日本登記法学会第8回研究大会

日本登記法学会第8回研究大会

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令和5 年11 月2 5 日(土)

10:00 開会・午前の部開始・挨拶

10:15 テーマ「株式相続・持分相続と登記」

研究 報告 ① 大久保拓也氏 日本大学大学院 法学研究科教授

研究 報告 ② 立花宏氏 (司法書士

モデレーター中東正文氏(名古屋大学大学院法学研究科教授)

12:00 午前の部終了

12:15 通常総会

13:30 午後の部開始・挨拶

13:35 テーマ「不動産の相続と登記」

研究 報告 ① 松尾弘氏 慶應義塾大学法科大学院 教授

研究 報告 ② 北詰健太郎 氏( 司法書士

研究 報告 ③ 丸山晴広 氏 (土地家屋調査士

モデレーター 水津太郎氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

コメンテーター荒井達也氏(弁護士)

17:20 午後の部終了

17:30 閉会・終了

「株式会社の株式相続と登記」日本大学法学部教授 大久保拓也

一 はじめに

本報告=令和3年民法改正の遺産共有に関する制度が会社法制度に与える影響について検討。

 日本登記法学会 第8回研究大会の「商業・法人登記」部会では、「株式相続・持分相続と登記」がテーマ。準共有された相続株式について、令和3年民法改正による共有の規律が制度上また解釈上どのような影響を与えるのか。

株式共有が登記制度に与える影響については言及するものではない。ただ、登記事項とされていない理由については言及する。

二 民法に定める遺産共有と通常の共有-令和3年民法改正を踏まえて-

1 遺産共有と通常の共有

(1)遺産共有

 相続人は、相続開始の時点から、被相続人の相続財産(遺産)に属した一切の権利義務を承継し(民法896条)、相続人が数人あるときは、遺産は、その共有に属する(民法898条1項)。相続財産を構成する個々の権利義務が終局的かつ個人的に個々の共同相続人に帰属するためには、さらに遺産分割の手続を経なければならない。共有された遺産は、遺産分割の規定にしたがい、分割される。共同相続人間で遺産分割協議が調わないときまたは協議をすることができないときは、家庭裁判所に遺産分割の審判を請求できる(民法907条)。

(2)通常の共有

 共有(複数の者が1つの物を共同で所有する法律関係)において、共有物の変更は他の共有者の同意を得なければできない(民法251条)が、共有物の管理行為については、各共有者の持分価格の過半数で決することができる(民法252条1項)。各共有者は、いつでも共有物の分割を請求できるというのが原則である(民法256条1項本文)。共有物の分割は協議による分割が原則であるが、共有者間で協議が調わないときまたは協議をすることができないときは、各共有者は、裁判による分割を請求できる(民法258条)。

2 遺産共有と通常の共有の近接化

 相続財産の共有は、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではない(最判昭和30年5月31日民集6号793頁)。令和3年改正民法898条2項は、遺産共有について、原則として民法249条以下の共有の規定が適用されるとともに、その適用にあたっては法定相続分または(指定があるときは)指定相続分が共有持分とされるとした。

3 両制度の相違点とその解釈

令和3年改正民法で両制度は共通化する部分も増えたが、相続財産の特殊性から異なる部分もある。

 通常の共有では、共有物の分割(民法258条)は地方裁判所に対する訴訟による分割請求手続によるのに対して、遺産分割は民法907条の規定に従い、家庭裁判所の家事審判によって定められる(最判昭和62年9月4日家月40巻1号161頁)。

 異なる理由→遺産が一体性・団体性をもつものであり、遺産共有が遺産分割までの暫定的な性質を有するものであるという特殊性。

(遺産共有状態長期化の問題)令和3年民法改正は、遺産分割の促進・円滑化を図るため、相続開始10年経過後は、法定相続分または指定相続分による遺産分割を原則とする(民法904条の3)。令和3年改正民法258条の2第2項は、遺産共有持分については、相続開始から10年を経過すると、共同相続人の遺産分割上の権利が制限され、裁判による共有物分割訴訟(民法258条1項)を提起することができる。

三 会社法に定める株式準共有に関する規律と解釈上の問題

1 株式の準共有

 株式に含まれる権利の内容および性質に照らすと、共同相続された株式は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない(最判昭和45年1月22日民集24巻1号1頁等)。

 株式の準共有は、1株毎に成立するものであるから、準共有する同種の株式が複数ある場合に、各共有者が、その全体に対する持分割合に応じた数の議決権を有するものではない。

(相続株式の問題=事業承継)会社を創業したオーナー経営者が当該会社の株式のほとんどを所有したまま遺言を残すことなく死亡し、相続人間で株式の準共有になった場合、株主権の行使をどのように行うべきか?

2 株式の共有と権利行使者の指定

 株式が準共有された場合について、会社法は、株式が2以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使すべき者1人を定め、会社に対し、その者の氏名または名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない(会社法106条本文)と定める。したがって、議決権等の株主の権利は、この権利行使者において行使させる必要がある(最判昭和45年1月22日民集24巻1号1頁)。

3 権利行使者の指定と会社法106条但書の適用

(1)会社法106条但書

「株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない」と規定する。

(問題)会社法106条本文の規定に基づく指定および通知を欠きながら権利行使者と主張する者からの議決権行使があった場合に、会社がそれに同意すると権利行使は適法なものとなるか?

最判平成27年2月19日民集69巻1号25頁をもとに検討

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84875

(2)前掲最判平成27年2月19日

(a)事実の概要

Y社は、発行済株式総数3000株の特例有限会社である。Y社の株式保有の内訳は、Aが2000株、Bが1000株であった。Aが死亡したため、Aの株式2000株は(いずれもAの妹である)XとCが法定相続分である各2分の1の割合で共同相続した。Aの遺産の分割は未了であり、前記2000株は、XとCとの共有に属する(本件準共有株式)。

Y社の臨時株主総会(本件総会)が開催されるにあたり、Xは、本件総会に先立ち、その招集通知を受けたが、Y社に対し、本件総会には都合により出席できない旨および本件総会を開催しても無効である旨を通知し、本件総会には出席しなかった。

Cは、本件総会において、本件準共有株式の全部について議決権の行使(本件議決権行使)をした。本件準共有株式について、会社法106条本文の規定に基づく権利を行使する者の指定およびY社に対するその者の氏名又は名称の通知はされていなかったが、Y社は、本件総会において、本件議決権行使に同意した。Bも、本件総会において、議決権の行使をした。

その結果、本件総会において、Dを取締役に選任する旨の決議等がされた(本件各決議)。

Xは、会社法831条1項1号に基づく決議取消請求訴訟を提起。

(b)判旨

 会社法106条本文は、「共有に属する株式の権利の行使の方法について、民法の共有に関する規定に対する『特別の定め』(同法264条ただし書)を設けたものと解される」。会社法106条ただし書は、「株式会社が当該同意をした場合には、共有に属する株式についての権利の行使の方法に関する特別の定めである同条本文の規定の適用が排除されることを定めたものと解される。

 そうすると、共有に属する株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において、当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは、株式会社が同条ただし書の同意をしても、当該権利の行使は、適法となるものではないと解するのが相当である。」「共有に属する株式についての議決権の行使は、当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、民法252条本文により、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決せられるものと解するのが相当である。」

(c)権利行使者の指定・通知を欠く権利行使と会社法106条但書

 前掲最判平成27年2月19日の判断は、会社法106条但書は同法106条本文の規律を排除するものであるから、指定および通知を欠いたままなされた権利行使が直ちに適法とされるわけではないとし、原則に戻って、民法の共有に関する規定に従って権利行使が適法とされるか否か判断されると判示。

→「遺産共有」されている相続株式の帰属について、積極的に権利行使者を定め、会社の承継者(取締役)を決めようとするのではなく、遺産共有の解決を求める、いわば抑止的な判断をしているといえる。

四 相続株式の遺産共有と民法・会社法の相違点

1 会社法の議論

(1)相続株式の遺産共有と事業承継

三1で述べたように、相続による株式の準共有において問題となるのが、事業承継である。会社法の議論では、遺産共有状態にある株式も、事業承継の促進という問題意識から、会社法106条による権利行使者の指定を通じて株主権の行使を進めてゆくべきだとする見解も有力に主張される。

(2)相続株式の遺産分割の協議と権利行使者の指定

 相続株式を含めた遺産分割の協議(家庭裁判所の家事審判)が行われている中においても、権利行使者の指定は会社法の手続であるため、履践できる。両制度の手続は連動していないため、権利行使者の指定がなされることで事業承継に影響を及ぼす場合もある。

・事業活動の停止。

→大阪高判平成20年11月28日判時2037号137頁を通じて検討。

(a)事実の概要

Y会社(30000株発行)は、オーナー経営者夫婦A・Bが創業した会社である。A・B間には3人の娘(C・X1・X2)がいる中で、Aは、次女Cとその娘婿D(A・Bの養子。Y会社代表取締役)を後継者として株式保有割合を漸次高めていった(C家の持株は14800株)。

しかし、まだC・Dが完全にY会社の支配的株式数を保有する前に、A・Bが相次いで死亡した。Bは、全ての財産をXらにそれぞれ等分の割合で相続させる旨の遺言を残していた(これについては別訴(遺言無効確認等請求訴訟)がある)。

Xらの持株(5500株)に、遺言に基づくAの準共有株式やB保有の株式を加えると、Xらは15200株の持株となり、400株の差で過半数の持株を持つことになる。

Xらは準共有株式について、権利行使者の指定をCらに対して申し入れたが、議長であるDは、XらによるY会社の株主総会における株式の議決権行使について、準共有者間で協議がされていない等の理由で認めなかった。そこで、Xらは、株主総会決議の取消等を求めて提訴した。

(b)判旨

 「共同相続人による株式の準共有状態は、共同相続人間において遺産分割協議や家庭裁判所での調停が成立するまでの、あるいはこれが成立しない場合でも早晩なされる遺産分割審判が確定するまでの、一時的ないし暫定的状態にすぎないのであるから、その間における権利行使者の指定及びこれに基づく議決権の行使には、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた制度の趣旨を濫用あるいは悪用するものであってはならないというべきである。」「そうとすれば、共同相続人間の権利行使者の指定は、最終的には準共有持分に従ってその過半数で決するとしても、上記のとおり準共有が暫定的状態であることにかんがみ、またその間における議決権行使の性質上、共同相続人間で事前に議案内容の重要度に応じしかるべき協議をすることが必要であって、この協議を全く行わずに権利行使者を指定するなど、共同相続人が権利行使の手続の過程でその権利を濫用した場合には、当該権利行使者の指定ないし議決権の行使は権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。」

(c)権利行使者の指定と権利濫用

 前掲大阪高判平成20年11月28日では、遺産分割協議の間にわずかの持株(5500株)で過半数を超える準共有持分をもったと主張する準共有株主(会社事業の後継者以外の者)が、権利行使者の指定を受けたとした裁判例について、権利濫用と判示されている。

→「共同相続人間で真摯に協議する意思を持つことなく…いわば問答無用的に権利行使者を指定した」と判示し、厳しく非難。この事案では、家庭裁判所に対する遺産分割審判の審理手続が行われていたことも考慮。遺産分割は暫定的な状況下で行われる手続であることを重視。

2 民法の議論との関わり

 遺産は相続人間で一体性をもって共有されている。相続財産には株式だけではなく、不動産、動産等も当然に含まれる。

 相続株式も、遺産分割によって帰属先が確定するまでは暫定的な状態であることに変わりはない。裁判所は遺産共有については遺産分割協議による解決という本来的手続で決着をつけるべきとする姿勢をみることができる。

 令和3年改正民法=遺産分割の促進・円滑化を図るための制度改正。会社法の議論では、事業承継の促進という問題意識から準共有状態にある相続株式について会社法106条による権利行使者の指定を通じていかにして権利行使を行わせ、会社経営を継続させるかが論点。

・令和3年の、民法の共有に関する規定が明確されたことに伴い、株式の準共有の解釈にも影響を与える可能性。民法の規定を利用せずに準共有のまま権利行使しようとしても、認められない可能性が高くなる?

ただし、相続紛争が長期化し、相続紛争が会社紛争化する事態は避けるべき。遺産分割により相続株式の帰属先がなるべく早く確定することが望ましい。

→商業登記制度の信頼性確保にもつながるのでは?

五 株式相続と登記制度との関係に関する若干の検討

1 商業登記の登記事項

 商業登記は、商人(個人商人・会社)に関する取引上重要な事項を公示することにより、集団的・反復的に行われる商行為の円滑と確実を図り、商人をめぐる関係経済主体間の利害を調整することを目的とする制度。業務執行を行う者が誰かを明らかにするために、株式会社では取締役の氏名等(会社法911条3項13号~23号)が、持分会社では社員の氏名等(会社法912条5号、913条5号、914条6号)が登記事項。

(相違)持分会社では、登記事項として社員が誰かを把握することができる。これに対し、株式会社では、取締役等役員は登記であるが株主は登記事項とされていないため、登記簿を閲覧しても誰が株主であるかは明らかにならない。

2 株主を把握する必要性と商業登記

 株式会社と持分会社は、組織変更手続により、組織変更できる。株式会社が持分会社に組織変更すると社員を定め(会社法744条1項3号)、登記しなければならない。→日本では小規模な非公開会社が多いので、合同会社への組織変更を見越した対応を考えておくべきでは?

 登記の添付書面となっている株主リストの記載(商業登記規則61条2項、3項)や商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管が整備。→商業登記簿を通じた株主(社員)の把握を求める制度の拡充が必要では?

→誰が?誰でもが?

