信託事務処理に必要な費用

民事信託契約書のうち、信託事務処理に必要な費用を取り上げる。

1     信託事務処理に必要な費用
1―1            条項例

チェック方式

(信託事務処理に必要な費用)

第○条 信託事務処理に必要な費用は次のとおりとし、受益者の負担により信託金銭から支払う。信託金銭で不足する場合には、その都度、またはあらかじめ受益者に請求することができる[1]

□(1)公租公課[2]

□(2)信託監督人、受益代理人およびその他の財産管理者に対する報酬・手数料。

□(3)受託者の交通費。

□(4)受益者と□【親族・友人】の旅行費。

□(5)受益者とその親族友人の葬儀、法要および墓参にかかる費用[3]

□(6)受託者が信託事務を処理するに当たり、過失なくして受けた損害の賠償[4]

□(7)その他の信託事務処理に必要な諸費用。

□(8)【                       】

□2受託者は、信託事務の処理に必要な費用に関して算定根拠を明らかにして受益者に通知することなく、事前に信託金銭の中から支払い、または事後に信託金銭から償還を受けることができる[5]

1―2            解説

信託事務処理に必要な費用の条項は、信託財産の管理方法と重複する部分があり必要がないのではないか、1つにまとめても良いのではないかと考えることもできる。本稿では、(1)信託事務処理に必要な費用が信託の終了事由にもなり得ること(信託法52条、54条など)、(2)受託者変更の際の事務引継ぎを円滑に進めるため、(3)受益者が変更となった場合の費用に関する合意を行うための明確な基準作りのため、の3つの理由から条項を設ける。

1項各号には、受益者にとって、公租公課など信託財産から支払うべき義務的な費用と旅行費など権利的な費用に分けることができる。

2項は、信託法48条3項の但し書を利用している。受託者は、受益者に対して算定根拠を通知することは不要だが、前払・事後償還を受ける額を通知する必要がある。

2     備考 信託目録におけるその他の信託の条項欄の利用方法について

不動産信託登記における信託目録には、その他の信託の条項という欄がある(不動産登記法97条1項11号)。この欄の利用方法について1つの方法を考える。受託者が法人である場合(個人の場合はその親族)、法人の構成員全員の住所氏名と、不動産を売却するには全員の署名および実印がある承諾書(3か月以内の印鑑証明書添付)が必要なことを信託目録に記録する。このような記録を信託目録にしておくと、要件が揃わなければ信託不動産を売買により所有権移転及び信託の抹消の登記申請することは出来ない。法人が受託者の場合の代表者または個人が受託者の場合でも、勝手に信託不動産を売却されてしまう可能性があり、実際に信託で何か出来ないか相談を受ける。受託者に訴訟等を提起することになるが、親族内での紛争を予防するという目的で、このような利用方法もあると考える。信託監督人の承諾を要する、受益者の同意を要するなどと定めることも考えられる(原則として信託財産の管理方法に記録される)が、その場合でも印鑑証明書の添付や、信託監督人の住所氏名などを記録することは検討することが出来ると考える。


[1] 信託法48条。

[2] 信託法21条1項9号。

[3]法務省法制審議会民法(相続関係)部会「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案(案)」では、葬儀費用その他の必要生計費の仮払い制度等の創設が記載されている。

[4] 信託法53条1項1号。

[5] 信託法48条2項、3項但し書き。

信託財産の管理方法

民事信託契約書のうち、受託者による信託財産の管理方法を取り上げる。

1     信託財産の管理方法
  • 条項例

(受託者の信託事務)[1]

第○条 受託者は、以下の信託事務を行う。

(1)信託財産目録記載1,2及び3の信託不動産を管理、処分すること。

(2)信託財産目録記載2の信託不動産を第三者に賃貸し、第三者から賃料を受領すること。

(3)前号によって受領した賃料を、上記1号の信託不動産を管理するために支出すること。

(4)上記1号及び2号において受領した売却代金及び賃料を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用などに充てるため支出すること。

(5)信託財産に属する金銭及び預金を管理し、受託者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるために支出すること。

(6)信託財産目録記載3の信託不動産の売却代金を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるために支出すること。

(7)その他信託目的を達成するために必要な事務を行うこと。

(信託財産の管理、運用)

第○条 受託者は、受益者の身上に配慮したうえ、受託者の裁量により、信託財産の管理及び運用を行う。

2 信託不動産につき賃貸借契約を締結する場合、受託者は自らの裁量において賃料その他の諸条件を決定するものとする。なお、受託者は信託の目的に反しない限りにおいて信託不動産の一部を自ら使用し又は第三者に使用貸借させることができる。

3 受託者は、収受した賃料については、第4条2項の専用口座において管理するもの

とする。

4 信託不動産の修繕又は改良は、受託者が相当と認める方法において行い、その時期及び範囲については、受託者の自らの裁量で決定するものとする。

5 受託者は、信託不動産を対象として付されている損害保険について、受託者名義に変更しなければならない。

6 受託者は、信託事務の一部を受託者が相当と認める第三者に委託することができる。

(信託不動産の換価等の処分)[2]

第○条 受託者は、心身等の状況により、受益者が医療施設、有料老人ホーム、特別養護老人ホーム等に入所するのが相当と認めたとき、疾病等の理由で、受益者の財産が医療費等の支払に不足するとき、又は信託不動産の老朽化等によりその管理が難しいと判断したときは、適切な時期に信託不動産を売却、解体等の処分をすることができる。

2 受託者は、前項の事情があるときは、信託不動産につき、受益者又は受託者を債務者とする担保設定をすることができる。

3 受託者が、信託不動産について、換価処分又は担保設定をしたときは、それらの手続に要した費用を控除した換価金又は借入金の残金を信託財産に属する金銭とする。

4 受託者が、受益者を債務者として、信託不動産について担保設定をしたときは、受益者は、その手続に要した費用を控除した借入金の残金につき、追加信託しなければならない。

5 受託者は、本条1項及び2項に定める場合を除き、受益者の同意がない限り、信託不動産について、換価、担保設定等の処分をすることができない。

チェック方式

(信託財産の管理方法)

