2023年2月10日
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/base_tousin.html
内容
はじめに …………………………………………………………
1 1.検討の背景 …………………………………………………… 2
2.期待される融資実務のあり方 …………………………………….. 6
3.事業成長担保権について ………………………………………… 8
- 事業成長担保権の設定に係る論点について ………………………… 8
- 担保目的財産 ……………………………………………….. 8
- 設定者(債務者) ……………………………………………. 9
- 担保権者(被担保債権、極度額) ………………………………. 10
- 対抗要件(優先関係) ……………………………………….. 13
- 経営者保証等の制限 …………………………………………. 15
- 実行前における事業成長担保権の効力に係る論点について …………… 16
- 設定者の権限(取引の相手方の保護) …………………………… 16
- 他の債権者による強制執行等との関係 …………………………… 17
- 事業成長担保権の実行手続に係る論点について ……………………. 19
- 実行手続の基本的な性格 ……………………………………… 19
- 実行手続における優先関係 ……………………………………. 23
- 倒産処理手続との関係 ……………………………………….. 25
- 労働者保護に係る論点について ………………………………… 29
- 4.その他の課題 ………………………………………………… 36
- おわりに …………………………………………39
i 「事業性に着目した融資実務を支える制のあり方等に関するワーキング・グループ」メンバー等名簿
2023 年2月 10 日現在
座長 神田 秀樹 学習院大学大学院法務研究科教授
委員 伊藤 麻美 日本電鍍工業㈱代表取締役
井上 聡 弁護士(長島・大野・常松法律事務所)
大澤加奈子 弁護士(梶谷綜合法律事務所)
大西正一郎 フロンティア・マネジメント㈱代表取締役
沖野 眞已 東京大学大学院法学政治学研究科教授
倉林 陽 DNX Ventures 日本代表
志甫 治宣 弁護士(三宅・今井・池田法律事務所)
菅野 百合 弁護士(西村あさひ法律事務所)
星 岳雄 東京大学大学院経済学研究科教授
堀内 秀晃 ㈱ゴードン・ブラザーズ・ジャパン代表取締役社長
水町勇一郎 東京大学社会科学研究所教授
村上 陽子 日本労働組合総連合会副事務局長
安井 暢高 ㈱メルカリ 政策企画マネージャー
(日本経済団体連合会 スタートアップ委員会
スタートアップ政策タスクフォース委員)
山内 清行 日本商工会議所産業政策第一部長
山本 和彦 一橋大学大学院法学研究科教授
オブザーバー 全国銀行協会 全国地方銀行協会 第二地方銀行協会
全国信用金庫協会 全国信用組合中央協会
株式会社商工組合中央金庫
株式会社日本政策
金融公庫
株式会社日本政策投資銀行
日本公認会計士協会
国際銀行協会 信託協会 内閣府
法務省 厚生労働省 経済産業省
特許庁 中小企業庁 日本銀行
最高裁判所
はじめに
2022 年9月 30 日の金融審議会総会において、金融担当大臣より、 「スタートアップや事業承継・再生企業等への円滑な資金供給を促す観点から、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度について検討を行うこと」 との諮問がなされたことを受け、金融審議会に「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」が設置された。
スタートアップや事業の成長・承継・再生等の局面にある事業者の場合には、不動産等の有形資産担保や経営者保証等がなければ、資金を調達することが難しい、といった課題が今もなお指摘されている。こうした事業者が資金調達に課題を抱えることは、日本の企業・経済の持続的成長を目指す上で大きな障害となる。
このような課題に対応すべく、本ワーキング・グループでは、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業者が事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度の早期実現に向けた議論を行った。
本報告は、本ワーキング・グループにおける審議の結果をまとめたものである。
1.検討の背景
(1)これまでの取組
事業者は、ヒト・モノ・カネ・情報といった有形・無形の資産を一体として活用することで、新たな価値を生み出している。特に近年は、不動産等の有形資産を持たない事業者が、技術力やブランド等の無形資産をその競争力の源泉として成長する事例が増えている[1]。金融機関には、有形資産だけでなく無形資産を含む事業全体に着目し、必要な資金を融資すること等を通じて、その価値創造を支えることが求められる。
現在では、長年続く金融緩和の影響もあり、相対的にリスクが低い事業者を中心に、資金調達状況には一定の改善が見られる。しかし、スタートアップや事業の成長・承継・再生等の局面にある事業者(以下「成長企業等」という。)の場合には、不動産等の有形資産担保や経営者保証等がなければ、資金を調達することが難しい、といった課題が今もなお指摘されている[2]。
成長企業等が資金調達に課題を抱えることは、日本の企業・経済の持続的成長を目指す上で大きな障害となる。こうした課題に対応するため、これまでも、エクイティからデットまで、メザニン等も含め、資金調達の選択肢が幅広く充実するよう、資本市場や金融機関に関わる法制度や検査・監督のあり方の見直しが進められてきた。
メザニン・・・日本政策投資銀行HPより。
https://www.dbj.jp/service/invest/mezzanine/?sc=1
メザニンファイナンスとは、従来金融機関が取り組んできたシニアローンと、普通株式によるエクイティファイナンスの中間的な金融手法です。
メザニンファイナンスには、劣後ローン/劣後債、優先株/種類株、ハイブリッドファイナンスなどの種類があり、いずれもシニアローンと比べて返済順位が低いためリスクが高い資金になりますが、投資リスクに見合った金利・配当水準が設定されることによって、経済合理性が確保されています。
お客さまには、既存株主の議決権希薄化の回避、柔軟な償還・EXIT方法の設定などのメリットがあります。また、資金計画や資本政策に応じて柔軟な設計が可能であることから、近年は財務基盤強化、事業買収、子会社・事業の切り出し、事業承継、非公開化といったケースにおいてもニーズが高まっています。
このうち、デットに関連する選択肢を充実させる観点からは、例えば、諸外国のリレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の融資実務を参考としつつ、成長企業等への融資実務のあり方が模索されてきた。近年では、金融庁も、2019 年の金融検査マニュアルの廃止や監督指針の改正[3]等を通じ、各金融機関が、その経営戦略や与信管理、人的投資等において多様な創意工夫を発揮し、事業者の多様なニーズ・資金調達に対応することが可能となるよう、環境整備に努めてきた。
本ワーキング・グループ(以下「本 WG」という。)で討議された事業全体に対する担保制度は、こうした成長企業等への不動産等の有形資産担保や経営者保証等に過度に依存しない融資実務の発展を後押しするための施策の一つに位置づけられる[4]。諸外国では、類似の制度が、リレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の融資実務において広く活用されており、その活用目的は、従来の日本の担保制度の捉え方(破産時の保全・回収)に止まらず、成長企業等への融資の基礎となる事業者・金融機関の緊密な関係構築や金融機関に事業の実態や将来性の的確な理解を動機付けるものとされている[5]。
日本でも、これまで、既存の担保制度の枠内で、諸外国の制度と類似する法的効果を得るため、将来債権への譲渡担保権や不動産や各種財団への抵当権等を組み合わせるという実務上の工夫がなされ、これを基礎として、事業性に着目した融資実務を発展させる動きも広がりを見せつつある。
もっとも、その中心は、現在では、一定の PPP、PFI 等のプロジェクトファイナンスや事業承継時等の LBOファイナンスとなっている。また、日本の既存の担保制度は、個々の財産の価値に着目するものであることから、LBO ファイナンス等においても、事業の継続及び成長のための支援に支障が生じうるなど、事業性に着目した融資実務を目指す上では、必ずしも最適な選択肢ではないという指摘があった[6]。
諸外国においては、事業全体に対する担保設定が可能な制度を活用して、プロジェクトファイナンスや LBO ファイナンスだけでなく、リレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の幅広い融資実務が発達していることを踏まえると、日本の金融機関における評価・審査実務だけでなく、担保制度にも、改善の余地があると考えられる。
(2)足下の情勢と金融機関への期待
こうした中、足下では、世界的に経済の先行きに対する不透明感が大きく高まるとともに、急速に構造的な環境変化が生じている7。こうした変化に的確に対応し、日本経済の力強い回復とその後の持続的な成長を支えるため、
- 経済の牽引役となるスタートアップ8等の成長企業の支援、
- 経営者の高齢化や経済社会構造等の変化に適応9し、生産性10を高めようとする事業者への経営改善・事業転換・事業承継支援、
- 原材料価格の高騰11等の影響を受けた事業者への適切かつ迅速な資金繰り支援、
- コロナ後の事業再生に取り組もうとする事業者への支援、等において、金融機関への期待は、より一層高まっている。
このような足下の期待に応えるためにも、リレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の不動産等の有形資産担保や経営者保証等に過度に依存しない事業性に着目した融資実務のさらなる発展が必要である。本WGでも日本のベンチャー・デットについて諸外国に比べて未成熟な状況にあることが指摘されたように、事業性に着目した融資実務は、今後、日本において、発展する余地が大きいと考えられる。
もっとも、こうした融資実務を発展させるためには、金融機関を適切に動機付けることが必要となる。各金融機関が、その経営戦略や与信管理、人的投資等において多様な創意工夫を発揮し、評価・審査実務などの研鑽を含め、事業者との緊密な関係構築や、事業の実態や将来性の的確な理解を進めていくことに経営資源を投入することが重要であるためである12。
既述のとおり、これまでも既存の制度の枠内で実務が発展してきたものの、諸外国と比べ、金融機関に対する動機付けとして、現行の担保制度は最適な選択肢であるとは言いがたい。そのため、事業全体に対する担保制度の創設により、金融機関を適切に動機付けることができる新たな選択肢を提供することが、事業性に着目した融資実務の発展を促し、成長企業等が最適な資金調達を行いやすい環境を整備する上でも、重要と考えられる。
- 金融庁「2022 事務年度金融行政方針~直面する課題を克服し、持続的な成長を支える金融システムの構築へ~(2022 年8月 31 日)」コラム1:現下の金融経済情勢
<https://www.fsa.go.jp/news/r4/20220831/220831_allpages.pdf>
- 日本の開業率(5.1%(※))は、米国・英国等(10%台)と比べて低い状況が続いている。
※厚生労働省「令和2年度雇用保険事業年報」
- 東京商工リサーチ「企業情報ファイル」(第2回事務局説明資料 p27)
- 日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2021」(第2回事務局説明資料 p29)
- The World Bank (2022). Monthly Prices. World Bank Commodity Price Data.
<https://www.worldbank.org/en/research/commodity-markets>
FAO(2022). FAO Food Price Index. World Food Situation. <https://www.fao.org/worldfoodsituation/foodpricesindex/en/>
(第2回事務局説明資料 p30)
- 更に進んだ考え方として、より大きな金融実務や競争環境に係る方向性として、事業者の実態や将来性を理解することのできない金融機関が生き延びていけない環境の整備を目指すべき、とする意見があった。
(3)本 WG の議論の位置づけ
現在、法務省の法制審議会担保法制部会にて、担保制度一般の見直しに向けた幅広い議論が進められており[7]、事業全体に対する担保制度もその論点の一つとされている。他方、上記のような足下の喫緊の課題に対応するため、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月7日閣議決定)において、事業全体に対する担保制度が、他の資金調達に係る施策とともに「関連法案を早期に国会に提出することを目指す」とされた。これを受け、同年9月 30 日の金融審議会総会において「スタートアップや事業承継・再生企業等への円滑な資金供給を促す観点から、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度について検討を行うこと」が諮問された。同年 11 月 28 日の第 13 回「新しい資本主義実現会議」において決定された「スタートアップ育成5カ年計画」においても、同様の内容が明記されている。
本WGでは、こうした情勢を踏まえ、事業全体に対する担保制度を早期に実現する観点から、現行制度とのバランスや整合性に留意し、かつ、これまでの法制審議会担保法制部会における議論の蓄積等を踏まえつつ、特に、事業性に着目した融資実務を動機付けるような担保制度の設計とその導入に伴い求められる金融実務について、集中的に議論を行った。
以下は、こうした議論の内容をまとめたものである。
なお、事業全体に対する担保制度の設計に当たって、労働者を含む関係者の適切な保護の必要性が認識されているところ、特に労働者保護のあり方が、第1回、第2回、第4回及び第6回において、大きく取り上げて議論された。
本 WG の議論を踏まえ、金融庁は、事業全体に対する担保制度を早期に実現するとともに、本制度を活用した新たな融資実務の発展に向けて、金融機関における人的資本投資や態勢整備に関する検討、信託契約の定め方を含む先行事例の共有など、関連する取組を進めるべきである。
本WGで議論された事業全体に対する担保制度その他関連施策等を通じて、成長企業等が、デット・エクイティを組み合わせ、自身にとって最適な資金調達を行いやすい環境が整備され、その事業の創出、継続及び成長が強く後押しされていくことが期待される。
2.期待される融資実務のあり方
(1)現在の融資実務
金融機関には、貸出先の事業の内容やリスクを理解して、貸出しの可否等を判断することが求められてきた。他方、事業者との緊密な関係構築や事業の実態や将来性の的確な理解が難しい場合においても一定の資金供給を可能とするため、不動産等の有形資産担保や経営者保証等による保全、融資額の小口化や取引先企業の増加によるリスク分散等によって、リスクを抑えて融資を実行することがある[8]。
こうした現在の融資実務は、現行の制度環境の中で融資を行おうとする努力によって形成されてきたものと考えられ、例えば、担保等の提供によるリスクの抑制によって借入可能金額が増える場合や金利が低下する場合等には、企業側にもメリットがあったと考えられる。
一方で、現在の融資実務には、
- 有形資産を持たない成長企業等への融資が難しい、
- 融資が実行された場合についても、
- 価値の安定した財産により保全されているため、事業の実態を把握して伴走支援に注力するような経済合理性が乏しく、特に業況の悪化局面において、これを早期に察知し、経営改善に向けた支援を行うことが難しい、
- 事業再生の局面において、平時からの金融機関の事業への理解不足やメインバンク不在の中で多数の貸し手の多様かつ複雑な利害関係を調整する高いコストのために事業者が金融機関から支援を受けることは難しく[9]、また、経営者個人としても、経営者保証によって経営者個人が負うリスク等の理由により、経営改革に着手することが難しい、といった課題が存在すると考えられる。
現在の融資実務では対応できない事業者のニーズに応え、上記の課題に対応できる選択肢を新たに広げていくための環境整備を図っていくことが必要である。
(2)新しい融資実務への期待
本WGでは、上記の課題に対応する事業性に着目した融資実務を発展させるための選択肢の1つとして、事業全体に対する担保権(事業成長担保権(仮称))について議論を行った。
事業成長担保権に期待されている機能は、より具体的には、その設定により、事業者と金融機関との関係を緊密なものとすること(加えて、金融機関において、一定程度の融資額の大口化や一定の取引先企業へのリソース投入等を通じて、事業者支援を行うことが合理的になること)である。
これにより、事業成長担保権を利用した新たな融資実務においては、
- 有形資産を持たない成長企業等でも、事業の成長可能性があれば、融資が可能となる、
- 融資後についても、
- 金融機関として絶えず変動する事業の実態を継続的に把握し、伴走支援に十分なリソースを投入することが経済合理的になり、特に業況の悪化局面において、これを早期に察知し、経営改善に向けた支援を行うことが可能となる、
- 事業再生局面においても、金融機関は、継続的な実態把握を通じた事業への深い理解に基づき事業者を支援し、複数の貸し手が存在する場合にもその利害調整を主導することができるほか、経営者においても経営者保証が付いている場合と比べて経営改革の着手がされやすい、といった改善が期待できると考えられる。サービス業やデジタルが中心となった時代に則した担保制度であり、その活用により、例えば、専門人材の採用や職員の専門性の養成により、デジタル関連など、新しいビジネスモデルを理解し融資できるようになる金融機関が増えてくることが期待される。
こうした制度の創設により、事業者の置かれている状況や金融機関の経営戦略に応じて、個別資産の価値に着目した融資と事業性に着目した融資とを適切に使い分けることにより、従来よりも幅広い企業に円滑な資金提供が実施されるようになることが期待される。
3.事業成長担保権について
(1)事業成長担保権の設定に係る論点について
① 担保目的財産
事業成長担保権の担保目的財産の範囲については、これまで、事業そのものを定義して担保とする案や、動産や債権のほか、契約上の地位、知的財産権、のれん等を概括的に特定して担保とする案など、様々な見解が議論されてきた[10]。
もっとも、担保目的財産は、解釈上も範囲が明確で、法的安定性が確保できるものである必要がある。そのため、事業成長担保権においては、現行制度上も担保権の目的となる「総財産」を一体としてその目的とすることが適切と考えられる[11]。ただし、事業成長担保権が、のれん等も対象に含むためには、総財産とするのみでは足りず、事業活動から生まれる将来キャッシュフローも担保の目的とするものであること(将来設定者に属する財産を含むこと)を明確化する必要があると考えられる[12],[13]。
また、事業者の資金調達におけるニーズという観点からは、事業単位での担保権設定を可能とすべきという意見があった。もっとも、事業毎に資産を分類し担保目的財産を確定させることやその公示方法には課題が多いことから、この点については、今後の検討課題とすることが考えられる[14]。
このほか、担保目的財産を総財産とすることに伴い、設定者が合併や分割をする場合[15]における担保目的財産の処遇について、規定を置く必要がある。
まず、合併に係る規定は、組織法上の債権者保護手続[16]により他の債権者の保護が図られることを前提として、(i)合併する法人の一方のみが事業成長担保権設定者である場合には、合併後の存続法人又は設立法人の総財産を事業成長担保権の目的とし、
(ii)合併する法人の双方が事業成長担保権設定者である場合には、事業成長担保権者及び後順位の担保権者の間における協定を必要とすることが考えられる[17]。次に、分割に係る規定として、分割後の承継法人又は設立法人は、事業成長担保権が担保する債務を分割承継できないこととすることが考えられる[18]。なぜなら、事業成長担保権については物上保証を許容せず、債務者と設定者の分離を認めないことが、適切と考えられるためである。
設定者の範囲について、個人(事業主)の場合、担保権の目的となる事業のために用いる財産とそれ以外の私生活のための財産とを区別することが困難であることから、少なくとも個人については設定者となることができない(設定者は法人に限定する。)ものとする必要がある。
さらに、④で後述する公示制度の観点や、事業の成長可能性や足下の喫緊のニーズの高さから、会社法上の株式会社や持分会社など、まずは営利を目的とする法人であって、商業登記簿において公示される者に更に限定することが望ましいと考えられる26,[21]。
なお、設定者が行うべき機関決定について、他の担保権と同様、その設定には取締役会等の決議を要する一方、実行に伴う事業売却には特段の決議を要しないと考えられる[22]。
当事者に後順位の担保権者も含める。企業担保権は他の全ての担保権に劣後する一方で、事業成長担保権はこれに優先・劣後する個別財産に対する担保権が存在するためである(④参照)。特に双方の事業成長担保権に劣後する担保権が存在する場合には、各担保権の順位が合理的に決定できなくなるため、この場合には劣後する担保権者との間にも協定を求めることとしている。もっとも、実務上の対応としては、合併前に任意の弁済等により、一方の事業成長担保権を消滅させる、若しくは一方の後順位の個別担保権を消滅させる、又は債権者保護手続において異議を述べた債権者には弁済等をする、といった対応の方がより簡便で現実的ではないか、との指摘もあった。
③ 担保権者(被担保債権、極度額)
(イ)担保権者
担保制度については、例えば、個人や一般事業会社、無登録で貸金業を行う者などが、事業に不当な影響を及ぼすことを目的として、事業者への貸付けと同時に株式や重要な事業資産への譲渡担保権等の濫用的な取得・行使をするおそれがあるとの指摘がある。
事業成長担保権についても、債務者が事業成長担保権の内容を理解せずに設定してしまうことで同様の弊害が生じるのではないか、また、事業者が、事業の状況について金融機関と目線を合わせつつ、経営改善のために必要に応じて事業計画等を見直していくことが想定されるところ、事業者が、担保権者と対等な立場で目線を合わせることができるのか、という懸念から、適切な活用がなされるよう、担保権者について限定すべき、とする意見が寄せられた29。
他方で、事業者がより良い条件で成長資金等を調達できるようにする観点からは、成長企業等の事業の実態や将来性を的確に理解し、成長資金等を供給できる与信者に対して、広く利用を認めるべき、といった意見が寄せられた。
上記の弊害を防止する観点及び制度の効果を発揮する観点からの意見にそれぞれ応えるためには、事業成長担保権の信託を求めることが考えられる。また、(3)⑨ (iv)において、一般債権者等の取り分を確保する場合には、現行民法の優先関係の体系を前提とする限り、信託法理を利用することが必要と考えられる。そのため、事業成長担保権の設定については、信託契約によらなければならないこととすることが考えられる。
具体的には、以下の設計とすることが考えられる。
- 事業成長担保権の設定を信託契約によることとし、事業成長担保権者については、当該信託契約の受託者とする。
- 当該信託事業については、新たに事業成長担保権の信託に関する業を創設することとし、当該業を行う者(以下「信託会社」という。)に対して免許審査や行為規制を課すこととする30。