六 結びに代えて

出来るだけ早期に、相続財産の準共有状態が解消されることが、民法、会社法が望むところ。

 

「持分会社の持分相続と登記~合同会社を中心とした検討~」司法書士 立花 宏

1.はじめに

 近年、合同会社の設立数が増加しており、それに伴い、商業登記実務家である司法書士が、実務の中で合同会社に関する手続に関与する機会も増えてきている。合同会社は持分会社のひとつに位置づけられるため、その実務は、概ね、従来の持分会社についての解釈や先例に基づき行われていると思われる。

 しかし、間接有限責任社員のみで構成される合同会社と、会社債権者に直接責任を負い、さらに、無限責任を負う社員が存在する他の持分会社(合名会社・合資会社)とは、実体法上も、そして登記法上も異なる点が少なくなく、従来の解釈や先例がそのまま適用されるのかどうか、その判断に苦慮することがある。本稿では、そうした、実務上の論点のひとつである持分会社の持分の相続について、検討する。

2.問題の所在

 持分会社の持分は営利社団法人の共有持分権であるため、本来であれば、相続の対象として当然に相続人に承継されてもよいのではないかとも思える。しかし、持分会社の実態は民法上の組合であり、社員相互の信頼関係を基礎とするため、社員が死亡し、退社した場合(会社法第607 条)は、相続人はその持分の払戻請求権を相続承継するにとどまるのが原則であり、相続人が持分を承継して社員となるには、それを許容する定款規定が必要である(会社法第608 条)。

 ところで、当該規定のある持分会社の社員に相続が発生し、相続人が数人あって、遺産分割協議により特定の相続人が持分を承継することとなった場合、登記実務上、被相続人については退社の登記をし、いったん、共同相続人全員の加入の登記をした上で、相続人間で持分譲渡の登記をすべきものとされている(昭和34 年1月14 日民事甲2723 号回答、昭和38 年5月14 日民事甲1357 号回答。以下、「先例」という。)。このような扱いとなる理由は以下の2点であるとされている。

a.いったん、共同相続人間で持分の共有関係が生じているところ、相続開始時から遺産分割時までに他の共同相続人が会社を代表してした行為にかかる責任が遡及的に消滅することは相当でない。

b.持分譲渡の登記をする前に生じた会社の債務につき従前の責任に従って弁済責任を負うとの会社法第586 条の関係で、遺産分割協議の効力は遡及しない。

 この先例は会社法施行前の旧商法の時代のものであり、会社法の下でも、合名会社及び合資会社についてはなお妥当するが、基本的に社員が会社債権者に対する直接の責任を負わず、会社法第586条の規律も及ばない合同会社については、妥当しないというという見解(以下、「遡及効肯定説」という。)がある[1]

 これに対し、合同会社も含め、従来の解釈・手続に変更はない旨の見解を採用している法務局もあり[2]統一的運用はなされていないものと推測される。

 そこで、以下では、持分の相続について、従来の解釈・手続を再考し、それらは合同会社にも妥当するのか、それとも、遡及効肯定説がいうように、異なる解釈・手続によることも許容されるべきなのかを検討する。

(持分の全部を譲渡した社員の責任)

第586条 持分の全部を他人に譲渡した社員は、その旨の登記をする前に生じた持分会社の債務について、従前の責任の範囲でこれを弁済する責任を負う。

2 前項の責任は、同項の登記後2年以内に請求又は請求の予告をしない持分会社の債権者に対しては、当該登記後2年を経過した時に消滅する。

3.持分会社の登記事項とその違いの理由の確認

(1)社員関係の登記事項の違い

本論点を検討する前提として、まず、持分会社の社員についての登記事項を確認する。社員が自然人であることを前提とするが、同じ持分会社でありながら、次のように、登記事項は異なる。

持分会社の種類

[3]

(※1)氏名及び住所を登記。合資会社は、責任の別のほか、有限責任社員は、出資の目的及びその価額並びに履行済の出資の価額も登記する。

(※2)氏名を登記。

(※3)合名会社・合資会社は氏名、合同会社は氏名及び住所

 表のとおり、合名会社・合資会社は、社員全員が登記されるのに対し、合同会社は、業務執行権のある社員のみが登記される。これは、合名会社・合資会社の社員は、会社債権者に直接責任を負う立場であるのに対し、合同会社の社員は、社員となる前に出資の履行を済ませ、会社債権者に直接責任を負わない間接有限責任社員であることが理由だとされている[4]。つまり、合同会社では、会社債権者に対して直接責任を負わないため、社員全員を公示対象とはせず、業務執行権のある社員のみを公示対象としたということであり、この点は、出資者が間接有限責任であることが共通する株式会社において、出資者である株主は登記されず、業務執行者である取締役が登記事項となっていることと類似する。

それではなぜ、合同会社では業務執行社員を公示対象としたのであろうか。

 これは、業務執行者が誰かを明らかにするだけでなく、業務執行者は、会社法第597条等により、第三者に対して直接責任を負う場合があるため、公示する必要があるということだと思料する。

業務を執行する有限責任社員の第三者に対する損害賠償責任)

第597条 業務を執行する有限責任社員がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該有限責任社員は、連帯して、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

→合同会社。

(2)登記事項の違いの実務への影響の例

次に、(1)で述べた登記事項の違いが、実務にどのように影響するのか、事例をもとに検討する。

〔事例1〕持分会社甲社の業務を執行する有限責任社員(「A」とする。)がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これにより第三者(「X」とする。)が損害を被ったため、会社法第597条に基づき、XがAに対して損害賠償を請求する事例を想定する。

この場合、まずAが業務執行社員であるか否かが重要になるが、この点の主張・立証責任の分配はどう考えるべきだろうか[5]

 持分会社においては、社員は原則として業務執行権があるから、Xは、Aが社員であることを主張し、甲社の登記事項証明書によりそれを立証すれば足り、Aがそれを否定したい場合は、抗弁として、定款にA以外が業務執行社員に定められていることを主張し、定款によりそれを立証するのが原則だと考える[6]

 それに対し、合同会社では業務執行社員が登記事項であるため、Xは、Aが業務執行社員であることを主張し、登記事項証明書によりそれを立証すると考えてもXにとって酷とはいえず、そのような実務になると思われる。

→業務執行社員であることの立証は(登記が適切になされていれば)容易。

4.持分の相続と遺産分割についての従前の解釈の再確認

(1)持分の相続と遺産分割についての先例と遡及効肯定説の解釈

 社員についての登記事項とその実務への影響の例を確認したところで、以下で、社員の持分の相続と遺産分割について検討する。

 持分会社では、社員は、死亡によって退社するが、定款で、社員が死亡した場合に相続人が持分を承継する旨の定め(以下、「持分承継の定め」という。)を置くことができる。

 持分承継の定めがある持分会社において、社員が死亡し、相続人が複数の場合、前記のとおり、遺産分割協議により相続人のうちの1人が持分の全部を承継しても、登記実務上は、いったん、相続人全員の加入の登記をし、そのうえで、相続人間で持分譲渡の登記をすべきだとされている。

 ところで、不動産登記では、不動産の所有者に相続が開始した場合、①「いったん相続人全員で共有名義に登記し、遺産分割により持分移転登記をする方法」と、②「遺産分割により持分を承継した相続人に直接移転登記をする方法」の両方が許容されている。①は、相続開始により遺産共有となり、遺産分割によって、特定の相続人が単独所有となったという考え方(移転主義)に基づいており、②は、遺産分割は相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるから(民法第909条本文)、遺産分割により不動産を取得した相続人が、被相続人から直接、単独で承継したという考え方(宣言主義)に基づいているという解釈がある[7][8]

 これを持分会社の持分の相続に当てはめると、前記の先例は移転主義を採用し、遡及効肯定説は、合同会社の持分の相続については宣言主義を採用したことになる。

 しかし、民法第909条では、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるとされ、ただし書で、第三者の権利を害することはできないとされており、この規定どおりに解釈したほうが(修正宣言主義)、前記の先例や遡及効肯定説を説明しやすいように思える。この解釈を前提に、従前の解釈と遡及効肯定説を考察してみる。

 本来は、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力が生ずる(民法第909条本文)。ただし、持分会社には、会社債権者という第三者が存在し、  その第三者の権利を害してはならないため(民法第909条ただし書)、遺産分割の効力は遡及せず、持分は相続人全員が共同で相続(準共有)したうえで、遺産分割により、特定の相続人がすべて取得することになる。

 これに対し、遡及効肯定説は、合同会社は社員の全員が間接有限責任であり、会社債権者という第三者を考慮する必要がないから、遺産の分割が、相続開始の時にさかのぼって効力を生ずることに特段の支障はなく、遺産分割で持分を取得した相続人は、被相続人から直接単独で持分を承継したのであるから、登記手続もそのとおりに行うべきだと解釈しているのだと考える。

 なお、会社債権者等が民法第909条ただし書の第三者に該当するのかという点には否定的な見解もあるし[9]、先例の解説[10]では、「社員の持分は権利義務をあわせた地位であって、通常の財産と異なるから、その性質上、民法第909条の適用がないと解すべき」としている。この解釈によれば、遡及効肯定説は、合同会社の社員の責任形態は他の持分会社と異なることから、民法第909条の適用は否定されないと解釈していることになる。

(遺産の分割の効力)

民法第909条 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

(2)従前の解釈への疑問点とそれに対する解釈

 ちなみに、持分会社の社員としての責任は、有限責任社員であれば、定款に定められた出資額が限度である。合資会社の有限責任社員については、出資の目的及びその価額と既に履行した出資の価額が登記事項であるが、出資の全額が履行済であった場合はどう解釈すべきか。

 前記の先例の趣旨からすれば、遡及効肯定説と同様、当該有限責任社員が死亡した場合に、相続人全員を登記したうえで持分譲渡の登記をする必要はなく、直接、遺産分割で持分を取得した相続人のみの加入の登記をしても問題はないようにも思える。出資をすべて履行している以上、会社債権者に対して直接責任を負う部分がないからである。しかし、この場合であっても、同様の登記手続が必要だと解釈されていた。旧商法第157条第2項により会社債権者に対して責任を負う場合がありうることが理由だとされている。また、相続人全員の加入の登記をすることについて、「社員としての責任は登記がなくとも生じるものではあるが(略)、会社債権者の便宜を考えると、この場合に不動産登記では認められている中間省略登記は認めず、持分の移転を忠実に登記に反映させるとの登記実務は妥当」だと解釈されていたからである[11]

旧商法第157条 有限責任社員は其の出資の価額を限度として会社の債務を弁済する責に任ず。但し既に会社に対し履行を為したる出資の価額に付ては此の限りにあらず。

2 前項但書の規定の適用に付ては会社に利益なきに拘らず配当を受けたる金額は之を控除して其の出資の価額を定む。

5.持分の相続と相続人の責任

 次に、持分承継の定めがある場合に、社員の責任が直接責任であることと(合名会社・合資会社)、間接責任であること(合同会社)の違いにより、相続人の責任にどのような影響があるのかを検討する。遡及効肯定説が主張するように、社員の責任が間接有限責任である合同会社の場合、死亡した社員の相続人が前記「2.問題の所在」のaの責任(相続開始時から遺産分割時までの業務執行責任(以下、「aの責任」という。))まで負わないといえるだろうか。

(1)持分の相続と業務執行についての責任

 まず、会社法第597597条(業務執行社員の損害賠償責任)の規定を検討する。この規定は、定款で定められた(有限)責任にかかわらず、第三者に対し、直接無限責任を負わせるための規定である。

 よって、社員となった相続人が業務の執行に携わった場合に、悪意又は重大な過失があった場合は、間接有限責任社員であっても、直接無限責任を負う。

(2)遺産分割により持分を承継しなかった相続人の責任

〔事例2〕次に、社員各自が業務執行権のある合同会社を前提として、死亡した社員の相続人がABCの3名であり、遺産分割でAが相続することとなったという事例を検討してみる。相続開始から遺産分割までの間に、合同会社の業務を執行したのはAだけであり、Aの職務(業務執行)に悪意又は重大な過失があったという前提である。この場合、B及びCの社員としての責任はどうなるのだろうか。

 相続した持分を準共有するABCは、3人で1人の社員だと考えられる。社員として業務の執行に関与する場合、実際に執行したのはAだとしても、社員として意思決定は、株式を共同相続した相続人が株主として意思決定を行う場合(最高裁第1小法廷判決平成2727年2月1919日民集6969巻1号2525頁)と同様に考えられるだろう。つまり、社員(ABC)内部で、業務の執行の意思決定を行っているはずであり、実際に執行しなかったからといって、BCがその職務に関与しなかったということはできず、BCも社員として「aの責任」を負うと考える。

6.従来の先例の解釈からの結論

ここまで検討してきたことを前提として、「2.問題の所在」で提起した問題点を小括する。

 持分承継の定めがある持分会社の社員が死亡し、相続人が数人ある場合に、遺産分割協議により特定の相続人が持分を承継することとなった場合、登記実務上、被相続人については退社の登記をし、共同相続人については、いったん、全員の加入の登記をした上で、相続人間で持分譲渡の登記をすべきものとされている。社員が全員間接有限責任である合同会社においては、この扱いは妥当しないのかという論点である。なお、各自業務執行権を有する合同会社であることが前提である。

 結論としては、合同会社においても、同様の扱いをすべきであり、遡及効肯定説は適当ではないと考える。

 たしかに、合同会社の社員は、全員が間接有限責任であり、その意味では、会社債権者に直接責任を負わない。しかし、合同会社の業務執行社員の登記は、業務執行者(として責任を負うべき者)が誰であるのかを公示している。そして、その職務を行うにあたって、悪意又は重過失がある場合は、業務執行者は会社債権者に直接無限責任を負うのである。「5.持分の相続と相続人の責任」で述べたように、社員の相続人は、遺産分割までの間の業務執行に関して会社債権者に直接責任を負う場合があり、仮に遺産分割により持分を承継しなかった相続人であったとしても、業務執行社員として公示すべき必要性があると考える。

 また、会社法第597条の業務執行に関する責任以外にも、相続開始後遺産分割までの間に利益の配当の制限(会社法第628条)に違反した配当がなされる可能性も否定できないし、この場合も業務執行社員として責任を負う場合があり得るのであり(会社法第629条)、この意味でも公示する必要性があるといえる。

 そして、会社債権者が合同会社の業務執行社員の責任を問う場合、前記のとおり、会社債権者において、業務執行社員を特定し、立証する必要がある。もし、遺産分割により持分を承継しなかった相続人が登記されなかった場合、この会社債権者が悪意又は重過失がある業務執行の結果について責任を追及したいと考えたとしても、当該会社債権者は、責任追及の相手方を誰とすべきなのかを把握するのが困難になる。相続関係書面は登記申請の添付書面となるので、商業登記法第11条の2により、利害関係人として閲覧することは可能だが、これは、前記の合名会社・合資会社の先例の場合でも同様であり、すくなくとも、本ケースを、先例の場合と異なる扱いにする理由とはならないだろう。

