遠藤栄嗣「委託者代理人を考える―委託者の地位の承継移転の欠陥を補う方策として―」

信託フォーラム[1]の記事、遠藤栄嗣弁護士「委託者代理人を考える―委託者の地位の承継移転の欠陥を補う方策として―」からです。

後継委託者、という用語が出てきますが、記事では委託者の相続人と定義しているようです(P107)。

著者の問題意識

・信託契約における、委託者の地位(信託法146条、147条)に関する条項について

条項がない場合は、委託者の地位が委託者の相続により承継され、後継委託者が多数存在する信託となり、信託事務に関する意思決定が、円滑に出来ない可能性が高くなる。

「委託者の地位については、相続により承継しないが、受益権の移転とともに新たな受益者には移転する」と定めた場合は、受益者が複数の場合、複数委託者が登場し、中には受託者と敵対関係を持つ者が出てくる可能性がある。

・後継委託者が、受益権割合の多数を取得したものであり、かつ、受託者である場合は、受託者のへの監視・監督機能が期待できない。

→信託法2条1項、8条との関係で、個別具体的な判断になると思います。

解決策

1 「委託者の地位は、受益権を取得した者に移転するものとし、委託者の死亡により相続されない。この場合において、委託者の地位を受けた者は、追加信託できるほか委託者の義務を負うものの委託者の権利を行使することができない」との条項を置く。

・・・私が、「市民と法」112号、2018年8月、民事法研究会、P54で、次のように事案に応じたチェック方式の条項として記述しています。似ているような感じを受けました。この条項を置いた場合、金銭については追加信託が可能ですが、不動産については、不動産登記法の構造上、追加信託が出来ません(受益者は登記名義人ではないので、登記義務者となることが出来ない。不動産登記法法2条1項10号から12号、60条、62条、63条、64条。)。私はこの部分について、答えを持っていません。

(委託者の地位)

□1  委託者は、次の各号の権利義務を受益者に移転する。

□(1)信託目的の達成のために追加信託をする権利義務。

□(2)受益権の放棄があった場合に、次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利。

□2  委託者は、受益者を変更する権利およびその他の権利を有しない。

□3 委託者の地位は、受益権を取得する受益者に順次帰属する。

□4 委託者が遺言によって受益者指定権を行使した場合、受託者がそのことを知らずに信託事務を行ったときは、新たに指定された受益者に対して責任を負わない。

 1項では、委託者の持つ権利義務のうち、一部を受益者に移転する。権利義務のうち一部を移転することは、(1)信託法に一部移転を制限する定めはなく、(2)受益者に不利益がないことを要件として可能である。

 1号は、委託者から受益者へ、信託目的の達成のために追加信託をする権利義務を移転する。追加信託を設定する義務は、信託法48条などを根拠として受益者に備わっているという考えも成り立つ。当初から受益者に追加信託設定の義務があるとしても、その権利義務は受託者が信託事務を行うために必要な財産を補うためのものに限られる可能性がある。受益者固有の余裕財産を信託財産に移す権利を排除しないために、委託者が信託当事者として持つ追加信託の権利を受益者に移転する。これにより受益者は、委託者から移転された権利及び受益者に備わっている義務を根拠に追加信託を設定することができる。

 2号では、委託者から受益者へ、受益権の放棄があった場合に次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利を移転する(信託法89条)。本稿で想定する遺言代用信託(信託法90条1項1号)における委託者は、受益者変更権を有する(信託法90条1項本文)ので、利用できる場面を制限(信託法90条1項本文但し書)して民事信託の安定を図る。ただし、新たな受益者を指定する受益者(又は受益者代理人)が生存している場合に限り利用することができる権利であり、受益者が死亡した後に次の順位の受益者として指定されていたものが受益権を放棄した場合には利用することができない。

 2項では、委託者に信託設定後の権利を持たせないとする(信託法89条、90条など)。1項において受益者に移転した権利の他、委託者は信託設定によりその権利関係から外れる。

 3項は、信託財産に不動産がある場合における登録免許税を考慮した条項である[2]。また委託者の地位に関するリスクとして、委託者の地位が相続または第三者へ移転された場合、その地位(権利)の所在が不明となる可能性を取り除く。

 4項は受託者の免責事由を定める(信託法89条3項)。遺言は単独行為であり、信託契約において禁止・制限しても委託者が行うことは可能である。

2 委託者代理人制度

役割

1 委託者の死亡により、多数の後継委託者が登場した場合、その権利義務を制限すること。

2 意思表示が思うようにできなくなった当初委託者の代理人。

3 受益者代理人の委託者版。

選任方法

 委託者が意思能力を著しく欠く状態になったとき及び後継の受益者が委託者の地位を取得したときに、後任者【住所・氏名】を代理人に指定。

・・・委託者の地位は、受益権と共に移転する、というような条項があることが前提となっていると思われます。意思能力を著しく欠く状態になったとき、という条項が抽象的ではないかなと感じました。

