民事信託契約の公証実務上の留意点

1 信託契約公正証書はどのようにして作られるか

・嘱託人または士業者からの依頼

・・・私人(個人又は会社その他の法人)で、公証人に公正証書作成をお願いする人。

https://www.moj.go.jp/MINJI/minji30.html

・まず信託契約書案を送信

PDFではなく、Wordか一太郎

・・・メールにファイル添付が前提。修正できるから。

・事前準備資料について

 この段階では写し(できればPDF)をお送りいただければよく、原本を送る必要なし。委託者・受託者の本人確認資料(公証人法28条2項)

・・・JPG、JPEG、PNG形式のファイルでも、私が提出する公証センター(公証人役場)では受け付けてくれます。

公証人法(明治四十一年法律第五十三号)

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=141AC0000000053

第二十八条 公証人証書ヲ作成スルニハ嘱託人ノ氏名ヲ知リ且之ト面識アルコトヲ要ス

2 公証人嘱託人ノ氏名ヲ知ラス又ハ之ト面識ナキトキハ官公署ノ作成シタル印鑑証明書ノ提出其ノ他之ニ準スヘキ確実ナル方法ニ依リ其ノ人違ナキコトヲ証明セシムルコトヲ要ス

3、4略

・発行後3か月以内の印鑑登録証明書、または顔写真付きの公的身分証明書(運転免許証・マイナンバーカード・パスポート等)

・・・印鑑証明書について、最初に提出して公正証書を作成するまで3か月以上かかる場合もあるので、ここでは信託契約書案の提出時に3か月以内であることを想定しているものだと思われます。

・マイナンバーカードの裏側は送らない

・信託財産を特定する資料

不動産登記全部事項証明書など

・・・株式の場合、法人の履歴事項証明書など。

・信託財産の価格を裏付ける資料

不動産の場合は、固定資産税評価証明書または直近の固定資産税納付通知書

・代理人で作成する場合は稀

コロナで怖い、は不可能。

代理人についての本人確認資料

嘱託人本人の印鑑登録証明書(発行後3ヶ月以内)

携帯電話で本人確認

・・・代理人による作成は、令和3年9月17日東京地方裁判所判決平成31年(ワ)第11035号損害賠償請求事件の後は不可能だと考えていたので意外でした。信託契約書案の段階で、事前の意思能力確認をビデオ通話(zoomなど)で行う公証センター(公証人役場)はあります。

・嘱託人、関係者の職業情報を提供(公証人法36条2号)

第三十六条 公証人ノ作成スル証書ニハ其ノ本旨ノ外左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス

一 証書ノ番号

二 嘱託人ノ住所、職業、氏名及年齢若法人ナルトキハ其ノ名称及事務所

・ドラフトについての検討・修正について、よくある民事信託条項

目的条項と信託事務の矛盾

  目的条項において単に信託事務を羅列

・・・信託事務の詳細がどのようなものか分かりませんが、私も円滑な財産の承継、受益者の安定した生活、など具体的に記載していません。

後継ぎ遺贈型受益者連続信託(信託法91条)で、「当初受益者が死亡したときは、第二次受益者がその受益権を承継する」・・・消滅する

・あるペット信託のドラフト例

目的条項の記載

信託契約に死後事務委任契約が混在

ペットが受益者

 受益債権の構成:信託法2条6項「信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権」

・・・死後事務委任契約は別で作成。

・作成日程の調整

老人ホーム等への出張の場合、出張について(公証人法18条2項)

原則:公証役場で職務を行う

例外:事件の性質がこれを許さざる場合(健康上の理由で役場に来所できない等)

法令に別段の定め(遺言につき、公証人法57条)ある場合

公証人法17条

公証人は、所属する法務局の管轄区域内でのみ職務を行うことができる。

・・・沖縄から東京に来ても良い。

・手数料の算定・お知らせ

 主に信託財産の価額を基礎として算定する(公証人手数料令9条)→事前に価額の資料をお出しいただく

 公証人手数料令25条(枚数加算)

 書記(公証人法24条1項)による検算

 書記による案文の最終チェック・印刷(原本と謄本の準備)

作成当日

・当日の持ち物

 事前提出資料との関係

 証明書としての資料(本人確認資料)、当日原本

 案文の正確性チェックのための資料(登記現在事項証明書、車検証等)

