信託の変更、信託の期間、公租公課の精算、計算期間、契約に定めのない事項の処理

民事信託契約書のうち、信託の変更、信託の期間、公租公課の精算、計算期間、契約に定めのない事項の処理を取り上げる。

1     信託の変更
1―1            条項例

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(信託の変更)

第○条

□1本信託の変更は、次の各号に掲げる方法による。ただし、信託財産が金融機関に担保提供されている場合、受託者はあらかじめ当該金融機関の承認を受ける。

□(1)信託目的の範囲内において、受託者と受益者による合意[1]

□(2)その他信託法が定める場合。

□2受益者が受益権を分割、併合および消滅させたときは、信託の変更とする[2]

□3【                       】

1―2            解説

1項但し書きは、担保権者が不測の損害を受けないことを目的とする。2項は信託の変更に関するみなし規定である。

2     信託の期間、公租公課の精算、計算期間、契約に定めのない事項の処理
2―1            条項例

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(信託の期間)

 第○条

□1 本信託の期間は、契約日から本信託が終了した日までとする[3]

□【                       】

(公租公課の精算)

第○条 本信託の税金や保険料などは、本信託設定の前日までは委託者、以後は信託財産から支払う。

(計算期間)

第○条 

1 本信託の計算期間は、毎年1月1日から12月31日までとする[4]

2 最初の計算期間は契約の日から12月31日までとし、最後の計算期間は1月1日から本信託の終了した日までとする【受益者が法人の場合は事業年度】。

(契約に定めのない事項の処理)

第○条 

□1 本信託の条項に定めのない事項は、信託法その他の法令に従い、受益者及び受託者の協議により処理する。

□2 受益者及び受託者のみでは協議が整わない場合で、意見の調整を図り信託の存続を希望するときは、○○県弁護士会の裁判外紛争解決手続を利用する。

□【                        】

2―2            解説

信託の期間は、他に【氏名】の死亡などを定めることが出来る。

公租公課の精算条項では、いつから、誰が、どこから負担するのかを明確にする。計算期間は受益者が個人の場合、税務上の申告・届出が必要なときがあるという理由から、1月1日から12月31日を原則としている。

契約に定めのない事項の処理は、協議、裁判外紛争解決手続きの順で解決を図り、それでも困難な場合は信託を終了して訴訟などの裁判手続きを行うことを想定する。


[1] 信託法149条1項1号。

[2] 信託法149条4項。

[3] 信託業法26条1項5項。

[4] 国税庁タックスアンサーNo.2020、所得税法227条、所得税法施行規則96条1項2号、3号。租税特別措置法8条の5第1項2号から4号まで、41条の4の2第3項。租税特別措置法施行令26条の6の2第6項、39条の31第17項。租税特別措置法施行規則18条の24第1項。

受益者代理人などの権利

民事信託契約書のうち、受益者代理人などが行使する権利を取り上げる。

1     受益者代理人などが行使する権利
1―1            条項例

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第○条(受益者代理人などが行使する権利)

□1受益者代理人が就任している場合、受益者代理人は受益者のためにその権利を代理行使する[1]

□2受益者に民法上の成年後見人、保佐人、補助人または任意後見契約に関する法律上の任意後見人が就任している場合、その者は受益者の権利のうち次の代理権および同意権を有しない[2][3]。ただし、任意後見人、保佐人および補助人[4]においては、その代理権目録、代理行為目録および同意行為目録に記載がある場合を除く[5]

□(1)受託者の辞任申し出に対する同意権[6]

□(2)受託者の任務終了に関する合意権[7]

□(3)後任受託者の指定権。

□(4)受益権の譲渡、質入れ、担保設定その他の処分を行う場合に、受託者に同意を求める権利。

□(5)受益権の分割、併合および消滅を行う場合の受託者への通知権。

□(6)受託者が、信託目的の達成のために必要な金銭の借入れを行う場合の承諾権[8]

□(7)受託者が、信託不動産に(根)抵当権、その他の担保権、用益権を(追加)設定する際の承諾権[9]

