加工日本司法書士会連合会民事信託等財産管理業務対策部民事信託ワーキングチーム「民事信託支援業務の執務ガイドライン」

2024年(令和06年)12月05日 日本司法書士会連合会

令和6年11月「民事信託支援業務の執務ガイドライン」日本司法書士会連合会 民事信託等財産管理業務対策部 民事信託ワーキングチーム

<目次>

Ⅰ.趣旨 ··2

Ⅱ.民事信託支援業務に関する定義 2

Ⅲ.民事信託支援業務の執務ガイドライン 3

第1 相談から委任契約締結················ 3

1.相談 ··················· 3

2.事前調査の実施···················· 3

3.法的手段と費用の説明 ················ 3

4.後見制度・遺言と信託の併用 ············· 3

5.遺留分への配慮················· 4

6.委託者の意思の実現 ··············· 4

7.委任契約の締結 ················ 5

第2 業務の方針の決定 ················· 5

1.方針の決定 ····················· 5

2.信託契約書の案文の作成、打合せ··········· 5

3.信託財産の分別管理と信託口口座の開設の必要性······ 6

4.公証役場、金融機関、税理士等との打合せ········· 6

5.信託契約の締結、登記 ·················· 8

第3 信託関係人等への就任等による業務の継続 ········ 8

1.受益者の保護と受託者の支援の必要性 ··········· 8

2.信託関係人への就任 ·················· 8

第4 信託の変更及び終了事務等 ············ 9

1.信託の設定後に現れる問題への対応 ·········· 9

2.信託の変更の手続··············· 10

3.信託の変更に関する登記·········· 10

4.信託の終了・清算·············· 10

5.信託の終了に関する登記············· 11

第5 税務に関する留意点 ·············· 11

1.はじめに················ 11

2.受益者等課税信託················· 11

3.受益者等課税信託における課税関係上の留意点······ 11

第6 マネー・ローンダリング対策等··········· 13

1.はじめに············· 13

2.民事信託支援業務におけるリスクの特定及び評価 ········ 13

1  Ⅰ.趣旨 本ガイドラインは、民事信託が、高齢者・障がい者その他の国民の財産管理及び財産の承継について重要な役割を果たすことから、司法書士が民事信託支援業務を行うにあたり留意すべき事項を定め、もって国民の財産の適正な管理及び承継を支援することを目的とする。令和5年4月1日に施行された司法書士行為規範においても、民事信託支援業務に関して司法書士が遵守すべき規範が示されている。

  民事信託について法令上の定義は存在しないが、本ガイドラインにおいては、信託業法の適用を受けない信託と定義する。民事信託の受託者は司法書士等の専門職ではなく、委託者の親族等、専門家でなく知識を有しない方が担うことが多い。民事信託によって、委託者は柔軟に自らの財産の管理・処分・承継の方法を定めることができる。

 司法書士は、委託者が自らの意思を実現できるよう、当事者を支援することが重要である。また、受託者が財産管理に通暁しているとは限らないため、受託者が適切に信託事務や清算事務を遂行することを支援することも必要である。

 本ガイドラインにおいては、信託の設定から継続中、そして終了に至るまで、民事信託に関係する当事者を支援するための業務に関する基本的な事項を定めるものとする。 なお、本ガイドラインでは、契約による信託(信託法第3条第1号)を中心に扱い、遺言による信託(同法同条第2号)及び自己信託(同法同条第3号)については扱わない。

Ⅱ.民事信託支援業務に関する定義

本ガイドラインにおける用語の定義は、下記のとおりである。

(1)民事信託  信託業法の適用を受けない信託

 (2)民事信託支援業務  民事信託に関与する当事者から依頼を受けて、以下の民事信託に関する支援を行う業務・・・委託者となる者・受託者となる者などという特定はない。

①相談への対応、信託契約書等の案文の作成、金融機関における口座の開設支援、登記手続、信託事務処理、信託の清算手続その他民事信託に関連する手続を支援すること

②信託関係人、指図人、信託事務代行者又はこれらに類する地位に就くこと ③前2号に掲げる業務に関連する相談に応じること

(3)依頼者  民事信託支援業務について司法書士に委任し、若しくは委託しようとする者又はしている者・・・委託しようとする者の想定として、受託者が信託事務を第三者へ委託者する場合(信託法28条)を含む。