 手数料算定のための資料(固定資産税納付通知書等)

  もし代理人によって作成する場合には、代理人の運転免許証等の確認資料、委任状、本人の印鑑登録証明書の各原本

  上記のほか、印鑑(公証人法39条3項)

 本人確認を印鑑登録証明書で行う場合は実印

 それ以外は認め印で可(スタンプ印は不可)

外国人の場合は印鑑不要

・・・日本に住所がある場合で印鑑証明書不要(其ノ他之ニ準スヘキ確実ナル方法として、運転免許証で本人確認)、認印で公正証書作成が可能なことは初めて知りました。

・当日の流れ

本人確認

運転免許証等:コピーを取って返却

印鑑登録証明書:原本を提出、公証役場で綴って保存

原本還付について

・・・印鑑証明書について、事前申出すれば原本還付出来るとのことでしたが、根拠が分かりませんでした。

公正証書の読み上げ

高齢の方への確認のポイント

 署名・捺印

自署ができない場合には事前にお知らせいただく→公証人による代署(公証人法39条4項)。公正証書の当事者欄(本旨外要件)の書き方も異なる。

・・・代筆でも可能が原則

第三十九条 公証人ハ其ノ作成シタル証書ヲ列席者ニ読聞カセ又ハ閲覧セシメ嘱託人又ハ其ノ代理人ノ承認ヲ得且其ノ旨ヲ証書ニ記載スルコトヲ要ス

2、3省略

4 列席者ニシテ署名スルコト能ハサル者アルトキハ其ノ旨ヲ証書ニ記載シ公証人之ニ捺印スルコトヲ要ス

・謄本又は正本の交付

・手数料のお支払

・信託契約公正証書における特有の留意点

信託口口座との関係で、最初のドラフトの段階で、銀行(証券会社)と十分協議

後継受託者の定め

2 信託契約公正証書の構成

 登簿番号、日付、表題、「本公証人は、当事者の嘱託により、次の法律行為に関する当事者の陳述の趣旨を録取して、この証書を作成する。」

・本旨

 頭書

 条項

 信託の目的、信託財産、受託者(受託者の任務終了事由や後継受託者の定めを含む)、帳簿の作成を含む受託者の信託事務や義務(分別義務や善管注意義務など)、費用の負担や受託者の報酬、受益者(第二次受益者以降も含む)、受益権の内容、信託の終了事由と清算事務、信託終了後の財産の帰属(帰属権利者の定め等)

・本旨外要件

委託者及び受託者の住所、氏名、職業及び生年月日

・当事者及び公証人の署名

・公正証書のデジタル化について

 規制改革推進会議の令和4年5月27日答申「公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化

・・・令和7年度上期の施行を目指す。公正証書の作成手続がデジタル化された場合の想定。公証センター(公証人役場)に、行くことなく公正証書を作成。それが良いかは分かりません。不動産登記申請における本人確認と比較(不動産登記法23条、24条、不動産登記規則72条。)。公正証書謄本は、公証人が電子署名を行いメールなどで受け取り、USBメモリなどに保存。銀行など提出先が紙での提出を求める場合は、印刷して提出。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/meeting.html#kaigi2

民事信託支援業務

・相談を受ける際の留意点

依頼者の意思確認・・・信託契約の締結に関する業務を受任した場合の依頼者。

  依頼者は委託者。民事信託に関する相談は、依頼者は委託者の推定相続人(多くの場合は,受託者兼帰属権利者)から受けることが多い背景。

 依頼者は委託者及び受託者と考えた場合の問題点・・・受託者も依頼者と考える場合には,受託者との間でも委任契約を締結しなければならず,受託者からも報酬を受領することになるか?・・・民法648条。

 遺言の一種である遺言による信託の場合には、受託者兼推定相続人から依頼を受けることがないことと対比可能か?・・・依頼は受けないが、受託者就任の可否は遺言による信託の場合でも設定時に聴く。聴かない場合があるのは遺言と同じ。

 受託者から依頼を受けて信託を設定して、受託者を監督する立場(信託監督人や受益者代理人)に就任することは、職務執行の公正を疑わせることになり、利益相反行為となるか?・・・外観上、職務執行の公正を保つのは難しいように思えます。

 委託者から依頼を受けた場合は良いのか?・・・民事信託に関する相談は、依頼者は委託者の推定相続人(多くの場合は,受託者兼帰属権利者)から受けることが多い背景から考えると、当然に可能とすることは難しいと感じます。例えば裁量型信託(受託者の裁量が広く認められている場合)について、信託監督人や受益者代理人の権限が弱い場合。個別具体的な判断になると感じます。

具体的な対応

 受託者の希望に応じて、委託者と受益者の合意による受託者の解任権(信託法58条1項)や委託者と受益者の合意による信託の終了権(信託法164条1項)を制限すべきではない。ただし,委託者との代理人として、受託者との間で、受託者の義務の程度や信託事務の内容を協議することは問題ないか?