□(8)受託者が、本信託契約に記載のない特別の支出が見込まれる場合に、本信託の目的に従い費用を支出するときの承諾権[10]

□(9)受託者が、各受益者と信託事務処理費用を受益者の負担とする場合の合意権[11]

□(10)本信託の終了に関する合意権。

□(11)残余財産の受益者が行う、清算受託者の最終計算に対する承諾権[12]

□(12)本信託の変更に関する合意権[13]

□(13)本信託契約書の閲覧請求権。

1―2            解説

2項では、信託法上の受益者代理人、民法上の後見人等及び任意後見契約に関する法律上の任意後見人の間の権利関係を調整する。受託者の信託事務処理を円滑にするのが目的である。3号に関しては、信託法62条2項の新受託者への就任催告を行うことは出来ると考えられる(信託法92条1項16号)。10号に関して、信託法166条の利害関係人には、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人も含まれると考えられる[14]


[1] 信託法139条。

[2] 同意権のある補助人および保佐人は、同意権者となる。後見人等および任意後見人は、受益者の意思決定について支援(協働)することは可能。受益者の固有財産の増減という理由のみで支援・(不)同意を行うならば、信託制度との融合は難しくなるのではないかと考える。

[3]受益者代理人と任意後見人(職務分掌を含む。)または補助人は、同一人の方が望ましいと考える。その理由として管理する財産が重複する可能性が高いこと、受益者代理人に身上監護を行う権限があれば、信託財産の管理に加えてフルサポートが可能なことが挙げられる。また間接的に任意後見監督人、補助監督人及び家庭裁判所の関与がある。そのような受益者代理人兼任意後見人(補助人)ならば、指図権を与えても受託者の裁量権が充分に発揮できないという事態は少なくなるのではないかと考える。

[4] 補助制度は、利用方法によっては任意後見とほぼ同じ役割を果たす。参考として、新井誠ほか編『民事信託の理論と実務』2016日本加除出版P81~。

[5] 任意後見契約に関する法律第2条1項1号。成年後見制度の利用の促進に関する法律11条1項5号。民法13条、17条。平成28年12月20日第6回成年後見制度利用促進委員会議事次第P7に「成年後見人等は、本人の自己決定権の尊重を図りつつ、身上に配慮した後見事務を行うことが求められており、後見人が本人に代理して法律行為をする場合にも、本人の意思決定支援の観点から、できる限り本人の意思を尊重し、法律行為の内容にそれを反映させることが求められる。」 との記載があり、委託者兼受益者には当てはまるが、その他の受益者においては個々の調整を要する。 成年後見制度利用促進基本計画2017年、3成年後見制度の利用の促進に向けて総合的かつ計画的に講ずべき施策(4)制度の利用促進に向けて取り組むべきその他の事項①任意後見等の利用促進。遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P143~では、「原則、成年後見人は信託上の受益者や委託者の権限(指図同意権を含む)の代理行使はできない。例外として信託法が具体的な定めを置いている受益者等の監督権と、信託受益権の保存管理のための代理権である。」としている。

[6] 信託法57条1項但し書。委託者および受託者が本信託のために定めた条項であり、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人の権限は及ばないと考えられる。後見制度支援信託の対象財産を広げていくことにより後見人などの事務負担を減少させることが可能ではないかと考える。

[7] 信託法56条1項7号。

[8] 受託者の行う借入れに対して差し止め請求することは可能(信託法44条、92条1項11号)。

[9] 受託者の行う担保設定に対して差し止め請求することは可能(信託法44条、92条1項11号)。

[10] 後見人等は本人財産の管理をその職務の一部とし、受益者代理人と利害が対立する可能性があり承諾にはなじまないと考える。

[11] 信託法48条5項。各受益者の固有財産の状況は異なり、受益者の固有財産を減少させるような合意は、後見人等にとって難しいと考える。

[12] (清算中の)信託財産の現状報告請求、書類の閲覧請求は可能(信託法92条1項7号、8号)。しかし、清算受託者の最終計算を承認するか否かの妥当な判断は、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人には負担が大きいのではないかと考え本稿では除外した。