 会社債権者の便宜を考えると、先例に基づくこれまでの合名会社・合資会社の登記手続と同様、合同会社の業務執行社員についても、いったん、全員の加入の登記をした上で、相続人間で持分譲渡の登記を行うのが妥当だろう。遺産分割により持分を承継しなかった相続人についても、相続開始により、いったんは業務を執行する権限を有する社員になった事実はあり、業務執行についての責任を負うべき者(業務執行者)として登記に反映させる必要があると考える。

 むしろ、いったん、加入の登記をし、持分譲渡による退社の登記をすることにより、この業務執行社員としての責任は、登記後2年以内に請求又は請求の予告をしない会社債権者に対しては、会社法第586条第2項の規定により、当該登記後2年を経過した時に消滅すると解釈することが、持分を承継しなかった相続人にとっても、相続開始後の責任が明確になると思料する。

(利益の配当に関する責任)

第629条 合同会社が前条の規定に違反して利益の配当をした場合には、当該利益の配当に関する業務を執行した社員は、当該合同会社に対し、当該利益の配当を受けた社員と連帯して、当該利益配当額に相当する金銭を支払う義務を負う。(以下、略)

7.問題点についての別の視点からの検討

ここまで、従来の先例をもとに、社員の会社債権者に対する責任という視点から検討してきたが、本稿では、さらに、別の視点からも検討を加える。

 たとえば、不動産は「物」であり、共有物の持分権利者が自身の共有持分を処分する場合でも、他の共有者の承諾は不要である。よって、共同相続人以外の物権的共有者は持分の相続についての遺産分割協議については部外者といえる。

 これに対し、持分会社は、社員相互の信頼関係が基礎となっており、また、会社法の下では、有限責任社員であっても、原則として業務執行権を有し、定款で業務執行権を制限された場合でも、支配人の選任や監視権等、業務に関与する権利を有する。持分会社の持分は、いわば、経営権付社員権といえるから、社員が誰であるかについては、他の社員にとって極めて重要な関心事であり、大きな利害関係を有するのである。

 したがって、社員の持分の相続に関する遺産分割協議については、会社債権者のみならず、他の社員の存在も考慮すべきだろう。つまり、民法第909条でいえば、他の社員も同条ただし書の第三者に該当すると考えるべきであり、あるいは、社員の持分の特殊性から、民法第909条の適用はないと考えるべきである。(定款の)持分承継の定めそのものが、たとえば「特定の相続人Aに承継させる」といった内容でもない限り、相続開始によりその持分は準共有となり、遺産分割により、特定の相続人への持分の承継を希望する場合は、他の社員の承諾を得たうえで持分の譲渡をする必要があると解釈するのが妥当である[12]

 以上の理由から、持分会社における持分の相続に関する遺産分割については遡及効は馴染まないと考える。これは、間接有限責任社員のみで構成される合同会社であっても同様で、社員の持分の相続については、いったん、相続人全員が社員となり、(他の社員の承諾を得たうえで、)特定の相続人に持分を譲渡することが必要であることに変わりがなく、業務執行社員の登記も、その過程を忠実に反映して行われるべきだと考える。

8.おわりに

 以上、実際の登記実務において、苦慮している論点のひとつを検討した。この論点は、合同会社の利用が進んでいる割に、登記実務について、明確な結論が出ていない部分であると思われる。合同会社の設立数は、会社全体の設立数の中でも、かなりの割合を占めており、今後、本稿で検討した論点についても、登記実務上の疑問点として、問題提起されるケースが増えていくことが予測される。今後の持分会社についての実務が円滑に行われるためにも、こうした点についての議論が深められることを期待したい。

「相続登記の促進と民法・不動産登記法の改正」慶應義塾大学大学院法務研究科教授、同グローバル法研究所(KEIGLAD)所長 松尾弘

1 はじめに

――相続登記の促進に関わる法改革

(1)民法899条の2の創設とその意義

(2)民法899条の2の適用範囲

遺言(相続分の指定,遺贈,遺産分割方法の指定)により,相続人が法定相続分に相当する割合を超えて権利取得した部分(中間試案)

遺贈の除外

遺産分割の付加

相続人に対する特定遺贈への(類推)適用

2 相続による権利承継と対抗要件

(3)相続による権利承継の法理と民法177条および899条の2の関係

(a)従来の判例による民法177条の適用

特定遺贈による権利取得と第三者

遺産分割による権利取得と第三者(遺産分割前の第三者に関しては,909条ただし書)

(b) 「対抗要件主義の特則」としての民法899条の2の意義

「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」(民法899の2①)

①相続による権利承継のうち,意思表示を要素とするもの

②特定財産承継遺言,相続分の指定,相続人への特定遺贈,遺産分割について悪意の第三者に対する対抗可能性

相続債権者等,共同相続人の法定相続分による権利承継を期待すべき者の保護。さらに,1013条2項・3項,902条の2(平成30年民法等一部改正法による)参照

➡たとえ相続債権者であっても,法定相続分とは異なる権利承継があったことを知っている第三者に対しては,対抗要件を備えることなしに対抗可能と解しうるか

遺産に関する共有説・合有説と,遺産分割等に関する移転主義・宣言主義等との関係

 民法898条1項・2項(2項は令和3年民法等一部改正法による),1013条3項・902条の2(平成30年民法等一部改正法による)等は,共有説に適合的か。共有説は,遺産分割等に関する移転主義に親和的か

 しかし,民法899条の2は,「相続による権利の承継」に関し,遺産分割に関する宣言主義的規定(民法909本文),相続開始時に権利承継が認められる特定財産承継遺言,相続分の指定遺言(民法985①)の特殊性を考慮に入れた,「対抗要件主義の特則」

遺産分割等について悪意の第三者に対しては,遺産分割等を優先させる(対抗要件を備えなくとも対抗可能)とすべきか

➡遺産に関する共有説と遺産分割等に関する移転主義等との調和を図る趣旨

➡相続人に対する特定遺贈にも適用(準用ないし類推適用)すべきか

相続登記申請の義務化の必要性と方法

民法177条の対抗要件主義と登記義務

「登記はしてもしなくてもよい」?

公法上の登記義務を課すことは,民法177条の対抗要件主義と矛盾しない

(2)相続登記申請義務の内容,履行および履行の擬制

(ⅰ)相続登記の申請

「相続」による不動産所有権取得(不登法76の2①前段)

相続人への遺贈による不動産所有権取得(不登法76の2①後段)

法定相続分に従った所有権取得登記の場合(不登法76の2②)

(ⅱ)相続人である旨の申出とその登記

相続人申告登記(不登法76の3)

(3)相続登記申請義務の履行方法の相互関係

(ⅰ)相続による権利承継の登記

(ア)相続人が1人の場合における単独相続の登記

(イ)特定財産承継遺言による登記

(ウ)相続人への遺贈による登記

(エ)共同相続人がある場合における

①遺産分割の登記

②法定相続分に従った登記

(ⅱ)相続人申告登記

(4)相続登記申請のインセンティブ

(ⅰ)相続登記手続の簡略化

(ア)単独相続。単独申請(不登法63②)

(イ)特定財産承継遺言。単独申請(不登法63②)

(ウ)遺贈。共同申請が原則(不登法60)

ただし「相続人に対する遺贈」による「所有権の移転の登記」は単独申請(不登法63③)

(エ)①遺産分割の登記。「相続」を原因とする単独申請(不登法63②)

②法定相続分による登記後の遺産分割の登記

〔1〕共同申請(不登法60)

〔2〕更正の登記。「遺産分割」を原因とする単独申請(不登法64,法務省民二第538号(令和5年3月28日)第3.1(2)ア)

(1)相続登記を促進するためのその他の方策

(2)相続登記申請義務を実効的なものとする鍵としての遺産分割の促進

①民法904条の3柱書本文。ただし,民法904条の3第1号,第2号

②家事事件手続法199条2項,273条2項

③民法258条の2第2項本文。ただし,民法258条の2第2項ただし書,第3項

④民法908条2項,3項,4項・5項

⑤民法262条の2第3項,262条の3第2項

遺産分割を促す間接的要因/遺産分割上の権利ないし利益

相続登記の意義,手続の実際についての市民の理解

登記制度と市民を媒介する専門職の役割

4 おわりに

――相続登記の実効性を握る鍵

民法904条の3、民法904条の3

「相続登記の促進と民法・不動産登記法の改正」松尾 弘(慶應義塾大学)

1 はじめに――相続登記の促進に関わる法改革

 近時,相続登記に関して,重要な法改正が相次いで行われた。特に注目されるものとして,①「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(平成30年7月13日法律72号。以下,平成30年民法等一部改正法という)により,相続による権利承継のうち,法定相続分を超える部分について第三者に対抗するためには対抗要件の具備を必要とする民法899条の2が創設された(施行は令和元年7月1日)1(そのほか,自筆証書遺言の方式の緩和,遺言執行者の法的地位および権利・義務の明確化,遺留分減殺請求権の遺留分侵害額請求権への変更,遺産分割前の預貯金の払戻し,特別寄与料の支払請求権,配偶者居住権・配偶者短期居住権等に関する法改正が含まれる。)。

 また,②「民法等の一部を改正する法律」(令和3年4月28日法律24号。以下,令和3年民法等一部改正法という)により,相続によって不動産所有権を取得した者に対し,相続登記の申請義務を課す不動産登記法76条の2,76条の3が創設された(施行は令和6年4月1日)2(そのほか,所有者不明土地・建物管理人,管理不全土地・建物管理人,相続財産管理人,相続財産清算人等に関する民法改正,不動産所有権の登記名義人の氏名・名称および住所の変更の登記の申請義務等に関する不動産登記法改正等が含まれる。)。

 このうち,①平成30年民法等一部改正法は,同日に公布された「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(平成30年7月13日法律73号)とともに,遺言の活用を促進する一方で,遺言の有無・内容等について必ずしも知りえない相続債権者等の利益の保護を主眼とし,「相続による権利の承継」は,法定相続分(民法900条,901条)超える部分については,「登記,登録その他の対抗要件を備えなければ,第三者に対抗することができない」(民法899条の2第1項)ものとした3後述2(1)参照。これに対し,②令和3年民法等一部改正法は,相続未登記を主たる原因として所有者不明土地が増加しているという認識に基づき4平成28年度に地籍調査を実施した622,628筆のうち,不動産登記簿によって土地所有者等の所在が確認できなかった土地125,059筆のうち,相続未登記を原因とするものが最も多く,83,371筆(66.7%)であったとされる。国土交通省「平成28年度地籍調査における土地所有者等に関する調査」同『土地白書(平成30年版)』(平成30年6月)114頁図表3-1-1-参照。不動産所有権を相続によって取得した者に対し,所定の期間内に,所定の方法により,所有権移転登記の申請義務を課すものである5後述3(1)参照。

2 このように,両者は,その背景にある立法目的を同じくするものではないが,ともに相続登記の申請を促すインセンティブを創出するものとして,注目される6なお,①平成30年民法等一部改正法および②令和3年民法等一部改正法に先立ち,所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成30年6月13日法律49号)により,長期相続登記等未了土地の解消に関する不動産登記法の特例が創設された(同法40条〔その後の改正により,現44条〕)。同特例に関しては,村松秀樹=大谷太「法務省における所有者不明土地等対策に関する取組の状況」法律のひろば74巻11号(2021)29-31頁参照。そして,それは登記手続上の法改正にとどまらず,相続による権利承継の実体法理(遺産の共有説・合有説,相続による権利移転の宣言主義・移転主義)に対しても,重要な意味をもつと考えられる。そこで,本稿は,そうした相続による権利承継法理も考慮に入れながら,相続登記の促進という観点から,民法および不動産登記法の現状と課題を検討するものである。

2 相続による権利承継と対抗要件

(1) 民法899条の2の創設とその意義

 民法899条の2第1項は,「相続による権利の承継は,遺産の分割によるものかどうかにかかわらず,次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については,登記,登録その他の対抗要件を備えなければ,第三者に対抗することができない」とする7なお,承継した権利が債権の場合,「対抗要件」(民法899条の2第1項)は,「債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては,当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは,共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして」,第三者への対抗を認めるものとした(民法899条の2第2項)。従来の判例は,特定財産承継遺言および相続分の指定遺言がある場合における受益相続人の権利取得は,対抗要件を備えていなくとも,第三者に対抗できると解釈した8特定財産承継遺言につき,最判平成14年6月10日家月55巻1号77頁,相続分の指定につき,最判平成5年7月19日家月46巻5号23頁。

これに対し,本項は,これを改め,法定相続分を超える分の権利取得については,対抗要件を備えなければ,第三者に対抗できないとしたものである。その趣旨は,①従来の判例によれば,受益相続人が登記等の対抗要件を備えようとするインセンティブが働かず,実体的権利と公示との不一致が生じる場面が増え,取引安全が害され,不動産登記制度等の信頼を害するおそれがあること,②遺言の有無・内容・有効性を容易に確認できない相続債権者等の法的地位を相続開始の前後でできる限り変動が生じないようにして,権利行使等ができるようにすること,③共同相続人は,法定相続分に応じた権利を承継したものとして相続債権者等から権利行使等を受けても,やむを得ない地位にあるとみうることである

9 堂園幹一郎=野口宣大編著『一問一答 新しい相続法〔第2版〕』(商事法務,2020)160-161頁。

(2) 民法899条の2の適用範囲

 ここで問題になるのは,本項の適用対象である「相続による権利の承継」の範囲,およびそれが「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」というやや分かりにくい表現の意味である。

 当初,同項に対応する中間試案の段階では,「相続人は,遺言(相続分の指定,遺贈,遺産分割方法の指定)によって相続財産に属する財産を取得した場合には,その法定相続分に相当する割合を超える部分については,登記,登録その他の対抗要件を備えなければ,第三者に対抗することができないものとする」として,相続人への遺贈による権利取得も含めていた10法制審議会民法(相続関係)部会『民法(相続関係)等の改正に関する中間試案』(平成28年6月21日)第3.2(1)①(9頁),同補足説明38-41頁。

 しかし,その後,相続人への特定遺贈は除かれることになった。法制審議会民法(相続関係)部会資料17は,「相続人が相続分の指定又は遺産分割方法の指定により相続財産に属する財産を取得した場合であっても,その相続人(以下「受益相続人」という。)は,その法定相続分を超える部分の取得については,登記,登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えなければ,第三者に対抗することができないものとする」11 法制審議会民法(相続関係)部会・部会資料17・第2.1①(4頁)。として,遺贈を除いた。その理由は,遺贈は意思表示による特定承継であるから,民法177条の適用対象となっている一方12,判例は,相続人に対する特定遺贈に関して,遺贈の目的物である不動産に対する共同相続人の持分を差し押さえた第三者に対し,受遺者である他の共同相続人は,登記をしなければ,法定相続分を超える遺贈による所有権取得を対抗することができないと解している(最判昭和39年3 月6日民集18巻3 号437頁)。