・・・受託者の解任権を制限しない場合、当初委託者兼受益者は、(理由を問わず、1人の判断で)いつでも、その合意により、受託者を解任することができるので受託者は安心して職務を行うことが出来なくなる可能性があり、案件による。もし制限しない場合、受託者への損害賠償規定を詳しく定める必要があると考えます。委託者との代理人、というのはどのような地位で職務を指しているのか、分かりませんでした。

依頼者の意思確認の方法

  委託者と面談し、委託者の意思能力及び信託設定意思を確認する。予防措置として、委託者が親族等から不当な影響を受けたと疑われるような状況を排除するために配慮する。委託者が親族に伴われて相談に来た時には、親族の同席なしに個別に意思確認をする機会を設けることなどを工夫する。

民事信託以外の選択肢(併用も含む)の検討

・どのような心配事があるか。解決したい課題は何か。

・相談者の判断能力に問題はないか→問題があるケースでは法定後見の利用を検討。

・財産管理の問題か。財産承継の問題か。 財産管理は任意後見、民事信託。財産承継は遺言、民事信託。

・身上保護の必要性はあるか。 必要性がない場合は民事信託可。必要性がある場合は、家族の支援を受けられるか検討

・・・身上監護の必要性がない場合、というのがどのような場合なのか分かりませんでした。

家族の支援を受けられるか。

受けられる場合は民事信託可。受けられない場合は、任意後見。・・・受けられない場合は、任意後見受任者には、専門職が就任することを想定しているのかなと思いました。

信託を予定する財産に農地、年金受給権、地主が譲渡承諾をしない借地権

などがあるか。

ない場合は民事信託可。ある場合は任意後見。

・・・年金受給権がないという方のみが民事信託可とすると、ほとんど使われない制度になるのかなと思います。

・財産の積極的活用を望むか。

望む場合は民事信託。望まない場合は任意後見。

・・・任意後見でも、あらかじめ活用方法が決まっている場合は代理権目録に記録することにより、目的を達成することも可能なのかなと感じます。積極的活用、の個別具体的な状況によると思いました。

・借入れを予定しているか。

予定している場合は民事信託。予定していない場合は。任意後見。

・・・借入れについては金融機関の裁量に拠るところが大きいので、はっきり分かりませんが、任意後見でも代理権目録に記録されている場合、借入れは出来ないのか、任意後見監督人の監督があるので、金融機関も民事信託より貸しやすい、ということはないのか、気になりました。

裁判所の監督を希望するか。

希望する場合は任意後見。希望しない場合は民事信託。

途中で利用を止める希望はあるか。

ある場合は民事信託。ない場合は任意後見。

数世代に渡る財産の承継を希望するか。

希望する場合は民事信託。希望しない場合は任意後見。

・・・希望しない場合は、遺言になるのかなと思います。

依頼者らに説明すべき事項

・依頼者(委託者)に説明すべき事項

法律効果

 信託を設定することにより、いかなる財産が対象となるのか、その財産がいかなる目的で、誰によって、どのように管理又は処分されるのか、依頼者の推定相続人にどのように承継されるのかなど、いかなる法律効果が生じるのかについて説明。

・受託者に説明すべき事項

受託者の義務,信託事務

 受益者に対し,受託者は各種の義務(善管注意義務,忠実義務など)を負っていること,受託者として行わなければならない信託事務の内容を説明。

・信託契約書等の作成手数料

適正金額の手数料

 依頼者の無知に付け込み,過大な手数料を請求しない。非定型の契約書又は遺言の作成に準じるという基準。信託財産に属する財産の価額に対して〇%をかけていく。公正証書にする場合に加算。