- 当該信託会社においては、債務者との間で信託契約を締結するに際して、事業の譲渡について株主総会決議の要否が問題にならないことと同様に、株主総会は不要と考えられる。もっとも、この場合においても株主の保護を考える必要はあるところ、(3)⑧(iii)で後述するとおり、裁判所に選任される管財人が株主を含む利害関係人に対して善管注意義務を負って職務を行うこと、売却に当たって裁判所の許可が介されること等により、公正な方法で売却されることが確保されていることから、株主の保護が適切に図られるとも考えられる。
以上の点について、金融庁論点整理 2.0 p97-100 も参照。
- 現行の企業担保法は、同様の懸念(第 28 回国会 参議院 法務・商工委員会連合審査会(昭和 33 年3月 13 日)における政府委員答弁参照。)等を踏まえ立法されているところ、担保付社債信託法の適用を通じ、企業担保権者を信託会社又は信託兼営金融機関等に限定することにより、担保付社債信託法による信託会社等への行為規制等において、濫用の懸念に対応することとしている。他方で、被担保債権者については、社債への限定を除き、制約は存在しない。
- 加えて、信託業法上の免許を受けた信託会社、信託兼営法上の認可を受けた金融機関等についても、当該信託契約の受託を認めることが考えられる。
成長担保権の内容や、被担保債権者となる与信者の属性[23]が十分に理解されるよう、契約の相手方である債務者への適切な説明を義務づけることとする。
➢ 信託契約における受益者(被担保債権者)について、2種類の受益者の指定を求めることとする。一方の受益者(与信者)は、基本的に既存の担保権の被担保債権者と同様の扱いとしつつ、もう一方の受益者(一般債権者等)は、(3)
⑨(iv)の一般債権者等の取り分の確保のために指定されるものとする[24]。
もっとも、信託法理による場合、信託スキームの構築等に伴い、各種コストやリスクが生じうるところ、具体的な制度設計に当たっては、以下のとおり、各種コストやリスクによって制度の利用が事実上困難となることがないよう、留意する必要がある。
(参入要件)
受託者となる信託会社の資格要件を必要以上に厳格にすると、スキームの担い手が非常に限定され、ひいては、案件ごとの金銭的なコストを高める要因となると考えられる。
この点、事業成長担保権に関する信託の免許は、信託業法上の信託会社の免許とは異なり、基本的には担保権のみの信託を引き受けることを可能とするものであり、その信託事務も、担保権の実行等に限定される。免許要件についてはこうした実態に応じた形で、過度な負担を課さないよう、合理的に設計すべきと考えられる[25]。
(信託事務の内容)
事業成長担保権に関する信託事業について、受託者の裁量が広範に、また、義務が複雑なものとなった場合には、信託会社は信託事務の適切な執行のために高度な態勢整備等をすることが求められることとなり、結果として、担い手が限定され、かつ、高コストな仕組みとなってしまうおそれがある。
この点、平時における担保権者の権限行使や債務不履行発生時の担保権実行等は、基本的には事業性に着目した融資を担う与信者が最も適切に判断できると考えられることから、当該受託者に求められる信託事務は、現実的には、受益者(与信者)の意思を確認するなど、ある程度定型的に行動すれば足りるものが多いと考えられる。また、もう一方の受益者(一般債権者等)のために、事業成長担保権の実行手続において、その取り分を確保し、給付するという一連の事務についても、ある程度定型的なものとなることが考えられる。
上記を踏まえ、制度や信託のモデル契約等の工夫を通じて、信託会社が、不必要なコストをかけずに、その事務を適切に遂行できるよう、信託事務の内容を可能な限り明確化・定型化することで、使いやすい制度とすることが望ましいと考えられる。
(個別案件における金銭的コスト)
信託会社が関与することに伴い、信託報酬等が発生する可能性がある。この場合、シンジケートローンなど大規模な資金調達であれば、既存のエージェント・フィーと同様に位置づけることが可能と考えられる一方、中小規模のローンの場合にはこうした報酬を事業者が捻出することが難しいケースが出てくることや、スキーム構築コストが高い仕組みとなり、利用しにくくなることが懸念される。
この点、与信者が受託者を兼ねることができる場合には、こうした課題を一定程度解消することが可能と考えられることから、こうした設計を許容する制度とすべきと考えられる[26]。
(ロ)極度額
現行制度上、根抵当権及び不動産根質権のみが極度額の設定を必須としている[27]。これは、その目的である不動産の価値が相対的に安定しているため、後順位の担保権者による追加融資を促す観点から、極度額を設定することが有用との考え方に基づくものである[28]。この点、事業成長担保権の場合は、担保目的財産の価値が絶えず変動し、事業の継続及び成長を支える過程で必要となる調達金額も増減するため、極度額を予め設定しておく意義は乏しいと考えられる。
このほか、根抵当権に極度額の設定が必須とされる理由として、後順位の担保権者以外の第三者の保護も挙げられる。この点、事業成長担保権では、(i)担保目的財産について第三者が所有権の移転を受ける場合、当該第三者は、事業成長担保権の負担のある所有権を取得することはない((2)⑥参照)ため、極度額の設定による保護は必要ないほか、(ii)第三者が担保目的財産を差し押さえようとする場合には、強制執行手続の配当には事業成長担保権者は参加できないこととする((2)⑦参照)ことにより、当該第三者は保護されると考えられる。
もっとも、極度額を任意で設定することが有用な場合もあると考えられる。例えば、複数の異なるリスク選好を持つ貸し手が存在する場合には、極度額を設定しつつ、優先関係を複層化させることで、資金調達の多様化が図られる可能性がある[29]。
そこで、事業成長担保権の極度額は、任意設定事項とし、さらに、設定者が必要と認めたときに、事業成長担保権者に対する意思表示により、極度額を設定できることとすることが考えられる[30]。
なお、極度額を任意に設定した場合に公示を必要とするか否かについては、その利便性向上の程度のみならず、システム構築に係る金銭的費用や手続に係る時間的費用等を踏まえ、その費用対効果に照らして検討されるべきと考えられる。事業成長担保権については、その担保価値が常に変動することから、極度額を公示する必要性は限定的であると考えられる。設定者においても、極度額の公示は資金調達の際に立証負担を軽減させることに寄与する面はありうるものの、資金調達状況に応じて極度額を変更するたびに変更登記をするコストを負うこととなってしまう。そのため、極度額の公示は必要とせず、後続の貸し手は、公示された情報にとどまらず、担保目的財産(事業全体)の実態や資金調達の状況を調査した上で、担保価値を評価することを前提とする制度設計が望ましいと考えられる。
(ハ)その他
また、事業成長担保権について、不動産担保や個人保証に過度に依存しない、事業性に着目した融資実務の発展という制度趣旨に鑑みると、事業成長担保権者が、個別財産に対する担保権を行使することにより、債務者の事業の一体性が損なわれることは望ましくない。一方で、事業成長担保権には、担保目的財産が逸出した場合の追及効がなく、また、(2)⑥で後述するとおり、取引安全のために特別の第三者保護規定が設けられることから、むしろ事業の一体性を守るため、特に重要な財産について、別途、個別財産に対する担保権の設定を受けることにも合理性がある。そのため、個別財産に対する担保権の設定や行使の制限については、上記の要請を踏まえ、制度整備を図ることが適切と考えられる。
④ 対抗要件(優先関係)
担保権の設定状況は、事業者への潜在的な新たな貸し手にとって、重要な情報となる。担保権の設定状況に係る手掛かりが公示されていれば、新たな貸し手の調査コストの低減や予測可能性の確保が図られることから、新たな貸し手の参入障壁を下げることができる[31]。
この点、商業登記簿は、現在も幅広く閲覧されているため、担保権の設定状況に係る手掛かりとして適切であると考えられる。新たな公示制度を設け閲覧を促すことの追加的なコストや、その構築に係る時間的・金銭的な費用を抑えられるという点で、効率的な選択肢とも考えられる。
こうした点を踏まえ、事業成長担保権の対抗要件については、商業登記簿への登記によって具備するものとすることが考えられる[32]。
なお、商業登記簿における登記事項については、手続を簡素にし、システム構築等の負担を軽減する観点から、登記の目的、受付年月日・受付番号、登記原因、事業成長担保権者の名称及び住所、とすることが適切と考えられる。また、極度額の登記については、上記③のとおり、これを登記事項としないことが適切と考えられる[33]。
また、商業登記簿への登記に加え、不動産等の登記・登録等の制度が存在する財産について、当該登記・登録等の制度の公示機能を維持する観点から、事業成長担保権の登記・登録等を求めるべきという考え方もありうる。事業成長担保権の目的財産に第三者が関係するケースとしては、主に、当該財産について(i)第三者が譲渡を受ける場合、(ii)第三者が担保権の設定を受ける場合、(iii)第三者が担保目的財産に差押え等をする場合、(iv)第三者が賃借権や用益物権等を取得する場合が考えられる。
(i)~(iii)については、事業成長担保権設定者による財産の処分権限の問題として整理することが可能と考えられる。また、(ii)については、登記・登録等が存在する財産に対する担保権設定契約の際に商業登記簿謄本等の提出を求めることができ、(iii)については、実務上、執行手続の申立て時に、商業登記簿謄本の提出がされている[34]ことから、商業登記簿への登記のみとすることとしても、当該第三者に不測の損害が発生する可能性は低いと考えられる[35]。(iv)については、仮に事業成長担保権が実行された場合も、当該賃借権等が対抗要件を具備している限り、当該権利の負担が、当該財産の譲受人に引き継がれることとすることによって、第三者保護のバランスは図られると考えられる。
このほか、他の担保権との優先関係については、質権や抵当権、譲渡担保権と同様とすることが考えられる[36]。
事業成長担保権は、総財産を目的とし、設定者の事業活動を通じて担保目的財産を構成する財産が日々変動することが予定されているため、事業成長担保権の設定後に流入した財産の対抗要件具備の時期が問題となりうる。この点、将来発生・流入する財産への担保権設定が可能な将来債権譲渡担保や集合動産譲渡担保においては、設定時において具備した対抗要件の効力が将来発生・流入する財産に対しても及ぶと解されていることから[37]、事業成長担保権においても、これと同様に、将来設定者に属する財産についても、設定時に対抗要件を具備できるものとすることが考えられる[38]。
⑤ 経営者保証等の制限
経営者等による個人保証や自宅などの生活に欠くことのできない財産に対する担保権の設定は、経営の規律付けや信用補完の役割を担う一方で、個人の私生活に大きな影響を及ぼしうる。経営者保証に過度に依存しない融資慣行は広がりつつあるものの、依然として、経営者が事業のリスクテイク(拡大や承継など)や早期の事業再生を躊躇する要因の一つとして指摘されている[39]。また、貸し手においては事業経営に対するモニタリングを緩める要因となるという指摘もある。
事業成長担保権は、金融機関が事業者の事業価値に着目した伴走型の融資を行い、事業経営をモニタリングすることを通じて、経営者による事業の拡大や承継等のリスクテイク、早期の事業再生等を支えることを目的とするものである。こうした制度趣旨の実現を支える観点から、事業成長担保権が担保する債務について、経営者等の個人がこれを保証する契約又は経営者等の生活に欠くことのできない個人財産をもってこれを担保する契約がある場合、経営者による粉飾や使い込み等が行われる場合を除き、当該契約に係る権利行使を制限することが考えられる。
(2)実行前における事業成長担保権の効力に係る論点について
⑥ 設定者の権限(取引の相手方の保護)
事業成長担保権設定後も、事業者(設定者)は、財産の管理処分権を有し、事業を成長させ、その価値を高めるために事業運営を担っていくことが当然に予定されている。しかし、その中で現れた事業者の顧客(買受人)等が担保権の負担のない権利(商品)を取得できないのであれば、取引は円滑には進まない。そこで、事業を成長させ、その価値を高めるような通常の事業活動の範囲内における取引の相手方については、設定者が財産の管理処分権を有するものとし、取引の相手方もその主観を問わず保護することが適切と考えられる[40]。
・・・商業登記記録の目的欄が今より重要になる可能性。
次に、設定者の権限の範囲を超える(通常の事業活動の範囲を超える)取引の法的性質について、現行制度においては、例えば集合動産譲渡担保では、通常の営業の範囲を超える取引の効力が原則として否定されている[41]一方で、企業担保権では、あらゆる取引が有効とされている[42]。
この点、事業成長担保権では、債務者による担保目的財産の詐害的な処分を防ぎつつ、事業者と金融機関のコミュニケーションを促す観点から、通常の事業活動の範囲を超える取引について、原則として無効としつつも、事業成長担保権者の同意がある場合には例外的に有効とすることが適切と考えられる。
なお、通常の事業活動の範囲を超える取引の例として、重要な財産の処分や、事業の全部又は重要な一部の譲渡が考えられる。
重要な財産の処分には、事業の継続に支障をきたすおそれが高い取引も含まれると考えられる。主な設定者となる株式会社においては、当該財産の処分は、取締役会の決議事項とされており、事業成長担保権者の同意を求めることについても、過度な負担とはいえないと考えられる。
また、事業の全部又は重要な一部の譲渡がされる場合、当該譲渡の対価が、事業成長担保権の被担保債権に係る貸倒れの有無・程度に大きな影響を及ぼすこととなると考えられる。当該譲渡は、会社法上、株主総会の決議事項とされているところ、事業成長担保権者の同意を求めることについても、過度な負担とはいえないと考えられる。
他方で、財産の廉価な処分については、事業価値を毀損する可能性が高いと考えられることから、事業成長担保権者にとっても、これを防止できることとする必要があると考えられる場合がありうる一方で、業種や事業内容等の特性によっては、廉価な処分が、事業価値を毀損せず、通常の事業活動の範囲内で行われる場合もありうるとも考えられる。
上記を踏まえると、重要な財産の処分や、事業の全部又は重要な一部の譲渡は類型的に通常の事業活動の範囲を超える取引であると考えられるものの、それ以外の取引が通常の事業活動の範囲を超えるか否かについては事案の特性に応じて解釈されることが適切と考えられる。通常の事業活動の範囲内であるかが不明確な取引の場合でも、事業成長担保権者の同意を得るプロセスを通じて、むしろ設定者と担保権者のコミュニケーションが促され、相互理解を深めることに資するとの指摘もある。
さらに、通常の事業活動の範囲を超える取引であり、事業成長担保権者の同意がない取引が行われた場合に、取引の相手方の保護をどのように考えるかが問題となる。
この点については、
が考えられる。取引の相手方の保護を図ることは、商取引の円滑化、ひいては経済・社会全体の利益に資すると考えられる。一方で、詐害的な不当廉売など、通常の事業活動の範囲を超える取引である場合には、設定者に処分権限がないことについて悪意であり、かつ、事業成長担保権者の同意がないことについても悪意であるような、詐害的な第三者や、善意であるとしても重大な過失のある第三者を保護することは適切ではないと考えられる。
こうしたことを踏まえ、取引の相手方が、通常の事業活動の範囲を超える取引であること又は事業成長担保権者の同意がないことについて善意かつ無重過失である第三者である場合には、当該取引の無効を当該相手方には主張できないこととして、これを保護することが適切と考えられる[45]。
⑦ 他の債権者による強制執行等との関係
担保目的財産に対して強制執行又は劣後する担保権の実行(以下「強制執行等」という。)がされた場合、現行制度上、強制執行等を申し立てた者に優先する担保権者がとりうる対応は、その担保権の種類や場面次第ではあるものの、大きく分けて次のいずれかである。
- 配当参加(当該担保権者の被担保債権が担保目的物の価値を上回る場合には、強制執行等を進めても申立人は弁済を得られないことから、当該強制執行等は裁判所により取り消される。)
- 第三者異議の訴えの提起とともに当該強制執行等の停止を求める。このうち、(i)配当参加できる担保権者には、質権者や抵当権者、先取特権者が含まれる一方で、譲渡担保権者や企業担保権者は含まれない[46]。
また、(ii)第三者異議の訴えを提起できる者は、民事執行法において、同法第 38 条第1項の「強制執行の目的物について所有権その他目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有する第三者」とされている。そのため、第三者異議の訴えが認められる担保権者は、設定者の管理処分権に制約がかかっていることや、(i)の配当参加ができないこと、強制執行により担保権の価値が毀損するおそれがあること等により法的権利が侵害される者であると解されている[47]。具体的には、譲渡担保権者のほか、抵当不動産の付加一体物である動産に対する強制執行の場合における抵当権者などが該当する。
なお、企業担保権者は、上記の例外として、(i)配当に参加できないだけでなく、(ii)第三者異議の訴えも提起することができない(企業担保権がその権利を行使できるのは、企業担保権の実行手続又は倒産手続においてのみである)とされている(企業担保法第2条第2項)[48]。
こうした現行制度を踏まえると、事業成長担保権者に対して、抵当権又は譲渡担保権のように、あらゆる強制執行等に対して、(i)配当参加又は(ii)第三者異議の訴えなどの強制執行等の中止を求める手段を認めるとすれば、他の債権者が満足を受けられる場面が僅少になるため、他の債権者との適切な利害調整を図る観点からは何らかの例外が必要であると考えられる。また、企業担保権のように、上記(i)(ii)のいずれも認めず、あらゆる強制執行等を甘受しなければならないとすれば、事業の解体を余儀なくされることに繋がるため、少なくとも事業の継続に支障を来すような強制執行等には、一定程度の歯止めをかけ、事業の継続を維持することができるようにする必要があると考えられる。
そこで、事業成長担保権においては、他の債権者との適切な利害調整と、事業の継続及び成長を支える取組を動機付けるという制度趣旨との調和を図る観点から、
- 配当参加はあらゆる強制執行等についてできないものとしつつ、
- 強制執行等の中止を求めることができる場面について、差押対象財産が設定者の事業の継続に不可欠なものであるなど、当該財産が競売にかけられた場合には設定者の事業の継続に支障を来すもの[49]であるなどの一定の条件が満たされた場合に限ることが適切と考えられる。
(3)事業成長担保権の実行手続に係る論点について
⑧ 実行手続の基本的な性格
事業成長担保権が上記のとおり、総財産をその目的とする場合、その実行手続についても、個別資産に対する担保権の実行とは異なる考慮要素が存在する。この点、同様に総財産を目的とする企業担保法は、独自の実行手続を設けており、事業成長担保権の実行手続とも共通する論点があることから、以下では、同手続の流れに沿う形で、
(i)実行手続開始の申立て、(ii)実行手続開始決定の効果、(iii)裁判所により選任される管財人の権限・総財産の換価、(iv)換価代金の配当、の順に、事業成長担保権の実行手続について検討する[50]。なお、最後に(v)簡易な実行手続についても検討する。
- 実行手続開始の申立て
企業担保法では、他の担保権と同様、担保権の存在を証する書類等を裁判所に提出することとされている(企業担保権実行手続規則第2条)。このとき、事業の状況などを説明する文書の添付は求められていない。
事業成長担保権の実行手続においても、その開始決定の要件としては、事業成長担保権の存在を証する書類等の提出を求めることが考えられる。加えて、事業成長担保権の実行手続においては、可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価するために、開始決定直後から管財人が円滑に事業を継続することが求められることから、事業成長担保権者に対して、裁判所への申立ての際に、会社更生手続等の申立て時に求められるような債務者の事業の内容及び状況、取引相手、財務状況等に係る説明[51]を求めることが適切と考えられる。
- 実行手続開始決定の効果
企業担保法では、実行手続を開始した旨が公告され、総財産が差し押えられることにより設定者による全ての債権者への弁済が停止されるほか、設定者の個別財産に対する強制執行、滞納処分、担保権の実行等の手続について、企業担保権の実行手続との関係で失効する(手続が停止する)こととされている[52]。
事業成長担保権においても同様の制度設計が考えられるが[53]、事業成長担保権に優先する担保権の実行手続をも停止する効果を持たせることについては、事業成長担保権よりも先に対抗要件等を具備した担保権者の期待を害するとも考えられることから、先順位の担保権者による当該担保権の実行手続については停止させないことが適切と考えられる。
(iii)裁判所により選任される管財人の権限・総財産の換価
企業担保法では、管財人は、以下のとおり裁判所に選任され、選任後、担保目的財産の保全に必要な範囲で、管理処分権を行使できることとされている。
選任 | 裁判所により、開始決定と同時に選任される。その際、裁判所は、申立人の意見聴取の機会を設けなければならない(第 30 条)。 |
権限 | 財産の保全を目的とする管理や商品・有価証券の売却、債権の取立てが認められる(第 32 条)。なお、仕入れや契約更新等はできないと解される。 |
換価62 | 財産について、一括競売又は任意売却により、裁判所の認可等を得て行う(第 37 条、第 45 条)。契約関係については、個別に移転することを前提としている。なお、一括競売の場合、許認可等は、他の法令に制限等がない限り、買受人に移転する(第 44 条)。 |
責任 | 利害関係人に対して善管注意義務を負う(第 36 条第1項が破産法第 85 条を準用)。 |
事業成長担保権の実行手続における管財人については、可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価することを目指す観点から、次のように整理することが適切と考えられる。
選任 | 裁判所により、開始決定と同時に管財人が選任される63。 事業成長担保権者は、(i)のとおり、実行の申立てに際して、債務者の事業の内容及び状況、取引相手、財務状況等について説明すべきところ、こうした情報は管財人の適任者選任の手掛かりともなることから、事業成長担保権者は、(i)の説明に併せて、当該債務者の実行手続を実施するに当たり管財人が備えているべき経験や能力等についても、意見を述べることができるとすることが考えられる。 |
権限 | 事業の継続を担うことができるよう、再建型倒産手続における管財人と同様に、事業の経営権及び財産の管理処分権を専属させることとする。 |
換価 64,65 | 事業価値を維持するために必要な棚卸資産の売却等の行為については、裁判所の許可なく管財人の判断で行うことができることとする。他方で、これに含まれない換価については裁判所の許可を要することとし、換価の方法については、雇用を維持しつつ承継するなど事業を解体せずに換価する |
- 換価に伴う担保権その他の権利の消滅に関しては、不動産競売に関する権利の消滅を規定した民事執行法第 59 条が準用されており、留置権等の占有を伴うものを除き、担保目的財産に設定されていた担保権は消除される
- (企業担保法第 50 条)。
- 担保法制部会資料 18 も同旨。
- 換価した場合の所有権の移転時期について、民事執行法と同様に、代金の納付があった時に譲受人に移転するものとすることが考えられる(民事執行法第 79 条)。
- 換価に伴い、企業担保法と同様に担保目的財産に設定されていた担保権を消除することが考えられる。もっとも、事業成長担保権の開始決定に伴い、先順位の担保権者による当該担保権の実行手続を停止させないこと(上記(ii))と同様に、優先する担保権者の期待を保護するため)、消除範囲についても、抵当権や不用益特約付質権を一律に消除するのではなく、事業成長担保権に劣後する担保権に限定することが考えられる。