(4)信託関係人  信託管理人、信託監督人及び受益者代理人

(5)指図人  信託行為の定めにより、信託財産の管理又は処分の方法その他信託事務の処理に関して受託者に指図を行う者・・信託業法65条、66条。受益者指定権者(信託法89条)は入らない。

 (6)信託事務代行者  受託者から信託事務の処理の委託を受けた者 (7)信託当事者  委託者、受託者、受益者、信託関係人、指図人、信託事務代行者、これらの者の後継の予定者等、信託に関与し、又は関与する可能性のある者

2 Ⅲ.民事信託支援業務の執務ガイドライン

第1 相談から委任契約締結まで

  • 1相談
  •  相談者は、当初から、民事信託支援業務に関する相談を希望する場合もあれば、そうでない場合もある。相談者自身、解決すべき問題の整理ができていないことがあり、相談に応ずる司法書士において、親族関係、財産状況、収支状況、法的問題、身上保護の問題、将来の希望等を整序し、民事信託の利用が、相談者の問題解決に寄与するのかどうかを見極める必要がある。

 そして、民事信託の利用が委託者の意思に合致し、問題解決に適していると判断できる場合には、相談者に対し、民事信託支援業務の概要を説明し、事前調査へと進むこととなる。

  • 2事前調査の実施

  民事信託の設計にあたっては、まず、当事者の親族関係を確定する必要がある。また、信託財産に属する財産とする予定の財産(以下「信託予定財産」といい、そのうち不動産を「信託予定不動産」という。)を確定するため、信託予定財産についての権利関係や現況に関する調査が必要となる。 具体的には、当事者の戸籍や住民票、信託予定財産の不動産登記情報や固定資産評価証明書等を確認する。信託予定不動産については、現地調査を行い、物件状況も把握しておくことが望ましい。   

 また、信託予定不動産について調査した結果、信託の登記をする前提として、建物表題登記や所有権登記名義人住所変更登記、相続登記等を要することが判明した場合には、相談者に対し、その旨を事前に説明しておく必要がある。

  • 3法的手段と費用の説明

  事前調査によって得た資料に基づき、相談者の抱える問題解決のための手段について協議し、費用の概算を提示する。 信託は、財産管理の制度であって、身上保護の制度ではないため、委託者や受益者となる予定の者に高齢者や障がい者が含まれる場合等、身上保護を必要とする場合においては、後見制度との併用を検討する必要がある。

 委託者の年金受給権等の一身専属的権利は信託できない。また、受託者が耕作をする目的で農地法第3条所定の許可を得ることはできない(農地法第3条第2項第3号)。このように、信託することのできない財産が含まれることもあるため、このような場合には、後見制度や遺言との併用も検討する必要がある。

 4.後見制度・遺言と信託の併用

 (1)後見制度と信託の併用

 委託者の身上保護や、信託しなかった財産の管理処分等のために法定代理人が必要となる場合は、信託と後見制度を併用する必要がある。後見制度には、任意後見と法定後見の2種類が存在する。 委託者又は受益者に後見人が就任した場合、受託者に対する監督権限を後見人が代理して行使することとなる。

 委託者又は受益者の任意後見人として受託者が就任する場合、恒常的に利益相反関係が生まれることになる。このような任意後見契約が許容されるのかどうかについては議論が存在し、いまだ結論が出ていないため、慎重に対応を検討すべきである。

 法定後見制度に関しては、委託者又は受益者に成年後見人が就任する場合、原則として弁護士を選任する運用の家庭裁判所が存在することに注意すべきである。

(2)遺言と信託の併用

  遺言と信託を併用する場合、信託財産については受託者に所有権が移転し、委託者の財産ではなくなるため、遺言によって承継方法を指定することができない。信託しなかった財産の承継方法の指定のみが可能であることに注意すべきである。 ・・・信託が委託者死亡前に終了した場合に備えて遺言を定めることは可能であり有効。

 受益権は受益者の財産であるため、受益者の法定相続人に相続される。したがって、受益権を遺産分割の対象とすることも、遺言によって受益権の承継方法を指定することも可能である。

 ただし、信託行為において、当初の受益者の死亡により信託が終了せず、受益権を取得する者の指定等の定めがある場合は、その者が受益権を取得することになる。したがって、このような場合には遺産分割の対象とすることも遺言によって承継方法を指定することもできない。委託者の地位についても相続性を有するため、遺言により承継方法を指定することが可能である。

