2016年加工編
法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
第2章 家族法
第2章 家族法
第1節 はじめに
ネパールにおける家族間紛争に関する規律は 1853年国法(ムルキ・アイン)にお ける家族に関する諸条項であり、2010 年民法典草案は、これらの規定を整理した上 で、全面的に改正したものである。以下、ネパールにおける家族法を検討するに当た っては、次の点に触れる必要があると思われるが、ここでは民法典条文にのみ限って触れることにする。
第一には、実体法である家族に関する諸条項、第二には家族関係の登録制度、第三 には家族構成員間の紛争を処理する手続(司法外の紛争処理も含まれる)などを明らかにすることによって、家族構成員間の紛争が生じた場合の法的処理の仕組み全体を理解することが可能となる。
また、家族に関する条項を理解する前提として、いくつかの点に留意しておかなくてはならない。ネパール社会は、民族・宗教・カーストが複雑に入り組んでおり、例えば、民族(社 会的身分であるカーストと関係する)は30以上、宗教はヒンドゥー教徒 80.6%, 仏教徒 10.7%, イスラム教徒 4.2%, キラント教徒 3.6%, その他 0.9%(2001 年国勢調査)などと言われており、家族形態や家族関係を律する規範は単一ではないと思わ れる。
とりわけイスラム教徒の家族問題については、シャーリア(イスラム法)を適用するべきであるという主張が強くみられるので、国家による制定法との齟齬が出る可能性は高い。さらに、国境地域では、ネパール住民が隣国の住民と通婚関係をもつことは珍しくないので(インド国境はネパール国民にとっては事実上フリーパスなのでモノの自由な往来だけでなく人の自由な往来によってインド人との婚姻やインドに居住するネパール人との通婚などの可能性は高い)、家族関係あるいは親族関係を 規律する規範は国家法およびそれぞれの地域の法慣行などが重なり合って一層複雑 になるといえよう。
すみれ
「通婚、か。」
また、地理的にもインドと国境を接する低地からチベットと接する高地まで、生活環境は大きく異なっている。同時に、カトマンズやポカラなどの都市を除いた地方では、村落ごとに文化や慣行が大きく異なることも珍しくない。さらに家族関係の登録に関しては、15歳以上で読み書きできる人の割合は 48.6%(うち男性 62.7%、女性 34.9% (2001 年国勢調査))という現状では、どこまで登録制度が有効に機能するか留保が必要と思われる。
番人
「2001年だから、今はどのくらい上がっているかな。」
財産法をめぐる法的問題と若干異なり、家族に関する法的問題は当該社会の文化や慣習に強く影響されるので(生ける法)、国家法である民法と生ける法との関係をどのように理解するかが重要となる。例えば、男女平等が明確にされた憲法原則と家族法の規定に齟齬がいくつも見られるが、それはネパール社会に現在でも生きている規範の原理と近代的憲法の原理の対立から生じた「妥協」の産物であるといえ、近代法 原則を今後ネパール社会に定着させるための過渡的段階と解することができる。
また、2010 年民法典法案(家族法)には国際養子に関する条文が独立して置かれ るなど、他の国の家族法とは趣を異にしているが、これも、国境を超える人身売買が 社会問題化しているネパール社会の置かれた特殊な状況の反映である。
このように、家族に関する条項は現在ネパール社会が置かれている状況を強く反映 した部分のあることを指摘しておきたい。
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第2節 総論
第1項「1853年国法(Muluki Ain)」家族法条項
家族に関する現行諸条項は、1853 年の制定以降、何度も改正が加えられて次の構成になっている。第3 部は全 22章で構成されており、家族に直接かかわる条項は、第 12章「夫と妻」 (全 6 条)、第 13章「分割」(全 35 条)、第 14 章「女性の持分と財産」(全 8 条)、 第 15章「養子」(全 13 条)、第 16 章「相続」(全 20 条)、となっている。
家族にか かわる条項は、いわゆる「民事法」だけでなく、第4部の刑事法にも見られ、第 11 章「人身売買」(全 5 条)、第 13章「性交の意思〔セクシャルハラスメント〕 」(全 6 条)、第 14 章「強姦」(全 11 条)、第 15章「近親相姦」(全 12条)、第 16章「獣姦」 (全 5 条)、第 17章「婚姻」(全 11 条)、第 18 章「姦通」(全 6 条)、など特異な構造となっている。
ネパール社会では、男系秩序が優先することや男性優位の社会構造となっていることから、第2節 総論 第1項「1853年国法(Muluki Ain)」家族法条項 家族に関する現行諸条項は、1853 年の制定以降、何度も改正が加えられて次の構成になっている。
第3 部は全 22章で構成されており、家族に直接かかわる条項は、第 12章「夫と妻」 (全 6 条)、第 13章「分割」(全 35 条)、第 14 章「女性の持分と財産」(全 8 条)、 第 15章「養子」(全 13 条)、第 16 章「相続」(全 20 条)、となっている。家族にか かわる条項は、いわゆる「民事法」だけでなく、第4部の刑事法にも見られ、第 11 章「人身売買」(全 5 条)、第 13章「性交の意思〔セクシャルハラスメント〕 」(全 6 条)、第 14 章「強姦」(全 11 条)、第 15章「近親相姦」(全 12条)、第 16章「獣姦」 (全 5 条)、第 17章「婚姻」(全 11 条)、第 18 章「姦通」(全 6 条)、など特異な構造となっている。
ネパール社会では、男系秩序が優先することや男性優位の社会構造となっていることの結果と思われるが、男性と女性に関して別々に規定されている事項が散見される。 例えば、婚姻要件や離婚要件などは、男性と女性とでは別個規定されており、その内 容も異なっている。また、家族共同財産分割などでも男性にかかわる条項がある一方 で、婚出した娘に対する言及がないなど、いくつかの事項では男女別の条項となって いる点に特色がみられる。
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第2項「2010年民法典草案」について
すでに触れられたように現行法は制定されてから幾度も改正を経たが、社会の変容 により全面的な改正が必要となり、現代のネパール社会および家族の状況に対応でき る内容の民法典草案が 2010 年に作成された。
憲法草案にも盛り込まれている男女平等や個人の尊重理念に基づくと同時に、ネパール社会において現実に展開している家族をめぐる「生ける法」にも配慮しながら、法案が作成された。民法典草案第 3 部が 家族にかかわる条項であるが、第 1 章「婚姻」(全 18 条)、第 2 章「婚姻の効果」(全 8 条)、第 3章「離婚」(全 12条)、第 4章「親子関係」(全 19条)、第 5章「親権」 (全 11 条)、第 6章「後見」(全 18 条)、第 7章「保佐」(全 14条)、第 8章「養子」 (全 19 条)、第 9 章「国際養子」(全 22条)、第 10章「家族共同財産分割」(全 32 条)10、第 11 章「遺言」(全 16条)、第 12章「相続」(全 14条)、という構成となっ ている。
ただ、家族共同財産分割など家族構成員と財産にかかわる事項については、 いわゆる財産法の諸条項の中にも規定されている。とくに家族共同財産分割に関する 事項については、第 3部 10章以外にも関係する規定がおかれている。
ネパール社会における家族をめぐる法的事項の特殊性から、行為能力に問題のある者の保護制度が後見と保佐のみとなり、また、人身売買などの被害から未成年者を保護するための国際養子が独立した章となっている。さらに、これまでネパール法にはかった遺言に関する条項が新たに加えられることとなった。
すみれ
「人身売買から守るために国際養子の章があるんだ。」
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第3節 現行家族法の概要
第1項 財産関係における女性の法的地位
ネパール社会における女性の社会的経済的地位が「低い」ので、特別な法的救済が必要とされており、財産関係と女性に関する特別な規律が第3部に設けられている(以後、特に断らない限り第 3部のみを対象とする) 。
(1)特有財産
未婚・既婚・寡婦を問わず、女性は自己の努力で得た動産ならびに不動産を自由に処分することができる(第 14 章 1 条)。また、家族と同居していない女性は、家族共同財産分割持分としての動産・不動産を自由に処分することができる(第14章2条)。 ただし、女性が負っている債務に関しては、女性が使用できない不動産によって返済することはできない(第 14章 3条)。
(2)特有財産の種類
女性が、父母両系の家族から受領した、もしくは自己の努力で得た動産・不動産は 「嫁資(Daijo)」といわれる。また、女性が、夫側のすべての相続人の家族共同財産持分権者(coparcener)・夫側の家族共同財産持分権者の書面による贈与もしくは夫 側の他の親族、知人による贈与、または自己の努力で得た動産・不動産は、「女性特有財産(Pewa)」といわれる(第 14 章 4条)。
すみれ
「自分の財産と、家族の財産があるんだ。」
(3)特有財産の処分
女性は、嫁資および女性特有財産を自由に処分することができる。(第 14章 5条)。 女性が財産の処分に関して書面を作成したのちに死亡した場合には、書面に従って財産は処分されることになるが、書面を残さないで死亡した場合には、女性と同居していた子、同居していた子がいない場合には別居していた子に財産は承継される。
女性が既婚者の場合、子がいないときに夫へ、夫がいないときには婚出した娘へ、婚出した娘がいない場合には男の孫もしくは未婚の娘へ、それらもいない場合には、相続人 (Hakwala)へ承継される12(第 14 章 5条) 。
女性が、嫁資および女性特有財産以外の財産を、信仰目的の寄付、通常の贈与もしくは売却した場合、女性が財産を移転した者と婚姻した場合には、当該財産の移転は効力を発生せず、当該財産にもともと権利を有する者は、その返還を求めることができるとされている(第 14 章 7条) 。
(4)特有財産に関する訴えと時効
特有財産に関する訴えは、第 14 章 7条の場合には婚姻の日、その他の場合には、原因となる事実が生じた日から 2年以内に提起しなくてはならない(第 14章 8 条) 。
(5)女性の特有財産に関する特色
男性の財産は基本的には男系で承継されていくことになっているので、女性固有の財産については女性の意思を重視することや、女性とかかわった者へ第一に移転するという規定をおくなど、女性固有の財産に関する規定がおかれている。
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第3項 婚姻の効果
(1)財産上の効果
婚姻により生じる財産関係については第 3部に規定がおかれている。ただし、婚姻財産というのではなく家族共同財産に関する条項14として規定されているので、婚姻の効果というよりも家族構成員に認められた法的地位と言えよう。財産をめぐる、妻の権利、息子の権利、未婚の娘の権利、死亡した息子の寡婦(「嫁」)の権利という構成で規定が組み立てられている。
妻は、家族共同財産に対して有する持分は他の家族共同財産持分権者と同じである (第 13章 1 条・2条)。妻が複数いる場合には、それぞれの妻は夫の持分を等分することになる(第 13 章 4条)。夫が夫の家族共同財に対して有する持分の分割前に死亡した時には、妻は夫の持分を請求することができる(第 13 章 5条)。
妻は、夫の生存中は、夫の同意なしに、家族共同財産を取得して別居することはできない(第 13 章 10条)。
すみれ
「妻に厳しいね。」
夫が妻の存在を公にしていない場合には、妻は夫の死後に夫の財産への持分はない (第 13章 8 条) 。
なお、女性は婚姻をすると実家の家族共同財産分割請求が認められないことがある (第 13章 1A 条)。
(2)妻が持分を有する場合の対象となる財産
別居している夫が、自己が家族共同財産持分として分割された財産と妻および息子に帰属する財産とをまとめて管理している場合、当該財産とそこに含まれる少額調整財産(jieuni)(老親扶養のために家族共同財産分割持分の中に認められた一定の額)が分割されるときには、再婚した妻とその間に生まれた子も含まれることになる。
なお、まとめられた財産管理が始まった後に、再婚した妻とその間に生まれた子は、 すでに別居している他の家族が有する財産への持分を請求することはできない。夫が 自己の持分を分割してもらった後で、再婚した妻とその間に生まれた子は、夫の持分に対してのみ家族共同財産分割持分を有する(第 13章 11 条)。これらの対応は、家族の財産と同居とが密接に関係していることを示している。
(3)婚姻に要する費用の特例
家族共同財産から、未婚の息子と娘の数にかかわりなく結婚費用を取り分けておく ことができる。財産総額によってその割合は 5%から 20%になるが、婚姻時に等分に分割される。特定の子の婚姻のための費用が相当額に上る場合、取得分は他の子の取得分の 4分の 3までとされる(第 13 章 17条) 。
(4)家族構成員の財産帰属形態
同居して台所をともにしている家族の場合、家族共同財産請求権者により共同して取得した財産および債務は、同居するすべての家族共同財産請求権者に平等に分割される。ただし、自己の努力あるいは贈与もしくは相続などで得た財産ならびに第 3 部 14章で規定される女性の特有財財産は、その者により自由に使用でき、他の家族共同財産持分権者に対して分割する義務はない。 持分を取得しないで台所を分けて生活している場合、持分を登録しないで使用してきた場合、自己の利益や損失に責任をもち、また、かかる持分によって生計を維持しているときには、台所を分けて生活しているとし、かかる者の収入や債務はその者のものとする(第 13章 18 条) 。
すみれ
「どこに登録するんだろ。」
以上のような規定から判断すると、家族の財産は、団体的な考え方のもとにおかれ ており、同居すること、かまどを一にすることなどが家族財産への持分を決める場合 の大きな要素になっていると言えよう。
(5)夫が財産に対して有する権限
夫もしくは父は、妻、息子、未婚の娘、死亡した息子の寡婦が家族共同財産に対する持分を分割していない場合、当該財産は以下のように扱われる。
第一に、夫もしくは父は、祖先から承継した動産の全部もしくは不動産の半分を、家族の生計のために、妻たちの同意なくして使用することができる。かかる者の同意なくして不動産の半分以上を使用した場合、有効な使用とはされない(第 13章 19条 1 項)。
夫もしくは父に家長としての権限を与えると同時に、他の家族構成員の財産的保護が図られている。
すみれ
「家長というのがあるんだね。」
第二に、夫は、自己の努力で得た動産・不動産に関して、妻が一人のみで、その妻から生まれた息子と未婚の娘のみの場合、かかる財産を自由に使用することができる。 また、妻、その妻から生まれた息子、未婚の娘の場合も、前述の自己の財産については自由に使用できる。夫に複数の妻がおり、それらの妻の間にできた息子と未婚の娘がいる場合にも、かかる財産を自由に使用することができるが、お気に入りの妻(favorite wife)、息子、未婚の娘に対して、贈与(Bakas)もしくは他の方法で、かかる財産を移転することができる(第 13章 19 条 2項) 。
すみれ
「お気に入りの妻って何だろ。」
そして、かかる財産の使用については、妻、息子、未婚の娘、死亡した息子の寡婦の同意を得なくとも有効である。他方、自由に使用が許されない財産については、祖先から承継した動産・不動産を、お気に入りの妻(favorite wife)、息子、未婚の娘に対して与える場合には、かかる者が 21歳を超えており家族共同財産分割持分を得ていないことが条件とされる(第 13 章 19条 3項)。
自己の自由な使用が認められない財産の場合、自己の家族共同財産分割分を超えない範囲で、かかる財産を処分することができる(第 13章 19条 4項)。
(6)夫以外の者が財産に対して有する権限
特定の妻、息子、未婚の娘、息子の寡婦などが、家族共同財産分割手続の前に、特定 の財産を書面によって贈与されている場合には、かかる財産を自由に使用することがで き、家族共同財産分割時に改めて分割対象とされることはない。ただし、贈与が効力を もたない場合には、家族共同財産分割時に全体財産に組み込まれて分割対象とされる (第 13章 19 条 5項)。
(7)家族共同財産分割手続き
家族共同財産持分請求権者(妻など)から分割の請求が出た場合、裁判所の判決 (verdict)がなされる前に、かかる財産すべての取引に責任ある家長(the head of the family)は、分割対象になる財産についてすべて開示していると宣誓し、債務を含む 動産・不動産目録を作成して分割が行われる。財産目録作成の義務を負っている者が、 裁判所の命令に従わない場合には、全財産の目録が開示されるまで 6 月を上限に収監され、財産目録が開示されたときに収監が解かれ、家族共同財産の分割が行われる(第 13 章 20条) 。
すみれ
「家長は、権利もあるけど同じくらい責任もあるんだ。」
財産目録作成の義務を負っている者が、裁判所の命令に従わず収監された場合には、 当該の者は収監時から 2 か月ごとに財産目録を提出しなければならない。家族共同財産持分請求権者にも、分割されるべき財産の正確な財産目録を書面で提出するよう通知がなされる。収監された者が、収監の日より 6月以内に財産目録を提出した場合には、受理され財産は法に従って分割される。
なお、円滑な分割手続きをするために、財産の確定をするために家屋への立入や、 財産目録未提出の者に対する罰金などの規定がおかれている(第13章24条、26条) 。
(8)家族共同財産分割終了後の問題
