トラスト未来フォーラム研究叢書Trust Forum Foundation『財産の管理、運用および承継と信託に関する研究』
公益財団法人トラスト未来フォーラム令和4 年7 月
https://trust-mf.or.jp/books.html
・木南敦「信託についての権限を有する者の定めがある信託について―Uniform Direct Trust Actとその前後を中心にして―」
目 次
Ⅰ はじめに
Ⅱ アメリカ合衆国における取り扱いの展開
1 Trust Adviser
2 Trust Adviser の利用例
3 Directed Trust
4 信託法リステイトメント185 条
5 第三次信託法リステイトメント75 条
6 Uniform Trust Code 808 条
Ⅲ Uniform Directed Trust Act
1 Uniform Directed Trust Act の起草
2 UDTA の適用対象
3 UDTA5 条に定められる権限の除外
4 指示される信託におけるフィデューシャリーの義務と責任
5 信託指示者の義務と責任(UDTA8 条)
6 指示される受託者の義務と責任(UDTA9 条)
7 指示される信託における情報提供
8 監視、通報および助言
9 共同受託者とUDTA の関わり
10 UDTA 制定州によるUDTA9 条の変更
11 まとめ
Ⅳ むすびにかえて
信託についての権限を有する者、受託者や受託者に指示、アドバイスを与えることが出来るとされている者などについて、アメリカの例を交えながらの論考です。信託目的から考えて、受託者の権限を分離させる信託にも言及されています。
信託法26条を考えるうえで参考となります。
第二次信託法リステイトメント185 条の解説のうち、権限がそれを有する者の利益だけのためのものである場合には、受託者の義務は、その行使が信託の定めの範囲内であるか否かを確かめ、範囲内であればそれに従って行為することである。これに対して、権限がそれを有する者以外の者の利益のためのものである場合には、権限を有する者は、その行使においてフィデューシャリーの義務に服する、という部分が判断する受託者の判断基準を助けるのではないかと思います。受託者に対して指示を与える権限がある、と信託行為で定められた者が受益者であり、指示が受益者の利益になるならば、指示に従う。受益者以外の利益になる場合は、フィデューシャリーの義務(信認義務)を負い、受託者自身が判断する余地がある、指示に従わないこともできるということになります。
受託者に指示を与える権限を有する者について、その権限がフィデューシャリーと判断される場合は、共同受託者の関係と同様に扱われ、受託者としての義務・責任を負うことになります。この解釈は、指示を与える権限を有する者の、権利の濫用を防ぐ役割があると記載されており、同感です。このような解説は日本の信託においても当てはまるのか、気になりました。
第三次信託法リステイトメント75 条でもその考えは引き継がれているようです。UniformTrust Code808条も、第二次信託法リステイトメント185 条の解説を基にしている。なお、一部の州では取り入れられず、機能しなかったと評価されているようです。
2018年改訂のUniform Divided Trust Actにおいては、4つの特徴が挙げられています。指示をする権限を有する者の就職、報酬、補充その他の事項に関する信託事務運営に関する副次的ルールや受託者との関係性など、より細かな 規定になっている印象を受けました。また信託指示権ではない権利も限定列挙で定義しています。撤回可能信託における委託者が有する権限などです。受益者の判断能力もしくは飲酒状態または委託者の判断能力を決定するよう求めるような信託における、ヘルスケア提供資格者も信託指示権の拘束は受けない、との記載があり、特徴だと感じます。なお、州によりUTDAの規定を基に書き換えなどがあります。判断コストが考慮されている、というのはアメリカらしいと感じると共に、大事な視点だと思いました。
木村仁「アメリカにおける統一信託デカント法の検討」