・信託契約書作成の際の留意点

信託契約の条項検討

信託に関係する諸法令

 信託法、信託法施行令、信託法施行規則、信託計算規則、信託業法のほか民法,不動産登記法に加えて税法(所得税法、相続税法、財産評価基本通達など)の枠組みの理解。

東京地判平成30年10月23日(金融法務事情2122号85頁)

 委託者兼受益者である親と受託者である子との間の信託契約について、委託者兼受益者によって、詐欺取消、錯誤無効、債務不履行解除、信託目的の不達成又は委託者兼受益者の合意による信託終了の主張がなされたが、いずれも認められなかった事例。

 信託条項の、受益者は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更し、若しくは本件信託を一部解除し、又は本件信託を終了することができる。の解釈(信託法164条3項の「別段の定め」に該当し,同条1項に優先するか。)。

信託条項間において矛盾のあるもの。

受益者の死亡により受益権が消滅すると規定し、その受益権を遺産分割の対象としているケースなど。

・文例の利用

 信託契約書を作成する際に、文例の利用は有用。参考資料として用いることは問題ない。事案の特徴を理解し文例を事案に当てはめる。

・遺留分への配慮

遺留分の規定適用

民法の遺留分に関する規定は強行規定であり,信託契約にも適用される。

・遺留分に配慮する必要性

 遺留分を侵害する内容の信託契約締結した場合、遺留分侵害額請求の対象や効果が確定しておらず、仮に裁判なった場合は解決まで相当の時間が掛かること予想される。・・・信託設定時だけではなく、信託期中、信託終了時に渡って遺留分を侵害しないことが必要だと感じます。

東京地判平成30 年 9月 12 日(金融法務事情2104 号 78 頁)

推定法相続人である兄弟間で信託設定の効力が争われ、一部の信託設定が遺留分制度を潜脱する意図でなされたものであるとされ、公序良俗に反して無効であるとされた事例。

継続的支援

不祥事を許容するなら不要。許容しないなら必要。

・・・バランスの問題ではないかと思います。ゼロか1かで考えると、民事信託は一切利用することは出来ない、という結論に流れやすいと感じます。

信託監督人は使いやすい?・・・私は利用したことがないので、分かりませんでした。

信託監督人は、受託者と身分関係がある者は不適切?・・・個別具体的な事案によると思います。

依頼者があえて遺留分を侵害する内容の信託契約を締結することを希望する場合には,希望を実現することはあり得る。

任意後見契約の代理権目録に、受益者に関する項目を記録。

・コーディネーターとしての役割

・信託契約の締結に関与する専門職の役割

 信託契約を締結する際には,公証人、金融機関、司法書士及び税理士などとの間で、コーディネーターとしての役割を果たすことが求められる。

・・・コーディネートとコンサルティングと支援業務に、違いがあるのか、分かりませんでした。

・信託契約書作成の手順

 公証人との打ち合わせ

 信託口口座開設予定の金融機関との打ち合わせ

東京地判令和3年9月17日(家庭の法と裁判35号135頁)

 専門職が信託契約書の案文の作成等を受任したが、作成した信託契約書では信託口口座の開設や民事信託融資を受けられなかったことから、依頼者(委託者)が当該専門職を訴えた事例。当該専門職には,情報提供義務及びリスク説明義務違反があるとして不法行為責任が認められた。事後的に評価すると,専門職の説明提供義務及びリスク説明義務違反ということになるが、重要なことは信託契約書作成の手順を守ること。

司法書士との打ち合わせ

  事前に、信託契約書のドラフトを送り,権利移転の登記及び信託の登記が可能か確認する。登録免許税、司法書士の手数料、本人確認等に必要な資料の確認を行う。

税理士との打合せ

  必要に応じて,信託税制に詳しい税理士に相談する。

公正証書の作成

 委託者及び受託者と共に公証役場へ赴き,公正証書の作成をサポートする。

・信託契約書の作成後の留意点

 信託口口座の開設

  受託者が信託財産に属する金銭を預金で管理する場合には,信託口口座を開設して管理するようにする(信託法34条1項2号ロに基づく「その計算を明らかにする方法」を,民事信託に適した分別管理方法に変更する)。受託者と共に金融機関に出向き,信託口口座の開設をサポートする。・・・信託契約書案の段階で関わることが必要だと思います。

