(『民事信託の理論と実務』2016 日本加徐出版 P286~)
1、
(1)個人事業の場合、事業と家計が法的に明確に区分されないことから、事業主が死亡して事業に関与しない相続人が登場すると、事業を承継する相続人が事業資産にかかる他の相続人の法定相続分を買い取ったり、最悪の場合事業資産の分割を請求されて事業継続が困難となったりする問題がある。
(2)オーナー会社においては、オーナーが会社に対して株式を保有するだけでなく、自己の不動産を会社に無償で使用させていたり、その他の重要な事業資産を提供していたりする場合、オーナーの死亡によって株式だけでなく重要な事業資産が散逸してしまい、事業継続が困難となるリスクがある。
2、個人事業主が事業にかかる資産・負債を一体として信託する事業信託を自己信託として設定し、事業承継者とともに事業からの収益の分配を受ける受益者となった上で、当面は受託者として事業の運営にあたり、事業主が死亡後は承継者が受託者として事業運営にあたる。
3、他の相続人は事業主の受益権を相続するだけで、事業資産に対して直接の権利行使ができなくなる。
自己信託設定公正証書(1)の場合
(信託の目的)
第○条 本信託は、次の事項を目的として、第○条記載の信託財産を受託者が管理、運用する。
(1)事業と家計を分けることにより、事業の継続を図ること
(信託財産)
第○条
1 本信託設定日の信託財産は、次の第1号から第2号までとする。設定後に第3号から第4号によって発生した財産も信託財産とする。
(1) 別紙2記載の甲が経営する屋号「○○屋」の事業遂行のために所有又は保有する有形資産及び無形資産(以下、「信託事業」という。)
(2) 金銭○○万円(以下、「信託金銭」という。)
(3) 受益者から追加信託を受けた財産
(4) その他の信託財産より生じる全ての利益
(信託設定者)
第〇条 自己信託を設定する者は、次の者とする。
住所
氏名 甲 生年月日
(後任受託者)
第○条 受託者の任務が終了した場合の後任受託者は、次の者とする。
住所
氏名 後継者候補○○ 生年月日
(信託財産責任負担債務)
第○条 受託者は、別紙2記載の債務を信託財産責任負担債務として引き受ける。
(信託事業の管理方法)
第○条 受託者は、信託事業について次の信託事務を行う。
(1)信託事業における財産と自己の財産を分別して管理
(2)信託事業の運営
(3)会計・税務に関する事務(方法は、本信託設定前と同様のものとする)
(4)第3者への委託
(5)その他信託目的を達成するために必要な事務
(信託金銭の管理方法)
第○条 受託者は、信託金銭について次の信託事務を行う。
(1)信託に必要な表示または記録等
(2)受託者個人の財産と分けて、性質を変えずに管理
(3)信託金銭から受益者への信託財産責任負担債務の返済
(4)その他信託目的を達成するために必要な事務
(計算期間)
第○条 この信託の計算期間は、毎年1月1日から12月31日までとする。
最初の計算期間は信託の設定日から始まり、最後の計算期間は信託の終了日ま
でとする。
(公租公課の精算)
第○条 本信託の税金や保険料などは、信託設定日の前は甲、信託設定日以後は、信託財産から支払う。
(信託財産に関する報告)
第○条 受託者は、計算期間に行った計算を会計帳簿、税務申告書を受益者へ提示する方法により受益者へ報告する。
(受益者)
第〇条
1 本信託設定時の受益者は、次の者とする。
(1)住所
氏名 甲
(2)住所
氏名 後継者候補○○
2 甲が死亡した場合、甲の相続人は法定相続分の割合で信託法第91条によって受益権を取得する。
3 次の順位の者が既に亡くなっていた場合には、さらに次の順位の者が、 受益権を取得する。
4 受益権を取得した者が受益権を放棄した場合には、さらに次の順位の者が、受益権を取得する。
(受益権)
第○条
1 次のものは、元本とする。
(1)信託事業
(2)信託金銭
2 次のものは、収益とする。
(1)信託事業から発生した利益
3 元本又は収益のいずれか不分明なものは、受託者が判断する。
4 受益者(2)の受益権の割合は、受益者(1)扶養義務の範囲を超えない。
5 受益者は信託財産から生じた利益を受けることができる。
6 受益者は、受益権を譲渡、質入れ、分割及び担保設定その他の処分をすることができない。
(委託者の地位)
第○条 委託者は、追加信託をする権利義務のみを受益者に移転し、その他の信託行為に記載のある権利は、亡くなったときに委託者の地位と伴に消滅する。
(信託の変更)
第○条 本信託の変更は、受託者と受益者の合意による。
(信託の期間)
第○条 本信託の期間は、設定日から終了した日までとする。
(信託の終了)
第○条 本信託は、次の事由により終了する。
(1)信託事業の廃止
(2)受託者と受益者が合意したとき
(清算受託者)
第○条 この信託が終了したときの受託者は、清算受託者として次の清算事務を行う。
(1)事業の廃止の場合は、信託財産に属する債権の回収及び信託債権にかかる債務の返済
(2)残余財産の給付
(残余財産の引渡し方法)
第○条 清算受託者が、残余財産の帰属権利者に、信託財産の全てをその債権関係とともに引き渡し、最終計算の承認を得たときに、清算手続は終了する。
(残余財産の帰属権利者)
第○条 本信託における残余財産の帰属権利者は、信託終了時の受益者とする。
(契約に定めのない事項)
第○条 本信託に定めのない事項は、受託者と受益者が協議の上決定する。
別紙1
信託財産目録
1 資産
資産については、本信託設定日における○○屋の貸借対照表を基準とする。
(1)(流動資産)
事業に係る現金・預貯金、売掛金、棚卸資産、立替金、前払費用、未収入金及びその他流動資産
(2)(固定資産)
事業に係る土地、建物、建物付属設備、構築物、機械措置、及び建設仮勘定、工具器具備品、車両運搬費、ソフトウェア、保証金、長期前払費用及びその他固定資産
2 承継する契約上の地位
事業に係る売買契約、継続的資材購入契約、不動産の賃貸借契約、リース契約、その他の契約における契約上の地位
3 その他
(1)事業に係る免許、許可、承認、登録、届出のうち、受託者の承継が法令上可能であるもの
(2)事業に属する知的財産権及びノウハウ並びにこれらの使用権及び実施権
以上
別紙2
信託財産責任負担債務
1 債務
債務については、本信託設定日における○○屋の貸借対照表を基準とする。
(1)甲が経営する屋号「○○屋」の事業に係る買掛金、未払金、未払費用、前受金、預り金及びその他の流動負債
(2)甲が経営する屋号「○○屋」の事業に係る長期未払金、預かり保証金及びその他の固定負債
以上