民事信託の登記の諸問題(16)

登記研究[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(16)」からです。

信託法を審議した2006年の第165回国会では、次のような、民事信託支援業務に取り組む資格者代理人の人々が注意しておくべき参議院法務委員会の附帯決議が付されている。1つは、福祉型信託に関する附帯決議の抜粋である。

 高齢者や障害者の生活を支援する福祉型の信託については、特にきめ細やかな支援の必要性が指摘されていることにも留意し・・・

「特にきめ細やかな支援の必要性」という表現に着目したい。信託条項の雛型や定型書式の盲目的な利用には注意しなければならない。

リンクを貼っておきます。

参議院

第165回国会 (平成18年9月26日~平成18年12月19日)

法務委員会

信託法案及び信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案に対する附帯決議 (平成18年12月7日)

https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/165/futai_ind.html

 特にきめ細やかな支援の必要性が指摘されていることにも留意、が信託条項の雛型や定型書式の盲目的な利用を指しているのか、分かりませんでした。

また、登記によって、実体法、手続法共に法的効果等を全く生じない無意味な情報などが過剰に並ぶ信託原簿が存在していた。

 受益者取消権(旧信託法31条)による、直接、受託者の権限外処分による取消権の対抗要件となる信託原簿から、一歩後退している信託目録になっていますが、現在の信託目録の方が記録として分かりやすくなっているのではないかと感じます。それは、信託目録の記録内容について、様々な情報があり議論がなされているからだと思います。私は信託原簿の時代に司法書士ではありませんでしたが、信託原簿が空洞化したのは、実務情報が公開されることが少なく、取り扱う専門家が一部であったことが原因なのかなと想像します。

むしろ、民事信託の登記の分野に限っていえば、従来の廃止論の経緯を忘却し、信託の専門家を称する資格者代理人の一部が「信託目録の作成は資格者代理人の腕の見せ所」や「創意工夫」などとして、法務局に対して、第三者のための公示ではなく、依頼者の利益代表としての過剰情報を提供する反面、必要情報が提供されないないなど、信託原簿時代以上に問題は深刻化しつつあるようだ(資格者代理人の法令実務精通義務違反を構成しよう)。過去の営業信託のために登記から生じた不幸が再現されないよう祈るほかない。

 法令実務精通義務違反は、司法書士法上、懲戒処分の対象となるので、もう少し明確な基準が必要じゃないかなと思います。例えば、過剰情報を提供する場合(親族など内部の個人情報に関わる。)と、必要情報が提供されない場合(第三者への公示としての登記が、意味をなさなくなる。)では、基準が異なってくるのではないかなと感じます。


[1] 898号、令和4年12月、テイハン、P134~

【文書回答事例】信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した土地等の譲渡に係る租税特別措置法第35条第3項に規定する被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例の適用可否について

税務に関する記事です。最終判断は税理士・公認会計士に相談をお願いします。

https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/bunshokaito/joto-sanrin/221220/01.htm#a01

1 事前照会の趣旨

 照会者(受託者)は、照会者の母(委託者兼受益者。以下「母甲」といいます。)との間で母甲の居住用家屋及びその敷地(以下「本件物件」といいます。)を信託財産とする信託契約(以下、「本件信託契約」といい、本件信託契約に係る信託を「本件信託」といいます。)を締結していたところ、本件信託は受益者の死亡を信託終了事由としていたことから、母甲の相続開始により本件信託は終了し、残余財産となった本件物件は、残余財産の帰属権利者である照会者及びその弟(以下「照会者ら」といいます。)に帰属することとなりました。

 照会者らは、母甲の相続開始日が属する年の翌年に本件物件を譲渡しましたが、その譲渡に係る譲渡所得の計算上、租税特別措置法第35条第3項《居住用財産の譲渡所得の特別控除》に規定する特例(以下「本件特例」といいます。)を適用するに当たり、本件物件が本件信託の残余財産として照会者らに帰属したこと(以下「本件帰属」といいます。)は、同項に規定する取得(相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含みます。以下同じです。)による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等(以下「被相続人居住用家屋等」といいます。)の取得。)に該当すると解し、その他の要件を満たす限りにおいて、本件特例の適用を受けることができると解してよいか照会します。

