ドイツにおける相続に関する意識・実態

ド イ ツ 浦野由紀子 神戸大学大学院法学研究科 教授より

各国の相続法制に関する調査研究業務報告書
平成26 年10 月公益社団法人 商事法務研究会


第7 章 ドイツにおける相続に関する意識・実態


1 相続に関する意識調査

1 Konstanzer Survey による意識調査

ドイツにおいて、40 歳以上の人を対象とした相続に関する意識調査55からは、以下の傾向が指摘されている。

(1) 相続制度のあり方について

回答者の多数は、非婚カップルの一方が死亡した場合に、婚姻夫婦の一方が死亡した場合と同じように、死亡した伴侶(パートナー)を生存している伴侶が相続することにつき、肯定的である。回答者の家族構成で分類すれば、肯定的に回答した人の割合は、核家族世帯では68%、Stieffamilie ( 回答者かその伴侶のいずれか一方に連れ子がいる家族) では76 % 、Patchwork-Familie(回答者とその伴侶の実子およびいずれかの連れ子がいる家族、または、回答者とその伴侶にそれぞれ連れ子がいる家族)では72%、子のないカップルでは81%となっている。

また、子の相続権に関しては、約3 分の2 の回答者が、「実の(leiblich)」子と継子は均等に相続できるべきだと回答している56。


(2) 家族構成と実際の相続形態―とくにStieffamilie やPatchwork-Familie における相続

核家族世帯や子のない世帯の回答者に比べ、Stieffamilie やPatchwork-Familie の家族構成をもつ回答者には、被相続人の伴侶が相続において優遇されるべきだという考え方を持つ人は明らかに少ない。また、Stieffamilie やPatchwork-Familie の家族構成をもつ回答者は、現在の伴侶との子の相続権については肯定的だったが、伴侶の連れ子の相続権について肯定する回答者は約40%と低い傾向にある。

2 Deutsches Forum für Erbrecht e.V.によるアンケート調査

18 歳以上の人を対象とした、Deutsches Forum für Erbrecht e.V.によるアンケート調査(2007年)57によれば、「親の遺産について子は遺留分請求権を有するべきか」との設問に対する回答は「はい」が82.8%、「いいえ」が14.2%である58。


2 遺言制度等の利用実態に関する調査上述したとおり、ドイツ民法は、遺言や相続契約など、さまざまな死因処分を定めている。しかし、複数の実態調査では、その利用率は必ずしも高くないことが指摘されている。たとえば、Institut Hommerich Forschung によるアンケート調査であるErbrechtliche Vorsorge in Deutschland(2006 年。Deutsche Vereinigung für Erbrecht und Vermögensnachfolge の委託による)では、回答者(1002 人)のうち、遺言書を作成したことがある人は18%、相続契約を締結したことがある人は5%、遺言も相続契約もしたことがない人は74%である。また、Deutsches Forum für Erbrecht e.V.によるアンケート調査(2007 年)59によれば、遺言や相続契約をしてい
る人は、全国平均で25.8%「のみ」であり60、60 歳以上の人でも48.1%「のみ」であるとされている。もっとも、わが国における遺言制度のおおよその利用実態と比較すれば、ドイツにおける遺言制度等の利用率ははるかに高いといえそうである61。
各種の死因処分のうち、夫婦共同遺言はもっともよく選択される傾向にあるようである62。


Institut für Demoskopie Allensbach によるアンケート調査(2012 年実施、回答者1613 人。Postbank の委託による調査)63では、遺言書を作成している人は18%であるが、遺言の半数は、夫婦が互いを単独相続人に指定する旨を定めるいわゆる「ベルリン遺言」である64。また、死因処分を定めている人のうち、5 人に1 人は定期的に遺言内容を見直しており、8 人に1 人(約13%)は遺言を少なくとも一度書き換えたことがあるという。


すみれ
「「ベルリン遺言」て言葉があるんだね。かっこいい。4人に1人は遺言か相続契約ってものをしているんだ。思っていたより少ないな。」

第8 章 ドイツにおける相続制度をめぐる議論状況

1 近年の相続に関する法改正の内容

ドイツでは、「2009 年9 月24 日の相続法及び時効法を改正する法律(Gesetz zur Änderung des Erb- und Verjährungsrechts vom 24.September 2009)」により、相続法が改正されたところである(2010 年1 月1 日施行)。この法改正は、遺留分を漸減させる方向に向かうものであるといえる。