 特定財産承継遺言および相続分の指定による対象財産の権利承継は,法定相続分についての「包括承継」13 この「包括承継」という表現は,「当然承継」の意味を含むものと解される。(対抗要件不要)とそれを超える部分についての「意思表示による特定承継」(対抗要件必要)の中間類型という意味で,対抗要件に関する新たな規律の対象となるからである14法制審議会民法(相続関係)部会・部会資料17・6頁。このように,民法899条の2第1項は,相続を原因とする権利変動のうち,意思表示が介在するものについて,「対抗要件主義の特則」を定めたものであると整理されている15法制審議会民法(相続関係)部会・部会資料17・6頁。

 加えて,本項の規律対象が,相続を原因とする権利変動のうち,意思表示が介在するものについて対抗要件主義の特則を定めたものであるとすれば,遺産分割もその規律対象に含まれうるとし,このことを明確にするために,相続による権利の承継は「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」という文言が追加されることになった16法制審議会民法(相続関係)部会・部会資料24-1・第5.1(1)(17頁)。

 この表現に至るまでの間には,「相続人が相続分の指定又は遺産分割方法の指定により相続財産に属する財産を取得した場合であっても,その相続人(以下「受益相続人」という。)は,その法定相続分を超える部分の取得については,登記,登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えなければ,第三者に対抗することができないものとする」(同部会資料19・11頁),「遺産分割(遺産分割方法の指定を含む。)又は相続分の指定による不動産又は動産に関する物権の承継は,民法第177条又は第178条の要件を備えなければ,第三者に対抗することができないものとする」(同部会資料21・26頁,同部会資料23・17頁),といった表現方法が試みられた。

 もっとも,遺贈による権利の移転も,もっぱら被相続人の意思によるものではなく,「遺言は,遺言者の死亡の時からその効力を生ずる」(民法985条1項)のであり,この意味では,遺贈による権利移転も,相続人を受贈者とする場合は,相続を原因とする権利変動のうち,意思表示が介在するものということもできる。この点に着目し,「特定財産承継遺言と特定遺贈の間の実質的な違いを実体ルール上で認めることには疑問がある」とし,民法899条の2は特定遺贈の場合にも類推適用されると解する見解もある17潮見佳男『詳解 相続法(第2版)』(弘文堂,2022)375頁,622頁注32。特に,債権の特定遺贈の場合には,民法899条の2第2項による簡便な対抗要件の具備が認められる点でメリットがある。

 ちなみに,特定財産承継遺言の場合,当該財産の所有権は,被相続人の死亡と同時にただちに当該相続人に承継されると解されている18最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁。

 したがって,特定財産が不動産である場合,相続を原因とする所有権移転登記手続(不動産登記法63条2 項)を受益相続人が単独で申請することができるものとされている19昭和47年4 月17日甲1441民事局長回答(民事月報27巻5 号165頁)。また,特定財産承継遺言がされた場合に,対抗要件を備えるために必要な行為をする権限を付与された遺言執行者(民法1014条2項)も,相続を原因とする所有権移転の登記手続を単独で申請することができる。

一方,相続人に対する特定遺贈の場合も,当該財産の所有権は,被相続人の死亡時に当該相続人に承継されるものと解しうる20 特に,遺贈の目的物の所有権移転に関する物権的効力説および判例(大判大正5 年11月8 日民録22輯2078頁)は,この考え方に親しみやすい。なお,特定遺贈による所有権移転登記手続は,受遺者と他の相続人または遺言執行者との共同申請(不動産登記法60条)によるべきものであるが,令和3年民法等一部改正法による不動産登記法改正により,相続人に対する遺贈による所有権移転は,当該相続人が単独で申請できるものとされた(不動産登記法63条3項)21遺言執行者がある場合は,遺言執行者が単独で申請できるものと解される(民法1012条2項)。

  また,登録免許税については,平成15年度税制改正により,相続人に対する遺贈にも,特定財産承継遺言の場合と同じく,「相続」としての同じ税率が適用されている(登録免許税法17条1項)。このように,実体法および手続法の両面において,特定財産承継遺言と相続人への特定遺贈は接近しており,相続人への特定遺贈に民法899条の2を適用または類推適用することが妥当であると解される。しかし,このような解釈に対しては,特定財産承継遺言による権利承継と,相続人への遺贈による権利承継とでは,実体法上の権利移転の性質が異なるという理解もある22水津太郎「新しい不動産登記法――令和3年不動産登記法改正等と相続登記の促進」法律のひろば74巻10号(2021)32-33頁。この見解は,不動産登記法63条3項による単独申請の特則は,所有者不明土地の発生予防のための所有権移転登記の促進の観点から,受遺者である相続人の登記申請義務の履行の実効性を確保する目的で,相続人に対する遺贈による「所有権移転」に限定した便宜的な特例であり,「相続」による「権利の移転」一般について単独登記申請を認める規定(不動産登記法63条2項)の適用が認められている特定財産承継遺言と異なる点に留意する。実際,遺言による相続人への地上権設定等の場合は,受益相続人とその他の相続人と共同申請(不動産登記法60条)によることになる。また,相続人以外の者への遺贈は,所有権移転の場合も,受遺者と相続人との共同申請による。。そこで,この問題は,民法177条と899条の2の関係を含め,より広い視点から検討する必要がある。

(3) 相続による権利承継の法理と民法177条および899条の2の関係

相続人に対する特定遺贈は,法定相続分を超える部分については,対抗要件を備えなければ,第三者に対抗することができないことを,民法177条の適用の帰結として,すでに判例が認めている23 前掲注12参照。そこで,相続人への特定遺贈をあえて民法899条の2の適用対象と解することには,実益がないようにも思われる24ただし,債権の特定遺贈に関しては,民法899条の2第2項が適用されるとすれば,受益相続人にとってメリットがある(前掲注17参照)。

しかし,この点は,遺産分割による権利取得の場合も同様である。すでに判例は,遺産分割により,相続財産に属する不動産に対し,法定相続分を超える権利を取得した共同相続人は,遺産分割による取得を登記しなければ,遺産分割後に当該不動産に対する他の共同相続人の法定相続分に従った共有持分を差し押さえた者等の第三者に対抗できないと解していた25最判昭和46年1 月26日民集25巻1 号90頁。なお,遺産分割前に,共同相続人がその法定相続分に応じた持分を第三者に処分した場合については,民法909条ただし書の適用・解釈の問題となる。

にもかかわらず,遺産分割による権利承継は,民法899条の2の適用対象であることが明規された26「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」(民法899条の2第1項)。その理由は,遺産分割には遡及効(民法909条本文)があることから,法定相続分を超える部分の権利取得について,民法177条を適用する理論的説明が困難であるという指摘を考慮に入れたものである27 法制審議会民法(相続関係)部会・部会資料17・7頁。それによれば,①「遺産分割前は,法定相続分に従った権利の承継があったものとして,相続債権者の権利行使が認められているという説明が可能」であり,民法899条の2は,この考え方を,②特定財産承継遺言および相続分の指定遺言にも及ぼしたものである28堂園=野口編著(前掲注9)161頁注3。

このことが同条1項の「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」という言葉遣いに表れている。その目的は,受益相続人以外の相続人から遺産に属する財産の法定相続分を譲り受けた者よりも,相続債権者等,相続開始前から利害関係をもっていた者の保護をより重視することにある29 堂園=野口編著(前掲注9)161頁注3。

そして,そのような価値判断が,遺言執行者がある場合における遺言の執行を妨害する相続人の行為の効力に関する規律(民法1013条2項,3項)の定め方にも影響を与えているとする30堂園=野口編著(前掲注9)161頁注3。それは,遺言の執行を妨害する相続人の行為(受益相続人に帰属すべき持分の処分等)は無効であるが,「善意の第三者」に対抗することができない(民法1013条2項)とするものである31もっとも,相続人の債権者(相続債権者を含む)が相続財産について権利行使することは妨げない(民法1013条3項)。

法定相続分による権利承継に対する相続債権者等の期待の保護という趣旨は,民法899条の2と同じく,平成30年民法等一部改正法によって導入された規律,例えば,遺言執行者がある場合でも,相続債権者等は,法定相続分に従い,相続人が承継した財産を差し押さえる等の権利行使を妨げないとする民法1013条3項,相続分の指定がある場合でも,相続債権者は,共同相続人に対し,法定相続分に従った権利行使ができるとする民法902条の2など表れている。

したがって,遺言執行者がない場合においても,遺言の執行を妨害することになる受益相続人以外の相続人による持分の処分や,遺産分割を妨げることになる共同相続人の持分の処分に対し,それと相容れない内容の特定財産承継遺言,相続分の指定遺言,特定遺贈および遺産分割の存在について悪意の譲受人に対しては,民法899条の2が定める対抗要件を備えていなくとも,権利承継を対抗することができると解釈することにより,第三者の善意・悪意を不問とする民法177条の解釈32大判明治44年12月25日民録17輯909頁,最判昭和30年5 月31日民集9巻6 号774頁。とは異なる規律をあえてしたことに,「対抗要件主義の特則」としての意味を見出すことにも通じるように思われる。たとえ相続債権者であっても,法定相続分とは異なる権利承継があったことを知っている第三者に対しては,対抗要件を備えることなしに対抗可能であると解される。

相続による権利承継と対抗要件に関する民法899条の2は,民法177条の適用が典型的に問題になる二重譲渡類型とは異なり,①被相続人の死亡後に遺産分割や遺言執行が行われるとしても,その効果は被相続人の死亡(相続開始)時に遡及して生じるものとされる権利移転と,②それと相容れない内容の第三者への権利移転との優劣決定が問題になる類型に関するものであり,①受益相続人への権利移転にプライオリティーを認めつつ,②第三者保護を図るべき場合に関する優劣判定基準に関する法理に基づくものと解することができる33 この場合の権利移転の登記は,遺産分割,特定財産承継遺言,相続分の指定遺言によるときは「相続」による権利承継として,登記権利者の単独申請によって行われ(不動産登記法63条2項),相続人への遺贈による「所有権移転の登記」も,登記権利者の単独申請によって行われる(不動産登記法63条3項)。この観点から,遺産共有についての共有説と合有説,また,遺産分割についての 

宣言主義と移転主義についても,各々の当否を再考する余地がある。

これについて,平成30年民法等一部改正法による民法899条の2は,一方では,被相続人の死亡により,各共同相続人による法定相続分に従った権利の承継があったものとして,相続債権者の権利行使を認める点では,共有説に親和的であるようにみえる。

同改正法により,遺言執行者がある場合でも,相続債権者等は,法定相続分に従い,相続人が承継した財産を差し押さえる等の権利行使を妨げないとする民法1013条3項,相続分の指定がある場合でも,相続債権者は,共同相続人に対し,法定相続分に従った権利行使ができるとする民法902条の2なども,この見方を補強する。加えて,令和3年民法等一部改正法による民法898条2項の創設も,共有説に親和的に見える。

しかし,他方では,民法899条の2は,法定相続分を「超える部分については」,「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」,対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないとし,宣言主義的な構成も示している34潮見佳男ほか編著『Before/After 相続法改正』(弘文堂,2019)3頁(水津太郎)。もっとも,民法899条の2が規律する法定相続分を超える部分についての権利帰属の決定基準が,民法177条と同様の対抗要件主義によるものであるとすれば,共有持分権の二重譲渡とみて,移転主義による説明も可能である。しかし,前述のように,民法899条の2が,相続開始時に遡及する権利承継と相続開始後の持分処分との優劣を決定する「対抗要件主義の特則」として,177条とは異なる解釈を許容するとすれば,共有説と宣言主義を調和させることのできる,より柔軟な権利移転法理を構築する必要性と可能性があると考えられる。

この観点から,遺産に関する共有説(民法898条1項,2項〔令和3年民法等一部改正法による〕)に立ちつつも,相続開始時に遡って権利承継が認められる特定財産承継遺言,相続分の指定遺言,特定遺贈(民法985条1項)または遺産分割(民法909条本文)の存在について悪意の譲受人に対しては,民法899条の2が定める対抗要件を備えていなくとも,権利承継を対抗することができると解釈することにより,宣言主義(民法909条本文)ないし遡及効(民法985条1項)の趣旨を可能な限り実質的に活かすことができると考えられる。そして,このような解釈によれば,民法899条の2は特定遺贈にも適用(準用ないし類推適用)が認められるべきものと解される。

3 相続登記申請の義務化

(1) 相続登記申請の義務化の必要性と方法

相続による権利承継への対抗要件主義の導入(民法899条の2)は,その意味をどのように解釈するにせよ,単独相続や法定相続分に従った共同相続の場合には,相続登記を申請するインセンティブにはなり難い。また,日本では登記法(明治19年法律1号)および(旧)不動産登記法(明治32年法律24号)の制定時から,不動産に関する所有権移転等の登記を義務とはしない方針が維持されてきた35松尾弘『土地所有を考える』(日本評論社,2023)230-233頁参照。この「登記を義務とはしない」方針は,民法が不動産物権変動の対抗要件主義を導入したことにより,再確認された36 松尾(前掲注35)232頁参照。

もっとも,それは,「登記はしてもしなくてもよい」という考え方ではなかったことに留意する必要がある。立法者は,登記を備えなければ第三者に対抗できない場面を広く想定した民法177条の登記は「公益に基づく公示法」であるから,登記されないと「効を奏すること」はできず,不動産登記法が登記を命じなくても,登記されるのが原則であると考えていた。したがって,今日,相続未登記が主な原因で所有者不明土地が増加する傾向にある状況に鑑みて,公法上の登記義務を課すことは,民法177条の対抗要件主義と矛盾しないことを確認する必要がある37 松尾(前掲注35)232頁参照。さらにいえば,仮に民法が登記効力要件主義をとったとしても,相続のように非任意的な財産承継においては,しかも,経済的価値が低く,維持管理費用を賄うことが困難な不動産については,問題解決にならないことが予想される。