  • 4遺留分への配慮

民法の遺留分に関する規定は強行規定であるから、信託を活用する場合でも排除できない。したがって、依頼者が遺留分を侵害する内容の信託契約を希望する場合には、依頼者に対してその旨を説明し、同意を得ることが必要である。

なお、金融機関によっては、遺留分を侵害する内容の信託契約に基づく信託口口座の開設を断る場合もある。 信託を活用した場合について、遺留分侵害額請求の対象は信託財産であるのか、あるいは受益権であるのかという説の対立がある。また、遺留分侵害額請求の相手方が受託者なのか受益者なのかという説の対立があり、確立した見解は存在しない。したがって、遺留分を巡る紛争は争点が複雑となる可能性がある。

  • 委託者の意思の実現

 民事信託の設定を司法書士が支援する際の依頼者については、委託者のみであると扱う見解と、委託者及び受託者の双方であると扱う見解が存在する。司法書士は委託者の意思の実現の支援を行うという側面を重視すれば、委託者のみが依頼者となる。一方で、委託者の意思を実現するためには、委託者及び受託者の双方と信頼関係を形成する必要があるということを重視すれば、双方が依頼者となる。

 上記のいずれの見解に立脚するとしても、民事信託の設定にあたっては、委託者の意思を最も重視すべきであり、受託者の利益に誘導されてはならない。受託者となることを希望する者のみが相談に来た場合、できるだけ早く委託者との面談を行い、その意向を確認することが求められる。また、報酬については、委託者の意思を実現するという民事信託支援業務の特質に鑑み、委託者から受領することが望ましい。・・・委任契約書を誰と締結するのかという問題だと考えますが、報酬を委託者から受領すると明記されていることから、ガイドラインは委託者を依頼者と想定していると考えられます。

  信託契約は、委託者と受託者の合意のみで成立し、受益者やそれ以外の者は信託行為の当事者とはならない。ただし、将来のトラブルを防止するため、委託者や受託者以外の親族等にも、必要に応じて説明をすることが望ましい。また、リスクの判断を行うためには、委託者の財産関係、相続関係、生活状況、希望等について、守秘義務等に配慮しながら事前の調査を行うことも求められる。

  • 6委任契約の締結

 上記3において協議した問題解決の手段と費用の説明の結果、依頼者が民事信託を利用することになったときは、民事信託支援業務の内容と範囲を明確にするため、依頼者との間で委任契約書を作成する。

 委任契約を締結する相手方は、委託者のみを依頼者と位置付ける場合は委託者となり、委託者と受託者の双方を依頼者と位置付ける場合はその双方となる。

 第2 業務の方針の決定

  • 1方針の決定

 方針を決定する際には、委託者となる者の意思を実現するために信託が有用であるかどうかを考慮しなければならない。委託者となる者の意思を実現するために、財産管理や身上保護に関する各種の制度を横断的に検討することを通じて、方針を決定していくことになる。 信託の他に検討すべき制度としては、法定後見、任意後見契約、財産管理等委任契約、遺言、死後事務委任契約、生前贈与等がある。

 依頼者との協議の結果、信託以外の法制度を活用することが望ましいという結論になることや、信託に加えて任意後見契約や遺言等を併用することもあり得る。また、すぐに何らかの手段を講じる必要はないという結論に達した場合、将来において法定後見を利用することを助言することもある。

法制度の利用を検討するのみではなく、金融機関や医療機関、福祉施設等において、顧客等の判断能力が低下した場合に、どのような対応がなされているのか等について情報を提供することが、依頼者の意思決定の助けになることもある。 依頼者と協議するにあたっては、信託の関係者の理解力に配慮すべきである。信託の概要を一目で把握できる図や表等を作成することが理解の助けになることもある。

なお、想定外の課税関係が生じることがないよう、必要に応じて税務の専門家との連携を図るべきである。

  • 2信託契約書の案文の作成、打合せ

 信託契約書に関する雛形と言われるものは、市販の書籍を含め、数多く存在するが、そのまま利用できるものは無いに等しく、信託契約書の案文作成にあたっては委託者の意思を実現できるよう、信託法その他の関係法令を正しく理解したうえで、個別の事案ごとに丁寧に作り込む必要がある。また、打合せは複数回繰り返すことになる。

  • 3信託財産の分別管理と信託口口座の開設の必要性

  受託者は、信託財産の独立性を確保するため、信託財産と受託者の固有財産を分別して管理しなければならない(信託法第34条)。登記又は登録をすることが可能な財産については、信託契約締結後、速やかに登記又は登録を行わなければならない(信託法第 34 条第1項第1号)。

