遺言記載の遺贈金額に相続財産が伴わない場合

遺言・相続実務問題研究会編『実務家も迷う 遺言相続の難事件 事例式 解決への戦略的道しるべ』2021、新日本法規出版、Case23からです。

・平成18年4月15日頃 相続人がいないCが、自筆証書遺言を作成。

・仮の日付

・2018(平成30)年1月1日 遺言者C死亡。

・2018(平成30)年1月8日 Cの親類縁者が、Cの遺骨をD寺に納骨。

・2018(平成30)年2月1日 Aが遺言執行者選任申立て(民法1010条)。

・2018(平成30)年4月1日 弁護士が遺言執行者選任。

・2018(平成30)年7月1日 遺言執行者の、Cの相続財産調査結果。

・2018(平成30)年8月1日 D寺と異なる寺から、遺言執行者に対し、遺贈金2,000万円の請求。

手続選択の視点
1、遺言者Cには相続人がいないが、遺言執行者として相続人不存在にかかる相続財産管理人選任の申立て(民法952①、現行民法952)の必要性および申立ての可否。
2、遺産中に現金は300万円程度しかなく、遺贈するとされている3,100万円に満たないが、本Case遺言に基づき遺言執行者は預貯金の解約ないし不動産の売却を行うことができるか。
3、遺言の内容が『Aに現金一千万、Bに現金百万、お寺さんに二千万』だった場合はどうか。
4、遺言の内容が『Aに金銭一千万、Bに金銭百万、お寺さんに金銭二千万』だった場合はどうか。
5、遺言執行者が遺贈の履行を行わない場合、D寺と異なる寺院は遺贈金請求訴訟を提起することになると思われるが、ア、誰を被告として訴えを提起すべきか、イ、被告とされた者は何をすべきか、ウ、遺贈金支払を命ずる判決が確定した時は、どういう手順で支払うか。
6、『お寺さん』をどのように特定すればよいか。
7、Aは、遺言執行者選任の申立て以外に、本Case遺言の内容を実現する方法はあるか。

1、遺言者Cには相続人がいないが、遺言執行者として相続人不存在にかかる相続財産管理人選任の申立て(民法952条、現行民法952条)の要否
・全てを相続させる、のような遺言でない場合、相続財産全部とは、どのように判断するのか?

手続選択の視点
2、本Case遺言に基づき遺言執行者は預貯金の解約ないし不動産の売却の可否

・遺言執行者としての権限の有無
著者の遺言の解釈
・現金がなければその余の遺産を換価して取得させる(最判昭58・3・18判時1075・115。)。
・権限有り(民法1012条。)。
・預貯金の解約方法・・・相続財産管理人の選任申立てを行った上で、相続財産管理人の同意を求める。

手続選択の視点
2、本Case遺言に基づき遺言執行者は預貯金の解約ないし不動産の売却の可否

参考
遠藤俊英ほか『金融機関の法務対策5000講 1巻』金融財政事情研究会、2018、P1506~。
問 遺言執行者(相続人でない)と称する者から、相続預金の有無や取引明細について紹介を受けた場合、どのように対応するか。
結論 遺言執行の職務遂行上の必要性が明確に示されない限り、開示を控えるのが無難な対応といえる。最判平成21年1月22日(民集63巻1号228項)。

『登記研究』538号、カウンター相談27
相続財産管理人と遺言執行者が併存する場合の遺贈による所有権移転登記の登記手続きについて

問 特定の不動産を甲に遺贈する旨の遺言において遺言執行者の指定がなされたが、遺言者に相続人がいなかったことから、さらに相続財産管理人が選任された場合、遺言に係る受遺者への所有権移転の登記の申請人及びその代理人は誰になるのでしょうか。
答 登記権利者は受遺者、登記義務者は現在の登記名義人(遺贈者または相続財産法人)であり、義務者の代理人は遺言執行者となるものと考えます。 

・不動産の売却手続の手順
1、相続財産管理人選任申立て。
2、相続財産管理人が、相続財産法人への名義変更登記申請。
3、相続財産管理人が換価し、相続債務を弁済後に残余の財産を遺言執行者に引き渡す。
4、遺言執行者が遺贈の履行。
5、遺贈の履行後に残余財産があれば、相続財産管理人が特別縁故者、国庫帰属の手続き。

手続選択の視点
3、遺言の内容が『Aに現金一千万、Bに現金百万、お寺さんに二千万』だった場合はどうか。
2(1)と同様の結論(現金がなければその余の遺産を換価して取得させる。)。
理由・・・現金に限定がない(最終的に現金を渡すことが出来れば良い。)、現金が相続財産の(換価)価格の範囲内だから。

手続選択の視点
4、遺言の内容が『Aに金銭一千万、Bに金銭百万、お寺さんに金銭二千万』だった場合はどうか・・・3、と同じ。

手続選択の視点
5、遺言執行者が遺贈の履行を行わない場合、D寺と異なる寺院は遺贈金請求訴訟を提起することになると思われるが、ア、誰を被告として訴えを提起すべきか、イ、被告とされた者は何をすべきか、ウ、遺贈金支払を命ずる判決が確定した時は、どういう手順で支払うか

ア、誰を被告として訴えを提起すべきか・・・遺贈の履行義務者となる遺言執行者。
イ、被告とされた者は何をすべきか
1、「お寺さん」の原告適格を満たすのか、確定させるように活動。
2、相続財産管理人の選任申立てと、相続財産管理人への訴訟告知(民事訴訟法53条。遺言執行者と相続財産管理人の見解を一致させる目的。)。
3、訴訟終結後、相続財産管理人→遺言執行者→受遺者の手順で支払い。

手続選択の視点
6、『お寺さん』をどのように特定すればよいか
裁判所の認定
・原告は『お寺さん』である。
事実認定
・被相続人が祖父母の代から原告において葬儀、ご先祖の月忌詣り(がっきまいり)、年忌法要、永代経志(えいだいきょうし)の寄進などの執り行い。
・母と原告の婦人会に所属して各種行事に参加し、原告が管理者となっている墓地に母の墓碑を建立して納骨していること。
証拠
・婦人会名簿、過去帳、永代経志木札の写真、月忌詣り控えなど。
手続選択の視点
7 Aは、遺言執行者選任の申立て以外に、本Case遺言の内容を実現する方法はあるか
・遺言執行者選任の申立ては行わず、相続財産管理人の選任を申し立てる。


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