2 事前照会に係る取引等の事実関係

(1) 照会者らは、いずれも母甲の相続人です。

(2) 照会者は、令和2年〇月〇日、母甲との間で、委託者兼受益者を母甲、受託者を照会者、信託財産を本件物件及び金銭、本件信託の終了事由を母甲の相続開始等、本件信託終了時の残余財産の帰属権利者を照会者らとする旨の本件信託契約を締結しました。

(3) 本件信託契約においては、その信託期間を契約締結のときから委託者兼受益者が死亡したときまでとし、かつ信託期間が満了した際には信託が終了する旨定められていたため、当該契約に基づき、令和3年〇月〇日、母甲の相続開始により本件信託は終了し、残余財産となった本件物件は、照会者らへ帰属しました。

(4) 照会者らは、令和4年〇月〇日、本件物件を譲渡しました。

3 事前照会者の求める見解となることの理由

 本件特例は、譲渡をした者が「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」をした相続人(包括受遺者を含みます。以下同じです。)であることを要件の一つとしています。

 また、相続税法第9条の2第4項《贈与又は遺贈により取得したものとみなす信託に関する権利》では、受益者の死亡に基因して終了する信託に係る残余財産の帰属は、適正な対価の負担があるもの及び信託終了の直前において当該信託の受益者であった者に対するものを除いて、遺贈により取得したものとみなす旨規定されています。

 そして、本件特例が適用対象者を「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」をした相続人としているのは、相続人がその意思の如何にかかわらず、相続により被相続人居住用家屋等の取得をし、その後の適正管理の責任を負うことになるためと考えられますが、照会者らは、これと同様の状況にあるということができます。

 したがって、本件物件は、相続税法上のいわゆるみなし相続財産に該当すること及び照会者らは本件特例の趣旨と同様の状況にあることから、本件帰属は、本件特例に規定する「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」に該当すると考えます。

関係する法令条項等 租税特別措置法第35条

信託法第183条

回答年月日 令和4年12月20日

回答者 東京国税局審理課長

回答内容 標題のことについては、下記の理由から、貴見のとおり取り扱われるとは限りません。

 なお、この回答内容は、東京国税局としての見解であり、事前照会者の申告内容等を拘束するものではないことを申し添えます。

(理由)

租税特別措置法(以下「措置法」といいます。)第35条第3項に規定する特例(以下「本件特例」といいます。)は、相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含みます。以下同じです。)による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等(以下「被相続人居住用家屋等」といいます。)の取得をした相続人(包括受遺者を含みます。以下同じです。)が、一定の譲渡をした場合に、その譲渡所得の計算上、本件特例の適用を受けることができる旨規定しています。

 ところで、信託契約などにより信託の受益権を取得する行為や、信託が終了し残余財産が権利者に移転した場合などについては、法律上の「贈与」又は「遺贈」には該当しないものの、実質的には贈与又は遺贈と同様の効果をもたらすことから、相続税法においては、これらの取得又は移転などについて贈与又は遺贈による取得とみなして相続税又は贈与税の課税対象とする措置が講じられています(相続税法第9条の2)。

 この点、本件特例は、例えば措置法第39条《相続財産に係る譲渡所得の課税の特例》に規定する特例のように、相続税法の規定により遺贈等による財産の取得とみなされる場合を対象に含む旨は規定していません。 

また、本件特例は、相続人が、相続により、その意思の如何にかかわらず、被相続人居住用家屋等の適正管理の責任を負うこととなることを踏まえた趣旨の下、適用対象者を相続人に限定し、かつ、「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」をした場合に限り適用すると規定したものであると考えられるところ、信託終了による残余財産の取得は法律上の相続又は遺贈には当たらず、受託者(照会者)は信託行為の当事者であること、信託行為の当事者ではない帰属権利者は、その権利を放棄することができること(信託法183③)を踏まえると、上記本件特例の趣旨の下では、帰属権利者による残余財産の取得を相続人による相続又は遺贈による財産の取得と同様に取り扱うことは相当ではないと考えられます。

 以上のことから、信託契約に基づき、委託者兼受益者の相続開始という信託終了事由の発生により信託が終了したことに伴い、当該信託に係る残余財産を帰属権利者が取得したことは、本件特例に規定する相続人による「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」に該当するとは認められず、また、死因贈与契約に基づき当該残余財産を取得したとする事情も認められませんので、当該残余財産の譲渡に係る譲渡所得の計算上、本件特例の適用を受けることはできません。