・信託財産の対抗要件の具備等

財産の譲渡,担保権の設定その他の財産の処分

 信託を設定するにあたり、委託者は、受託者に対し、財産の譲渡、担保権の設 定その他の財産の処分を行う(信託法3条。)。

・譲渡の対抗要件

  財産の譲渡を第三者に対抗するには,民法等に定められた一般的な物権変動の対抗要件を具備する必要がある(民法177条等。)。

・信託の対抗要件

  登記又は登録しなければ権利の得喪を第三者に対抗することができない財産 については,財産の譲渡の対抗要件に加え。譲渡された財産が信託財産に属することを公示するための対抗要件を具備する必要がある(信託法14条。)。不発行株式などは、登記又は登録しなければ権利の得喪を第三者に対抗することができない財産ではないが、信託を対抗するためには一定の公示を要求することが個別の法律で定められている(会社法154条の2第。)。

  その他の財産は,信託財産であることを証明できれば,当該財産が信託財産に属する財産であることを第三者に対抗できる。

・分別管理義務との関係

 会社法154の2

  株式については、当該株式が信託財産に属する旨を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、当該株式が信託財産に属することを株式会社その他の第三者に対抗することができない。

 社債、株式等の振替に関する法律142条

 振替株式については、第129条第3項第5号の規定により当該振替株式が信託財産に属する旨を振替口座簿に記載し、又は記録しなければ、当該株式が信託財産に属することを第三者に対抗することができない。

 受託者は,信託財産に属する財産と固有財産とを分別して管理する義務を負っている(信託法34条1項本文)。そして,上記信託の登記または登録をすることができる財産については,分別管理の方法として信託の登記または登録によらなければならない(同項1号)。

いわゆる「登記留保」の問題

 登記又は登録しなければ権利の得喪を第三者に対抗することができない財産 については,信託法14条の信託の登記又は登録をする義務を免除することができない(信託法14条2項)。

 信託運営中の留意点

  専門職による継続的な関与の必要性

・基本的な考え方

  継続的な財産管理を行う場合,第三者による適切な監督が行わなければ、一定数の不祥事が発生する。 このような一定数不祥事発生を許容するかどうかの価値判断。

・民事信託では委託者及び受益者による受託者の監督は期待できない

 信託法では,受益者又は委託者が監督することを予定している。しかし、民事信託においては委託者や受益者は受託者の親族であることが一般的であり、また委託者や受益は高齢であることが多く、委託者や受益は高齢であることが多く、受託者に対する監督を期待できない。

・・・私は受託者を監督、という面と受益者が自身の権利を守ること両面を予定している、と読んでいます。

・民事信託で活用すべき監督機関

  信託法は,受託者に対する監督機関として,信託監督人(信託法131条以下)又は受益者代理人(信託法138 条以下)を用意している。 民事信託と任意後見を併用する場合には,任意後見人による監督もあり得る(ただし、任意後見人と受託者が別である場合に限る。)。 併用する際には, 任意後見契約の代理権目録記載事項には注意を要する。

・民事信託における監督機関の適任者

  民法850条は「後見人の配偶者、直系血族及び兄弟姉妹監督となることができない。」、任意後見法5条は、「任意後見受者又人の配偶者、直系血族及び兄弟姉妹は任意後見監督人となるこができない。」と後見監督人及び任意後見監督人の欠格事由を定めている。

 民事信託でも,受託者と一定の身分関係がある者による実効性ある監督は期待できないのではないか。監督業務及び法律に精通している専門職が受託者の監督に当たることが望ましい。・・・個別具体的な案件ごとに決めることが望ましいのではないかと思います。

・信託監督人及び受益者代理人への就任

 受託者に対する監督の考え方

 信託契約の締結に関する業務を受任した場合の依頼者は委託者であることを前提に、信託監督人又は受益者代理人に就任した場合には、委託者(兼受益者)が望んでいる信託を適切に運営し、委託者(兼受益者)の利益を保護するために、受託者を監督すると考える。

・信託法への精通と信託契約に対する正しい理解

 受託者が信託法を遵守し、信託契約に従い適切に信託事務処理を行うことが必要であり、その受託者を監督する専門職も、信託法に精通し、信託契約の内容及び趣旨を十分に理解しておく必要がある。