有効に分割が完了した場合には、その後に当該持分財産に瑕疵が発見されても、当該財産の取り換えなどを求めて争うことはできない(第 13 章 25条)。隠匿された財産がのちに発見された場合には、財産を隠匿した者は、持分を失い、 他の家族共同財産持分権者がその持分を分割取得する(第 13章 27条)。分割された財産に良し悪しがある場合、家族共同財産持分権者は良し悪しのある財 産について争うことができるが、争いある時は「くじ」によって分割するとされる(第 13 章 28条)。
すみれ
「どこか他の国でもくじ引きがあったような。」
家族共同財産の分割後 3年以内に、当該分割財産である動産・不動産が他人のものであることが明らかになった場合には、当該家族共同財産持分権者は、他の家族共同財産持分権者から代替の財産を受け取ることができる(第 13章 29条) 。
分割財産に対しての異議は、家族共同財産分割が行われた時から 3 か月以内に訴えによるものとする。その後の異議は認められない。なお、原告が期日に出頭しない場 合でも、ただちに棄却されるのではなく、相当の理由があるかどうかに基づいて判断 が可能である(第 13章 32条)
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第5項 寡婦(寡夫)の法的地位(相続)
妻は、夫の死亡に際して、夫の葬儀の後に残った、夫ならびに同居または別居の夫の父の収入ならびに債務を含むすべての財産に対して、妻たち(複数の場合がある)と子と平等の持分を有する(第 13 章 14条) 。
寡婦は、家族共同財産に対する自己の持分を取得して、別居することができる。子 がいない寡婦が再婚する場合、当該持分を処分することができる。子がいる寡婦が再 婚する場合、寡婦は(母は)、当該財産を用いて、子が成人になるまで、子を監護し、 教育し、指導しなくてはならない。当該財産は、この目的のために処分することができる。
寡婦が(この場合は女性のみ)再婚して子がいない場合、寡婦の持分は、前夫の子どもに帰属し、前夫の子がいない場合には、寡婦の死後、前夫の相続人に帰属する(第 13 章 12条)。
現行法は、既婚女性の保護のために、終的には男系に財産が帰着するという限界はあるものの家族共同財産に対する持分を息子の寡婦に認めて寡婦の経済的保護を図っている。
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第5項 親子法の特色
親子に関する条項は、家族に関する各章に散らばって規定されている。嫡出子や非嫡出子の明確な区別は見られず、家族集団の中で同居するか否かによって保護の対応が変わっている。また、子にも家族共同財産に対して持分を認めるなど、家族関係、とりわけ親子関係における家族という集団の観点からの保護規定が特色といえよう。
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第7節 相続に関する規律
第1項 相続の手続
(1)相続人の範囲 第一に、相続人(heir)の範囲は 7親等(seven generations)内にある家族共同財 産持分権者のもっとも近親の者をいう(第 16 章 1条) 。
第二に、祖先からの承継財産(ancestral property)については、夫、妻、息子、 未婚の娘、男孫(息子の息子)、男孫の未婚の娘が相続(inherit)する。息子がいない場合には、死亡した息子の寡婦が息子同様に承継権を有する。上記の何人もいない場合には、次順位は、婚出した娘、その息子もしくはその未婚の娘である。
これらの者がいない場合には、法定の相続人が財産を承継する(第 16章 2条) 。
第三に、夫、妻、息子、未婚の娘、男孫、男孫の未婚の娘が、別居して被相続人の世話をしていなかった場合、被相続人の世話をした既婚の娘、義理の息子、義理の息子の息子もしくは娘は、相続が認められる。他方、かかる者以外の相続人には相続権はない(第 16 章 3条) 。
すみれ
「実際にも、お世話をしたことがちゃんと認められているのかな。」
第三に、家族共同財産を、自己の分、妻たち(複数の妻がいることが前提となっている)、息子、未婚の娘、死亡した息子の寡婦にそれぞれの持分を与え、自分の持分とかれらの持分と一緒に管理している場合、妻、息子、未婚の娘、死亡した息子の寡 婦と同居していた者が死亡した時には、同居していた者のみが、相続権を有する。証書があればそれによる(第 16章 6 条)。
第四に、夫、妻、息子、未婚の娘、男孫、未婚の孫娘が被相続人の世話をしなかった場合、同一の父を被相続人とする同朋が、被相続人の面倒をみた場合には、相続は 面倒をみた者にのみ生じ、他の相続人は相続することはできない(第 16章 7条)。
第五に、息子や未婚の娘が家族共同財産分割持分を分割した後に、息子、未婚の娘もしくは息子の妻(daughter-in-law)と同居したにもかかわらず、かかる者が世話をしなかったために、自己の全家族共同財産ならびに他の財産を持参して、他の息子、 未婚の娘もしくは息子の妻(daughter-in-law)と同居した後に死亡した場合、同居して世話をした者のみ相続権を有する。ただし、同居が数日(some days)の場合にはこの限りではない(第 16章 9条) 。
第六に、息子と未婚の娘のみの場合、妻と別居している、あるいは息子もしくは未 婚の娘と同居している者が死亡すると、妻は夫の財産に対して家族共同財産分割持分を有する。他方、妻が死亡した場合、夫は妻の持分を有することになる。妻が別居して家族共同財産分割持分を分割してもらったのちに死亡した場合、息子もしくは未婚の娘、彼らがいないときには夫が、相続する。どちらもいない場合には、義理の息子か未婚の娘(妻の連れ子のこと)が相続する(第 16章 10 条) 。
第六に、被相続人が近親によって世話をされないで死亡した場合、死亡時に世話をしていた者が死亡した者の動産・不動産すべてへの権利を有する(第 16章 11 条) 。
すみれ
「第六が二つある。」
第七に、兄弟と未婚の姉妹の相続については、自己の家族共同財産分割持分を取得した後で別居している兄弟と未婚の姉妹は、同居している兄弟と未婚の姉妹が死亡した時には、別居している者は相続することはできない。異母兄弟姉妹であっても、同居している場合には、相続権を有する。なお、自己の家族共同財産分割持分を分割して独立して生計をたてている全血の兄弟もしくは未婚の姉妹は、同居者の相続だけでなく別居している全血の兄弟もしくは未婚の姉妹について相続することができる。母を異にする兄弟もしくは未婚の姉妹は相続権がない(第 16 章 12条) 。
このように相続に対して権利を有する者は、同居の者、相互に扶養したと思われる者、保護の必要な者というように、家族の共同財産を核として生活している者、とりわけ男系の者に財産が移転してゆく仕組みとなっている。
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(2)相続放棄や相続人をめぐる問題
第一に、相続放棄が可能であるが、被相続人の葬祭は相続に関係なく相続人の義務とされている(第 16章 15条)。
ポリー
「葬祭は関係ないですよね。」
第二に、相続放棄(相続できなかった者)をした者の債権者は、葬儀などが行われた後の残余財産について権利を有する。債権者がいない場合には、すべての財産、債権者がいる場合には清算を終えたのちに残った財産は国庫に帰属する(第16章16条)。
第三に、住民が死亡した地域に相続人がいない時には、死亡した地域の徴税官などがその旨を公示した上で、財産目録を作成し、相続人に通知を行い、一定の期間(3 か月)内に相続人が出頭した場合には、財産から 10%(の価格)を差し引いてを財産を引き渡す。相続人が出頭しない場合もしくは不明の場合には、国庫への帰属手続きがとられることになる(第 16章 17 条) 。
第四に、相続欠格については、怒りもしくは怨恨で他者を謀殺した者もしくはその子は、死者もしくはその子の相続をすることができない(第 16章 19 条)。 第五に、相続をめぐる訴えの時効は、相続が生じた時より 3 年である(第 16章 20 条) 。
第2項 相続に関する条項の特色
相続に関する条項は、被相続人と財産を承継できる者の関係、被相続人をめぐる扶 養の状況、家族共同財産とその他の財産の関係など、ネパールの特殊な家族(親族) 関係と財産帰属関係が反映されたものである。また、男子の財産は、先祖から承継されてきたものについては、帰属過程でどのような変転をしても結果的には男系の支配におかれる構造をもっている。
他方、相続時には、死亡した息子の寡婦(「嫁」)にも一定の権利を認めるなど、同居している事実や被相続人の世話をした事実などと財産承継を連動させ家族構成員の保護が図られている。
2003年の改定で男女の不平等など大幅に改正されたところもあるが、婚出した娘には条件付きでのみ相続権を認めるなど、子どもの間での財産承継には依然として差別がみられる。さらに家族財産分割手続きなどにおいては、手続きの実効性を高めるためと思われるが、手続違背者に対する刑事罰がおかれており、人の死亡における財産移転が単なる私事ではないととらえられているところも特色と言えるだろう。
番人
「刑事罰か。」
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第8節 2010 年民法典草案 第1項 基本原則の特色
第1 章で触れたように、ネパール社会の変容によって現行法である Muluki Ain で は条項の整理や改正もしくは追加が必要となり、2010 年民法典草案が作成されるよ うになった。第 3部が家族に関する条項であり全 203 条である。ただ、家族関係をめ ぐる紛争に直接かかわる条項は財産法の中にも散らばっており、まとまりを若干欠くものとなっている。
家族法の基本原則は、憲法草案の基本原則でもある個人および男女の平等である。 しかし、他方では、家族財産や扶養をめぐって家族集団を重視する団体主義的な原則も見られ、ネパール社会の「現実」を反映したものとなっている。
理論的には相反する条項が見られる妥協的な側面は否定できない。また、家族関係をめぐる紛争とその 処理原則には地域的な多様性が顕著にみられるために、判断基準などを地域の慣行に 委ねることを認める条項もあり、国家法としての統一性が完全ではない。ただ、ネパ ール社会は人種の多様性(少数民族の多さ)や南北または高地低地による社会構造の違いなどが顕著であり、地域の実態を重視することも不可避であろう。
すみれ
「不可避っていうか重視した方がいいんじゃないか。」
現行法と 2010 年民法典草案の関係は以下の表のようになっている。
2010 年民法典草案 現行法 第 3部「家族法」 (第1章) 「婚姻」 (67~84 条)
(第2章) 「婚姻の効果」 (85~92条)
(第3章) 「離婚」 (93~104 条) (第4章) 「親子関係」 (105~123条) (第5章) 「親権」 (124~134 条) (第6章) 「後見」 (135~152 条)
(第7章) 「保佐」 (153~166 条) (第8章) 「養子」 (167~185 条) (第9章) 「国際養子」 (186~207条) (第10章) 「家族共有財産分割」 (208~239条) (第11章) 「遺言」 (240~255 条) (第12章) 「相続」 (256~269 条)
← 「1853年国法」 (第4部:第17章) ・ 「1853 年国法」(第 4部:第15 章) ← 「1853年国法」(第 3部:第 13 章など に関連条文) ← 「1853年国法」(第 3部:第12 章) ← 「1853年国法」(第 4部:第12 章) ← 「1991年子ども法」 ← 新設( 「1853 年国法」(第 1 部:第 1章 などに関連条文) ← 新設 ← 「1853年国法」(第 3部:第15 章) ← 新設 ← 「1853年国法」 (第3部:第13章) ・ 「1853 年国法」(第 3部:第14 章) ← 新設 ← 「1853年国法」(第 3部:第 13 章・第 16 章)
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2016年加工編
法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
第7項 後見(135~152 条)
(1)後見制度の概要
行為能力を十分持たないために保護が必要な者に対して後見制度がおかれている。 未成年の子の場合には保佐制度として独立した規定があるので、後見制度では、多くの場合、成人の保護が考えられていると思われる。未成年の子に関する記述もあるが、未成年の子の保護という視点から見ると、保佐制度と明確な差異があるとは思えない。
後見人の順位(第 6章 136 条 1項) 1. 同居する夫または妻
2. 父または母
3. 息子、死亡した息子の寡婦、未婚の娘
4. 別居している夫または妻
5. 別居している息子、死亡した息子の寡婦、未婚の娘
6. 父方の祖父または祖母
7. 孫息子もしくは未婚の孫息子
8. 母方の祖父または祖母、叔父または叔母
9. 兄弟、未墾の姉妹
10. 既婚の孫娘
11. 既婚の姉妹
*なお、同順位者がいる場合には、当事者の合意もしくは裁判所が決定する。
*14歳になっている者で判断能力のある者は、当人の判断による。 ただし、書面を作成しなくてはならない。
(2)後見人選任手続き
第一に、被後見人が行為能力を欠くときには、上記の者が後見人となるが、それ以外の者が後見人となるときには、裁判所の承認を必要とする(第 5章 137条) 。また、子どもが施設などに収容されている場合は、機関が後見人となる(第 6章 138条) 。
また、父母が死亡した場合、父が死亡した後に母が再婚した場合、もしくは、父母の双方に精神的異常がある場合には、同居する後見人が親権を行使して子の監護にあたるものとされる(第 5章 131条)。このように、保護の必要性が発生した場合には、当然に後見人としての職に就くという仕組みとなっている。
第二に、関係する当局もしくは関係人は、上記の者以外の後見人の選任を裁判所に 申請することができる。裁判所は諸般の事情を検討して後見人を選任するが、その者の同意を得るものとする(第 6章 139 条 1項・3項) 。
第三に、後見人には、①行為能力に問題のある者、②被後見人の権利や利益に反する行為をした者、③3年以上の懲役に処せられた者、④裁判所が後見人として不適格とした者、などは就くことができない(第 6章 141条)。
第四に、裁判所は後見人を選任する場合、必要と判断すると後見監督人を選任することができる。後見監督人は、後見事務を監督し、後見の終了とともに後見監督も終了する(第 6 章 140条) 。
(3)後見の業務
後見業務の内容は、被後見人の監護や療養などであり、その費用は被後見人の財産もしくは後見人自身の財産を持って充てるとされている(第 6章 142 条 1項)。被後見人の動産を通常充てるが、それがない場合には、裁判所の許可を得て被後見人の不 動産を処分して後見費用に充てることができる(第 6章 142 条 2項)。後見人は、被後見人の財産管理を行うが、当該財産を使って投資などで利益をあげることができる (第 6章 143 条)。
後見人は、被後見人のために訴訟を起こすことができる(第 6章 145 条)ほか、後見業務のために必要な行為をすることができる(第 6章 146 条)。ただし、後見業務に条件が付けられている場合には、その範囲で後見業務を行わなくてはならない(第 6 章 147条) 。
後見人は、後見業務に関して財産管理の帳簿を作成管理しなければならない。被後見人が成人に達した場合もしくは行為能力を回復した場合には、その時より 1年以内 に、死亡した場合には 6 か月以内に、後見人は帳簿などを提出しなければならない(第 6 章 144条) 。
なお、夫、妻、親、息子、娘、祖父母、孫息子、孫娘が後見人の場合には、不動産 の処分や帳簿などの提出をしなくてよいとされている(第 6章 142条、144 条)。後 見人になる場合も同じことが言えるが、こうした免除条項は、親族がきちんと世話や 財産管理をするという前提に立っていると言えよう。
(4)後見の終了
第一に、後見は、
①後見人が辞任の申立てをして裁判所が認めた場合、
②後見人もしくは被後見人が死亡した場合、
③被後見人が行為能力を回復した場合、
④被後見人の申し出により裁判所が後見人を交代させた場合、には終了する(第 6章 148条 1 項)。
ただし、後見人は、次の後見人が選任されるまで被後見人の面倒をみなくてはならない(第 6章 148条 2項)。後見人が死亡した場合、後見人の地位は相続されない(第 6章 149 条) 。 第二に、後見業務が終了した場合、後見人は後見業務のために自己の負担による出 費を被後見人の財産で清算することができる。ただし、夫、妻、親、息子、娘、祖父 母、孫息子、孫娘が後見人の場合、清算は許されない(第 6章 150条)。ここにも「身内」は相互に支援をしあうという考え方がうかがえる。
番人
「後見人の地位は相続されないんだ。それが普通のような気もする。」
第三に、後見人が悪意もしくは害意で被後見人の財産に損害を与えた場合には、後見人が利益を得たか否かにかかわらず、その賠償の賠償の責任がある(第6章151条) 。
(5)後見制度の特色
後見業務は他の国の立法と大きく変わるところはないが、被後見人の財産などに関する監視体制が十分とは言えないこと、当然に後見人になる仕組みであること、親族に信頼を置いて後見業務を行うとする点などは、性悪説に立つとも言える近代国家の法としては、被後見人保護に薄い。ただ、ネパール社会の親族構造と親族に期待され る役割がこうした条文に反映していると思われる。
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第8項 保佐(153~166 条)
(1)保佐制度の概要
未成年子に対する保佐人については、両親が死亡した場合、両親が行為能力を欠如した場合、両親が行方不明の場合、両親が子の保護や世話に関する取り決めをせずに外国にいる場合で後見人が選任されていない時には、保佐人が子の保護にあたる。子の保護を図るために別に保佐人を置くことができる(第 7 章 153条)。 成人に対する保佐人については、行為能力を欠く者に後見人がいない場合には、保 佐人が被保佐人の世話および財産の管理を行う(第 7章 154 条 1項) 。
(2)保佐人の選任