 私には、信託契約により、当事者の意思で決めたのだから、相続・遺贈と同視することはできず、特例を認めることは出来ない、という趣旨に読めました。しかしこの指摘は、受託者兼残余財産の帰属権利者である照会者には当てはまりますが、照会者の弟は残余財産の帰属権利者であることを知らなかった可能性もあり、その点はどうするのだろうか、と考えてしまいました。残余財産の帰属権利のみを放棄することが出来る点が、全ての積極財産、消極財産を放棄することが出来る相続放棄と異なる点です。この点は、残余財産の帰属権利者が2人いる照会者の弟にとって、通常の相続・遺贈と異なり管理責任(令和5年4月1日施行)を逃れることができる点は有利といえるのかなとも思いました。

20230305追記

参考 『月刊登記情報2023年3月号(736号)』税理士白井一馬「自宅を信託財産にした場合における相続後の「空き家譲渡特例」の適用可否」

https://store.kinzai.jp/public/item/magazine/A/T/

租税特別措置法

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=332AC0000000026&keyword=%E7%A7%9F%E7%A8%8E%E7%89%B9%E5%88%A5

第三十五条 個人の有する資産が、居住用財産を譲渡した場合に該当することとなつた場合には、その年中にその該当することとなつた全部の資産の譲渡に対する第三十一条又は第三十二条の規定の適用については、次に定めるところによる。

一 第三十一条第一項中「長期譲渡所得の金額(」とあるのは、「長期譲渡所得の金額から三千万円(長期譲渡所得の金額のうち第三十五条第一項の規定に該当する資産の譲渡に係る部分の金額が三千万円に満たない場合には当該資産の譲渡に係る部分の金額とし、同項第二号の規定により読み替えられた第三十二条第一項の規定の適用を受ける場合には三千万円から同項の規定により控除される金額を控除した金額と当該資産の譲渡に係る部分の金額とのいずれか低い金額とする。)を控除した金額(」とする。

二 第三十二条第一項中「短期譲渡所得の金額(」とあるのは、「短期譲渡所得の金額から三千万円(短期譲渡所得の金額のうち第三十五条第一項の規定に該当する資産の譲渡に係る部分の金額が三千万円に満たない場合には、当該資産の譲渡に係る部分の金額)を控除した金額(」とする。

2 前項に規定する居住用財産を譲渡した場合とは、次に掲げる場合(当該個人がその年の前年又は前々年において既に同項(次項の規定により適用する場合を除く。)又は第三十六条の二、第三十六条の五、第四十一条の五若しくは第四十一条の五の二の規定の適用を受けている場合を除く。)をいう。

一 その居住の用に供している家屋で政令で定めるもの(以下この項において「居住用家屋」という。)の譲渡(当該個人の配偶者その他の当該個人と政令で定める特別の関係がある者に対してするもの及び所得税法第五十八条の規定又は第三十三条から第三十三条の四まで、第三十七条、第三十七条の四若しくは第三十七条の八の規定の適用を受けるものを除く。以下この項及び次項において同じ。)又は居住用家屋とともにするその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡(譲渡所得の基因となる不動産等の貸付けを含む。以下この項及び次項において同じ。)をした場合

二 災害により滅失した居住用家屋の敷地の用に供されていた土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡又は居住用家屋で当該個人の居住の用に供されなくなつたものの譲渡若しくは居住用家屋で当該個人の居住の用に供されなくなつたものとともにするその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡を、これらの居住用家屋が当該個人の居住の用に供されなくなつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の十二月三十一日までの間にした場合

3 相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下第五項までにおいて同じ。)による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした相続人(包括受遺者を含む。以下この項において同じ。)が、平成二十八年四月一日から令和五年十二月三十一日までの間に、次に掲げる譲渡(当該相続の開始があつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の十二月三十一日までの間にしたものに限るものとし、第三十九条の規定の適用を受けるもの及びその譲渡の対価の額が一億円を超えるものを除く。以下この条において「対象譲渡」という。)をした場合(当該相続人が既に当該相続又は遺贈に係る当該被相続人居住用家屋又は当該被相続人居住用家屋の敷地等の対象譲渡についてこの項の規定の適用を受けている場合を除く。)には、第一項に規定する居住用財産を譲渡した場合に該当するものとみなして、同項の規定を適用する。

