令和5年度不動産登記研修会「相続登記申請義務化に関する研修会」日本司法書士会連合会
令和6年(2024年)3月2日(土)
第1講 「相続登記申請義務化へ向けての司法書士の役割~」
講師 早稲田大学大学院法務研究科教授 山野目 章夫
第2講 「相続登記申請義務化と相続人申告登記の概要」
講師 法務省民事局民事第二課長 大谷 太
第3講「鼎談 大相続登記時代に向けて、相続登記義務化における司法書士としての使命について」
登壇者 山野目 章夫(早稲田大学大学院法務研究科教授)
里村 美喜夫(不動産登記法改正等対策部部長)
今川 嘉典(不動産登記法改正等対策部部委員)
「相続登記申請義務化へ向けての司法書士の役割」
早稲田大学教授 山野目 章夫
目次
第1 法体系における不動産登記制度の意義
第2 いまさらながらの復習
1 起算点は2つの事実
2 義務化の二段階の構造
3 あること証明とないこと証明
4 新しい不動産登記法164条の2つの項
第3 相続登記の実務
第4 司法書士制度の展望
第1 法体系における不動産登記制度の意義
権利に関する登記であるにもかかわらず、なぜ義務化されるか?
対抗要件にすぎない、と難ずる者が今もある。・・・ 表示の登記(不動産登記法36条、47条)。
画期をなす改革
令和3年法律第24号により不動産登記法が改正された。
法務省 民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00501.html
不動産登記法を今の姿にした平成16年法律第123号にとって特筆すべき改正
明治からの不動産登記制度の発展のなかで眺めてみても、画期をなす改革とみなければならない。
慟哭と共に三陸の浜に立つ
土地政策の一つ
対抗要件にすぎないという言説を考える
不動産登記法は、決して私法、民法の附属法ではない。
あらためて政府答弁を読む
「不動産登記は、権利を取得した者がその権利を保全する対抗要件としての機能を有するものでございますが、対抗要件制度のためのみに存在するものでもございません。特に、近時におきましては、国土の管理や有効活用という側面から、土地の所有者情報を始めとして、土地の基本的な情報を公示する台帳としての役割を有する点が指摘されております」(法務省の小出邦夫民事局長〔当時〕、2021年3月24日、衆議院法務委員会)。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000420420210324007.htm
第2 いまさらながらの復習
相続登記の義務化ということの意義
受験論点のような話のいくつか
1 起算点は2つの事実
不動産登記法76条の2第1項前段。
- 2つの事実とは何か?
被相続人が死亡した事実、および被相続人が不動産を所有していた事実の双方を知った場合において、双方の事実を知った日から3年以内に、相続による所有権の移転の登記を申請。
- 特定財産承継遺言の場合はどのように考えるか?
被相続人人が甲土地を特定の相続人に、相続させる旨の特定財産承継遺言をしていた場合において、相続人は、相続による所有権の移転の申請をしなければならない。その根拠も76条の2第1項前段。この場合において、他の相続人は、相続登記の義務を課せられない。
- 土地のみならず建物も義務づけられるか?
相続登記の義務が課せられる場面は、土地または建物を目的とする相続である(76条の2は、不動産の一般に関する規定である)。土地のみということではない。
- 根抵当権の債務者変更なども義務づけられるか?
相続登記の義務が課せられる場面は、所有権の登記に限られる(76条の2は、所有権の登記に関する規定である)。配偶者居住権は、もともと相続による権利変動を観念すること余地がない。
登記地目が墓地の場合
本橋寛樹「祭祀承継者指定の審判と民法第897条による承継登記」登記情報2024年2月号〔通巻747号〕、山野目「墓地などの土地の承継と相続登記の義務」NBL1244号〔2023年〕。
- 法律を知らない一般の人びとを非難しない
知った時から3年という起算点の「知った時」の意義は、過失により知らなかった場合を含まない。気づかなかったことについて相続人に落度があっても、3年は進行しない。
2 義務化の二段階の構造
相続によるA→B・C・Dの法定相続分を持分とする甲土地の所有権の移転の登記が未だされていない場合において、B・C・Dの協議または家庭裁判所の審判によりBが甲土地を所有する旨の遺産の分割が成立した場合においては、Bが、相続によるA→Bの所有権の移転の登記を申請しなければならない。この場合において、C・Dは、相続登記の義務を課せられない。
また、法定相続分による登記がされた後・・・法定相続分による登記、原因は相続、申請人は相続人全員がされた場合でも、更生登記が出来る、ということ?
で同旨の遺産の分割が成立した場合において、Bは、その遺産の分割が成立した日から3年以内に、B・C・Dを所有権の登記名義人とする登記をBのみが登記名義人になる登記に更正する登記を申請しなければならない(76条の2第2項)。この更正により相続によるA→Bの所有権の移転の登記がされることとなる。
- 法定相続分という言葉が法文に出てくるか?
