相続の相談を受けている人への意見をいう前に

―事例検討について―

相続に関係のある異業種(士業、保険、不動産関係の方など)と事例検討会に参加しました。

自身が相談を受けている相続の事案について紹介し、他の方が意見を言う、というような進め方です。自分の意見を言う前提として事実関係を確認しながら進めていきます。

ここで意見の言い方にそれぞれ人によって違いが出てきます。「私だったら~」派、「○○すべき。なぜなら○○」派、「○○した方が良いですよ。」派など。

 私もそうならないように気を付けているのですが、2番目、3番目は言わないようにしています。

専門家などが、「○○すべき。なぜなら○○」と言った瞬間、他の人が何も言えなくなってしまうことがあります。これではそこから先がありません。それに相続の相談をしている人と一度も会っていない、話していないのに、そこまで自信のある言い方は無理があると考えてしまいます。

「○○した方が良いですよ。」と言われても、それをするかどうかは実際に相談を受けている方なので、「○○する方法があります。」くらいにしておかないと、この人責任取れるのかなと思ってしまいます。

こういうのがあるので事例検討やディスカッション、議論などは、「言うべからず集」でも作ってからやった方が効率いいのじゃないかと思っています。

それか、「議論」に対する考えに共通認識がある人同士だと、考え方が違っていても前に進んでいきます。

信託したアパートの賃料

1、賃貸不動産であるアパートを信託しました。委託者兼受益者はA、受託者はAの子です。

2、所有権移転及び信託の登記を済ませました。なお、信託目録の信託財産の管理方法として、「賃料の受取および回収」の記載があります。

3、アパート家賃の振り込み先口座となる信託口口座も開設しました。

4、AとAの子は、アパートの住人に対して、「所有者」がAからAの子に変わったので、今後はこの口座への振り込みをお願いします、と信託口口座が記載された書類を渡して一戸一戸挨拶をして回りました。

5、アパートの住民は、所有者が変わったのだと理解して賃料を信託口口座へ振り込みました。

・この場合、振り込まれた賃料は、信託財産になるのでしょうか。

原則として、信託財産であるアパートの住人から振り込まれた賃料は、信託財産となります。

AとAの子がアパートの住民に対して、信託財産であるアパートの賃料を、信託口口座へ振り込みをお願いする行為は、信託のためにする意思があると推定されます。

Aも一緒に挨拶に回っていることから、信託目的に反することはなく、Aの子の権限の範囲内と推定されます。

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ベストプラクティス

4、の説明で所有者が変わったとの説明は、間違いではないと考えますが、誤解を招く可能性もあるかもしれません。賃貸人が変わったと説明し、登記記録のコピーも一緒に渡す方法もあるのではないでしょうか。

渡す時には、所有権移転にマーカーをひき、登記の際、信託目録には受託者の権限として賃料の受取りを明記して、そこにもマーカーをひくと良いのではないかと考えます。

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アパートの賃料は、当然に信託財産になるのか。

賃料は、信託財産であるアパートの管理により得た財産であるため、当然に信託財産になると考えます(信託法21条1項3号)。

受託者から受益者へ賃料の給付を行い、受益者の手元、口座にお金が入ったとき、このお金のことを難しい言葉にすると、何と呼べばいいでしょうか。条文の言葉を借りれば、「受益権を有する受益者が受託者から信託財産に係る給付として受けた金銭」

となります。

民法上の法定果実は、出てこないのではないかと考えます。

なお異なる説として、渋谷陽一郎『民事信託のための信託監督人の実務』日本加除出版(株)2017 P254

「なお、賃料は信託不動産の法定果実(民法88条2項)であるが、信託行為の定めによって信託財産としている。」

私がこの文章を書くなら、

「賃料は、大きな枠で捉えると不動産の使用の対価として受け取る法定果実(民法88条2項)です。ただし信託不動産に関しては、信託行為が効力を生じることにより信託法が適用され、16条により当然に信託財産に属する財産となります。信託が終了すると、賃料は法定果実に戻ります。」

となります。

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参考:

信託法16条、21条、26条、27条、32条4項、97条

民法88条

信託すると、アパートの敷金はどうなる。

1、賃貸不動産であるアパートを信託しました。委託者兼受益者はA、受託者はAの子です。

2、所有権移転及び信託の登記を済ませました。

3、Aの子は、金融機関に行ってAが預かっている敷金を入金するために、信託口口座を作りました。

アパートを貸している人からすると、敷金は預り金であり、借りている人が部屋を出る際には返すのが原則なので債務となります。

債務は信託できないのですが、信託法のどの部分によってこの預かっているお金を信託口口座へ入金することができるのでしょうか。

信託行為によって、賃貸人の地位は当然に受託者に移転し、賃貸人の地位と一緒に敷金返還債務も当然に受託者に移転する、と考えることができます(信託法21条1項2号)。

異なる考え方

・「信託行為とは別に、アパートの住民の承諾を得て、敷金を返すという債務を引き受けることが必要。」現実的に厳しいのではないかと考えられます。

・「受託者が信託財産のためにした権限内の行為によって生じた権利として、預かっている敷金をいずれ返すために信託口口座へ入金することができる。」

受託者Aの子は、信託行為のほかに敷金を移転させるような行為をしていません。

受託者が信託財産のために、権限内の行為でアパートを取得した場合には、受託者の行為によって、アパートの所有権、賃貸人の地位の移転、預かっている敷金を移転する権利が生じるので、当てはまると考えられます。