 登記又は登録をする義務は強行法規であり、この義務を免除することはできない。したがって、委託者名義に登記を留保することは許されない。 金銭については、金融機関にて信託口口座を開設したうえで管理することが望ましい。可能な限り、①受託者を預金者とし、②口座の名義から信託財産に属する財産を管理するための通帳であると判別でき、③信託法の規定に沿って通常の預貯金と異なった取り扱いがなされる(独立したCIFコードが付される、受託者の変更時の引継ぎに対応できる等)、という条件を充足する口座を開設することができる金融機関を調査したうえで、信託口口座を開設すべきである。

 なお、信託口口座という言葉には定まった定義が存在しないため、本ガイドラインでは上記①~③の要件を満たす口座を信託口口座と呼ぶこととする。

 一方、金融機関によっては、①受託者を預金者とし、②口座の名義から信託財産に属する財産を管理するための口座であると判別できるものの、受託者変更等に際して信託法の規定に沿った取り扱いには対応できない口座の開設のみが可能であることがある。また、信託財産に属する財産を管理するための預金口座であると判別できる口座名義を付すことができない金融機関もある。

 このような口座で財産を管理すると、例えば、受託者の変更があった場合に、新受託者にスムーズに預貯金を引き継げない等のトラブルが発生するおそれがあることに留意する。 信託口口座の開設に応じてくれる金融機関が存在しない地域や、信託契約の内容が金融機関の審査基準に合致しない場合、担保権を設定している金融機関において口座を開設しなければならない場合等、信託口口座を開設しないことにつき合理的な理由がある場合には、受託者の口座が信託財産に属する財産を管理するための専用の口座であることについて、委託者と受託者の間で別途の確認書を作成する等の対応を行う必要がある。

 4.公証役場、金融機関、税理士等との打合せ

 (1)公証役場

  信託契約は諾成契約であるため、契約書の作成は信託契約が成立するための法律上の要件ではないが、司法書士が民事信託支援業務を行う際には、信託契約書の作成を支援することが必須である。さらに、公正証書で作成することにより、当事者の意思能力について公証人のスクリーニングを経ることができ、将来の紛争を防止する効果が期待できる。

 また、信託契約書の日付の改ざんを防止して物権変動を明確化し、詐害的な信託を防止する効果も存在する。公正証書で信託契約書を作成することを、信託口口座の開設の要件とする金融機関も多い。したがって、特段の事情がない限り、民事信託においては、公正証書による信託契約書の作成を支援するべきである。 そして、公正証書により契約書を作成する場合には、案文や契約締結日時等につき、事前に公証人との打合せを行う必要がある。 委託者と受託者のいずれか又は双方からの委任を受けて、司法書士が代理人として公正証書の作成の嘱託を行うことは、万が一紛争が発生した際に信託契約の有効性に疑義が生じる可能性があり、また、金融機関において信託口口座の開設を拒絶される可能性があることから、避けるべきである。

 (2)金融機関等

①信託口口座の開設

 上記3で述べたとおり、受託者が財産を管理するうえで、金融機関において信託法に従った取り扱いが行われる信託口口座を開設することが望ましい。しかし、信託法に従った取り扱いを行わない口座の開設しか認めない金融機関や、口座の名義から信託財産に属する財産を管理するための通帳であることが判別できる口座の開設に対応していない金融機関もある。

 したがって、依頼者が望む金融機関が、信託口口座の開設の要望にどのように対応しているかどうかを事前に調査する必要がある。なお、前述のように、信託口口座の開設に対応する金融機関は、公正証書による信託契約書の作成を求めることが多い。また、事前に信託契約書の案文審査が必要な金融機関も多いため、金融機関との調整も怠らないようにすべきである。

 ②担保権者

 信託予定不動産に抵当権等の担保権が設定されている場合には、関係者との間で、所有権を受託者に移転することの可否、債務引受、連帯保証契約の締結や税務の取り扱いの確認等、事前の調整が必要となる。

③証券会社

 上場株式等の有価証券を信託する場合には、委託者が取引を行っている証券会社等が民事信託に対応しているかを調査する必要がある。もしも証券会社が民事信託に対応していない場合には、民事信託に対応している証券会社に有価証券を移管する等の対応を検討することになる。民事信託に対応している証券会社であっても、商品によっては対応できないこともある。また、現時点では有価証券を信託した際には特定口座の開設ができず、一般口座のみでの対応になることに留意する。そして、当初の委託者が死亡することを信託の終了事由とすることを求める等、証券会社ごとに独自の基準が存在するため、信託契約書の案文の調整を事前に行う必要がある。

