(一社)家族信託普及協会代表理事 宮田浩司法書士の「委託者の地位の承継に関する条項」(「家族信託実務ガイド17号」日本法令2020.5)を読みました。
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P60「委託者の地位は、相続により承継せず、委託者の死亡により消滅する。」、「委託者の地位は、委託者の死亡により消滅し、その相続人に承継されない。」―略―しかし、家族信託の実務においては、この条項を置くだけでは、残念ながら満点の回答にはなりません。―
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P61「委託者の地位は、相続により承継せず、受益者の地位とともに移転する。」このように、委託者が死亡しても委託者の地位は消滅させずに、後継受益者が委託者の地位も受益者の地位(受益権)とあわせて承継する旨の条項を置くのが模範解答となります。―
1については、満点の回答になるかは措いて、私も利用していません。理由は不動産を信託財産に属する財産とする場合の、登録免許税法7条2項、地方税法第73条の7にあります[1]。
2について、私の定め方は、次のようになります。
(委託者の地位)
第〇条 委託者は、次の各号の権利義務を受益者に移転する。
① 信託目的の達成のために追加信託をする権利義務
② 受益権の放棄があった場合に、次の順位の受益者又は残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利
2 委託者は、受益者を変更する権利及びその他の権利を有しない。
3 委託者の地位は、受益権を取得する受益者に帰属する。
4 委託者が遺言によって受益者指定権を行使した場合、受託者がそのことを知らずに信託事務を行ったときは、新たに指定された受益者に対して責任を負わない。
宮田司法書士が模範解答とされている条項は、私の定める条項の3項にあたります。「相続により承継せず、」という文言は、この記事の文脈として、信託法90条1項1号の遺言代用信託を利用を前提としているため不要だと考えています。
1項1号については、追加信託を設定する義務は、信託法48条などを根拠として受益者に備わっているという考えも成り立ちます。当初から受益者に追加信託設定の義務があるとしても、その権利義務は受託者が信託事務を行うために必要な財産を補うためのものに限られる可能性があります。
受益者の固有財産の中のの余裕財産を信託財産に移す権利を排除しないために、委託者が信託当事者として持つ追加信託の権利を受益者に移転します。これにより受益者は、委託者から移転された権利と受益者に備わっている義務を根拠に追加信託を設定することができます[2]。
1項2号では、委託者から受益者へ、受益権の放棄があった場合に次の順位の受益者または残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利を移転します(信託法89条)。信託法90条1項1号の遺言代用信託における委託者は、受益者変更権を有する(信託法90条1項本文)ので、利用できる場面を制限(信託法90条1項本文但し書)して、民事信託の安定を図ります。ただし、新たな受益者を指定する受益者(又は受益者代理人)が生存している場合に限り利用することができる権利であり、受益者が死亡した後に次の順位の受益者として指定されていたものが受益権を放棄した場合には利用することができません。
2項では、委託者に信託設定後の権利を持たせないとします(信託法89条、90条など)。1項において受益者に移転した権利の他、委託者は信託設定によりその権利関係から外れることになります。
3項は、信託財産に不動産がある場合における登録免許税を考慮した条項である 。また委託者の地位に関するリスクとして、委託者の地位が相続または第三者へ移転された場合、その地位の所在が不明となる可能性を取り除きます。
4項では、受託者の免責事由を定めます(信託法89条3項)。遺言は単独行為であり、信託契約において禁止・制限しても委託者が行うことは可能です。
[1] 個別対応として、国税庁HP 信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係についてhttps://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/bunshokaito/sonota/03/besshi.htm
[2] ただし、不動産登記申請においては、この考え方は登記申請の構造上、登記されません。あくまで委託者として登記申請を行うことが求められています。