼすような訴訟、仲裁、調停、行政上の手続が係属していない。

(4)受託者には、信託の事務の処理という義務を履行するにあたり、悪影響を及ぼすような信用状況の悪化、重い負債の存在、支払不能や破産手続や民事再生手続の申立事由の存在のおそれなどは存在しない。

(5)受託者は、信託当事者あるいは信託関係者との間で利益相反関係は存在せず、かつ、信託当事者間における牽制関係を損なうような関係は存在しない。

 上記の受託者による表明保証条項の例は、民事信託において受託者となる者の(最低限の)資格と考えても良い内容である。よってこのような内容の条項例についてチェック方式は採らない。機能としてリスクの分担、効果として受託者の情報開示がある[18]。また民事信託においては、受託者が金融機関や法人と取引する際に、一定の信用を得るために必要となる可能性が出てくると考える。「経営者保証に関するガイドライン」(平成26年金融庁)においては、経営者保証を求めない又は保証を外す要件の1つが、法人と経営者との関係の明確な区分・分離(社会通念上許容できる範囲内であれば許容される)とされている。

 契約の内容及び当事者の関係は異なるがM&Aで株式譲渡契約を締結する際においても、売主だけでなく買主に表明保証条項を設ける例がある[19][20]


[1] 信託法56条1項各号。

[2] 信託法56条1項1号。

[3] 信託法57条1項本文から委託者の同意権を除外。

[4] 信託法57条1項7号。

[5] 受託者の破産手続開始の決定、解任などが入る。注意的に契約書に入れる際は、7号に記載。契約書に入れない場合は9号で手当てする。

[6] 信託法62条1項。

[7] 後任受託者を指定している場合は、(後任の)のかっこ書きを外す。

[8] 信託法76条1項、77条2項、78条。民法654条。

[9] 利害関係人には、法定後見人、保佐人、補助人、任意後見人を含む(信託法92条1項16号)。

[10] 参考として信託法77条3項、184条3項。

[11] 信託法75条1項2項、76条2項。

[12] 前受託者による費用請求について、山田誠一「受託者が費用の償還に関し信託財産に対して有する権利」『信託の理論的深化を求めて』2017(公財)トラスト未来フォーラム研究叢書)

[13]道垣内弘人編著『条解信託法』2017弘文堂P755

[14] 権利能力なき社団が委託者兼受益者になることについて、谷口毅「権利能力なき社団を当事者とする信託」『信託フォーラムvol.7』があるが、受託者を一般社団法人にするかは検討が必要である。

[15]道垣内弘人編著『条解信託法』2017弘文堂P377、民法651条2項

[16]渋谷陽一郎『民事信託における受託者支援の実務と書式』2016民事法研究会P82

[17] M&Aにおける改正民法後の表明保証について、『旬刊商事法務№2157』2018商事法務P27~。

[18] 藤原総一郎『M&Aの契約実務』2011中央経済社P147~

[19] 梅田亜由美『中小企業におけるM&A実務必携 法務編』2016きんざいP273、

[20] 主な判例として、東京地判平成18年1月17日

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