このことは,民法上の権利変動の要件としての登記の規律と,不動産登記法上の登記義務の規律とが,無関係ではないものの,不可分一体でもないことを示している。この観点から,民法の対抗要件主義を維持しつつ,公共の福祉に基づき,公益を確保する観点から必要な範囲において,公法上の登記義務を課すことが正当化されるものと考えられる38 国土審議会土地政策分科会特別部会『とりまとめ』(平成31年2月)19頁参照。比較法的にも,相続登記を義務化する例は珍しくない。吉田克己『現代土地所有権論』(信山社,2019)106-110頁参照。その結果,所有者不明土地を発生させる主な原因であると目される相続登記の申請を義務化することが検討された。

(2) 相続登記申請義務の内容,履行および履行の擬制

(ⅰ)相続登記の申請

令和3年民法等一部改正法による改正不動産登記法は,不動産の「所有権」の登記名義人について相続が開始したときは,「当該相続により所有権を取得した者」は,「自己のために相続の開始があったことを知り,かつ,当該所有権を取得したことを知った日から3年以内」(以下,相続登記申請期間という)39 相続登記申請期間は,①「自己のために相続の開始があったことを知り」,かつ②「当該所有権を取得したことを知った日から3年以内」であり,相続開始時から3年以内ではない。

それゆえ,相続人が被相続人の死亡を知らなかったり,死亡を知っても不動産所有権の登記名義人であったことを知らなかったりしたときは,相続登記申請期間は進行しない。所有権移転登記を申請しなければならないものとした(不動産登記法76条の2第1項前段)40 なお,相続債権者や相続人の債権者が,債権者代位権(民法423条)を行使して,相続登記を申請する場合(不動産登記法59条7号)など,相続人以外の者による申請または嘱託により,法定相続分や遺産分割協議の結果に即した所有権移転登記が行われたときは,相続人は重ねて相続登記を申請する義務を負わない(不動産登記法76条の2第3項,76条の3第5項)。相続人に相続登記申請義務を課した目的はすでに達成されているからである。この「相続」による取得には,遺言がない場合における法定相続(単独相続および共同相続)による取得のほか,特定財産承継遺言(民法1014条2項参照)による取得が含まれる41 法制審議会民法・不動産登記法部会・部会資料53・2頁,同部会『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)の改正等に関する要綱』(令和3年2月10日)16頁参照。

また,相続人への「遺贈」によって不動産の「所有権」を取得した者も,「同様」に登記申請義務を負うものとされた(不動産登記法76条の2第1項後段)42 その結果,不動産登記法76条の2の表題には,「相続等による所有権の移転の登記の申請」として「等」が入れられている。水津(前掲注22)28頁参照。

この相続登記申請義務は,相続および相続人への遺贈による不動産所有権の取得に限定して,不動産登記法が課す公法上の登記申請義務として創設されたものである43 松尾(前掲注35)240頁参照。したがって,売買,贈与等を原因とする所有権取得や,所有権以外の地上権,賃借権等の権利の取得には,前記の登記申請義務の規律は及ばない。

その結果,(ア)不動産所有権の登記名義人を単独相続した者,(イ)不動産所有権に関する特定財産承継遺言の受益相続人44 遺言執行者がある場合は,遺言執行者は,受益相続人が民法899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる(民法1014条2項)。(ウ)相続人への不動産所有権の遺贈がされた場合の受遺者45 なお,遺言執行者がある場合は,遺言執行者が遺贈義務の履行として,登記申請手続を行うものと解される(民法1012条1項,2項)。(エ)不動産所有権の登記名義人を共同相続した相続人は,相続登記申請期間内に登記申請義務を負う。

このうち,(エ)共同相続人が相続した場合,①相続登記申請期間内に遺産分割が成立したときは,それによって不動産所有権(共有持分権を含む)を取得した相続人は,その取得につき,遺産分割の日から3年以内に,登記申請義務を負う46 この場合,遺産分割によって所有権を取得した者が,「当該所有権を取得したことを知った日」(不動産登記法76条の2第1項前段。その日から3年以内に所有権移転登記を申請する義務を負う)とは,遺産分割の日であると解されるからである。水津(前掲注22)29頁参照。これを履行することにより,登記申請義務は完全に果たされる。

これに対し,②相続登記申請期間内に共同相続人間で遺産分割が成り立たないまま,同期間が経過しようとしている場合,共同相続人がとりうる手段の1つとして,法定相続分(民法900条・901条)に従って登記し,登記申請義務を履行することができる(不動産登記法76条の2第2項括弧書)47 この法定相続分の登記は,相続財産の「処分」とは解されないから,法定単純承認(民法921条1項)には当たらず,熟慮期間内であれば,その後に相続放棄をすることも妨げられない(915条1項本文)と解されている。荒井達也『Q&A 令和3年民法・不動産登記法 改正の要点と実務への影響』(日本加除出版,2021)247頁,潮見佳男ほか編『詳解 改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』(商事法務,2023)256頁注16(大場浩之)。しかし,その後に遺産分割が行われ,法定相続分を超えて不動産所有権を取得した共同相続人は,遺産分割の日から3年以内に,所有権移転登記を申請すべき義務を負う(不動産登記法

76条の2第2項)48 この場合,民法上は,法定相続分を超えて不動産所有権を取得した共同相続人は,その旨の登記を備えなければ,第三者に対抗することができない(民法899条の2第1項)。

しかし,共同相続人としては,相続登記申請期間内に遺産分割が成り立つ見込みがないものの,いったん法定相続分に従った相続登記をし,後に遺産分割によって法定相続分を超える不動産所有権を取得したときは改めて権利取得の登記を申請する義務を負うことが煩瑣であると捉えることも考えられる49 また,法定相続分による登記を先行させる方式は,本来であれば適切でないという理解もありうる。水津(前掲注22)31頁参照。さらには,前記(ア)・(イ)・(ウ)の相続登記申請すら煩瑣と感じることも懸念される50 例えば,自ら利用しておらず,経済的価値がなく,管理費用等の負担が重い不動産の場合などが考えられる。そこで,相続登記申請期間内に,このような事態に対処する方法が創設された。

(ⅱ)相続人である旨の申出とその登記

相続登記申請義務を負う者(前述(ⅰ)参照)は,各自が,登記官に対し,①不動産所有権の登記名義人について相続が開始した旨,および②自らが当該所有権の登記名義人の相続人である旨を申し出ることができる(不動産登記法76条の3第1項)。そして,相続登記申請期間内にこの申出をした者は,相続による不動産所有権の取得に関する相続登記申請義務を履行したものとみなされる(同法76条の3第2項。以下,相続人申告登記という)。ただし,当該申出の前に,遺産分割によって当該不動産の所有権を取得した共同相続人は,相続登記申請期間内に,遺産分割の結果を登記する義務を負う(同法76条の3第2項括弧書)51 前述(ⅰ)(エ)①の場合。日本弁護士会連合会・所有者不明土地問題等に関するワーキンググループ編『新しい土地所有法制の解説』(有斐閣,2021)310頁(姫野博昭)。したがって,前述(ⅰ)(ア)不動産所有権の登記名義人を単独相続した者,(イ)特定財産承継遺言の受遺者,(ウ)遺贈を受けた相続人,(エ)②遺産分割が成立する前に法定相続分に従った登記をした者は,この相続人申告登記を行うことにより,相続登記申請義務の履行の擬制を受けることができる。その結果,相続人申告登記をした者は,(ア)単独相続の登記,(イ)特定財産承継遺言による登記,(ウ)遺贈による登記を申請する義務を負わない。潮見ほか編(前掲注47)255頁注13(大場浩之)。

相続人申告登記の申請に際しては,不動産所有権の登記名義人の法定相続人であることを証する情報を提供しなければならないが,持分の割合を証明する情報を提供する必要はなく,法定相続人の1人であることが分かる限度での戸籍の謄抄本を提供すれば足りる5252 例えば,登記名義人の配偶者であれば,現在の戸籍の謄抄本,同じく子であれば,登記名義人として被相続人である親の使命が記載されている子の現在の戸籍の謄抄本で足りる。村松秀樹=大谷太編著『Q&A 令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』(金融財政事情研究会,2022)275頁参照。

相続人申告登記の申出があった場合,登記官は,職権で,不動産登記簿の甲区の「権利者その他の事項」欄に,相続開始を原因として,当該申出があった旨,当該申出をした者の氏名および住所,その者が登記名義人の「申告相続人」であること,その他法務省令で定める事項を,所有権の登記に付記登記する方法(不動産登記法4条2項)で登記する(不動産登記法76条の3第3項)53 相続人申告登記は,登記官の職権によって行われるため,相続人である旨の「申出」に基づくものであり,登記「申請」に基づくものではない。荒井(前掲注47)246頁。相続人申告登記は,あくまでも,これらの事実に関する報告的な予備登記であり54 村松=大谷編著(前掲注52)270頁,荒井(前掲注47)245-246頁。不動産所有権について実体的な権利変動を生じさせる意思表示ではない55 したがって,例えば,相続人申告登記をしても,相続財産の「処分」とは解されないから,法定単純承認(民法921条1項)には当たらない。また,熟慮期間内であれば,その後に相続放棄をすることも妨げられない(915条1項本文)。荒井(前掲注47)247頁,潮見ほか編(前掲注47)256頁注16(大場浩之)。

したがって,相続人申告登記がされた後に,遺産分割によって所有権を取得した相続人は,遺産分割の日から3年以内に所有権移転登記の申請義務を負う(不動産登記法76条の3第4項)。この場合において,相続人申告登記しかされておらず,法定相続分による登記もされていない場合は,遺産分割によって所有権を取得した相続人は,法定相続分を超えているか否かにかかわらず,遺産分割の日から3年以内に登記申請義務を果たさなければならない56 村松=大谷編著(前掲注52)279-280頁。これに対し,相続人申告登記をした共同相続人が,その後に法定相続分に従った相続の登記を行い,さらにその後に遺産分割が行われた場合は,法定相続分を超えて所有権を取得した共同相続人が,当該遺産分割から3年以内に,所有権移転登記の申請をしなければならない(不動産登記法76条の3第4項括弧書,76条の2第2項)。村松=大谷編著(前掲注52)280-281頁注5参照。

一方,相続人申告登記がされた場合は,特定財産承継遺言や相続人への遺贈があったとしても,当該遺言に基づく所有権取得登記の申請義務は負わないと解されている。遺言はいつでも撤回可能であるから(民法1022条),新たな遺言が発見される可能があり,また,共同相続人全員の合意により,遺言の内容とは異なる分割をすることも可能であるから,当該遺言による登記をした後に,それを修正する必要が生じる場合もあり,相続人に過剰な負担を生じさせるおそれがあるからである57 村松=大谷編著(前掲注52)265-266頁注5,潮見佳男ほか編著『Before/After 民法・不動産登記法改正』(弘文堂,2023)145頁(石田剛)。

(3) 相続登記申請義務の履行方法の相互関係

前記(2)において概観したように,相続登記申請義務を履行するためには,次の6つの方法がある。

(ⅰ)相続による権利承継の登記として,(ア)相続人が1人の場合における単独相続の登記,(イ)特定財産承継遺言による登記,(ウ)相続人への遺贈による登記,(エ)共同相続人がある場合における,①遺産分割の登記,同じく②法定相続分に従った登記がある。これに加え,(ⅱ)相続人申告登記がある。

このうち,相続人が相続登記申請義務を完全に履行したことになるのは,(ⅰ)(ア)・(イ)・(ウ),(エ)①の4つである。

これに対し,(ⅰ)(エ)②では,その後に遺産分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した相続人は,遺産分割の日から3年以内に所有権移転登記の申請義務を負う。また,(ⅱ)では,相続人申告登記をした者が,その後の遺産分割によって所有権を取得したときは,法定相続分を超えて取得したか否かにかかわらず,遺産分割の日から3年以内に所有権移転登記を申請する義務を負う。しかし,遺産分割そのものについては,期限は定められていないことから,(ⅰ)(エ)②の法定相続分による登記,または(ⅱ)の相続人申告登記がされた後,長期間にわたって遺産分割が行われず,その間にさらに相続が発生することも予想される58 潮見ほか編(前掲注47)243-244頁(大場浩之)。

その一方で,これら6つの方法のうちでは,費用および労力のうえで最も負担が軽い(ⅱ)相続人申告登記が常態化するという予測もある59 七戸克彦『新旧対照解説 改正民法・不動産登記法』(ぎょうせい,2021)177-178頁。

 したがって,以上に概観した相続登記の促進策が実効性をもつためには,(ⅰ)(ア)~(エ)①における相続登記申請,および同(エ)②および(ⅱ)における遺産分割のインセンティブの創出が重要な鍵を握ることになる。

(4) 相続登記申請のインセンティブ

(ⅰ)相続登記手続の簡略化

令和3年民法等一部改正法による不動産登記法の改正により,相続登記手続を簡略化すべく,単独申請できる場合が拡大された。

(ア)相続人が1人の場合における単独相続の登記は,登記権利者が単独で申請できる(不動産登記法63条2項)。

(イ)特定財産承継遺言による登記も,「相続」を原因とする登記として,受益相続人が単独で申請できる(不動産登記法63条2項)60 昭和47年4月17日甲1441民事局長回答(民事月報27巻5号165頁)。なお,遺言執行者があれば,受益相続人が対抗要件(民法899条の2第1項)を備えるために必要な行為をすることができる(民法1014条2項)。

(ウ)遺贈による登記は,相続人を受遺者とする場合も,登記権利者たる受遺者と登記義務者である相続人または遺言執行者(民法1012条1項,2項)との共同申請(不動産登記法60条)による61 法務省民事局長通達昭和33年4月28日民事甲779号。ただし,令和3年民法等一部改正法による不動産登記法改正で,「相続人に対する遺贈」による「所有権の移転の登記」は,登記権利者たる受遺者が単独で申請することができるものとされた(不動産登記法63条3項)62 ただし,相続人以外の者への遺贈,不動産所有権移転以外の権利変動については,この限りでない。法制審議会民法・不動産登記法部会『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案』(令和元年12月3日)第6.3(1),法制審議会民法・不動産登記法部会・部会資料38・27-29頁,同部会資料53・8-9頁参照。

 その理由は,①所有者不明土地・建物の発生予防という法政策目的に基づき,相続人への遺贈による所有権移転登記手続を容易にするとともに,②相続人への遺贈は,前記(イ)特定財産承継遺言に機能的に類似するものとして,登記単独申請の取扱いがされたものと解される63 松尾(前掲注35)248頁参照。水津(前掲注22)33頁は,(ア)の観点を重視する。なお,法制審議会民法・不動産登記法部会・部会資料53・9頁も,(イ)の観点「のみではなく」,(ア)の観点を指摘する。

