遠藤栄嗣「受益者代理人の任務終了等に関する定めの陥穽」

 信託フォーラム[1]の記事、遠藤栄嗣「受益者代理人の任務終了等に関する定めの陥穽」からです。私は普段の実務で、受益者代理人制度を信託開始当初から利用することはなく、置くことが出来る旨の定めを置くのみです(信託法138条1項)。理由としては、信託に関係する人数が多くなると人間関係が複雑になること、受益者代理人を選任すると、原則として受益者の権利の一切の行為をする権限を有すること、記事中にもありますが信託法146条により委託者の権利を受益者に移転していること、信託行為と任意後見契約の代理権目録に、任意後見人の権利と信託行為の関係について定めていることが挙げられます。

 本稿では、事務の処理の終了(信託法143条)の意味や必要性が問題とされています。事務の処理の終了の意味が分からないと、受益者代理人と受託者や受益者が対立したときに、辞任してもらうことや解任(裁判による解任を含みます。)が難しくなってしまう。やめてもらった場合に、受益者代理人であった者に対して、損害を賠償する義務を負う可能性がある(信託法141条)などが挙げられています。

 もともと受益者代理人は信託業法2条に定める信託について、法人が就任することが予定されていたものであり、事務の処理の終了、のような文言が使われているのだと思います。

 個人的には、対立が起きた時点で信託を終了して、後見制度に切り替えてよいのではないかと思います。

 本稿で必要だとされている条項、「本信託の受益者が判断能力を欠き意思表示できないとき、または受託者が信託事務処理上必要と認めたときは、委託者(委託者代理人を含む。)または受益者(他の受益者代理人を含む。)もしくは後継受益者において、受益者代理人を選任する。以後の選任等(辞任の同意及び解任をも含む。)も同様とする。」を利用すると、解任がやり易くなるということです。損害の賠償については変わらないと考えます。


[1] Vol.20,2023年10月、日本加除出版、P118~

渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(24)」

登記研究[1]の記事、渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(24)」からです。

かような福祉型の信託目的が信託目録に記録すべき情報として記されている場合、第三者の債務のための抵当権設定の許容とという概括的な信託行為の定めは、特定の障害児の保護などの信託目的に対して、形式的に整合し得るのか、という問題がある。

信託の目的

親亡き後の障害児の保護

信託財産の管理方法

管理の方法

障害児の身上保護に配慮した信託不動産の管理

受託者の処分権限

信託不動産に対する第三者の債務のための抵当権設定

・障害児にとって、信託不動産に対する第三者の債務のための抵当権設定が、利益になる具体的な場面を、思い浮かべることが出来ませんでした。

・登記手続上、現在の受益者、またはその他の信託条項の次順位の受益者の欄で、障害児が特定せれているかが分からないと、判断するのが難しいのではないかと感じます。

なお、記事で検討の出発点とされている、昭和41年5月16日付け民甲第1179号民事局長回答は、不動産登記令20条8号により、信託法4条違反を根拠として却下とされています[2]

以下のような信託条項の登記がされている場合、受託者による当該信託不動産の売買を原因とする所有権移転登記の申請は、登記手続上、その違反が明白とはならないだろうか。

信託の目的

受益者の生活・介護・医療の支援(福祉型信託)

受益者に対する安定的な住居の提供

信託財産の管理方法

信託法26条ただし書の定め

受託者は信託不動産を売却しない

受託者は信託不動産に担保権を設定しない

―中略―

資格者代理人は、予め、信託契約と信託目録に記録すべき情報の内容の工夫を要し、受益者の判断能力の低下に関わらず、信託期中の変更を可能とするような仕組みとしておくべきであろう(資格者代理人の執務規律の問題となる)。

 受託者の権限に禁止事項を規定し、例外を列挙するか信託の変更で対応しようとする様式に思えます。

 受託者の権限を限定列挙し、想定外の事態に信託の変更で対応する様式の方がシンプルなのかなと考えます。

◆受託者が信託財産のために行う法律行為の効果は何か?

□信託の目的に違反している場合の効果は?

その違反が著しい場合の効果は?

□受託者の権限外行為の場合(信託法26条、27条)の効果は?

その違反が著しい場合の効果は?