第○条

  • 受託者は、信託不動産について次の信託事務を行う。
    • 所有権の移転登記と信託登記の申請。
    • 本信託の変更により、信託不動産に関する変更が生じる場合の各種手続き。
    • 信託不動産の性質を変えない修繕・改良行為。
    • 信託財産責任負担債務の履行。
    • 受託者がその裁量において適当と認める方法、時期及び範囲で行う次の事務。

  □売買契約の締結および契約に付随する諸手続き。

  □賃貸借契約の締結、契約に付随する諸手続きおよび契約から生じる債権の回収および債務の弁済。

  □使用貸借契約の締結および契約に付随する諸手続き。

  □保険契約の締結または名義変更、契約の変更および解除。

  □保険金の及び賠償金の請求及び受領。

  □リフォーム契約の締結。

  □境界の確定、分筆、合筆、地目変更、増築、建替え、新築。

  □その他の管理、運用、換価、交換などの処分。

  □【                  】

  □ただし、以下の事項については、□【受益者・信託監督人・       】

   の書面による事前の承認を得なければならない。

  □【                  】

  □【                  】

  □【                  】

  • その他の信託目的を達成するために必要な事務。
    • 受託者は信託金銭について、次の信託事務を行う。
      • 信託に必要な表示又は記録等。
      • 受託者個人の財産と分けて、性質を変えずに管理。
      • 信託財産責任負担債務の期限内返済および履行。
      • 本信託の目的達成に必要な場合の、信託財産責任負担債務の債務引受[3]
      • 受託者がその裁量において適当と認める方法、時期及び範囲で行う次の事務。

□受益者への定期的な生活費の給付、医療費、施設費などの受益者の生活に必要な費用の支払い。

□金融商品の購入、変更および解約。

□不動産の購入、賃借。

□受益者の送迎用車両その他の福祉用具の購入。

□受益者所有名義の不動産に対する擁壁の設置、工作物の撤去などの保存・管理に必要な事務。

 □【                            】

 □その他の信託目的を達成するために必要な事務。

 □ただし、以下の事項については、□【受益者・信託監督人・       】

   の書面による事前の承認を得なければならない。

  □【○○万円を超える支出・       】

  □【                  】

  □【                  】

  • 受託者は、信託目的の達成のために必要があるときは、受益者の承諾を得て金銭を借入れることができる。受託者以外の者が債務者となるときは、借入金から手続き費用を控除した額を信託金銭とし、金銭債務は信託財産責任負担債務とする[4]
    • 受託者は、受益者の承諾を得て信託財産に(根)抵当権、質権その他の担保権、用益権を(追加)設定し、登記申請を行うことができる。
    • 受託者は、信託事務の一部について必要があるときは、受託者と同様の管理方法を定め、第三者へ委託することができる[5]
    • 受託者は、本信託契約に記載のない特別の支出が見込まれる場合は、本信託の目的に従い受益者の承諾を得て、支出することができる[6]
    • 受託者は、各受益者と信託事務処理費用を受益者の負担とする合意をすることができる[7]
    • 受託者は、受益者(受益者代理人、信託監督人、法定代理人および任意後見人が就任している場合は、それらの者を含む。)から信託財産の管理状況について報告を求められたときは、1か月以内に報告しなければならない[8]
    • 受託者は、計算期間の末日における信託財産の状況を、信託財産に応じた方法によって受益者(受益者代理人、信託監督人、法定代理人、任意後見人

が就任している場合は、それらの者を含む。)へ報告する。

□10受託者は、受益者から追加信託の通知があった場合、その財産に信託の目的をはじめとした契約内容に適合しない財産がある場合は、追加信託の設定を拒否することができる。

□11受益者に対して遺留分請求があった場合、遺留分の額が当事者間で確定しないときは、受託者は調停調書その他の権利義務が確定する書面を確認するまで、履行遅滞の責任を負わない。

□12受託者は、善良な管理者の注意をもって、受益者のために忠実に職務を遂行する。

□13受託者は、土地への工作物などの設置により他人に損害を与えないように管理する[9]

□14本条項に記載のない事項は、信託法その他の法令に従う。

1―2            解説

チェック方式の条項について解説する。

図 1 構成

1項は、信託不動産に関する受託者の信託事務である。1号から4号までは、信託契約の効力発生以後に受託者が行うべき義務的な事務である(信託法29条1項、34条、不動産登記法97条、98条。)。4号の信託財産責任負担債務の履行とは、信託不動産を賃貸している場合の貸す債務(為す債務)である[10]

5号は、受託者の権利的な事務に関する定めである。まず受託者に信託事務の裁量をどの範囲まで与えるかを選択する。そのうえで受託者に与えた権利にどのような制限を設けるかを選択する仕組みとなる。

2項は信託金銭に関する受託者の信託事務である。1号から3号までは、受託者が行うべき義務的な信託事務である(信託法29条1項、34条)。なお4号は

受託者の義務ではないが、信託契約前に予定されている場合もあり、受託者が次順位以降の受益者または帰属権利者等(信託法182条、183条)の場合もあるため義務的な事務に含める。

5号は、1項と同様の仕組みである。

3項は、金銭の借入れに関する定めである。受託者以外の者としては、受益者のみを想定している。

7項は、信託契約の当事者(委託者)ではない受益者と、受託者との費用負担に関する定めである。

8項及び9項は、信託財産の情報開示に関する定めである。8項における期間制限は、受託者の任務終了事由を明確にする目的がある。1か月という期間は、民法853条及び後見等開始後の実務における家庭裁判所への事務報告期間を参考にしているが、異なる期間を定めることも可能である。9項は、信託財産の報告の方法と対象者を定めるものである[11]

10項では受託者が追加信託を拒否することができる場合を規定する。管理責任の持てない財産を信託財産に属する財産とすることは受託者(特に契約当事者ではない後任受託者など)の負担が重くなるからである(改正民法412条)。

