1 条文
(信託財産責任負担債務の範囲)
第二十一条 次に掲げる権利に係る債務は、信託財産責任負担債務となる。
一 省略
二 信託財産に属する財産について信託前の原因によって生じた権利
三 信託前に生じた委託者に対する債権であって、当該債権に係る債務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行為の定めがあるもの
―以下、省略―
1―1 信託設定前の抵当権は、信託財産責任負担債務(21条1項2号)
「信託財産に属する財産について信託前の原因によって生じた権利」として、信託設定前の抵当権が挙げられています 。
その理由については、記載されている書籍などを見つけることは出来ませんでした。
1―2 信託設定前の抵当権は、21条1項2号の信託財産責任負担債務ではない
これに対して、信託設定前の抵当権は、少なくとも信託法21条1項2号の信託財産責任負担債務ではない、という考えがあります 。理由としては、
(1)信託の設定のために財産が委託者から受託者に移転されても抵当権が存続するのは、抵当権が登記されており、受託者に対抗することができるから。
(2)抵当権が存在しているからといって受託者が債務を負うわけではない(債務は債務者が負い、最終的には抵当権の目的となっている物が負う。)。
結論は、抵当権の負担の付いた不動産が信託財産に属する不動産になっている、というものです。
2 信託財産責任負担債務(信託法21条1項2号の場合)
2―1 要件
(1)信託行為の効力が発生することにより、当然に信託財産責任負担債務になる(1項本文)。
(2)信託設定する財産に関する債務
(3)信託設定前の原因によって生じた債務
2―2 信託財産責任負担債務とは
(1)信託財産から履行する債務(信託法2条1項9号)
(2)信託財産責任限定負担債務(信託法21条2項)ではない信託財産責任負担債務は、受託者が個人の財産から履行する可能性がある。履行後は、受益者との信託内部の関係となる 。
3 抵当権
3―1 抵当権とは何か(民法369条~)
法定の担保物権である抵当権の特徴を以下に示します。
(1)占有を抵当権者に移転せず、設定者が利用する(非占有担保権)。
(2)抵当権者イコール債権者。
(3)第3者に対抗するためには、登記が必要。
(4)債務者イコール設定者、とは限らない。
(5)設定者が債務者ではない場合、設定者自身は債務を負担していない。債務者が債務を返済できないとき、抵当権が実行されると設定者は抵当権の目的である物を失う。実質は保証人と同様の地位に立つ(物上保証人とも呼ばれる) 。
3―2 抵当権の権利は、何か。
性質としては、付従性や随伴性などがありますが、直接の権利としては、1つしか考えられませんでした。
(1)債務不履行があった場合に、目的物の売却代金から優先弁済を受ける権利。
4 信託設定前の抵当権は、信託法21条1項2号の信託財産責任負担債務か
4―1 2-1(要件)への当てはめ
4―1―1 (1)信託行為の効力が発生することにより、当然に信託財産責任負担債務になる(1項本文)。信託行為の効力が発生することにより、抵当権が付いている不動産の所有権は、当然に受託者へ移転します。登記前は、委託者の債権者へ、登記後は委託者、受託者の債権者へ対抗することができます。
所有権の移転、第3者への対抗と、信託財産責任負担債務になることは関係がないので、(1)の要件は満たしていないと考えられます。
4―1―2 (2)信託設定する財産に関する債務。信託設定する土地に抵当権がある場合を考えてみます。委託者からみると、債務者の債務不履行があった場合に、土地の売却代金から優先弁済をする、停止条件付きの債務となります。停止条件付の債務は、まだ行使されておらず、債務者が債務を全て弁済すると債務は消滅し、抵当権も付従性により消滅します。
4―1―3 (3)信託設定前の原因によって生じた債務。抵当権の被担保債権は、信託設定前の原因によって生じています。このように考えていくと、「債務」が停止条件付の債務を含むのか、を判断する必要があります。
5 信託設定前の原因によって生じた債務は、停止条件付の債務を含むか。
5―1 相続税法
保証人の場合、原則として相続税の評価に含まない 。
5―2 所得税法
保証人の場合、原則として、所得控除の対象とならない 。
5―3 抵当権の実行
(実体上の要件)
(1)抵当権が存在していること
(2)被担保債権が存在し、その弁済期が到来していること
6 結論
信託設定前の原因によって生じた債務は、停止条件付の債務を含むのか。判断基準は、以下の要件に該当する場合に、債務に含めるとするのが妥当と考えらえます。
(1)信託設定時に、抵当権の被担保債権が履行遅滞になっていること。
以上