目 次
1 はじめに
2 信託のデカントに関する制定法化の動向
3 利益分配に関する受託者の裁量権の範囲とデカント権限
(1) 信託の元本または収益の分配に関する裁量権
(2) 受託者の裁量権の範囲
4 スペシャル・ニーズ・トラストの特例
(1) スペシャル・ニーズ・トラストへのデカンと要件
(2) 他の受益者の権利保護
5 デカント権限行使に対する制限
(1) 受益者の追加に関する制限
(2) 確定的な受益権の縮減の禁止
(3) 第2の信託の存続期間制限
(4) 税制上の不利益変更の禁止
6 デカントにおける受託者の信認義務
(1) 一般規定
(2) 個別規定
7 受益者等に対する通知義務
8 第1の信託の変更について
9 むすびにかえて
受託者が信託の利益分配につき広範な裁量権を有している場合に、当初の信託(第1の信託)とは異なる信託条項が定められた新たな信託(第2の信託)を設定し、第1の信託の信託財産を第2の信託の信託財産として移転することを承認する、信託のデカント(trust decanting)、というのがアメリカの州制定法で認められつつあり、その考察。デカント権限行使に対する制限、受託者の信認義務の内容、手続的要件としての通知義務、デカントの一形態として、第2の信託を設定せずに、第1の信託を直接に変更することの可否など。
・1992年、ニュー・ヨーク州において初めて、信託のデカントに関する州法が制定され、その目的が飛越的世代間財産移転税は課税されない制度の導入であり、結果として新たな信託の存続期間が長くなればなるほど、非課税とされる期間が長くなること。
デカント権限行使に対する制限
統一信託デカント法では、受託者の裁量権が収益の分配に限定されている場合には、デカントを許容しない。
・受託者に信託の元本の分配につき絶対的な裁量権が付与されている場合(統一信託デカント法11 条)
デカント権は、第1の信託の現受益者の除外、第1の信託の現受益者の残余権受益者への変更、第1 の信託の残余権受益者の除外、確定的でない受益権の内容の変更、利益分配の基準の変更、浪費者信託条項の追加または削除、信託の存続期間の延長、信託の管理地法または準拠法の変更、指名権の追加・変更・削除、受託者の変更、後任受託者に関する条項の変更、信託の管理に関する条項の変更、投資アドバイザー・信託プロテクター等の追加、そして信託の分割・併合などに限られる。
・受託者が限定的裁量権を付与されている場合(統一信託デカント法12 条)
受託者に、扶養、医療もしくは教育など確定可能なまたは合理的に明確な基準にもとづく限定的な裁量権しか与えられていない場合、第1 の信託の元本につきデカント権限を行使することができるが、第2 の信託は、総体的に、第1 の信託の各受益者に、第1 の信託の受益者が有する受益権と「実質的に同等(substantially similar)」の受益権を付与するものでなければならないと規定。
・スペシャル・ニーズ・トラスト(special needs trust)におけるデカント
一般的に、障がいを持つ受益者がメディケイド (Medicaid) など公的福祉制度の受給資格を維持しつつ、公的福祉制度ではカバーされない受益者の特別の必要を満たし、その生活の質の向上を図るために設定される信託。
第2 の信託においてスペシャル・ニーズ・トラストを設定し、これに第1 の信託の信託財産を移し替えることを認める要件
- 第2 の信託が障がいを持つ受益者に利益を与えるスペシャル・ニーズ・トラストであること。
(2)デカント権限の行使により第1 の信託の目的がより促進されること。
第2の信託における受益者が、公的福祉制度の受給資格を持っていることが要件となっているのか、気になりました。存続期間の制限にかかる場合もある。税制上、不利益となる信託条項の変更の禁止が明文で定められていることは、信託の安定性が高まると感じます。
手続的要件としての通知義務
一般的には、受託者は裁量権を行使するにあたり、事前に受益者に通知をする義務を負わないが、デカント権を行使するには、事前通知を受益者や受益者を監督する者に行うことが求められている。