ことを原則[54],[55]とし、個別財産の換価は、事業の譲渡が困難である場合の例外とした上で、個別事案ごとに管財人がその善管注意義務等に照らして相当な方法[56]により行うものとし、これを裁判所の許可基準とする。具体的には、例えば、事業の継続に必要な労働契約や商取引契約、許認可[57]も併せて移転することが必要となるところ、その移転に当たっては、契約の相手方との個別の協議・承諾(民法第 539 条の2)や買い手の探索等について通常求められるプロセスを踏むことになると考えられる。 | |
責任 | 管財人は、利害関係人に対して善管注意義務を負うものとする[58]。 |
- 換価代金の配当企業担保法では、配当について、次のような規定が置かれている。
実施者 | 配当は、裁判所が行う(第 52 条)。 |
配当参加できる債権者 | 一般債権者も含まれる。債権調査・確定手続は存在しないものの、一般債権者は、債務名義を持たなくとも配当要求ができ(第 51 条の2)、争いのある場合は訴えを提起することができるとされる(なお、企業担保法立法時は、破産法に破産債権査定決定の規定がなかった。)。 |
順位及び時期 | 手続に要する費用を最優先で支出した後に、実体法上の優先関係に基づく(第 52 条)。なお、配当の開始まで、全ての弁済が停止する。 |
事業成長担保権の配当手続は、手続の公平性・効率性及び可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価を実現する観点等から、次のようにすることが適切と考えられる。
実施者 | 配当は、裁判所の監督の下、担保目的財産の状況を把握している管財人が行う。 |
配当 | 事業成長担保権者及び事業成長担保権に劣後する担保権者(破産手続に |
参加できる債権者 | おいて別除権者となる者の一部)に限り、倒産手続類似の債権調査・確定手続等を設けることとする。また、一般債権者等への配当は、破産手続等が開始した場合において、同手続内等で行うものとする[59]。 |
順位及び時期[60] | 実体法上の優先関係に基づく。ただし、事業売却に要する費用を含め、手続に要する費用については、配当によらず、最優先・随時弁済とするなど、特別の規定を設ける(⑨参照)。 |
なお、上記「配当参加できる債権者」欄のとおり、一般債権者等への配当は、破産手続等において行われる(⑨で後述するとおり、一般債権者等に配当する換価代金の一定割合の金額が設定者(破産手続が開始した場合には破産管財人)に返還される場合にも、当該手続で配当されることとなる。)[61][62]。
- 簡易な実行手続
事業成長担保権の実行手続は、事業を継続できる手続とするため、例えば、主要な債権者間で実行手続中の弁済猶予が合意されている場合などを念頭に、迅速かつ債務者の信用・事業価値の毀損のより少ない手続を設ける意義があると考えられる74。
そのため、(ii)について、以下のような修正を加える簡易な実行手続を設けることとしてはどうか。
- 簡易な実行手続の開始要件については、(i)~(iv)までの実行手続と異なり、事業の承継までの間、資金繰りが継続する見込みがあることなど、開始要件を加重することとする。
- 管財人[63]による全ての債権者への弁済は停止されないこととする。
- 設定者の個別財産に対する強制執行、後順位を含む担保権の実行等の手続についても、停止や制限を行わないこととする。
なお、上記のほか、管財人の権限、配当手続については、簡易な実行手続においても変更の必要性は存在しないと考えられることから、上記(i)(iii)(iv)と同様とすることが適切と考えられる。
⑨ 実行手続における優先関係
企業担保権の実行手続は、手続の開始後にも事業を継続するために必要な手当てをしていないため、事業の継続に不可欠な債務(一種の共益の費用)について、随時弁済する枠組みがない。また、同実行手続における共益の費用の範囲について、財産の鑑定人の報酬など、抵当権の実行手続のように担保目的財産の清算価値を実現する手続において必要とされているものと同等のものに限られていると考えられる。
一方で、事業成長担保権の実行手続においては、可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価できるよう、共益の費用について随時弁済できる枠組みが必要となるほか、共益の費用の範囲についても、事業の継続価値を実現するために必要な債権についても含まれるよう、明確な規定を置くことが求められると考えられる。
具体的には、継続価値を実現するための費用であることが明確な「(i)実行手続開始後の原因により生じた債権」のほか、一般的には継続価値の実現との結びつきが必ずしも明確でない実行手続開始前の原因により生じた債権についても、「(ii)類型的に共益の費用と位置づけるもの」「(iii)裁判所の許可により共益の費用と位置づけるもの」に分けた上で、最後に「(iv)(i)~(iii)以外のもの」に分類した上で、検討することが適切と考えられる。
- 実行手続開始後の原因により生じた債権(共益の費用) 実行手続開始後の原因により生じた債権のうち、事業の継続に関するものについては、その弁済が滞ると反対給付が受けられなくなり事業を継続することができないという点で、事業価値を維持するために必要な共益の費用であると考えられる。そのため、こうした債権については、最優先・随時弁済とすることが適切と考えられる。
- 実行手続開始前の原因により生じた債権(類型的に共益の費用と位置づけるもの)
実行手続開始前の原因により生じた債権であっても、類型的に共益の費用と位置づけることが適切なものがあると考えられる。
現行制度では、会社更生法において裁判所の許可なく被担保債権に優先して弁済を得られる債権として、源泉徴収所得税等(会社更生法第 129 条)、使用人の給料等(同法第 130 条)といった債権が類型化されている。これらは、預り金としての性質を持つ債権であることや、従業員の保護を通じて事業の継続に資する債権であることから、事業成長担保権の実行手続においても、共益的な性質を有するものと考えられ、参考とすることが適切と考えられる。
- 実行手続開始前の原因により生じた債権(裁判所の許可により共益の費用と位置づけるもの)実行手続開始前の原因によって生じた債権で、上記(ii)に該当しないものであっても、それを随時弁済することが、事業価値の維持・向上に資するために共益性を有するものがある。
こうした債権は、事業成長担保権の被担保債権に優先して弁済されるべきと考えられるが、他の債権者との公平の観点等から、その対象については、裁判所の許可を受けたものに限り、優先弁済を認めることが考えられる。
この点について、現行制度においては、例えば会社更生法第 47 条第5項において「少額の更生債権等を早期に弁済しなければ更生会社の事業の継続に著しい支障を来すとき」に裁判所の許可により、最優先・随時弁済をすることができるものと定められている。
事業成長担保権の実行手続においても、基本的には同様の考え方が妥当すると考えられることから、同様の規定を設けることが考えられる。ただし、会社更生法における「少額の」債権や「著しい」支障の要件について、可能な限り高い事業価値を保ちつつ、譲渡を目指すという事業成長担保権の性格に鑑み、事業が継続するために必要な債権については事業価値の維持に資する共益の費用として、比較的広く同担保権に優先されるべきと考えられることから、これらを不要とするなど、上記の事業成長担保権の性格を反映したより広い要件を設けることが適切と考えられる。
- (i)~(iii)以外のもの
上記(i)~(iii)で弁済を得られなかった債権については、手続の共益性ではなく、一般債権者等の保護の観点から、考慮が必要となる。
現行制度において、実質的に設定者の全ての財産に譲渡担保権や抵当権が設定されている場合や、企業担保権が設定されている場合は、特段、一般債権者等の保護の観点からの規定は置かれていない。現行制度に基づく実務においては、一般債権者等の保護の規定は置かれていなくとも、実務上は、破産手続において別除権の目的財産が任意売却されたときには、担保権者と管財人の交渉に基づき一定額が財団に組み入れられ、一般債権者等への配当の原資とされている例が多い[64]。
これは、一般に任意売却による方が競売より1~2割高価に売却できること、任意売却に当たっては、破産管財人は買受人を探したり、占有者を排除するなど一定の努力をしていること、他方、担保権者は、競売の場合に必要とされる手続費用を売却価格から差し引かれずに済むこと、また担保権者と破産管財人に代表される一般債権者との負担の公平との見地等から、認められてきたものとされる[65]。
その際の組入額又は割合については、当該任意売却において、買受人を破産管財人が見つけたか、担保権者の紹介によるか、売却に至る条件整備のための破産管財人が果たした役割など、諸般の事情を踏まえて、担保権者との合意によって、事案毎に決定される[66]が、例えば、別除権付不動産の任意売却に際して財団組入の割合の下限を売却価格の3%とする例もある79。
他方、事業成長担保権が設定されている場合には、そもそも、事業成長担保権の実行手続における管財人が破産管財人に担保目的財産の売却を依頼することは考えにくい。そのため、両者の交渉に基づき、一定額の財団組入に係る合意が形成されることは期待できない。こうした前提を踏まえ、他の債権者の保護をより強く図ることが考えられる。
そこで、(i)~(iii)で弁済を得られなかった債権についても、実行手続における配当可能額(換価代金)の一定割合については、破産手続等の公平性の確保された現行の清算手続において、配当等を得られるような制度を検討することが考えられる。この場合、例えば、破産手続においては、優先的な地位が法定されている財団債権(管財人の報酬や手続に要する費用、3か月以内の労働債権、納期限1年以内の租税債権等が含まれる)に優先的に分配された後、無担保の債権80に平等に分配されることとなる。
なお、当該割合については、事業成長担保権は、他の担保権と比べ、(i)~(iii)で優先される債権の範囲が十分に広い(現行の財団組入の実務とは異なり、担保目的財産の売却に係る管財人への報酬や労働者の給料等、源泉徴収所得税等、事業の継続に必要な商取引債権などは既に弁済された後の残金からの割合である)ことを踏まえ、現行制度との整合性に鑑み、財団組入の実務における額よりも限定的であるべきと考えられる。上記のとおり、裁判所における現行の運用として、破産財団に属する別除権付不動産の任意売却に際しては、財団組入の割合の下限を売却価格の3%とする例があるところ、具体的な割合については、こうした破産手続に
おける実務の積み重ねや上記の観点を踏まえ、法定することが適切と考えられる81。
⑩ 倒産処理手続との関係
まず、各種倒産処理手続における事業成長担保権の位置づけについては、事業成長担保権の実体法上の優先関係が、(1)④のとおり、質権や抵当権等と同様に対抗要件
- 裁判所の運用基準の例について「大阪地裁においては、不動産の売却許可について上記の財団組入率の最低基準を3%とする運用が存する」と紹介するものとして、川畑正文=福田修久=小松陽一郎編[2019]「破産管財手続の運用と書式[第3版]」(新日本法規)p151 参照。また、実際には、交渉の結果5~10%となる例が多いと紹介するものとして、前掲・川畑ほか p148、永谷典雄=谷口安史=上拂大作=菊池浩也編[2020]「破産・民事再生の実務[第4版]破産編」(きんざい)p209 参照。
- 上記の(i)~(iii)で弁済された後の残債権のほか、無担保の金融債権や、配当で満足を得られなかった被担保債権の残債権が含まれることとなると考えられる。
- 割合の検討に当たって考慮すべき点については、このほか、以下の意見もあった。
・上記の(i)~(iii)において、一般債権者にも共益の費用として幅広く優先的に弁済されることを踏まえると、(iv)での取り分確保は必須ではない。
・事業成長担保権の実行手続が終われば全て手続が終わるわけではなく、少なくともその後の法人格の清算のための手続費用を用意する必要がある。また、法的な手続を利用する場合には、担保権者が期待すべきでない割合があってしかるべき。
・仮に、政策的に一般債権者等への配慮が必要だとしても、破産手続における担保不動産売却手続における財団組入の理由のうち、担保権者と一般債権者の公平性の確保以外の理由は当てはまらないので、現行の不動産売却実務で確保している割合をそのまま参照することは適切ではない。一律の割合とするのではなく、法定の上限の中で裁判所が決定するという枠組みも考えられる。
具備の先後によって決まるとすることから、倒産手続においても他の担保権と同様に、別除権又は更生担保権として扱うこととすることが整合的であると考えられる。
(i)破産手続との関係
破産手続との関係では、別除権である事業成長担保権の実行手続が開始している場合においても、破産手続を開始できる(両手続の併存を認める)もの82とし、両手続の進行及び破産管財人の権限行使の関係については、以下のとおり整理することが考えられる。
破産手続開始後の効果・破産管財人の権限 | 実行手続開始後の効果・管財人の権限 | 両手続が併存する場合の破産手続の効果 |
相殺禁止(破産法第 71 条) | 担保権実行により担保目的財産に差押えがされる 83。 | 制約する必要なし。 (抵触することはない) |
否認権(破産法第 160 条以下) | なし84。 | 制約する必要なし85。 破産管財人の否認権行使は可能。なお、否認により取り戻す財産は担保目的財産に含まれる。 |
双方未履行双務契約の扱い (破産法第 53 条) | なし86。 | 実行手続開始により、破産管財人は担保目的財産の管理処分権を有さなくなるため、解除権が当然に制約される。 |
債権調査・確定手続 | 実行手続の債権調査・確定 | 制約する必要なし87。 |
- 債務者が破産手続を申立てた場合の予納金については、事業成長担保権の実行手続の共益債権として取り扱うことも考えられる。
- 特段の規定を置かない場合、債務者に対して債務を負っている第三者(第三債務者)は、民法第 511 条の規定に従い、手続開始後に債務者に対して新たに債権を取得しても、当該債権を自働債権として相殺することができなくなると考えられる。また、事業成長担保権の効力が実行手続開始後に生じた財産(債権)にも及ぶこととする以上、第三債務者が手続開始後に新たに負担した債務についても、当該債務についてはこれを負担したと同時に差押えがされたものと考えられることから、それ以降に債務者に対して新たに取得した債権を自働債権とする相殺はできなくなるものと考えられる。もっとも、例えば、事業成長担保権の実行手続において共益債権とされる債権についても、これを自働債権とする相殺ができなくなるとするのは適当ではない。倒産法においても、この場合の相殺は例外的に可能とされているところ、こうした規定を参考とすることも考えられる。
- 事業成長担保権の実行手続における管財人は、実行手続の開始原因に支払不能等が求められていないこと等から、否認権を行使することはできないと考えられる。また、各債権者による詐害行為取消権の行使等には、債権者平等の観点から、一定の制約がかかるものと考えられる。
- なお、事業成長担保権についても、他の担保権と同様、債務者が支払不能になった後に設定される等、破産法第 160 条の要件を充足する場合には、否認の対象となると考えられる。
- なお、倒産手続において、双方未履行双務契約の履行請求又は解除に係る規定が存在する趣旨については、当事者間の公平(履行請求をした場合に相手方の債権を財団債権等として扱う)を理由とするもののほか、財団拡充の必要性(財団拡充にとって必要な双務契約の履行を促すために財団債権等として扱う)や、破産管財人等の特別の権能(履行請求する場合は本来的に財団債権等となるため、主眼は解除時に相手方の原状回復請求権を財団債権等することにある)を理由とするものがある。
- なお、実行手続と破産手続とが重複する限りにおいては、停止させる必要があるとも考えられる。
(破産法第 115 条以下) | 手続には、一般債権者や一般の先取特権は含まない。 | |
破産債権の現在化、金銭化等 (破産法第 103 条) | 権利の変容を規定することが考えられる[67],[68]。 | 制約する必要なし。 |
実体法上の優先関係の修正 (破産法第 99 条等) (例)元本、利息、遅延損害金の区別等 | なし[69](元本、利息、遅延損害金の区別なし)。 | 制約する必要なし。 |
なお、このように事業成長担保権の実行手続と破産手続との併存を認める取扱いとする場合、一定限度で破産管財人と事業成長担保権の実行手続における管財人との間の管理処分権など、手続間の調整の手当てを行う必要がある[70]。
さらに、以上のほか、事業成長担保権の実行手続終了時までに破産手続が開始しなかった場合においても、破産手続開始原因がある場合には、一般債権者等への公平な分配を実現するため、換価代金の一定割合の金銭は受託者から破産手続等に適切に引き継がれるよう、一定の手当てを行う必要がある。
- 民事再生手続との関係
民事再生手続との関係では、同手続が原則として再生債務者の下での再生を目指すという目的を有することから、事業を設定者以外の第三者に売却する事業成長担保権の実行手続と併存させる場面は限られる(例えば、別除権協定が締結される見込みがある場合)と考えられる。そこで、事業成長担保権の実行手続が開始している場合においても、民事再生手続の開始決定をすること自体は可能としつつ、手続の進行をすることができないものとすることが考えられる[71]。
また、事業成長担保権の実行手続が開始している場合においても、民事再生法第 31 条に基づく担保権の実行中止を命ずることが相当である場合には、民事再生手続を進行する意義があると考えられる。なお、担保権の消滅許可(同法第 148 条以下)の対象とすることも可能と考えられる[72]。
- 会社更生手続との関係
会社更生手続との関係では、会社更生手続開始の決定に伴い、他の担保権と同様に事業成長担保権の実行手続は中止し(会社更生法第 50 条第1項)、事業成長担保権の被担保債権は、更生担保権として扱われ、更生計画による権利変更に服することになる[73],[74]。
- 倒産手続開始後の事業成長担保権の効力等
次に、事業成長担保権の効力については、倒産手続開始後に事業成長担保権設定者が取得した財産についても及ぶものとすることが考えられる。仮に倒産手続開始後に取得した財産について事業成長担保権の効力が及ばないこととすると、倒産手続開始後も事業が継続した場合において、事業の一部を解体して売却することを余儀なくされ、債権者全体に分配する原資が減少してしまうおそれがあるためである[75]。
また、会社更生手続等が開始している場合において、同手続において更生会社が DIPファイナンスの供与を受けることが容易になるよう、特別の優先権を与えることが考えられる。
現在では、DIPファイナンスに係る貸付債権は再建型倒産手続上、共益債権となるものの、その後牽連破産した場合、破産手続において財団債権と扱われ、他の担保権(別除権)に優先して弁済を受けられないため、米国等に比べ[76]、DIP ファイナンスのリスクが高いという指摘がある。
そこで、このような会社更生手続等における DIP ファイナンスをより円滑に調達できるよう、米国の制度(priming lien)を参考としつつ、会社更生手続から牽連破産に至った場合に別除権として行使される事業成長担保権の実行手続においても、会社更生手続における DIP ファイナンスに係る貸付債権を共益債権として扱い、事業成長担保権の被担保債権に優先する随時弁済の対象とすることが考えられる[77]。
(4)労働者保護に係る論点について
- 総論的な視点
事業成長担保権の制度設計に当たっては、労働者保護の観点も重要である。事業価値を高めていくためには労働者からの労務提供が必要不可欠であり、また、価値ある事業を継続及び成長させていくことは労働者の雇用の安定の観点などから極めて重要であるためである。
事業成長担保権の制度における労働者保護のあり方を検討するに当たっては、例えば、以下のような事項を考慮する必要がある。
- 事業成長担保権の設定を契機とした伴走型支援による事業の継続及び成長を実現するためには、労働者の協力は不可欠であること
- 事業成長担保権の設定自体は、設定者と労働者の間の労働契約の締結・変更等について追加的な制約を加えるものではないこと
- 実行手続について、個別資産への担保権の実行手続のように個別資産の売却によって事業を解体させるものではなく、事業そのものを承継させるものとすることで、事業価値を維持するのみならず、労働者の雇用の継続にもつながるものとなること
- 後述のとおり、実行手続における管財人は、労働組合法上の使用者に該当すると解されることから、その権限に関し労働組合[78]からの団体交渉に応じるなど同法上の義務を遵守する必要があること
なお、企業や労働者を巡る状況は、事案ごとに多様である点には留意が必要であるものの、実際の事業経営において、労働者が安心して就業できる環境を整備することが極めて重要である。
企業を取り巻く経営環境、経営者と労働者の間のコミュニケーションの状況など[81]に応じて、必要な取組がなされるべきものと考えられるが、具体的な制度設計に当たっては、労働者の理解と協力を得て、事業価値を維持・向上させられるよう、類似制度や基本法令との整合性に留意しつつ、法令・ガイドラインその他の実効的な手当てを広く検討する必要があると考えられる。
- 具体的な制度設計
事業成長担保権は、その実行手続において事業が第三者に譲渡されることを通じて、労働者の地位に影響を与えうる。もっとも、実行手続が開始されるのは、主要な与信者に債務を弁済できない状況であるところ、これは、仮に事業成長担保権が設定されていない場合には、債務名義に基づく強制執行や抵当権等の他の担保権の設定・実行、あるいは破産手続開始原因がある場合には破産手続の開始などによって、既に、事業の解体・清算がされるおそれがある窮境状況であることに留意が必要となる。
この点、事業成長担保権は、伴走型支援として事業の継続及び承継を目指すことを趣旨とする制度であり、労働者の雇用の安定に資するものである。また、制度趣旨に鑑みれば、事業成長担保権の実行手続においては、上記の既存の担保権とは異なり、雇用の維持にも一定の配慮がなされるべきものとして設計される。
具体的な制度設計に当たっては、制度趣旨及び上記のような類似制度とは異なる特徴を含む制度の全体像に目配りをすることにより、必要な場面で適切に選択される制度とすることが重要となる。
こうした点を踏まえ、具体的な設計に当たり必要となる視点について、以下のとおり整理することが考えられる。
- 事業成長担保権の範囲・効力について
実行手続開始後も事業を継続する観点からは、総財産の管理処分権が設定者から管財人に移り、スポンサーに事業が承継された後も、労働者が継続して事業に従事できる必要がある。これを実現し、労働者保護に資する制度とするためには、事業成長担保権の担保目的財産に労働契約の使用者の地位も含まれるものとすることと整理することが望ましいと考えられる[82]。こうした整理により、実行手続の開始決定があった場合においても、管財人は財産の管理処分権に基づき事業を継続し、スポンサーに労働契約上の使用者の地位を承継させることにより、雇用を維持することが可能になる。
- 実行時の未払賃金債権等の優先性について
実行手続において、様々な債権について債権者間の平等を図る中で、労働者が有する未払賃金債権等の取扱いについては、その事業の継続に係る共益の費用としての性質に鑑み、既に(3)⑨(ii)で検討したとおり、随時・優先弁済するものと位置づけることが考えられる。通常の民事執行手続の枠組みにおいては、労働者が有する未払賃金債権等を担保権の被担保債権に優先させる枠組みは存在しないものの、事業成長担保権の制度趣旨(事業の継続等)を踏まえることで、その実行手続におけるこうした取扱いが正当化される。このように、事業成長担保権は、既存の担保制度に比べ、労働者保護をより強く図るものである。
- 実行時の労働契約の承継のあり方について
実行手続における事業の承継先への労働契約の承継のあり方[83]について、どのような手続を設けるか、検討が必要となる。その検討の際、以下の観点に留意して検討する必要があると考えられる。