2     受託者の信託事務概要
2―1            利益相反行為

図 2忠実義務との関係

図 3利益相反行為の構成

信託法31条の利益相反として原則禁止される行為を例示列挙する。1号の例として信託財産の中の不動産を、受託者が買って自分の不動産にする行為がある[12]。また、受託者個人の不動産を、信託財産の中の金銭で買って自身の金銭にする行為を挙げることができる。2号は受託者が2つの信託について、信託間で1号のような取引をすることである。3号の例として、受託者が信託不動産を売る場合、買主の代理人になることが挙げられる。4号として、受託者が、個人の住宅ローンの担保として、信託不動産を提供する行為を例とする。その他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるものも利益相反行為となる。

利益相反の例外として信託法31条2項で許容される行為を。個別事案に当てはめて考える。1号の要件として、信託行為に次のような定めがあることでその行為が許容される。

第○条 信託行為に受託者は次の全てを満たす場合、信託不動産1を自己の固有財産として○○万円を下限として購入することができる。

(1)受益者及び信託監督人の承認

(2)受益者が居住していないこと

(3)受託者の居住用として使用すること

2号の要件として、受託者が信託不動産を個人に売る場合に、(1)受託者が責任を持ったまま受益者の承認を得ること(2)信託行為にその行為を禁止する定めがないことの2つを全て満たす場合がある。

3号の要件として、例えば受託者が子、受益者が親、残余財産受益者、帰属権利者の定めがない場合、受益者の相続人が子1人である信託において、受益者の親が亡くなって受益権が子に帰属したときを挙げる。

4号の要件は、(1)信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合

(2)受益者の利益を害しないことが明らかであるときの2つを全て満たすことである。実務上は受益者の事前承諾が必要になると考える。

又は、受益者には不利益かもしれないが、(1)信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる(2)信託財産に与える影響、(3)目的及び態様、(4)受託者の受益者との実質的な利害関係の状況、(5)その他の事情の(1)~(5)に照らして正当な理由があるときにも受託者の行為は許容され得る。実務上は解釈の基準が明確でない限り、受益者の承諾を得ることが必要だと考える。

なお受託者が上記の信託法31条1項、2項に該当する行為を行った後は、信託契約に定めがある場合を除いて受益者へ通知しなければならない(信託法31条3項)。

2―2            受託者の利益相反行為違反の効果

受託者が、許容されない利益相反行為を行ったときの効果について考える。信託法40条1項1号に該当する事例として、受益者が住んでいる家と土地を、受託者が個人的に購入した場合はどうなるだろうか。受益者は受託者に対して、家と土地の登記を元に戻すよう請求することができる。登記費用は受託者の個人的な財産を使い、信託財産からは出さない。

信託法40条1項2号の例として、信託不動産を受託者が個人的に購入した場合を挙げる。その効果として、受益者は受託者に対して不動産を信託財産へ戻し、売却代金を受託者個人の財産に戻すように請求することができる。

上記2つの事例については、受託者が行った利益相反行為は無効となる(信託法31条4項)。

信託法31条6項の例として、(1)受託者が信託不動産を個人的に購入した、(2)信託不動産のまま登記はしていない。(3)受託者は、購入した信託不動産を個人として他人(不動産事業者)に売却した。(4)売却代金は、信託財産ではなく受託者の個人の通帳に入金された、というような場合を挙げる。このとき受益者は、受託者に対して1から4までの行為を取り消すことができる。

信託法31条7項の例として、(1)受託者は、信託不動産を売却する際、買主の代理人となった、(2)買主は不動産事業を行っている場合を挙げる。このとき受益者は、(1)の売買契約を取り消すことができる。

2―3            競合行為取引

受託者の競合行為の禁止は例示列挙である。

図 4 競合行為

図の上段に取り上げている事例は、受託者が条件にあった家と土地を見つけたが、受託者は、この建物と土地が将来値上がりすると予想し、転売目的で自身の金銭で購入した場合である。このような行為は原則として禁止される。

競合行為の禁止の例外の1つ目として、信託行為に固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることを許容する定めがある場合がある。例外の2つ目として受託者が、固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることについて、重要な事実を開示して受益者の承認を得たときが挙げられる。違反の効果は、受託者による(1)損失のてん補(信託法40条1項1号)、(2)現状の回復(信託法40条1項2号)、受益者による(3)介入権の行使(受託者以外の関係者がいない場合に競合行為を信託事務とみなす。)(信託法32条4項)がある。


[1]伊庭潔『信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例』2017日本加除出版P87~P88

[2]日本司法書士会連合会財産管理業務対策部民事信託業務モデル策定ワーキングチーム「民事信託の実務」2017P13~P14

[3]伊藤眞ほか『不動産担保 下』2010金融財政事情研究会P133~抵当権、P294~根抵当権。改正民法470条から472条の4まで。

[4]信託法21条1項5号、信託法52条

[5]信託法28条1項1号、35条

[6]信託法26条但し書

[7] 信託法48条5項。信託契約当事者ではない受益者。

[8]信託法37条1項、38条

[9] 民法717条。詳細な分析として、秋山靖浩「受託者が土地工作物の所有者として責任を負う場合に関する一考察」『基礎法理からの信託分析』2012(公財)トラスト60研究叢書。

[10] 道垣内弘人編著『条解信託法』2017弘文堂P119~P120

[11]信託法37条2項、92条、民法824条、859条、任意後見に関する法律2項1項1号。信託法施行規則33条1項1号、信託計算規則3条、4条、企業会計基準委員会「実務対応報告第23号信託の会計処理に関する実務上の取扱い」2007

[12] 1号では相続による承継取得が除外されているのかについて、道垣内弘人『条解信託法』P207、P220~P221

委託者の地位

民事信託契約書のうち、委託者の地位を取り上げる。

1     委託者
1―1            条項例

(委託者の死亡後の地位と権利)

第○条 委託者の死亡により、委託者の地位は順次、受益者へ移転し、委託者の権利は消滅する[1]

(追加信託)

第○条 委託者は、受託者と協議のうえ、本信託の目的の達成のために、金銭を追加信託することができる[2]

チェック方式

(委託者の地位)

第○条

□1委託者は、次の各号の権利義務を受益者に移転する。

□(1)信託目的の達成のために追加信託をする権利義務。

□(2)受益権の放棄があった場合に、次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利。

□2委託者は、受益者を変更する権利およびその他の権利を有しない。

□3委託者の地位は、受益権を取得する受益者に順次帰属する[3]