(3)税理士 信託を巡る税制に関しては解釈が不明確な点が多く存在する。また、税務上の特例措置の適用の有無等に関して専門的な判断が求められるケースもある。事案に応じて、税務の専門家と連携することが必要である。 また、依頼者が会社経営者の場合や、賃貸物件を保有している場合等は、顧問税理士が日常的に関与していることもある。このような場合には、顧問税理士の意向を確認し、税務申告等の際に不慮の事態が生じないように調整する必要がある。

 5.信託契約の締結、登記 信託契約締結後は、必要書類を準備し、速やかに、登記申請手続を行わなければならない。登記が完了した後は、関係書類等を依頼者に対し交付する。また、所轄税務署長に対し、受益者別調書の提出が必要な場合(当初から自益信託でなく、かつ信託財産の評価額が50万円を超える場合)があることや、信託期間中、毎年1月31 日までに、信託の計算書を提出すべき場合(信託財産に帰せられる収益の額が年間3万円を超える場合)等があることを依頼者に説明し、その詳細については、所轄税務署又は税理士に相談するよう適切に助言すべきである。

 そして、報酬を受領した後は、民事信託の設定に関する支援業務に要した費用の精算書(領収書)等を、依頼者に交付する。

第3 信託関係人等への就任等による業務の継続

  • 受益者の保護と受託者の支援の必要性

  民事信託においては、高齢者や障がい者等が受益者となることが多い。そのような場合には、受益者が信託に関する意思決定を行うことや、受託者を監督することが事実上困難であるため、受益者の保護を図ることが必要となる。

  受託者には受益者の親族等が就任することが多いため、受託者が財産管理に通暁しているとは限らない。こうした場合に受託者が適正な信託事務を行うことを可能とするためには、信託の設定を支援した司法書士が受託者を支援することが必要となる。

  受益者の保護と受託者の支援のための具体的な方法としては、信託監督人や受益者代理人のような信託関係人に就任する方法や、受益者又は受託者と顧問契約を締結して相談に応じる方法、受託者から帳簿の作成等の信託事務の一部の委託を受ける方法が考えられる。

  • 2信託関係人への就任

  信託関係人とは、信託管理人、信託監督人及び受益者代理人の総称である。民事信託においては、受益者保護のために、司法書士等の専門職が信託関係人に就任することがある。民事信託においては、信託管理人が設置されることは極めて少ない。信託管理人は、受益者が現に存在しないときにしか設置できないからである(信託法第123条第1項)。したがって、ここでは司法書士が信託監督人又は受益者代理人に就任する場合の注意点のみを解説する。

  信託監督人は、受託者に対し定期的な報告を求める等により、受益者のために適切に信託事務が遂行されているかを監督しなければならない。受託者が信託財産のためにした行為が、受益者の利益を害するおそれがある場合には、信託監督人は速やかに適切な対応を行う必要がある。 受益者代理人は、受益者の権利の行使の全て(受託者の責任の免除に関する権利を除く)を代理して行使することになる。受益者代理人に代理される受益者は、信託法第92条各号及び信託行為に定められたもの以外の権利の行使が制限される(信託法第139条第4項)。例えば、信託の変更の場面において、受益者代理人がいる場合には、受益者代理人が信託の変更に関与し、受益者は関与しない。したがって、受益者代理人には、受益者の利益を確保するため、慎重な行動が求められる。 信託監督人、受益者代理人のいずれに就任した場合でも、善管注意義務を負っていること(信託法第133条第1項、第140条第1項)を認識し、受益者の権利の保護のために最善の対応をする必要がある。

  なお、信託監督人、受益者代理人として権限を行使するにあたり、司法書士の簡裁訴訟代理権の範囲を超え、紛争性がある法律行為が必要となる場合は、弁護士の選任を促す等の対応を取り、弁護士法に抵触することがないよう留意しなければならない。 また、就任する前に、受託者をはじめとする信託の関係者に対し、どのような方針で信託関係人としての事務に当たるのかを書面化し、明確に示すことが望ましい。委託者と受託者の双方を信託の依頼者とする立場で司法書士が民事信託の支援に携わった場合や、委託者のみを依頼者とする立場であっても、受託者との協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められる場合は、利益相反について注意を払うべきである。