 なお、入金後はアパートの住民に対しても、明細を作るなどして預けた敷金が保全されていることを通知することも考えることができます。信託したことの報告を、戸別訪問ではなく通知によるのであれば、併せて行う方が分かりやすいのではないでしょうか。

参考

信託法21条1項

琉球新報かふう よくわかる不動産相続Q&A FiLe.3

亡くなった方

被相続人A(会社社長)

1、相続人

長男の子F

長女B(相談者)

長女の夫C(普通養子)、会社専務

2、相続財産

マンション(Gと数年前から同居、Gもローンを一部支払い)

自宅(土地・建物)

会社事務所(土地・建物)

会社株式

預金2000万円

備考:

Aと内縁関係だったGはAが経営していた会社の経理を担当しています。

離婚した妻は存命です。

長男Dは、5年前に亡くなり妻と長男Fがいます。

亡くなったDの妻と長男Fが相続する権利を主張しています。

Gはマンションのローンを一部支払っていたことを根拠に、マンションを取得したいと考えています。

考え方

1、相続人は決まっています。分け方はまだ決まっていません。

2、価格が決まっていない相続財産が一部あります。マンションについては1,500万円、自宅を4,000万円(土地300㎡)、会社事務所を3000万円(土地200㎡)、会社株式を3,500万円(全て亡きA所有)として考えてみます。

3、債務、連帯保証については記載がないので、ないものと考えます。

4、自宅にはDの妻とFが同居していると考えます。

5、上の事実だけから考えて、私なら下のような提案です。

 (1)自宅は長男F

 (2)会社株式はC

 (3)会社事務所はC

 (4)マンションはBが取得しGに売却します。

 (5)預金は相続税を支払った残額をBとFで均等に分けます。

もし、Aの生前に家族信託を提案することが出来るとしたら、

(1)生命保険加入の検討

(2)A及び関係者の意向の聞き取り

(3)マンション及び税金を払うためのお金について信託の検討(当初受益者A及びG、受託者G、Aが亡くなった後の受益者G、残余財産の帰属権利者は信託終了時の受益者)

(4)会社株式、会社事務所について信託の検討(受託者C、Aが亡くなった後の受益者C、残余財産の帰属権利者は信託終了時の受益者)

(5)自宅について信託の検討(受託者F、Aが亡くなった後の受益者F、残余財産の帰属権利者は信託終了時の受益者)

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参考:琉球新報かふう 2017年5月19日

信託の利益相反

1、受託者が2番目の受益者となるべき者になっている。

2、残余財産受益者または残余財産の帰属権利者が信託終了時の受益者となっている。

1、2の定めがある信託行為では、例えば長男が受託者となり父親が亡くなったときは、信託の変更や途中での終了がない限り、長男に財産が帰属することになります。

このような定めは、利益相反にあたる、忠実義務違反にあたるという考えがあります[1][2]

忠実義務は、信託法に定めがあります(30条)が、利益相反についてはどの部分に当たるのか指摘がなく、民法上の利益相反行為(108条など)なのか、信託法31条の利益相反行為の制限なのか判明しません。

信託法上の利益相反行為の制限である信託法31条について考えてみたいと思います。

(利益相反行為の制限)

第三十一条   受託者は、次に掲げる行為をしてはならない。

一   信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を信託財産に帰属させること。

二   信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を他の信託の信託財産に帰属させること。

三   第三者との間において信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの

四   信託財産に属する財産につき固有財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務に係る債権を被担保債権とする担保権を設定することその他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの

2   前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。

一   信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき。

二   受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき。

三   相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権利が固有財産に帰属したとき。

四   受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は当該行為の信託財産に与える影響、当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき。

3   受託者は、第一項各号に掲げる行為をしたときは、受益者に対し、当該行為についての重要な事実を通知しなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。

4   第一項及び第二項の規定に違反して第一項第一号又は第二号に掲げる行為がされた場合には、これらの行為は、無効とする。

5   前項の行為は、受益者の追認により、当該行為の時にさかのぼってその効力を生ずる。

6   第四項に規定する場合において、受託者が第三者との間において第一項第一号又は第二号の財産について処分その他の行為をしたときは、当該第三者が同項及び第二項の規定に違反して第一項第一号又は第二号に掲げる行為がされたことを知っていたとき又は知らなかったことにつき重大な過失があったときに限り、受益者は、当該処分その他の行為を取り消すことができる。この場合においては、第二十七条第三項及び第四項の規定を準用する。