□4委託者が遺言によって受益者指定権を行使した場合、受託者がそのことを知らずに信託事務を行ったときは、新たに指定された受益者に対して責任を負わない[4]

1―2            解説

チェック方式の条項について解説する。1項では、委託者の持つ権利義務のうち、一部を受益者に移転する。権利義務のうち一部を移転することは、(1)信託法に一部移転を制限する定めはなく、(2)受益者に不利益がない(3)契約自由の法則(内容の自由)から可能である。1項1号では、委託者から受益者へ、信託目的の達成のために追加信託をする権利義務を移転する。追加信託を設定する義務は、信託法48条などを根拠として受益者に備わっているという考えも成り立つ。当初から受益者に追加信託設定の義務があるとしても、その権利義務は受託者が信託事務を行うために必要な財産を補うためのものに限られる可能性がある。受益者固有の余裕財産を信託財産に移す権利を排除しないために、委託者が信託当事者として持つ追加信託の権利を受益者に移転する。この条項にチェックすることにより信託財産の条項例で受益者は、委託者から移転された権利及び受益者に備わっている義務を根拠に追加信託を設定することができる。

また受益者の変更を予定していない場合(委託者兼受益者のまま信託が終了する場合)は、

委託者に追加信託する権利義務を持たせたままで信託は機能するから、受益者に移転する必要はない。

1項2号では、委託者から受益者へ、受益権の放棄があった場合に次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利を移転する。本稿で想定する遺言代用信託(信託法90条1項1号)における委託者は、受益者変更権を有する(信託法90条1項本文)ので、利用できる場面を制限(信託法90条1項本文但し書)して信託の安定を図る。ただし、新たな受益者を指定する受益者(又は受益者代理人)が生存している場合に限り利用することができる権利であり、受益者が死亡した後に次の順位の受益者として指定されていたものが受益権を放棄した場合には利用することができない。

 2項では、委託者に信託設定後の権利を持たせないとする(信託法89条、90条など)。1項において受益者に移転した権利の他、委託者は信託設定によりその権利関係から外れ、信託における権利関係をシンプルにする。委託者が複数存在する場合の権利行使に関する規定は信託法上なく、委託者は信託期中、受益者としての権利を行使する。

 3項は、信託財産に不動産がある場合における登録免許税を考慮した条項である[5]。また委託者の地位に関するリスクとして、委託者の地位が相続または第三者へ移転された場合、その地位(権利)の所在が不明となる可能性があり、これを排除する。

 4項は、(1)1項、2項にチェックを入れなかった場合、(2)チェックを入れた場合でも受託者の免責事由として機能することが目的である(信託法89条3項)。遺言は単独行為であり、信託契約において禁止・制限しても委託者が行うことは可能である。よってこの条項例を契約書において記載する。

1―3            参考:法制審議会における追加信託に関する発言(出典:法務省HP)

(1)法制審議会信託法部会第2回会議

―次に,2の(5)でございますが,これは,受託者が信託財産からも受益者からも補償を受けることができない場合,例えば信託目的の達成を妨げる場合であるとか,あるいは,受託者の売却権限が制限されている場合に当たるため信託財産を処分することもできず,受益者に対する補償請求権も認められていないという信託である場合,このような場合には,一定の手続,すなわち,受益者に対する履行の催告や委託者に対する通知等の手続を経た上で信託を終了させる権限を受託者に与えるものでございます。―

―受託者が費用の補償を受けられない場合においても信託事務を継続して行わなければならないとするのは酷であることから,受託者に対して,このような慎重な手続的要件のもとに信託を終了させる権限を付与することとしたわけでございます。―

―なお,ここで委託者に対する通知を要求しておりますのは,信託が終了いたしますと信託設定者である委託者の意図が実現しないことになりますので,信託の終了を回避するための手段をとる機会を委託者にも付与することが適当であると考えられるためでございます。例えば,通知を受けた委託者としては,金銭を追加信託することによって,あるいは信託財産の処分制限を一部解除することによって受託者の補償請求権を満足させ,信託の終了を回避することができることになると思われるわけでございます。―

(2)法制審議会信託法部会第17回会議

―ところで,信託契約に関連した債務のうち未履行状態にあるものとして想定することができますのは,例えば委託者の債務の局面で言いますと,委託者が報酬を支払う旨の定めがある場合が未払いのある場合の報酬支払債務というもの,それから委託者が一定の事由が発生した場合に,追加的に信託財産を拠出する旨の定めがある場合の追加信託義務,あるいは信託契約締結後において,まだ信託財産の引渡しが未了である場合の引渡しに係る債務などを観念することができるものでございます。―

他方,受託者の債務といたしましては,信託事務遂行義務と,あとは法定帰属権利者たる委託者に残余財産を支払う義務というあたりを観念することができるわけでございます。

もっとも通常の信託契約におきましては,委託者が報酬を支払うことですとか,追加信託をするというような特約が締結されることは少ないと思われますし,引渡し未了という観点につきましても,通常の信託契約では締結直後に履行されているだろうと思われますので,これが問題になってくることはまれであろうと思われます。―

―1つは,これはそもそも論でございまして,大分前の議論のときでも申し上げたことではございますけれども,そもそも委託者と受託者の間の権利義務において,双方未履行で問題となる対価関係,対価性がないというふうに整理ができないかどうかということでございます。

すなわち今までの事務局の整理に従えば,委託者の債務とすれば費用報酬支払債務,追加信託履行債務,信託財産引渡債務というのがございまして,受託者サイドの債務としては,ここに書いてございますとおり,信託事務遂行債務,残余財産支払債務いうことがございます。―


[1] 杉谷範子「「東京国税局への事前照会」解説」家族信託実務ガイド第7号2017P48

[2]日本司法書士会連合会財産管理業務対策部民事信託業務モデル策定ワーキングチーム「民事信託の実務」2017P15

[3] 信託法146条、登録免許税法7条2項、東京国税局審理課長「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」平成29年6月22日。