これらの場合であっても信託監督人や受益者代理人に就任することが妨げられるものではないが、受託者による不適切な信託事務があった場合に、その責任を追及することは、利益相反と評価される可能性が否定できない(司法書士行為規範第58条)。

 この場合、受託者の責任追及を行うためには、受益者自身による権限行使や弁護士の選任を促す、あるいは成年後見等の申立を促す等の適切な措置を執ることが必要である。

 第4 信託の変更及び終了事務等

  • 1信託の設定後に現れる問題への対応

  信託に関しては、いまだ法律上、又は税務上の解釈が定まっていない論点が多々ある。したがって、信託の設定の段階では最善と考えられていた信託契約の内容を、信託期間中に変更する等して、信託設定後に確定した法律上の論点、税務上の論点を踏まえた内容とするべく事後的な対応を求められることが考えられる。

  また、信託期間が数十年の長きにわたる場合には、信託の設定の段階で想定していた、信託当事者の生活環境、家族構成、人間関係等が信託期間中に変化することで、信託の継続が困難になることもある。その場合には、信託契約の内容を変更することで、継続性を維持できないかを検討することが必要となることも考えられる。

 民事信託支援業務は、信託を設定すれば、その業務が終了したと考えるべきではない。信託を設定した後も、定期的に、又は必要に応じてその都度、信託契約の内容を見直し、信託当事者に変更すべき内容を提案する等、設定した信託がその後も適正に運用されるために、適切な助言を行うことが望ましい。

  • 2信託の変更の手続

  信託の変更を行う場合には、信託法又は当該信託契約の規定に基づき、変更権限を有する者が信託の変更の合意等をし、遅滞なく、変更後の内容を所定の者に通知することが必要とされている。

  信託の変更について相談を受けた際には、信託の変更の手続が適正に行われるよう、変更の内容とその変更の可否、当該信託における変更の手続の方法を信託当事者に説明、助言する必要がある。

 また、信託の変更に関して、金融機関との調整が必要とされている場合には、所要の手続を行うよう、受託者に対して説明、他と助言をする必要がある。

  • 3信託の変更に関する登記

  不動産登記法第103条第1項は、同法第97条第1項各号に掲げる登記事項について変更があったときは、受託者は、遅滞なく、信託の変更の登記を申請しなければならないと規定している。

  したがって、信託当事者に変更があったとき、信託契約の内容が変更されたとき等、信託目録に記録された事項に変更が生じた際は、受託者に対して信託の変更の登記申請をしなければならない旨を説明、助言する必要がある。

  そして、登記の申請手続を受任した場合には、当事者、その意思及び目的物の確認を行うのはもちろんのこと、信託契約の内容を確認して、信託の変更をするために必要となる手続及び実体的権利関係を適正に把握したうえで、速やかに登記の申請手続をする必要がある。

  • 4信託の終了・清算

  信託は、信託法又は信託契約に定められた信託の終了事由の発生等により終了する。信託が終了した後は、清算受託者による清算手続が開始される。清算受託者は、①現務の結了、②信託財産中の債権の取立てと債務の弁済(受益債権に係る債務を除く)、③受益債権に係る債務の弁済、④残余財産の給付、という手順により、信託の清算を行うことになる。

 清算手続には、法律上、税務上の専門的な知識が必要な場合もある。 信託の終了・清算について相談を受けた際には、必要であれば他の専門家とも連携して、清算受託者が適正な清算手続を行えるよう説明、助言する必要がある。 なお、司法書士は受託者となることはできない(信託業法第3条)。

 清算受託者についても、清算手続中は財産の管理処分を行うこととなる。清算受託者は、一定の場合に残余財産の帰属権利者とみなされ(信託法第182条第3項)、また、信託財産責任負担債務については、前受託者から承継した債務を除き(信託法第76条第2項)、固有財産をもって弁済する責任を負う。したがって、司法書士は清算受託者に就任することもできないと解される。

  • 5信託の終了に関する登記

 信託の清算手続においても、登記の申請が必要な場合がある。例えば、債務の弁済をするのに金銭が不足している場合に、受託者が信託財産に属する不動産を売却する場合や、受託者が帰属権利者等に残余財産である不動産を給付する場合等である。登記の申請手続を受任した場合には、当事者、その意思及び目的物の確認を行うのはもちろんのこと、信託契約の内容を確認して、当該信託の終了・清算において必要となる手続及び実体的権利関係を適正に把握したうえで、速やかに登記の申請手続をする必要がある。