- 労働者を手厚く保護することにより、労働者の流出を防止し、事業価値の維持につながる可能性
- 現行の倒産法下の窮境状態にある会社における考え方を前提とした上で、裁判所の監督の下、管財人に一定の裁量により、事案に応じた対応をすることで、早期のスポンサー選定を可能とし、結果として事業価値の維持、ひいては労働者保護にもつながる可能性
上記を踏まえ、実行手続における事業の承継先への労働契約の承継のあり方については、以下のように整理し、制度運用上明確化することが考えられる。
- 労働者・労働組合等を含めた利害関係人全体から見て公正な実行手続を実現するため、
- 加えて、事業を解体せず雇用を維持しつつ承継することを原則とする(個別
財産の換価は、事業の譲渡が困難である場合における例外とする)こととし、
- 上記の事業の承継等については、裁判所が、労働組合等の意見を聴取した上で許可することとする。
管財人によるスポンサー選定及び上記の裁判所の許可に際しては、倒産手続における事業譲渡と同様に、事業譲渡の金額の多寡のみを問題にするのではなくて、雇用の維持や取引関係の維持、その他多様な事情を考慮して最も適切な承継先を選定することが求められると考えられる。
- 労働者が実行手続に不安を抱く状況では、労働者の流出による事業価値の毀損を防止できないと考えられることから、実行手続におけるスポンサー選定におけ
る上記原則を含め、実行手続の進め方について労働組合等を通じて労働者の理解と協力が得られるよう、
- 裁判所が、実行手続の開始を決定するに際して、労働組合等にその旨を通知する手続[86]や、
- 裁判所が、事業の承継先・条件の決定(許可)に当たって、労働組合等の意見を聴取する手続、
- 管財人が、開始決定後、遅滞なく、労働組合等に対し、担保権実行手続の概要や事業承継先選定に当たっての原則、実行後における譲渡会社での破産手続の開始の見込みや破産手続の概要等、必要な情報を提供する手続を設けるなど、管財人が可能な限り高い事業価値を維持することができるスポンサーを選定した際に、管財人やスポンサーが意図しない形で労働者が流出することにより引き継がれない労働者が出ることを防止することが考えられる[87]。
なお、管財人が、労働者との合意に向けて、労働組合等に対して必要な情報を提供するに際しては、労働者保護の実効性を高める観点から、事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針等[88]における留意事項を参考にすることが考えられる。
- 実行時の情報提供・周知徹底について 実行手続における労働組合等への情報提供のあり方については、以下の観点に留意して検討する必要があると考えられる。
- 事業の継続という事業成長担保権の制度趣旨
- 労働契約の特殊性や実行手続中における事業の継続の観点からは労働者の理解と協力が必要であること
- 法定の倒産手続等、他の類似制度や実務の蓄積とのバランス
上記を踏まえ、実行手続における労働組合等への情報提供のあり方については、以下のように整理することが考えられる。
- これまでの倒産手続等における規定を参考に、以下の手続を設ける。
- 裁判所は、実行手続の開始に際して、労働組合等にその旨を通知することとする[89]。
- 裁判所は、事業の承継先・条件の決定(許可)に当たって、労働組合等の意見を聴取(意見聴取を通じて、不当労働行為の禁止などの労働法制上のルール等110に照らして一部の労働者が承継から不当に排除されてないかどうか等も検討)するものとする。
- 加えて、労働者には、労働法制上の各種権利(団体交渉等)が保証されているところ、こうした権利を必要に応じて適切に行使できるようにするため、
- 管財人111は、開始決定後、遅滞なく、労働組合等に対し、担保権実行手続の概要や事業承継先選定に当たっての原則、実行後における譲渡会社での破産手続の開始の見込みや破産手続の概要等、必要な情報を提供する手続を設けるものとする。
- 管財人は、労働者との合意に向けて、労働者が各種権利を適切に行使できるよう、情報提供に際して事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針等112の留意事項を参考にするものとする。
- 設定・活用に係る情報提供・周知徹底について
事業成長担保権については、労働契約上の使用者の地位が担保目的財産に含まれる点などを踏まえ、労働者の理解と協力を得るための情報提供等のあり方について、検討が必要となる。
その際、以下の観点に留意して検討する必要があると考えられる。
- 事業成長担保権を巡り、労働者の理解と協力を得て、労使間の紛争を予防することの必要性
- 担保権設定が実際に労働者の地位に与える影響(担保権者の労働組合法上の使用者性の論点を含む)
- 手続の負担や他の制度とのバランス
また、上記(イ)のとおり、事業成長担保権の設定を契機とした伴走型支援を活用した事業の継続及び成長のためには、労働者の理解と協力が不可欠である。
この点について、労働者から見ると、商業登記簿の閲覧や第三者からの伝達により担保権設定の事実を知るよりも、経営者から背景も含めて説明を受けた方が、協力のインセンティブが強まるとの指摘がある113。一方で、企業の置かれた状況や経営者と労働者の間のコミュニケーションの密度やスタイルは様々であるため、ルール・ベースで特定の事項の伝達等を義務づけてしまうと、例えば、コンプライアンスの観点から伝達した事実を明確に記録に残せるようにするなど、伝達のあり方が硬直的となり、かえって、コミュニケーションの質の低下につながるケースがあるとの指摘もある[90]。
- 注 100 参照。解雇権濫用法理(労働契約法第 16 条)、不当労働行為(労働組合法第7条)や、過去の裁判例において認められたいわゆる法人格否認の法理、労働契約の承継についての黙示の合意の認定等が当てはまる。
- 上記(イ)のとおり、管財人は労働組合法上の使用者に該当すると解されるところ、上記情報提供により、労働組合等は管財人との意見交換、必要に応じた団体交渉の申し入れなど、どのタイミングで管財人とどのような接触を持つかについて判断することができるようになると考えられる。
- 当該指針に加えて、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」第2の4労働者の理解と協力に関する事項も参考にすることが考えられる。
- そのため、設定時において労働者に対する個別の通知及び労働組合に対する通知などを義務づけるべきだとする指摘があった。
したがって、企業の状況に応じたコミュニケーションが行われることが重要であるが、例えば、もとより、経営者と労働者の間で労働者にも関係がありうる経営方針や重要事項について日常的に適切なコミュニケーションが確保されることが望ましいところ、その一環として他の重要事項と同様に資金調達やそれに伴う事業成長担保権の設定に際しても、労働者の自発的な協力を得るためには、労使間の情報共有が重要と考えられる。また、労使間のコミュニケーションの改善を図ろうとする取組は、日常的な経営の中で実現されることが望ましいと考えられるものの、資金調達やそれに伴う事業成長担保権の設定を契機になされることがあってもよい。このため、事業成長担保権の設定の際に、労働者の理解と協力を得るべく、担保権の内容を含め、企業が置かれている環境や経営課題などを併せて労働者とコミュニケーションを図ることが考えられ、労使関係者の意見も踏まえながら、そうした労働組合等への情報提供等の促進に向けて取り組むことが望まれる。
さらに、事業成長担保権に関する正しい理解を促す観点から、制度の全体的な情報提供等のあり方について、以下のように整理することが考えられる。
- 事業成長担保権を巡る労使間の紛争を予防するためには、事業成長担保権の制度について、関係者に正確に理解してもらうことが必要と考えられる。そのため、
- 事業成長担保権の目的に労働契約上の使用者の地位が含まれるとしても、事業成長担保権者は労働条件等について決定する等の権限を有するものではないことや、
- 事業成長担保権設定の目的は事業成長担保権者が労働条件等に影響を及ぼすことではないこと、
- 労働者の理解と協力を得て、紛争を防止する観点から、設定の際における労働組合等への説明を行うことが望ましいこと、について、政府において積極的に周知・広報を図る(本制度を利用しない方も含め、幅広く事前に情報提供する)こととする。具体的には、事業者、労働組合、金融機関等向けの説明会を地域別に開催することで、新しい融資実務に係る理解を促すこととする。
- 労働組合法上の使用者性の論点については、
4.その他の課題
- 新たな融資実務の発展ための制度の設計及び周知・浸透
事業性に着目した融資実務を発展させる観点からは、今後の詳細な制度設計において、事業成長担保権について、「利用される」制度として設計されることが求められる。
既述のとおり、現在、成長企業等が、金融機関から事業性に着目した融資を受けようとする際には、個別財産を目的とする既存の担保権を組み合わせるという実務上の工夫がなされている。もっとも、既存の担保権は個々の財産の価値に着目するものであり、事業性に着目した融資に活用するのに必ずしも最適な選択肢ではない等の課題が指摘されている。
この点、事業成長担保権は、以下の点において、現行の担保制度が抱える課題に対応でき、また、事業の成長・継続に不可欠な利害関係人にとって望ましい制度となる可能性がある。
イ)実行手続において、労働者の給与債権や商取引先の売掛債権などを優先して弁
済する仕組みを有しているため、労働者や商取引先にとって望ましい制度であり、
ロ)労働者や商取引先の協力を得て事業を継続させることで、より高い価値を実現しうることを背景として、経営に当たり挑戦するための成長資金等をより良い条件で調達できるようになるという点で、借り手にとっても望ましい制度であり、
ハ)事業の継続により実現しうる高い価値から一定の優先的な弁済を得られる仕組みを有しているため、貸し手にとっても望ましい制度である。
一方、現実に「利用される」制度となるためには、既存の譲渡担保権等と比較した使い勝手の良さや他の制度との法制的な整合性にも留意し、利用に当たって、簡易・迅速・廉価な制度とすることが重要である[93]。
特に、イ)について、3.(3)⑨(i)~(iv)のとおり、実行手続において、労働債権や商取引債権など、事業の継続に必要な債権等に対して優先的に弁済される仕組みを備えている点は重要である。事業成長担保権は、3.(1)①のとおり、法制上は、総財産を目的とするものとして規定されるものの、事業の成長・継続に不可欠な利害関係人との調和の図られた制度である。この理解が一般に広く共有され、「利用される」よう、金融庁において、関係省庁と連携し、制度の周知・浸透に取り組んでいく必要がある。
- 実務負担軽減のための取組
事業成長担保権が「利用される」制度となるためには、上記(1)の制度設計及び周知・浸透のほか、実務負担における負担や心理的な障害を取り除くことが重要である。
特に、上記のように全ての利害関係人が裨益しうる制度である点について正しく理解されないまま、利用時に誤解や不安が生じることは、避けなければならない。かつて、動産・債権担保融資(ABL)において、上記のイ)やロ)のような要素が存在しないという事情も相俟って、その担保権設定の登記が、取引の相手先に信用不安のシグナルとして映ってしまうということがあった。事業成長担保権については、イ)~ハ)などの特性を有する、全く新しい、前向きな資金調達に用いられる担保制度として設計し、これを広く周知・広報していく必要がある。
事業成長担保権を利用した新たな融資実務については、日本に馴染みのないものであることから、なかなかイメージが掴みきれないという声もある。また、実際に制度を利用するためには、特に貸し手側において、事業性を評価できる人材の育成や、担保評価実務の発展などが必要となる。
また、3.(1)③のとおり、事業成長担保権の設定は信託契約によることとされているところ、信託は一般的に馴染みのないものである点に鑑みると、当該信託契約や受託会社としての態勢整備の標準的なあり方についても、関係者の多様な創意工夫を妨げないよう留意しつつ、周知・広報していくことが重要と考えられる。
(3)活用事例の共有
このように、実務上、対応すべき事項は様々ある。もっとも、事業成長担保権を利用した新たな融資実務の発展のためにまず重要なことは、活用事例を作り上げていくことである。事業成長担保権を利用した資金調達によって事業が成功し、経営者、貸し手、事業に関わっている取引先や労働者を含む、事業の成長・継続に不可欠な利害関係人が幅広く裨益する、という事例が生み出されることにより、実務のイメージが掴みやすくなることが期待される。
なお、最初の事例の形成に際しては、諸外国の例も参考にしつつ、実務家の意見を踏まえた現実的な想定事例を参考とすることも重要と考えられる。例えば、新しい融資実務の形として期待されるベンチャー・デットについては、諸外国の例を踏まえると、特に以下の点が、実務の形成に当たって有益な示唆を与えるものと考えられる。
- 主にシリーズA[94]の後で数億円程度の調達をしようとするまだ黒字化していないスタートアップに利用されることが想定される。金融機関へのプレゼンも、将来キャッシュフローや成長性に目途が立ってから行う方がイメージしやすい。
- デットだけでなく、ワラントを組み合わせる等、事案の特性に応じて、リスクとリターンが経済的に合理性・持続可能性のあるものとなるよう、資金供給の詳細を設計する必要がある。
- 資金調達の多様化という点で望ましいものの、創業者の持分割合が維持され続けることなどを原因として、経営へのガバナンスを弱める可能性もある。ガバナンスが適切に働かない場合には、かえってスタートアップの成長を阻害するおそれがある、という一面もあることについて、留意が必要となる。
このほか、スタートアップ等のスピード感が求められる M&A の場面において、事業成長担保権が設定されていることにより、現行の会社法上の債権者保護手続の規定に加え、「通常の事業活動の範囲」という権限範囲に関する規定(3.(2)⑥参照)が及ぼす影響に関し、金融機関との間の事業内容・事業価値に関するコミュニケーションのあり方について、一定の実務のイメージが必要になるとも考えられる。
おわりに
以上が、本ワーキング・グループにおける審議の結果である。事業性に着目した融資実務の発展に向けて取り組むことは、成長企業等が抱える資金調達の課題に対応し、日本の企業・経済の持続的成長を目指す上で重要な意義を有する。事業成長担保権は、労働者や商取引先を適切に保護し、金融機関による事業の継続及び成長のための支援を円滑にすることを目指すものであり、事業性に着目した融資実務に適合する新たな選択肢となる。
今後、関係者において、本報告に示された方向性を踏まえ、適切な制度整備に向けた対応や理解の醸成・周知、融資実務の発展が図られることを期待する。また、新たな制度の下で、事業者、労働者、商取引先、金融機関、当局等の多様な関係者が連携・協働し、実効性ある対応に向けて、金融制度を不断に見直していくことが重要である。
当局及び関係者に対しては、このような観点を念頭に置きながら、今後とも、継続的に将来を見据えた対応を図っていくことを望みたい。
参考資料検討の経過
「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」は、本報告を公表するまでに計7回にわたり会合を開催した。各回の開催日やテーマは、以下のとおりである。
2022 年9月 30 日の金融審議会総会において、金融担当大臣より、 「スタートアップや事業承継・再生企業等への円滑な資金供給を促す観点から、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度について検討を行うこと」 との諮問がなされたことを受け、金融審議会に「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」が設置された。
スタートアップや事業の成長・承継・再生等の局面にある事業者の場合には、不動産等の有形資産担保や経営者保証等がなければ、資金を調達することが難しい、といった課題が今もなお指摘されている。こうした事業者が資金調達に課題を抱えることは、日本の企業・経済の持続的成長を目指す上で大きな障害となる。
このような課題に対応すべく、本ワーキング・グループでは、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業者が事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度の早期実現に向けた議論を行った。
本報告は、本ワーキング・グループにおける審議の結果をまとめたものである。
1.検討の背景
(1)これまでの取組
事業者は、ヒト・モノ・カネ・情報といった有形・無形の資産を一体として活用することで、新たな価値を生み出している。特に近年は、不動産等の有形資産を持たない事業者が、技術力やブランド等の無形資産をその競争力の源泉として成長する事例が増えている[1]。金融機関には、有形資産だけでなく無形資産を含む事業全体に着目し、必要な資金を融資すること等を通じて、その価値創造を支えることが求められる。
現在では、長年続く金融緩和の影響もあり、相対的にリスクが低い事業者を中心に、資金調達状況には一定の改善が見られる。しかし、スタートアップや事業の成長・承継・再生等の局面にある事業者(以下「成長企業等」という。)の場合には、不動産等の有形資産担保や経営者保証等がなければ、資金を調達することが難しい、といった課題が今もなお指摘されている[2]。
成長企業等が資金調達に課題を抱えることは、日本の企業・経済の持続的成長を目指す上で大きな障害となる。こうした課題に対応するため、これまでも、エクイティからデットまで、メザニン等も含め、資金調達の選択肢が幅広く充実するよう、資本市場や金融機関に関わる法制度や検査・監督のあり方の見直しが進められてきた。
メザニン・・・日本政策投資銀行HPより。
https://www.dbj.jp/service/invest/mezzanine/?sc=1
メザニンファイナンスとは、従来金融機関が取り組んできたシニアローンと、普通株式によるエクイティファイナンスの中間的な金融手法です。
メザニンファイナンスには、劣後ローン/劣後債、優先株/種類株、ハイブリッドファイナンスなどの種類があり、いずれもシニアローンと比べて返済順位が低いためリスクが高い資金になりますが、投資リスクに見合った金利・配当水準が設定されることによって、経済合理性が確保されています。
お客さまには、既存株主の議決権希薄化の回避、柔軟な償還・EXIT方法の設定などのメリットがあります。また、資金計画や資本政策に応じて柔軟な設計が可能であることから、近年は財務基盤強化、事業買収、子会社・事業の切り出し、事業承継、非公開化といったケースにおいてもニーズが高まっています。
このうち、デットに関連する選択肢を充実させる観点からは、例えば、諸外国のリレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の融資実務を参考としつつ、成長企業等への融資実務のあり方が模索されてきた。近年では、金融庁も、2019 年の金融検査マニュアルの廃止や監督指針の改正[3]等を通じ、各金融機関が、その経営戦略や与信管理、人的投資等において多様な創意工夫を発揮し、事業者の多様なニーズ・資金調達に対応することが可能となるよう、環境整備に努めてきた。
本ワーキング・グループ(以下「本 WG」という。)で討議された事業全体に対する担保制度は、こうした成長企業等への不動産等の有形資産担保や経営者保証等に過度に依存しない融資実務の発展を後押しするための施策の一つに位置づけられる[4]。諸外国では、類似の制度が、リレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の融資実務において広く活用されており、その活用目的は、従来の日本の担保制度の捉え方(破産時の保全・回収)に止まらず、成長企業等への融資の基礎となる事業者・金融機関の緊密な関係構築や金融機関に事業の実態や将来性の的確な理解を動機付けるものとされている[5]。
日本でも、これまで、既存の担保制度の枠内で、諸外国の制度と類似する法的効果を得るため、将来債権への譲渡担保権や不動産や各種財団への抵当権等を組み合わせるという実務上の工夫がなされ、これを基礎として、事業性に着目した融資実務を発展させる動きも広がりを見せつつある。
もっとも、その中心は、現在では、一定の PPP、PFI 等のプロジェクトファイナンスや事業承継時等の LBOファイナンスとなっている。また、日本の既存の担保制度は、個々の財産の価値に着目するものであることから、LBO ファイナンス等においても、事業の継続及び成長のための支援に支障が生じうるなど、事業性に着目した融資実務を目指す上では、必ずしも最適な選択肢ではないという指摘があった[6]。
諸外国においては、事業全体に対する担保設定が可能な制度を活用して、プロジェクトファイナンスや LBO ファイナンスだけでなく、リレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の幅広い融資実務が発達していることを踏まえると、日本の金融機関における評価・審査実務だけでなく、担保制度にも、改善の余地があると考えられる。
(2)足下の情勢と金融機関への期待
こうした中、足下では、世界的に経済の先行きに対する不透明感が大きく高まるとともに、急速に構造的な環境変化が生じている7。こうした変化に的確に対応し、日本経済の力強い回復とその後の持続的な成長を支えるため、
- 経済の牽引役となるスタートアップ8等の成長企業の支援、
- 経営者の高齢化や経済社会構造等の変化に適応9し、生産性10を高めようとする事業者への経営改善・事業転換・事業承継支援、
- 原材料価格の高騰11等の影響を受けた事業者への適切かつ迅速な資金繰り支援、
- コロナ後の事業再生に取り組もうとする事業者への支援、等において、金融機関への期待は、より一層高まっている。
このような足下の期待に応えるためにも、リレーションシップバンキングやベンチャー・デット等の不動産等の有形資産担保や経営者保証等に過度に依存しない事業性に着目した融資実務のさらなる発展が必要である。本WGでも日本のベンチャー・デットについて諸外国に比べて未成熟な状況にあることが指摘されたように、事業性に着目した融資実務は、今後、日本において、発展する余地が大きいと考えられる。
もっとも、こうした融資実務を発展させるためには、金融機関を適切に動機付けることが必要となる。各金融機関が、その経営戦略や与信管理、人的投資等において多様な創意工夫を発揮し、評価・審査実務などの研鑽を含め、事業者との緊密な関係構築や、事業の実態や将来性の的確な理解を進めていくことに経営資源を投入することが重要であるためである12。
既述のとおり、これまでも既存の制度の枠内で実務が発展してきたものの、諸外国と比べ、金融機関に対する動機付けとして、現行の担保制度は最適な選択肢であるとは言いがたい。そのため、事業全体に対する担保制度の創設により、金融機関を適切に動機付けることができる新たな選択肢を提供することが、事業性に着目した融資実務の発展を促し、成長企業等が最適な資金調達を行いやすい環境を整備する上でも、重要と考えられる。
- 金融庁「2022 事務年度金融行政方針~直面する課題を克服し、持続的な成長を支える金融システムの構築へ~
(2022 年8月 31 日)」コラム1:現下の金融経済情勢
<https://www.fsa.go.jp/news/r4/20220831/220831_allpages.pdf>
- 日本の開業率(5.1%(※))は、米国・英国等(10%台)と比べて低い状況が続いている。
※厚生労働省「令和2年度雇用保険事業年報」
- 東京商工リサーチ「企業情報ファイル」(第2回事務局説明資料 p27)
- 日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2021」(第2回事務局説明資料 p29)
- The World Bank (2022). Monthly Prices. World Bank Commodity Price Data.
