事例検討 なぜ、民事信託における受益権の個数か。

事例検討 なぜ、民事信託における受益権の個数か。

1  事例
1―1               事例の簡略図

図 1信託設定時

受託者B(子)
委託者A(父)
当初受益者A(父)(父)
信託契約
受益権
第2次受益者C(妻)
第2次受益者B(妻)
予備受託者Bの子(子)
1―2               事例の前提

図 2 前提

・信託目的は受益者の安定した生活。 ・委託者の受益者指定権、受益者変更権は制限されていない。 ・受益権は、受託者の同意を得て譲渡することができる。 ・第2次受益者について、割合の定めはない、
2 民事信託において利用される場合
2―1               受益者が複数であり、意思決定が必要な場合

 受託者の責任の免除、受託者が悪意・重過失の場合の一部免除、法人受託者の役員が悪意・重過失の場合の一部免除を受益権者集会で行う場合(信託法103条3項、40条から42条)。

2―2               受益者複数の場合の意思決定の方法
2―2―1      受益者の全員一致

 信託行為に別段の定めがある場合および単独受益権を除いて、受益者の全員一致が必要となる(信託法92条、105条1項)。

2―2―2      受益者代理人

 信託行為に別段の定めがある場合および受託者の責任免除を除いて、代理する受益者のために意思決定することができる(信託法139条)。

2―2―3      信託監督人

 信託行為に別段の定めがある場合および①受益権の放棄、②受益権取得請求権、③受益原簿がある場合の記載、証明書発行請求権を除いて、自己の名をもって当該信託の全受益者が持つ権利を行使することができる(信託法132条)。

2―2―4      信託行為で別段の定めを設ける(信託法105条1項ただし書)

(例)第○条―中略―

1 受益者の意思決定は、信託目的の範囲内において全員一致による。

2 受益者の全員一致が得られない場合、信託目的の達成不能を理由として本信託を終了する。

2―2―5      みなし賛成制度[1]

 (例)第○条―中略―

1 受託者が各受益者に対して、書面による通知を行い、1か月以内に2分の1を超える受益者から反対の意思表示がない場合は、受益者の意思決定があったものとみなす。

2―3               受益権の譲渡
3 受益権の定めとその例
3―1               受益権の定め方に規定はなく、割合、元本受益権や収益受益権について記載されている文献もある[2]。受益権が2つ以上ある場合で、その受益権が2人以上の受益者に帰属しているとき、「個数」を考える必要がある[3][4][5]。よって、2人以上の受益者が内容が異なる受益権を持っている場合でも、その受益権は当然に2個とはならず、信託行為において定めを要する。
3―2               受益権の共有と捉えられる定め
(受益権) 第○条 ―中略― 【氏名1】と【氏名2】の受益権の割合は均等とする。 (受益権) 第○条 ―中略― 元本受益権の受益者は、【氏名1】、【氏名2】、【氏名3】の3名とし、各人3分の1の割合で取得する。 (受益権) 第○条 ―中略― 受益者は、【氏名1】および【氏名2】とし、【氏名2】が取得する受益権の割合は、【氏名1】が負担している扶養義務の範囲内とする。
3―3               共有とする場合の留意点

 受益権は1個であり、信託法105条1項による意思決定の際は、受益者の人数を基準としているので問題とならない。

 受益者集会で決議する場合、受益権の個数により議決権1個とされるので、多数決を採ることができず、常に全員一致が必要となる(信託法112条1項1号、信託法42条)。受益者集会は、家族信託になじまないものが多いとの考えはある[6]が、受託者として法人を利用することは否定していない[7]ことから、受益者集会における多数決においても否定はされていない。