・・・精通、というのがどの程度なのか分かりませんでしたが、信託の目的が達成できるくらい、と理解して良いのかなと思いました。

・民事信託における監督実務

 信託監督人は,信託契約に別段の定めがある場合を除き,受託者の監督のための権利(信託法92条各号(17号,18号,21号及び23号を除く。)に掲げる権利)を行使する権限を有する(信託法132条1項)。

 受益者代理人は,別段の定めがある場合を除き,受益者が有する信託法上の一切の権利(信託法42条に定める責任の免除に係るものを除く。)を行使する権限を有する(信託法139条1項)。善良な管理者の注意をもって,受益者のために誠実かつ公平に与えられた権限を行使しなければならない(信託法133条,140条)。民事信託実務において、受託者に対する監督方法に関して定まった考え方はないが、財産管理で共通する後見実務を参考に、適切な監督を実践していくことになる。・信託の変更

 信託の変更に関与した場合には、その信託の変更が信託法の規定や別段の定めを規定している信託契約の条項に合致しているかを確認する。

・信託税務等

税務に関する基本的な知識の習得

・依頼者(委託者)に説明すべき事項

法律効果

信託を設定することにより,いかなる財産が対象となるのか,その財産がいかなる目的で,誰によって,どのように管理又は処分されるのか,依頼者の推定相続人にどのように承継されるのかなど,いかなる法律効果が生じるのかについて説明する。

・届出や申告等への助言

 信託存続中の信託収益に関する所得税の申告や信託の終了時における相続税の申告など,受託者や受益者が適切に届出や申告等が行えるよう、助言することが望ましい。

・マネー・ロンダリング対策

FATF第4次対日相互審査報告書概要

 「国内外の信託、特に会社よって設立されていない信託の透明性に関しては、課題がある。

FATF第4次対日相互審査報告書を受けた行動計画

 信託会社に設定・管理されていない「民事信託」及び外国信託に関する実質的支配者情報を利用可能とし、その正確性を確保するための方策を検討し、実施する(時期:令和4年秋)。

9月相談会のご案内ー家族信託の相談会その47ー

お気軽にどうぞ。

2022年9月30日(金)14時~17時
□ 認知症や急な病気への備え
□ 次世代へ確実に引き継ぎたいものを持っている。
□ 家族・親族がお金や土地の話で仲悪くなるのは嫌。
□ 収益不動産オーナーの経営者としての信託 
□ ファミリー企業の事業の承継
その他:
・共有不動産の管理一本化・予防
・配偶者なき後、障がいを持つ子の親なき後への備え

1組様 5000円
場所
司法書士宮城事務所(西原町)

要予約
司法書士宮城事務所 shi_sunao@salsa.ocn.ne.jp

民事信託の登記の諸問題12

 登記研究[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(12)」からです。記事の中で民事信託実務、組成などの用語が使われていますが、ここでは司法書士が行う民事信託支援業務を利用します。

信託目録に記録すべき情報は、信託契約書の信託条項をそのまま引き写したような冗長な文章ではなく、客観性ある箇条書きとして要約して提供されるべきことは言うまでもない(それが登記事項に対する情報の当てはめの作法である。)。

 信託行為の設定書類を、特に信託目録に記録する部分においては箇条書き形式で作成することが必要だと思います。

むしろ、ここでは、「財産の管理」という信託の定義を構成する基礎概念それ自体が、「信託の目的」という公示に価するのか、という問題の延長で考えるべき論点である。

 記事の下の文章と同じく、受託者は受益者のために事務を行うので不要だと考えます(信託法2条1項など。)。

受託者も親族(委託者の推定相続人)として、中立な財産管理者でない場合が少なくない。

 中立な財産管理者は委託者の推定相続人でない者、とすると受託者が見つかるのか、と感じます。また中立な財産管理者が、事業として行う信託会社などの立ち位置を想定しているとすると、司法書士は民事信託支援業務に不要なケースなのかなと思いました。

やむにやまれぬ目的(認知症対策や介護施設入所に備えて)で、信託を行うわけである。

 保険や預貯金の種類が色々とあるように、他にも理由はあると思いますが、福祉型信託というと、この2つが代表的な目的だと執筆者は考えられているかもしれません。

4 信託の条項

1 信託の目的

   相続税対策を継続するための財産管理

相続税対策とは、委託者が認知症となった以降も、当該信託財産に関して、相続税の負担を少なくするために活動を続けることであり、例えば、金融資産の少ない地主の場合、相続税支払いを想定しての売却活動の継続や資産の組み替えなども含まれる、と言われる場合がある。―中略―かような文言が信託目的の公示対象となしうるか否か、適法か違法か、適切か不適切か、これから議論が必要となろう。