[4] 信託法89条3項。

[5]東京国税局審理課長「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」2017年6月22日回答

受益者代理人など

民事信託契約書のうち、受益代理人などを取り上げる。

1   受益者代理人など
1―1        条項例

チェック方式

(受益者代理人など)

第○条

□1 本信託の受益者【氏名】の代理人は次の者とし、□【本信託の効力発生日・

受益者が指定した日・受益者に成年後見開始の審判が開始したとき・    】から就任する。

  【住所】【氏名】【生年月日】

□2 本信託の信託監督人は次の者とし、□【本信託の効力発生日・受益者が指定した日・          】から就任する。

  【住所】【氏名】【生年月日】【職業】

□3受益者(受益者の判断能力が喪失している場合で、受益者代理人が就任していないときは受託者)は必要がある場合、【受益者代理人・信託監督人】を選任することができる。

□4 受益者代理人および信託監督人の変更及び変更に伴う権利義務の承継等は、その職務に抵触しない限り、本信託の受託者と同様とする。

1―2        解説

1項は信託契約締結時に特定の者を受益者代理人として定める。就任日は選択することが可能である。2項は信託監督人に関する事項であり、1項と同様の構成である。3項は、信託契約締結時に受益者代理人、信託監督人として特定の者を選任しない場合で、信託期中に受益者、受益者代理人又は受託者が、受益者代理人、信託監督人をそれぞれ選任することが可能にする定めである。

4項は、受益者代理人及び信託監督人の変更(任務終了事由[1]及び後任の指名方法[2])及び変更に伴って必要となる事務を、受託者と同様とするものである。ただし、受益者代理人及び信託監督人の職務に抵触することは出来ない。例えば、信託監督人は受託者を監督するための機関であるから、後任の信託監督人を選任する方法として任務終了前の受託者が、あらかじめ書面により指名する方法によることは出来ない。この場合、信託法135条で準用する信託法62条1項、8項により受益者が選任する。

2   成年後見関係者と家族信託・民事信託関係者の役割整理
2―1        前提

民事信託の関係者として、委託者、受託者、受益者及び受益者代理人を挙げる(信託法2条、信託法138条)

成年後見の関係者として、成年後見人(法定後見人)、後見監督人、任意後見人、・任意後見監督人、家庭裁判所を挙げる(民法7条、843条、民法849条、863条、任意後見契約に関する法律4条、7条)。

2―2        委託者
2―2―a   委託者の成年後見人は、民法103条の適用を受けるかを考える。民法103条は、任意代理人に関する規定であり適用はない。法定代理人である成年後見人の権限は、後見の事務として民法853条以下で法律として定められており、事務ができる行為は代理権がある。事務が出来るか迷う場合には、民法858条の解釈で対応する。

現在の実務上、成年後見人が民法103条の規定を超えるような行為をするときには、家庭裁判所や成年後見監督人への事前伺いが必要となっているが、運用上の扱いであり、適用を受けるかどうかとは別の問題である。

委託者の成年後見人は、信託契約が可能であるかを考える。民法858条の解釈によると考えます。信託契約が本人のためになるのであれば、家庭裁判所も不可能と回答する場合、その理由を説明する必要がある。成年後見監督人(民法864条)は、信託契約が本人のためになるのであれば、同意を与えない場合にはその根拠を示す必要がある。

 成年後見人が、信託銀行と成年後見制度支援信託契約を締結できる根拠としては、成年被後見人(本人)及び家庭裁判所の事務のためだと最高裁判所が判断しているから、だと考える。

次は任意後見人について考える。任意後見人と成年後見人で異なる場合はあるのか。任意後見人は、本人との任意後見契約によって代理権を与えられている。任意後見監督人が選任されて、初めて代理権を行使することができる点が民法の委任契約、後見とは異なる点の1つである[3]。任意後見人には代理権の範囲が定められており、民法103条の適用はない。代理行為について迷う場合は、任意後見契約に関する法律6条の解釈による。信託契約について具体的な設計が代理権目録に定められていない場合は、任意後見契約に関する法律6条の解釈による。代理権目録に「不動産、動産及びすべての財産の保存、管理に関する事項」と定められ、「処分」が入っていない場合は、信託契約は財産の処分であり、信託契約の締結は不可能と考えられる。

成年後見人が信託契約を締結するのと比較し、改正信託法の施行日である平成19年9月1日以降に締結された任意後見契約については、厳しい解釈をすることになる。平成19年9月1日以降であれば、本人は信託契約を自ら締結することが可能であった。また任意後見契約締結時に代理権目録に記載することもできた。それらをあえてしなかったのは、本人の意思であり、尊重することが求められると解釈することが出来るからである。本人のためになるということをより明確に示すことが出来なければ、任意後見監督人の同意を得ることは難しいと考える(任意後見契約に関する法律7条)。

2―2―b    遺言と信託契約

成年後見人、任意後見人ともに本人の代理で遺言をすることはできない(民法973条、)。成年被後見人が遺言をするには制限があり、任意後見人の委任者が遺言をするには制限はない。後日の紛争に備え成年被後見人と同様の対策をしておく必要があると考える(民法973条)。遺言は禁止、制限があることから、信託契約についても制限がかかると考えることが出来るか。遺言との関係で信託契約をみると、遺言代用信託の場合、その効果は遺言に近いものがある(信託法90条)。異なる点として遺言は単独行為であるのに対して、信託契約は契約であり、遺言は本人が亡くなった後に効力が発生するのに対し、信託契約は通常、契約締結日から効力が生じる(民法985条、信託法4条)。このことから、信託契約は本人の意思を生前から尊重することに加え、相手方(受託者)の意思とも合致することを求められることになり、効果の面で遺言と同じ様な面があるとしても当然に制限されるべきではなく、本人の置かれた状況によって利用することが可能な場合もあると考えられる。

2―2―c   委託者の成年後見人

委託者の成年後見人は追加信託が可能だろうか。信託は、委託者の判断能力の低下や死亡により終了することがないように設計が可能な法律である。信託法の趣旨から、委託者に成年後見人が就任しても信託契約に記載がある場合、成年後見人による追加信託は可能となる。追加信託がどの程度可能か、という問いには、成年後見人には成年被後見人の身上監護の事務があり、その妨げにならない範囲に限られる。

