委託者の地位

1、委託者の地位に関するリスク

(1)委託者の地位が相続または第3者へ移転された場合、権利の所在が不明となる可能性。

(2)委託者が複数存在する場合、権利行使に関する規定は信託法上ない。

2、条項例

(1)委託者は、その権利の全てを放棄する。

(2)委託者は、信託行為に定めた権利のみを持ち、死亡により委託者の地位は消滅する。

(3)委託者の地位は、死亡によって承継されず消滅する。

(4)受益権が移転した場合は、委託者の地位も伴って受益者に帰属する。

(5)委託者は、追加信託をする権利義務のみを受益者に移転する。

(6)委託者は信託行為に記載のある権利のみを持ち、亡くなったときに委託者の地位と共に消滅する。

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参考

信託法146条、147条

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・登録免許税法第7条第2項

・信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について

平成29年6月22日回答  東京国税局審理課長

があり、現時点で(4)を契約書に入れておく必要があります。

その他の矛盾しない(5)などの条項は、(4)に追加する形で入れることができます。

信託の目的

第1章   信託の目的

1―1               条文

旧信託法1条における目的

第1条―略―他人ヲシテ一定ノ目的―略―

信託法2条による目的

第2条

―略― 特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。)―略―

かっこ書きが入ったのは、その者(受託者)が利益を長期間に渡って得ると、信託財産の独立を基礎づけることができず、信託が成立しないので今回の改正でそのことを明確にしたとされている[1]

1―2               一定の目的が信託行為にどのようにして現れるか

 一定の目的は、受託者の従うべき行為基準となります。信託行為の中で、受託者がどのように行動することが求められているのかが記載されている部分のことを一定の目的と考えることができます。

 受託者は、委託者がいなくなったとしても信託行為の際に作成された文書を理解し、受益者のために行動することが必要とされます。

 信託契約書に、受益者の安定した生活に資する、と抽象的な記載があり、その他に受託者の具体的行為の定めがない場合には、これが信託目的となり、受託者はその都度この信託目的を解釈しながら信託事務を執行していくことになります。

 受託者の具体的行為として、受益者への毎月○○万円を上限とする生活費の給付、預金として管理する、不動産は賃貸不動産の○○の管理のみ第三者へ委託する、などの定めがある場合はどうなるか。受益者の安定した生活に資する、という記載を大枠にして、生活費の給付などを行うことが目的となります。

1―3               信託行為時の、信託の目的の定め方

 信託の目的の複数記載、並列的記載、事情変更による信託の目的の変更を認める[2]との考えは当然に認められ、記載内容次第となります。信託の目的は当該信託の指針であり行動基準[3]との考えがありますが、「受託者の」行動基準であり、信託財産の管理、運用、処分、受益者への給付の定めなどのことを指しているのだと考えます。

 まとまりのない信託の目的は困る、願いと目的は明らかに違う、情緒的で重複気味なものは困る[4]という考えがあります。まとまりのない信託の目的も受託者が理解し行動が可能であれば有効です。信託行為時における願いと目的の違いは明らかではありません。委託者が願いを記載することにより、受託者がそれに従い行動できるのであれば、願いが信託の目的となります。

 情緒的で重複気味の記載があっても同じことです。他に受託者の信託事務に関する記載がなく、その中から具体的行動を起こすことが可能であれば、情緒的で重複気味の記載が信託の目的となります。困ることはないのではないかと考えます。

 仮に信託契約書に「信託の目的」の条項がないとしても、受託者の信託事務などで信託の目的が明らかであれば、その信託は目的に関しては有効となります。

 受益者が複数いる場合に、信託の目的の中に「特に高齢の受益者を支援する」など具体的に記載し、一方の受益者から受託者の公平義務違反が問われないようにする、との考えがあります[5]。「特に高齢の受益者を支援する」と記載したから公平義務違反に問われない、という考えは妥当ではありません。

 記載がなくとも受益権が金銭給付の一種類であれば、一方に月10万円、一方に月20万円を給付すると信託行為で定めても公平義務には問われません。高齢の受益者に給付する金額を高くするのであれば、受託者に問われる可能性があるのは善管注意義務違反です。そして受託者の公平義務は、善管注意義務の一部を構成します。

 例えば信託行為に非常時の金銭給付の定めがあり、高齢の受益者には受益者代理人が定められ、手術などで臨時の金銭給付請求があった際に対応しなかった場合などを考えることができます。金銭に余裕がないにも関わらず20万円を超える不必要な金銭(例:新車の購入代金)を給付した場合なども挙げることができます。