<https://www.worldbank.org/en/research/commodity-markets>
FAO(2022). FAO Food Price Index. World Food Situation. <https://www.fao.org/worldfoodsituation/foodpricesindex/en/>
(第2回事務局説明資料 p30)
- 更に進んだ考え方として、より大きな金融実務や競争環境に係る方向性として、事業者の実態や将来性を理解することのできない金融機関が生き延びていけない環境の整備を目指すべき、とする意見があった。
(3)本 WG の議論の位置づけ
現在、法務省の法制審議会担保法制部会にて、担保制度一般の見直しに向けた幅広い議論が進められており[7]、事業全体に対する担保制度もその論点の一つとされている。他方、上記のような足下の喫緊の課題に対応するため、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月7日閣議決定)において、事業全体に対する担保制度が、他の資金調達に係る施策とともに「関連法案を早期に国会に提出することを目指す」とされた。これを受け、同年9月 30 日の金融審議会総会において「スタートアップや事業承継・再生企業等への円滑な資金供給を促す観点から、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度について検討を行うこと」が諮問された。同年 11 月 28 日の第 13 回「新しい資本主義実現会議」において決定された「スタートアップ育成5カ年計画」においても、同様の内容が明記されている。
本WGでは、こうした情勢を踏まえ、事業全体に対する担保制度を早期に実現する観点から、現行制度とのバランスや整合性に留意し、かつ、これまでの法制審議会担保法制部会における議論の蓄積等を踏まえつつ、特に、事業性に着目した融資実務を動機付けるような担保制度の設計とその導入に伴い求められる金融実務について、集中的に議論を行った。
以下は、こうした議論の内容をまとめたものである。
なお、事業全体に対する担保制度の設計に当たって、労働者を含む関係者の適切な保護の必要性が認識されているところ、特に労働者保護のあり方が、第1回、第2回、第4回及び第6回において、大きく取り上げて議論された。
本 WG の議論を踏まえ、金融庁は、事業全体に対する担保制度を早期に実現するとともに、本制度を活用した新たな融資実務の発展に向けて、金融機関における人的資本投資や態勢整備に関する検討、信託契約の定め方を含む先行事例の共有など、関連する取組を進めるべきである。
本WGで議論された事業全体に対する担保制度その他関連施策等を通じて、成長企業等が、デット・エクイティを組み合わせ、自身にとって最適な資金調達を行いやすい環境が整備され、その事業の創出、継続及び成長が強く後押しされていくことが期待される。
2.期待される融資実務のあり方
(1)現在の融資実務
金融機関には、貸出先の事業の内容やリスクを理解して、貸出しの可否等を判断することが求められてきた。他方、事業者との緊密な関係構築や事業の実態や将来性の的確な理解が難しい場合においても一定の資金供給を可能とするため、不動産等の有形資産担保や経営者保証等による保全、融資額の小口化や取引先企業の増加によるリスク分散等によって、リスクを抑えて融資を実行することがある[8]。
こうした現在の融資実務は、現行の制度環境の中で融資を行おうとする努力によって形成されてきたものと考えられ、例えば、担保等の提供によるリスクの抑制によって借入可能金額が増える場合や金利が低下する場合等には、企業側にもメリットがあったと考えられる。
一方で、現在の融資実務には、
- 有形資産を持たない成長企業等への融資が難しい、
- 融資が実行された場合についても、
- 価値の安定した財産により保全されているため、事業の実態を把握して伴走支援に注力するような経済合理性が乏しく、特に業況の悪化局面において、これを早期に察知し、経営改善に向けた支援を行うことが難しい、
- 事業再生の局面において、平時からの金融機関の事業への理解不足やメインバンク不在の中で多数の貸し手の多様かつ複雑な利害関係を調整する高いコストのために事業者が金融機関から支援を受けることは難しく[9]、また、経営者個人としても、経営者保証によって経営者個人が負うリスク等の理由により、経営改革に着手することが難しい、といった課題が存在すると考えられる。
現在の融資実務では対応できない事業者のニーズに応え、上記の課題に対応できる
選択肢を新たに広げていくための環境整備を図っていくことが必要である。
(2)新しい融資実務への期待
本WGでは、上記の課題に対応する事業性に着目した融資実務を発展させるための選択肢の1つとして、事業全体に対する担保権(事業成長担保権(仮称))について議論を行った。
事業成長担保権に期待されている機能は、より具体的には、その設定により、事業者と金融機関との関係を緊密なものとすること(加えて、金融機関において、一定程度の融資額の大口化や一定の取引先企業へのリソース投入等を通じて、事業者支援を行うことが合理的になること)である。
これにより、事業成長担保権を利用した新たな融資実務においては、
- 有形資産を持たない成長企業等でも、事業の成長可能性があれば、融資が可能となる、
- 融資後についても、
- 金融機関として絶えず変動する事業の実態を継続的に把握し、伴走支援に十分なリソースを投入することが経済合理的になり、特に業況の悪化局面において、これを早期に察知し、経営改善に向けた支援を行うことが可能となる、
- 事業再生局面においても、金融機関は、継続的な実態把握を通じた事業への深い理解に基づき事業者を支援し、複数の貸し手が存在する場合にもその利害調整を主導することができるほか、経営者においても経営者保証が付いている場合と比べて経営改革の着手がされやすい、といった改善が期待できると考えられる。サービス業やデジタルが中心となった時代に則した担保制度であり、その活用により、例えば、専門人材の採用や職員の専門性の養成により、デジタル関連など、新しいビジネスモデルを理解し融資できるようになる金融機関が増えてくることが期待される。
こうした制度の創設により、事業者の置かれている状況や金融機関の経営戦略に応じて、個別資産の価値に着目した融資と事業性に着目した融資とを適切に使い分けることにより、従来よりも幅広い企業に円滑な資金提供が実施されるようになることが期待される。
3.事業成長担保権について
(1)事業成長担保権の設定に係る論点について
① 担保目的財産
事業成長担保権の担保目的財産の範囲については、これまで、事業そのものを定義して担保とする案や、動産や債権のほか、契約上の地位、知的財産権、のれん等を概括的に特定して担保とする案など、様々な見解が議論されてきた[10]。
もっとも、担保目的財産は、解釈上も範囲が明確で、法的安定性が確保できるものである必要がある。そのため、事業成長担保権においては、現行制度上も担保権の目的となる「総財産」を一体としてその目的とすることが適切と考えられる[11]。ただし、事業成長担保権が、のれん等も対象に含むためには、総財産とするのみでは足りず、事業活動から生まれる将来キャッシュフローも担保の目的とするものであること(将来設定者に属する財産を含むこと)を明確化する必要があると考えられる[12],[13]。
また、事業者の資金調達におけるニーズという観点からは、事業単位での担保権設定を可能とすべきという意見があった。もっとも、事業毎に資産を分類し担保目的財産を確定させることやその公示方法には課題が多いことから、この点については、今後の検討課題とすることが考えられる[14]。
このほか、担保目的財産を総財産とすることに伴い、設定者が合併や分割をする場合[15]における担保目的財産の処遇について、規定を置く必要がある。
まず、合併に係る規定は、組織法上の債権者保護手続[16]により他の債権者の保護が図られることを前提として、(i)合併する法人の一方のみが事業成長担保権設定者である場合には、合併後の存続法人又は設立法人の総財産を事業成長担保権の目的とし、
(ii)合併する法人の双方が事業成長担保権設定者である場合には、事業成長担保権
者及び後順位の担保権者の間における協定を必要とすることが考えられる[17]。次に、分割に係る規定として、分割後の承継法人又は設立法人は、事業成長担保権が担保する債務を分割承継できないこととすることが考えられる[18]。なぜなら、事業成長担保権については物上保証を許容せず、債務者と設定者の分離を認めないことが、適切と考えられるためである。
設定者の範囲について、個人(事業主)の場合、担保権の目的となる事業のために用いる財産とそれ以外の私生活のための財産とを区別することが困難であることから、少なくとも個人については設定者となることができない(設定者は法人に限定する。)ものとする必要がある。
さらに、④で後述する公示制度の観点や、事業の成長可能性や足下の喫緊のニーズの高さから、会社法上の株式会社や持分会社など、まずは営利を目的とする法人であって、商業登記簿において公示される者に更に限定することが望ましいと考えられる
26,[21]。
なお、設定者が行うべき機関決定について、他の担保権と同様、その設定には取締役会等の決議を要する一方、実行に伴う事業売却には特段の決議を要しないと考えら
れる[22]。
当事者に後順位の担保権者も含める。企業担保権は他の全ての担保権に劣後する一方で、事業成長担保権はこれに優先・劣後する個別財産に対する担保権が存在するためである(④参照)。特に双方の事業成長担保権に劣後する担保権が存在する場合には、各担保権の順位が合理的に決定できなくなるため、この場合には劣後する担保権者との間にも協定を求めることとしている。もっとも、実務上の対応としては、合併前に任意の弁済等により、一方の事業成長担保権を消滅させる、若しくは一方の後順位の個別担保権を消滅させる、又は債権者保護手続において異議を述べた債権者には弁済等をする、といった対応の方がより簡便で現実的ではないか、との指摘もあった。
③ 担保権者(被担保債権、極度額)
(イ)担保権者
担保制度については、例えば、個人や一般事業会社、無登録で貸金業を行う者などが、事業に不当な影響を及ぼすことを目的として、事業者への貸付けと同時に株式や重要な事業資産への譲渡担保権等の濫用的な取得・行使をするおそれがあるとの指摘がある。
事業成長担保権についても、債務者が事業成長担保権の内容を理解せずに設定してしまうことで同様の弊害が生じるのではないか、また、事業者が、事業の状況について金融機関と目線を合わせつつ、経営改善のために必要に応じて事業計画等を見直していくことが想定されるところ、事業者が、担保権者と対等な立場で目線を合わせることができるのか、という懸念から、適切な活用がなされるよう、担保権者について限定すべき、とする意見が寄せられた29。
他方で、事業者がより良い条件で成長資金等を調達できるようにする観点からは、成長企業等の事業の実態や将来性を的確に理解し、成長資金等を供給できる与信者に対して、広く利用を認めるべき、といった意見が寄せられた。
上記の弊害を防止する観点及び制度の効果を発揮する観点からの意見にそれぞれ応えるためには、事業成長担保権の信託を求めることが考えられる。また、(3)⑨ (iv)において、一般債権者等の取り分を確保する場合には、現行民法の優先関係の体系を前提とする限り、信託法理を利用することが必要と考えられる。そのため、事業成長担保権の設定については、信託契約によらなければならないこととすることが考えられる。
具体的には、以下の設計とすることが考えられる。
- 事業成長担保権の設定を信託契約によることとし、事業成長担保権者については、当該信託契約の受託者とする。
- 当該信託事業については、新たに事業成長担保権の信託に関する業を創設することとし、当該業を行う者(以下「信託会社」という。)に対して免許審査や行為規制を課すこととする30。
- 当該信託会社においては、債務者との間で信託契約を締結するに際して、事業
いて株主総会決議の要否が問題にならないことと同様に、株主総会は不要と考えられる。もっとも、この場合においても株主の保護を考える必要はあるところ、(3)⑧(iii)で後述するとおり、裁判所に選任される管財人が株主を含む利害関係人に対して善管注意義務を負って職務を行うこと、売却に当たって裁判所の許可が介されること等により、公正な方法で売却されることが確保されていることから、株主の保護が適切に図られるとも考えられる。
以上の点について、金融庁論点整理 2.0 p97-100 も参照。
- 現行の企業担保法は、同様の懸念(第 28 回国会 参議院 法務・商工委員会連合審査会(昭和 33 年3月 13 日)における政府委員答弁参照。)等を踏まえ立法されているところ、担保付社債信託法の適用を通じ、企業担保権者を信託会社又は信託兼営金融機関等に限定することにより、担保付社債信託法による信託会社等への行為規制等において、濫用の懸念に対応することとしている。他方で、被担保債権者については、社債への限定を除き、制約は存在しない。
- 加えて、信託業法上の免許を受けた信託会社、信託兼営法上の認可を受けた金融機関等についても、当該信託契約の受託を認めることが考えられる。
成長担保権の内容や、被担保債権者となる与信者の属性[23]が十分に理解されるよう、契約の相手方である債務者への適切な説明を義務づけることとする。
➢ 信託契約における受益者(被担保債権者)について、2種類の受益者の指定を求めることとする。一方の受益者(与信者)は、基本的に既存の担保権の被担保債権者と同様の扱いとしつつ、もう一方の受益者(一般債権者等)は、(3)
⑨(iv)の一般債権者等の取り分の確保のために指定されるものとする[24]。
もっとも、信託法理による場合、信託スキームの構築等に伴い、各種コストやリスクが生じうるところ、具体的な制度設計に当たっては、以下のとおり、各種コストや
リスクによって制度の利用が事実上困難となることがないよう、留意する必要がある。
(参入要件)
受託者となる信託会社の資格要件を必要以上に厳格にすると、スキームの担い手が非常に限定され、ひいては、案件ごとの金銭的なコストを高める要因となると考えられる。
この点、事業成長担保権に関する信託の免許は、信託業法上の信託会社の免許とは異なり、基本的には担保権のみの信託を引き受けることを可能とするものであり、その信託事務も、担保権の実行等に限定される。免許要件についてはこうした実態に応じた形で、過度な負担を課さないよう、合理的に設計すべきと考えられる[25]。
(信託事務の内容)
事業成長担保権に関する信託事業について、受託者の裁量が広範に、また、義務が複雑なものとなった場合には、信託会社は信託事務の適切な執行のために高度な態勢整備等をすることが求められることとなり、結果として、担い手が限定され、かつ、高コストな仕組みとなってしまうおそれがある。
この点、平時における担保権者の権限行使や債務不履行発生時の担保権実行等は、基本的には事業性に着目した融資を担う与信者が最も適切に判断できると考えられることから、当該受託者に求められる信託事務は、現実的には、受益者(与信者)の意思を確認するなど、ある程度定型的に行動すれば足りるものが多いと考えられる。また、もう一方の受益者(一般債権者等)のために、事業成長担保権の実行手続において、その取り分を確保し、給付するという一連の事務についても、ある程度定型的なものとなることが考えられる。
上記を踏まえ、制度や信託のモデル契約等の工夫を通じて、信託会社が、不必要なコストをかけずに、その事務を適切に遂行できるよう、信託事務の内容を可能な限り明確化・定型化することで、使いやすい制度とすることが望ましいと考えられる。
(個別案件における金銭的コスト)
信託会社が関与することに伴い、信託報酬等が発生する可能性がある。この場合、シンジケートローンなど大規模な資金調達であれば、既存のエージェント・フィーと同様に位置づけることが可能と考えられる一方、中小規模のローンの場合にはこうした報酬を事業者が捻出することが難しいケースが出てくることや、スキーム構築コストが高い仕組みとなり、利用しにくくなることが懸念される。
この点、与信者が受託者を兼ねることができる場合には、こうした課題を一定程度解消することが可能と考えられることから、こうした設計を許容する制度とすべきと考えられる[26]。
(ロ)極度額
現行制度上、根抵当権及び不動産根質権のみが極度額の設定を必須としている[27]。これは、その目的である不動産の価値が相対的に安定しているため、後順位の担保権者による追加融資を促す観点から、極度額を設定することが有用との考え方に基づくものである[28]。この点、事業成長担保権の場合は、担保目的財産の価値が絶えず変動し、事業の継続及び成長を支える過程で必要となる調達金額も増減するため、極度額を予め設定しておく意義は乏しいと考えられる。
このほか、根抵当権に極度額の設定が必須とされる理由として、後順位の担保権者以外の第三者の保護も挙げられる。この点、事業成長担保権では、(i)担保目的財産について第三者が所有権の移転を受ける場合、当該第三者は、事業成長担保権の負担のある所有権を取得することはない((2)⑥参照)ため、極度額の設定による保護は必要ないほか、(ii)第三者が担保目的財産を差し押さえようとする場合には、強制執行手続の配当には事業成長担保権者は参加できないこととする((2)⑦参照)ことにより、当該第三者は保護されると考えられる。
もっとも、極度額を任意で設定することが有用な場合もあると考えられる。例えば、複数の異なるリスク選好を持つ貸し手が存在する場合には、極度額を設定しつつ、優先関係を複層化させることで、資金調達の多様化が図られる可能性がある[29]。
そこで、事業成長担保権の極度額は、任意設定事項とし、さらに、設定者が必要と認めたときに、事業成長担保権者に対する意思表示により、極度額を設定できることとすることが考えられる[30]。
なお、極度額を任意に設定した場合に公示を必要とするか否かについては、その利便性向上の程度のみならず、システム構築に係る金銭的費用や手続に係る時間的費用等を踏まえ、その費用対効果に照らして検討されるべきと考えられる。事業成長担保権については、その担保価値が常に変動することから、極度額を公示する必要性は限定的であると考えられる。設定者においても、極度額の公示は資金調達の際に立証負担を軽減させることに寄与する面はありうるものの、資金調達状況に応じて極度額を変更するたびに変更登記をするコストを負うこととなってしまう。そのため、極度額の公示は必要とせず、後続の貸し手は、公示された情報にとどまらず、担保目的財産(事業全体)の実態や資金調達の状況を調査した上で、担保価値を評価することを前提とする制度設計が望ましいと考えられる。
(ハ)その他
また、事業成長担保権について、不動産担保や個人保証に過度に依存しない、事業性に着目した融資実務の発展という制度趣旨に鑑みると、事業成長担保権者が、個別財産に対する担保権を行使することにより、債務者の事業の一体性が損なわれることは望ましくない。一方で、事業成長担保権には、担保目的財産が逸出した場合の追及効がなく、また、(2)⑥で後述するとおり、取引安全のために特別の第三者保護規定が設けられることから、むしろ事業の一体性を守るため、特に重要な財産について、別途、個別財産に対する担保権の設定を受けることにも合理性がある。そのため、個別財産に対する担保権の設定や行使の制限については、上記の要請を踏まえ、制度整備を図ることが適切と考えられる。
④ 対抗要件(優先関係)
担保権の設定状況は、事業者への潜在的な新たな貸し手にとって、重要な情報となる。担保権の設定状況に係る手掛かりが公示されていれば、新たな貸し手の調査コストの低減や予測可能性の確保が図られることから、新たな貸し手の参入障壁を下げることができる[31]。
この点、商業登記簿は、現在も幅広く閲覧されているため、担保権の設定状況に係る手掛かりとして適切であると考えられる。新たな公示制度を設け閲覧を促すことの追加的なコストや、その構築に係る時間的・金銭的な費用を抑えられるという点で、効率的な選択肢とも考えられる。
こうした点を踏まえ、事業成長担保権の対抗要件については、商業登記簿への登記によって具備するものとすることが考えられる[32]。
なお、商業登記簿における登記事項については、手続を簡素にし、システム構築等の負担を軽減する観点から、登記の目的、受付年月日・受付番号、登記原因、事業成長担保権者の名称及び住所、とすることが適切と考えられる。また、極度額の登記については、上記③のとおり、これを登記事項としないことが適切と考えられる[33]。
また、商業登記簿への登記に加え、不動産等の登記・登録等の制度が存在する財産について、当該登記・登録等の制度の公示機能を維持する観点から、事業成長担保権の登記・登録等を求めるべきという考え方もありうる。事業成長担保権の目的財産に第三者が関係するケースとしては、主に、当該財産について(i)第三者が譲渡を受ける場合、(ii)第三者が担保権の設定を受ける場合、(iii)第三者が担保目的財産に差押え等をする場合、(iv)第三者が賃借権や用益物権等を取得する場合が考えられる。
(i)~(iii)については、事業成長担保権設定者による財産の処分権限の問題として整理することが可能と考えられる。また、(ii)については、登記・登録等が存在する財産に対する担保権設定契約の際に商業登記簿謄本等の提出を求めることができ、
(iii)については、実務上、執行手続の申立て時に、商業登記簿謄本の提出がされている[34]ことから、商業登記簿への登記のみとすることとしても、当該第三者に不測の損害が発生する可能性は低いと考えられる[35]。(iv)については、仮に事業成長担保権が実行された場合も、当該賃借権等が対抗要件を具備している限り、当該権利の負担が、当該財産の譲受人に引き継がれることとすることによって、第三者保護のバランスは図られると考えられる。
このほか、他の担保権との優先関係については、質権や抵当権、譲渡担保権と同様とすることが考えられる[36]。
事業成長担保権は、総財産を目的とし、設定者の事業活動を通じて担保目的財産を構成する財産が日々変動することが予定されているため、事業成長担保権の設定後に流入した財産の対抗要件具備の時期が問題となりうる。この点、将来発生・流入する財産への担保権設定が可能な将来債権譲渡担保や集合動産譲渡担保においては、設定時において具備した対抗要件の効力が将来発生・流入する財産に対しても及ぶと解されていることから[37]、事業成長担保権においても、これと同様に、将来設定者に属する財産についても、設定時に対抗要件を具備できるものとすることが考えられる[38]。
⑤ 経営者保証等の制限
経営者等による個人保証や自宅などの生活に欠くことのできない財産に対する担保権の設定は、経営の規律付けや信用補完の役割を担う一方で、個人の私生活に大きな影響を及ぼしうる。経営者保証に過度に依存しない融資慣行は広がりつつあるものの、依然として、経営者が事業のリスクテイク(拡大や承継など)や早期の事業再生を躊躇する要因の一つとして指摘されている[39]。また、貸し手においては事業経営に対するモニタリングを緩める要因となるという指摘もある。
事業成長担保権は、金融機関が事業者の事業価値に着目した伴走型の融資を行い、事業経営をモニタリングすることを通じて、経営者による事業の拡大や承継等のリスクテイク、早期の事業再生等を支えることを目的とするものである。こうした制度趣旨の実現を支える観点から、事業成長担保権が担保する債務について、経営者等の個人がこれを保証する契約又は経営者等の生活に欠くことのできない個人財産をもってこれを担保する契約がある場合、経営者による粉飾や使い込み等が行われる場合を除き、当該契約に係る権利行使を制限することが考えられる。
(2)実行前における事業成長担保権の効力に係る論点について
⑥ 設定者の権限(取引の相手方の保護)
事業成長担保権設定後も、事業者(設定者)は、財産の管理処分権を有し、事業を成長させ、その価値を高めるために事業運営を担っていくことが当然に予定されている。しかし、その中で現れた事業者の顧客(買受人)等が担保権の負担のない権利(商品)を取得できないのであれば、取引は円滑には進まない。そこで、事業を成長させ、その価値を高めるような通常の事業活動の範囲内における取引の相手方については、設定者が財産の管理処分権を有するものとし、取引の相手方もその主観を問わず保護することが適切と考えられる[40]。
・・・商業登記記録の目的欄が今より重要になる可能性。
次に、設定者の権限の範囲を超える(通常の事業活動の範囲を超える)取引の法的性質について、現行制度においては、例えば集合動産譲渡担保では、通常の営業の範囲を超える取引の効力が原則として否定されている[41]一方で、企業担保権では、あらゆる取引が有効とされている[42]。
この点、事業成長担保権では、債務者による担保目的財産の詐害的な処分を防ぎつつ、事業者と金融機関のコミュニケーションを促す観点から、通常の事業活動の範囲を超える取引について、原則として無効としつつも、事業成長担保権者の同意がある場合には例外的に有効とすることが適切と考えられる。
なお、通常の事業活動の範囲を超える取引の例として、重要な財産の処分や、事業の全部又は重要な一部の譲渡が考えられる。
重要な財産の処分には、事業の継続に支障をきたすおそれが高い取引も含まれると考えられる。主な設定者となる株式会社においては、当該財産の処分は、取締役会の決議事項とされており、事業成長担保権者の同意を求めることについても、過度な負担とはいえないと考えられる。