委託者の成年後見人は、信託の変更が可能だろうか。委託者の成年後見人が信託の変更を行えると考えた場合、どのようなときを想定するのか。まず、単独で信託の変更を行えるという定めがあるとする。信託の目的が変更、受託者の負担増加、受益者の受益権の変更があると信託の安定性が損なわれる。よって、このような定めは信託法149条4項によっても定めることは出来ないと考える。仮に変更されても委託者の成年後見人に対して不法行為による損害賠償請求(民法709条)が可能と考える。また、このような定めがなされても受託者単独で、又は受託者と受益者の合意で信託の変更の定めを変更することになると考える(信託法149条2項、3項、150条)。

 次に、受託者と合意して信託の変更を行う旨の定めがあるとして、信託の変更は可能だろうか。信託法149条2項2号を参考に、信託の目的に反しないこと、受益者の利益に適合することが明らかであるとき、の要件を満たせば成年後見人と受託者の合意で信託の変更はできると考えることができる。実務上、受益者の承諾を得ることが確実である。追加信託の場合と同様に成年後見人の身上監護の事務に妨げにならないことも前提となる。

 受益者と合意して信託の変更をする場合は、受託者の利益を害しないことが明らかであるときは、変更することができると考える(信託法149条3項1号)。実務上は、受託者の承諾を得ることになると考える。成年後見人にとっての要件は、追加信託及び受託者との合意による変更と同様である。

 信託の終了は可能だろうか。信託法163条1項2号から8号については、委託者の成年後見人が関与することは不可能であり考慮しない。信託の目的が達成されたとき、信託の目的を達成することができなくなったときは、信託の終了事由といる(信託法163条1項1号)。信託目的が客観的に判断できないような場合(例:受益者の安定した生活)、委託者の成年後見人が信託を終了させることは難しいと考える。

 委託者のみで信託の終了を行うことができ、委託者が残余財産の受益者又は残余財産の帰属権利者と定められている場合、信託財産の独立性が疑われ、信託とみなされない可能性がある 。委託者の成年後見人は、成年被後見人の保護になる場合は、そのことを指摘できる。

 受託者と合意して信託を終了させることが出来るか。信託目的に反することがなく、受益者の不利益にならなければ、終了することが出来ると考えることができる。実務上、受益者の承諾を得ることになる。他に信託財産の状況も検討事項に入れて、裁判所に特別の事情による信託終了の申立てをすることができる要件(信託法165条)を準用するという考え方も採ることができる。要件が揃っている場合には、委託者の成年後見人を監督する家庭裁判所に対する理解も得やすいのではないかと考える。委託者の推定相続人(成年後見人以外)が信託契約における残余財産の帰属権利者の場合も同様と考える。

 成年後見人が委託者の推定相続人で、信託行為における残余財産の帰属権利者の場合、信託の変更及び信託の終了は可能だろうか。成年後見人が自ら財産を取得するために、信託を変更したり終了したりすることができるのだろうか。信託の変更、終了で検討した定めを置くことができない場合および信託とみなされない可能性がある場合は、この問いへの回答も同様と考える。成年後見人が残余財産の帰属権利者の場合であっても、裁判所に特別の事情による信託の変更、終了の申立てをすることができる要件を満たす場合は、信託の変更、信託の終了は共に可能と考える。実務上は受益者(受益者代理人)の承諾を得ることになる。

 成年後見人が残余財産の帰属権利者となるのは、信託行為の効力発生時であり、そのとき、成年後見人は誰がなるのか不明である。家庭裁判所は、必ずしも申立人が推薦する候補者を成年後見人に選任するとは限らない。成年後見人になるのは推定相続人の意思だけでは決めることが出来ない。裁判所に特別の事情による信託終了の申立てをすることができる要件を準用する場合には、ある程度の範囲に限定されるが、客観的な要件も満たすことから可能と考えられる。

 委託者の成年後見人は、信託の残余財産の帰属権利者を定めることができるだろうか。成年後見人が信託の残余財産の帰属権利者を定めることは、不可能だと考えられる。なぜなら残余財産の帰属権利者が定められている場合は、それが委託者の意思であり、定められていないときは信託法により残余財産の帰属権利者が法定されているからである(信託法182条)。

 委託者の成年後見人は、信託の受益者の変更、受益権の割合の変更が可能だろうか。当初から変更について明確な基準があれば可能と考える(例:孫が20歳になったら、受益者に加える。子が住宅を購入したら受益権の割合を減らすなど)。

明確な基準がない場合、信託の変更と同じように裁判所へ特別の事情により信託の変更を命ずる申立ての要件を準用することが考えられる(信託法150条)。

委託者の推定相続人(成年後見人以外)が信託契約における残余財産の帰属権利者の場合、信託法150条と同様の要件が必要になると考える。

 委託者の成年後見人は、自身を指図権者とすることは不可能と考えられる。信託行為において委託者が指図権者と定められている場合、委託者は自身の財産に関する権限を一定程度留保したものとして、自身の意思が信託に反映されることを考えて信託を設定したと推定される。委託者ではない成年後見人が行使することは信託行為にその定めがある場合を除いて不可能と考える。成年後見人が委託者の推定相続人で、信託契約における残余財産の帰属権利者の場合には、信託法149条と同様の要件が必要になると考える。

 受託者は、委託者の成年後見人と信託報酬について協議することは可能か。

 信託法54条では、委託者は原則として受託者の信託報酬には関わらない。信託行為に委託者又はその成年後見人との協議を要する旨の定めがない限り、受益者又は受益者代理人と協議することで足りる。受託者と成年後見人は、「信託報酬は協議して定める」と信託契約を変更することは可能だろうか。信託法149条と同様の要件が必要になると考える。

上記で考えた事例のうち、後見監督人が就任している場合に結論は変わりうるか。後見監督人の職務に制限はあるか。後見監督人が就任している場合、原則として結論は変わらない。しかし、後見監督人の職務は個々の見解に左右されるこがある。良く言えば画一的ではなく、事案によって方針が変わることもあり得るから、結論は変わり得ると考えておく方が信託行為の設計は安定する。