一 当該相続若しくは遺贈により取得をした被相続人居住用家屋(当該相続の時後に当該被相続人居住用家屋につき行われた増築、改築(当該被相続人居住用家屋の全部の取壊し又は除却をした後にするもの及びその全部が滅失をした後にするものを除く。)、修繕又は模様替に係る部分を含むものとし、次に掲げる要件を満たすものに限る。以下この号において同じ。)の政令で定める部分の譲渡又は当該被相続人居住用家屋とともにする当該相続若しくは遺贈により取得をした被相続人居住用家屋の敷地等(イに掲げる要件を満たすものに限る。)の政令で定める部分の譲渡

イ 当該相続の時から当該譲渡の時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと。

ロ 当該譲渡の時において地震に対する安全性に係る規定又は基準として政令で定めるものに適合するものであること。

二 当該相続又は遺贈により取得をした被相続人居住用家屋(イに掲げる要件を満たすものに限る。)の全部の取壊し若しくは除却をした後又はその全部が滅失をした後における当該相続又は遺贈により取得をした被相続人居住用家屋の敷地等(ロ及びハに掲げる要件を満たすものに限る。)の政令で定める部分の譲渡

イ 当該相続の時から当該取壊し、除却又は滅失の時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと。

ロ 当該相続の時から当該譲渡の時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと。

ハ 当該取壊し、除却又は滅失の時から当該譲渡の時まで建物又は構築物の敷地の用に供されていたことがないこと。

4項以下略

信託法

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=418AC0000000108

(帰属権利者)

第百八十三条 信託行為の定めにより帰属権利者となるべき者として指定された者は、当然に残余財産の給付をすべき債務に係る債権を取得する。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。

2 第八十八条第二項の規定は、前項に規定する帰属権利者となるべき者として指定された者について準用する。

3 信託行為の定めにより帰属権利者となった者は、受託者に対し、その権利を放棄する旨の意思表示をすることができる。ただし、信託行為の定めにより帰属権利者となった者が信託行為の当事者である場合は、この限りでない。

4 前項本文に規定する帰属権利者となった者は、同項の規定による意思表示をしたときは、当初から帰属権利者としての権利を取得していなかったものとみなす。ただし、第三者の権利を害することはできない。

5 第百条及び第百二条の規定は、帰属権利者が有する債権で残余財産の給付をすべき債務に係るものについて準用する。

6 帰属権利者は、信託の清算中は、受益者とみなす。

関連

国税庁法令解釈通達

土地信託に関する所得税、法人税並びに相続税及び贈与税の取扱いについて 別紙

第2 所得税に関する取扱い

(居住用財産の譲渡所得の特別控除の適用)

2-54 措置法第35条第1項((居住用財産の譲渡所得の特別控除))に規定する「その居住の用に供している家屋」又は「その敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利」には、個人の有する信託財産の構成物でこれらの資産に該当するもの(以下この項において「信託居住用財産」という。)が含まれるのであるが、この場合における同条の規定の適用については、次の諸点に留意する。

(1) 信託居住用財産の譲渡には、信託受益権の譲渡によるものが含まれること。

(2) 譲渡された信託財産である家屋が同条第1項に規定する「その居住の用に供している家屋」に該当するかどうかは、当該家屋の受益者について、措置法通達35-2又は35-3に定めるところにより判定すること。

(3) 措置法令第23条第1項((特例の対象となる家屋の範囲))に規定する「その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」の判定の基礎には、その者の有する信託居住用財産が含まれること。

(4) 信託居住用財産の譲渡が措置法第35条第1項に規定する「特別の関係がある者に対してするもの」に該当するかどうかは、その譲渡に係る信託居住用財産の受益者について判定すること。

(5) 同項に規定する「その年の前年又は前々年において既にこの項又は第36条の2若しくは第36条の5の規定の適用を受けている」かどうかの判定の基礎には、その者の有する信託居住用財産の譲渡が含まれること。

20230619追記

『月刊登記情報』2023年6月号(739号)「信託契約の対象不動産を検討する際の実務上の留意点~令和4年12月20日東京国税局回答を受けて~」JFD司法書士法人 司法書士 福田秀樹