1―4               (専らその者の利益を図る目的を除く。)について

 アパートを信託した場合、受託者が賃料の全てを実質的に取得することができるような信託行為は成立しないと考えることが出来ます。受託者=所有者とほぼ同義になり、信託財産の独立が保てないからです。

 専らとはどの程度なのか、参考となるのは信託法163条2項です。受託者が受益権の全部を取得しても、1年以内でその状態の解消が、売却などによって予定されているならば有効だとされています[6]。これは実務上のニーズから生まれたものですが、法律が期間の限度を示しているものと考えることができます[7]

 ここから、割合については信託目的との関係もありますが、2分の1を超える同一種類の受益権を1年以上取得し続けていると「専ら」と指摘される可能性があることを一つの基準と考えることができるのではないでしょうか。なお、信託設定後は信託法8条によって処理されます。

1―5               信託の目的が信託行為の時とは違う基準として使われる場合

信託の存続可能性を判断する際の基準として、信託法149条(関係当事者間の合意等)2項1号、同項2号、同条3項2号、150条(特別の事情による信託の変更を命ずる裁判)1項、163条(信託の終了事由)1項。

1―6               信託の目的に関するリスクと対応

1―6―a    公序良俗による制限(民法90条)

ア 公序良俗違反により無効となった場合に備えて、金融機関としては、表明保証条項および違反にかかる損害賠償条項を定める。

イ 貸付けがある場合または貸付けの予定がある場合は、相殺条項を定め る。

ウ 信託口口座開設時に、相殺に関する受託者の事前承諾を求める。

1―6―b    脱法信託(信託法9条)

ア 信託財産について特許権法25条などの所有の資格制限がないかの確認。

1―6―c    訴訟信託(信託法10条)

ア信託行為時に、信託目的、他の信託条項、受託者の職業、委託者と受  託者との関係などの確認[8]

1―6―d    信託の変更、終了(信託法149条、150条、163条)

  対応

ア 信託法149条4項による定めを設ける。当事者間では変更できない、金融機関への事前または事後の報告義務を必要とする、などを定める。

イ 信託法150条の申立てをする前に、金融機関へ事前または事後の報告義務を課することを定める。

ウ 信託法163条1項1号による終了による場合は、金融機関への事後報告の義務を課することを定める。

1―7               信託目的の条項例

(目的)

第○条 本信託は、次の事項を目的として、第○条記載の信託財産を受託者が管理、運用、処分する。

(1)受益者の安定した生活。

(2)財産の円滑な承継。

(3)【           】

以下、本文が省略されているものは、上記と同じ

(事業の承継)

 (1)事業の継続。

 (2)事業の円滑な承継。

 (3)【           】

(障害のある子を持つ親がなき後)

 (1)親なき後においても、受益者の財産管理を適切に行うこと。

 (2)受益者が現在と変わらぬ生活を送ること。

 (3)【           】

(共有不動産の管理一本化)

 (1)共有不動産の管理を一本化すること。

 (2)【           】

(浪費癖のある子への定期的な給付)

(1)受益者の安定した生活。

(2)信託財産の費消の予防。

(3)適時に適切な額の受益権を交付すること。

(死後事務)

(1)受益者の死後に係る費用を確保し、葬儀、納骨、法要が確実に行われること

(2)【           】

(ペット)

(1)ペットの将来の養育費用の確保。

(2)ペットの安定した生活。

(3)【           】

(不動産の活用)

(1)不動産を信託財産として有効に活用すること。

(2)受益者の不動産管理に対する負担を軽減すること。

(3)【           】

(教育資金の給付)

(1)受益者の教育機会を確保すること。

(2)【           】

(コーポラティブハウスの建設)

(1)コーポラティブハウスの建設。

(2)【           】

(リゾートマンションの管理)

(1)受益者の住環境の保持増進。

(2)【           】

(マンションのリフォームと売却)

(1)受益者への適切な財産の分配。

(2)【           】

(実家)

第○条 本信託は、次の事項を目的として、第○条記載の信託財産を受託者が管理、運用、処分する。なお、第1号を優先する。

(1)信託した不動産の賃貸による受益者の生活の安定。

(2)信託した不動産の売却による受益者の生活の安定。

(3)【           】

(定期借地契約)

(1)定期借地契約の円滑な存続による受益者の生活の安定。

(2)【           】

(定期建物賃貸借契約)

(1)定期建物賃貸借契約の円滑な存続による受益者の生活の安定。

(2)【           】

(M&Aに関する契約)

(1)株式(事業)譲渡契約の円滑な締結。

(2)【           】


[1] 別冊NBL編集部『別冊NBL104号信託法改正要綱試案と解説』2005(株)商事法務P75

[2] 「信託の目的の定め方の相談に答える」遠藤英嗣『信託フォーラムvol.7』2017日本加除出版(株)