(エ)①共同相続人がある場合における遺産分割の登記は,遺産分割が相続開始時に遡って効力を生じることから(民法909条本文),遺産分割の協議等によって権利を取得した共同相続人が,相続開始日に「相続」を原因として所有権移転を受けたものとして,単独申請による所有権移転登記ができる(不動産登記法63条2項)64 荒井(前掲注47)243頁参照。

②同じく共同相続人がある場合において,「相続」を登記原因として法定相続分に従った登記をしたうえで65 これは,「相続」を原因とする所有権移転登記として,各共同相続人が単独で登記申請できる(不動産登記法60条)。その後に遺産分割が行われたときは,共同相続人間で持分の移転が起こると解し,「遺産分割」を登記原因として,共同申請による登記が行われている66 昭和28年8月10日民事甲第1392号民事局長電報回答参照。しかし,法定相続分による登記後に,速やかに遺産分割を行い,それに基づく所有権移転登記を促すインセンティブとして,更正の登記(不動産登記法64条参照)による方法が提案された67 山野目章夫『不動産登記法(第2版)』(商事法務,2020)318頁,同『土地法制の改革』(有斐閣,2022)104-105頁。

 そして,「不動産登記実務の運用」として,「登記権利者が単独で申請」する「更正の登記によることができるもの」として,以下の場合が確認された68 法制審議会民法・不動産登記法部会・部会資料62-1・17-18頁(第2部第1-1(5)本文),村松=大谷編著(前掲注52)336-339頁,民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(令和5年4月1日施行関係)(通達)法務省民二第538号(令和5年3月28日)第3.1。

 すなわち,法定相続分による相続登記がされた後の,〔1〕遺産分割の協議または審判もしくは調停による所有権取得の登記,〔2〕他の相続人の相続放棄による所有権取得の登記,〔3〕特定財産承継遺言による所有権取得の登記,〔4〕相続人を受遺者とする遺贈による所有権取得の登記である。

 このうち,〔2〕~〔4〕は,法定相続分による相続登記がされた後に,他の共同相続人が相続放棄をしたり,特定財産承継遺言や相続人への遺贈が発見されたりするなどの場合を想定すれば,更正に馴染みやすい。これに対し,〔1〕遺産分割による所有権取得は,共同相続人が相続開始と同時に法定相続分に従い,「相続」を原因とする所有権移転登記をしたうえで(共有説に親和的),その後に遺産分割を行い,それによる法定相続分を超える持分の取得につき,遺産分割の遡及効を援用して(宣言主義的構成),当初の「相続」を原因とする所有権移転の性質を維持しつつ,その内容を実質的に変更するものである69 更正の登記は,「登記事項に錯誤又は遺漏があった」(不動産登記法2条16号)ことを原因とするものである。法定相続分による登記後に,遺産分割が行われ,相続開始時に遡及して効力を発生することにより(民法909条本文),当初の法定相続分による登記が実態に合致しない誤った登記となった点に,「錯誤又は遺漏」があったとみることもできるとの見解が示された。69法務省民事局参事官室・民事第2課「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明」(2020)186-187頁。そのような法解釈論上の整理のうえで,法定相続分による登記後の遺産分割による更正登記の原因は,分かりやすさの観点からも,「遺産分割」とすることが相当とされた(同前187頁)。なお,この場合,登記原因およびその日付は「〇年〇月〇日〔遺産分割の協議もしくは調停の成立した年月日またはその審判の確定した年月日〕遺産分割」となる70 民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(令和5年4月1日施行関係)(通達)法務省民二第538号(令和5年3月28日)第3.1(2)ア。

 ここにも,共有説と――本来結びつきやすい移転主義ではなく――宣言主義との融合が見出される。これは一見奇妙な組合せにも見える。しかし,相続開始後,速やかに遺産分割をして相続登記するという最善の方法をとれない場合のオルタナティブとして,ひとまず法定相続分に従った登記をし,その後に改めて遺産分割を行い,その結果による所有権取得登記を行うことへのストレスを最小限にする方策として,合理性をもつと考えられる。なお,そのことは,従来どおり遺産分割協議によって法定相続分とは異なる持分を取得した相続人が,他の共同相続人と共同申請することを妨げるものでもない71部会資料62-2・第2部第1・1(5)本文,補足説明1-2頁。

(ⅱ)相続登記申請義務の懈怠に対する制裁

 相続登記申請義務を負う相続人が,「正当な理由」がないにもかかわらず,相続登記申請期間内に登記申請を怠ったときは,10万円以下の過料に処される(不動産登記法164条)。「正当な理由」の具体的な事由および法務局の判断,裁判所に対する過料事件の通知の手続等については72 松尾(前掲注35)247頁参照。法務省令および通達が出されており73 改正不動産登記規則(令和5年7月28日法務省令)187条1号,「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(相続登記等の申請義務化関係)」法務省民事局長(令和5年9月12日〔通達〕法務省民二第927号)第2・4,第3,別記第1号,第2号参照。それを詳細に検討する北詰健太郎報告に譲る。

4 おわりに――相続登記の実効性を握る鍵

 本稿では,相続登記の申請を促すための法改革につき,平成30年民法等一部改正法および令和3年民法等一部改正法を中心に概観した。本稿で触れることができたのは,その一部に過ぎず,ほかにも様々な方策が設けられている74 例えば,所有不動産記録証明書の交付の制度(不動産登記法119条の2)が創設され,①不動産所有権の登記名義人が,自らが所有名義人になっている不動産を一覧して管理を容易にし,②不動産所有権の登記名義人が死亡した場合は,相続人等の一般承継人が,被相続人を登記名義人とする不動産を一覧的に把握することを可能にした。これらのメリットを享受できることは,不動産所有権取得登記のインセンティブとなりうる。松尾(前掲注35)249頁参照。

令和3年民法等一部改正法は,遺産分割を促進するインセンティブとして,以下の方策を設けた75 松尾(前掲注35)249-253頁参照。

①相続開始時から10年を経過した後にする遺産分割には,具体的相続分の算定の基礎となる特別受益および寄与分に関する規定が適用されない(民法904条の3柱書本文)。これは,特別受益または寄与分を考慮に入れた遺産分割を望む相続人に対し,他の共同相続人と遺産分割協議をし,協議が成り立たない,または協議ができない場合は,調停および審判により,相続開始時から10年以内に遺産分割するインセンティブを与えうる。もっとも,これは,相続開始時から10年経過後も,共同相続人間の合意により,特別受益や寄与分を反映した遺産分割を妨げる趣旨ではない。しかし,共同相続人間に合意が成り立たないときは,法定相続分または指定相続分による遺産分割の調停や審判が行われることになる。それは,法定相続分または指定相続分による迅速な遺産分割に資しうる。

 ただし,相続開始時から10年を経過する前に,相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたとき(民法904条の3第1号),および相続開始時から始まる10年の期間満了前6か月以内の間に,遺産分割を請求することができない「やむを得ない事由」が相続人にあった場合において,その事由が消滅した時から6か月を経過する前に,当該相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたとき(民法904条の3第2号)は,なお具体的相続分による分割が可能である。

②相続開始時から10年経過後は,それ以前に行われた遺産分割の調停や審判の申立てを取り下げるために,相手方の同意を要する(家事事件手続法199条2項,273条2項)。

③相続開始時から10年経過後は,通常共有と遺産共有が併存する共有物については,共有物分割訴訟により,通常共有の持分のみならず,遺産共有の持分についても,分割することができる(民法258条の2第2項本文)。

 ただし,当該共有物の持分について遺産分割請求があり,共有物分割訴訟を提起していない共同相続人が,共有物分割訴訟が継続する裁判所から通知(訴状の送達)を受けた日から2か月以内に,共有物分割訴訟によって分割することに異議の申出をした場合は,共有物分割訴訟によって分割することはできない(民法258条の2第2項ただし書,第3項)。

④共同相続人は5年以内の期間を定めて遺産の全部または一部について,遺産分割をしない旨の契約をすることができるが,その期間の終期は相続開始時から10年を超えることができない(民法908条2項)。この契約は5年以内の期間を定めて更新することができるが,その期間の終期も相続開始時から10年を超えることができない(民法908条3項)。共同相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をした場合において,家庭裁判所が「特別の事由」があると認め,遺産の全部または一部について遺産の分割を禁ずる場合も同様である(民法908条4項,5項)。

⑤不動産の共有者が所在等不明の場合において,その共有持分が相続財産に属し,かつ共同相続人間で遺産分割すべきときは,相続開始時から10年経過していなければ,他の共有者による持分の取得または持分の譲渡権限の付与の裁判の対象とならない(民法262条の2第3項,262条の3第2項)。相続開始時から10年経過後は,他の共有者による持分の取得または持分の譲渡権限付与の裁判の対象となる。

 しかし,以上の確認からも窺われるように,これらは遺産分割を促しうる間接的要因にとどまる。それらはまた,相続開始時から10年間は共同相続人に付与された遺産分割上の権利ないし利益でもある76 水津太郎「新しい相続法――令和3年民法等改正と遺産共有」ジュリスト1562号(2021)51頁,55頁参照。

 とりわけ,前記①,③,④,⑤が共同相続人に確保しようとしている10年間の期間保障の趣旨を吟味する必要がある。そのことを踏まえつつ,不動産の登記名義人が死亡した場合に,共同相続人が,相続登記申請期間内に,遺産分割を済ませ,その結果を登記することが,相続登記の意義やその手続の実際についての理解とともに,どこまで市民の間に一般化するかが,相続登記申請義務の履行の実効性を左右するように思われる。そのために,相続人と接し,相続登記に関する現行制度と市民の間を媒介する専門職の役割が,一層重要性を増すものと考えられる。

「相続登記の申請義務化と司法書士実務~過料に関する規定の創設を踏まえて~」司法書士法人F&Partners北詰健太郎

1.はじめに

 所有者不明土地問題1 所有者不明土地の定義については、不動産登記簿により所有者が直ちに判明しない、又は判明しても連絡が付かない土地などとされている。村松秀樹=大谷太「Q&A 令和3 年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法」(きんざい)2 頁、に対応するため、令和3 年4 月21 日「民法等の一部を改正する法律(令和3 年法律第24 号)」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3 年法律第25 号)」が成立し、同月28 日公布された。

 このなかで行われた不動産登記法の改正により相続登記の申請が義務化され、令和6 年4 月1日から施行される。相続登記の申請義務化は、不動産登記簿に記載された所有者の情報の更新を直接的に働きかける効果があり、所有者不明土地問題の解決のための重要な改正といえる。

 一方で、新たに不動産所有者に義務を課すものであり、広く国民の理解を得ていくことが欠かせない。そのためには、相続登記に関する関係機関からの情報発信や、登記等の法律事務の専門家である司法書士へのアクセスの向上、司法書士による効果的な相続手続のサポートが重要となる。

 司法書士は相続登記の申請義務化時代において、現場の最前線で国民をサポートしていく立場にあり、義務化により実際に相続登記の申請が促進されるかは司法書士の姿勢にかかっている部分の大きい。本稿では、相続登記が取り巻く状況を俯瞰し、不動産登記規則の改正により明確化された過料の制裁の規定に触れつつ、相続登記を促進するための司法書士実務のあり方について考察する。

2.相続登記の申請件数と司法書士の登録者数

(1)相続登記の申請件数

 相続登記の現状を捉えるうえで、相続登記の申請件数を見てみることとする。登記統計2 登記統計:https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003209446、2022 年中に申請された「相続その他一般承継による所有権の移転」の登記が、1,320,349 件、「遺贈又は贈与による所有権の移転」の登記が205,005 件であった。これらの登記の申請件数は増加傾向にあり、社会の高齢化にともなう死亡者の増加を背景に需要が増していることが伺われる。

(2)司法書士の数

次に相続登記の申請をサポートする役割を担う司法書士の数について確認する。司法書士白書3 日本司法書士会連合会が司法書士の実勢や取組み、司法書士制度を取巻く環境などに関して、様々な情報や客観的データを収集のうえ統計・資料化し、発刊している。2022 年版によれば、2021 年の司法書士数は22,718 人とされており、2016 年以降は22,000 人以上の司法書士数が存在している状況にある。

【図表:司法書士の数】

 仮に2022 年の「相続その他一般承継による所有権の移転」の登記の申請件数1,320,349件と「遺贈又は贈与による所有権の移転」の登記の申請件数205,005 件の合計数である1,525,354 件を2021 年の司法書士の数である22,718 人で割ると、年間では司法書士一人当たり約67 件、月間では約5.5 件担当すれば、全件サポートすることができる。

 司法書士が相続の実務に精通し、相談者に対して適切なアドバイスを行うことを得意としていること、申請代理の依頼を受けた場合に迅速な業務処理が可能であること、組織力のある司法書士法人が増加傾向にあること、コロナ禍を契機としたオンライン化により過疎地域であっても相談対応が可能であることを考えると、現状においては司法書士が国民の相続登記の相談又は依頼の需要に応えることは十分に可能であると考えられる。

3.相続登記の申請義務化と申請件数への影響

 相続登記の申請が義務化されることにより、相続登記の申請件数が増加することが予想される。どの程度の影響があるのかを予測するため、具体的な義務化の内容や他の登記制度における過料の処分と比較を行う。

(1)相続登記の申請義務化の内容

 相続登記の申請義務化では、相続により不動産の所有権を取得した相続人4 改正不動産登記法では、遺贈(相続人に対する遺贈に限る)により所有権を取得した者(改正不動産登記法76 条の2 第1 項後段)、法定相続分で相続登記をした後に遺産分割があった場合において、遺産分割により法定相続分を超えて所有権を取得した者、相続人申告登記の申出人であって、申出後に行われた遺産分割より不動産の所有権を取得した者に対しても所有権移転登記の申請を義務付けている(改正不動産登記法76 条の2 第2 項、76 条の3 第4 項)。に対して、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3 年以内に相続登記の申請をすることを義務付け(改正不動産登記法76 条の2 第1 項)、正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、10 万円以下の過料に処することとされている(改正不動産登記法164 条1 項)。