家族信託の相談会その51

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司法書士宮城事務所 shi_sunao@salsa.ocn.ne.jp

後援  (株)ラジオ沖縄

信託財産の「管理」と「処分」(2)―質疑応答7097登記研究508号173頁―

 家族信託実務ガイド[1]の記事、渋谷陽一郎「信託財産の「管理」と「処分」(2)―質疑応答7097登記研究508号173頁―」からです。

【7097】信託財産の所有権移転登記と信託条項

〔要旨〕信託財産について所有権移転登記の申請をする場合、信託条項に「受託者は受益者の承諾を得て管理処分をする」旨記載されているときには、受益者の承諾書の添付を要する。

実は「信託口口座」と命名されたからといって、それを倒産隔離することは容易ではないのではないか、という厳しい指摘がなされています(仮にそうである場合には「信託口口座」の費用や報酬の正当性の問題を議論する必要があり、景表法的な消費者誤認を避けるという問題も考慮する必要があります)。

 現在、私自身の業務は、金融機関との信託口口座開設の調整です。信託契約書案をFAX・メール送信する際に、次のような内容を記載します。返信が書面やメールなどで来たことはありませんが、送信した記録は残ります。現状は、この記録を残しておくぐらいしか出来ていません。

要件

(1)受託者個人の口座が差押えを受けたとしても、信託専用の口座はその影響を受けないこと

(2)受託者が亡くなった際、相続を証する書面を不要として、受託者 の死亡が分かる書類と就任承諾書の提出および身分証明書の提示で受託者の変更ができること

(3)受益者が亡くなった際、相続を証する書面を不要として、受益者の死亡が分かる書類と受益者の身分証明書の掲示をもって受益者の変更ができること

(4) キャッシュカードの発行

問い合わせ

  • 復代理人は、委任状と身分証明書の掲示で銀行窓口業務に対応してもらえるのでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あたかも、会社法の世界で、世界のトヨタの株主総会と、町の法人成り家族経営の商店の株主総会(家族会議)が、同一の規律で扱われているようなものでしょう(そこで、機関設計を選択し得る会社法が制定されました)。現行の信託法が目指したのは、前者のような国際的な大規模信託にも耐えられる信託の規律かもしれません。

 そのような面もあると思います。私は、会社法と信託法は、選択して組み立てることが可能な面が多く、類似点の方が多いのではないかと感じます[2]。また信託業法が適用される信託に関しては、細かな規律を守る必要があります。

書式1 信託目録 調整

番号 受付年月日・受付番号 予備

四 信託条項

1 信託の目的

高齢者の生活および介護の支援

2 信託財産の管理方法

受託者の権限

 高齢者の介護支援のための信託不動産の売却処分

特約 信託不動産の処分は受益者の承諾を得て行う(以下省略)

 高齢者の介護支援のための信託不動産の売却処分、の「高齢者の介護支援のための」については、信託目録に記録するのであれば登記原因証明情報にも記載が必要になってくるのか、気になりました。特約、という表現に関しては、条文上制限しか認めておらず(信託法26条)、拡大はないので、制限と記録してもよいのかなと思いました。

さらには、旧法では、受益者取消権の相手方として転得者まで明記されていましたが、改正法では、削除されてしまいました。どうしてでしょうか。

 受託者の行為の相手方に取消しの意思表示を行えば、転得者にもその効果が及ぶからではないかと思います[3]

参考

旧信託法

第四条

受託者ハ信託行為ノ定ムル所ニ従ヒ信託財産ノ管理又ハ処分ヲ為スコトヲ要ス

第三十一条

受託者カ信託ノ本旨ニ反シテ信託財産ヲ処分シタルトキハ受益者ハ相手方又ハ転得者ニ対シ其ノ処分ヲ取消スコトヲ得但シ信託ノ登記若ハ登録アリタルトキ又ハ登記若ハ登録スヘカラサル信託財産ニ付テハ相手方及転得者ニ於テ其ノ処分カ信託ノ本旨ニ反スルコトヲ知リタルトキ若ハ重大ナル過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキニ限ル

信託法

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=418AC0000000108

(受託者の権限の範囲)

第二十六条 受託者は、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をする権限を有する。ただし、信託行為によりその権限に制限を加えることを妨げない。