[3] 遠藤、前掲注2)

[4]遠藤、前掲注2)で、河合保弘『家族信託活用マニュアル』2015 日本法令(株)P284を指していると思われる。

[5]遠藤、前掲注2)

[6] 村松秀樹ほか『概説信託法』平成20年(株)きんざい P5

[7] 前掲『信託法改正要綱試案と解説』P208 要綱試案の段階では、必要な期間とされている。

[8] 寺本昌弘『逐条解説 新しい信託法』2007(株)商事法務 P54~P55、前掲別冊NBL104号P22

活動歴

平成28年7月

(株)沖縄銀行本店、(株)沖縄海邦銀行本店、沖縄県農業協同組合本店、コザ信用金庫本店、(株)琉球銀行本店へ民事信託・家族信託の標準化の提案書を持参し説明。

平成28年9月

小冊子『家族信託Book―親族編―』100部製作

当事務所の講座・相談会への参加者へ配布。沖縄県住宅供給「住まいの総合相談窓口」常置。医師会、地主会などへ配布。

平成28年10月

小冊子『家族信託Book―ファミリー企業編―』100部制作

沖縄県商工会連合会主催の事業承継セミナーにて配布。沖縄県事業引き継ぎ支援センター主催「経営者のための事業承継セミナーにて配布。

平成29年3月

(株)沖縄銀行本店、(株)沖縄海邦銀行本店、(株)琉球銀行本店へ、民事信託・家族信託の標準化に関する資料送付。

平成29年6月

大垣尚司青山学院大学教授へ、自己信託契約書の送付。

国土交通省、金融庁へリバースモーゲージの担保としての自己信託契約書の送付。

平成29年9月

渋谷陽一郎先生へ、標準信託契約書(案)の不動産を送付、指導願い(事情によりお断り)。

平成29年10月

(株)沖縄銀行へ、提案書郵送。(信託契約書(案)3通、支店への案内書1枚、家族信託契約についての変更届(案)1通、委託者・受託者の意向確認書(案)1通)。

 担当者○○様より、「民事信託は個別対応であり、現在研究中です。商品化するとしても当行の顧問税理士、提携司法書士と共に進めていくので、あなたとは無理です。」旨の回答。

平成29年10月

(株)沖縄海邦銀行へ、提案書郵送。(信託契約書(案)3通、支店への案内書1枚、家族信託契約についての変更届(案)1通、委託者・受託者の意向確認書(案)1通)。

民事信託・家族信託の標準化、ベストプラクティス研究事業

【事業の基本方針】

1、民事信託・家族信託に関する書類や業務規程などの標準化の研究・実践を行い、国民が利用し易い日本の社会インフラとして国益に資すること。

2、情報を積極的に公開、提供し、沖縄県を信託に関する人・情報が集う場にすることで県益に資すること。

3、高齢化社会を乗り越え、次世代に負担をかけない社会を目指し、資産承継の円滑化に寄与すること。

備考:

標準化の推進・ベストプラクティスを目指すことの記載がある文献

・『民事信託の理論と実務』2016日本加除出版(株)P22「民事信託は、商事信託と異なり約款等による契約の標準化がなされないため、契約コストが大きくなると同時に、不備の可能性も高まる。このため、弁護士・司法書士や研究者が率先してさまざまな種類の民事信託にかかる契約を起草・公開して、契約内容の標準化を図る努力が欠かせない。」

同書P278「なお、こうした自己信託の持つ匿名性は財産秘匿等の濫用に対する抽象的な懸念につながる。少数の不適切な利用例のために自己信託全体が「いかがわしいもの」と見られることのないよう、制度に対するリテラシー向上のための努力や設定証書の標準化等の努力が欠かせない。」大垣尚司立命館大学教授のコメント

・渋谷陽一郎『民事信託における受託者支援の実務と書式』(株)民事法研究会

P12「民事信託のベストプラクティス③ 標準的な信託条項は存在するか それぞれの信託財産の信託類型に応じて民事信託の信託条項は、実務上、標準化されつつある。民事信託は長期にわたる財産管理の仕組みとして、実務に必要不可欠な信託条項がある。そのような必要不可欠な信託条項は、個別の信託でさほど異なるわけではない(微調整は必要となろうが)。独創的な信託条項をつくろうとして、必要不可欠な信託条項を欠落させてしまっては元も子もない。まずは標準化されつつある信託条項が、実務上、どのように機能しているのかを理解したい。