また、事業の全部又は重要な一部の譲渡がされる場合、当該譲渡の対価が、事業成長担保権の被担保債権に係る貸倒れの有無・程度に大きな影響を及ぼすこととなると考えられる。当該譲渡は、会社法上、株主総会の決議事項とされているところ、事業成長担保権者の同意を求めることについても、過度な負担とはいえないと考えられる。
他方で、財産の廉価な処分については、事業価値を毀損する可能性が高いと考えられることから、事業成長担保権者にとっても、これを防止できることとする必要があると考えられる場合がありうる一方で、業種や事業内容等の特性によっては、廉価な処分が、事業価値を毀損せず、通常の事業活動の範囲内で行われる場合もありうるとも考えられる。
上記を踏まえると、重要な財産の処分や、事業の全部又は重要な一部の譲渡は類型的に通常の事業活動の範囲を超える取引であると考えられるものの、それ以外の取引が通常の事業活動の範囲を超えるか否かについては事案の特性に応じて解釈されることが適切と考えられる。通常の事業活動の範囲内であるかが不明確な取引の場合でも、事業成長担保権者の同意を得るプロセスを通じて、むしろ設定者と担保権者のコミュニケーションが促され、相互理解を深めることに資するとの指摘もある。
さらに、通常の事業活動の範囲を超える取引であり、事業成長担保権者の同意がない取引が行われた場合に、取引の相手方の保護をどのように考えるかが問題となる。
この点については、
が考えられる。取引の相手方の保護を図ることは、商取引の円滑化、ひいては経済・社会全体の利益に資すると考えられる。一方で、詐害的な不当廉売など、通常の事業活動の範囲を超える取引である場合には、設定者に処分権限がないことについて悪意であり、かつ、事業成長担保権者の同意がないことについても悪意であるような、詐害的な第三者や、善意であるとしても重大な過失のある第三者を保護することは適切ではないと考えられる。
こうしたことを踏まえ、取引の相手方が、通常の事業活動の範囲を超える取引であること又は事業成長担保権者の同意がないことについて善意かつ無重過失である第三者である場合には、当該取引の無効を当該相手方には主張できないこととして、これを保護することが適切と考えられる[45]。
⑦ 他の債権者による強制執行等との関係
担保目的財産に対して強制執行又は劣後する担保権の実行(以下「強制執行等」という。)がされた場合、現行制度上、強制執行等を申し立てた者に優先する担保権者がとりうる対応は、その担保権の種類や場面次第ではあるものの、大きく分けて次のいずれかである。
- 配当参加(当該担保権者の被担保債権が担保目的物の価値を上回る場合には、強制執行等を進めても申立人は弁済を得られないことから、当該強制執行等は裁判所により取り消される。)
- 第三者異議の訴えの提起とともに当該強制執行等の停止を求める。このうち、(i)配当参加できる担保権者には、質権者や抵当権者、先取特権者が含まれる一方で、譲渡担保権者や企業担保権者は含まれない[46]。
また、(ii)第三者異議の訴えを提起できる者は、民事執行法において、同法第 38 条第1項の「強制執行の目的物について所有権その他目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有する第三者」とされている。そのため、第三者異議の訴えが認められる担保権者は、設定者の管理処分権に制約がかかっていることや、(i)の配当参加ができないこと、強制執行により担保権の価値が毀損するおそれがあること等により法的権利が侵害される者であると解されている[47]。具体的には、譲渡担保権者のほか、抵当不動産の付加一体物である動産に対する強制執行の場合における抵当権者などが該当する。
なお、企業担保権者は、上記の例外として、(i)配当に参加できないだけでなく、(ii)第三者異議の訴えも提起することができない(企業担保権がその権利を行使できるのは、企業担保権の実行手続又は倒産手続においてのみである)とされている
(企業担保法第2条第2項)[48]。
こうした現行制度を踏まえると、事業成長担保権者に対して、抵当権又は譲渡担保権のように、あらゆる強制執行等に対して、(i)配当参加又は(ii)第三者異議の訴えなどの強制執行等の中止を求める手段を認めるとすれば、他の債権者が満足を受けられる場面が僅少になるため、他の債権者との適切な利害調整を図る観点からは何らかの例外が必要であると考えられる。また、企業担保権のように、上記(i)(ii)のいずれも認めず、あらゆる強制執行等を甘受しなければならないとすれば、事業の解体を余儀なくされることに繋がるため、少なくとも事業の継続に支障を来すような強制執行等には、一定程度の歯止めをかけ、事業の継続を維持することができるようにする必要があると考えられる。
そこで、事業成長担保権においては、他の債権者との適切な利害調整と、事業の継続及び成長を支える取組を動機付けるという制度趣旨との調和を図る観点から、
- 配当参加はあらゆる強制執行等についてできないものとしつつ、
- 強制執行等の中止を求めることができる場面について、差押対象財産が設定者の事業の継続に不可欠なものであるなど、当該財産が競売にかけられた場合には設定者の事業の継続に支障を来すもの[49]であるなどの一定の条件が満たされた場合に限ることが適切と考えられる。
(3)事業成長担保権の実行手続に係る論点について
⑧ 実行手続の基本的な性格
事業成長担保権が上記のとおり、総財産をその目的とする場合、その実行手続についても、個別資産に対する担保権の実行とは異なる考慮要素が存在する。この点、同様に総財産を目的とする企業担保法は、独自の実行手続を設けており、事業成長担保権の実行手続とも共通する論点があることから、以下では、同手続の流れに沿う形で、
(i)実行手続開始の申立て、(ii)実行手続開始決定の効果、(iii)裁判所により選任される管財人の権限・総財産の換価、(iv)換価代金の配当、の順に、事業成長担保権の
実行手続について検討する[50]。なお、最後に(v)簡易な実行手続についても検討する。
- 実行手続開始の申立て
企業担保法では、他の担保権と同様、担保権の存在を証する書類等を裁判所に提出することとされている(企業担保権実行手続規則第2条)。このとき、事業の状況などを説明する文書の添付は求められていない。
事業成長担保権の実行手続においても、その開始決定の要件としては、事業成長担保権の存在を証する書類等の提出を求めることが考えられる。加えて、事業成長担保権の実行手続においては、可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価するために、開始決定直後から管財人が円滑に事業を継続することが求められることから、事業成長担保権者に対して、裁判所への申立ての際に、会社更生手続等の申立て時に求められるような債務者の事業の内容及び状況、取引相手、財務状況等に係る説明[51]を求めることが適切と考えられる。
- 実行手続開始決定の効果
企業担保法では、実行手続を開始した旨が公告され、総財産が差し押えられることにより設定者による全ての債権者への弁済が停止されるほか、設定者の個別財産に対する強制執行、滞納処分、担保権の実行等の手続について、企業担保権の実行手続との関係で失効する(手続が停止する)こととされている[52]。
事業成長担保権においても同様の制度設計が考えられるが[53]、事業成長担保権に優先する担保権の実行手続をも停止する効果を持たせることについては、事業成長担保権よりも先に対抗要件等を具備した担保権者の期待を害するとも考えられることから、先順位の担保権者による当該担保権の実行手続については停止させないことが適切と考えられる。(iii)裁判所により選任される管財人の権限・総財産の換価
企業担保法では、管財人は、以下のとおり裁判所に選任され、選任後、担保目的財産の保全に必要な範囲で、管理処分権を行使できることとされている。事業成長担保権の実行手続における管財人については、可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価することを目指す観点から、次のように整理することが適切と考えられる。
選任 | 裁判所により、開始決定と同時に選任される。その際、裁判所は、申立人の意見聴取の機会を設けなければならない(第 30 条)。 |
権限 | 財産の保全を目的とする管理や商品・有価証券の売却、債権の取立てが認められる(第 32 条)。なお、仕入れや契約更新等はできないと解される。 |
換価62 | 財産について、一括競売又は任意売却により、裁判所の認可等を得て行う(第 37 条、第 45 条)。契約関係については、個別に移転することを前提としている。なお、一括競売の場合、許認可等は、他の法令に制限等がない限り、買受人に移転する(第 44 条)。 |
責任 | 利害関係人に対して善管注意義務を負う(第 36 条第1項が破産法第 85 条を準用)。 |
選任 | 裁判所により、開始決定と同時に管財人が選任される63。 事業成長担保権者は、(i)のとおり、実行の申立てに際して、債務者の事業の内容及び状況、取引相手、財務状況等について説明すべきところ、こうした情報は管財人の適任者選任の手掛かりともなることから、事業成長担保権者は、(i)の説明に併せて、当該債務者の実行手続を実施するに当たり管財人が備えているべき経験や能力等についても、意見を述べることができるとすることが考えられる。 |
権限 | 事業の継続を担うことができるよう、再建型倒産手続における管財人と同様に、事業の経営権及び財産の管理処分権を専属させることとする。 |
換価 64,65 | 事業価値を維持するために必要な棚卸資産の売却等の行為については、裁判所の許可なく管財人の判断で行うことができることとする。他方で、これに含まれない換価については裁判所の許可を要することとし、換価の方法については、雇用を維持しつつ承継するなど事業を解体せずに換価する |
換価 | ことを原則[54],[55]とし、個別財産の換価は、事業の譲渡が困難である場合の例外とした上で、個別事案ごとに管財人がその善管注意義務等に照らして相当な方法[56]により行うものとし、これを裁判所の許可基準とする。具体的には、例えば、事業の継続に必要な労働契約や商取引契約、許認可[57]も併せて移転することが必要となるところ、その移転に当たっては、契約の相手方との個別の協議・承諾(民法第 539 条の2)や買い手の探索等について通常求められるプロセスを踏むことになると考えられる。 |
責任 | 管財人は、利害関係人に対して善管注意義務を負うものとする[58]。 |
(iv)換価代金の配当
- 換価代金の配当企業担保法では、配当について、次のような規定が置かれている。
実施者 | 配当は、裁判所が行う(第 52 条)。 |
配当参加できる債権者 | 一般債権者も含まれる。債権調査・確定手続は存在しないものの、一般債権者は、債務名義を持たなくとも配当要求ができ(第 51 条の2)、争いのある場合は訴えを提起することができるとされる(なお、企業担保法立法時は、破産法に破産債権査定決定の規定がなかった。)。 |
順位及び時期 | 手続に要する費用を最優先で支出した後に、実体法上の優先関係に基づく(第 52 条)。なお、配当の開始まで、全ての弁済が停止する。 |
事業成長担保権の配当手続は、手続の公平性・効率性及び可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価を実現する観点等から、次のようにすることが適切と考えられる。
実施者 | 配当は、裁判所の監督の下、担保目的財産の状況を把握している管財人が行う。 |
配当 | 事業成長担保権者及び事業成長担保権に劣後する担保権者(破産手続に |
参加できる債権者 | おいて別除権者となる者の一部)に限り、倒産手続類似の債権調査・確定手続等を設けることとする。また、一般債権者等への配当は、破産手続等が開始した場合において、同手続内等で行うものとする[59]。 |
順位及び時期[60] | 実体法上の優先関係に基づく。ただし、事業売却に要する費用を含め、手続に要する費用については、配当によらず、最優先・随時弁済とするなど、特別の規定を設ける(⑨参照)。 |
なお、上記「配当参加できる債権者」欄のとおり、一般債権者等への配当は、破産手続等において行われる(⑨で後述するとおり、一般債権者等に配当する換価代金の一定割合の金額が設定者(破産手続が開始した場合には破産管財人)に返還される場合にも、当該手続で配当されることとなる。)[61][62]。
- 簡易な実行手続
事業成長担保権の実行手続は、事業を継続できる手続とするため、例えば、主要な債権者間で実行手続中の弁済猶予が合意されている場合などを念頭に、迅速かつ債務者の信用・事業価値の毀損のより少ない手続を設ける意義があると考えられる74。
そのため、(ii)について、以下のような修正を加える簡易な実行手続を設けることとしてはどうか。
- 簡易な実行手続の開始要件については、(i)~(iv)までの実行手続と異なり、事業の承継までの間、資金繰りが継続する見込みがあることなど、開始要件を加重することとする。
- 管財人[63]による全ての債権者への弁済は停止されないこととする。
- 設定者の個別財産に対する強制執行、後順位を含む担保権の実行等の手続についても、停止や制限を行わないこととする。
なお、上記のほか、管財人の権限、配当手続については、簡易な実行手続においても変更の必要性は存在しないと考えられることから、上記(i)(iii)(iv)と同様とすることが適切と考えられる。
⑨ 実行手続における優先関係
企業担保権の実行手続は、手続の開始後にも事業を継続するために必要な手当てをしていないため、事業の継続に不可欠な債務(一種の共益の費用)について、随時弁済する枠組みがない。また、同実行手続における共益の費用の範囲について、財産の鑑定人の報酬など、抵当権の実行手続のように担保目的財産の清算価値を実現する手続において必要とされているものと同等のものに限られていると考えられる。
一方で、事業成長担保権の実行手続においては、可能な限り高い事業価値を維持しつつ、換価できるよう、共益の費用について随時弁済できる枠組みが必要となるほか、共益の費用の範囲についても、事業の継続価値を実現するために必要な債権についても含まれるよう、明確な規定を置くことが求められると考えられる。
具体的には、継続価値を実現するための費用であることが明確な「(i)実行手続開始後の原因により生じた債権」のほか、一般的には継続価値の実現との結びつきが必ずしも明確でない実行手続開始前の原因により生じた債権についても、「(ii)類型的に共益の費用と位置づけるもの」「(iii)裁判所の許可により共益の費用と位置づけるもの」に分けた上で、最後に「(iv)(i)~(iii)以外のもの」に分類した上で、検討することが適切と考えられる。
- 実行手続開始後の原因により生じた債権(共益の費用) 実行手続開始後の原因により生じた債権のうち、事業の継続に関するものについては、その弁済が滞ると反対給付が受けられなくなり事業を継続することができないという点で、事業価値を維持するために必要な共益の費用であると考えられる。そのため、こうした債権については、最優先・随時弁済とすることが適切と考えられる。
- 実行手続開始前の原因により生じた債権(類型的に共益の費用と位置づけるもの)
実行手続開始前の原因により生じた債権であっても、類型的に共益の費用と位置づけることが適切なものがあると考えられる。
現行制度では、会社更生法において裁判所の許可なく被担保債権に優先して弁済を得られる債権として、源泉徴収所得税等(会社更生法第 129 条)、使用人の給料等(同法第 130 条)といった債権が類型化されている。これらは、預り金としての性質を持つ債権であることや、従業員の保護を通じて事業の継続に資する債権であることから、事業成長担保権の実行手続においても、共益的な性質を有するものと考えられ、参考とすることが適切と考えられる。
- 実行手続開始前の原因により生じた債権(裁判所の許可により共益の費用と位置づけるもの)実行手続開始前の原因によって生じた債権で、上記(ii)に該当しないものであっても、それを随時弁済することが、事業価値の維持・向上に資するために共益性を有するものがある。
こうした債権は、事業成長担保権の被担保債権に優先して弁済されるべきと考えられるが、他の債権者との公平の観点等から、その対象については、裁判所の許可を受けたものに限り、優先弁済を認めることが考えられる。
この点について、現行制度においては、例えば会社更生法第 47 条第5項において「少額の更生債権等を早期に弁済しなければ更生会社の事業の継続に著しい支障を来すとき」に裁判所の許可により、最優先・随時弁済をすることができるものと定められている。
事業成長担保権の実行手続においても、基本的には同様の考え方が妥当すると考えられることから、同様の規定を設けることが考えられる。ただし、会社更生法における「少額の」債権や「著しい」支障の要件について、可能な限り高い事業価値を保ちつつ、譲渡を目指すという事業成長担保権の性格に鑑み、事業が継続するために必要な債権については事業価値の維持に資する共益の費用として、比較的広く同担保権に優先されるべきと考えられることから、これらを不要とするなど、上記の事業成長担保権の性格を反映したより広い要件を設けることが適切と考えられる。
- (i)~(iii)以外のもの
上記(i)~(iii)で弁済を得られなかった債権については、手続の共益性ではなく、一般債権者等の保護の観点から、考慮が必要となる。
現行制度において、実質的に設定者の全ての財産に譲渡担保権や抵当権が設定されている場合や、企業担保権が設定されている場合は、特段、一般債権者等の保護の観点からの規定は置かれていない。現行制度に基づく実務においては、一般債権者等の保護の規定は置かれていなくとも、実務上は、破産手続において別除権の目的財産が任意売却されたときには、担保権者と管財人の交渉に基づき一定額が財団に組み入れられ、一般債権者等への配当の原資とされている例が多い[64]。
これは、一般に任意売却による方が競売より1~2割高価に売却できること、任意売却に当たっては、破産管財人は買受人を探したり、占有者を排除するなど一定の努力をしていること、他方、担保権者は、競売の場合に必要とされる手続費用を売却価格から差し引かれずに済むこと、また担保権者と破産管財人に代表される一般債権者との負担の公平との見地等から、認められてきたものとされる[65]。
その際の組入額又は割合については、当該任意売却において、買受人を破産管財人が見つけたか、担保権者の紹介によるか、売却に至る条件整備のための破産管財人が果たした役割など、諸般の事情を踏まえて、担保権者との合意によって、事案毎に決定される[66]が、例えば、別除権付不動産の任意売却に際して財団組入の割合の下限を売却価格の3%とする例もある79。
他方、事業成長担保権が設定されている場合には、そもそも、事業成長担保権の実行手続における管財人が破産管財人に担保目的財産の売却を依頼することは考えにくい。そのため、両者の交渉に基づき、一定額の財団組入に係る合意が形成されることは期待できない。こうした前提を踏まえ、他の債権者の保護をより強く図ることが考えられる。
そこで、(i)~(iii)で弁済を得られなかった債権についても、実行手続における配当可能額(換価代金)の一定割合については、破産手続等の公平性の確保された現行の清算手続において、配当等を得られるような制度を検討することが考えられる。この場合、例えば、破産手続においては、優先的な地位が法定されている財団債権(管財人の報酬や手続に要する費用、3か月以内の労働債権、納期限1年以内の租税債権等が含まれる)に優先的に分配された後、無担保の債権80に平等に分配されることとなる。
なお、当該割合については、事業成長担保権は、他の担保権と比べ、(i)~(iii)で優先される債権の範囲が十分に広い(現行の財団組入の実務とは異なり、担保目的財産の売却に係る管財人への報酬や労働者の給料等、源泉徴収所得税等、事業の継続に必要な商取引債権などは既に弁済された後の残金からの割合である)ことを踏まえ、現行制度との整合性に鑑み、財団組入の実務における額よりも限定的であるべきと考えられる。上記のとおり、裁判所における現行の運用として、破産財団に属する別除権付不動産の任意売却に際しては、財団組入の割合の下限を売却価格の3%とする例があるところ、具体的な割合については、こうした破産手続における実務の積み重ねや上記の観点を踏まえ、法定することが適切と考えられる81。
⑩ 倒産処理手続との関係
まず、各種倒産処理手続における事業成長担保権の位置づけについては、事業成長担保権の実体法上の優先関係が、(1)④のとおり、質権や抵当権等と同様に対抗要件
- 裁判所の運用基準の例について「大阪地裁においては、不動産の売却許可について上記の財団組入率の最低基準を3%とする運用が存する」と紹介するものとして、川畑正文=福田修久=小松陽一郎編[2019]「破産管財手続の運用と書式[第3版]」(新日本法規)p151 参照。また、実際には、交渉の結果5~10%となる例が多いと紹介するものとして、前掲・川畑ほか p148、永谷典雄=谷口安史=上拂大作=菊池浩也編[2020]「破産・民事再生の実務[第4版]破産編」(きんざい)p209 参照。
- 上記の(i)~(iii)で弁済された後の残債権のほか、無担保の金融債権や、配当で満足を得られなかった被担保債権の残債権が含まれることとなると考えられる。
- 割合の検討に当たって考慮すべき点については、このほか、以下の意見もあった。
・上記の(i)~(iii)において、一般債権者にも共益の費用として幅広く優先的に弁済されることを踏まえると、(iv)での取り分確保は必須ではない。
・事業成長担保権の実行手続が終われば全て手続が終わるわけではなく、少なくともその後の法人格の清算のための手続費用を用意する必要がある。また、法的な手続を利用する場合には、担保権者が期待すべきでない割合があってしかるべき。
・仮に、政策的に一般債権者等への配慮が必要だとしても、破産手続における担保不動産売却手続における財団組入の理由のうち、担保権者と一般債権者の公平性の確保以外の理由は当てはまらないので、現行の不動産売却実務で確保している割合をそのまま参照することは適切ではない。一律の割合とするのではなく、法定の上限の中で裁判所が決定するという枠組みも考えられる。
具備の先後によって決まるとすることから、倒産手続においても他の担保権と同様に、別除権又は更生担保権として扱うこととすることが整合的であると考えられる。
(i)破産手続との関係
破産手続との関係では、別除権である事業成長担保権の実行手続が開始している場合においても、破産手続を開始できる(両手続の併存を認める)もの82とし、両手続の進行及び破産管財人の権限行使の関係については、以下のとおり整理することが考えられる。
破産手続開始後の効果・破産管財人の権限 | 実行手続開始後の効果・管財人の権限 | 両手続が併存する場合の破産手続の効果 |
相殺禁止(破産法第 71 条) | 担保権実行により担保目的財産に差押えがされる 83。 | 制約する必要なし。 (抵触することはない) |
否認権(破産法第 160 条以下) | なし84。 | 制約する必要なし85。 破産管財人の否認権行使は可能。なお、否認により取り戻す財産は担保目的財産に含まれる。 |
双方未履行双務契約の扱い (破産法第 53 条) | なし86。 | 実行手続開始により、破産管財人は担保目的財産の管理処分権を有さなくなるため、解除権が当然に制約される。 |
債権調査・確定手続 | 実行手続の債権調査・確定 | 制約する必要なし87。 |
- 債務者が破産手続を申立てた場合の予納金については、事業成長担保権の実行手続の共益債権として取り扱うことも考えられる。
- 特段の規定を置かない場合、債務者に対して債務を負っている第三者(第三債務者)は、民法第 511 条の規定に従い、手続開始後に債務者に対して新たに債権を取得しても、当該債権を自働債権として相殺することができなくなると考えられる。また、事業成長担保権の効力が実行手続開始後に生じた財産(債権)にも及ぶこととする以上、第三債務者が手続開始後に新たに負担した債務についても、当該債務についてはこれを負担したと同時に差押えがされたものと考えられることから、それ以降に債務者に対して新たに取得した債権を自働債権とする相殺はできなくなるものと考えられる。もっとも、例えば、事業成長担保権の実行手続において共益債権とされる債権についても、これを自働債権とする相殺ができなくなるとするのは適当ではない。倒産法においても、この場合の相殺は例外的に可能とされているところ、こうした規定を参考とすることも考えられる。
- 事業成長担保権の実行手続における管財人は、実行手続の開始原因に支払不能等が求められていないこと等から、否認権を行使することはできないと考えられる。また、各債権者による詐害行為取消権の行使等には、債権者平等の観点から、一定の制約がかかるものと考えられる。
- なお、事業成長担保権についても、他の担保権と同様、債務者が支払不能になった後に設定される等、破産法第 160 条の要件を充足する場合には、否認の対象となると考えられる。
- なお、倒産手続において、双方未履行双務契約の履行請求又は解除に係る規定が存在する趣旨については、当事者間の公平(履行請求をした場合に相手方の債権を財団債権等として扱う)を理由とするもののほか、財団拡充の必要性(財団拡充にとって必要な双務契約の履行を促すために財団債権等として扱う)や、破産管財人等の特別の権能(履行請求する場合は本来的に財団債権等となるため、主眼は解除時に相手方の原状回復請求権を財団債権等することにある)を理由とするものがある。
- なお、実行手続と破産手続とが重複する限りにおいては、停止させる必要があるとも考えられる。