□法31条1項1号、2号の利益相反取引で2項違反の場合の効果は?

□同条4項の行為をした後、第三者への処分行為の効果は?

□同条1項3号、4号の利益相反取引で2項違反の場合の効果は?

□忠実義務(30条)違反の場合の効果は?

その違反が著しい場合の効果は?

□8条違反の場合の効果は?

□善管注意義務(29条2項)違反の場合の効果は?

その違反が著しい場合の効果は?

□受託者の意図的な権限濫用の場合の効果は?

今後判例、裁判例が出てきて変わるかもしれませんが、民法上の信義則違反、公序良俗違反を除いて、信託法を根拠として無効とする場合は、2条、3条、4条、5条、7条、8条、9条、10条に限られるのではないかと思います。


[1] 907号、令和5年9月号、テイハン、P43~

[2] 河合芳光『逐条不動産登記令』平成17年、きんざい、P121

家族信託の相談会その60

お気軽にどうぞ。

2023年10月28日(金)14時~17時

□ 認知症や急な病気への備え
□ 次世代へ確実に引き継ぎたいものを持っている。
□ 家族・親族がお金や土地の話で仲悪くなるのは嫌。
□ 収益不動産オーナーの経営者としての信託 
□ ファミリー企業の事業の承継
その他:
・共有不動産の管理一本化・予防
・配偶者なき後、障がいを持つ子の親なき後への備え

1組様 5000円

場所

司法書士宮城事務所(西原町)

要予約

司法書士宮城事務所 shi_sunao@salsa.ocn.ne.jp

後援  (株)ラジオ沖縄

『月刊登記情報』2023年9月号(742号)一般社団法人金融財政事情研究会より

https://store.kinzai.jp/public/item/magazine/A/T/

成本迅京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学教授「意思決定支援の実践について」

 共生社会の実現を推進するための認知症基本法について、1条(目的)、17条(認知症の人の意思決定の支援及び権利利益の保護)を挙げて活用場面の示唆。

道垣内弘人専修大学法科大学院教授「福祉型信託の課題と展望」

 勘違い(受託者の注意義務が信託法独自の規定、遺留分の制約を受けない、司法書士による受託者就任)などの指摘。信託について、良い点はなくてもかまわないという考え方がありうる、という考え方に新しい視点だと感じます。

 信託の機能ないし特徴(倒産隔離効など)についての解説。

 信託の問題点と司法書士の役割について。受託者に財産が帰属されることによる濫用の可能性が挙げられるが、財産が帰属していなくとも、例えば同居親族によるものや後見制度を利用しても発生するものであり、信託の設計の場面で注意することが必要との指摘。

 家庭裁判所の後見監督に似たようなことを、各司法書士が行う、あるいは、司法書士会がセンターを作って行うことの可能性。私は現時点では難しいと思っています。各司法書士個人については死亡リスクと濫用リスクが挙げられます。成年後見制度において行われている(公社)成年後見センター・リーガルサポートにより行われている後見人の各種チェックについて、チェック業務の負担が大きいと感じています。家庭裁判所、公益認定の眼を気にしながら業務を行っているから機能している部分があると感じます。これを信託で自主的に行うとなると、難しいのではないかと思います。

 司法書士は誰の受任者か、については、本特集で谷口毅日本司法書士会連合会財産管理業務等対策部、春口剛寛司法書士・民事信託士が民事信託支援業務を司法書士が行うことが出来る、司法書士法上の根拠に触れていないように(司法書士行為規範、司法書士法1条に触れていますが、行為規範に根拠はなく、司法書士法1条は条文が挙げられているのみです。)、司法書士にとって重要な箇所だと考えられます。外部専門家だからこそ、指摘出来る事柄だと思います。

 「自らに直接に依頼してきた者の希望。利益を実現すべきだとは限らないわけであり、アレンジメントの専門家として正義を実現することが大切であると考える。」の部分に同意です。この部分を明確に、法改正が現在難しいならガイドラインを作成するなど、司法書士会単位でも、難しいなら個人の司法書士事務所単位であっても作成することが必要だと感じました。