民事信託・家族信託が設定されていたからといって、後見監督人の職務が変わるということは基本的にはない。なお、後見監督人に信託行為の契約書などを閲覧する権利があるとした場合、信託設定時に委託者の能力などに疑いがある場合などは信託設定について調査を行うことが考えられる。

2―2―d   委託者の任意後見人

 委託者の任意後見人の場合、成年後見人(法定後見人)のときと結論は変わるか。任意後見監督人の職務に制限はあるか。任意後見契約締結時の代理権目録に記載がない場合、職務を行うことは難しいと考える。裁判所への申立てができる事項に関しては、その要件を準用して任意後見監督人の同意を求めていくことになる。本人のためになるということを、成年後見人の場合よりも明確に示すことが出来なければ、任意後見監督人の同意を得ることは難しいと考えます(任意後見契約に関する法律7条)。平成19年9月1日以降に締結された任意後見契約については、2-2-aで述べたのと同様と考える。

2―3        受益者
2―3―a   受益者と成年後見人

受益者と成年後見人について考える。委託者の場合との違いとして、受益者は受益権を持っている点を1つ挙げる。受益者代理人が就任している場合の成年後見人の権限は、制限されるか。管理する財産が分かれているので原則として制限されない。受益者の成年後見人は、追加信託をすることが可能か。成年後見人の身上監護の事務に支障がない限り、追加信託をすることが可能であり、必要とされると考える。

 受益者の成年後見人は、後任の受託者を指定することができるか。受益者の成年後見人は、後任の受託者を指定することは出来ないと考えられる。成年後見人の事務には財産管理もあるが、信託財産は別扱いとされており受益者の財産ではない。受益者の成年後見人は、身上監護の事務に支障が出るような場合であれば、利害関係人として裁判所に対して新受託者選任の申立てをすることが可能である(信託法62条)。受益者代理人は、後任の受託者を指定することが可能か。受益者代理人は、自らが代理する受益者のために、受益者の権利に関する一切の行為をする権限を持つ。よって受託者を指定することも可能である。

 受益者の成年後見人は受益権の譲渡が可能か。受益者の成年後見人が受益権の譲渡を行うことは、不可能だと考える。受益権は成年後見人が管理する財産ではない。成年後見人が身上監護の事務をするために不動産の受益権を譲渡する必要がある場合、受託者とともに信託の変更及び受益者代理人を選任し、受益者代理人が受益権の譲渡を行うことが適切と考える。受益者代理人は受益権の譲渡を行うことが出来る(信託法139条)。

 受益者の成年後見人は、受益者代理人へ就任することが可能か。成年後見人と受益者代理人は、扱う財産が違うのであるから可能と考える。適切な者が見つからない場合など、受益者代理人を成年後見人候補者として申立てをせざるをえないケースもある。家庭裁判所が適任者を就けることが可能であれば、第3者が成年後見人に選任されると受益者代理人の負担も重くならない。その際は、後見申立書において事情を記載する必要がある。

 受益者の成年後見人は、信託の情報開示請求がどこまで可能か。信託行為の受益権の内容に関して、受託者に意見を言うことが可能か。

 受益者の成年後見人は、信託に関して情報開示請求が可能でしょうか。請求することは可能であると考えます。

ただし、貸借対照表、損益計算書などの書類又は電磁的記録に限られます。通帳の写しを信託帳簿、財産状況開示資料としていない限り、開示請求することはできません(信託法38条6項)。

信託関係者、主に受託者が開示請求に応じる義務はあるのでしょうか。家庭裁判所で要求されている報告に必要な限りの義務があるのか、別扱いの財産なので義務はないのか、今のところ私には分かりません。

受託者の信託財産の処分行為に関して、受益者の成年後見人は同意権者となることが可能か。「信託行為に受益者の同意が必要である。受益者に成年後見人が就任している場合は、成年後見人が同意権者となる」、というような定めがない限り、受益者の成年後見人が同意権者となることは不可能である。また、定めがある場合でも、受益者代理人が就任しているときは、受益者代理人が受益者を代理し、受益者の成年後見人が同意権者となることは不可能だと考える。

受益者の成年後見人は、受託者と合意して信託の変更、信託の終了を行うことが出来るか、についても同様の結論となる。

後見監督人が就任している場合、結論は変わり得るだろうか。後見監督人の職務に制限はあるか。委託者の後見監督人と同様の結論になると考える。

2―3―b   受益者の任意後見人

受益者の任意後見人は、受益者代理人に就任することが可能だろうか。任意後見人は任意後見契約により、受益者代理人は信託行為により、扱う財産が異なることから可能と考える。任意後見人の場合、原則として任意後見契約に記載のある事項のみの代理権に限られます。よって、任意後見契約又は信託行為にその旨の記載があれば、受託者の指定も可能、受益権の譲渡が可能、受益者代理人と同順位で受益権の譲渡が可能になると考える。

任意後見監督人の職務に制限はあるか。委託者の任意後見監督人と同様の結論になると考える。


[1] 信託法134条、141条

[2] 信託法135条、142条

[3] 小林昭彦ほか『新しい成年後見制度の解説』2017きんざいP242~

受益権

民事信託契約書のうち、受益権を取り上げる。

1     受益権
1―1            条項例

信託給付の内容[1]

第○条(受益権)

 受託者は、信託財産の管理運用を行い、信託不動産から生ずる賃料その他の収益及び金融資産をもって、公租公課、保険料、修繕積立金その他の必要経費を支払い又は積み立て、その上で、受益者の意見を聴き、各受益者へ交付する月額の上限を半年ごとに定め、かかる上限の範囲内で受託者が相当と認める額の金銭を受益者へ交付する。

チェック方式

第○条(受益権)