→大事なのは、相続人の確定、物件調査(名寄せ、公図等の図面の活用、滅失漏れのチェック)、休眠担保権への対応など。

(2)相続人申告登記の創設

 改正不動産登記法では、相続人が申請義務を簡易に履行することができるようにするために「相続人申告登記」(改正不動産登記法76 条の3)を創設した。相続人申告登記とは、相続登記等の申請義務を負う者が、対象となる不動産を特定した上で、所有権登記名義人について相続が開始した旨と、自らがその相続人である旨の申出をした場合に、登記官が審査のうえ申出をした相続人の氏名、住所等を職権で所有権の登記に付記するものである。

 相続人申告登記の申出にあたっては、申出人が所有権登記名義人の相続人であることがわかる戸籍等を添付書面として提出すればよいとされており、相続登記が被相続人の出生から死亡までの戸籍等が必要5 相続登記を行う場合に、被相続人の出生から死亡までの戸籍等を取得する趣旨は、遺産分割協議を相続人全員で行う関係上、相続人を漏らすことなく特定する必要があるためである。

 これに対して、相続人申告登記は、遺産の帰属の結果を登記簿に反映するものではなく、申請を行った者が戸籍等の記載により被相続人の相続人の1 人であることが明らかになればよい。戸籍の記載事項中、父母の欄等の記載で親子関係が特定できれば必ずしも被相続人の出生から死亡までの戸籍等を取得する必要はない。とされていることと比較すると手続的負担が軽くなるように設計されている。

【図表:被相続人の出生から死亡までの戸籍等を取得するイメージ】

事例:被相続人が福岡県(本籍地)で生まれ、ライフイベントにあわせて大阪府、岐阜県へと転籍し、最終的に東京都に転籍して亡くなった場合

 本籍地が正確に判明している現在の本籍地から遡って、過去の本籍地へ戸籍を取得していくことが多い。

※戸籍はかつて手書きで作成されていたこともあり、判読が困難なものも多い。

 遠方の市町村に保存されている戸籍については、郵送にて請求することもできるが、現状では手数料支払いのため定額小為替を購入する必要があるなど手間が必要となる。転籍を3回、4回と被相続人が行っている場合は、戸籍収集に2~3か月かかることもある。

(3)過料に関する規定

 改正不動産登記法が成立した直後においては、いかなる場合に相続登記の申請義務違反に対して過料が課せられるのが不明であったが、令和5 年7 月28 日不動産登記規則等の一部を改正する省令が公布され、その詳細が明らかになった。改正不動産登記規則187 条1号によれば、登記官は不動産登記法164 条の定めにより過料に処せられるべき者があることを職務上知ったときに、過料事件(非訟事件)を管轄する地方裁判所へその事件を通知することとされている。ただし、通知を行うのは相続登記に関し、登記官から申請義務に違反している者に対して相当の期間を定めて、相続登記の申請を促す催告(以下、「申請の催告」という)がなされ、期間内に相続登記が申請されない場合に限るとされている。

 その後、令和5 年9 月12 日に「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いついて(相続登記等の申請義務化関係)(通達)」(法務省民二第927 号)(以下、「通達」という)が発出され、登記官がいかなる場合に「申請の催告」を行うのか、「申請の催告」の方法、相続登記申請を行わなかった「正当な理由」等について指針が示された。

まず、登記官が申告の催告を行うべき端緒となる事由としては次の2つがあるとされた。

① 相続人が遺言書を添付して遺言内容に基づき特定の不動産の所有権の移転の登記を申請した場合において、当該遺言書に他の不動産の所有権についても当該相続人に遺贈し、又は承継させる旨が記載されていたとき

② 相続人が遺産分割協議書を添付して協議の内容に基づき特定の不動産の所有権の移転の登記を申請した場合において、当該遺産分割協議書に他の不動産の所有権についても当該相続人が取得する旨が記載されていたとき

 登記官が申請の催告を行う方法は、書留郵便又は信書便の役務であって信書便事業者において引受け及び配達の記録を行う方法により所定の催告書を送付するものとされている。

 申請の催告を受けた者としては、登記の申請を行わない「正当な理由」がある場合には、具体的な事情を申告し、登記官において申告内容その他一切の事情を考慮して正当な理由にあたるかの判断を行うこととされている。通達に記載されている正当な理由の例としては次のものがある。

① 相続登記等の申請義務に係る相続について、相続人が極めて多数に上り、かつ、戸籍関係書類等の収集や他の相続人の把握等に多くの時間を要する場合

② 相続登記等の申請義務に係る相続について、遺言書の有効性や遺産の範囲等が相続人等の間で争われているために相続不動産の帰属主体が明らかにならない場合

③ 相続登記等の申請義務を負う者自身に重病その他これに準ずる事情がある場合

④ 相続登記等の申請義務を負う者が配偶者から暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13 年法律第31 号)第1 条第2 項に規定する被害者その他これに準ずる者であり、その生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあって避難を余儀なくされている場合

⑤ 相続登記等の申請義務を負う者が経済的に困窮しているために、登記の申請を行うために要する費用を負担する能力がない場合

 登記官としては、これらに該当しない場合においても、個別の事案における具体的な事情に応じ、申請をしない理由に正当性が認められる場合には、「正当な理由」に該当すると認めて差し支えないとされている。

(4)登記に関する他の過料の制度との比較

 登記に関して定められた過料に関する制度としては、主に土地・建物の表題登記に関するもの、会社・法人登記に関するものがある。

 土地・建物の表題登記に関しては、新たに生じた土地や新築された建物の所有権を取得したとき、地目や地積、建物の種類や床面積に変更があった場合等に所有者に対して表題登記を行うことを義務付けており、違反者に対しては過料の処分の対象となるとされている(不動産登記法164 条)。もっとも土地・建物の表題登記に関して申請義務の違反者に対して過料の処分を行った事例は、実務上ほとんど見ることがない。

 会社・法人登記に関しては、役員変更など登記事項に変更が生じた場合には、登記申請を行うことを義務付けており(会社法915 条、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律303 条等)、違反した場合には過料に処することを定めている(会社法976 条、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律342 条等)。会社・法人に関する登記申請義務の違反については、実際に過料の処分に処されている事例が散見される6 一例として、東京地方裁判所の管内においては、令和4 年は7,945 件の処分がされており、令和5 年は4 月30 日時点で3,098 件の処分がされている。内林尚久「東京地裁における商事事件等の概況」旬刊商事法務NO.2334 33 頁。

なお、相続登記の申請義務違反に関する過料の定めとは異なり、登記官から申請の催告がなされることはない(商業登記規則118 条)。実務では、会社・法人の登記において、登記事項に変更があった場合に登記申請が義務付けられていることを知らない会社・法人は少なくないため、登記申請のあと地方裁判所から過料の処分に処する旨の通知が送付され、驚愕するという事象が起きている。

 過料の処分に処せられた経験がある会社・法人は、同じことを繰り返さないため、役員の任期を含めた登記の管理を厳格にすることや、司法書士との連携を密にするなどの対応を行うことがあり、過料の制裁の存在が、適正な登記申請を促す一定の効果を発揮している。

(5)過料の規定の相続登記の実務への影響

 相続登記に関する過料の規定は、会社・法人登記に関するものと比較すると、登記官による申請の催告の定めが設けられているなど、対象者に対して配慮した内容となっている。また登記官が申請の催告を行う事例として想定されているのは、通達によれば登記申請の添付書面として提出された遺言書や遺産分割協議書に、相続等の対象とされた不動産の記載があるにも関わらず、登記申請を行わなかった不動産がある場合とされている。

 司法書士が関与する場合は、遺言書や遺産分割協議書に相続等の対象として不動産が記載されているにも関わらず、登記申請に際して、意図的に一部のみの不動産について登記申請を行うことは考えにくい。想定されるケースとしては、相続人等が司法書士に相続登記を依頼せず、いわゆる本人申請で行った場合に、対象不動産を登記申請書に書き漏らしてもしまったケースや、活用の余地がない不動産について意図的に相続登記を行わなかったケースなどが考えられる。

 これらのことを考慮すると、相続登記の申請が義務化されたあと、直ちに登記官から申請の催告を受けた人や、過料の処分に処せられた人が激増し、これによって相続登記の申請が増加するという事態は考えにくい。今回通達によって明らかになった過料の制裁が科せられるまでのプロセスは、社会の実情を踏まえ混乱を抑えつつ、相続登記の申請義務化の実効性を保つというバランスを取ったものである思われる。実際に相続登記の申請を促していくためには、本稿の4で解説する方策を行っていくことが重要であると考える。

4.相続登記の申請を促進するために

 相続登記が申請義務化されたことを踏まえて、相続登記の申請を促進し、所有者不明土地問題を解決する方向に進めていくためには、以下の取組みが重要であると考える。

(1)広報活動、相談会活動

 相続登記の申請が義務されたことを国民が知らなければ、相続登記の申請を前向きに行おうという機運も生まれないため、積極的な広報活動が重要となる。広報に際しては、過料の制裁が科せられる可能性があるという点だけを強調するのではなく、なぜ相続登記が義務化されたのかという背景にある社会問題の説明や、相続登記を適切に行うことで、資産を守っていくことにつながる点なども説明を行うと広く共感を得られるのではないだろうか。

 これは、各司法書士が実務で相続登記の申請義務化について説明する際にも持っておきたい姿勢である。

 また、相続登記の申請を行いたいと考えた国民が、司法書士のサポートを受けやすい状況を作るために、現在も日本司法書士会連合会や各地方の司法書士会において行われている、相談会の開催や広報活動が、今後もますます重要になってくるであろう。

(2)司法書士によるサポート範囲の拡充

 国民の相続登記の申請を支えている司法書士が、相続に関するサポート範囲を拡充していくことも重要であると考える。実務を行っていての実感として、相続登記だけではなく戸籍の収集や相続財産の調査、遺産分割協議の支援といった相続に関わる手続全般について司法書士のサポートを期待する依頼者が増えている。背景には次のような事情があると思われる。

  •  相続人が高齢である事例の増加

 近年では被相続人の死亡時の年齢が90 歳代や100 歳を超えているという事例も少なくない。仮に被相続人が高齢で亡くなった場合、相続人も高齢になっている場合が多い。相続が発生した時点では、すでに相続人が介護施設に入所しており、事実上相続手続が行えないというケースが増えている。

  •  核家族化

 核家族化により、相続人がそれぞれ離れて居住しており、相続手続の事務を中心となって行う人が存在せず、司法書士に相続手続全般を依頼したいというケースがある。

 こうした社会の需要の変化に司法書士がしっかりと対応し、戸籍の収集等や遺産分割協議の支援7司法書士による遺産分割協議の支援のあり方について検討したものとして、近藤誠「遺産分割の仲介業務~相続登記促進に向けた司法書士の新たな役割とその可能性~」(日本司法書士会連合会「会報THINK 第120 号」)がある。不動産以外の財産の手続8不動産以外の財産についての遺産整理について解説したものとして、本橋寛樹『遺産整理業務における「相続財産調査と解約等手続のヒケツ」』(月刊登記情報695 号~720 号)がある。までトータルで関与する取組みを増やすことで、国民に司法書士に依頼するメリットを感じてもらいやすくなり、結果として相続登記の申請を促進することにつながるのではないだろうか。

 相続手続の各段階において司法書士が関与することで依頼者が得るメリットは様々ある。財産調査であれば、相続財産である不動産を漏れなく調査するためには、名寄帳(地方税法387 条)や登記所に備えられた公図等の図面を利用して調査をすることが必要な場合がある。預貯金であれば、相続税の課税が予想される場合には、申告期限に間に合わせるために税理士と連携の上、あらかじめ残高証明書以外に、過去の取引履歴を合わせて取得することも必要となる。こうしたノウハウは、相続人自身では持ち合わせていないことが多いため、司法書士のサポートを受けるメリットといえるだろう。

 遺産分割協議やその後の手続においても、司法書士が支援を行うことで円滑に進むことが見込まれる。例えば、司法書士が遺産分割協議のベースとなる財産目録の作成に関与することで、相続人間に遺産の存否や金額について疑念が生じにくくなることや9 遺産分割協議が進まない要因として、近年増加していると思われるのが、相続人が認知症等の進行により意思能力を喪失しており、遺産分割協議を行うことができないというものがある。遺産分割協議書の作成にあたり、財産の適切な記載方法10 登記申請に用いることを考えると、土地であれば、所在、地番、地目、地積で特定し、建物であれば所在、家屋番号、種類、構造、床面積で特定することが望ましい。司法書士が関与せずに作成された遺産分割協議書でよく見られるのが、住居表示で不動産を特定しているものであるが、登記申請では登記所より物件の特定が不十分であるとの指摘を受けることがある。について助言を行うことで、遺産分割協議後の相続登記申請やその他の財産の解約等の手続も円滑に進むことが見込まれる。

・・・遺留分の金銭債権化は実務上、相続登記が促進という観点からいえば大きな前進となる改正だった。

5.おわりに

 これまで任意とされてきた相続登記の申請が義務化されることは、不動産登記制度自体の大きな転換点といえる。登記等に関する法律事務の専門家として、国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与するという使命を司法書士が果たしていくためには、国民のニーズの変化をキャッチし、しなやかに業務の在り方を変化させていくことが重要である。

土地家屋調査士 丸山晴広「不動産の相続と土地家屋調査士の実務」

1.はじめに

法務省が発表した相続登記未了調査1法務省「不動産登記簿における相続登記未了土地調査について」(平成29 年6 月6

日) https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00291.html

 では、全国10か所の地区(調査対象数約10 万筆)で相続登記が未了となっているおそれのある土地の調査を実施した。その結果、最後に所有権の登記がされてから50 年以上経過しているものが大都市地域において66.66%、中小都市・中山間地域において2626.66%であった。さらに、所有者不明土地問題の解決の一環として、令和元年5月17 日表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化に関する法律(令和元年法律第15 号)が成立し、同月24 日公布された。この法律では表題部所有者の氏名・住所等について変則的な記録がされている場合(以下「変則型登記」という。)、所有者の探索による変則型登記の解消を目的の一つとしており、所有者の解決に至らなかった場合には管理者が定められることとなった。しかし、変則型登記の解消が全て完了するにはかなりの時間を要することと推察する。

相 続未了土地や表題部所有者不明土地の隣接地において、土地分筆や境界の確定作業の実務について考察する。また、土地家屋調査士の実務における不動産の相続について考察する。