(破産法第 115 条以下) | 手続には、一般債権者や一般の先取特権は含まない。 | |
破産債権の現在化、金銭化等 (破産法第 103 条) | 権利の変容を規定することが考えられる[67],[68]。 | 制約する必要なし。 |
実体法上の優先関係の修正 (破産法第 99 条等) (例)元本、利息、遅延損害金の区別等 | なし[69](元本、利息、遅延損害金の区別なし)。 | 制約する必要なし。 |
なお、このように事業成長担保権の実行手続と破産手続との併存を認める取扱いとする場合、一定限度で破産管財人と事業成長担保権の実行手続における管財人との間の管理処分権など、手続間の調整の手当てを行う必要がある[70]。
さらに、以上のほか、事業成長担保権の実行手続終了時までに破産手続が開始しなかった場合においても、破産手続開始原因がある場合には、一般債権者等への公平な分配を実現するため、換価代金の一定割合の金銭は受託者から破産手続等に適切に引き継がれるよう、一定の手当てを行う必要がある。
- 民事再生手続との関係
民事再生手続との関係では、同手続が原則として再生債務者の下での再生を目指すという目的を有することから、事業を設定者以外の第三者に売却する事業成長担保権の実行手続と併存させる場面は限られる(例えば、別除権協定が締結される見込みがある場合)と考えられる。そこで、事業成長担保権の実行手続が開始している場合においても、民事再生手続の開始決定をすること自体は可能としつつ、手続の進行をすることができないものとすることが考えられる[71]。
また、事業成長担保権の実行手続が開始している場合においても、民事再生法第 31 条に基づく担保権の実行中止を命ずることが相当である場合には、民事再生手続を進行する意義があると考えられる。なお、担保権の消滅許可(同法第 148 条以下)の対象とすることも可能と考えられる[72]。
- 会社更生手続との関係
会社更生手続との関係では、会社更生手続開始の決定に伴い、他の担保権と同様に事業成長担保権の実行手続は中止し(会社更生法第 50 条第1項)、事業成長担保権の被担保債権は、更生担保権として扱われ、更生計画による権利変更に服することになる[73],[74]。
- 倒産手続開始後の事業成長担保権の効力等
次に、事業成長担保権の効力については、倒産手続開始後に事業成長担保権設定者が取得した財産についても及ぶものとすることが考えられる。仮に倒産手続開始後に取得した財産について事業成長担保権の効力が及ばないこととすると、倒産手続開始後も事業が継続した場合において、事業の一部を解体して売却することを余儀なくされ、債権者全体に分配する原資が減少してしまうおそれがあるためである[75]。
また、会社更生手続等が開始している場合において、同手続において更生会社が DIPファイナンスの供与を受けることが容易になるよう、特別の優先権を与えることが考えられる。
現在では、DIPファイナンスに係る貸付債権は再建型倒産手続上、共益債権となるものの、その後牽連破産した場合、破産手続において財団債権と扱われ、他の担保権(別除権)に優先して弁済を受けられないため、米国等に比べ[76]、DIP ファイナンスのリスクが高いという指摘がある。
そこで、このような会社更生手続等における DIP ファイナンスをより円滑に調達できるよう、米国の制度(priming lien)を参考としつつ、会社更生手続から牽連破産に至った場合に別除権として行使される事業成長担保権の実行手続においても、会社更生手続における DIP ファイナンスに係る貸付債権を共益債権として扱い、事業成長担保権の被担保債権に優先する随時弁済の対象とすることが考えられる[77]。
(4)労働者保護に係る論点について
- 総論的な視点
事業成長担保権の制度設計に当たっては、労働者保護の観点も重要である。事業価値を高めていくためには労働者からの労務提供が必要不可欠であり、また、価値ある事業を継続及び成長させていくことは労働者の雇用の安定の観点などから極めて重要であるためである。
事業成長担保権の制度における労働者保護のあり方を検討するに当たっては、例えば、以下のような事項を考慮する必要がある。
- 事業成長担保権の設定を契機とした伴走型支援による事業の継続及び成長を実現するためには、労働者の協力は不可欠であること
- 事業成長担保権の設定自体は、設定者と労働者の間の労働契約の締結・変更等について追加的な制約を加えるものではないこと
- 実行手続について、個別資産への担保権の実行手続のように個別資産の売却によって事業を解体させるものではなく、事業そのものを承継させるものとすることで、事業価値を維持するのみならず、労働者の雇用の継続にもつながるものとなること
- 後述のとおり、実行手続における管財人は、労働組合法上の使用者に該当すると解されることから、その権限に関し労働組合[78]からの団体交渉に応じるなど同法上の義務を遵守する必要があること
なお、企業や労働者を巡る状況は、事案ごとに多様である点には留意が必要であるものの、実際の事業経営において、労働者が安心して就業できる環境を整備することが極めて重要である。
企業を取り巻く経営環境、経営者と労働者の間のコミュニケーションの状況など[81]に応じて、必要な取組がなされるべきものと考えられるが、具体的な制度設計に当たっては、労働者の理解と協力を得て、事業価値を維持・向上させられるよう、類似制度や基本法令との整合性に留意しつつ、法令・ガイドラインその他の実効的な手当てを広く検討する必要があると考えられる。
- 具体的な制度設計
事業成長担保権は、その実行手続において事業が第三者に譲渡されることを通じて、労働者の地位に影響を与えうる。もっとも、実行手続が開始されるのは、主要な与信者に債務を弁済できない状況であるところ、これは、仮に事業成長担保権が設定されていない場合には、債務名義に基づく強制執行や抵当権等の他の担保権の設定・実行、あるいは破産手続開始原因がある場合には破産手続の開始などによって、既に、事業の解体・清算がされるおそれがある窮境状況であることに留意が必要となる。
この点、事業成長担保権は、伴走型支援として事業の継続及び承継を目指すことを趣旨とする制度であり、労働者の雇用の安定に資するものである。また、制度趣旨に鑑みれば、事業成長担保権の実行手続においては、上記の既存の担保権とは異なり、雇用の維持にも一定の配慮がなされるべきものとして設計される。
具体的な制度設計に当たっては、制度趣旨及び上記のような類似制度とは異なる特徴を含む制度の全体像に目配りをすることにより、必要な場面で適切に選択される制度とすることが重要となる。
こうした点を踏まえ、具体的な設計に当たり必要となる視点について、以下のとおり整理することが考えられる。
- 事業成長担保権の範囲・効力について
実行手続開始後も事業を継続する観点からは、総財産の管理処分権が設定者から管財人に移り、スポンサーに事業が承継された後も、労働者が継続して事業に従事できる必要がある。これを実現し、労働者保護に資する制度とするためには、事業成長担保権の担保目的財産に労働契約の使用者の地位も含まれるものとすることと整理することが望ましいと考えられる[82]。こうした整理により、実行手続の開始決定があった場合においても、管財人は財産の管理処分権に基づき事業を継続し、スポンサーに労働契約上の使用者の地位を承継させることにより、雇用を維持することが可能になる。
- 実行時の未払賃金債権等の優先性について
実行手続において、様々な債権について債権者間の平等を図る中で、労働者が有する未払賃金債権等の取扱いについては、その事業の継続に係る共益の費用としての性質に鑑み、既に(3)⑨(ii)で検討したとおり、随時・優先弁済するものと位置づけることが考えられる。通常の民事執行手続の枠組みにおいては、労働者が有する未払賃金債権等を担保権の被担保債権に優先させる枠組みは存在しないものの、事業成長担保権の制度趣旨(事業の継続等)を踏まえることで、その実行手続におけるこうした取扱いが正当化される。このように、事業成長担保権は、既存の担保制度に比べ、労働者保護をより強く図るものである。
- 実行時の労働契約の承継のあり方について
実行手続における事業の承継先への労働契約の承継のあり方[83]について、どのような手続を設けるか、検討が必要となる。その検討の際、以下の観点に留意して検討する必要があると考えられる。
- 労働者を手厚く保護することにより、労働者の流出を防止し、事業価値の維持につながる可能性
- 現行の倒産法下の窮境状態にある会社における考え方を前提とした上で、裁判所の監督の下、管財人に一定の裁量により、事案に応じた対応をすることで、早期のスポンサー選定を可能とし、結果として事業価値の維持、ひいては労働者保護にもつながる可能性
上記を踏まえ、実行手続における事業の承継先への労働契約の承継のあり方については、以下のように整理し、制度運用上明確化することが考えられる。
- 労働者・労働組合等を含めた利害関係人全体から見て公正な実行手続を実現するため、
- 加えて、事業を解体せず雇用を維持しつつ承継することを原則とする(個別
財産の換価は、事業の譲渡が困難である場合における例外とする)こととし、
- 上記の事業の承継等については、裁判所が、労働組合等の意見を聴取した上で許可することとする。
管財人によるスポンサー選定及び上記の裁判所の許可に際しては、倒産手続における事業譲渡と同様に、事業譲渡の金額の多寡のみを問題にするのではなくて、雇用の維持や取引関係の維持、その他多様な事情を考慮して最も適切な承継先を選定することが求められると考えられる。
- 労働者が実行手続に不安を抱く状況では、労働者の流出による事業価値の毀損を防止できないと考えられることから、実行手続におけるスポンサー選定におけ
る上記原則を含め、実行手続の進め方について労働組合等を通じて労働者の理解と協力が得られるよう、
- 裁判所が、実行手続の開始を決定するに際して、労働組合等にその旨を通知する手続[86]や、
- 裁判所が、事業の承継先・条件の決定(許可)に当たって、労働組合等の意見を聴取する手続、
- 管財人が、開始決定後、遅滞なく、労働組合等に対し、担保権実行手続の概要や事業承継先選定に当たっての原則、実行後における譲渡会社での破産手続の開始の見込みや破産手続の概要等、必要な情報を提供する手続を設けるなど、管財人が可能な限り高い事業価値を維持することができるスポンサーを選定した際に、管財人やスポンサーが意図しない形で労働者が流出することにより引き継がれない労働者が出ることを防止することが考えられる[87]。
なお、管財人が、労働者との合意に向けて、労働組合等に対して必要な情報を提供するに際しては、労働者保護の実効性を高める観点から、事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針等[88]における留意事項を参考にすることが考えられる。
- 実行時の情報提供・周知徹底について 実行手続における労働組合等への情報提供のあり方については、以下の観点に留意して検討する必要があると考えられる。
- 事業の継続という事業成長担保権の制度趣旨
- 労働契約の特殊性や実行手続中における事業の継続の観点からは労働者の理解と協力が必要であること
- 法定の倒産手続等、他の類似制度や実務の蓄積とのバランス
上記を踏まえ、実行手続における労働組合等への情報提供のあり方については、以下のように整理することが考えられる。
- これまでの倒産手続等における規定を参考に、以下の手続を設ける。
- 裁判所は、実行手続の開始に際して、労働組合等にその旨を通知することとする[89]。
- 裁判所は、事業の承継先・条件の決定(許可)に当たって、労働組合等の意見を聴取(意見聴取を通じて、不当労働行為の禁止などの労働法制上のルール等110に照らして一部の労働者が承継から不当に排除されてないかどうか等も検討)するものとする。
- 加えて、労働者には、労働法制上の各種権利(団体交渉等)が保証されているところ、こうした権利を必要に応じて適切に行使できるようにするため、
- 管財人111は、開始決定後、遅滞なく、労働組合等に対し、担保権実行手続の概要や事業承継先選定に当たっての原則、実行後における譲渡会社での破産手続の開始の見込みや破産手続の概要等、必要な情報を提供する手続を設けるものとする。
- 管財人は、労働者との合意に向けて、労働者が各種権利を適切に行使できるよう、情報提供に際して事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針等112の留意事項を参考にするものとする。
- 設定・活用に係る情報提供・周知徹底について
事業成長担保権については、労働契約上の使用者の地位が担保目的財産に含まれる点などを踏まえ、労働者の理解と協力を得るための情報提供等のあり方について、検討が必要となる。
その際、以下の観点に留意して検討する必要があると考えられる。
- 事業成長担保権を巡り、労働者の理解と協力を得て、労使間の紛争を予防することの必要性
- 担保権設定が実際に労働者の地位に与える影響(担保権者の労働組合法上の使用者性の論点を含む)
- 手続の負担や他の制度とのバランス
また、上記(イ)のとおり、事業成長担保権の設定を契機とした伴走型支援を活用した事業の継続及び成長のためには、労働者の理解と協力が不可欠である。
この点について、労働者から見ると、商業登記簿の閲覧や第三者からの伝達により担保権設定の事実を知るよりも、経営者から背景も含めて説明を受けた方が、協力のインセンティブが強まるとの指摘がある113。一方で、企業の置かれた状況や経営者と労働者の間のコミュニケーションの密度やスタイルは様々であるため、ルール・ベー
てがあれば手続が開始されるものであるところ、労働者の協力を得るための手続としては、(iv)②において、管財人が労働者等に対して遅滞なく必要な情報提供することとすることが考えられる。
- 注 100 参照。解雇権濫用法理(労働契約法第 16 条)、不当労働行為(労働組合法第7条)や、過去の裁判例において認められたいわゆる法人格否認の法理、労働契約の承継についての黙示の合意の認定等が当てはまる。
- 上記(イ)のとおり、管財人は労働組合法上の使用者に該当すると解されるところ、上記情報提供により、労働組合等は管財人との意見交換、必要に応じた団体交渉の申し入れなど、どのタイミングで管財人とどのような接触を持つかについて判断することができるようになると考えられる。
- 当該指針に加えて、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」第2の4労働者の理解と協力に関する事項も参考にすることが考えられる。
- そのため、設定時において労働者に対する個別の通知及び労働組合に対する通知などを義務づけるべきだとする指摘があった。
スで特定の事項の伝達等を義務づけてしまうと、例えば、コンプライアンスの観点から伝達した事実を明確に記録に残せるようにするなど、伝達のあり方が硬直的となり、
かえって、コミュニケーションの質の低下につながるケースがあるとの指摘もある[90]。
したがって、企業の状況に応じたコミュニケーションが行われることが重要であるが、例えば、もとより、経営者と労働者の間で労働者にも関係がありうる経営方針や重要事項について日常的に適切なコミュニケーションが確保されることが望ましいところ、その一環として他の重要事項と同様に資金調達やそれに伴う事業成長担保権の設定に際しても、労働者の自発的な協力を得るためには、労使間の情報共有が重要と考えられる。また、労使間のコミュニケーションの改善を図ろうとする取組は、日常的な経営の中で実現されることが望ましいと考えられるものの、資金調達やそれに伴う事業成長担保権の設定を契機になされることがあってもよい。このため、事業成長担保権の設定の際に、労働者の理解と協力を得るべく、担保権の内容を含め、企業が置かれている環境や経営課題などを併せて労働者とコミュニケーションを図ることが考えられ、労使関係者の意見も踏まえながら、そうした労働組合等への情報提供等の促進に向けて取り組むことが望まれる。
さらに、事業成長担保権に関する正しい理解を促す観点から、制度の全体的な情報提供等のあり方について、以下のように整理することが考えられる。
- 事業成長担保権を巡る労使間の紛争を予防するためには、事業成長担保権の制度について、関係者に正確に理解してもらうことが必要と考えられる。そのため、
- 事業成長担保権の目的に労働契約上の使用者の地位が含まれるとしても、事業成長担保権者は労働条件等について決定する等の権限を有するものではないことや、
- 事業成長担保権設定の目的は事業成長担保権者が労働条件等に影響を及ぼすことではないこと、
- 労働者の理解と協力を得て、紛争を防止する観点から、設定の際における労働組合等への説明を行うことが望ましいこと、について、政府において積極的に周知・広報を図る(本制度を利用しない方も含め、幅広く事前に情報提供する)こととする。具体的には、事業者、労働組合、金融機関等向けの説明会を地域別に開催することで、新しい融資実務に係る理解を促すこととする。
- 労働組合法上の使用者性の論点については、
4.その他の課題
- 新たな融資実務の発展ための制度の設計及び周知・浸透
事業性に着目した融資実務を発展させる観点からは、今後の詳細な制度設計において、事業成長担保権について、「利用される」制度として設計されることが求められる。
既述のとおり、現在、成長企業等が、金融機関から事業性に着目した融資を受けようとする際には、個別財産を目的とする既存の担保権を組み合わせるという実務上の工夫がなされている。もっとも、既存の担保権は個々の財産の価値に着目するものであり、事業性に着目した融資に活用するのに必ずしも最適な選択肢ではない等の課題が指摘されている。
この点、事業成長担保権は、以下の点において、現行の担保制度が抱える課題に対応でき、また、事業の成長・継続に不可欠な利害関係人にとって望ましい制度となる可能性がある。
イ)実行手続において、労働者の給与債権や商取引先の売掛債権などを優先して弁
済する仕組みを有しているため、労働者や商取引先にとって望ましい制度であり、
ロ)労働者や商取引先の協力を得て事業を継続させることで、より高い価値を実現しうることを背景として、経営に当たり挑戦するための成長資金等をより良い条件で調達できるようになるという点で、借り手にとっても望ましい制度であり、
ハ)事業の継続により実現しうる高い価値から一定の優先的な弁済を得られる仕組みを有しているため、貸し手にとっても望ましい制度である。
一方、現実に「利用される」制度となるためには、既存の譲渡担保権等と比較した使い勝手の良さや他の制度との法制的な整合性にも留意し、利用に当たって、簡易・迅速・廉価な制度とすることが重要である[93]。
特に、イ)について、3.(3)⑨(i)~(iv)のとおり、実行手続において、労働債権や商取引債権など、事業の継続に必要な債権等に対して優先的に弁済される仕組みを備えている点は重要である。事業成長担保権は、3.(1)①のとおり、法制上は、総財産を目的とするものとして規定されるものの、事業の成長・継続に不可欠な利害関係人との調和の図られた制度である。この理解が一般に広く共有され、「利用される」よう、金融庁において、関係省庁と連携し、制度の周知・浸透に取り組んでいく必要がある。
- 実務負担軽減のための取組
事業成長担保権が「利用される」制度となるためには、上記(1)の制度設計及び周知・浸透のほか、実務負担における負担や心理的な障害を取り除くことが重要である。
特に、上記のように全ての利害関係人が裨益しうる制度である点について正しく理解されないまま、利用時に誤解や不安が生じることは、避けなければならない。かつて、動産・債権担保融資(ABL)において、上記のイ)やロ)のような要素が存在しないという事情も相俟って、その担保権設定の登記が、取引の相手先に信用不安のシグナルとして映ってしまうということがあった。事業成長担保権については、イ)~ハ)などの特性を有する、全く新しい、前向きな資金調達に用いられる担保制度として設計し、これを広く周知・広報していく必要がある。
事業成長担保権を利用した新たな融資実務については、日本に馴染みのないものであることから、なかなかイメージが掴みきれないという声もある。また、実際に制度を利用するためには、特に貸し手側において、事業性を評価できる人材の育成や、担保評価実務の発展などが必要となる。
また、3.(1)③のとおり、事業成長担保権の設定は信託契約によることとされているところ、信託は一般的に馴染みのないものである点に鑑みると、当該信託契約や受託会社としての態勢整備の標準的なあり方についても、関係者の多様な創意工夫を
妨げないよう留意しつつ、周知・広報していくことが重要と考えられる。
(3)活用事例の共有
このように、実務上、対応すべき事項は様々ある。もっとも、事業成長担保権を利用した新たな融資実務の発展のためにまず重要なことは、活用事例を作り上げていくことである。事業成長担保権を利用した資金調達によって事業が成功し、経営者、貸し手、事業に関わっている取引先や労働者を含む、事業の成長・継続に不可欠な利害関係人が幅広く裨益する、という事例が生み出されることにより、実務のイメージが掴みやすくなることが期待される。
なお、最初の事例の形成に際しては、諸外国の例も参考にしつつ、実務家の意見を踏まえた現実的な想定事例を参考とすることも重要と考えられる。例えば、新しい融資実務の形として期待されるベンチャー・デットについては、諸外国の例を踏まえると、特に以下の点が、実務の形成に当たって有益な示唆を与えるものと考えられる。
- 主にシリーズA[94]の後で数億円程度の調達をしようとするまだ黒字化していないスタートアップに利用されることが想定される。金融機関へのプレゼンも、将来キャッシュフローや成長性に目途が立ってから行う方がイメージしやすい。
- デットだけでなく、ワラントを組み合わせる等、事案の特性に応じて、リスクとリターンが経済的に合理性・持続可能性のあるものとなるよう、資金供給の詳細を設計する必要がある。
- 資金調達の多様化という点で望ましいものの、創業者の持分割合が維持され続けることなどを原因として、経営へのガバナンスを弱める可能性もある。ガバナンスが適切に働かない場合には、かえってスタートアップの成長を阻害するおそれがある、という一面もあることについて、留意が必要となる。
このほか、スタートアップ等のスピード感が求められる M&A の場面において、事業成長担保権が設定されていることにより、現行の会社法上の債権者保護手続の規定に加え、「通常の事業活動の範囲」という権限範囲に関する規定(3.(2)⑥参照)が及ぼす影響に関し、金融機関との間の事業内容・事業価値に関するコミュニケーシ
ョンのあり方について、一定の実務のイメージが必要になるとも考えられる。
おわりに
以上が、本ワーキング・グループにおける審議の結果である。事業性に着目した融資実務の発展に向けて取り組むことは、成長企業等が抱える資金調達の課題に対応し、日本の企業・経済の持続的成長を目指す上で重要な意義を有する。事業成長担保権は、労働者や商取引先を適切に保護し、金融機関による事業の継続及び成長のための支援を円滑にすることを目指すものであり、事業性に着目した融資実務に適合する新たな選択肢となる。
今後、関係者において、本報告に示された方向性を踏まえ、適切な制度整備に向けた対応や理解の醸成・周知、融資実務の発展が図られることを期待する。また、新たな制度の下で、事業者、労働者、商取引先、金融機関、当局等の多様な関係者が連携・協働し、実効性ある対応に向けて、金融制度を不断に見直していくことが重要である。
当局及び関係者に対しては、このような観点を念頭に置きながら、今後とも、継続的に将来を見据えた対応を図っていくことを望みたい。
参考資料検討の経過
「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」は、本報告を公表するまでに計7回にわたり会合を開催した。各回の開催日やテーマは、以下のとおりである。
(2022 年)
①11 月2日 事業成長担保権の基本的な論点について(総論)
※奥総一郎参考人(PwC アドバイザリー合同会社)より以下の資料の提出と発表
「LBO ファイナンスにおける全資産担保について」
※川橋仁美参考人(株式会社野村総合研究所)より以下の資料の提出と発表
「全資産担保活用に関する米国調査報告」
②11 月11 日 事業成長担保権の基本的な論点について(総論)
※一般社団法人日本経済団体連合会より以下の資料の提出と発表
「全資産担保を活用したベンチャーデット拡大への期待」
※日本商工会議所より以下の資料の提出と発表
「事業性評価と事業成長担保権への期待~事業者と金融機関の双方が使いやすい事業性融資を~」
※株式会社みずほ銀行(全国銀行協会業務委員長行)より以下の資料の提出と発表
「金融機関から見た事業成長担保権」
※一般社団法人全国地方銀行協会(株式会社横浜銀行)より以下の資料の提出と発表
「地方銀行から見た事業成長担保権の可能性と主な論点」
③12 月 13 日 追加的な論点について
④12 月 23 日 労働者保護のあり方について
※竹村和也参考人(東京南部法律事務所)より以下の資料の提出と発表
「事業成長担保権と労働者保護」
※森倫洋参考人(AI-EI 法律事務所)より以下の資料の提出と発表
「担保法制・倒産法制における労働者保護について」
⑤12 月 27 日 担保権者の範囲等について(2023 年)
⑥1月25 日 労働者保護や簡易な実行手続のあり方について、報告書案
⑦2月2日 報告書案
(以 上)
[1] ただし、日本における時価総額に占める無形資産の割合は海外に比して小さい。(OCEAN TOMO.(2020).