 相続税支払いを想定しての売却活動の継続や資産の組み替えなどは、信託行為(信託契約の場合)を作成する過程で、委託者と受託者が合意するものであり、受託者の事務となります。受託者の財産管理・処分の方針であり、信託の目的としては、円滑な承継で足りるのではないかと考えます。適法か違法かでいうと適法だと考えますが、その前に不要だと思います。適切か不適切かについては、信託の目的としては不適切、受託者の権限の範囲(信託法26条)としては適切、と考えます。

しかし、逆説的ではあるが、「信託の目的」こそが信託登記の土台であり、基礎工事であるから(信託とは、そもそも信託の目的の実現の手段である。)、その部分が曖昧であれば、信託登記の機能それ自体が曖昧となってしまう。

 信託の目的が、信託目録欄の信託の目的のみで判断される、ということはないのではないかと思います。具体的な財産の管理方法その他の記録から総合的に判断されるものだと考えます[2]

信託法26条は、「又は」や「及び」の接続詞の係り方を読み解くのが難しいが、後段の「信託の目的の達成のために必要な」という修飾句(限定句)は、後段の「行為」だけではなく、前段の「処分」にも係るはずだ。

 後段の「信託の目的の達成のために必要な」という修飾句(限定句)は、後段の「行為」だけではなく、前段の「処分」は信託法2条5項の信託行為の定めに従い、に係るのだと思います。

4 信託の条項

1 信託の目的

   高齢者の生活支援

   安定した住居の無償の提供

2 信託財産の管理方法

 受託者の権限 信託財産の管理に限る

このような信託目録に記録すべき情報が提供されている場合、形式的には却下事由に該当するという判断もありうる。

 受託者の権限が信託財産の管理に限る、と記録されている場合にこの不動産の売買による所有権移転登記申請が却下事由に該当する可能性はあると思います。

 信託の目的違反で却下事由になることは、ないのではないかと思います。住居がこの不動産を指しているとは限らないからです。

4 信託の条項

2 信託財産の管理方法

 信託法26条但書の定め 信託財産の処分を禁止する

このような信託条項の場合、受託者の権限に対する一般的な制約であるが、かような信託法26条但書による包括的な定めで、信託法49条2項の費用償還に基づく処分も禁止されるのであろうか。

 信託法49条2項については、信託法52条で対応することになると考えます[3][4]

信託法52条

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=418AC0000000108

(信託財産が費用等の償還等に不足している場合の措置)

第五十二条 受託者は、第四十八条第一項又は第二項の規定により信託財産から費用等の償還又は費用の前払を受けるのに信託財産(第四十九条第二項の規定により処分することができないものを除く。第一号及び第四項において同じ。)が不足している場合において、委託者及び受益者に対し次に掲げる事項を通知し、第二号の相当の期間を経過しても委託者又は受益者から費用等の償還又は費用の前払を受けなかったときは、信託を終了させることができる。

一 信託財産が不足しているため費用等の償還又は費用の前払を受けることができない旨

二 受託者の定める相当の期間内に委託者又は受益者から費用等の償還又は費用の前払を受けないときは、信託を終了させる旨

2 委託者が現に存しない場合における前項の規定の適用については、同項中「委託者及び受益者」とあり、及び「委託者又は受益者」とあるのは、「受益者」とする。

3 受益者が現に存しない場合における第一項の規定の適用については、同項中「委託者及び受益者」とあり、及び「委託者又は受益者」とあるのは、「委託者」とする。

4 第四十八条第一項又は第二項の規定により信託財産から費用等の償還又は費用の前払を受けるのに信託財産が不足している場合において、委託者及び受益者が現に存しないときは、受託者は、信託を終了させることができる。