保佐人には、前記の状況にある子を引きとって監護している者あるいは行為能力を 欠く者を看ている者が就くことになる(第 7章 153条 1項・154条 2 項)。なお、10 歳未満の子の父が死亡した時には、母が再婚している場合でも、保佐人となる(第 7 章 155条)。子が機関で養育されている場合には、機関の長が保佐の業務を行う(第 7 章 156条)。保佐人になる者がいない場合には、地方当局の申し立てに基づき、裁判所は適任者を選任するとされる(第 7章 157 条) 。
保佐人には、自然人の場合には、破産していない者、法人の場合には登録をしたも のが就くものとされる(第 7章 158 条) 。 保佐人が外国に行くなど保佐の業務を遂行できない場合、代理人を決めることがで きる。代理人は財産を管理することができるが、保佐人が返還を求めた場合には、当該財産を返還しなければならない(第 7章 165 条) 。
(3)保佐の業務
保佐人は被保佐人の財産管理を行うことができ、また、身上監護を行うことができる(第 7章 159 条)。保佐業務に必要な経費は、被保佐人の財産を充てることができる(第 7章 160 条) 。
保佐人は必要な場合には、裁判所の許可を得て不動産を処分することができる(第 7 章 161条)。
保佐人は、被保佐人の財産を相当の注意を持って管理しなくてはならない(第 7章 162 条 1項)。保佐人が害意をもって適切な管理をしなかったことにより損害が生じた場合には、その賠償の責任が生じる(第 7 章 162条 2 項)。
また、被保佐人の不動産を保佐人に譲渡しても無効であり、所有権の移転は生じない。ただし、売買の日 から 3 年以内に相続があった場合を除くとされている37(第 7章 163条) 。
(4)保佐開始・終了の要件
第一に、保佐は、①未成年子が 18 歳に達した場合、②行為能力を回復した場合、 ③父もしくは母あるいは両親が子の監護をする場合、④後見人が選任された場合、⑤ 行方不明の者が現れた場合、⑥保佐人の職を裁判所によって解かれた場合、⑦親が外 国から帰国した場合、⑧保佐人が適格性を失った場合、⑨保佐人が死亡した場合、などに終了する(第 7章 164 条) 。
第二に、保佐人が被保佐人の財産を適切に管理しなかった場合には、裁判所は保佐人の職を解くことができる(第 7章 162条 3項) 。 第三に、保佐が終了した場合には、対象となる財産を保佐人は本人に返さなければならない(第 7章 164条 2項) 。
(5)保佐制度の特色
後見人が不在の時に活用される制度が保佐であるようだが、ネパール社会では初めての制度と言われている。
すみれ
「利用はあるのかな。」
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第11項 家族共同財産分割(208~239 条)
(1)家族共同財産制度の特色
家族共同財産は、ヒンズーの伝統的な制度であり、息子は出生により持分を分割してもらい、娘は婚姻時に持分を与えられるというものであったと言われる。しかし、 現代社会では、祖先から承継した財産を息子も娘も取得するという考え方に変わってきており、家族共同財産持分権者は、夫、妻、父、母、息子、娘となっており、家族集団で生活する者に平等な持分が認められている(第 10章 208条・209 条 1項)。
(2)家族共同財産持分権者と持分
当該財産の持分を請求できるものは、上記に記載された者のほか、共同財産が分割される時に、胎児であった者にも持分権が認められる。だたし、死産の場合には、胎児の持分は他の者に平等に分割される(第 10 章 209条 2 項・3 項) 。
また、子は親が婚姻しているか否か、婚姻が無効とされたか否か、婚姻を解消して いるか否かにかかわらず、親の財産に対して家族共同財産分割持分を有する(第 10 章 210条)。 父親が不明な場合、子は母に対する請求権のみ認められるが、婚姻が公にされてい ない場合、妻は夫へ子は父へ家族共同財産分割持分を請求することはできない(第 10 章 211条) 。
同居する兄弟の妻もしくは子は、その夫もしくは父が有する持分のみを請求することができる。夫もしくは父が死亡した場合も同じである(第 10章 212 条 1項 2項) 。
また、妻が複数いる場合には、夫の持分の限りで妻たちには権利が認められる(第 10 章 212条 3項)。
番人
「妻が複数、か。」
夫が妻および子の財産と自己の家族共同財産分割持分をまとめて管理している場 合、夫が他に妻をもち、その妻との間に子が出生すると、新たな妻と子は、夫・父の 持分のみに対して家族共同財産分割持分を有する(第 10章 213条 1項)。次に、夫が 家族共同財産分割持分を取得しない前に、他の女性と婚姻した場合、新たな妻は夫が 得られる持分に対してのみ、自己の持分が認められる(第 10章 213 条 2項) 。
(3)家族共同財産と家族構成員の扶養
家族共同財産分割持分を有する者(同居する夫、妻、父、母、息子、娘)は、自己 の社会的地位や収入に応じて相互に扶養し世話をしなくてはならない(第 10章 214 条 1項)。親は子に対して適切に子を監護養育しなくてはならないとされている(第 10 章 214条 2項)。 前述の義務を負う家族構成員が、扶養の責任を果たさない場合には、家族共同財産 分割持分を有する者は、財産の分割を求めることができる(第 10章 214条 3項)。
これらの規定から判断すると、家族共同財産は、個人に帰属するというよりも家族生活を支える財産として集団に帰属すると解されており、その点で、財産共有と扶養ならびに同居が関連するとして重視されていると思われる。
(4)家族共同財産の分割
第一に、家族構成員が合意した場合は、何時でも家族共同財産の分割をすることができる。夫、父、家長は、適切と判断した場合には、当該家族構成員との同居よりも 財産を分割して別居することを選択できる(第 10章 215 条) 。
第二に、特段の事由がある場合の財産分割請求に関しては、①夫婦の一方が他方を家から追い出した場合、②夫婦の一方が他方に対して身体的精神的な傷害を与えた場合、には、夫婦の一方は家族共同財産を分割して別居を求めることができる(第 10 章 216条 1項)。夫が新たな婚姻をしたとき、妻は家族共同財産を分割して別居することができる(第 10章 216条 2項)。家族共同財産分割持分を得て別居した妻が、他の男性と再婚した場合には、その持分は前夫との間にできた子、それがいない時には、前夫もしくは直近の相続人に返還されるものとされる(第 10章 216 条 3項) 。
第三に、寡婦は何時でも家族共同財産分割持分を請求して別居することができる (第 10章 217 条 1項)。ただし、再婚した場合には、前夫との間にできた子、それがいない時には前夫に返還し、それらもいない時には自己のものとすることができる (第 10章 217 条 2項) 。
第四に、同居する者が家族共同財産の分割を行う場合、①同居する家族の債務を考慮に入れる、②財産の価額に争いがある場合には、まず合意で、合意がまとまらない 時には「くじ」で、分割を行うものとする(第 10章 219 条 2項・3 項)。分割をめぐ って争いがある場合には、争いが終結するまで分割は行われない(第 10章 219 条 4 項) 。 第五に、財産の分割は書面をもって行われるが(第 10章 219条 5項)、分割を行う 書面には次の事項が特定されなくてはならない。①氏名、年齢、住所、持分権者の父 及び祖父の氏名、②対象となる財産、③債務ならびに財産、④持分権者が同居してい る者の関連事項、⑤持分権者が財産についてすべて開示している旨の宣言、⑥分割が 父、母、夫、妻の死亡による場合には、その詳細、⑦該当する財産が他人に委託され た場合には、その詳細、⑧その他必要な事項、とされている(第 10 章 220条) 。 第六に、分割手続きでは、証人の立会いのもとに書面が作成され、証人が署名押印 などを行って登録がなされる(第 10 章 221条)。
第七に、家長は自己の持分が分割されていない場合、同居する家族の財産を持分権者に提供することはできない。ただし、他の家族共同財産持分権者の合意がある場合、または、合意がないときでも自己の持分の範囲である場合はこの限りでない(第 10 章 222条) 。
第八に、家族共同財産持分権者は、自分が他の持分権者と別居して自活し始めた年 月日および不動産や債務などの目録を開示することによって、自己の持分を請求する ことができる(第 10章 223条 1項)。この申立てに対して他の家族共同財産持分権者 は、申立て者がすでに持分を分割済であるか否か、財産目録を提供するか否かなどに 関して陳述書を提出しなくてはならない(第 10 章 223条 3 項)。分割の申立てがなされた場合には、裁判所は、提供された財産目録などをもとに、家族共同財産持分権者 などから事情を確認して、持分の分割を行うことになる(第 10章 225 条)。分割が行 われた後に、新たに家族共同財産が見つかった場合には、裁判所は当該財産を分割し なくてはならない(第 10 章 226条 3項) 。
第九に、財産目録が提出されない場合もしくは提出が遅れる場合、裁判所は、財産 目録が提出されるまで、家族共同財産の分割を停止することができる(第 10章 228 条 1項)。財産目録が提出された場合には、裁判所は分割手続きを行わなければなら ない(第 10 章 228条 2 項) 。 第十に、対象となる財産については以下の対応がなされる。 公平な分割が行われるためには、分割の対象となる財産の隠匿行為を行った者は、 持分を喪失するとされる(第 10章 229条 2項)。また、家族共同財産の確定のために 必要な場合、裁判所は、当事者ならびに地方機関の係官を含む2名の立会いのもとに、 施錠された家屋に立ち入ることができる(第 10 章 227条)。さらに、分割された財産 に瑕疵があって利用ができない者に対しては、すべての家族共同財産持分権者が等し い割合で補償しなくてはならない(第 10章 230 条) 。
家族共同財産持分権者が分割を求めた場合、財産目録において財産もしくは収入に ついて支払い(分割)を保留する旨が記載されているときには、分割対象となる財産 の範囲をめぐる紛争を防ぐために、裁判所は当該財産や収入を分割が終了するまで保留することができる(第 10章 233 条) 。
また、家族共同財産持分権者が分割対象となる財産に抵当権などを設定しているこ とが明らかになった場合には、裁判所は、家族共同財産持分権者全員の合意を得て、 ①当該財産を放棄する、もしくは②同居家族の財産(property of undivided family) からの負担により抵当権の解除をするという条件をつける、という形で家族共同財産 分割を行うことができる(第 10章 232条 1項)。家族共同財産持分権者全員の同意が 得られない場合でも、家長として行動している者もしくは成人の者が上記の抵当権な どを設定していることが明らかになった場合には、裁判所は上記同様の対応をするこ とができる(第 10章 232 条 2項)。上記の場合のほか、家族共同財産持分権者が分割 対象となる財産に抵当権などを設定していることが明らかになった場合、裁判所は共 同財産(common property)40に対する当該人の持分からの負担で上記同様の対応を することができる(第 10 章 22条 3 項) 。
分割の対象となった財産が囲繞地の場合には、家族共同財産持分権者は、囲繞地利 用のための通路を提供するものとされる(第 10 章 234条)。
第十一に、ひとたび分割が終了すると、家族共同財産持分権者の合意がない限り、 その財産が気に入らないなどの理由で分割された財産を交換することはできない(第 10 章 231条)。
第十二に、同居する家族が有する債務は、債権者の同意がない限り家族共同財産持 分者の一人に移転することはできない(第 10 章 235条 1 項)。上記の条件に反して、 一人に移転した場合には、家族共同財産持分者全員が等しい割合で債務の弁済の責任 を負うとされている(第 10章 235 条 2項) 。
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(5)表見家族共同財産持分権者
家族共同財産分割請求権を有しない者が、持分請求の陳述書を提出した時には、裁 判所は、請求額が特定されている場合にはその額を、特定されていない場合には相当 額を、損害賠償として支払うよう命じることができる(第 10章 236 条) 。
(6)家族共同財産分割持分の放棄
家族共同財産分割持分は、他の家族構成員の合意がある場合には、その一部もしく は全部を放棄することができ、また、持分に相当する現金に代えることができる(第 10 章 218条)。
(7)家族共同財産分割制度の特色
家族共同財産制度はネパールの独特のものであるといえる。家族(男系家族)集団 に帰属する財産として位置付けられ、その利用や処分には制約が付けられている。一方で個人の財産としての性質を有し、他方では家族構成員のための生活保障としての 性質をもっている。現実の生活では、こうした財産の集団的帰属が必要なのであろうが、近代法的な視点からは問題がいくつもあるので、遺言規定との関係で、本民法典が制定施行されたときには効力を失うとされている。
すみれ
「問題があるのか。近代法的な視点から。」
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第12項 遺言(240~255 条)
(1)遺言制度の概要
遺言制度はネパールでは初めて法制度化されたものである。従来家族共同財産分割制度が家族構成員間の財産移転を規律してきたが、ネパール社会の変容に対応できない状況もあった。そこで、個人が自己の財産を処分するための制度として遺言制度が 設けられることになった。
そして、民法典が施行されると、夫婦、親子、その他の親 族にかかわる家族共同財産分割持分をめぐる諸条項は効力を失うとされている(第 11 章 254条 1項・2 項)。ただ、離婚の場合には、夫婦の合意もしくは夫に有責原因が ある場合には、妻の申立てに基づいて、裁判所は夫の収入や資産ならびに子の数を考慮して、適切と思われる支払いを夫に命じることができる(第 11 章 254条 3項)など、家族共同財産をめぐる条項が効力に変化があっても、一定の保護は残されている。
なお、妻の資産収入が夫のそれよりも大きい場合にはこの限りではない(第 11 章 254 条 4項)。
(2)遺言作成能力
18歳になった者で意思能力のある者は自己の財産に関して、条件をつけるか否か を問わず、遺言することができる。ただし、共同遺言は認められない(第 11 章 240 条)
(3)遺言作成の過程
第一に、通常の遺言の場合、遺言者は遺言書を 2 通作成して遺言作成担当の係官の 面前で、行為能力ある証人 2 名の立会いのもと、係官が遺言書を読み上げ、遺言者が その内容を了解して同意すると、作成場所および作成日時を明記して、遺言書に署名 封印する。遺言書 1通は当局に保管し、他の 1 通は遺言者が保管する(第 11 章 241 条 1項~5項)。
遺言作成時に立ち会う係官は、土地税事務所、在外国公館、公証人である。なお、不動産の移転について公証人は除く(第 11 章 242 条)。 第二に、証人としての欠格事由は、①18歳に達しない者、②正常な判断のできな い者、③当該の遺言書を確証する係官、④公証人による遺言の場合には、公証人、公 証人の同居する配偶者、公証人もしくは公証役場の職員の 3親等以内の親族、⑤遺言 により財産を取得する受遺者もしくはその卑属である(第 11 章 247 条) 。
第三に、遺言者は、遺言により自己の財産のうち 4分の 1を分離して、①財産もし くは収入のない配偶者、②財産もしくは収入のない障害をもつ子、③21歳に満たな い子(21歳まで)、に与えなくてはならない(第 11 章 252 条)。
遺留分に近い規定である。
番人
「遺留分よりも事情に合ってるね。」
(4)「封印遺言(sealed testamentary will)」
本遺言の場合、遺言者が遺言を作成して当局に持参し、係官は遺言書を確認して封印した上で、遺言書に「封印遺言」と記載して遺言者および係官が署名するものであり、証人は不要である(第 11 章 243 条 1項~3 項) 。 封印遺言では、相続開始時まで受遺者の名前は公にされない。かかる情報が公にさ れた場合には、担当する係官はその責任を負うことになる(第 11 章 243条 5項・6 項) 。
遺言者が死亡した時、相続第一順位者は、担当係官 1名以上の立会いのもとで、遺 言を開封する(第 11 章 243条 8項)。遺言で特定された受遺者は、土地税事務所に対 して、財産の名義変更(title)を求めるために遺言を提出し、土地税事務所は保管す る遺言との照合を行い、称号が終わると、財産の名義が変更される(第 11 章 243 条 9 項~11項) 。
(5)「自筆証書遺言」
遺言者が遺言内容を詳細に記載した遺言書に署名すると遺言書は有効に成立する が、不動産の権利移転についてはこの限りではない(第 11 章 244 条)。
(6)「視覚障害者による遺言」 視覚障碍者が遺言を作成する場合には、担当係官が遺言内容を口授し、証人 1 名が 同じく口授し、その上で、遺言者が遺言内容を理解して署名する(第 11 章 245 条) 。
(7)「聴覚障碍者による遺言」 聴覚障碍者が遺言書を作成する場合、遺言書の内容を口授するとともに記載したも のを遺言者に見せて内容を理解得る(第 11 章 246条 1項)。聴覚障碍者が、内容を理解しない場合、非識字者の場合には、①シンボルを使って内容を説明する、②同居する配偶者もしくは子に内容を説明する、③遺言者が 2名を選任する、などの方法がとられることになる(第 11 章 246条 2項) 。
(8)遺言と効力
遺言者は、条件を付けて遺言により財産を処分できるが、条件が成就するまで遺言は効力を生じない(第 11 章 248 条)。遺言者が死亡すると遺言が発効し、財産の名義は受遺者に移転することになる(第 11 章 253 条 1項) 。
(9)遺言の取消