[13] 信託法150条の裁判の申立は可能と考える。遠藤英嗣『家族信託契約』P32では、後見人等が受益者に代理し得る監視監督や信託給付等の権利の「等」の解釈により、合意は可能とされている。しかし、後見人等が委託者と受託者が契約により設定した信託契約の変更の合意を行うのは妥当ではないと考え、本稿では除外した。

[14]道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P740

信託終了後の残余財産

民事信託契約書のうち、信託終了後の残余財産を取り上げる。

1     信託終了後の残余財産
1―1            条項例

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(信託終了後の残余財産)

第○条 

□1本信託の終了に伴う□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】は、本信託の清算結了時の□【受益者・受益者の相続人・氏名・    】とする[1]

□2清算結了時に信託財産責任負担債務が存する場合で金融機関が求めるときは、合意により□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】は、当該債務を引き受ける[2]

1―2            解説

1項では、信託終了後の残余財産の帰属権利者等を特定する。2項では金融機関が債権者である信託財産責任負担債務の信託終了後における取扱いを定める。


[1] 信託法182条、183条。

[2] 信託法181条。清算受託者が帰属権利者等である場合、当該事務は不要。

信託の終了

民事信託契約書のうち、信託の終了を取り上げる。

1     信託の終了
1―1            条項例

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(信託の終了)

1 本信託は、次の各号のいずれかの事由が生じた場合に終了する。

□(1)信託の目的に従って受益者と受託者の合意があったとき[1]

□(2)信託財産責任負担債務につき、期限の利益を喪失したとき。

□(3)受益者と受託者が、○○県弁護士会の裁判外紛争解決機関を利用したにも関わらず、和解不成立となったとき。ただし、当事者に法定代理人、保佐人、補助人または任意後見人がある場合で、その者が話し合いのあっせんに応じなかった場合を除く[2]

□(4)受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続したとき。

□(5)受託者が欠けた場合であって、新受託者が就任しない状態が1年間継続したとき。

□(6)信託財産が無くなったとき。

□(7)その他信託法で定める事由が生じたとき。

□【(氏名)の死亡・                 】

□2 本信託において、信託法164条1項は適用しない[3]

1―2            解説

1項は、信託が終了し清算手続きに入る要件を規定する[4]。1号は信託法164条3項の定めであるが、信託法163条1項1号前段を準用し、受益者と受託者の合意によって終了を明確にする。2号は改正民法541条、542条を参考にしている。信託の終了に関するリスクとして、(1)信託法、信託行為の定めにない方法による終了、(2)終了により、信託財産を引き渡すことができない、(3)信託債権者が貸金を誰に請求すれば良いか分からない、(4)信託債権者からの信託財産差押え、(5)受益者(受益債権者)からの信託財産差押え、(6)残余財産の受益者、残余財産の帰属権利者からの信託財産の引き渡し請求(7)受益者の相続人からの遺留分請求(8)清算受託者が決まらない、決まっても仕事をしない。亡くなった後、後任を決める定めがない、などを挙げる。

信託財産責任負担債務について期限の利益を喪失した場合、信託債権者が債権回収のために採り得主な方法は次のとおりとなる。

  前提 債権の性質 信託財産責任負担債務(信託財産責任限定負担債務を除く。)に係る債権  
債権者の属性 信託債権者(担保有を含む)  
 
対象となる財産と回収方法 信託不動産 受託者による任意の支払(信託不動産の売却により信託金銭で支払う場合を含む) (担保)不動産競売の申立て 信託財産破産手続開始の申立て  
受託者の固有財産に属する不動産 受託者による任意の支払(不動産の売却により金銭で支払う場合を含む) (担保)不動産競売の申立て 破産手続開始の申立て  
信託金銭 相殺 信託口座に対する預貯金債権差押えの申立て 信託財産破産手続開始の申立て  
受託者の固有財産に属する金銭 相殺 受託者個人に対する預貯金債権差押えの申立て 破産手続開始の申立て  