 意思能力を著しく欠く状態になったとき及び後継の受益者が委託者の地位を取得したとき、を、及びで繋いでいますが、私が定めるとしたら、または、で繋ぐと思います。

分からなかったこと

委託者代理人というのは、制度なのか。


[1] 19号、2023年4月、日本加除出版、P107~

[2]信託法146条、登録免許税法7条2項東京国税局審理課長「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」2017年6月22日回答

金森健一「第4回民事信託実務入門―民事信託の標準仕様を備える―公正証書と信託口口座(上)―」

信託フォーラム[1]の記事、金森健一弁護士「第4回民事信託実務入門―民事信託の標準仕様を備える―公正証書と信託口口座(上)―」からです。

信託は受託者が受託者責任を負うこと(信託内のフィデューシャリー。)でその目的を図るものであるが、民事信託の受託者は「生身の素人」であるがゆえに民事信託を設定「専門家」がその受託者による信託事務処理を容易にするための措置を講ずるべき義務を負っているというべきである(信託外のフィデューシャリー。)。これは、依頼者に対する「専門家」の善管注意義務(民法644条)、少なくとも信義則上の義務(民法1条2項)をなすのではあるまいか。これが筆者の考える二重のフィデュ―シャリー論である。

 フィデューシャリー、という用語が、どのような意味で使われているのか、分かりませんでした。カッコの使い方から推測して、託された者・委任された者の信認関係に基づく責任としておきます。

 信託法2条1項、2項5号、8条、9条、26条から37条までなど、信託内で、受託者が信認義務を負うことに同意です。

 専門家が依頼者である委託者に対して、受託者による信託事務処理を容易にするための措置を講ずるべき義務を負うことに同意です。

 これが二重のフィディ―シャリーというのであれば、任意後見契約案の作成の依頼を受けた場合も、同じように二重のフィディ―シャリーというものが働くのではないかと思いました。

公正証書により信託契約を締結することも信託口口座を利用することも受託者による信託事務の処理をより容易にするための措置である。

 少し違和感を持ちます。公正証書により信託契約を締結する理由は、記事にも記載されていますが、信託口口座を開設する金融機関の要請があるからです。信託口口座を開設する理由は、信託法23条(信託財産に属する財産に対する強制執行等の制限等)、34条(分別管理義務)に拠ります。金銭として銀行の貸金庫に入れる可能性も考えられます。

 金融機関の要請(判断能力の低下した状態での信託契約締結リスクの低減、公証人による違法無効のチェックを得ることでのリスク低減)がなくなって、信託口口座への強制執行等の制限の運用が、実務上確立してくると、信託契約を公正証書にするのは、必要に応じて、という実務に変わるのが信託当事者の負担も減ると思われます。また専門家責任という意味でも、無条件で公証人にリスクの一部を引き受てもらうことを排除することで、果たされる部分があるのではないかと思います。

参考

タマール・フランケル 著『フィデューシャリー「託される人」の法理論』2014、弘文堂

https://www.koubundou.co.jp/book/b172115.html


[1] 19号、2023年4月、日本加除出版、P121~

渋谷陽一郎「民事信託と登記―昭和43年先例、香川判事と相馬司法書士(追悼)―」

信託フォーラム[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託と登記―昭和43年先例、香川判事と相馬司法書士(追悼)―」からです。

昭和43年4月12日付け民事甲664号民事局長回答

 客年6月21日付登第429号をもって紹介のあった標記の件については、前段、後段とも貴見のとおりと考える。ただし、後段の場合は、不動産登記法第49条第4号の規定により却下するのが相当である。

―中略―

照会文

 登記されている信託条項が、別記のように表示されている場合、受託者から、委託者又は受益者以外の者に対し、信託期間終了後であっても、信託期間終了後の日付でなされた売買その他の有償行為を原因として所有権移転登記の申請があったときは、受理すべきものと考えますが、贈与その他の無償行為を原因として所有権移転登記の申請があった場合は、登記されている信託条項に反するので、不動産登記法第49条第2号又は同条第4号の規定により却下してさしつかえないと考えますが、いささか疑義もあるので、お回示を願います。

登記研究246号昭和43年4月12日 民事甲第664号 民事局長回答

信託財産の所有権移転登記の取扱いについて

1、信託の目的

信託財産の管理及び処分

1、信託財産の管理方法

信託財産の管理方法(処分行為を含む)はすべて受託者に一任する。

  • 信託終了の事由

 本信託の期間は五カ年とし期間満了による外、受託者が信託財産を他に売却したるとき及び委託者が信託財産を委付したときはこれにより信託は終了する。

  • 其他信託の条項

 本信託は委託者が大阪市内に家屋を建築するための資金を得るため且委託者が現在第三者より負担する金銭債務を返済するための資金を得るために受託者をして信託財産を売却せしめんとするものにして現在借家人の立退要求、其他売却条件の困難のため売買が進捗しない場合に於ても委託者の要求あるときは受託者は自己の資金を委託者に融通し、又その金融のためには自己の責任に於て信託財産を担保に供することができる。

 前記による金融のため委託者が受託者に対し金銭債務を負うに至った場合に於てその返済をすることが困難と思料するときには、信託財産を委付してその債務を免れることができる。