第一に、遺言は、①受遺者が遺言者より先に死亡した時、②受遺者が遺産を取得す る目的で遺言者を殺害した時、には事実上取り消されたもの(revoke)とする(第 11 章 249条)。また、受遺者が財産の承継を拒否した場合には、遺言は事実上取り消さ れ、相続法の原則に基づいて相続人に財産は分割される(第 11 章 251 条 1項) 。 第二に、遺言者は、すでに作成した遺言を新たな遺言を作成することによって、い つでも取り消すことができる(第 11 章 250条 2項) 。
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第13項 相続(256~269 条)
(1)相続人と順位
相続人は以下の表の順位で相続する(第 12章 258条 1項)。被相続人が、家族財産 (family property とされるが家族共同財産分割持分と思われる)を分割した場合、被相続人と同居する親族が相続人となる(第 12 章 259条)。また、被相続人の面倒を生前に見た親族は、相続順位が遠い場合でも相続する(第 12章 260 条)。同順位の相続人が相続放棄をした場合には、同順の相続人が放棄した財産を承継し、同順位の者がいない時には、次順位の者が相続する(第 12 章 258条 4項) 。
すみれ
「面倒をみたことを証明したりする必要があるのかな。」
被相続人が家族共同財産分割持分を分割した後に同居をしていた相続人が、被相続人の面倒をみなかった場合には、別居している相続人に相続が開始する(第 12章 261 条)。
相続人以外の者が被相続人の面倒を見ている場合、この者が被相続人を相続す ることになる(第 12章 262条)。基本的には、同居と扶養が相続の重要な要素となっている。 被相続人を殺害した者もしくは殺害した者の卑属は相続欠格とする(第 12章 264 条) 。
相続人の順位(第 12章 258条 1項)
1. 夫もしくは妻(同居していること)
2. 息子、娘、同居している死亡した息子の寡婦
3. 父、母、継母、同居する息子の子(孫息子もしくは孫娘)
4. 別居している夫、妻、息子、娘、父、母、継母、婚出した娘
5. 祖父母、同居する兄弟姉妹
6. 同居している叔父、叔母、甥、姪
7. 別居している息子方の子(孫息子もしくは孫娘)
8. 同居している兄もしくは弟の妻
9. 別居している兄弟姉妹
10. 別居している祖父母、孫の妻
11. 男系かつ 7親等内の親族 *条文と説明書の記述が異なるが、説明書案の記述に従った。
(2)相続分
同順位者の相続分は平等である(第 12章 258 条 3項) 。
(3)相続の放棄
相続人は、相続放棄をする場合には、相続開始後 3年以内に書面をもって裁判所にその旨を申し立てなければならない(第 12章 263条 2項)。また、相続開始後 3 年以内に相続を承認しないと放棄したものと扱われる(第 12 章 263条 3項)。
なお、相続を放棄しても被相続人の葬儀などは執り行わなくてはならない(第 12章 263 条 4 項)。
相続放棄があった場合、相続財産は、葬儀費用ならびに相続債務の弁済に充てられ た後、残余があれば所定の手続きを経て地方機関(local body)に帰属し、公的目的のために使用されることになる(第 12章 267 条 1項~9 項)。ネパール国内で死亡したネパール国籍を持たない者に相続人がいない場合、同様の手続きにより地方機関に 財産が帰属し利用される(第 12章 268条)。
(4)相続人の権利義務
相続人は、①被相続人の葬儀などを行う義務、②被相続人の債権者に債務を弁済する義務、③被相続人の債務者に対する債権、を有する(第 12章 265 条 1項)。相続人以外の者が、被相続人の葬儀などを行った場合、相続人は葬儀などの実費に 25%を加 えた額を、葬儀を行った者に支払わなくてはならない(第 12章 265 条 2項)。 相続人は相続債務を被相続人の財産の範囲で弁済する義務を有する(第 12章 266 条) 。
(5)相続制度の特色
ネパールでは家族財産が家族構成員の共同財産として扱われるために、相続開始以前に共同財産分割持分の分割などが行われている。そのため、相続時に被相続人の財産を一挙に分配するという仕組みにはなっていない。この点で、相続手続きに詳細な規定を必要としないのかも知れない。
すみれ
「家族が出来た段階で、既に遺産分割みたいな状態になっているんだ。」
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法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
第3章 ネパールにおける財産法の現状と展望
第1節 財産法の現状分析
第1項 ムルキ・アインにおける財産法
ネパールの現行法のベースにあるムルキ・アインは,独特な体系をもっている。そ れは,第Ⅰ部(基礎的事項について)に続き,第Ⅱ部では,裁判手続(第 1章)と刑 罰(第 2章)から始まっている。
これは,ムルキ・アインが基本的に訴権体系をとっており,実体法と手続法が明確に分離されていないことを示唆している。そこでは, 訴訟手続,文書,証言,その他の方法による証明方法に関するルールがまずは定められている。また,民事と刑事が両方の規定が入っている点にも特色がある。
このような特色をもつムルキ・アインのうちで,財産法に関する規定としては,第 Ⅳ部の刑事法に関する規定を除けば,以下のものが挙げられる。
すなわち,―― 第Ⅱ部・第2 章(保証について),第 3章(土地の埋蔵物の発見について),第 6章(遺 失物拾得について),第 7章(信託について),第 8 章(土地の耕作について),第 9 章(土地の明渡しについて),第 10 章(土地の侵害について),第 11 章(建物の建築 について),第 17章(一般取引について),第 18章(寄託について),第 19章(贈 与について),第 21 章(証書の登記について)である。
これらは,内容的には,(ア)土地の譲渡に関する法規,(イ)信託に関する法規, (ウ)不動産・動産の原始取得に関する法規,(エ)土地の利用に関する法規,(オ)土地の侵害に対する救済に関する法規,(カ)担保に関する法規などに分類することができる。
このうち,本節では,ネパール財産法の現状として,ネパールにおける財産権の保護と取引に関する法制度について概観し,ネパール財産法の現状を探る手がかりとしたい。
まず初に,土地を中心とする不動産取引について概観する。ついで,公用収用に対する損失補償について概観する。後に,その他財産法に関連する現行法の特色を概観する。
第2項 不動産取引
不動産取引に関しては,ムルキ・アイン第Ⅲ部・第 21 章(証書の登記について) 等のほか,1964 年土地法(the Land Act, 1964),土地税法(the Land Revenue Act, 1977)等が存在する。
1964年土地法以前は,ネパールにおける土地の所有権は伝統に従い,国家(国王) および国王の家臣ならびに以前の支配者に帰属し,政府の役人および私人は国家(国 王)の権力が付着した供与物としての土地利用権を付与されていたにすぎない。1964 年土地法により,所有上限の範囲内ではあるが,私人たる土地保有者および農夫に土地所有権が付与された。
ムルキ・アイン第Ⅲ部・第 21章は,証書の登記手続を具体的に定める手続規定の中に,実体法規を組み込んでいる。
売買に基づく所有権移転の証書,各種形態の抵当権設定の証書等は登記されなけれ ばならない(第 21 章・1条) 。 証書の登記を申請するには,自然人の場合は,証書に本人の名前のほか,父母,祖 父母の名前も記載しなければならない(第 21 章・31 条)。 不動産の登記においては,境界が明示されなければならない(第 21 章・15条) 。
すみれ
「登記は義務なんだ。家族関係も書かないといけないんだね。それも登記されるのかな。」
土地の売買による所有権移転の証書は,所有権の証拠および管轄登記所への土地税の支払いの受領証が提出されなければ,登記されないものとされている(第 21 章・ 17 条)。また,証書を登記するためには,少なくとも 2人の証人が譲渡人ならびに譲受人の同一性およびこれらの者の住所を証明し,署名または拇印の押捺をしなければならない(第 21章・21 条) 。
証書の登記はいずれの登記所でも行うことができる。登記の申請を受けた登記所は, 土地・建物については,その所在場所を管轄する登記所にその謄本を送付し,管轄登記所が当該証書に連番を付して登記簿に登記する(第 21 章・29 条)。
内容が競合する証書が 2通以上作成されたときは,初に登記されたものが有効とみなされる(第 21 章・39条) 。 登記された証書の閲覧およびその謄本の付与は,誰にでも認められる(第 21 章・ 26 条)。費用は,謄本が 1枚 2ルピー,閲覧が 1ルピーである(第 21 章・39条) 。
不動産取引の実務でも,売買等の契約書のほかに,土地の譲渡証書が作成され,それが登記される仕組みになっている。土地の譲渡証書は,大判のネパール和紙に,簡単な土地の形状とともに,土地の表示,地積・地目,近隣の権利者(先買権者),家族の共同財産の場合にはその家族員の表示,譲渡人と譲受人の署名・指紋の押捺等がされている。
番人
「指紋は印鑑の代わりかな。」
この譲渡証書は,必要な審査が終わると,土地税事務所の公印が押されたうえで,地番ごとに簿冊に編綴され(これがネパールにおける土地譲渡の登記にほかならない),土地税事務所に保管されている。これが土地登記簿の本体である。なお,建物 については別個の登記簿は設けられてはいない。
また,土地税事務所には,土地登記簿とは別に,所有者名ごとの写真付き帳簿も備え付けられている。この帳簿には,当該所有者が所有する物件,それについての取引記録が記載されている。まさに人的編成の帳簿である。
ポリー
「人で分けてまとめる国って結構多いんですね。」
そこに挙げられた物件情報は, 土地登記簿と連動している。 さらに,土地税事務所とは別に,土地の測量事務所があり,地図を管理している。 そこでは,管轄区域内の土地関する構図が作成されており,各筆の土地にはすべて番号が付されている。これは,土地登記簿の情報とリンクしており,これによって土地の同一性は容易に確かめることができる。
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法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
1. 土地の収用に対する損失補償
(1)1977年土地取得法の特色
ある国で財産(権)がどの程度尊重され,保護されているのかを測定する指標と して,土地の公用収用の制度とその運用は有力な手がかりになる。なぜなら,国家 (政府)が強制権力を背景に,公益の実現を理由にして国民の財産権を強制的に収用または使用しようとする場合に,公共事業による公益の実現と,制限されようとしている国民の財産権の調整を図るために,どれだけ慎重な手続を履み,かつどれだけ損失補償をしているかということが,その国家(政府)が国民の財産権をどれ だけ尊重しているかを如実に示しているからである。
ネパールにおける現在の用地取得は,1961 年土地取得法に代わる 1977 年土地取得法に基づいて行われている。かつて政府は国民の土地を自由に取得することができたが,その後,財産権保障の要請が高まるに従い,法定手続の遵守および損失補償の支払いが求められるようになってきた。
同法は,公益目的を実現するために 土地を強制的に取得する制度の中核であるが,「公益目的」とは,一般公衆の利益・ 便益・利用のほか,ネパール政府によって引き受けられた機能(例えば,政府が同 意したプロジェクト,様々なレベルの地方公共団体によって引き受けられたプロジ ェクト)を含むものとして,比較的緩やかに捉えられている(2 条 b 項)。
他方,ネパールでは「土地」には土地に継続的に設置された建物,樹木,壁等も含むと観念されていること(2条 a項)に留意する必要がある。 土地収用権限の主体は,あくまでもネパール政府(3条)であり,政府自身の必 要性によるほか,事業主体(地方政府の開発委員会,会社,国有企業)の要請(例 えば,労働者の宿舎,製造物や原材料を貯蔵する倉庫の建設,国有企業のプロジェ クトなど)に応える形で,ネパール政府が土地収用権限を発動することも可能とさ れている(4 条)。
その際,事業主体の要請に基づく土地取得手続は,
①土地取得 に必要な費用の政府への支払い,
②建設期間,利用形態などを記した証書の作成(4 条 2項)に基いて行われる。
政府は,本法の実施を目的とする規則制定権をもつとされているが(42条),規則は未制定で,代わりに各地方のプロジェクトごとの移転政策(Resettlement Policy)が策定されている。
(2)土地の任意取得
政府は土地所有者との任意の交渉により,「いかなる土地も,いかなる目的のためにも,取得することができる」ものとされ(27 条),この場合は土地取得法に規定された手続に従う必要はないものとされている。
その結果,とくに政府・国有企業以外の事業主体(会社等)が政府に要請しては,一般的に任意交渉を行うとされる。任意交渉で合意に至らなかったときは,関連する政府機関に強制取得の手続を要請することになる。
例えば,ネパール石油会社が販売店の建設用地を取得するた めに地権者と任意交渉したが,合意に至らなかったときは,商業省に申請し,商業省が当該地方における郡行政事務所に土地取得(収用)手続の開始を要請することになる。これに対し,政府や国有企業が土地を必要とするときは,比較的早期に強制取得の手続がとられるようである。
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(3)土地の強制取得
(ⅰ)土地取得のための第一次手続は,
①政府による土地取得の決定後,原則とし て官報告示クラス 3以上の公務員(責任官)が任命され,この者が取得すべき土地 およびその場所を確認・調査することにより,強制取得の手続が開始される(5条) 。 責任官は,
②告示のコピーを公示し(6 条 1 項),
③同公示から 3 日経過以後に立 入りによる土地調査・図面作成・土質調査,用地幅杭の打設(6 条 2 項)を行うことができる。これらの調査・準備作業のために,用地上の作物・樹木・壁・その他 の障害物の除却が必要なときは,「可能な限り関係者の立会いの下で」 (6条 3項) 行うものとされている。
④作物・樹木・壁等の除却,土石・溝の除却,土地の穿孔 等によって生じる損失に対しては,補償が行われる(7 条 1 項,2 項)。補償額は 第一次手続の責任官が決定する。
補償額に不満の場合,地権者は地方長官(the Chief District Officer)に不服申立てができるが,その判断が終決定とされている(7 条 3 項)。⑤責任官は第一次手続の開始から 15 日以内に調査結果を提出し,土地が取得に適しているかを判断して,前記④の損失補償額・明細等を含む必要事項を 記載した報告書を地方事務所に提出する(8条) 。
(ⅱ)強制取得のための第二段階は,土地取得の告示である。すなわち,(ア)当 該土地を取得すべき旨の第一次手続の報告書に基づき,地方長官が告示を発出する (9条 1項,10条) 。
告示の記載事項は,
①土地取得の目的,
②土地のみの取得か, 土地上の建物,壁・作物等の定着物の取得も含むか(後者の場合,地権者は定着物 も取得するよう申請できる。29 条),
③土地が所在する市町村名と区番号,
④土地の区画番号(調査・測量済の土地の場合),または土地の同一性・境界を明らかに する個別事項(調査・測量済でない土地の場合),
⑤土地の範囲,
⑥その他必要な 個別事項,
⑦地権者が補償金を請求するために提出すべき申請書(土地の権原を証明する文書を含む)の提出(低 15 日以上の期限を付加しなければならない)に 関する個別事項(10条 a 項),
⑧被取得者が土地上の建物の除却,樹木・作物等の 定着物の収去を許容された場合における作業期限(10 条 b 項。当該期限内に定着 物の収去がされなかった場合,地方長官はそれらを無補償で没収することができる。 36 条)である。
(イ)土地取得の告示は,そのコピーが公示されなければならない(9 条 2 項) 。
告示自体が公示行為であるが,地権者への告示の周知が必ずしも確保されない状況にあることから,同告示のコピーが,
①プロジェクトが行われる地方事務所,
②郡事務所,
③市町村事務所,
④土地税事務所(土地取得告示およびそのコピーの公示 後,該当する土地税事務所は,土地登記の記録に,土地取得の告示がされている旨 を公示する(9 条 4 項)。これにより,事実上の土地取引の凍結が図られている)。
⑤用地周辺の街路,
⑥その他地方長官が適切と考える場所に公示されなければならない。
(ウ)さらに,土地取得告示およびそのコピーの公示にもかかわらず,地権者が土地取得について知りえないと地方長官が判断した場合,地方長官が個別に告知するものとされている(9 条 3 項)。その際,損失補償額が決定されている場合は,補償金を受領すべき期間と事務所名も告知する(9 条 3 項)。
このことは,損失補償が地権者による取立債務であることを意味している。個別の住所表記すらないネパ ールの現状に鑑みて,このことはやむをえない面もあるが,財産権の保障の制度と しては,現状では欠陥といわざるをえない。
(ⅲ)土地取得の第三段階は,土地取得に対する不服申立て,およびそれがあった 場合に審理手続である。
(ア)不服申立ては,土地取得告示の公示後 7 日(プラス 移動に必要な期間)以内に,①被収用地の所有者,および②借地人(土地所有者の 同意を得て土地上に建物を建築・所有する者)は,土地取得が行われるべきでない 理由を添えて,地方長官を通じ,内務省に不服申立てができるものとされている(11 条 1項) 。
(イ)審理は,内務省が,第一次手続の責任官と,また,必要に応じて地 方長官と協議して行う (11条2項) 。 内務省は,審理に当たり,地方調査(sarjameen), 証人召喚,陳述記録,文書調達に関して,地方裁判所に付与された権限の行使が認 められている(11 条 3項) 。