  • 次のものは、元本とする。
    • 信託不動産。
    • 信託金銭。
    • 遺留分推定額。
    • 【修繕積立金、運転資金留保金・敷金・保証金等返還準備金の当初積立額及び繰入額・信託不動産の換価代金・信託不動産に係る保険金その他信託不動産の実質的価値代替物・信託財産責任負担債務の支払留保金】。
    • 上記各号に準ずる資産及び債務。
    • 次のものは、収益とする。
      • 信託元本から発生した利益。
      • □【賃料・             】
    • 元本又は収益のいずれか不明なものは,受託者がこれを判断する。
    • 受益者は、信託財産から経済的利益を受けることができる。
    • 【受益者氏名】は、【医療、入院、介護その他の福祉サービス利用に必要な費用の給付・生活費の給付・教育資金・信託不動産への居住[2]      】を受けることができる。
    • 受益者は、□【受託者・信託監督人】の書面による同意を得て、受益権の全部または一部を□【譲渡・質入れ・担保設定・その他の処分】することができる[3]。ただし、信託財産または受益権に金融機関による担保権が設定されているときは、あらかじめ当該金融機関の承認を受ける[4]
    • 受益者は□【法律で定められた扶養親族以外の親族へ譲渡する場合・遺留分請求があった場合】、受託者に通知のうえ受益権(受益債権は金銭給付を目的とするものに限る。)を分割、併合および消滅させることができる[5]
    • 受益権は、受益権の額1円につき1個とする[6]
    • 【                  】
1―2            解説

 1項、2項では受益権の元本及び収益を記載する[7]。元本と収益を分けるのは、会計を可能な限り明確にするためであり、本稿では複層化信託を想定していない。4項、5項では受益者が、主に信託金銭をどのような目的で利用する権利を持っているのかを記載する。

 6項は受益権の譲渡に関する規定である。受益権に対する質入れ、担保設定は金融機関以外を想定していない。譲渡は親族への贈与・売買または第3者への売買を想定している。受益権は、原則として譲渡することができる(信託法93条)。例外は、(1)受益権の性質が譲渡を許さないとき(2)信託行為に譲渡制限の定めがあるときである。(1)の例として、特別障害者扶養信託がある[8]。受益者が特定されており、これを譲渡することは出来ない。(2)の例として、「受益権を譲渡することはできない。」などの定めが信託契約書に記載されているときがある。なお、定めがあるのに譲渡した場合、譲受人をどこまで保護するかに関して、下に改正民法を示す。

【改正後】

(受益権の譲渡性)

第九十三条   受益者は、その有する受益権を譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。

2 前項の規定にかかわらず、受益権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の信託行為の定め(以下この項において「譲渡制限の定め」という。)は、その譲渡制限の定めがされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる。

2項は1項全体の例外規定となっている。受益権の譲渡を第三者へ対抗するには、(1)受益者が受託者に通知書を送る又は渡す(2)受益者が受託者の承諾書を得る(1)、(2)のいずれかを文書にし、公証人が付与する確定日付が必要となる。方法例として、通知書を送る場合、通知書を内容証明郵便にして送る。承諾書を得る場合、受託者の署名押印がある承諾書に確定日付を得る。

登記との関係では、受益権が譲渡されると受益者が変更となる。信託目録に受益者の住所と氏名が登記されている場合、変更登記が必要である(不動産登記法97条、103条)。

株式会社の株式譲渡と比較すると、「当会社の株式を譲渡により取得するには、当会社の承認を受けなければならない[9]」という譲渡制限の定めがある場合に承認を受けないで譲渡した場合の効果はどうなるのか。譲渡そのものは有効であるが、会社が承認するかは会社の自由であり、承認する場合は譲受人を株主として扱い株主名簿の書き換えを行わなければならない。譲渡を承認しない場合は、今まで通り譲渡人を株主として扱うか、会社が株式を買い取る(会社法140条)ことになる。譲受人が譲渡制限を過失なく知らなかった場合でも保護されないという面では、会社法の方が譲受人にとっては厳しい処置を採って、その分株式の買取りで対応するという規律である。

7項は、受益権の譲渡に関して具体的な場面を想定する。法律で定められた扶養親族以外の親族へ譲渡する場合とは、民法[10]又はその他の法律[11][12]で定められた扶養親族以外の親族への生活費・教育費である。遺留分請求があった場合とは、遺留分の請求を受けた者[13]が一括で支払うことを選択せずに分割で支払うことを想定する。遺留分請求については、対象となる者およびその効果について解釈が分かれているが、本稿では不当な請求でない限り、支払うことを前提とする。また受益権のうち金銭給付のみを取り出して譲渡することができるのかは出来ないという解釈もあり得るが、受益権を信託設定当初から何個かに分けていれば妨げられないと考える。

8項は、受益権の数についての定めである。受益権の数は定めない限り1個である。従って受益権の割合を定めた場合は共有となる。受益者間の公平及び計算の容易さから受益権の額1円につき1個とする。


[1] 堀鉄平ほか『相続対策イノベーション!家族信託に強い弁護士になる本』2017日本法令P184

[2] 受託者と一般の賃貸借契約を締結する場合は、収益とする。

[3] 信託法94条2項。改正民法467条、

[4] 不動産所有権について、伊藤眞ほか『不動産担保 下』2010金融財政事情研究会P131~。改正民法466条から468条まで。

[5] 信託法96条から98条まで。債権・動産担保について、伊藤眞ほか『債権・動産担保』2020金融財政事情研究会P78~85。株式会社の株式について会社法180条から182条の6まで。183条、184条。信託法99条。

[6] 村松秀樹他『概説新信託法』2008金融財政事情研究会P255。道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P351。

[7] 国土交通省「地方における不動産証券化市場活性化事業」サンプル契約書

[8] 新井誠監修『コンメンタール信託法』P300

[9] 法務省HP 2017年6月22日閲覧

[10] 民法第4編第7章877条から881条まで。

[11] 国税庁タックスアンサーNo.1180「所得税法上の扶養親族」、国税庁資産課税課情報第26号「扶養義務者(父母や祖父母)から「生活費」又は「教育費」の贈与を受けた場合の贈与税に関するQ&A」について(情報)(平成25年12月)

[12] 健康保険法第3条第7項及び関連通達

[13] 遺留分減殺請求の対象者と効果については、道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P473~P480

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