 伊庭潔日弁連信託センターセンター長「日弁連『民事信託業務に関するガイドライン』が目指すもの」について、日本弁護士連合会が作成したガイドラインインに関する解説と、今後の民事信託制度についての提言です。何よりも良いと思うのは、ガイドラインが作成後、1週間も経ずに、インターネット上に公開され、インターネットに繋がる誰もが閲覧できる状態にしたことだと思います。これによって、民事信託を利用する市民が護られる面もあると思いますが、弁護士会員が不意打ちのような懲戒請求をされるリスクを減らす効果もあると考えらえます。

 

渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(23)」

渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(23)」登記研究[1]の記事からです。

信託法(利益相反行為の制限)第三十一条

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=418AC0000000108

1項略

2 前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。

1号から3号略

四 受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は当該行為の信託財産に与える影響、当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき。

もっとも、登記手続上、いかにして、このような総合的判断や実質判断が行われたことを確認しうるのだろうか、という問題がある。登記原因証明情報や添付情報にしても、法令で定められている範囲でしか提供を求めることが出来ないだろうし、事案に応じた裁判官的な個別実質的判断は、登記の形式主義の下、大量な登記件数を迅速かつ公平に処理しなければならない登記手続には馴染まないからだ。

 登記手続上、総合的判断や実質判断は確認し得ないと思います。理由は記事記載の通りです。総合的判断や実質判断は信託に関する不動産登記に求められるものではなく、主に、その信託に関する紛争が顕在化した場合に、裁判官が判断することだと思われます。

そうであるとすれば、昭和41年登記先例のような事案でも、信託行為の定めで許容し、その旨の登記がされている場合、あるいは、重要事実の開示に基づく受益者の承諾を証する情報の提供があれば、当該第三者の債務の物上保証のための抵当権設定登記を行うことができる、ということになるのだろうか。その場合、登記手続上、信託目的や受託者権限その他の信託条項の登記との整合性判断という問題も生じよう。

 更には、信託行為による許容の定めがなく、受益者の承諾もない場合、設定者たる受託者及び抵当権者から、当該抵当権設定は、31条2項4号の正当理由等が存し、忠実義務違反とはならないと登記原因証明情報に記載されていれば、当該抵当権設定の登記ができるのだろうか。

 信託行為の定めで許容し、その旨の登記がされている場合・・・信託法という法律が先例に優先し、登記はされると考えらえます。登記がされた後に、関係者間で争いが起きた時に、信託行為の内容や受託者の行動が、実質的判断の対象になるのだと思います。

 重要事実の開示に基づく受益者の承諾を証する情報の提供がある場合・・・重要事実であることをどのように判断するのか難しい面があるので、登記は出来ないのではないかと感じます。

 信託行為による許容の定めがなく、受益者の承諾もない場合、設定者たる受託者及び抵当権者から、当該抵当権設定は、31条2項4号の正当理由等が存し、忠実義務違反とはならないと登記原因証明情報に記載されている場合・・・信託法に基づく登記原因証明情報であり、登記はされると考えます。その後に関係者間で争いが起きた場合に、実質的な総合判断が求められることになると考えられます。なお、忠実義務違反とはならない、という記載は、信託法31条の条文から、登記原因証明情報の必要的記載事項ではないと考えます。

問題は、次のような信託条項を予め登記しておくことは可能なのか、であり、受託者の忠実義務違反の行為を許容する(忠実義務違反としない)信託条項の登記となりうるか、である。

・信託条項の定めの例

信託財産の管理方法

受託者の権限

 第三者の債務に対する物上保証としての信託不動産に対する抵当権設定

信託法30条に関する許容(信託法31条2項1号参照)

上記の受託者の行為を許容する。

・信託条項を予め登記しておくことは可能なのか・・・禁止する法令を私は見つけることが出来ませんでした。よって、予め登記しておくことは可能と考えます。前提として、信託法2条1項本文があります。

 なお、記事の後半で特定性、識別可能性、第三者の表現について、考察がされています。後に、第三者の債務に対する物上保証としての信託不動産に対する抵当権設定の登記申請が必要になる場合があったときに、個別具体的に判断できるのは受益者(受益者代理人などを含みます。)なので、信託行為で予め概括的に許容する定めを置いたうえで、もう一段階、受益者による事前承認が必要なことを、信託目録に記録する必要があると考えます。


[1] 906号、令和5年8月号、テイハン、P41~。

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