(ウ)審決は,原則として,不服申立て受理後,15 日 以内に行うものとする(11 条 4項)。 (ⅳ)土地取得の第四段階は,占有取得である。これは,①土地取得の告示および 公示に対して不服申立てがなかったときは不服申立期間経過後に,同じく不服申立 てがあったときは土地取得を認める審決後に,地方長官が用地の占有を取得し,プ ロジェクトの事務所または事業主体に引き渡すことによって行われる(12条1項) 。 その際,②土地と共に建物も取得される場合において,当該建物を所有者が占有し ているときは,補償額の 50%以上が支払われるか(補償額が決定している場合) ,
またはその者が住居を移転するために要する合理的な費用が予め支払われるのでなければ(補償額が決定していない場合),地方長官は占有を取得することができ ない(12 条 2 項)。なお,③占有取得が円滑に行われない場合,地方長官等,本法 に基づいて権限を付与された公務員は,職務遂行上必要なときは,郡長官または警 察に支援を要請することができる(38条) 。
(ⅴ)土地取得の第五段階は,土地所有権の移転である。①土地所有権は,地方長 官による土地の占有取得(12 条)の後,政府または土地取得を必要とする事業主体に帰属するものとされている(22 条)。②地方長官は,土地の占有取得後,土地登記記録を保有する土地税事務所に対し,政府または事業主体への所有権移転登記を文書で依頼する。当該土地税事務所は,土地税記録における従前の記録を削除し, 政府または事業主体の所有権を記録して,その旨を地方長官および従前の所有者に 対し,可能な限り速やかに通知するものとされている(23 条 1項)。もっとも,③ 登記記録の変更および所有権の移転は,登記記録が実際に行われた日にかかわらず, 所有権の発生日に生じたものとみなされる(23 条 2項) 。
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(4)損失補償
(ⅰ)補償は,金銭(現金)で支払われるものとされている(13条 1項) 。
(ⅱ)補償額の決定は,補償額決定委員会による。その構成メンバーは,①郡長官 (議長),②土地管理事務所長または土地税事務所長,③プロジェクトの責任者ま たは郡長官に任命された者,④郡開発委員会からの代表者である(13 条 2項)。
補償額は,補償額決定委員会による決定後,郡長官によって政府に通知される(19 条)。他方,補償額の決定は,新聞での公表,市町村への通知等によって公示され る。
(ⅲ)現物(代替地)補償は,土地の全部を収用される者から要求がある場合に,政府にとって可能であれば,代替地と交換することができるものとされている(14 条)。
なお,宗教上の信託地である Guthi land の場合は,The Guthi Cooperation Act, 1976 に従って補償が行われる(15 条) 。これは,一種の公共補償と解される。 現実問題としては,大規模な住民移転を伴うときは,政府は移転先の土地を用意 することが通常である。また,少数民族に対しては,一般市民よりも有利な条件が提供されている(それに関する移転政策による)。
番人
「宗教上の信託地、か。」
(ⅳ)補償請求権者に土地税,その他の租税等の滞納金があるときは,補償金の支払時に差し引かれるものとされる(21条) 。
(ⅴ)補償請求権者が補償金を期限までに受領しなかったとき,または受領を拒んだときは,地方長官は 3 か月間の終期限を明記した通知を発出する。同期限内に 補償金を受領しなかった補償請求権者は,補償請求権を喪失するものとする(37 条) 。
(ⅵ)損失補償基準
(ア)政府・地方自治体・国有企業による土地取得の場合(16 条 1 項)は,
①定着物に対する補償(政府のガイドラインによる),および
②住居,営業場所の移転 によって被った損失とされている。ここに土地価格が入っていないのは,伝統的に は,国(政府)は無償で土地を強制収用できたことが反映しているものとみられる。
もっとも,実際には,(イ)にみる場合と同様に,財産権保障の要請,憲法上の財 産権の保障の強化とともに,実務上は土地価格分も支払われている。この点が, 1977 年土地取得法の改正が検討されている背景の一つと考えられる。
(イ)他方,(ア)以外の事業主体による土地取得の場合(16条 2項)は,
①土地 取得告示(9条)の公示時点の土地価格,
②土地と共に取得される作物,建物,壁, 小屋等の価値,
③住居,営業場所の移転によって被った損失が補償すべきものとされている。
(ウ)土地保有制限(1964 年土地法)を超える土地を政府・地方自治体・国有企業が取得する場合,補償額は 1964 年土地法の下で支払可能な額を超えないものとする(17条)。
(ⅶ)補償請求権者
①土地取得告示に明示された期限内に受領された申請に基づき,地方長官は補償請 求権者のリストを作成し,被補償者への情報提供のために告示する(18 条 1 項)。
②補償請求権者リストの内容に対して不服のある者は,補償請求権者リストの告示時から 15 日以内に内務省に不服申立てができる(18 条 2 項)。
③不服申立てが, 所有権または占有権に関する紛争を含んでいないときは,内務省は原則として 15 日以内に処理する(18条 3項)。
④不服申立てが,所有権または占有権に関する紛 争を含んでいるときは,補償は裁判所の確定判決によって権原が証明された者に支 払われる旨,および補償金を保管する事務所の名前を示した告示が提示される(18 条 3項)。この場合,確定判決によって権原を証明した者は,確定判決から 2年以 内に前記事務所に保管中の補償金を受領しなければならない。同期限内に受領されなかった補償金は,同期間満了後に統合基金に移管される(18 条 4項)。
⑤借地の場合,借地人は,補償額の 50%について補償請求権をもつ。借地人が土地所有者 の同意を得て建築した建物に対する補償金は,その全額を借地人が受領する(20 条) 。
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(5)特別状況下における土地取得の特別権限
河川における突然の流路変更,その他の自然災害,その他の異常事態が発生した場合において,交通・通信施設の維持,生命・財産の確保,公共財産の保護のために,政府が土地を取得する緊急の必要が生じたときは,政府は地方長官に対し,土地取得手続の開始を命じることができる(25条 1項)。この場合,地方長官は,略式の土地取得告示を発出した後,土地を占有することができ,それによって政府が 所有権を取得する(25条 2項・3項)。そして,地方長官は,土地税事務所における登記記録の変更を嘱託する(25条 8 項)。
補償額の決定,土地,土地上の作物・ 樹木・建物・壁等に対する補償は一般の場合と同様であるが,補償額に関するほかは不服申立てができないものとされている(25 条 4項~6 項)。補償額に関する不 服申立ては,補償決定委員会による決定通知の発出日から 15日以内に内務省に対して行う。この場合,内務省の判断が終決定である(25 条 7項) 。
(6)土地取得の中止
政府は,土地取得手続のどの段階においても,土地取得の中止を決定することができる。この場合,地方長官は被取得者への情報のために,このことを告示する(30 条 1項) 。
土地取得の第一次手続(6 条)が行われた後に中止決定がされたときは,第一次 手続によって生じた損失に対する補償が行われる(31条)。
(7)取得後の土地の管理
(ⅰ)政府は,土地取得後,その使用目的に従った使用を開始するまで,契約によ り,同土地を耕作のために他人に利用させることができる。この場合において,耕 作者は土地の耕作に関する現行ネパール法上の借地権をもたないものとする(31 条)。これは,いわゆる占用許可に該当するものと解される。
(ⅱ)政府または事業主体による土地取得後,その書面の同意を得ずに,建物,小 屋,壁等を建築し,または土地を耕作したときは,政府または事業主体はそれらを 無補償で接収することができる(32 条)。無許可建築物等の接収である。
(8)取得された土地が不要になった場合
(ⅰ)政府または国有企業は,土地取得後,当初の目的のために当該土地が不必要 になった場合,またはその目的のために他の土地が十分にある場合,政府は公益目 的のために,国有企業は 4 条 1 項所定の活動のために,当該土地を使用すること ができる(33 条。土地の使用目的の変更) 。
(ⅱ)政府または国有企業が土地を何らの用途にも使用しない場合,これを被取得者に返還し,補償金の返還を求めることができる(34 条 1 項。被取得者への土地 の返還)。その他の事業主体が取得した土地を 4 条 2項の証書で合意された目的の ために使用しないときも,同様である(34条 2 項)。ただし,被補償者が補償金を 返還しないかぎり,土地は返還されない(34条 3項)。この場合,地方長官は当該 土地を管轄の土地税事務所に登記名義の変更を書面で嘱託し,同事務所はその終了を地方長官に報告する(34条 5項)。
(ⅲ)被取得者が土地の返還(34 条)を拒んだとき,または所在不明のときは,何ぴとに対しても売却することができる(35条。返還に代わる土地の売却) 。
(9)罰則の適用
(ⅰ)土地取得手続に対する妨害等をした者は,1000 ルピー以下の罰金,1 か月 以内の禁錮またはその併科に処される(39 条) 。
(ⅱ)罰則の適用に関する第一審の管轄権は,郡長官に属する(40 条 1 項) 。
(ⅲ)郡長官の判断に対する上訴は, 35 日以内に控訴裁判所に対して行われる。
(10)現行用地補償制度の問題点
(ⅰ)第一に,土地所有者の確認・確定の困難が挙げられる。ネパールでは,個別の住所表記の制度が未整備であり,政府による住民の所在,その世帯構成等の把握状況は低い。その結果,土地取得の告示,補償額決定の通知等の送達方法の整備も困難になっている。
他方,土地が未登記のゆえに,所有者の確定が困難な事例も少なくないとされる が,登記制度は比較的整備されている。 政府による住民把握状況の不完全さは,補償金請求権の取立債務(1977 年土地 取得法 9条 3 項)を必然化させる原因にもなっていると考えられる
ポリー
「家族で一人というような感じなんでしょうか。」
(ⅱ)第二に,土地取得および損失補償に対する救済手続(とくに司法的救済)の 未整備がある。例えば,
①土地調査等の段階で障害物除却・土地穿孔等による損失 の補償額に不満の場合,地方長官の判断が終決定である(7 条 3 項)。
②土地取得に対する不服は,用地の所有者および借地人が地方長官を通じて内務省に申し立 てうるにとどまる。内務省は,第一次手続の責任官および必要に応じて地方長官と 協議して審理し,地方裁判所に付与された調査権限の行使が認められる。
③補償請求権者リストの内容に対する不服も,所有権または借地権に関する紛争以外は,内務省に申し立てることができるのみである。
④災害,その他の緊急事態が発生した 場合の土地取得に関する略式の土地取得手続に対しては,補償額関する不服申立てのみが認められ,内務省の判断が終決定である。
このように,土地取得および損失補償に関しては,司法手続の保障が十分ではなく,刑事手続に関してのみ,裁判所が部分的に関与するにすぎない。この点は,今後の制度改正で問題にされるものと予想される。
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(ⅲ)損失補償基準の未整備
ネパールの現行補償基準の具体化は,
①各地方のプロジェクトごとに政府が策定する移転政策等によっており,統一的な補償基準(とくに法律を具体化する規則以 下のルール)が未整備である。また,その点と関連して,
②任意取得に関する裁量 の広さも問題である。その結果,土地所有者が補償額に満足せず,交渉が難航する ケース(ゴネ得的問題か)が頻繁に起こっているとされる。
(ⅳ)一旦立退きに合意しておきながら,履行しない(不法占拠)等の場合
ネパールでも,用地取得後に,法外な補償要求や,建設工事等に地権者自身やその仲間を加えよといった不当要求が行われたり,要求に応じない場合に工事等の妨害がされることもある。そのような場合,軍に支援を要請して強制的に立ち退かせたケースもある。 この問題には,前述した明確な補償基準の未整備に加え,既存の関連法令の執行(enforcement)が不十分であるという問題も関わっていると考えられる。
番人
「こんな時に軍が出てくるんだ。」
(ⅴ)公共事業・土地取得・損失補償をめぐる政府・被取得者との争いに対する政治(政党)の介入
損失補償に関する制度の未整備は,公共事業の計画・遂行,そのための土地取得 や損失補償の問題に,政党が,政略的な利害関心から,政府と地権者との紛争に介 入し,問題をより複雑かつ深刻にする余地も許しているように思われる。
(ⅵ)住民移転について
土地収用に際しては,住民移転を伴う場合がとくに問題になる。この点については, 後述する土地取得法(Land Acquisition Act)の改正とともに,アジア開発銀行の支援をえながら,生活再建措置(Resettlement Policy)の見直しについて,国家計画委員会が中心となって検討している。
現在,大規模な住民移転を伴うプロジェクトの場合,政府は 移転先の土地を用意することに努めている。また,とりわけ少数民族に対しては,一般 市民よりも有利な条件を提供することが行われている。
(ⅶ)公共事業の遅れの原因について
公共事業の遅れがしばしば指摘され,マスコミ報道もされているが,その原因として は,土地収用の対象となっている土地の住民が,土地登記をしておらず,所有者である ことを証明できないために,係争となるケースがある。これに対する対応としては,正 式の書類がなくとも,他の証拠で確認することにより,損失補償の対象としている。
その他の原因としては,国家的に重要なプロジェクトでも地元住民が利益を感じない 場合,政党間で公共事業のメリットをめぐって争いになる場合,住民が一つのプロジェ クトからあらゆるものを得ようとして,過度の期待をもち,過当な要求をする場合等が ある。
(ⅷ)土地の登録・登記について
住民が土地を所有しているが,登記をしていない場合,公共事業のプロジェクトのチー ムが現場に出向き,VDC など地元関係者から話を聞いて,本当に所有者か否かを確認 する等の措置をとっている。登記されている土地であれば,所有権をめぐって争いにな ることはない。
土地の所有者が出稼ぎ等で不在の場合は,補償金を地方行政に預け,本人が帰ってきた時に交付するように措置している。土地登記は,全国全ての場所で,土地管理局事務所が同一のシステムで行っている。
すみれ
「管轄とかはないのかな。」
(11)法改正に向けた動き
財務省をフォーカル・ポイントとし,公共事業省,土地管理省,地方開発省等からな るチームが改正案を検討中である。改正内容の焦点としては,――
①政府が補償金を支払う一方で,開発税(development tax)を徴収する,
②土地取得前の用地の転売を防ぐ措置をとる,
③補償金は初の 1回のみ支払うものとする,
④補償金決定のプロセスを明確化するといった点が重視されている。
(12)日本の用地補償制度・実務経験・制度運用技術の提供可能性
財産権の保障と損失補償に関しては,日本は土地収用法および関連政省令,通達等の ほか,任意買収に関しても,閣議決定,それに基づく損失補償実務者間の申合せ等に基 づく緻密な損失補償基準を策定し,必要に応じて見直しと改訂を進めてきた実績がある。
また,それに基づき,各起業者がそれぞれ個性ある多様な現場に応じた法令の運用技術 を蓄積してきた。これらの法領域でも,日本の法整備の経験を,インフラ整備が急務と なっている現在のネパールに提供する価値があるように思われる。
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2016年加工編
法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
第4項 財産法に関する現行法のその他の特色
(1)贈与・寄付について
物の所有者はその物を特定の相続人または第三者に贈与し,あるいは不特定の者に 対して寄付することができる。その物が共同所有者(coparcener(s))による所有の客体であるときは,他の共同所有者の同意を得なければならない(「国法」第Ⅲ部・第 19 章・1 条)。 すでにある者に贈与または寄付した動産または不動産について,別の者に贈与また は寄付した者は,500ルピー以下の罰金に処するものとされている(「国法」第Ⅲ部・ 第 19章・4条)。このように二重贈与はまずは刑事罰の対象とされており,そのような行為自体が否定される一方,その民事上の効果がどうなるかということは,直接には規定されていない。
このことは,第 2 の贈与・寄付はなしえず,したがって,当然に無効であるという理解を前提にしているように思われる。ここにも,第一次的には 行為規制的なネパール法の特色が現れているように思われる。
もっとも,すでにある者に贈与または寄付した場合でも,それが死因贈与または寄付の効果をもつものであるときは,贈与者または寄付者は何時でもその証書を無効にすべく,管轄登記所に申立てをすることができる。この撤回の申立てが行われたときは,ただちに当該贈与または寄付の証書にそれが撤回されたことを示し,その所長が署名した付箋またはメモを挿入し,かつそのことを 7日以内(通知の伝達に必要な期 間を除く)に申立人に通知しなければならない。この申立てに必要な費用は 500 ルピ ーである(「国法」第Ⅲ部・第 19章・2 条)。
(2)担保について
債権担保の手段として,自己が所有する動産または不動産の占有を債権者に移して設定される担保(収益担保)と,担保目的物の占有を債権者に移さずに設定される担保(非占有担保)の 2種類がある。いずれも証書によって設定される。
収益担保の場合は,担保設定時から目的物から得られる収益(果実)を債権者が享 受し,弁済に充てることができる。これに対し,非占有担保の場合は,弁済期到来時から目的物の占有を債権者に移し,それ以後債権者が目的物から得られる収益(果実)を享受し,それを弁済に充てることができる。この収益(果実)の取得ができる期間は,収益担保の場合には担保実行時から2年間,非占有担保の場合には弁済期が到来し,債権者が占有を取得して 2年間に制限されている(「国法」第Ⅲ部・第 17章・3 条)。
その一方で,債務者は,収益担保の場合は設定後 10 年間は,債務および利息を弁済し,目的物を買い戻すことができる(「国法」第Ⅲ部・第 17 章・14条)。また,非占有担保は設定後 5年間は有効である(「国法」第Ⅲ部・第 17 章・15条)。