(受託者の権限違反行為の取消し)

第二十七条 受託者が信託財産のためにした行為がその権限に属しない場合において、次のいずれにも該当するときは、受益者は、当該行為を取り消すことができる。

一 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が信託財産のためにされたものであることを知っていたこと。

二 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が受託者の権限に属しないことを知っていたこと又は知らなかったことにつき重大な過失があったこと。

2 前項の規定にかかわらず、受託者が信託財産に属する財産(第十四条の信託の登記又は登録をすることができるものに限る。)について権利を設定し又は移転した行為がその権限に属しない場合には、次のいずれにも該当するときに限り、受益者は、当該行為を取り消すことができる。

一 当該行為の当時、当該信託財産に属する財産について第十四条の信託の登記又は登録がされていたこと。

二 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が受託者の権限に属しないことを知っていたこと又は知らなかったことにつき重大な過失があったこと。

3 二人以上の受益者のうちの一人が前二項の規定による取消権を行使したときは、その取消しは、他の受益者のためにも、その効力を生ずる。

4 第一項又は第二項の規定による取消権は、受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)が取消しの原因があることを知った時から三箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から一年を経過したときも、同様とする。

民法

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089

(取消しの効果)

第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。


[1] 2022年11月、第27号、日本法令、P74~

[2] 2012年9月1日立命館大学大垣尚司教授「私人間信託と専門家の役割」。

[3] 道垣内弘人編著『条解信託法』、2017年、弘文堂、P151.民法121条。

民事信託の登記の諸問題14

登記研究[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(14)」からです。

不動産登記令

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=416CO0000000379

申請情報

第三条 登記の申請をする場合に登記所に提供しなければならない法第十八条の申請情報の内容は、次に掲げる事項とする。

一 申請人の氏名又は名称及び住所

二 申請人が法人であるときは、その代表者の氏名

三 代理人によって登記を申請するときは、当該代理人の氏名又は名称及び住所並びに代理人が法人であるときはその代表者の氏名

四 民法(明治二十九年法律第八十九号)第四百二十三条その他の法令の規定により他人に代わって登記を申請するときは、申請人が代位者である旨、当該他人の氏名又は名称及び住所並びに代位原因

五 登記の目的

六 登記原因及びその日付(所有権の保存の登記を申請する場合にあっては、法第七十四条第二項の規定により敷地権付き区分建物について申請するときに限る。)

七 土地の表示に関する登記又は土地についての権利に関する登記を申請するときは、次に掲げる事項

イ 土地の所在する市、区、郡、町、村及び字

ロ 地番(土地の表題登記を申請する場合、法第七十四条第一項第二号又は第三号に掲げる者が表題登記がない土地について所有権の保存の登記を申請する場合及び表題登記がない土地について所有権の処分の制限の登記を嘱託する場合を除く。)

ハ 地目

ニ 地積

八 建物の表示に関する登記又は建物についての権利に関する登記を申請するときは、次に掲げる事項

イ 建物の所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番(区分建物である建物にあっては、当該建物が属する一棟の建物の所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番)

ロ 家屋番号(建物の表題登記(合体による登記等における合体後の建物についての表題登記を含む。)を申請する場合、法第七十四条第一項第二号又は第三号に掲げる者が表題登記がない建物について所有権の保存の登記を申請する場合及び表題登記がない建物について所有権の処分の制限の登記を嘱託する場合を除く。)

ハ 建物の種類、構造及び床面積

ニ 建物の名称があるときは、その名称

ホ 附属建物があるときは、その所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番(区分建物である附属建物にあっては、当該附属建物が属する一棟の建物の所在する市、区、郡、町、村、字及び土地の地番)並びに種類、構造及び床面積

ヘ 建物又は附属建物が区分建物であるときは、当該建物又は附属建物が属する一棟の建物の構造及び床面積(トに掲げる事項を申請情報の内容とする場合(ロに規定する場合を除く。)を除く。)

ト 建物又は附属建物が区分建物である場合であって、当該建物又は附属建物が属する一棟の建物の名称があるときは、その名称

九 表題登記又は権利の保存、設定若しくは移転の登記(根質権、根抵当権及び信託の登記を除く。)を申請する場合において、表題部所有者又は登記名義人となる者が二人以上であるときは、当該表題部所有者又は登記名義人となる者ごとの持分