 第5 税務に関する留意点

  • 1はじめに

本ガイドラインにおいては、民事信託に関する税務上の一般的な留意点について解説する。信託を巡る税制に関しては解釈が不明確な点が多く存在する。また、税務上の特例措置の適用の有無等に関して専門的な判断が求められるケースもある。事案に応じて、税務の専門家と連携することが必要である。なお、本ガイドラインにおいては受益者が個人の場合の税務上の論点のみについて取り上げる。法人が受益者の場合の取り扱いは異なる点があるので注意すべきである。

  • 2受益者等課税信託

 民事信託に関する税制の中心は受益者等課税信託である。受益者等課税信託とは、受益者の受け取る給付内容に関わらず、信託財産及びこれから生ずる所得は全て受益者等(※)に帰属するものとみなして、受益者等に対して課税される信託をいう(所得税法第13条第1項)。 受益者等が存しない信託や、受益証券発行信託は、上記の受益者等課税信託ではなく、法人課税信託とされ、多大な税負担が発生する。したがって、このような信託は避けることが望ましい。

(※)受益者等とは、信託法上の受益者のうち現にその権利を有する者及び、信託の変更権限(信託の目的に反しないことが明らかである場合に限り信託の変更をすることができる権限は除かれている)を有するとともに信託財産の給付を受けるとされている者で受益者でない者(特定委託者又はみなし受益者という。相続税法第9条の2第5項、所得税法第13条第2項)をいう。例えば、信託変更権限を有する受託者が帰属権利者でもある場合、その受託者は特定委託者又はみなし受益者に該当し、課税されることもあり得ることに留意する。

3.受益者等課税信託における課税関係上の留意点

 (1)委託者と受益者が異なる場合(他益信託)

 民事信託においては、大部分の場合、委託者と受益者が同一である自益信託が設定される。委託者と受益者が同一であれば信託の設定時に課税関係が生じないからである。一方、委託者と受益者が異なる他益信託を設定した場合、受益者が委託者に適正な対価を支払う等の特段の事情がない限り、委託者から受益者に対する贈与があったものとみなされ、受益者に対して贈与税が課税されることに注意すべきである(相続税法第9条の2第1項)。

(2)収益不動産を信託する場合

  通常であれば、収益不動産の大規模修繕等で赤字が生じた場合は、他の不動産所得と損益通算をし、又はその赤字を繰り越して次年度以降の所得から差し引くことができる。ところが、信託財産に属する不動産の不動産所得に関して赤字が生じたとしても、その赤字の部分の金額は生じなかったものとみなされる。したがって、信託財産に属する不動産の不動産所得に赤字が生じた場合、信託していない不動産の不動産所得の黒字との通算ができず、さらにその赤字を繰り越して次年度以降の所得との通算もできなくなる。このような税制上の不利益があることに留意すべきである(租税特別措置法第41条の4の2第1項)。

(3)受益証券を発行する旨の定めをしないこと

  受益証券発行の定めのある信託は受益者等課税信託に該当せず、法人課税信託となる。また、受益証券を発行する旨の定めの趣旨は受益権を取引の対象として流通性を高めることであるから、民事信託の趣旨には適合しない場合が多いと考えられる。

 (4)信託設定時又は信託期間中に受益者等が存しなくなる信託を設計しないこと

  受益者等が存在しない信託は、受益者等課税信託に該当せず、極めて重い税負担が発生する。例えば、出生していない者を受益者とするような信託は避けることが望ましい。

 (5)信託の受益者等を変更した場合

   信託の受益者等が変更された場合で、変更後の受益者等から従前の受益者等に適正な対価が支払われない場合、変更後の受益者等は、変更前の受益者等から、贈与又は遺贈によりその信託財産を取得したものとして、贈与税又は相続税が課税される(相続税法第9条の2第2項)。なお、適正な対価が支払われた場合には、従前の受益者等に譲渡益が発生していれば、譲渡所得税の課税がなされる(所得税法第33条)。

(6)受益者連続型信託を設定する場合の注意点

  受益者連続型信託を設定した場合において、受益権を取得した者が適正な対価を負担しない場合、その者が、例えば信託財産に属する不動産から生ずる賃料の一部しか取得できない受益者であったとしても、直前の受益者等に帰属する全ての信託財産の移転(贈与又は遺贈)があったものとして取り扱われる。すなわち、収益の一部しか取得できないような受益者に多大な税負担が生じることとなるので、注意が必要である(信託法第91条、相続税法第9条の3)。