また,収益担保または非占有担保が設定された場合,その債権額の範囲内であれば, 転担保も可能である(「国法」第Ⅲ部・第 17章・29 条) 。
さらに,すでに担保が設定されている物件について,再度担保が設定されたときは, 第二の担保設定は効力をもたない。その前後は,担保設定の証書の日付によって判断される(「国法」第Ⅲ部・第 17章・25 条)。すなわち,二重の担保設定は認められない。二重担保の設定をした者は罰金の支払義務を負う。
その額は,担保設定時に(違約罰として)定められていればそれによる(まずは第二担保の設定契約に定められていればそれにより,その定めがないときは,第一担保の設定契約に定められていれば,その定めによる),そうした定めがない場合は 500 ルピー以下である(「国法」第Ⅲ部・ 第 17章・28 条)。
もっとも,二重の担保設定であることを知らずに第二担保の設定 を受け,かつその担保の実行として担保目的物の所有権を取得した債権者は,第一担保権者に対して被担保債権を弁済することにより,その目的物の所有権を取得することが認められる(「国法」第Ⅲ部・第 17章・26 条)。このように,担保取引の実情に わせて,低限の取引安全の保護が図られていることが注目される。
このような担保制度は,
①所有者が担保流れによって所有権を失うリスクを抑制し ようとする傾向をもつ。また,
②担保権の実行方法として,競売による競売代金から 債権を回収する方法ではなく,債権者に占有を許可してその収益(果実)から債権を回収する方法を採用している。これは,担保物の競売市場が形成されていないという現実の中で,可能な限り費用を節約し,かつ実効的な担保物権の実行手続を経験的に模索した結果であるとも考えられる。いずれにせよ,担保権に対しては相当に強い規制が加えられていることが窺われる。
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第2節 民法典草案における財産法の提案
第1項 概観
ネパールの現行法における財産法の現状を踏まえ,それが今後どのように改正され ようとしているか,その動向を民法典草案を題材にして探ってみたい。 民法典草案における財産法は第Ⅳ部に当たる。それは,次表に示した 15 章から構成されている。
2010 年民法典草案
現行法第 4部「財産法」
(第 1 章)財産(権)に関する一般規定
(第 2 章)所有権および占有に関する規定
(第 3 章)財産の使用に関する規定
(第 4 章)土地の耕作,使用および登記に関する規定
(第 5 章)政府財産,公共財産およびコミュニティ財産に関する規定
(第 6 章)信託(トラスト)に関する規定
(第 7 章)用益権に関する規定
(第 8 章)役権に関する規定
(第 9 章)建物賃貸借に関する規定
(第 10 章)寄付および贈与に関する規定
(第 11 章)財産の移転および取得に関する規定
(第 12 章)不動産の抵当に関する規定
(第 13 章)不動産の先買に関する規定
(第 14 章)権原証書の登記に関する規定
(第 15 章)(消費貸借・使用貸借)取引に 関する規定
← 「1853年国法」(第Ⅲ部・諸章)
← 「1853年国法」(第Ⅲ部・諸章) ← 「1853年国法」(第Ⅲ部・第 8章)
← 「1853年国法」(第Ⅲ部・諸章)
← 「1853年国法」(第Ⅲ部・第 7章)
← 「1853年国法」(第Ⅲ部・第 4章) ← 「1853年国法」(第Ⅲ部・第 19 章) ← 「1964年土地法」
← 「1853年国法」(第Ⅲ部・第 2章) ← 「1853年国法」(第Ⅲ部・諸章) ← 「1853年国法」(第Ⅲ部・第 21 章) ← 「1853年国法」(第Ⅲ部・第 17 章)
このような財産法(財産編)の構成を現行法と対比してみると,つぎのような特色 が認められる。すなわち,――
(1)新たな規律
新たな規律として,所有権と占有権の相違が明確にされていること,用益権および役権についての規定が設けられたことが注目される。
(2)契約関連の規律の編入
大陸法系諸国の民法典では一般的に契約類型として規律されることの多い法律関係が,財産法に編入されている。例えば,――
①賃貸借一般が契約に規定されている一方で,建物の賃貸借は財産法に入っている。 ②寄付・贈与が契約ではなく,財産法に入っている。
③一般取引(消費貸借など)が財産法に入っている。
以上の概観を踏まえ,以下では,前記の表に示したような各章に規定された財産法関連の規定について,主要なトピックごとに,その特色を分析する。
(3)財産法関連規定の債務法への編入
ムルキ・アイン第Ⅱ部・第 6 章(遺失物拾得について)は,2010年民法典草案では, 新たに設けられた不当利得に関する章(第Ⅴ部・第 16章・699 条)に編入されている。この点については,規定の位置づけおよび内容に関し,今後議論が起こることも 予想される。
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第2項 財産および財産権の概念
民法典草案においても,財産と財産権との区別(より一般的には,権利の客体と権利との区別)は明確ではない。
財産としては,現金,動産,不動産に加え,行為も財産として捉えられ,売買,その他の処分の対象となる(草案 270 条)。
すみれ
「○○すること、が財産なんだ。」
なお,民法典草案で「物」(goods)という場合には,動産と不動産の双方が含まれる(草案270条説明)。
不動産には,土地,建物,土地・建物への附属物,地中(に埋め込まれたまま)の 鉱物,石,自然流水,地下水,河川・池・湖に恒常的に浮かばせる形で設置された建 物・その他の構造物,樹木・その果実が含まれる(草案 272 条) 。
動産は,移動可能な物一般のほか,社債・株式・手形・小切手等の有価証券,知的 財産,担保化された権利,暖簾,販売権,その他の不動産以外の物が含まれる(草案 273 条)。動産の概念の中に無体財産(non-material or intangible property)も含まれるものとして観念されている点に特色がある(草案 271条,273 条)。
所有主体ないし所有形態による財産(権)の分類にも特色がある。すなわち,財産 (権)はその所有形態により,――
①私有財産,
②家族共同財産,
③共有財産,
④コミュニティ財産,
⑤公共財産,
⑥政府財産,
⑦信託財産の 7 種類に分類される。
①私有財産は,その取得原因によって定義され(自らの知識,技術または努力によ って獲得されたもの等。草案 270条 1項),その効果として,排他的処分の権原が認 められる(草案 275条 2 項) 。
②家族共同財産は,家族員によって共有されている財産である。世襲財産,家族員による共有財産,家族員による共有財産の耕作や取引から得られた財産は家族共同財産とみなされる(草案 276 条 1項) 。
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また,法律に別段の定めがない限り,「配偶者によって取得された財産」やそれに由来する財産も,すべて夫婦による家族共同財産とみなされる点に特色がある(草案 276 条 2項)。
これは,夫婦をはじめとする家族員のコミュニティの観念が根強いこ とを窺わせる。
③共有財産は,家族員(members of undivided family)以外の複数の者によって所有される財産である(草案 277条)。各共有者は持分をもち,それは証書によって明確にされるが,証書がないときは共有者の持分の権原は等しいものとみなされる(草案 277 条 2項) 。 共有財産に変更を加えるためには,前共有者の同意を要する(草案 278条) 。
共有財産の維持・管理も全員の同意を求めるべきであるが,全員の同意が得られないときは,過半数(頭数)の決定により,過半数の同意が得られないときは,大の持分権者が決定権をもつ(草案 280 条 1~3項)。他方,共有物の維持・管理のために 生じた費用は,共有者が持分に応じて負担する。ある共有者Aが他の共有者Bの分も 負担したときは,Bは 1 年以内に償還する義務を負い,それを履行しないときはAは Bの持分を時価で買い取る権利をもつ(草案 280 条 4~6項) 。
共有物に関して訴えを提起し,または訴えを受けることは,全共有者が共同でしな ければならないが,それができない共有者がいるときは,他の共有者が 1 人または数 人で全共有者を代表して,訴えまたは訴えを受けることができる(草案 281 条)。 共有者はいつでも共有物の分割を請求することができる(草案 282 条) 。 ④政府財産,⑤公共財産および⑥コミュニティ財産については,後述。
第3項 政府財産,公共財産およびコミュニティ財産
(1)政府財産 政府の庁舎,その他の建物およびそれらの敷地,道路ならびに鉄道,山林およびそ の樹木,河川・流水・池沼・その土手,運河・通水路・未耕作地,山岳・砂漠,その 他公共財産でも,コミュニティ財産でも,信託財産でも,私有財産でもない財産(権) は,政府財産とみなされる(草案 318 条) 。
政府財産を処分するためには,政府が,各省庁の当該機関の同意を得て,行うことができる(草案 327 条)。その前提として,政府財産も各省庁の機関によって所有されていること,各省庁の機関が法人格をもつものとされていることに留意する必要がある
(2)公共財産
古代からの建物・土地・下水・道路,泉・湖岸・その土手,放牧地・墓地,宿泊施 設・記念物・宗教的な瞑想施設・寺院・神社・僧院・教会・市場,催事場,運動場, その他政府が官報の公告によって公共財産として規定した財産は,公共財産とみなされる(草案 319 条) 。 もっとも,湖岸ならびにその土手は,政府財産としても挙げられており(前述(1) , 草案 318 条),両者の関係に不明確な点が残っている。
(3)コミュニティ財産 コミュニティがその利用のために保有する土地,建物,その他の財産は,コミュニ ティの財産とみなされる(草案 321 条) 。
コミュニティがその財産を早利用する必要性がなくなったときは,そのコミュニティの全世帯主の同意により,土地税事務所に申請して所定の手続をすることにより, コミュニティ財産を公共財産に編入することができる。土地税事務所は,その旨の登録を行い,その結果を郡の行政事務所および地方政府に通知しなければならない(草 案 328条) 。
(4)公有財産の管理 政府財産,公共財産およびコミュニティ財産(以下,公有財産という)については, 土地税事務所が,地方政府の支援を得て,それに関する情報を管理し,かつ定期的に その内容を更新するものとされている。すなわち,公有財産の位置ないし所在(土地・ 建物の場合は,その所在地と地番),その管理者の詳細,その他必要な事項である(草 案 321条 1項・2 項)。コミュニティ財産の場合は地方政府がそうした情報の準備と 更新を行う(草案 321条 4項) 。 土地税事務所は,これらに関する情報のコピーを郡の行政事務所(District Administration Office)および地方政府に交付しなければならない(草案321条4項) 。 公有財産は政府,公共団体およびコミュニティがそれぞれ維持・管理しなければな らない(草案 323条)。公有財産を個人の名前で登記することは認められない(草案 324 条) 。
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第4項 所有権と占有の区別
所有者は財産の使用,売却・その他の方法による権原の移転,担保化,果実の取得 等をする権原をもつ(草案 286 条)。
他方,法律に従って財産を占有する意図をもつ者は,占有権をもつことが認められる(草案 287 条)。ただし,所有者でない者は,占有者の同意または法律の規定によって占有権を取得できる。占有権は,平穏,公然かつ善意で取得されたのでない限り,合法的に取得されたものとはみなされない(草案 288 条)。
占有は代理人によっても取得することができる(草案 289条)。占有権をもつ者は,法律によるのでなければ占有を妨げられない。
また,目的物から生じる便益を利用することができる。さらに,善意の占有者は目的物の維持・管理に要した費用を所有者に償還請求することができ,償還を受けるまでは目的物を留置することができる(草案 290条)。
このように占有権は所有権からひとまず区別されている。そして,強暴,隠秘または悪意で占有(権)を奪った者は,占有(権)を奪われた者に対し,目的物およびその占有から得た利益を返還しなければらなず,自己の過失によって生じさせた損害があれば,それを賠償しなければならない(草案 293条)。
占有権の効果として,反対占有権(adverse possessory right)が認められている。すなわち,動産の場合は 3 年間,土地の場合は 30 年間占有を継続することにより,反 対占有権を取得する。これは所有権と同様の機能をもつものであり,取得時効に相当する。ただし,政府財産,公共財産,コミュニティ財産に対しては,反対占有権は成立しない(時効取得は認められない)。また,契約があればそれが優先する。さらに,強暴または隠秘に行われた占有によっては,反対占有権は取得することができない (草案 292条)。
番人
「反対占有権、か。」
第5項 財産の使用に関する一般規定
所有権の効果として,目的物の使用権が認められる(草案 295 条)。ただし,ネパ ール政府が公益のために法律に従って個人の財産を取得することは認められる(草案 295 条)。
何ぴとも他人の財産(権)を侵害してはならない。民法典草案は,この点について 細かな行為規範を定めている(草案 295条 3項・4 項,草案 296 条)。そして,財産 (権)の侵害を予防するための措置(security measure)をとるべき義務まで規定している。もっとも,隣の土地または建物から生じるガス,臭気,煙,騒音は,それが事業によるものでない限り(日常生活上生じるものである場合),自己の土地・建物に 対する侵害とはみなされない(草案 297条) 。
財産(権)不可侵義務の一環として,何ぴとも土地所有者の書面による同意なしには,他人の土地の上に建物を建築することができないものとされる。もし書面による同意なしに他人の土地の上に建物を建築したときは,以下のように処理される(草案 298 条) 。 ①土地所有者は,もし望むならば,その建物を市場価格よりも 25%安い値段で買い取ることができる。
②土地所有者が①の買取権を行使しないときは,建物所有者は,土地所有者の同意を得て,当該土地を市場価格よりも 25%高い値段で買い取ることができる。
③土地所有者も建物所有者も①・②の買取権を行使しないときは,建物所有者は当該建物を建築から 6か月以内に収去しなければならない。
④建物所有者が③の収去義務を履行しないときは,当該建物は土地所有者に帰属する。
以上の規定は,民法典草案が,土地と建物を別不動産と捉えていることを前提とし ている。 建物を建築する際に,窓を設置するときは,建物を境界から 5フィート以上離さなければならない(草案 299 条)。
何人も雨水や排水を他人の土地や公道に直接に流してはならないほか,トイレ用タ ンクの掘削,井戸の掘削,樹木の植栽等について,相隣関係規定が定められている(草 案 300条~303 条)。例えば,A所有地に植栽された樹木の枝または根がB所有地を 侵害しているときは,「植栽者」は当該枝または根を切除しなければならず,もし植 栽者がそのようにしないときは,Bが自ら当該枝または根を切除することができる。また,Bはその費用を植栽者に対して償還請求することができる(草案 303 条)。も っとも,Aが植栽した土地をCに譲渡した場合は,Cが切除義務を負うと解すべきで あろう。
なお,相隣関係に関する規定は,次に述べる第 4 章(草案 306 条以下)にも存在する。
第6項 土地の耕作,使用および登記
土地所有者Aがその土地の耕作のために通水路を設ける必要があるときは,Aは通 水路の設置を求める土地の所有者Bに同意を求めることができる。その際,Aは代わりの土地の提供,当該土地の市場価格,または合理的な損害の賠償をしなければならない。
ただし,Bの土地が公共財産または政府財産の場合は,この限りでない(無償で利用できる)(草案 307 条)。このほか,流水の利用,通水路の利用に関し,詳細な規定が置かれている(草案 308 条~314条)。河川に隣接する土地の所有者は,河川が流れを変えた場合,その結果生じた土地を取得し,その土地を耕作することができる(草案 314 条)。
土地の登記に関して,他人の土地を自己の名前で登記してはならない旨が,あえて規定されている(草案 315 条)。そして,土地の所有名義人が死亡した場合,または土地に対する権利が移転したときは,関係者は35日以内に登記の移転を申請しなければならない。35 日を経過したときは,100ルピーを支払わなければならない(草案 316 条) 。
すみれ
「あえて規定されているのか。やる人も多い事情があるのかな。」
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第7項 用益権
民法典は用益権(usufruct)について規定を設けた。これは現行法にはない,新たな 制度の導入である。実際に用益権に対するどのような需要がネパール社会あるのか, また,今後民法典が施行され,この制度が導入された場合に,どのような形で利用され,普及してゆくかが注目される。
用益権は契約または遺言によって設定され,ある財産の所有者Aが他人Bに対し, 当該財産から得られる果実,便益,収入,利用利益等を獲得させるものである(草案 371 条,372 条)。用益権者Bは,あたかも所有者と同様に,当該目的物を利用し, 果実等の利益を享受することができる。
ただし,用益権者は,目的物の性質により, または所有者の事前の同意がなければ,目的財産自体を変更したり,損傷するような利用をすることはできない(草案 376 条)。
用益権の存続期間は契約または遺言によって定められるが,そのような定めがない場合は,用益権者が自然人のときは用益権者が死亡するか,用益権が効力を生じてから 49 年間が経過するか,いずれか早い期限の到来時点で終了する(草案 382 条 1項 a号)。