 前項委付により委託者は受益権並びに元本帰属権(信託財産の返還請求権)を失うものとする。

 委託者及び受託者の死亡は本信託に影響を及ぼさないものとする。

 委託者と受託者との合意により何時でも信託条項を追加又は変更することができる。前記以外の事項に付てはすべて信託法の定めるところによる。

・返済期限を5年とした金銭消費貸借契約の、担保としての信託と思われます。

なお、信託原簿時代の本先例では触れていないが、信託の登記の記録欄の振り分けという問題がある。本照会分でいうならば、「委託者の資金調達のための信託財産の売却」という定めは、信託の目的の領域なのか(不動産登記法97条1項8号)、あるいは、受託者の権限の領域なのか(同行9号の信託財産の管理方法)、という実務論点である。

 記事記載の通り、受託者が委託者のために行う、受託者による信託財産の管理方法であり、広義の信託の目的でもある、と考えられます。どちらか一つに振り分ける必要はないと思います。信託目録への記録申請は、後続登記との連続性を考えると、信託財産の管理方法に記録が必須、信託の目的には要約(例として、委託者の資金調達など。)になると思われます。


[1] 19号、2023年4月、日本加除出版、P114~

家族信託の相談会その55

お気軽にどうぞ。

2023年5月26日(金)14時~17時

□ 認知症や急な病気への備え
□ 次世代へ確実に引き継ぎたいものを持っている。
□ 家族・親族がお金や土地の話で仲悪くなるのは嫌。
□ 収益不動産オーナーの経営者としての信託 
□ ファミリー企業の事業の承継
その他:
・共有不動産の管理一本化・予防
・配偶者なき後、障がいを持つ子の親なき後への備え

1組様 5000円

場所

司法書士宮城事務所(西原町)

要予約

司法書士宮城事務所 shi_sunao@salsa.ocn.ne.jp

後援  (株)ラジオ沖縄

渋谷陽一郎「信託契約書から学ぶ民事信託支援業務(2)日弁連ガイドラインの概要と依頼者は誰かという問題(2)」

市民と法[1]の記事「渋谷陽一郎「信託契約書から学ぶ民事信託支援業務(2)日弁連ガイドラインの概要と依頼者は誰かという問題(2)」からです。

この点、遺産分割協議の場合と同様、司法書士は、どこまで、それらの関係者の利害の調整者となりうるのか(なることは可能なのか)、中立調整という役割を担うことは可能なのか(中立調整の定義は何か)、などのクリティカルな問題を生じる。

 司法書士がどこまで、関係者の利害の調整者となりうるか、について、選択肢を全て示して、利害関係者の一人が反対の意思を表示した場合、賛成の意思を表示しなかった場合、意思表示をしなかった場合、だと思います。

 中立調整の定義は、分かりませんでした。よって中立調整という役割を担うことが出来るかどうかも分かりません。法律整序事務と中立調整とは異なることを前提としています。

この点、家族信託をめぐって事後的に紛争が生じた場合でも、信託契約案の作成が原因であると主張されれば、それはさかのぼって組成時から潜在的紛争性を秘めていた事件であると評価されるリスクを生じうる。

公正証書遺言案の作成においても、同じようなリスクはあるので、作成する司法書士はそのリスクを許容する必要があると感じました。

信託の場合、そうはいっても、法律整序的な関与といえども、信託の素人である信託当事者の信託行為の意思形成過程に対して、事実上、影響を与えてしまうリスクがある。

 任意後見契約書(案)の作成など他の業務についても、法律行為を行う当事者の意思形成過程に対して影響を与えます。登記申請においても、法的効果などを説明して署名や押印をもらい、その過程で意思形成に影響を与えていると考えられます。影響を与えない業務というのが思い浮かびませんでした。

注意すべきは、司法書士は、選択肢の一部を提示するのではなく、すべての選択肢を提示する必要があることである。

同意です。すべて、というと難しく感じますが、依頼者に提示する時点で司法書士が知っている選択肢(施行日が確定している法改正も含みます。)、という範囲だと理解しています。

それでは、信託契約書案の作成において、司法書士が、信託当事者や利害関係者(委託者の推定相続人等)に対して、調整型の関与を行うことは可能であろうか。

 すべての利害関係者に対して、調整型の関与を行うことは難しいと思います。利害関係人を把握することが難しい場面があるからです。信託契約書案作成の委任契約書において、利害関係人の範囲は特定してもよいのではないかと思います。

仮に、中立調整を称しつつ、―中略―中立義務違反で訴えられたら、当該司法書士は、どのように抗弁するのだろうか―略―

中立義務が、司法書士業務の関係法令にあるのか分かりませんでした。

さらにいえば、関係者の利害が一致して友好的であればよいが、少しでも利害が対立している場合あるいは利害が事後的に対立した場合には、結局、中立調整者を標榜した司法書士がその責任を問われることになるという意味では、重い業務となる。

最初から依頼を受けないか、委任契約を辞任することで対応可能だと感じます。


[1] 140号、2023年4月、民事法研究会、P88

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