また、受益権に質権を設定している場合には、債権回収の手段として取り得る方法がある。

2項は、信託法164条の但し書を利用している。委託者兼受益者の場合に1人でいつでも信託の終了をなし得ることから、信託の安定を図るための定めである。


[1] 信託法164条3項。

[2] 信託法163条1項9号、166条、信託業法85条の7。

[3] 信託法164条1項但し書。

[4] 信託の併合及び信託財産の破産手続を除く(信託法175条)。

信託事務処理に必要な費用

民事信託契約書のうち、信託事務処理に必要な費用を取り上げる。

1     信託事務処理に必要な費用
1―1            条項例

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(信託事務処理に必要な費用)

第○条 信託事務処理に必要な費用は次のとおりとし、受益者の負担により信託金銭から支払う。信託金銭で不足する場合には、その都度、またはあらかじめ受益者に請求することができる[1]

□(1)公租公課[2]

□(2)信託監督人、受益代理人およびその他の財産管理者に対する報酬・手数料。

□(3)受託者の交通費。

□(4)受益者と□【親族・友人】の旅行費。

□(5)受益者とその親族友人の葬儀、法要および墓参にかかる費用[3]

□(6)受託者が信託事務を処理するに当たり、過失なくして受けた損害の賠償[4]

□(7)その他の信託事務処理に必要な諸費用。

□(8)【                       】

□2受託者は、信託事務の処理に必要な費用に関して算定根拠を明らかにして受益者に通知することなく、事前に信託金銭の中から支払い、または事後に信託金銭から償還を受けることができる[5]

1―2            解説

信託事務処理に必要な費用の条項は、信託財産の管理方法と重複する部分があり必要がないのではないか、1つにまとめても良いのではないかと考えることもできる。本稿では、(1)信託事務処理に必要な費用が信託の終了事由にもなり得ること(信託法52条、54条など)、(2)受託者変更の際の事務引継ぎを円滑に進めるため、(3)受益者が変更となった場合の費用に関する合意を行うための明確な基準作りのため、の3つの理由から条項を設ける。

1項各号には、受益者にとって、公租公課など信託財産から支払うべき義務的な費用と旅行費など権利的な費用に分けることができる。

2項は、信託法48条3項の但し書を利用している。受託者は、受益者に対して算定根拠を通知することは不要だが、前払・事後償還を受ける額を通知する必要がある。

2     備考 信託目録におけるその他の信託の条項欄の利用方法について

不動産信託登記における信託目録には、その他の信託の条項という欄がある(不動産登記法97条1項11号)。この欄の利用方法について1つの方法を考える。受託者が法人である場合(個人の場合はその親族)、法人の構成員全員の住所氏名と、不動産を売却するには全員の署名および実印がある承諾書(3か月以内の印鑑証明書添付)が必要なことを信託目録に記録する。このような記録を信託目録にしておくと、要件が揃わなければ信託不動産を売買により所有権移転及び信託の抹消の登記申請することは出来ない。法人が受託者の場合の代表者または個人が受託者の場合でも、勝手に信託不動産を売却されてしまう可能性があり、実際に信託で何か出来ないか相談を受ける。受託者に訴訟等を提起することになるが、親族内での紛争を予防するという目的で、このような利用方法もあると考える。信託監督人の承諾を要する、受益者の同意を要するなどと定めることも考えられる(原則として信託財産の管理方法に記録される)が、その場合でも印鑑証明書の添付や、信託監督人の住所氏名などを記録することは検討することが出来ると考える。


[1] 信託法48条。

[2] 信託法21条1項9号。

[3]法務省法制審議会民法(相続関係)部会「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案(案)」では、葬儀費用その他の必要生計費の仮払い制度等の創設が記載されている。

[4] 信託法53条1項1号。

[5] 信託法48条2項、3項但し書き。

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