用益権者が法人のときは,法人が解散するか,用益権が効力を生じてから 29年間が経過するか,いずれか早い期限の到来時点で終了する(草案 382条 1 項 b号)。用益権者が服するある場合は,契約ま たは遺言に別段の定めがない限り,死亡または解散によって用益権を失った者の持分 は所有者に復帰する(草案 382条 3 項) 。
ポリー
「50年は長いという感覚ですね。」
用益権者は目的物の賃貸や担保設定をすることもできる。そのためには証書を作成 し,登記する必要がある。ただし,賃料が月額 1,000ルピーを超えない場合は,証書の作成を要しない(草案 377条)。また,賃貸や担保設定をしたときは,用益権者は所有者に通知しなければならない。
さらに,用益権の有効期間を超えて存続するよ うな賃貸や担保設定はすることができない(草案 377条 1 項)。また,賃貸や担保設定の証書には,目的財産が用益権の対象財産であることを示さなければならない(草 案 377条 2項)。これに反する賃貸借や担保設定は無効である(草案 377 条 3項)。
不動産に用益権を設定する場合は,証書を作成し,登録しなければならない(草案 373 条 1項)。家族共同財産に用益権を設定する場合は,家族員の同意を得なければならない(草案 373条 2 項)。用益権者は,所有者と同様の注意義務を負う(草案 378 条 1項)。
また,財産の維持に必要な費用を負担しなければならない(草案 378条 3 項)。なお,目的財産自体の財産税は所有者が支払うが,収益に対する毎年の課税は用益権者が支払わなければ ならない(草案 380 条)。さらに,用益権者は目的物が滅失・損傷を受けないようにしなければならず,滅失・損傷した場合には賠償責任を負う。ただし,自然災害による場合はこの限りでない(草案 379 条)。第三者が目的財産について権利を主張したり,侵害したりしたときは,そのことがあってから 15日以内に所有者に通知しなければならない(草案 381 条) 。 用益権者が目的財産に損害を与えたり,約定どおりの利用をしていないときは,目的物の所有者は用益権の設定を取り消すことができる(草案 383 条)。 他方,用益権者は用益の必要がなくなったときは,少なくとも 45 日前に所有者に通知して,用益権を放棄し,目的物を所有者に返還することができる(草案 384 条) 。
すみれ
「使っている人に税金の請求がくる仕組みになるんだ。」
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第8項 役権
役権(servitude)の概念は,現行法には存在せず,民法典によって初めて導入されるものである。民法典草案が導入しようとする役権は,不動産の所有者が,その不動産の便益を増すために,他人の不動産の全部または一部を,その目的に応じて利用す る権利である。役権は,契約によって設定され,または当該不動産が存在する地方の慣習もしくは法律の規定によって認められる(草案 387条)。役権は,承役不動産の譲渡や分割によっても影響を受けずに存続する(草案 389 条 1項・2 項) 。
なお,第Ⅳ部・第 8章が規定する役権には,いわゆる法定役権も含まれている。緊急事態の場合において,犠牲者を救うために,他人の土地や建物を利用する権利である(草案 391 条)。ある土地所有者にとって,公道へのアクセスが自然災害によって遮断された場合は,公道に至るまで他人の土地を合理的な場所と範囲において通行す 権利が認められる(草案 392 条)。
土地の分割や譲渡によって公道に通じない土地を生じるときは,予め通路を確保しなければならない(草案 393条 1 項)。また,ある者の土地に下水道,上水道,電線,ガス管または電話線といった生活上の基本的サ ービスの提供を受ける必要があるときは,その者は他の者がもつ土地を利用し,これらの設備を敷設する権利をもつ。
その場合には,要役財産の所有者は,承役財産の所有者に対し,合理的な損賠賠償の支払義務を負う(草案 394 条)。このほか,通行権 に関するその他の規定(草案 396条,399条。人間による通行のほか,家畜による通 行を認める),水の利用に関する規定(草案 395 条,396条)などがある。
第9項 財産(権)の移転および取得
売買や交換(草案 459 条参照)による財産(権)の移転は,譲渡人における所有権 の消滅と譲受人における所有権の発生として観念されている(草案 443 条 1項) 。
共有財産は共有者全員の同意がなければ譲渡できず,同意しない共有者があるときは,他の共有者はその持分を譲渡できるにすぎない(草案 445条)。これは,ごく一 般的に認められる共有法理である。他方,家族共有財産は,家族員の書面による同意がなければ譲渡できない(草案 446 条)。
しかしながら,世帯主は,家計を維持するために必要なときは,動産についてはその財産の全部を,不動産についてはその半分を,家族員の同意なしに譲渡することができる(草案 447条)。この点に,一般の共有財産との違いがある。
すみれ
「世帯主は強いんだね。」
また,寄付・贈与の場合と同様に,売却等による譲渡の場合にも,他人物譲渡はで きないものとされており,その旨の証書を作成しても無効である。したがって,その ような証書に基づいて引渡しがされたとしても,相手方はそれを所有者に返還しなければならない(草案 448 条 1項~3項) 。
なお,即時取得制度は認められていない。もっとも,盗品・遺失物が譲渡されたときは,盗難または遺失から 3 年間は,所有者は所有権を証明することにより,取得者に対して返還請求することができる。この場合,取得者はまず当該財産の維持・管理にかかった費用の償還を請求できる。
さらに,取得者が当該盗品・遺失物を公の市場で購入したときは,取得者が当該財産の取得に際して支払った費用,または当該財 産の現実の価値の償還を受けるまでは,当該財産を返還する義務はない(草案 448 条 4 項~6項)。その限りで,取得者は保護されることになる。なお,ここでの取得者は, 善意であることが前提とされているものと解される。
さらに,やはり寄付・贈与の場合と同様に,二重譲渡はできないものとされている。その結果,不動産の場合には初に証書が作成・登記された譲渡が,動産の場合には初に行われた取得が有効であり,不動産に関する第二の譲渡の証書または動産に関する第二の譲渡行為は無効である(草案 449条) 。
後に,外国人に対する不動産の譲渡および担保設定は,政府による事前の同意がなければ無効である。政府の事前同意なしに不動産の譲渡行為がされたときは,当該不動産は政府に移転する。譲受人たる外国人は,支払った代価を無担保の債権者として,譲渡人に返還請求するほかない(草案 460 条) 。
すみれ
「政府の同意を得るのは厳しいのかな。」
第10項 不動産の先買権
前述したように,ネパールはコミュニティ財産,家族財産等の制度を維持しているが,それと密接に関連する形で,不動産の所有者が当該不動産を譲渡した場合に,当該不動産に対して一定の密接な関係をもつ者による先買権の制度が存在する。
これもネパール民法の特色として看過することができない。 先買(Hak safa)の制度は,すでに現行法に存在し,実際にも利用されている。それに関する規定は,ムルキ・アインの諸章(一般取引,土地の耕作,寄付および贈与,登記に関する章)に分散している。民法典草案は,これを 1章に取りまとめ,包括的に規定しようとするものである。 不動産の所有者が,その不動産を他人に譲渡しようとする場合,当該不動産と一定の緊密な関係をもつ者は,所定の手続に従い,当該不動産を優先的に取得することができる(草案 482条) 。
そのような先買権をもつ者としては,当該不動産に隣接する不動産を所有する相続 人がある。この相続人は,買主が支払った代価および証書作成費用等を当該買主に提供することにより,当該不動産を優先的に取得することができる(草案 483条 1項)。
そのような相続人が複数いる場合は,近親の相続人が優先する。そのような相続人が複数いるときは,その全員が平等の割合で先買いすることができる(草案 483 条 2 項)。
近親の相続人が先買権を行使しないときは,次順位の相続人に先買権が移転する(草案 483 条 3項)。さらに,近隣の相続人がいない場合,またはそのような相続人がいても先買権を行使しないときは,当該不動産の賃借人がいれば,その者が先買権をもつ(草案 484条)
なお,建物の一部が売却されたときは,当該建物のたの部分を所有する者が優先的に先買権をもつ(草案 485 条)。ただし,区分所有建物(コンドミニアム)が譲渡されたときは,先買権の規定は適用されない(草案 487 条)。
番人
「コンドミニアムは別扱いか。」
先買権をもつ者がそれを行使するときは,管轄する土地税事務所で手続を行う。先 買権行使の申立てがあったときは,管轄土地税事務所は初に当該不動産を購入した買主を,交通に要する期間を除き,7日以内に出頭するよう召喚する(草案 488 条)。
先買権者は,該当不動産の譲渡があったことを知った時から 35日以内,かつ譲渡の登記がされた時から6か月以内に先買権を行使しなければならない(草案490条)。 この期間制限により,不動産売買における取引安全と先買権者の利益保護との調整が図られているものと考えられる。
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2016年加工編
法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
第11項 権原証書の登記
不動産の譲渡等,証書の作成・登記が必要な場合が規定されている。これは,すで に現行法であるムルキ・アイン第Ⅲ部・第 21 章に規定されている。民法典草案第Ⅴ 部・14 章はこれを承継し,必要な修正を加えている。 証書は管轄事務所(現行法では,管轄土地税事務所)で登記されなければならず(草 案 491条),登記されない証書は,証書としての法的に承認されない(草案 492 条 2 項)。
証書の作成・登記が必要な場合は,
①不動産の譲渡,
②抵当権(譲渡担保)の設定,
③遺言による不動産の寄付・贈与,
④不動産の交換,
⑤家族共同財産の分割または放棄,
⑥信託の設定,
⑦世帯の分割,
⑧月額 10,000ルピー以上の建物の賃貸借,
⑨不動産に対する用益権の設定,
⑩民法,その他の法律によって登記が必要とされる その他の証書である(草案 492条 1 項)。
もっとも,法律上登記が必要とされるこれらの証書のほかにも,当事者が任意に証書を作成し,その登記を管轄事務所に求めることができる(草案 493 条),とされていることに留意する必要がある。証書を作成し,登記するためには,所定の費用を支 払わなければならない(草案 497条)。もしも競合する内容の複数の証書が登記されてしまったときは,初の登記が有効 なものとされる(草案 500 条) 。
第12項 不動産の抵当
不動産の抵当の制度は,すでにネパールの現行法に存在する。 不動産の抵当には 2種類のものがある。1つは設定と同時に債権者に占有を移す用益抵当(usufructuary mortgage)であり,もう 1 つは設定後,債務者の債務不履行があった時に債権者が占有する権利をもつ非占有抵当(mortgage without possession) である(草案 464条 1項・2 項)。抵当債権者は,用益抵当の場合は証書の登記後ただちに,非占有抵当の場合は債務不履行後 2年以内に占有をしなければならない(草案 466条)。
番人
「質権みたいなものかな。」
用益抵当の債権者は利息を収受することができない一方,非占有抵当の債権者は利息を徴収することができる(草案 470 条)。用益抵当は,証書に別段の定めがない限り,10 年間を超えて占有をすることはできない。
10 年経過後は,たとえ 抵当不動産が返還されなくとも,債権者の債権は無担保債権となる(草案 471条) 。 他方,非占有抵当の存続期間(占有開始前)は 5年間を超えることができず,占有開始後は 10年間を超えて占有することはできない。それを超えて占有しても,無担保の債権となる(草案 472 条)。
いずれにしても,抵当の対象となる不動産は,債権者によって収益可能な性質のものに限られる(草案 464条 3 項)。これは,後述する抵当の執行方法と関連する。また,権原のない不動産を抵当にすることはできない(草案 464条 4項)。
不動産の抵当を設定するためには,証書を作成し,登記しなければならない(草案 465 条)。 抵当不動産は,その全部もしくは一部,または果実のみを転抵当に付すこともできる(草案 474 条,475条)。しかし,同一不動産を二重抵当に付すことはできない(草 案480条) 。 用益抵当にせよ,非占有抵当にせよ,債権者が当該不動産の占有を始めた後は,その果実等を収取し,債務の弁済に充てることになる。抵当債権者は当該不動産の占有を開始した後は,所有者と同様の合理的な注意をもって当該不動産を管理し,保護する義務を負う。
また,土地税を除き,収益に対する租税は抵当債権者が負担する(草 案 469条)。抵当債権者が抵当不動産に損害を加えたときは,賠償責任を負う(草案 478 条) 。
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第13項 信託(トラスト)
ある者Aが所有する財産(権)を,他の者Bが,受益者Cのために,必要な運用や管理をするために,信託が設定される(草案 333 条)。
信託は,前述したように,現行法にも存在する制度である。 受益者としては,個人だけでなく,団体,一般公衆,法人,その他の社団も,信託財産から便益を受けるかぎり,受益者として含まれる(草案 333 条説明)。
すみれ
「あるんだ。」
信託には公的信託と私的信託がある。公的信託は,経済開発のためのインフラ整備や開発事業のために基金を設立し,運営し,利用することなど,公益の増進に寄与することを目的とするものである(草案 334条 2 項)。
これに対し,特定の個人や団体に対する便益,便宜,施設の提供等を目的とするものは,私的信託とされる(草案 334 条 3項)。なお,信託が公的目的と私的目的の双方を達成するために設立されたときは,公的信託とみなされる(草案 334 条 4項)。
番人
「公益、私益じゃなくて、公的、私的っていう呼び方もいいね。」
公的信託と私的信託はいくつかの点で重要な違いがある。例えば,私的信託の場合,信託行為文書(instrument of a trust) に別段の定めがない限り,受益者が 1人でその者が契約を締結するのに必要な能力を具備したとき,または複数の受益者のすべてが能力者となり,かつ全員が同意したと きは,受託者に対し信託財産の移転を指示することができ,かかる指示を受けた受託者はそれに従って信託財産の所有権を移転しなければならない(草案 362条)。
また, 私的信託の場合,受益者は,契約締結するのに必要な能力を具備したときは,受益の全部または一部を放棄することができるが,すべての受益者がすべての受益を放棄したときは,信託は解除されたものとみなされる(草案 363 条) 。
信託は,信託財産の内容の詳細とその価格,受益者・受益の内容・その条件や期限の詳細等,所定の事項を記載した申請書を登記官に提出することによって行われる。
すみれ
「不動産以外もかな。公正証書のような役割もしているのかな。」
その際には,信託行為文書,受託者の氏名・写真・同意証書,委託者の同一性を証明する文書のコピー,信託の登記料を支払った旨の領収書も併せて提出することが求められる(草案 335条 1項・2 項)。
このうち,信託行為文書には,委託者の氏名・住所等,信託財産の対象と性質,受託者の氏名・住所・職業等,受益者の詳細,信託財産の利用方法,受託者の職務機関や報酬等を受ける場合の詳細,信託の期限・その他 の終了事由とその帰結,信託の運営・管理・監査の方法等を記載しなければならない(草案336条)。
信託は,所定の手続により,遺言によっても設定できる(草案 335 条 3項)。
外国人または外国法人も信託の設定をすることができる。その場合には,受託者の少なくとも 1 人がネパールに恒常的な住所(permanent residence)をもっていなければならない(草案 335条 4項) 。
信託の登記申請がされたときは,登記官は信託の目的や信託財産の詳細について必要な質問をしたうえで,合理的であると判断したときは,申請から 35 日以内に,信託の登記を行い,信託登記証明書を発行する。信託は登記によって設立される(草案 337 条 1項・2項)。
ただし,私的信託は,登記をしなくとも運営することができる(草 案 337条 3項)。他方,申請書に不備があったり,信託の名前がすでに登記された信託のそれと同一または類似していたり,信託の目的等が公益上不適切であるとか,違法であるとか,曖昧であって実行可能性がない等の事情がある場合は,登記官は信託の登記を拒絶することができる(草案 338 条)。
信託が設立されたときは,3か月以内に,委託者は信託財産を受託者に移転しなければならない(草案 339 条 1項) 。この期間内に信託財産が移転されなかったときは, 信託は解除されたものとみなされ,登記は効力を失う(草案 340 条)。
受託者は,信託行為文書に別の定めがない限り,委託者が指名する。受託者が信託行為文書で指定されていなかったり,委託者が指名しなかったりして,決まらないと きは,委託者自身が受託者とみなされる(草案 343条 2項・3 項)。受託者の数は, 低 1 名・大 7 名とされる(草案 345条)。法人も受託者となることができる(草案 346条) 。
受託者の権限については,さまざまな規制がある。例えば,受託者は,信託行為文書に別段の定めがない限り,管轄登記官の事前の同意なしには,信託財産たる不動産の全部または一部を売却および担保とすることができない(草案 341 条)。
また,信託財産から取得された収益で,信託目的の達成のためにただちに必要とされないものは,信託行為文書に別段の定めがない限り,信託目的の達成のための投資に利用することができる。その際には,信託行為文書に別段の定めがない限り,低 25%はネ パール国債の購入に充てなければならない。
すみれ
「国債買う義務があるの。」