76条の2第1項が主題とする登記のうち、法定相続分による登記とよばれるものは、精密に述べると、76条の2第2項が謳うとおり、「民法第900条及び第901条の規定により算定した相続分に応じてされた」登記。
この法定相続分による登記がされている場合において、「遺産の分割があったとき」は、その遺産の分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した者は、その遺産の分割の日から3年以内に、所有権取得の登記を申請しなければならない(同項)。
- 指定相続分はどのように考えるか?
遺言で相続分の指定がされた局面も検討を要する。この局面は、76条の2第2項に基づく相続登記の義務づけの外に置かれる。同項は、その括弧書において民法900条・901条を掲げ、半面、902条を掲げない。
AがBの相続分を半分とし、C・Dの相続分をそれぞれ4分の1と相続分を定める遺言をしていた場合において、これらの指定相続分に即して持分を登記するA→B・C・Dの所有権の移転の登記で相続によるものをしたときに、その後に甲土地(の全部)をBが取得する旨の遺産の分割が調うとしても、Bは、その旨を公示する所有権の更正の登記を申請する義務を負わない。むろん、その旨の登記を申請することは、望まれる。しかし、公法上の義務づけをしてまで当該登記の申請を求めることは要請されないとする政策が、ここでは採られる。
指定相続分による登記がされた後の遺産の分割を反映する登記を義務づける政策の採用を躊躇させる考慮要素として、相続分を指定する遺言というものの実態がある。とりわけ自筆証書遺言で相続分の指定がされる場合において、その指定の意思の表示は、相続分や指定という法律表現を用いてされるとは限らず、民法902条に言及されるとも限らない。
その結果として、現実にされる遺言において表示される遺言者の意思の解釈において、相続分の指定であるか遺産分割方法の指定であるか、判断が難しい事例も想像される。
実子である女と養子である男が推定相続人であり、これらの子が婚姻をしている場合において、「私の財産は夫が3分の2、妻が3分の1の割合で夫婦に継がせる」という遺言がされた場合において、一筆の土地がほぼ唯一の「私の財産」であるときに、この意思表示が相続分の指定であるとする理解のほか、示された割合を持分とする遺産分割方法の指定(終局的に夫婦が当該土地を共有していって欲しいと望む処分であり、厳密に述べると、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定である)であるとする理解も成りたつ。後者の理解を前提として共有の登記がされる場合において、後日に土地を夫が単独で所有する旨の夫婦の協議が調うときに、それは遺産の分割でなく共有物分割になる。その共有物分割による登記は義務づけられない。このように複数の遺言理解がなりたつ場合において、特定の理解を前提として義務づけがされる可能性を生じさせることは相続人を困惑させる
この結果は避けられるべきであり、遺言で指定された相続分について相続登記の義務づけをしない76条の2第2項の規定は、このような観点からも理解される。
- 更正の登記の根拠規定は? 登記原因は?
更正の登記は、単独で申請することができる(63条2項が根拠となる)。この更正の登記は、登記原因を「遺産分割」としてBが単独で申請することができる(民事局長通達令和5年3月28日民二538号)。
3 あること証明とないこと証明
不動産登記法76条の3が定める手続。
相続人申告登記という言葉が法文に出てくるか?
同条の法文において言葉そのものが現われるものではないが、同条が主題とする登記は、おおづかみに相続人申告登記とよばれる。
相続人を網羅的に知ることができる登記ではないけれども、相続人申告登記により、相続開始の事実に加え、誰が相続人であるか全く判明していないものではない、という状態が登記上形成される。このような登記の状態は、相続人申告登記が簡易な手続による申出によりされるから、迅速な実現も期待される。
- 法定相続分による登記をする場合と何が異なるか?
ほかに相続人がない事実を戸籍上証明することは不要。
相続人申告登記をして申告人として付記登記をされた者は、氏名や住所が変更した場合において、付記登記の変更の申出をすることができる。できるけれども、しなくてもよい。
4 新しい不動産登記法164条の2つの項
過料は、金銭罰であり、その点では罰金や科料と似る。しかし、罰金や科料は、刑事罰であり、これらに処する裁判は、刑事訴訟法に従い行なわれる。
- 過料って何?