すみれ
「ドイツは改正したんだね。税金もか。」


具体的には、
①遺留分権利者の有する親族法上の地位によって異なっていた遺留分剥奪の要件が統一され、新たに要件が規定された。
②遺留分権利者に対する相続人の支払義務の猶予事由が拡大された。
③遺留分補充請求権の基礎として遺産に加算される生前贈与は、相続開始前10 年以内のものについて贈与額全額が加算されていたところ、改正により、贈与から1 年経過するごとに基礎財産への加算額が10 分の1 ずつ減額されることになった。
④被相続人の介護をした直系卑属が相続分の調整(寄与分)を請求するには、自己の職業上の収入を放棄して介護したことが要件とされていたが、この要件が不要とされた。

また、2008 年には相続税及び贈与税法が改正された65。居住の保護という観点から重要と思われる改正内容は2 点ある。第一に、基礎控除額が、配偶者について500000 ユーロ(改正前は307000ユーロ)、子について400000 ユーロ(改正前は205000 ユーロ)に引き上げられた(ErbStG§16)。


第二に、被相続人自身が居住していた住宅(家族の住宅:Familienheim)を被相続人の生存配偶者または子が取得し、取得後10 年間居住する場合は、当該住宅は非課税財産とされた(ErbStG§13Abs.1.Nr.4b)。これは、不動産価格が高騰している地域でも、被相続人の近親者が相続税の支払のために「家族の住宅」を手放さなくてもよいようにするためである。


2 法改正に関する議論とヨーロッパ諸国の相続法改正の傾向


2009 年の改正後も、ドイツでは、相続法の改正に関する議論は続いている。遺留分に関しては、その縮減と遺言自由の拡大がなお引き続き提案されている。
また、第68 回ドイツ法曹大会(2010年)66では、相続法の改正に関するさまざまな提案がなされた。具体的には、夫婦共同遺言に関して、その方式を公正証書によることとしたり、相関的処分の拘束力について、要件を厳格化すべきことが提案されているほか、法定相続制度に関して、被相続人とその配偶者の婚姻中の夫婦財産制の内容とは無関係に(§1371 による付加利得の一括調整をやめて)、生存配偶者の法定相続分そのものを引き上げるべきこと(直系卑属とともに配偶者が法定相続人となる場合は、配偶者の法定相続分を2 分の1 とすべきこと)が提案されている。
後者は、従来から提案されていたものである67。その理由としては、相続時の付加利得の一括調整について、実際の付加利得を適正に清算できているかが明らかでなく、付加利得共通制の理念(婚姻中に夫婦が実際に取得した財産を平等に分配すること)に反している等の問題点があること、及び、配偶者は遺産に対する取り分(法定相続分)に関して、血族より劣位に置かれるべきではないと考えられるようになっていることが挙げられる。

かつて、相続は「次世代への遺産承継」であり、「家族」内に遺産をとどめなければならないものと考えられていた。しかし、今日では、そのような「家族」よりも夫婦関係がより重要な意味をもつようになっている。配偶者は、通常、被相続人の死亡時に被相続人と世帯を営み、生計をともにしていた唯一の人である。他方、子は、(親からの経済的援助をもとに)すでに独り立ちしているので、被相続人の生存配偶者が死亡するまで、被相続人の遺産の取得を待つことができる状態にある68。そのため、今日では、被相続人は、遺産をまず生存配偶者に取得させてその生活を保障し、生存配偶者も死亡した後に子や他の血族に遺産が帰属すべきことを望む傾向があるという69。このような傾向を受けて、ヨーロッパ諸国における近時の相続法改正には、「配偶者相続権の強化」という傾向70が顕著にみられる。ヨーロッパ諸国のこのような動向からは、法定相続分に関するドイツの現行法の規定(§1931Abs.1)は、孤立した状態にあるといえる。

すみれ
「ヨーロッパでは孤立した状態なのか。まずは配偶者っていうのがヨーロッパの家族の意識なんだね。その後に子供。配偶者にあげておいたら子供もみてくれるだろうし。」

〈注〉
・本報告書の執筆にあたり、主として、Leipold,Erbrecht,20.Aufl.2014 を参考にした。
・脚注に引用したウェブサイトへのアクセス日は、2014 年10 月16 日である。

54 なお、注30 にも示したように、「非訟事件の領域における任務の公証人への移管のための法律」(2013 年9 月1 日施行)により、遺産分割の仲介についての管轄は、公証人に移管されている(GVG§23aAbs.3,FamFG§344Abs.4a)。また、管轄について異なる定めを置く州法もある。Leipold,Erbrecht,Rn.10.