2.変則型登記

 所有者不明土地問題を受けて、日本土地家屋調査士会連合会が全国の土地家屋調査士に変則型登記に関しての事件の処理完了・処理中の事件の調査を行った。その結果、処理中を含め約180 件の事例があった。内訳は、字持が約50 件、記名共有地が約20 件、氏名のみが約60 件、その他が約50 件であった。

 登記記録が氏名のみが記録されている場合、土地台帳事務取扱要領2土地台帳事務取扱要領(昭和29 年6 月30 日民事甲第1321 号)

 第83(住所の記載)土地台帳に土地の所有者、質権者又は地上権者の住所を記載する場合において、その住所と当該土地の所在と同一の部分があるときは、その部分の記載を省略してさしつかない。但し、地番を省略してはならない。により土地台帳を作成する過程で、土地の所有者の住所が当該土地の所在と同一の部分があるときは、その部分の記載を省略できるとされていたため、住所が記載されていない土地が多く存在すると考えられる。これら氏名のみの記載の多くは明治期・大正期の登記記録である。

→いつからいつまでの調査?現在までの全てであれば、アンケートに答えた人数が少ないとしても、変則型登記の件数は少ないと感じました。

 参考「登記情報 697号 8頁 2019年12月「地籍問題研究会第25回定例研究会 概要報告―変則型登記の現状及びその解消に向けてー」

丸山晴広:東京土地家屋調査士会理事、鈴木泰介:日本土地家屋調査士会連合会 副会長

図表2 登記記録が氏名のみの所有者探索フロー

 登記記録の所有者が依頼主の親族であれば、親族の戸籍を取得し、探索は容易に行えるが、隣接地の登記記録がこのような記録の場合、当該地の所在・地番で戸籍の請求を行うこととなるが、必ずしも取得することが出来るとは限らない。

 公道内の土地の登記記録が、氏名のみの記載であった場合の調査の手法を以下に述べる。最初に土地の変遷を確認するために、行政所管町名・地番変遷を調査する。その後、当該土地の旧土地台帳を取得する。その旧土地台帳の記載に住所、氏名の記載がある場合には、戸籍を取得し、調査を進める。住所のみの記載の場合は、別の旧土地台帳を取得する。当該地所有者の住所、氏名の記載がある場合には、戸籍を取得し、調査を進める。近隣の旧土地台帳を取得しても、当該地所有者が見つからない場合には、法務局に探索を依頼する。

 実例として、土地測量の依頼があり、隣接地の登記記録を確認したところ、氏名のみの変則型登記であった。そのたため、その土地の旧土地台帳を取得したが、同様に氏名のみの記載であった。さらに、その旧土地台帳には、土地分筆の経緯が記載されていたため、分筆前の土地の旧土地台帳を取得した。しかしながら、隣接地の登記記録同様に氏名のみの記載であった。その後、近傍の土地の探索のため、依頼主の土地の旧土地台帳を取得したところ、当該隣接地の所有者の住所、氏名の記載があり、そこから戸籍を取得し、相続人を特定し事件の解決を図れたことがあった。そのときの経験として、土地の所在・地番が住所と同一であった場合に、住所の記載を省略していると考えていたが、地番が数番違っていても省略されることがあったようである。

 この例では、公道内の土地であり、固定資産税の課税が免除されているため、不動産の相続が未了であったが、私道内の土地でも固定資産税の課税が免除されているケースは多々あり、相続時に相続漏れが発生していることがかなり多い。相続の漏れを無くすために、固定資産税の名寄せ情報に課税のされていない土地含め記載すべきである。

 さらに、今後施行される予定の所有不動産記録証明制度を活用することにより、相続漏れが発生しないようにする必要がある。

3.不動産の相続

 土地家屋調査士の業務である表示に関する登記では、土地の表題登記(不動産登記法36条)、土地の地目又は地積の変更の登記(不動産登記法37 条)、土地の滅失登記(不動産登記法42 条)、建物の表題登記(不動産登記法47 条)、合体による登記等(不動産登記法49条)、建物の表題部の変更登記(不動産登記法51 条)、建物の滅失登記(不動産登記法57 条)は、義務が課されており、過料の対象(不動産登記法164 条)である。

 しかしながら、これらの現状これらの登記を怠ったとのことで過料に処されたと言うことを確認していない。そのため、現在でも上記の登記が未了の土地や家屋が散見される。

(1)土地

 相続が発生し、相続税の支払いのために、相続される土地の全部または一部を売却せざるを得ないことがある。全部の売却の場合には、現在の不動産取引で一般的に言われている確定測量(当該土地に接する土地所有者等との境界確認を行った測量)を土地家屋調査士の関連業務として作業を行い、買い主に土地境界確認書及び確定測量図を提供する。また、土地の一部を売却する場合には、土地の全部を売却する時と同様に確定測量後に、土地の分筆登記を申請することとなる。

 さらに、複数の相続人がいる場合では、土地を分割し、分割後の土地をそれぞれ相続するケースもある。

 被相続人が生前に所有している土地の分筆登記し、相続の準備をする場合もある。遺言が残されていない場合には、相続人の意にそぐわず、土地の分筆登記をやり直しや、全てを売却し金銭にして分割することもある。遺言が残されていたとしても、土地の分筆登記のやり直しも見受けられる。

 相続の発生から時間が経っている、または、数次相続となると、相続人の数も増え、遺産分割協議が難航することもある。

 当職が関係した相続が未了の土地で、土地の分筆登記の申請の一例としては、7名共有の土地で、そのうち4名に相続が発生しており、さらに1名は代襲相続も発生しており、相続人が合計で15 名となった。相続人のみならず代襲相続人への遺産分割協議の参加の依頼や戸籍等の取得の依頼などに時間が掛かり、最終的に土地を分筆するまでに3年もの時間を要した。

 この例は民法の改正前であったが、民法改正後の共有者が共有物に変更を加える行為であっても、その形状または効用の著しい変更を伴わないもの(以下「軽微変更」という。)については、各共有者の価格に従いその過半数で決するとされた3民法(明治23 年法律第28 号)令和5年6月14 日施行第251 条第1項、第252 条第1項。ため、過半数の了承が得られた場合を検討したい。

図表3 7名共有地の例

 事件受託時には、甲野愛子氏が亡くなっており、子である甲野太郎、甲野次郎、甲野三郎、甲野里子、甲野四郎、甲野久子が相続人となったが、愛子の死後、甲野太郎、甲野次郎、甲野四郎が亡くなり子どもが合計10 名、甲野久子には、代襲相続が発生しその相続人が3名、甲野三郎、甲野里子と相続人・代襲相続人合計15 名の相続である。甲野三郎と甲野太郎の子が、本件土地を利用しており、土地を二分割にしたかったが、長年相続を進めてこなかったため、合計15 名での遺産分割協議することになったが、財産が本件土地のみであったため、他の相続人13 名に対して財産を分け与えることが難しく説得に時間を要した。

 ここで、この事例を民法改正後に事件受託し、土地の分筆登記の申請を検討すると、土地の分筆登記は軽微変更に該当し、土地の分筆登記を申請しようとする土地の所有権の登記名義人の持分の価格に従い、その合計が過半数となる場合には、これらの者が登記申請人となって分筆の登記を申請することができる。それ以外の共有者らが登記申請人となる必要はない。

 民法では価格に従いとなっているが、一つの土地であるために、単純に土地の持分の過半数で良いこととなる。

 甲野愛子が亡くなったため、甲野太郎、甲野次郎、甲野三郎、甲野里子、甲野四郎、甲野久子にそれぞれ持分18 分の1が相続され、それぞれの所有権の登記の持分と合わせると持分18 分の3となる。甲野三郎と甲野里子が土地の分筆登記を行いたいが、合わせても持分18 分の6であり、過半数には到底及ばない。従って他の相続人に働きかけ、過半数にする必要が出てくる。甲野次郎、甲野久子の子供たちを説得し、持分の合計が持分18 分の12 となれば、過半数となり、土地の分筆登記が可能となる。

 ただし、ここで問題となるのが協力しなかった他の相続人がどのように思うかである。個人的な見解であるとの記載であるが「協力の頂けなかった他の相続人は共有土地の区画決定を甘受しなければならない立場にある」4民事月報Vol.78 No.6 民法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う不動産登記事務等の取扱いについて PP27 【解説7 】、は理解しがたいと思われる。そのため土地の分筆登記が完了したとしても、相続人間で争いとなり、所有権の共有持分移転登記の申請が出来なくなってしまうことではないか。

 そうであれば、軽微変更と解して持分の過半数で土地の分筆登記をするのではなく、民法改正前と同様に、真摯に相続人への説明などを行い、遺産分割協議を行うことが良いと思う。

 ただ、今回の民法改正は所有者不明土地問題が発端となっており、一部の共有者が所在不明の場合には、土地の分筆の登記等のために必要な全員の合意が困難な場合に実施すべきではないかと推察する。

(2)建物

 建物を新築した場合、所有権の取得の日から1ヶ月以内に、建物の表題登記を申請しなければならないと規定されているが、その期間内に登記を申請せず未登記のままの建物が散見される。

 現状その多くは、建築工事完了からかなりの日数が経過しているが、これは固定資産税を納付していれば、建物の表題登記をしなくても良いと考える所有者がいるからである。

 また、建物の所有者が建物の表題登記を申請することなく亡くなることもあり、相続が煩雑なっていることもある。実務では、法定相続割合にて共有するか、遺産分割協議により単有または共有するかを決定するため、各相続人の意向の確認にかなりの時間と労力を費やすこともあり、協議を完了するまでに2、3年を要したこともある。

 相続が整い、建物の表題登記の申請に必要な書類を依頼しても、書類の一部または全てが行方不明となり、申請の添付情報が不足することもある。

 こういった事態を避けるためにも、不動産登記の規程どおり1ヶ月以内、1ヶ月が難しい状況であっても数ヶ月以内には建物の表題登記を申請すべきである。

 建物の表題登記は、保存行為5民法(明治23 年法律第28 号)令和5年6月14 日施行 第252 条第5 項、として共有者の一人から建物の表題登記を申請することが出来る6大正8年8月1日民第2926 号民事局長回答、が現状はほぼ行われない。しかしながら、今後、相続登記の義務化が行われるため、保存行為として、相続人の一人より法定相続割合で建物の表題登記を申請必要があると推察する。

 過去に取壊した建物の滅失登記が行われなかった場合では、建物は現存しないが登記記録は残っている。このようなケースでは、所有者が亡くなっていることが多く、その相続人より建物の滅失登記を申請することとなる。登記記録に記載されている所有者が、数代前であるも珍しくない。

図表4 登記記録が残っている建物の例

 このような登記記録(図表4)が残った原因は、建物の滅失登記を申請しなかったためであるが、そもそも所有者が建物を取壊したのちに建物の滅失登記の申請が必要であることを知らなかった可能性もある。建物が取壊されると課税がされず、納税が通知されなければ、建物の滅失登記の必要が無いと判断してしまうこともある。

 こういった事態を避けるためにも、不動産登記の規程どおり1ヶ月以内、1ヶ月が難しい状況であっても数ヶ月以内には建物の滅失登記を申請すべきである。

 図表4の例が判明するのは、建物を新築し、建物の表題登記を申請すべく調査をする際や、不動産売買時に現存する建物の取壊しに伴い、建物の滅失登記を申請する調査の際に判明する事もある。

 また、不動産売買時の契約条項に、所有する土地所在に建物の登記記録が無いようにする条項があり、調査の際に発見されることもある。

 所有者が依頼者の親族であれば相続人の一人から建物の滅失登記の申請は難しくない。しかしながら、所有地に他人名義の建物の登記記録がある場合もあり、その所有者もしくはその相続人の探索に時間がかかることが多く、仮に探索出来た場合でも、建物の滅失登記の協力に時間を要する。さらに、全く協力を得られない場合は、登記官への建物の滅失申出による職権登記に委ねることになる。

4.おわりに

 これまで不動産登記法上義務とされてきていた建物の表題登記や滅失登記など、登記がなされず、相続人が時間的、費用的に負担を強いられている現状を鑑みると、相続登記の申請が義務化されることは、相続の先送りを未然に防ぎ、相続人への負担の軽減に繋がるのではないかと思える。しばらくの間は相続問題が解決できないかも知れないが、後世に不動産登記の問題を残さない時代がやってくるのではないかと推察する。

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[1] 松井信憲『商業登記ハンドブック第44版』(商事法務、20212021)657657頁

[2] 名古屋法務局の扱い(石田健悟『吸収合併の実務』(テイハン、20232023)47 頁)

[3] 合名会社・合資会社では、会社を代表しない社員がある場合のみ、登記される。また、代表社員が法人の場合、職務執行者の氏名及び住所も登記される。合名会社・合資会社において、会社を代表しない社員がない場合は、代表社員は登記されないため、この場合、職務執行者の氏名及び住所は社員の登記のところに登記される。

[4] 奥島孝康ほか編『新基本法コンメンタール会社法3【第2版】』(日本評論社、20152015)532 頁

[5] 大江忠『要件事実会社法(3)』(商事法務、20132013)9911頁では、XXが、AAが業務執行社員であることを主張・立証する形で記載されている。

[6] 業務執行権についての定めは定款でなされる。株式会社(会社法第3131条)と異なり、持分会社には、会社法上、会社債権者が定款を閲覧・謄写することを可能とする規定がなく、法律上は、Xが定款の内容を把握するのは困難であり、Xに定款により業務執行権を有することの立証を求めるのは酷といえるだろう。

[7]笠原久江『話せばわかる!研修相続法』(日本加除出版、2005)127頁

[8] 不動産登記は、物権変動の過程を忠実に公示する必要があり、後者が、移転主義を採用しつつ、中間省略登記を認めているわけではないということでもあるだろう。

[9] 明田川昌幸「合資会社の有限責任社員の死亡と相続人数人中の1人のみによる入社登記申請の受否」(「別冊ジュリスト124商業登記先例判例百選」(有斐閣、1993)184頁)

[10]  「遺産分割と相続人の一部入社登記の可否について」(「登記研究」(テイハン)135号4040頁)

[11] 明田川昌幸・前掲185頁

[12] 社員が被相続人1名のみの会社であった場合は、譲渡の承認をすべき他に社員がいないため、この意味では、遺産分割の遡及効を認めても構わないといえる。しかし、この場合も、これまで検討してきたとおり、会社債権者への考慮と、業務執行者を公示する必要性から、従来の扱いに変更はないと解すべきである。

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