十 法第三十条の規定により表示に関する登記を申請するときは、申請人が表題部所有者又は所有権の登記名義人の相続人その他の一般承継人である旨

十一 権利に関する登記を申請するときは、次に掲げる事項

イ 申請人が登記権利者又は登記義務者(登記権利者及び登記義務者がない場合にあっては、登記名義人)でないとき(第四号並びにロ及びハの場合を除く。)は、登記権利者、登記義務者又は登記名義人の氏名又は名称及び住所

ロ 法第六十二条の規定により登記を申請するときは、申請人が登記権利者、登記義務者又は登記名義人の相続人その他の一般承継人である旨

ハ ロの場合において、登記名義人となる登記権利者の相続人その他の一般承継人が申請するときは、登記権利者の氏名又は名称及び一般承継の時における住所

ニ 登記の目的である権利の消滅に関する定め又は共有物分割禁止の定めがあるときは、その定め

ホ 権利の一部を移転する登記を申請するときは、移転する権利の一部

ヘ 敷地権付き区分建物についての所有権、一般の先取特権、質権又は抵当権に関する登記(法第七十三条第三項ただし書に規定する登記を除く。)を申請するときは、次に掲げる事項

(1) 敷地権の目的となる土地の所在する市、区、郡、町、村及び字並びに当該土地の地番、地目及び地積

(2) 敷地権の種類及び割合

十二 申請人が法第二十二条に規定する申請をする場合において、同条ただし書の規定により登記識別情報を提供することができないときは、当該登記識別情報を提供することができない理由

十三 前各号に掲げるもののほか、別表の登記欄に掲げる登記を申請するときは、同表の申請情報欄に掲げる事項

別表(第三条、第七条関係)

信託に関する登記

信託目録に記録すべき情報が添付情報であるとすれば、一体、信託登記における申請情報とは何だろうか。

 不動産登記令4条に定められている事項となります。不動産登記令別表(第三条、第七条関係)信託に関する登記において、申請情報は規定されていません。

どうして不動産登記令では、信託目録に記録すべき情報が添付情報とされているのだろうか。不動産登記法という法律と不動産登記令という政令との間に「捻じれ」があるのか、ないのか。

 不動産登記法97条に定められている信託の登記の登記事項を、明らかにするための信託目録という位置付けであり、申請情報の内容ではなく添付情報として提供する政令の定めであると思われます[2]

信託目録に記録すべき情報が信託内容の公示を目的としているとすれば、公示されるべき内容として、当該情報は申請情報の地位を与えられて然るべきではないか。

 信託目録に記録すべき情報が、信託内容の公示を目的としているのか、分かりませんでした。不動産登記法は必要最低限の申請情報、登記すべき事項を定めており、その他の情報については信託目録に委ねているようにみえます。不動産登記令では信託の登記についての申請情報について定めがないので、制定当初はその必要性は考えられていなかったのかもしれません。

例えば、受託者の実体的な属性情報である報告義務、書類作成義務、一般的な忠実義務、善管注意義務、公平義務などに関する情報を、信託目録に記録すべき情報として提供することは無意味であり、誤りである(資格者代理人の法令実務精通義務違反)。

 一般的な、とあるので別段の定めなどはないものと想定します。第三者へ公示する目的を考えると、無意味である可能性はあると感じます。誤りかというと、分かりません。不動産登記法97条1項11号は、同法同条1項1号から10号以外の信託の条項、という制限以外の定めを置いていないからです[3]。法令実務に精通する義務の違反は、懲戒事由(司法書士法2条)でもあり、慎重な判断が必要だと思います。

この点、信託目録に記録すべき情報の存在によって、信託登記は、実体に一番近い登記であると思われがちであるが、実は、それらの情報は極めて形式的な存在でもあるという逆説がある。

 信託登記は一番ではないかもしれませんが、実体に近い登記である必要があると思いました。極めて形式的な存在というのは、不動産登記の連続性におけることを指しているとすれば、そのような面があるかもしれないと感じます。

登記実務では、受託者権限に関して、取り消されない処分行為であるための要件に関する情報を、積極的に公示している。そうでないと、当該処分行為に係る登記申請が、信託目的に適合しているのか、そして、受託者の権限内であるか否か、登記官の判断を難しくするからだ(実体判断を強いることは避けたい)。