秩序罰であるということの意義は、行政施策の達成が妨げられ、しかも、違反行為を罰しないことにより、その施策の遂行に係る規律が実質的に損なわれることにある。相続登記の義務づけも、不動産登記行政を的確に執行し、登記簿に適時、的確に権利関係が公示される成果の確保に趣旨が見出される。
不動産登記法164条1項は、正当な理由がある場合において過料を科さないとしており、そこにいう正当な理由も、それがあるときに控えられる過料の秩序罰としての性格を踏まえ、その存否が見定められる。
- いきなり、とはならない
まず、相続登記が義務づけられたところに従い履践されていない事案を認知した登記官は、申請の義務を負う者に対し相続登記の申請の履践を促す。この促す過程を省いて短兵急に過料の制裁を要請することは、適正な手続と見ることはできない(不動産登記規則187条1号参照)。
不動産登記規則(裁判所への通知)
第百八十七条 登記官は、次の各号に掲げる場合には、遅滞なく、管轄地方裁判所にその事件を通知しなければならない。
一 法第百六十四条の規定により過料に処せられるべき者があることを職務上知ったとき(登記官が法第七十六条の二第一項若しくは第二項又は第七十六条の三第四項の規定による申請をすべき義務に違反した者に対し相当の期間を定めてその申請をすべき旨を催告したにもかかわらず、その期間内にその申請がされないときに限る。)
もちろん、これらの場合であっても、それぞれの困難がなくなったと認められる段階において相続登記をすべきであり、いったん正当な理由があるとされる事案が、事態の推移にかかわりなくずっと正当な理由があるとされるものではない。申請人が重篤な疾病に悩まされている場合などにおいて、やむをえない事情があるものとして、過料に処さない解決が望まれるが、これも、申請人の疾病が治癒した後に登記申請を促す手順が想定される。
- 個人の便宜を口実にされても困る
余命が小さいとみられる相続人が死亡する時を待って登記をしようとしている間に3年を経たという事例は、正当な理由があるとはみられない。登記を困難にしている事情が何ら存しないからである。
- 謙抑的な運用という基本精神
「3年経過時の過料の対象の時点で例えば重病であった、正当事由があった場合に、その重病であった状態を脱して、要するに病気が治癒した場合について、3年前は正当事由で過料は免れました、4年後に病気は治っていましたというときに、果たしてそれは遡ってまた義務や過料の対象になるのか、3年前に病気であればもうその後も過料は免れるような形になるのか、このようなところも非常に曖昧であるというふうに問題意識を持っておりますので、この辺り、やはり公平性を持った形で今後の議論がされることを切望しておりますし、我々も今後、引き続き問題意識を発言していきたいというふうに思っております」(阿部健太郎・発言・参議院法務委員会、2021年4月15日)。
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=120415206X00820210415
過料は刑事罰でないから、刑法の諸理論・・・罪数を厳密に用いるということにならない。とはいえ、50筆の土地を有していて死亡した者があるとき、3年を経ると500万円の過料を科することは、いかにも機械的である。また、3年を経て10万円をいったん科せられた者が、それでも依然として登記をしない場合において、再び10万円を科する扱いは、適正手続の観点に照らし、理論的にも検討課題が残る。
第3 相続登記の実務
アドバイザーとしての司法書士
1 いずれを勧めるか――76条の2の第1項と第2項
2 いずれを勧めるか――76 条の2 と76 条の3
法務省のウェブサイトを御自分で見てみて、そのうえで御来訪ください、と案内する手順は、ひとつの工夫であるかもしれない。
登記の手続 | 登記の態様 | B による不動産の処分の登記 | B の住所が変更したならば | ||||
B・C・D の法定相続分による登記 | 単独申請 戸籍の “ないこと証明” | 主登記 持分が登記される。 | B の持分の処分の登記が可能。 | 住所の変更の登記が義務づけられる。 | |||
B を申告人とする相続人申告登記 | 申出→職権 戸籍の “あること証明” | 付記登記 持分が登記されない。 | 依然として登記名義人はA。 | できる。 しなくてもよい。 | |||
第2講 「相続登記申請義務化と相続人申告登記の概要」
講師 法務省民事局民事第二課長 大谷太
相続人申告登記
法定相続情報番号(法定相続情報一覧図の番号)を提出すれば、戸籍謄本の添付は不要。不動産登記規則37条の3
不動産登記規則158条の2第1項8号、第158条の3、158条の5、158条の8(不動産登記令12条、電子証明書不要)、158条の9、158条の10(不動産登記令16条)、158条の19(追加的記載事項)、158条の20(添付情報の省略)、
第3講 相続登記の申請義務化と司法書士業務について 個別テーマ一覧
- 法制審議会での相続登記義務づけ議論について
調査をすれば分かる、というのは司法書士の言い分。
登記記録から所有者が分かる、ということが大切。
今後が大切。
- 申請義務化が適用された場合、司法書士業務はどのように変化するか
登記情報を最新に保つ使命・・・所有権については。
3.いわゆる二段の申請義務が発生する場合はどのようなときか
4.相続人申告登記をする場合は、どのようなときか
・・・相続人申告登記は司法書士発(山野目章夫教授。初めて知りました。
持分を取得した分ではないことを説明する必要。
・・・付記1号の付記1号相続人申告登記も可能か。相続人申告登記を申請した相続人が亡くなった場合。
5.相続登記の申請の義務が免れる場合と過料の適用はどのようになるか
6.国庫帰属制度にどのように対応していくのか
7.登記事項のいくつかの変更
法人識別事項・国内連絡先
所有権登記名義人の旧姓併記
外国人が所有権の登記名義人となる場合のローマ字併記
DV被害者等の保護のための住所の代替措置
8.外国に住所を有する外国人等の住所証明情報の取扱いについて
9.遺産分割協議への関与はどのようにすべきか