 なお、標準化された信託条項の場合、―略―契約締結事務の法律事務性が低くなるので、当該契約に対する支援者の範囲を広げることになりうる。いわゆるオーダーメイド型の契約書の起案は、実質的に新たな法律関係の形成に関与することになる場合があり、法律事務として当該契約に対する支援者の範囲を狭める結果となろう。」

・『高齢社会における信託制度の理論と実務』日本加除出版(株)P131~

「家族信託を普及するために、考えるべきことは、「単純でわかりやすい信託契約」を作成することである。まず信託目的を絞ること。様々な目的を一つの信託契約に盛り込もうとしても、複雑でわかりにくくなり、想定外の事態に対処することが困難になる

 また、受託者や受益者は複数を避けたり、信託期間も出来るだけ短い期間としたり、受託者の変更などはなるべくせず、受託者や受益者の死亡など、異例な事態が生じた場合には、ただちに終了にすることなどの考慮が必要である。

 そして金融機関としての「ひな形」を作成しておき、個別の信託契約の大きな差異が生じないようにすることが必要と思われる。」吉原毅城南信用金庫相談役「家族信託の発展と金融機関の対応について」より一部抜粋

・渋谷陽一郎『民事信託のための信託監督人の実務』P17

「財産管理の実務はアートではない。民事信託の契約書は、具体的で継続的な民事信託の現実の実務の集積の上に成り立っている。個々のリスクが検証され標準化された民事信託の契約書があり、それを事例に応じて修正することで個別の民事信託契約書ができる。-中略―また、各資格者の業務の適法性のためにも、標準化が必要となる」

・渋谷陽一郎『民事信託の実務と書式』2017民事法研究会

P43「支援者業務の価値(報酬額)を高めるため信託契約のオーダーメイド性が強調される場合があるが、その結果として、法律事務や法律相談に関する規制処方(代表的には弁護士法72条本文など)に抵触するリーガル・リスクを高めるというパラドクスがある。民事信託の普及のための標準化(それによる低額化)が重要なゆえんである。」

否定的な考え

・宮田浩志『家族信託まるわかり読本』2017近代セールス社P111~

「問題の多い契約書のひな型がインターネットや書籍等で出回っているのも事実です。」

・(公財)トラスト未来フォーラム 2017年8月29日

「弁護士の伊庭潔先生が、『民事信託の実務と信託契約事例』という書籍を、本年3月にご出版されていらっしゃいますし、昨今では、民事信託に関する類似の書式集やハンドブックといった書籍について、相当の種類を書店で見かけます。

以前は、信託に関する書籍(特に民事信託の設定に関するもの)は殆ど見かけませんでしたが、最近はこのようにかなりの書籍が出版されているので、それぞれ視点等は異なるのかもしれませんが、多くの先生方がこのような試みをされているのではないかと思われます。」

父親が分筆して、娘さんにあげた土地について。家族信託を利用する場合の一つの例。

 

父親が、土地を3つに分けて、娘3名にあげた。娘の1人は家族信託に関心がある。2人は全く関心がない。

1、娘さんの1人が、分けてもらった土地(と管理費用のお金)を家族信託しておく。受託者は一般社団法人。
2、娘さん2名が家族信託について納得したとき、残りの土地2つを信託財産に追加する。娘さん2名が、土地の所有割合に応じて受益権を取得する。
子どもの代、孫の代に、みんなの同意があった時も同様。
 納得できない限り、信託財産に追加することはできない。なので、1、をしていても娘さんの1人の家族に、何かしら家族信託をして良いことがなければ、やらない方が良い。2次受益者の定めなど。
3、土地3つが同じ一般社団法人の名義になり、管理しやすくなる。合筆して1つの土地にすることも可能。


受託者が、個人の場合と一般社団法人の場合の特徴


個人 
1人で始められる。 
病気などに備えて、予備の人を定めておく必要がある。

一般社団法人

設立する時には2人以上が必要。

設立の費用、運営経費の負担がある。

運営方法(社員総会など)を定めておく必要がある。
持分がないので、社員が亡くなっても当然に相続人が社員になることはない。

 


不動産を信託財産に追加する方法
1、信託契約書への定め
2、不動産の追加
3、登記(契約の当事者以外に示しておく場合、合筆して1つの土地にしたい場合など)

そのほかのこと
公民館の土地について、行方不明の方がいる場合。
認可地縁団体に係る不動産登記法の特例
遺言控除
相続法制検討ワーキングチーム報告書
所有者の所在の把握が難しい土地への対応方策 中間とりまとめ
2014年「合同会社」の新設法人調査((株)東京商工リサーチ)
台湾土地登記謄本
国税庁、法人番号リーフレットを公表

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