Intangible Asset Market Value Study.<https://www.oceantomo.com/intangible-asset-market-value-study/>、第2回事務局説明資料 p23)一方、足元では、中小企業のイノベーション活動への意識は高まっており、知的財産、技術、ノウハウ等の無形資産の活用が注目されているとの指摘や、また、金融機関においても、例えば、テクノロジー業界の人材を採用し、テクノロジースタートアップの評価を担当するなど、デジタル時代における新しいビジネスモデルを理解しながら、融資先の状況を判断していくための取組が進められている例も見られ始めている、といった指摘があった。
[2] 現状は保証や担保による融資を利用している中小企業でも、事業性を評価した担保や、保証によらない融資を希望する意見が多い。(中小企業庁「2016 年版中小企業白書」第2部第5章 p323、第2回事務局説明資料 p28)
[3] 金融検査マニュアル廃止と同時に、事業の実態や将来性を見た融資とも整合的な検査・監督のあり方を目指し、例えば引当の対話において、事業者の地域・業種等の特性を踏まえて事業全体として生み出される将来収益からの返済可能性等を踏まえた信用リスクの特定・評価や、自己査定・償却・引当への反映を行いやすくする方針を明確化した(金融庁「検査マニュアルの廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」2019 年 12 月 <https://www.fsa.go.jp/common/law/yushidp_final.pdf>)。また同日、監督指針についても、人事ローテーションに係る記載等、行き過ぎたルール・ベースとなって金融機関の人的投資や態勢構築に係る創意工夫を妨げていた規定を見直した。
[4] 従来の個別財産に対する担保制度は、個別財産に着目する融資に適したものである一方で、事業全体に対する担保制度は、事業全体に着目する融資に適したものとされる。例えば、Armour, J (2008),‘The Law and Economics
Debate About Secured Lending: Lessons for European Lawmaking?’ European Company and Financial Law Review, 5, 1517 参照。また、日本と米国のデータを比較し、米国ではキャッシュフローに基づく融資が大きな割合を占めている一方で、日本ではキャッシュフローではなく資産価値に基づく融資が中心であることを指摘した上で、その原因の一つとして、日本において事業全体に対する担保制度等が存在しないことを挙げるものもある。Lian, C.,
& Ma, Y. (2021),‘Anatomy of Corporate Borrowing Constraints’ The Quarterly Journal of Economics, 136(1), 230-233 参照。
[5] 事業全体に対する担保制度は、債務者による詐害的な行動に対する防御や金融機関のモニタリング、金融機関と事業者の長期的な関係構築に資するものとする考え方などがある。例えば、第2回事務局説明資料 p9 や Scott,
R. E. (1986), ‘A Relational Theory of Secured Financing’ Columbia Law Review, 86(5), 943–952.参照。こうした取組は、理論的には無担保でも可能だが、現実にはリスクやコストが大き過ぎるため難しい。この点、事業全体に対する担保権の設定により、詐害行為の予防や優先弁済権等を通じてリスクやコストを抑えることができるため、金融機関にとって現実にも融資が可能となり、事業者にとっても資金調達ができるようになる。こうした点について、例えば、Kanda, H. & Levmore, S. (1994),‘Explaining Creditor Priorities’ Virginia Law Review, 80, 2111-2114 参照。
[6] 例えば、再生局面において、日本の既存の担保制度を利用する場合には、再生資金を新規調達するために担保の付け替えが必要となる点について、近時の再生事案において、海外の債権者からの理解が得られず、その同意の取得に困難を極めたとの指摘があった。また、注4も参照。
[7] これまでの議論の場としては、特に近年では、例えば、金融庁の「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会」(同研究会が 2020 年 12 月に公表した論点整理、2021 年 11 月に公表した論点整理 2.0 について、以下それぞれ「金融庁論点整理」、「金融庁論点整理 2.0」という。)や、中小企業庁の「取引法制研究会」(同研究会が 2021 年3月に公表した提案について、以下「中企庁提案」という。)、法制審議会の「担保法制部会」(同部会が 2021 年 12 月に議論した際の担保法制部会資料 10、2022 年8月に議論された同部会資料 18 について、以下それぞれ「担保法制部会資料 10」、「担保法制部会資料 18」という。)、東京弁護士会倒産法部の「担保法制研究会」等がある。
[8] なお、この点については、こうした経営実態の見えない事業者に対しても融資してしまうという金融機関の存在が、事業者が経営の見える化を進めるための動機付けを持たない一因となっているのではないかとの指摘があった。
[9] この点、かつて日本の企業金融においては、どこか一つの金融機関がメインバンクとして事業者支援を強く動機付けられるよう、他の債権者と違った条件で契約を結ぶことで、複数の貸し手の中で支援等を担う者が不在となる問題(Collective Action の問題)を軽減できた、という指摘があった。また、米国の融資実務において、担保権者の数が多くなると問題債権処理プロセスにおける借手企業の倒産確率が高まるという経験則がある、という指摘もあった。
[10] 例えば、中企庁提案 p5、金融庁論点整理 p26 参照。
[11] 担保法制部会資料 18.p6-7 においても、総財産に、のれん、営業上の秘密、技術上の秘密などのような営業に伴う事実上の利益や契約上の地位などが含まれるものとした上で、これを事業担保権の目的とすることが提案されている。
[12] 事業成長担保権の実行手続の開始後も、担保目的財産の管理処分権を引き継ぐ管財人において、事業の継続に必要な仕入れや販売等を行う権能を有することが必要であるところ、その法的裏付けとなるとの指摘がある。
[13] なお、設定者の契約上の地位も担保目的財産に含まれることとなるが、これは、契約の相手方を拘束するものではないことに留意が必要である。すなわち、(3)⑧で後述するとおり、担保権の実行時において事業売却がされた場合には、契約の移転に際しては契約の相手方の個別の承諾を要すると考えられる。
[14] それまでの間は、将来債権への譲渡担保権や不動産や各種財団への抵当権等を組み合わせるというこれまでの実務上の工夫により対応を図ること又は分社化の上、事業成長担保権を利用することが考えられる。
[15] なお、事業成長担保権者の合併又は分割に係る規定については、元本確定前の根抵当権者について合併又は分割があった時と同様に、合併の場合には、合併後の法人(存続法人又は設立法人)が合併後に取得する債権をも担保することになり、分割の場合には、分割後の法人(分割法人、承継法人又は設立法人)の取得する債権をも担保する(準共有とする)とすることが考えられる。
[16] 合併や分割の際は、債権者保護手続が必要とされ、債権者(分割では原則として承継される者に限られる)は一定期間内に異議を述べると弁済や担保の供与等を受けられる。そのため、ここで検討する規定は、異議を述べなかった場合等に機能するという点に留意が必要である(会社法第 789 条、第 799 条及び第 810 条等)。
[17] 企業担保法第8条と同様の規定である。ただし、(ii)については、企業担保法第8条第2項と異なり、協定の
[18] 企業担保法第8条の2と同様の規定である。企業担保権は物上保証を許容していない。なお、事業成長担保権では、グループ会社等には物上保証を許容する場合には、その範囲での分割承継を認める余地がある。もっとも、物上保証を許容しないとしても、分割法人、承継法人又は設立法人が、それぞれ事業成長担保権の設定者としての地位を独立して承継し、それぞれの事業成長担保権が、各法人が承継した被担保債務を担保するということも考えられる。
[19] 物上保証については、例えばグループ会社等の場合にはこれを認める利益がありうるものの、どの範囲で許容されるか、また、許容される要件については議論が必要となる。この点は、より多くのニーズに応えるための論点として、必要に応じて、今後の討議事項とすることを検討する。
[20] 企業担保法は、株式会社のみを設定者としている。企業担保法が設定者を株式会社に限定した趣旨は、当時の立案担当者によると「企業担保権の制度は、我国の法制上従前にその例を見ない画期的なものであるので、企業の客観性の最も強く、その企業財産の範囲を容易に確定することができ、しかも公示制度も簡単にできる株式会社についてさしあたり実施し、この制度の慣熟するに従い、技術的に可能な限り、漸次他の法人又は個人の企業に及ぼすのを適当と考えたからであろう」とのこと(香川保一[1958]「企業担保法の逐条解説(一)」(金融法務事情 172 号)p13)。
[21] 担保法制部会資料 18.p4-5 においても、同様の問題提起がなされている。
[22] 設定時に、会社法上、株主総会決議を必要とするか否かについては、株主意思の尊重のみならず業務執行の迅速性や取引の安全の確保等も考慮した政策的な判断によって決められている。この点、現行の企業担保権の設定や全財産に対する個別担保権の設定は、多額の借財又は重要な財産の処分として取締役会等の決議によるものと解されている。事業成長担保権の設定自体は、事業売却の効力を生じさせるものではないこと(そもそも債務不履行がなければ担保権の実行はされないこと、担保権が実行された際の事業売却の相手方や条件等も設定段階では不明であること)や、他の担保権の設定の取扱い等を踏まえ、取締役決議事項と整理することが考えられる。なお、株主は、事業成長担保権の活用を望まない場合や活用するときも株主総会開催に要する時間的・事務的費用が便益に見合うと判断する場合には、別途、定款において株主総会事項とすることも可能である。一方、実行に伴う事業売却時については、担保権実行として行われるものであるため、強制執行手続につ
[23] 事業性の評価を継続して行い、きちんと債務者に伴走できるだけの体力と知見を持った方たちに絞られるべき、とする意見があった。
[24] 受託者は、「受益者(一般債権者等)」に対して、実行までの不特定の間であっても、公平義務(特定の受益者のみの利益を図ってはならないという義務)を負うものと考えられる。もっとも、信託契約において、受託者の業務を定型的・非裁量的なものに限定する場合には、受託者がこうした義務に照らして判断すべき機会は減少する。また、いずれの受益者の利益も、配当可能額の最大化という点で共通すると考えられるため、受託者においても、その観点で行動する限りにおいては、公平義務に照らして問題になることは基本的にないと考えられる。
[25] 同じく担保権に関する信託を専業とする場合の免許を定める担保付社債信託法を参考とすることが考えられる。
加えて、信託業法上の免許を受けた信託会社、信託兼営法上の認可を受けた金融機関等についても、当該信託契約の受託を認めることが考えられる。
[26] 受託者と与信者が一致する場合であっても、当然、破産手続等以降に一般債権者等に帰属することを予定して受益権は生じていることから、受託者は、その利益にも配慮する必要がある。もっとも、本文のとおり、受託者の信託事務が定型的なものとなることを踏まえると、その事務は、信託によらず自ら担保権を取得して担保管理をする場合の事務と基本的に変わらないものになると考えられる。
[27] 不動産根質権を除く根質権や根譲渡担保権では必須とされていない。
[28] 安永正昭[2021]「講義 物権・担保物権法[第4版]」(有斐閣)p406 参照。
[29] 米国では債権者間合意等を結びつつ、担保付や無担保等を組み合わせ複層的に資金調達する場合がある。例えば、Rauh, J. D., & Sufi, A. (2010),‘Capital Structure and Debt Structure’The Review of Financial Studies, 23(12), 4244 参照。
[30] ただし、設定される極度額は、現に存する債務とコミットメントラインの極度額等の合計額を下回ることができないものとすることが必要と考えられる。
[31] 金融庁論点整理や中企庁提案においては、こうした観点から、より簡易・迅速・安価な公示制度として、ファイリングを志向する意見が紹介されている。
[32] 金融庁論点整理 2.0 においても、法人の登記によって、事業成長担保権を公示すべきとの意見が紹介されている。また、担保法制部会資料 18.p9 においても、同様の提案がなされている。
[33] 他の金融機関等が追加融資を行おうとする場合には、その金融機関等(後順位担保権者)は、事業性を理解するためにも、事業者の状態を良く確認する必要があると考えられるところ、極度額の有無については、その確認の中で、事業者や登記されている先順位担保権者に確認することが可能であると考えられる。
[34] 中村さとみ=剱持淳子編[2022]「民事執行の実務[第5版]不動産執行編(上)」(きんざい)p66 参照。
[35] 仮に、登記・登録等の制度がある財産について、個別に事業成長担保権の登記・登録等を求めることとした場合には、設定者による事業運営において、こうした財産の得喪があった場合には、その都度登記をする必要が生じるなど、事業成長担保権の設定手続及び管理の簡便さが損なわれるおそれがあるとも考えられる。
[36] 具体的には、質権や抵当権、譲渡担保権との優先関係は、対抗要件具備の先後とし、不動産の特別の先取特権との関係は抵当権と同様、不動産以外の特別の先取特権との関係は、質権と同様とすることとなる。担保法制部会資料 18.p9-11 においても、同様の提案がされている。なお、不動産賃貸の先取特権等の民法第 330 条に規定する第1順位の先取特権が事業担保権と競合する場面では先取特権者が事業担保権者に優先すべきとする意見もある。
[37] 将来債権譲渡担保について、最判平成 19 年2月 15 日民集 61 巻1号 p243 は、将来発生すべき債権を目的とする譲渡担保設定契約が締結された場合には、債権譲渡の効果の発生を留保する特段の付款のない限り、譲渡担保の目的とされた債権が譲渡担保設定契約によって譲渡担保設定者から譲渡担保権者に確定的に譲渡されており、譲渡担保の目的とされた債権が将来発生したときには譲渡担保権者は当然に当該債権を担保の目的で取得することができるとしている。この趣旨は、民法第 466 条の6第1項及び第2項並びに第 467 条第1項において明文化されている。また、最判昭和 54 年2月 15 日民集 33 巻1号 p51 は,構成部分の変動する集合動産も,何らかの方法で目的物の範囲が特定される場合には譲渡担保の目的となるとするほか、最判昭和 62 年 11 月 10 日民集 41 巻8号 p1559 は、設定後、集合物の構成要素となった個々の動産については、改めて対抗要件を具備しなくても、集合物の対抗要件具備の効力が当然に及ぶとする。
[38] なお、事業成長担保権設定者が、第三者から抵当権設定済の不動産を取得したとき、当該取得により、既に設定されている抵当権と事業成長担保権が競合するところ、この場合には抵当権者の期待を保護することが合理的であり、その場合の優先関係は、事業成長担保権の設定登記時と抵当権の設定登記時との先後ではなく、設定者の抵当不動産の取得時と抵当権の設定登記時との先後により決する(抵当権が事業成長担保権に優先することを許容する)例外ルールを設けることが必要になるものと考えられる。
[39] 例えば、経営者保証に関するガイドライン研究会「経営者保証に関するガイドライン」(2013 年 12 月)p2 を参照。
[40] 集合動産譲渡担保に関する判例の文言(通常の営業の範囲)を参考にしている。中企庁提案 p11-12 や金融庁論点整理 p29、担保法制部会資料 10.p23 においても、同様の考え方が採られている。他方で、集合動産譲渡担保よりも広い範囲であることを明確にするため、別の文言を検討すべきとの意見もある。担保法制部会資料18.p1718 はこうした制約を課さない可能性に触れている。なお、金融庁論点整理 2.0 p56-57 は、通常の事業の範囲に係る判断基準として、通常の商取引の交渉プロセスを経ていることや、取引の対価や条件が著しく不当でないこと、組織再編に相当する取引でないこと、という考え方を紹介している。
[41] 最判平成 18 年7月 20 日民集第 60 巻6号 p2499
[42] 金融庁論点整理及び中企庁提案では、集合動産譲渡担保と同様のものとする考え方が示されている一方、担保法制部会資料 18.p17-18 では、企業担保法と同様の整理の提案がされている。
[43] 中企庁提案 p11 参照。
[44] 担保法制部会資料 18.p17-18 参照。
[45] なお、上記(1)③のとおり、事業成長担保権者に対して、設定者の個別資産に別途、個別の担保権の設定を受けることを認める場合には、これらの資産が第三者に移転した場合には、当該個別の担保権負担のある資産が移転することになると考えられる。
[46] 民事執行法第 87 条第1項第4号の担保権者や配当要求ができる者(同法第 51 条第1項、第 133 条及び第 154 条第1項)に限られる。
[47] 伊藤眞ほか[2022]「条解民事執行法[第2版]」(弘文堂)p380-391 参照。
[48] このような制度設計とされた理由については、一般債権者の保護という説明などがされている(香川保一[1958]
「企業担保法の逐条解説(一)」(金融法務事情 172 号)p16)。
[49] 例えば、工場や中心的な機械などの事業の継続において代替不可能な資産が差し押さえられた場合が該当すると考えられる一方、金銭債権などについては該当しないと考えられる。
[50] もっとも、企業担保権の実行手続は、総財産の一括競売等を目的とするものであり、必ずしも実行手続開始後においても事業を継続しつつ、事業売却を行うことを想定して設計されていないことに留意する必要がある。金融庁論点整理 2.0 等においても、同様の観点から、論点が整理されている。
[51] 例えば、会社更生規則第 12 条第1項(会社更生手続開始の申立書に係る記載事項)等が参考になると考えられる。なお、裁判所は、適切な管財人の選任において、当該意見を参考とできるが、これに拘束されるものではないと考えられる。
[52] 企業担保法第 28 条。
[53] 担保法制部会資料 18.p21-22 も同旨。そのため、担保目的財産の一部についてのみ実行手続を開始するという設計にはならないこととなる。
[54] 事業譲渡とする場合に、どの範囲の財産や契約上の地位などを事業譲渡の対象とするか、既存債務を譲受人に承継させるか、その範囲をどう画するかなどの問題についても、裁判所が担保目的財産全体としての換価価値の増大と迅速かつ円滑な換価の必要性、債権者間の公平などの観点からその許否を判断すべきものと考えられる。
[55] 本文は、個々の契約関係等の移転に当たり同意を必要とする特定承継を前提としている。これを不要とする包括承継は、法人の場合は、合併や分割という組織法上の行為において認められているところ、担保権の実行手続における財産の換価を包括承継とするためには、理論的な整理について検討を要するものと考えられる。
[56] 担保目的財産に処理に費用のかかる(負の価値を有する)財産が含まれていた場合には、現行の破産手続等の実務を参考とすると、その処理に係る費用は、事業成長担保権の実行手続の中で事業成長担保権者への弁済に先立ち支出されるものとして整理されると考えられる。参考となる現行の破産手続等の実務につき、中山孝雄
=金澤秀樹編[2015]「破産管財の手引」(きんざい)p166-175、永谷典雄=谷口安史=上拂大作=菊池浩也編[2020]
「破産・民事再生の実務[第4版]破産編」(きんざい)p235-240、中村さとみ=剱持淳子編[2022]「民事執行の実務[第5版]不動産執行編(上)」(きんざい)p376-379 参照。
[57] 企業担保法第 44 条第2項と同様の規定とすることが望ましいと考えられる。もっとも、この場合も、同項ただし書にあるような「他の法令に禁止又は制限の定があるとき」への該当性は解釈にゆだねられると考えられる。
[58] さらに、債権者に対し、公平誠実義務を負うものとすることも考えられる。金融庁論点整理 2.0 p79-81、中企庁提案 p17-19 でも同様の提案がされている。
[59] この考え方のほかに、債務名義を持たない一般債権者も含む全ての債権者に対する債権調査・確定手続を経た上で、配当を行うことも考えられる。担保法制部会資料 18.p30-31 において提案されている考え方である。この考え方による場合、事業成長担保権の実行手続が担保権の実行であるという性質から、民事執行手続と同様の規律に服すことになる(事業成長担保権の実行が破産手続等において別除権として扱われる(⑩参照)こととする以上、倒産手続開始原因があるか否かによって異なるものではないとも考えられる)。もっとも、本文含め、いずれの考え方をとる場合でも、一般債権者等の保護等を図ることができるよう、設計することが重要である。なお、事業成長担保権の実行手続終結後、破産手続が開始しない(破産手続開始原因が存在しない)場合も考えられるものの、一般債権者等は、清算手続等によって弁済を得ることができると考えられる。
[60] なお、中間的な配当手続を設けることにより、管財人が事業を継続することによって生じる収益等の配当について、最終的な配当よりも前の段階で行うことを許容することも考えられる。また、実行手続の終了については、最終的な配当の後、裁判所の終結決定によることが考えられる。
[61] なお、民事執行手続と同様に、担保権者に加えて一般先取特権者や債務名義を有する債権者、仮差押え債権者についても、配当に参加できることとすることも考えられるが(注 71 参照)、破産手続が開始した場合には、破産手続において別除権者ではない債権者は、事業成長担保権の実行手続において配当を受けることはできないことになる。
[62] 例えば、事業成長担保権の被担保債権以外の債権を全額弁済することができ、事業の円滑な承継が可能である場合において、裁判所の監督の下でこれを公正に進めることを目指すために利用することが考えられる。
[63] 商取引関係への影響等を最小限とし、事業価値を維持しやすくするため、民事再生と同様の DIP 型の手続を可能とすることが将来の課題として考えられる。
[64] 実務上「売却代金中の3~10%が破産財団に組み入れること」が従来より行われている。伊藤眞=岡正晶=田原睦夫=中井康之=林道晴=松下淳一=森宏司[2020]「条解破産法[第3版]」(弘文堂)p1305 参照。
[65] 前掲・伊藤眞ほか p1305 参照。
[66] 前掲・伊藤眞ほか p1305-1306 参照。
[67] 現在化について、民事執行手続において弁済期が到来したものみなされて配当を受けることができる確定期限付の債権については、本手続においても現在化すると考えられる(民事執行法第 88 条参照)。他方で、民事執行手続において供託することとされる不確定期限付債権(民事執行法第 91 条第1項第1号)は、破産手続では現在化される(破産法第 103 条第3項参照)ため、本手続については、破産手続開始までは供託すべきこととし、破産手続開始後は破産手続の対象となる債権については現在化されて配当することとするのが相当とも考えられる。
[68] 金銭化について、本文の考え方を採る場合には、特段金銭化をする必要はないと考えられる。他方で、実行手続内で全ての債権者に配当する場合には、破産手続と同様に全ての債権について金銭的評価をして債権調査確定手続を行う一方で、手続外で随時弁済したり、譲受人に承継させる場合には、非金銭債権として取り扱うこととする必要があると考えられる。
[69] 他方で、全債権者に対して配当を行う考え方によれば、破産手続において優先関係が修正される効果を実行手続においても及ぼすのかは、別途、整理が必要となる。
[70] 例えば、実行手続と倒産手続とで係属する裁判所が異なりうる点については、一方の手続を他方の手続を行う裁判所に移送することを認めること等により、対応することが考えられる。
[71] 民事再生手続が開始したことによる効果については、破産手続において検討したものと同様と考えられる。なお、例えば、民事再生手続開始後に事業成長担保権の実行手続が開始した場合において、民事再生手続が中止するとして、同手続に伴う相殺制限等の効果が消滅することとするのは妥当ではないとも考えられる。
[72] 担保法制部会資料 18.p36-38 にて同旨の提案がされている。
[73] 担保法制部会資料 18.p36 にて同旨の提案がされている。
[74] なお、信託契約により不特定の一般債権者等が事業成長担保権の被担保債権者とされる((1)③(ロ))ところ、更生手続における当該一般債権の取扱いについては、その更生担保権への該当性も含め、その取り分に係る利益が更生計画において損なわれないよう、整理されることが必要となる。
[75] 担保法制部会資料 18.p38-39 にて同旨の提案がされている。
[76] 米国では、Chapter11 において既存の担保権に優先する地位が与えられる場合がある(いわゆる priming lien)。
[77] なお、会社更生手続だけでなく民事再生手続においても同様の扱いが可能かは検討を要する。会社更生手続における DIP ファイナンスに係る貸付債権は、共益債権(会社更生法第 127 条第2号及び第5号)として、更生担保権に優先する扱いを受けるものである一方で(同法第 132 条第2項)、民事再生手続においては(同様に DIP ファイナンスは民事再生手続における共益債権とされるものの)その共益債権は別除権に優先する扱いを受けていない。
[78] 実行手続開始決定の通知、事業の承継先・条件の決定にあたっての意見聴取の対象となる「労働組合等」については、会社更生法の「更生会社の使用人の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、更生会社の使用人の過半数で組織する労働組合がないときは更生会社の使用人の過半数を代表する者」という定義などが参照されるものと思われる(会社更生法第 46 条3項3号)。この点について、会社更生法や破産法等には、労働基準法と異なり、過半数労働組合が存在しない場合の過半数代表者の選出手続が定められていない点、過半数代表者を選出しないまま意見聴取を行われないことも想定されている点で問題であるが、中小企業には労働組合がないケースも多く、特に当該問題が妥当するとの指摘があった。
[79] 具体的には、解雇権濫用法理(労働契約法第 16 条)、不当労働行為(労働組合法第7条)や、過去の裁判例において認められたいわゆる法人格否認の法理、労働契約の承継についての黙示の合意の認定等が当てはまる。また、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」に定める留意事項がここでも該当すると考えられる。なお、平時・窮境時における裁判例等について、例えば、荒木尚志[2022]「労働法[第5版]」(有斐閣)p355-356、水町勇一郎[2021]「詳解労働法[第2版]」(東京大学出版会)p555-557、p980-
[80] 、伊藤眞[2022]「破産法・民事再生法[第5版]」(有斐閣)p438 注 148、p443、p974-975 注 23、伊藤眞[2020]
「会社更生法・特別清算法」(有斐閣)p322 注 131、p327-328 参照。
[81] このほか、業種によって労働者(社員)の人材市場における競争力も異なることも考慮すべきとの指摘もあった。
[82] なお、労働契約上の使用者の地位が含まれるとしても、事業成長担保権者は労働条件等について決定する等の権限を有するものではない点や、事業成長担保権設定の目的は事業成長担保権者が労働条件等に影響を及ぼすことではない点には留意が必要となる。
[83] 事業譲渡時における労働契約不承継の不利益や労働条件変更及び労働協約の帰趨に係る問題について、従前より課題があるとの意見があった。
[84] 管財人は労働組合法上の使用者の地位を承継すると解され、その権限に関し労働組合等からの団体交渉に応じる義務が認められるほか、管財人によるスポンサー選定のあり方が、労働者保護に照らして不適当であり善管注意義務に違反する場合は、労働者・労働組合等を含む利害関係人は裁判所に管財人の解任を請求できることとなる。
[85] なお、管財人が善管注意義務に違反した時は、利害関係人に対し、連帯して損害を賠償する義務を負う(破産法第 85 条第2項参照)。
[86] 注 109 参照。
[87] このほか、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」において、例えば「譲渡会社等は、承継予定労働者から承諾を得るに当たっては、真意による承諾を得られるよう、承継予定労働者に対し、事業譲渡に関する全体の状況(譲渡会社等及び譲受会社等の債務の履行の見込みに関する事項を含む。)、承継予定労働者が勤務することとなる譲受会社等の概要及び労働条件(従事することを予定する業務の内容及び就業場所その他の就業形態等を含む。)等について十分に説明し、承諾に向けた協議を行うことが適当であること。」等とされていることにも、留意することが適当と考えられる。
[88] 当該指針に加えて、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」第2の4労働者の理解と協力に関する事項も参考にすることが考えられる。
[89] 労働組合への情報提供等のタイミングについては、事業の承継に労働者の協力が必要なことを理由として、民事再生手続等と同様に、実行開始前とすべきとの考え方もある。この点、民事再生法における手続開始前の手続(民事再生法第 24 条の2)の趣旨は、開始決定をすべきかどうか(再生の見込みがあるかどうか)の判断のためであり、開始決定をすべきことが明らかである場合にはこの手続は不要とされていることが指摘される。事業成長担保権の実行手続は、担保権の実行手続であるため、債務者の債務不履行を前提として、実行の申立
[90] そのほか、労働者とコミュニケーションを取るべき事項は多岐にわたる中、事業成長担保権の設定のみに通知等の義務を課すことは、制度としてバランスを欠くのではないか、との指摘があった。
[91] 最判平成7年2月 28 日民集 49 巻2号 p559(「雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の『使用者』に当たるものと解するのが相当である。」)
[92] このほか、「譲受会社等が、団体交渉の申入れの時点から『近接した時期』に譲渡会社等の労働組合の『組合員らを引き続き雇用する可能性が現実的かつ具体的に存する』場合であれば、事業譲渡前であっても労働組合法上の使用者に該当するとされた命令がある」。これらの点を含め、事業譲渡を行うに当たって会社等が留意すべき事項については、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」参照。
[93] 特に、成長期のスタートアップを前提とすると、コーポレート機能・会社運営のリソースが限られていることから、他の担保制度に比べ、不合理な手続負担が設けられる場合には、制度利用の是非を分ける決定的な要素になりうる、との指摘があった。
[94] スタートアップが最初に行う大規模な資金調達ラウンド。商品・サービス等のビジネスモデルのプロトタイプが完成し、製品の提供を開始している段階にあるスタートアップが行うことが多い。
(以 上)