7   第一項及び第二項の規定に違反して第一項第三号又は第四号に掲げる行為がされた場合には、当該第三者がこれを知っていたとき又は知らなかったことにつき重大な過失があったときに限り、受益者は、当該行為を取り消すことができる。この場合においては、第二十七条第三項及び第四項の規定を準用する。

利益相反行為は行為時を基準とし、

(1)信託行為のときと、

(2)受託者が受益権を取得し、信託を終了、清算結了した後に残余財産の帰属権利者として所有権を取得するときで分けて考えます。

まず、1項1号の信託財産に属する財産を固有財産に帰属させること、には(1)、(2)ともあたると考えることができます。信託が途中で変更、終了しない限りは、受託者が受益権を取得し、信託を終了することで信託財産に属する財産を固有財産に帰属させることができるからです。1項2号、3号、4号にはあたりません。

次に、第2項1号により信託行為に利益相反行為を許容する定めがある場合はどのように考えることができるでしょうか。

委託者兼当初受益者と受託者が合意の上で定めているので、許容する定めがある場合は、(1)、(2)共にできることになります。

第2項2号は、(1)の場合はまだ受託者にはなっていませんが、信託行為のときに委託者兼受益者の承認が得られていると考えることができます。(2)の場合は、受託者イコール受益者となっているので、承認を考えることはできません。

第2項3号の「相続その他の包括承継」に受益権の取得は入るのでしょうか。受益権は受益債権とこれを確保するための権利である受益者の地位を表すものです。(1)、(2)ともその他の包括承継にあたる可能性があると考えます。

第2項4号は、(1)の際はまだ受託者になっていないので当てはまりません。

(2)の際は、正当理由があるのかが判断のポイントとなります。

第3項は、受託者から受益者への利益相反行為をしたことの通知、第4項は、受託者と受益者間の利益相反行為は無効となること、第5項は、第4項の場合、受益者が承認すると有効になることを定めています。

第6項、第7項は、受益者が利益相反行為を取り消すことができる場合を挙げています。

 以上から考えてみると、

1、信託行為のときには、

(1)受託者が信託財産の帰属権利者となることの定めを許容する定めがあれば、利益相反行為にはあたらず、行為をすることが出来る

(2)委託者兼受益者の承認が得られていると考えると、利益相反行為にはあたるが、行為をすることが出来る

(3)信託の清算手続きが終了し、信託財産が所有権となって帰属権利者に引き渡す定めが、相続その他の包括承継にあたる場合は、利益相反行為にはあたるが、行為をすることが出来る

2、受託者が受益権を取得し、信託を終了、清算結了した後に残余財産の帰属権利者として所有権を取得するときには、

(1)受託者が信託財産の帰属権利者となることの定めを許容する定めがあれば、利益相反行為にはあたらず、行為をすることが出来る

(2)信託の清算手続きが終了し、信託財産が所有権となって帰属権利者に引き渡すことが、相続その他の包括承継にあたる場合は、利益相反行為にはあたるが、行為をすることが出来る

となります。

信託期間中に、受託者が、現在の受益者の利益を保護するのではなく、自分のために信託財産を保全しようという気持ちとなり、信託事務を行った場合、利益相反となることの指摘があります[3]。受託者が受益者に対して、信託行為で定められた金銭より少なく給付して、受託者に多くの金銭を残すような信託事務を行った場合、利益相反行為にあたるでしょうか。これは一方のマイナスが一方のプラスになるという関係にあり、利益相反行為にあたるといえます。あたるとしたうえで、許容範囲の2項各号に当てはめられるかを判断していくことになります。

なお、利益相反関係には今まで挙げた状況の全てが当てはまり、信認義務という観点からはさらに議論が必要になります。

忠実義務違反について

 前述の金銭の給付に関する信託事務は、忠実義務違反で問われることが妥当と考えることができます。利益相反行為にあたらない場合、あたるが許容される場合であっても、忠実義務違反に問うことはできます。

受託者は、すでに第2次受益者として制限付きの受益権を持っており、第3次受益者の定めもなく、受託者が残余財産の帰属権利者となっている信託では、受託者の信託事務は、現在の受益者の犠牲のもとに自己の利益を図る意思があると推定することができます。


[1]渋谷陽一郎『民事信託のための信託監督人の実務』2017 日本加除出版(株)P269「利益相反となってしまい」と記載。利益相反関係または利益相反行為の結果であるかは明らかではない。

[2] 公益財産法人トラスト未来フォーラム家族信託の実態把握と課題の整理に関する研究会「家族信託の現状と課題」『信託フォーラムvol.6」日本加除出版(株)P17「事実上の利益相反関係が生じるケースがあり得る。」と記載。利益相反行為ではない。

[3]渋谷陽一郎『民事信託のための信託監督人の実務』2017 日本加除出版(株)P269

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