渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(23)」

渋谷陽一郎「民事信託の登記の諸問題(23)」登記研究[1]の記事からです。

信託法(利益相反行為の制限)第三十一条

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=418AC0000000108

1項略

2 前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。

1号から3号略

四 受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は当該行為の信託財産に与える影響、当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき。

もっとも、登記手続上、いかにして、このような総合的判断や実質判断が行われたことを確認しうるのだろうか、という問題がある。登記原因証明情報や添付情報にしても、法令で定められている範囲でしか提供を求めることが出来ないだろうし、事案に応じた裁判官的な個別実質的判断は、登記の形式主義の下、大量な登記件数を迅速かつ公平に処理しなければならない登記手続には馴染まないからだ。

 登記手続上、総合的判断や実質判断は確認し得ないと思います。理由は記事記載の通りです。総合的判断や実質判断は信託に関する不動産登記に求められるものではなく、主に、その信託に関する紛争が顕在化した場合に、裁判官が判断することだと思われます。

そうであるとすれば、昭和41年登記先例のような事案でも、信託行為の定めで許容し、その旨の登記がされている場合、あるいは、重要事実の開示に基づく受益者の承諾を証する情報の提供があれば、当該第三者の債務の物上保証のための抵当権設定登記を行うことができる、ということになるのだろうか。その場合、登記手続上、信託目的や受託者権限その他の信託条項の登記との整合性判断という問題も生じよう。

 更には、信託行為による許容の定めがなく、受益者の承諾もない場合、設定者たる受託者及び抵当権者から、当該抵当権設定は、31条2項4号の正当理由等が存し、忠実義務違反とはならないと登記原因証明情報に記載されていれば、当該抵当権設定の登記ができるのだろうか。

 信託行為の定めで許容し、その旨の登記がされている場合・・・信託法という法律が先例に優先し、登記はされると考えらえます。登記がされた後に、関係者間で争いが起きた時に、信託行為の内容や受託者の行動が、実質的判断の対象になるのだと思います。

 重要事実の開示に基づく受益者の承諾を証する情報の提供がある場合・・・重要事実であることをどのように判断するのか難しい面があるので、登記は出来ないのではないかと感じます。

 信託行為による許容の定めがなく、受益者の承諾もない場合、設定者たる受託者及び抵当権者から、当該抵当権設定は、31条2項4号の正当理由等が存し、忠実義務違反とはならないと登記原因証明情報に記載されている場合・・・信託法に基づく登記原因証明情報であり、登記はされると考えます。その後に関係者間で争いが起きた場合に、実質的な総合判断が求められることになると考えられます。なお、忠実義務違反とはならない、という記載は、信託法31条の条文から、登記原因証明情報の必要的記載事項ではないと考えます。

問題は、次のような信託条項を予め登記しておくことは可能なのか、であり、受託者の忠実義務違反の行為を許容する(忠実義務違反としない)信託条項の登記となりうるか、である。

・信託条項の定めの例

信託財産の管理方法

受託者の権限

 第三者の債務に対する物上保証としての信託不動産に対する抵当権設定

信託法30条に関する許容(信託法31条2項1号参照)

上記の受託者の行為を許容する。

・信託条項を予め登記しておくことは可能なのか・・・禁止する法令を私は見つけることが出来ませんでした。よって、予め登記しておくことは可能と考えます。前提として、信託法2条1項本文があります。

 なお、記事の後半で特定性、識別可能性、第三者の表現について、考察がされています。後に、第三者の債務に対する物上保証としての信託不動産に対する抵当権設定の登記申請が必要になる場合があったときに、個別具体的に判断できるのは受益者(受益者代理人などを含みます。)なので、信託行為で予め概括的に許容する定めを置いたうえで、もう一段階、受益者による事前承認が必要なことを、信託目録に記録する必要があると考えます。


[1] 906号、令和5年8月号、テイハン、P41~。

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