4 信託の条項

2 信託財産の管理方法

 信託法178条1項但書の定め

 清算受託者は信託財産を売却処分し、残余財産受益者に対して金銭を分配する。

 私は清算受託者の職務について、具体的な職務の記録申請をしたことがありませんが、確定している場合には公示として必要だと感じました。


[1] 894号、令和4年8月、テイハン、P41~

[2] 道垣内弘人編著『条解信託法』2017年、弘文堂、P18~

[3] 金森健一『民事信託の別段の定め実務の理論と条項例』2022年、日本加除出版、P108~

[4] 村松秀樹ほか『概説新信託法』、2008年、金融財政事情研究会P156~

信託目録の記録事項について

 金融機関と提携している士業が作成した信託目録を観てみたいと思います。不動産登記法第97条3項 

委託者に関する事項です。不動産登記法第97条1項1号

 当初委託者が登記され、1か月ほど期間をおいて、委託者変更の登記がされています。当初委託者に加えて、配偶者が追加となっています。

受託者に関する事項です。不動産登記法第97条1項1号

 受託者は法人であり、株式会社となっています。代表取締役は変更後の委託者の子であり、第二次受益者の一人でもあります。

受益者に関する事項です。不動産登記法第97条1項1号

 変更の形態は、委託者と同じです。1か月ほど期間をおいて、委託者変更の登記と同時にされています。当初受益者に加えて、配偶者を追加しています。委託者に関する事項と違うのは、受益権割合2分の1が登記されていることです。最終判断は税理士になりますが、私の推測です。下の税控除を行うための登記だと思います。

 登記する必要があるかに関しては、私は消極です。税務署には信託契約書を提出することで足りると考えるからです。

No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4452.htm

信託条項の欄です。

信託の目的

・信託財産に属する財産は、信託契約公正証書の援用。

・判断能力の低下に備える

・共有を回避

・円滑な相続

受託者の権限

・信託不動産について、信託を原因とする所有権移転登記及び信託の登記手続をする。

・・・この登記記録のことなので、信託目録に記録する必要があるかといえば、私は不要だと思います。登記、登記手続は、登記申請、登記申請手続きに修正が必要だと思います。不動産登記法11条

・信託不動産の維持、保全、修繕、改良は、受託者又は受託者及び受益者代理人が適当と認める方法、時期、範囲において行う。

・・・この条項が必要かどうかは、維持、保全、修繕、改良について後続登記(担保設定など)が必要かどうかだと思います。受託者又は受託者及び受益者代理人という記録は、受益者代理人が就任している場合は、受益者代理人と受託者が協議して判断するのか、分かりませんでした。

・受託者は、必要に応じて、次の行為を行うことができる。

ア 建物の建設、不動産の購入、信託不動産の売却、賃貸、解体

・・・建物の建設、不動産の購入に関しては、信託金銭に関する条項なので信託目録に記録する必要があるのか分かりませんでした。

イ 受託者による資金の借り入れ及びこの借入れのための信託不動産に担保権を設定すること

ウ 受益者による借入れのために信託不動産に担保権を設定すること

・受託者による第三者委託(信託法28条)

・委託者から受託者への賃貸人の地位の承継(民法605条の2第3項、第4項、同法605条の3)

・信託の終了事由

・受託者及び受益者又は受益者代理人が合意したとき(信託法164条3項)

・その他信託法に定める事由が生じたとき(信託法163条ほか)

・・・当初委託者兼受益者による単独で信託の終了することを、許容している条項だと考えます[1]

・その他の信託条項

・善管注義務(信託法29条)・・・信託目録に記録する必要があるのか、判断が分かれるのかなと思います。

・受益権の譲渡、質入れ(信託法93条、同法96条)・・・対抗要件は登記ではありませんが、受益者変更登記が必要となったとき、金融機関の承諾が必要という制限があるので、信託目録に記録する必要はあると思います。融資金融機関と記録されていますが、担保権者として登記されている金融機関、などへの修正が必要なのかなと感じます。

・信託契約の変更(信託法149条4項)・・・信託の終了と違い、その他信託法に定める事由が生じたとき、という記録がありません[2]。受益者(受益者代理人)と受託者の書面合意(融資を受けている場合、金融機関の同意書添付)以外の方法では、信託の変更は出来ないことになると考えられます。

・受益権の内容、受益者代理人、帰属権利者・・・信託契約公正証書の援用。


[1] 金森健一『民事信託の別段の定め実務の理論と条項例』2022年、日本加除出版P226~


[2] 金森健一『民事信託の別段の定め実務の理論と条項例』2022年、日本加除出版P259~

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