第2の信託を設定せずに、第1の信託を直接に変更することの可否。統一信託デカント法は許容。税制、司法コストの削減のため。
和田勝行「詐害信託の法律関係についての理論的検討」
目 次
1 はじめに
(1) 詐害信託の取消制度とは
(2) 本稿の問題意識
(3) 詐害信託の理解の難しさの理由
(4) 設例
2 受託者に対する取消請求(信託法11 条1 項)
(1) 取消しの対象は何か
(2) 取消しの効果の主観的範囲
(3) 受託者から受益者以外の第三者が当初信託財産を取得した場合
(4) 当初信託財産に賃借権等が設定された場合の法律関係
3 信託受益者に対する取消請求・受益権譲渡請求(信託法11 条4 項・5 項)
(1) 信託法11 条4 項の適用範囲――当初信託財産への限定の要否
(2) 信託法11 条5 項による受益権譲渡請求とのすみ分け
(3) 信託法11 条5 項の位置付けに関する異なる理解
(4) 若干の検討
4 終わりに
問題意識
利害関係人として受託者と信託受益者の二人が存在する点において、信託の法律関係が複雑。信託法11 条の設ける制度が複雑。詐害信託の取消権行使の効果(信託法11条)
信託法11条1項に基づく取消権の行使が、受益者にも及ぶか。及ぶとする場合、どのような根拠に基づくとするべきか。受託者に移転する信託財産に属する財産の所有権と、受益者が持つ受益権を併せて詐害信託における、受益者とする考え方。民法425条の3との関係。
当初信託財産に、賃借権が設定された場合の賃借人に対する請求権の考え方について、受益者全員が悪意の場合、受益者の一部が悪意の場合で、信託法の適用・民法の適用、現物返還・価額償還など変わってくる、という考え。信託受益者に対する取消請求、受益権譲渡請求は、信託法11条4項により、民法424条の5の特則と位置付け。信託法11条4項と、同法11条5項との棲み分け。
佐久間毅「死因贈与類似の効果をもつ信託の効力」
目 次
1 はじめに
2 死因贈与類似の効果をもつ信託の撤回の可能性
(1) 序論
(2) 死因贈与の撤回
(3) 死因贈与類似の効果を持つ信託の撤回について
3 受益者の変更、信託の変更、受託者の解任および信託の終了と受託者の同意
(1) 序論
(2) 遺言代用信託の受益者の変更
(3) 帰属権利者の変更(信託の変更)
(4) 受託者の解任
(5) 信託の終了
4 おわりに
死因贈与と同じような機能を持つ信託の場合、信託条項の定め方とその効力次第で、委託者は死因贈与ならば可能であった死後の財産の帰属先の変更をすることができなくなる可能性がある。不均衡であるため、死因贈与類似の信託の場合、死因贈与の撤回が認められた裁判例と同様の事実があった場合は、撤回が認められても良いのではないか、という指摘。
受託者の解任か残余財産受益者の変更のいずれかについて、信託法90条1項但し書により、受託者の同意がなくてもすることができるようにする必要がある。信託法58条4項、同法62条4項の適用、活用。
宮本誠子「相続人に対する財産承継と持戻し」
目 次
はじめに
一 相続人に対する贈与・遺贈と持戻し
1 持戻しの制度趣旨と民法903 条の枠組み
2 特別受益該当性と持戻し免除
二 相続人が取得する生命保険金請求権・信託受益権と持戻し
1 生命保険金請求権の特別受益該当性と持戻し
2 信託受益権の特別受益該当性と持戻し
信託受益権について、特別受益者の持戻しが出来るのかの検討。持戻し制度の趣旨は、共同相続人間の公平と被相続人の意思の尊重。相続させる旨の遺言の増加による時代の変化。民法903条の枠組みの整理。特別受益該当性を最初に判断すること。
生命保険金請求権に関する判例(平成16年10月29日民集58 巻7 号1979 頁)と民法903条の関係。
信託受益権の特別受益該当性と持戻し。持戻しの対象となるのは、信託財産ではなく信託受益権。受益権の内容が扶養義務の履行にあたる場合、特別受益には当らない。被相続人の死亡を機に得た受益権であれば、遺贈と判断。死亡後の配偶者の居住保護を目的として信託を設定した場合、黙示の持戻し免除の意思表示を認めることが可能との考え。