 登記官は、原則として不動産登記法24条(本人確認)に対して実体判断を認めています。不動産登記法25条1項に関する限りでは、手続上の要件を満たしているか判断し、実体法的な事項について判断する権限を持っているものだと思います[4]

承認を得ない取締役・会社間の利益相反取引は、当事者間では無効であるが、善意・無過失の第三者には対抗できない相対効であり(最判昭和43年12月25日)、意思能力ある未成年者の行為も、取消権者に取り消されるまで有効である(民法5条1項、2項参照)。

かような登記手続の取扱いを前提にすると、登記実務家の立場としては、法律上、取消権が存在するかもしれない場合、取消うる行為か否かを全く確認せずに、当該処分行為に基づく登記を実行処分することに対して違和感を生じよう。

 信託目録に、受託者と受益者の利益相反取引を許容する定め(信託法31条2項1号、同法32条2項1号)がない場合を想定します。

 会社法は、利益相反取引について取引の都度、機関の承認を求めています(会社法356条、同法365条)。信託における委託者の意思凍結機能により、受託者と受益者の利益相反取引を予め許容する定めが信託目録に記録されている場合を考えてみます。

 許容する定めの内容が、後続登記申請の申請情報に必要な情報を全て網羅する具体的な定めである場合、単に許容することを定める抽象的な定めである場合を問わず、利益相反取引を伴う登記申請を行う場合には、事前に信託行為の確認を行うのではないかと思います。抽象的な定めの場合は、後続登記申請の前に信託目録の変更登記申請が必要な場合が出てくるかもしれません。

原則、受益権は財産権として相続の対象となりうるが(信託法95条の2参照)、その譲渡性を禁止・制限することもでき(信託法93条2項)、また、受益者の死亡で消滅させることも可能なので(信託法91条参照)、信託目録情報とする場合、受益権の相続性の有無等は、信託条項化して明確にしておきたい(後続登記の保全のための積極主義)。

4 信託条項(4)その他の信託の条項

受益者変更 受益者の死亡時、受益権は相続されない。

 引用の文章から、遺言代用信託(信託法90条)、受益権の譲渡が予定されていない信託[5]ではないと想定します。

 このような信託の場合に、受益者の死亡時、受益権は相続されない。と定めることが出来るのか、分かりませんでした。受益者の死亡により受益権が相続される場合、その権利移転は一般承継であり、譲渡とは異なり信託法93条2項の適用はないと考えます。

 

その場合、受益権に対する質権が実行され、任意売却された場合、任売で取得した新受益者が出現したとしよう。そのような場合、かような新受益者は、第二次受益者となるべき者として指定されていた者に関する情報の記録との関係はどうなるのか、という問題がある。

 任意売却の場合、強制競売とは異なり、事前に登記事項証明書、信託契約書等を確認し、受益者や受託者から表明保証の協力を得ることも可能な状況と考えると、任意売却による受益者変更の前に信託目録の変更の登記申請を請求することが可能だと思います。または質権設定の際に行うのではないかと考えます。

 

例えば、当該受益者にとって、受益権を売却して資金を得る必要がある場合を想定してみよう。仮に受益権売却によって受益者変更を生じれば、特定の受益者の生活・介護支援という信託目的を達成することが出来なくなった場合として、信託は終了しないのだろうか(信託法163条1項)。

 受益権売却によって、信託財産に属する金銭が増加し、信託の目的とされている受益者の生活・介護支援が、生活費の確保・介護サービスを受けるという形で可能になるのであれば、信託が終了しないという考え方もできるのではないかと思います。


[1] 896号(令和4年10月号)、テイハン、P59~

[2] 河合芳光『逐条不動産登記令』2005、(一社)金融財政事情研究会P329~

[3] 七戸克彦 監修・ 日本司法書士会連合会編・日本土地家屋調査士会連合会編『条解不動産登記法』2013、弘文堂、P604

[4] 七戸克彦 監修・ 日本司法書士会連合会編・日本土地家屋調査士会連合会編『条解不動産登記法』2013、弘文堂、P186 ~

[5] 道垣内弘人編著「条解信託法」2017年、弘文堂、P487~

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