また,商業銀行の定期預金口座への預金は大 25%にとどめなければならない。さらに,開発銀行の定期預金口座への預金は大 10%,商業銀行の普通株の購入は大 5%,融資会社の定期預金口座への預金は大 10%,公開有限会社の普通株の購入は大 5%に制限されている(草案 342 条 4項)。
受託者がその義務の履行に反し,受益者に損害を与えたときは,その損失を補填しなければならない。義務に違反した受託者が複数いる場合は,連帯責任を負う(複数の受託者がただちに連帯責任を負うのではない)(草案 357 条 3項・4 項) 。
受託者が欠けた場合において(草案 347 条参照),信託行為文書に受託者の承継者名簿が付されていないときは,受託者の死亡により,長男,義理の娘または娘がその順で受託者の地位を承継する。この者が能力者でないときは,その後見人が代理して受託者の職務を行う(草案 348 条)。 信託財産は,課税上は受託者の財産とはみなされず(草案 366 条),実質的に受益者の財産として取り扱われる(草案 364条)。
なお,信託財産について,例えば,受託者が横領,詐欺等をした場合に,受益者がその責任を追求するときは,受益者の権利は消滅時効にかからない(草案 370条)。そのようにして受託者の重い責任が維持されている。
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第14項 寄付および贈与
寄付(donation)とは,ある財産の所有者が他人または他の組織に対し,宗教的・社会的・公益的な利益またはコミュニティの利益のために,当該財産を譲渡するもので ある。
それは,相続人に対して行うことはできない(草案 424条 1項)。
他方,贈与(gift)とは,ある財産の所有者が他人または他の者に対し,その功績を讃えたり,贈与者の利益(見返り)を期待したり,家族員に対する愛情等に基づいて,当該財産を譲渡するものである。それは,相続人に対しても行うことができる(草案 424 条)。
寄付・贈与は,現金または 1,000 ルピーの価値を超えない動産を除き,証書を作成して行わなければならない(草案 432 条) 。いずれにせよ,寄付・贈与は合意に基づくものであるから,相手方が寄付・贈与の 受領を拒絶したときは,贈与は無効である(草案 435 条)。
寄付者は,相手方が寄付者に対して犯罪を犯したときは,寄付を撤回することがで きる(草案 437 条 a号)。また,贈与者は,受贈者が贈与者に対して誤った申立てや告訴をしたときは,贈与を撤回することができる(草案 437 条 b号)。さらに,受贈 者が贈与の証書に規定された義務履行等をしなかったときも,贈与者は贈与を撤回す ることができる(草案 437 条 c号) 。
興味深いことに,民法典草案は,他人物寄付・贈与および二重寄付・贈与を禁止している。他人物寄付・贈与はしてはならないものとされ(草案 425条),二重寄付・ 贈与行為が行われたときは,第一寄付・贈与のみが有効で,第二寄付・贈与は法的に 無効であるとされる(草案 426 条)。
第15項 建物の賃貸借
建物の賃貸借に関する規定が第Ⅳ部・第 9章に編入されている点に,民法典草案の 1 つの特色が認められる。
建物賃貸借の長存続期間は5年間とされている(合意による更新は何度でも可能) (草案 403条)。 賃貸人の義務としては,賃借人に利用させる義務,特別の合意がない限り,水道・ 電気・下水道のサービスを供給し,衛生状態を維持する義務,住居の安全を確保する義務,その他合意を遵守する義務がある(草案 407条)。また,土地および建物の税金は,所有者(賃貸人)が支払義務を負う(草案 410 条)。
賃借人の義務としては,約定通りに賃料を支払う義務,自己の所有物と同じように建物の安全,衛生状態を保ち,損傷しないように注意する義務,隣接居住者の安全を脅かさない義務,その他合意を遵守する義務がある(草案 408条)。
また,事業のために建物を賃借する者は,損害保険契約を締結する義務を負う(草案 411条)。もし この賃借人が損害保険に加入していなかったときは,建物に生じた損害は,自然災害 や暴動,放火等によるものであっても,その危険は賃借人が負担すべきことになる。 また,建物の修繕義務は,別段の合意がないときは,賃借人が負担する(草案 412条) 。
賃借人は,賃貸人の同意がある場合にのみ,目的建物の全部または一部を第三者に転貸することができる(草案 413条)。 賃借人は存続期間の満了前であっても賃借権を放棄して建物から退去することはできるが,少なくとも 35 日前に書面で賃貸人に通知しなければならない。他方,賃借人は,賃貸人が当該建物を自ら使用する必要が生じ,少なくとも 35 日前に文書で明渡しを請求してきたときは,明け渡さなければならない(草案 419 条 1 項 c 号))。
また,賃借人が賃料を支払わずに 3 か月以上行方不明のときは,賃貸人は賃借人が建 物に置き去った物を留置し,地方政府の代表者,警察官または警察官が利用困難なと きは当該地方の 2 人の者を証人として,その物を自己に帰属させることにより,未払賃料(の一部)を回収することができる(草案 422条)。 以上のように,概して,賃貸人の権利・義務と賃借人のそれらとを比較すると,賃貸人に相対的に有利な規定であると考えられる。
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法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
第16項 一般取引に関する規定
一般取引(消費貸借取引)が財産法に編入されていることも,民法典草案の特色である。これも現行法に由来する。これは,当事者の一方が他方から,一定量の金銭,その他の物を受領したときは,受領者が同じ(種類・品質・数量)の物を返還するものとされた場合に成立する(草案 502 条)。これは消費貸借取引に相当するが,かならず証書を作成・登記して行わなければならない(草案 504 条)。
すみれ
「ここでも登記か。」
証書には,取引当事者(婚姻している場合には,その配偶者),その父母,祖父母の氏名・年齢・ 住所,取引が行われた理由,取引の量,物の価格・性質,借入額(取引がそれに当たる場合),利率(利息の約定がある場合),借主の債務不履行の場合に債権者が返還を 受けるべき代わりの財産があるときはその内容,証書の登記場所と日時,その他取引 の性質上必要な事項が記載されなければならない(草案 505 条)。
このように一般取引は,消費貸借などに用いられるが,不動産取引と同様に,証書の作成・登記によっ て行われる点で,財産編の中に編入されていると考えられる。 証書に利息の約定が記載されていないときは,債権者は債務者に利息の支払いを請求することができない(草案 507条) 。
第3節 小括
ネパールにおける財産法の特色として,以下の点が挙げられる。
第1項 財産(権)の概念について
①財産と財産権の区別(一般的に権利とその客体との区別)は必ずしも明確ではないように思われる。
②動産の概念が広く,知的財産(権)や有価証券を含むものと観念されている。
③土地と建物は別不動産と捉えられている(草案 298条参照)。
④法律に別段の定めがない限り,「配偶者によって取得された財産」やそれに由来する財産は夫婦による家族共同財産とみなされており,夫婦をはじめとする家族員のコミュニティの観念が根強い。
⑤公共財産と区別されたコミュニティ財産が存在する。それは土地税事務所により, 当該コミュニティの名前で登録され,管理される。
⑥政府財産は各省庁の機関が独自に所有するものと構成されている。
第2項 財産(権)の取引について
①全体として,動的安全よりも,静的安全を重視している。財産の意義,所有形態, 利用についての規定が,財産の取引や担保化についての規定に先立つ。
②寄付・贈与に関して,他人物寄付・贈与および二重寄付・贈与を禁止している。 他人物寄付・贈与はしてはならないものとされ(草案 425。行為規範的),二重寄付・ 贈与行為が行われたときは,第一寄付・贈与のみが有効で,第二寄付・贈与は法的に無効であるとされる(草案 426 条)。
③売却等による譲渡の場合にも,他人物譲渡はできないものとされており,その旨の証書を作成しても無効である。したがって,そのような証書に基づいて引渡しがされたとしても,相手方はそれを所有者に返還しなければならない(草案 448条 1 項~3 項) 。
また,二重譲渡もできないものとされている。その結果,不動産の場合には初に証書が作成・登記された譲渡が,動産の場合には初に行われた取得が有効であり, 不動産に関する第二の譲渡の証書または動産に関する第二の譲渡行為は無効である(草案 449条) 。
④即時取得制度は認められていない。もっとも,盗品・遺失物が譲渡されたときは, 盗難または遺失から 3年間は,所有者は所有権を証明することにより,取得者に対して返還請求することができる。この場合,取得者はまず当該財産の維持・管理にかかった費用の償還を請求できる。さらに,取得者が当該盗品・遺失物を公の市場で購入したときは,取得者が当該財産の取得に際して支払った費用,または当該財産の現 実の価値の償還を受けるまでは,当該財産を返還する義務はない(草案 448条 4 項~6 項)。その限りで,取得者は保護されることになる。
なお,ここでの取得者は,善意であることが前提とされているものと解される。
⑤不動産の譲渡に対しては,近隣の親族等の先買権という大きな制限が付着している。もっとも,先買権の行使期間をある程度制限することにより,取引安全との調整を図っている。
⑥財産所有権の移転は,動産の場合は引渡主義,不動産の場合は登記主義をとっている。これは現行法を承継するものであり,コモン・ローをの考え方をベースにするものと解される。
第3項 担保について
担保権については,占有担保(不動産質)のタイプと非占有担保(譲渡担保)のタ イプがある。いずれも執行の便宜を相当考慮している。すなわち,前者の場合は,基 本的に果実を担保権者に帰属させることによる。後者の場合は,基本的に非占有担保 (譲渡担保)権者が目的物の所有権を取得し,または処分することによる。これは, 執行システムの未整備をカバーするための工夫と解することもできる。
第4項 その他 ①信託(トラスト)を民法典に導入している。これは,コモン・ローとシビル・ロ ーとの折衷構造の一例といえる。 ②何ぴとも他人の財産(権)を侵害してはならないといった,細かな行為規範を定 めている(草案 295条 3 項・4 項,草案 296条)。これらはある意味では当然のこと ともいえるが,それらをあえて規定している点に,行為規範を重視するネパール民法 の特色がよく表れているといえよう。
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法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
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第4節 小括
これまでの検討を踏まえて、ネパール契約法および不当利得法・不法行為法の現状 と今後の立法動向について所見を述べる。
現在のネパールにおいて契約法を規律する主たる法律は、1854 年に制定された「ム ルキ・アイン」 (1963年に一部改正)と 2000 年に制定された「契約法」であり、前者は「賃金」 、「一般取引」(金銭消費貸借・使用貸借契約)、および、「寄附・贈与」 に関する規定を、また、後者は、契約法の一般規定(成立要件、有効要件、履行・義務、違反・救済)と幾つかの個別契約に関する規定(保証・補償契約、寄託契約、担保・預託契約、物品売買契約、代理契約、貨物運送契約)を置く。
後者の制定法は、 イギリスの判例法を成文化して制定されたインドの「1872 年契約法」を模範としているが、あくまでもネパール側が主体的、選択的に同法の一部を取り入れたという経緯があり、その内容は必ずしも同一ではない。しかし、 「2000 年契約法」の構成や内容が英米法の影響を強く受けているのは事実である。それに対して、前者のムルキ・ アインにおいて規律される契約は、ネパールの慣習法や法実務に基づいた内容となっている。
2010年に完成した「民法典草案」においては、上述した二つの現行法の契約法に関わる諸規定が、一定の修正や新設条項を盛り込みつつ、同草案の第 4部(財産法)の一部と第 5 部(契約法および義務に関する法)に踏襲されている。
従って、将来、 同草案をベースとした民法法案が公布・施行されたとしても、現行法上の規律と大きな乖離はなく、ネパールにおける契約法実務が混乱するような事態にはならないと予 想される。
もっとも、今回の民法典草案の起草過程では、契約法の統一を目指す国際的な趨勢をも視野に入れて、現行ネパール契約法の「現代化」が図られた部分も多く見られる。
例えば、
①契約の解釈に関する一般規定の導入、
②共通錯誤や一部無効の規定の導入、
③契約が取り消された場合の第三者保護規定の導入、
④事情変更の原則の効果として の契約改訂権・再交渉権の導入、
⑤履行遅滞に関する規定の導入、
⑥物品売買契約における売主の保証責任規定の充実化、
⑦保証契約における継続的保証の導入、
⑧代理契約における表見代理規定の充実化、
⑨被用者 10名以下の雇用契約を規律するルー ルの充実化などが挙げられよう。
また、今回の民法典草案では、
⑩賃貸借契約(建物 賃貸借を除く)と
⑪分割払い契約に関する章が新設され、これらの契約を規律するル ールが置かれることとなった。
残された課題としては、
①一方的錯誤を規律するルールの不備、
②契約違反に対する救済としての損害賠償につき、その範囲を確定するルールが精緻化されていない点、
③過失相殺に関する規定の不備、また、
④多数当事者間の債権債務関係を規律するル ールが単純であることなど、これらは幾つかの例にすぎないが、個々の契約ルールに 関して今後改善を期待したい点がある。
また、贈与契約や金銭消費・使用貸借契約に関する規定が第 4部の財産法に置かれており、賃貸借契約に至っては、建物賃貸借が第 4 部に、その他の賃貸借が第 5部に規律されているなど、契約法の体系性という観点からは分かりにくい構成となっている。
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法務省調査研究報告 ネパールにおける現行民事法の現状と今後の立法動向より抜粋
その他、消費者契約や電子的取引への対応なども、今後の課題として浮上するであろう。 後に、比較法的見地から見た(ネパール民法草案における)契約法の位置づけについて言及する。民法典草案における契約法の多くの部分が、現行の「2000 年契約法」を踏襲している結果、同草案の契約法ルールも英米法(とりわけインド契約法) の影響を強く受けていると評価できる。
しかし、それは英米法系に属する契約法であることを意味しない。例えば、英米法系の契約法の特徴として、契約の成立要件として「約因」を要求すること、また、契約責任は帰責事由を要しない厳格責任であるこ となどが挙げられるが、ネパール民法においては、前者の要件は不要としており、後者の点については過失責任を想定した規定も置く。また、今回の契約法の現代化の過程では、CISG や PICC などの国際取引に関わる条約やモデル法を参考にしたルール も導入しており、さらには、ネパール慣習法やムルキ・アインの影響も残っている。
以上のことから、ネパール民法における契約法は、英米契約法のルールや構成を基礎としつつも、それに限定されない多様なルールを内包した内容となっているのである。
民法典草案第 5 部に導入された「準契約」、「不当利得」 、「不法行為」および「欠陥 製品に対する責任」の各章は、すべて新設規定である。不当利得法については、英米法系の「準契約」と大陸法系の「不当利得」の両制度を導入している点は比較法的に見てユニークであり、家族法、財産法、また契約法を補充するルールとして、その運用が期待される。
不法行為法についていえば、現在のネパールには、わずかの個別立法を除けば、一般不法行為法に対する規律は存在せず、他者への侵害行為はもっぱら刑事責任を課すことで対応している。その意味で、民法典草案に「不法行為」に関する章が設けられた意義は大きい。
もっとも、契約責任が認められる場合や、侵害行為が刑事責任を問われる場合には、不法行為責任は成立しないので、同責任が生じる場面は限定されている。その克服が今後の課題だと思われる。不法行為法の内容それ自体は、日本民法上の不法行為規定と類似している点が多いが(過失責任主義を前提とする)、いずれにせよ、不法行為法は「判例法による法形成」による発展が期待される領域であるため、同章で規定された不法行為法がネパール社会においてどのように 定着、進展していくかは未知数である。なお、併せて導入された「欠陥製品に対する 責任」(製造物責任)の章についても、同じことが当てはまるであろう。
第5章 むすび
現行ネパール民法は、すでに指摘したように民事法と刑事法、実体法と手続法が混在しているために、紛争処理基準としては極めて使い勝手の悪いものである。また、 発展するネパール社会の現実にも十分応じることができないものとなっている。そこで、2010 年民法典草案が作成されたが、ネパールの不安定な政治状況のもとで、制定のめどは立っていない現状にある。
番人
「草案ができても、大変だね。」
2010 年民法典草案は、現行法に比べると、構成が全面的に変わっただけでなく内容の整理や新たな規定の追加などにより整備されたものとなっている。ただ、新たな立法をめぐっては、裁判官や検察官の間では理解は広まるとしても、利用者である国民にどのようにして周知していくのかを含め弁護士への実効性ある情報提供をどのようにするのか、弁護士の中には現行法でも取り立てて問題はないという意見への対応など、多くの課題が残されている。
さらに、すでに触れたように、新法案は現状に「妥協する」部分もあって近い将来に制定されたとしても、施行後には修正の必要が出てくると思われる。また、立法作業に時間を要することになると、法案を修正する必要があるとの指摘もでてくることも予想され、 民法草案をめぐる状況は現段階では流動的と言えよう。
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