55 Frank Lettke, Subjektive Bedeutungen des Erbens und Vererbens.Ergebnisse des Konstanzer Erbschafts-Surveys,Zeitschrift für Soziologie der Erziehung und Sozialisation,S.277ff., Frank Lettke, Vererbungsmuster in unterschiedlichen Familienformen, in: Deutsche Gesellschaft für Soziologie,Soziale Ungleichheit,kulturelle Unterchiede. Verhanldunge des 32.Kongresses der Deutschen Gesellschaft für Soziologie in München 2004, 3831ff., Frank
Lettke, Vererbungsabsichten in unterschiedlichen Familienformen. Ein Beitrag zur Institutionalisierung generationaler Kontinuität, in: Lettke, Frank/Lange, Andreas, Generationen und Familien. Analysen-Konzepte-gesellschaftliches
Spannungsfelder, 2007, 96ff.


56 このように回答した人の割合は、核家族世帯の回答者では57%、Stieffamilie では65%、Patchwork-Familie では62%、子のないカップルでは59%である。


57 (http://www.erbrechtsforum.de/presse/07/Presse_07_09_25_01.pdf


58 「はい」の回答は、州別ではバーデン・ヴュルテンベルクが88.2%で最も多く、ベルリンが76.9%で最も少ない。


59 (http://www.erbrechtsforum.de/presse/07/Presse_07_09_25_01.pdf


60 性別では男性27%、女性24.6%、地域別では旧西ドイツ地域27.4%、旧東ドイツ地域19.2%、州別ではノルトライン・ヴェストファーレンが32.4%で最も高く、テューリンゲンとザクセンが17%で最も低かったという。また、回答者の教育水準や月収の多寡による違いは有意にはなかったとされている。


61 わが国では同種のアンケート調査報告はないので、単純に比較はできないが、たとえば、2011 年10 月2 日付の日本経済新聞によれば、2010 年の公正証書遺言の作成件数は8 万1984 件、遺言書の検認申立て件数は1 万4996 件である。そうすると、仮に公正証書遺言の効力発生件数が、年間作成件数と同程度だとすれば、わが国の遺言の利用者(合計9 万6980 件)は、年間死亡者(約120 万人)の約8%ということになる。


62 遺言をする夫婦の80%は、夫婦共同遺言のうち、いわゆるベルリン遺言をするとの報道記事も散見される(ただし、ソースは不明である)。たとえば、http://www.focus.de/finanzen/steuern/tid-25974/erbschaftsteuer-vermoegen-retten- derletzte-wille_aid_760774.html


63 https://www.postbank.de/postbank/pr_presseinformation_2012_05_31.html


64 共同遺言はBGB 立法時の頃からすでにドイツで広く用いられていた方式であるが、BGB 制定後、今日に至るまで、その傾向は変わっていないようである。Leipold,Wandlungen in den Grundlagen des Erbrechts?,AcP180(1980),S.200f.


65 改正前と改正後の条文は、http://www.dnoti.de/DOC/2008/2008_Erbschaftsteuerrecht.pdf などで比較できる。


66 Verhandlungen des 68.Deutschen Juristentages Berlin 2010,Bd.I Teil A, Bd.II1 Teil L,Bd. II 2 TeilL.

67 Lange/Kuchinke, S.31(Fußn.88,89).具体的には、本文中に示したように、配偶者が被相続人の直系卑属とともに相続する場合はその相続分を2 分の1 とし、被相続人の親と相続する場合はその相続分を4 分の3 とすべきことが提案されている。


68 http://www.mpipriv.de/de/pub/forschung/methodenlehre/ueberlebender_ehegatte_.cfm


69 Henrich/Schwab,Familienerbrecht und Testierfreiheit im europäischen Vergleich,2001,S. 327f.


70 Henrich/Schwab,S.327f. このような傾向が特に顕著なのがオランダ法である。オランダ法では、従来より生存配偶者は子とともに第一順位の法定相続人であったところ(Art.4:10)、2003 年の法改正により、生存配偶者がすべての遺産を取得し(遺産債務も負担し)、子は、遺産についての自己の相続分に相当する額の金銭債権を、生存配偶者に対して有することとなった(Art.4:13)。この金銭債権は、生存配偶者の破産時、死亡時、及び被相続人によって遺言で定められた期限の到来時に、履行期が到来する。遺産に関する生存配偶者の処分権に制限はない。生存配偶者は、再婚する場合は、子の請求により、子の金銭債権の保全のために、遺産の客体のうち、債権額に相当する価値のあるものを譲渡しなければならない。この場合に、生存配偶者は当該遺産の用益権を保持する。また、生存配偶者は、家財道具を含め、被相続人の死亡時に同居していた住居について、6 か月間の利用権を有し、この間、受遺者等は住居を処分することができない(Art.4:29)。Shimansky, Die Reform desniederländischen Erbrechts,ZEV2003,149ff. その他、ベルギー法では、生存配偶者は子と相続する場合に取得するのは、遺産の4 分の1 についての用益権であったが、1981 年の法改正により、遺産全部についての用益権に拡張された。