 (7)信託が終了した場合

 信託終了直前の受益者等が帰属権利者等と同一である場合は、課税関係は生じない。これ以外の場合は、帰属権利者等から適正な対価が支払われない場合、信託終了の直前の受益者から帰属権利者等に残余財産の移転(贈与又は遺贈)があったものとして課税される(相続税法第9条の2第4項)。

第6 マネー・ローンダリング対策等

 1.はじめに

 (1)基本原則

  民事信託支援業務を行うにあたっては、マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策への取組みが国の内外で重要視されていること、司法書士もこの問題に積極的に対応すべき状況にあること、「司法書士は違法若しくは不正な行為を助長し」てはならないとされていること(司法書士行為規範第14条)を理解し、法務省・日本司法書士会連合会の定める「司法書士及び司法書士法人の業務のマネー・ローンダリング及びテロ資金供与に関するガイドライン」(令和6年4月1日 法務省・日本司法書士会連合会)を遵守しなければならない。

 信託は、委託者が受託者に単に財産を預けるのではなく、財産権の名義、財産の管理権及び処分権まで移転させるものであるとともに、信託前の財産を信託受益権に転換することにより、信託目的に応じて、その財産の属性、数及び財産権の性状を変える機能を有していることから、マネー・ローンダリング等の有効な手段となり得る。

(2)司法書士が取り組むべきリスクベース・アプローチ

  リスクベース・アプローチとは、司法書士が、業務に関して依頼を受けようとする際及び依頼を受けた後に、自らが直面しているリスクを適時かつ適切に特定及び評価し、当該依頼を行うことが許容される程度にまで当該リスクを実効的に低減するため、当該リスクに見合った対策を講ずることをいう。 リスクベース・アプローチの枠組みは、司法書士の業務に関する依頼の目的がマネー・ローンダリング・テロ資金供与にあるか否かを検討するための基本原則であることから、本来的には、その適用対象は犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」という。)上の特定取引(犯収法第4条第1項)に限定されるものではなく、司法書士の業務(司法書士法第3条又は第29条に定める業務又はこれらに付随し、若しくは関連する業務)のうち、依頼者のためにする行為又は手続に係る依頼全般に適用されるべきものであるとされている。

 リスクベース・アプローチの考え方の詳細は、「司法書士及び司法書士法人の業務のマネー・ローンダリング及びテロ資金供与に関するガイドライン」を参照されたい。

  • 3 民事信託支援業務におけるリスクの特定及び評価

 リスクの特定は、司法書士が、自らが依頼を受け、又は依頼を受けようとする行為や依頼者の属性等のリスクを包括的かつ具体的に検証し、マネー・ローンダリング・テロ資金供与に係るリスクを特定するものであり、リスクベース・アプローチの出発点というべきものである。具体的な手法は、「リスクベース・アプローチの手引き(考え方)」(令和6年4月1日 司法書士執務調査室マネー・ローンダリング・テロ資金供与対策部会)に詳述されているので、参照されたい。 リスクの特定について、司法書士は、司法書士の業務について依頼を受けようとする場合には、依頼者の属性、依頼者との業務上の関係、依頼内容及び依頼に関係する事実等の事情を包括的かつ具体的に検討したうえで、これらを総合的に考慮してリスクを特定しなければならない。また、依頼を受けた後であっても、同様にこれらの事情について新たなリスクが判明した場合には、これを踏まえてリスクの特定を検討する必要がある。そして、司法書士は、特定されたリスクについて、自らへの影響度等を踏まえて総合的な評価を行い、その依頼について高リスクであるか否かの判断を行わなければならない。 民事信託支援業務を行うにあたっても、上記リスクの特定及びその評価を行い、必要な判断を行わなければならない。高リスクと判断される場合にはリスクの低減措置を講じ、リスクを十分に低減することができない場合には、依頼を断らなければならない。

 <監修者> 弁護士/中央大学研究開発機構教授  伊庭 潔 三井住友信託銀行専門理事/中央大学研究開発機構教授 八谷 博喜 税理士 鈴木 淳

・・・監修はどのような位置付けなのか分かりませんが、2024/12/20の沖縄県司法書士会主催の民事信託研修において、伊庭潔弁護士は、ガイドライン案に対して何点かコメントをしたとおっしゃっていました。

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