3―4               共有となっている受益権を2個以上に分ける方法
3―4―1      受益権の分割
3―4―2      受益権の分割と、受益者変更権および受益者指定権の組み合わせ。
3―4―3      受益権の分割と、受益権譲渡の組み合わせ
3―5               受益権の共有と捉えられないようにするための条項
3―5―1    受益債権の額を基礎とする
(受益権) 第○条 ―中略―  受益権は、受益債権の額1円につき1個とする。   ・このような定めをおく場合、112条1項2号も包含されると考えられるが、同号は「受益権の額」としていることから、受益債権と受益権の額が完全に一致するのかは不明。基準日を定める必要がある。  
3―5―2    受益債権に対する割合で定める場合
(受益権) 第○条 ―中略―  受益権は、本信託設定時の受益債権の総額に対する、各受益者が有する受益権債権の割合の1%につき1個とする。 ・この方法を採る場合、信託の変更について対応する条項が必要となる。   (信託の変更) 第○条―中略― 3 受益権が移転した場合、受益権の個数は、移転日における本信託の受益債権の総額に対する、各受益者が有する受益権債権の割合の1%につき1個とする。 4 前項の場合、各受益者に計算後の受益債権が指定される受益債権の分割・併合があったものとする。
3―5―3      受益債権に対する割合で定めた場合の端数処理

 受益者には、信託法103条以下に受益権取得請求権が認められている。主として家族間で行われる民事信託で利用するのは好ましくないと考える。

4 比較
4―1               会社法における利益享受帰属主体の自益権との比較
  株式会社の株主 合同会社の社員   信託の受益者  
自益権の種類 剰余金の配当請求権、残余財産の分配請求権等[8] 利益配当請求権等[9] 受益債権、

図 3 受益権の分割と株式分割

  受益権の分割 株式分割
変更 信託行為の変更 定款
     
5 受託者の責任免除
5―1               例

 受託者の責任を免除する場合を例に取って考察する。受託者Bは、信託契約を締結して20年が経ち、今年で70歳になった。少し物忘れが出始め受益者からは、「そろそろ後退した方が良いんじゃないか。」と言われ始めていたが、受託者Bは、「いやいや、まだまだやれるよ。」と言ってやんわりと断ってきた。

 そんな時、

6 実務および各機関の対応

 民事信託を実行する際に4-2-1の方法を採り、契約書に受益権の個数に関する条項を定めた。

6―1               金融機関

 3つの金融機関へ口座を作成してもらうために事前FAXした際、これを疑問に聞いてくるところはなかった。

6―2               公証センター

 公証センターへ信託契約書の案を送信した際は、「この定めに文例はありますか?」と聞かれたので、「文例はありません。」と返事をして、参考書籍のコピーを送信した。

 再度「今回は受益者も1人なので、この定めは要らないんじゃないですか?」と聞かれたので、「何が起こるか分からないので要ります。」と答え、作成していただいた。

6―3               私は以下の理由から、現在のところ受益権について扶養義務の範囲内と定める以外、信託契約書において割合、元本、収益を定めたことはないが、個数については定めている。
6―3―1      割合はその時々で変わるのではないか。
6―3―2      元本や収益は簡単に分けられるのか。
6―3―3      最初から契約書に割合を定めると柔軟性に欠けるのではないか。
7 書式例(記載する事項)
7―1               受益権取得請求書
7―2               受益者集会に関する書類
7―3               受益者名簿

受益者の氏名住所、数、受益権の個数、不動産の場合は登記、株式の場合は株主名簿反映の有無。

7―4                

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 これと、例えば信託法89条の受益者変更権などをセットで組み合わせると、さらに面白い使い方を考えることができます。

 例えば、当初は委託者兼受益者の自益信託にしておき、受益者変更権を受託者に付与する。孫が大学に進学する場合や、子が家を建てる場合などに受益権を分割するとともに、受益者変更権を行使して、その孫や子に受益権を与え、大学進学費用や家の新築費用を援助してあげる。

 で、ある程度の金額を援助したら、その受益権は消滅し、ただの自益信託に戻る、などという設計を考えることができます。

 よく、信託を使って第三者に贈与を行いたい!などという話を聞くのですが、信託は受益者の利益のために行われるものですので、受益者以外の者に贈与を行うということは、忠実義務違反のおそれがあります。

 しかし、このように受益権の分割と受益者変更などを組み合わせることで、それと同じようなことは果たせるのではないかな、と思っているところです。


[1] 道垣内弘人『信託法』2017P353~P353

[2] 遠藤英嗣『新しい家族信託』2016 日本加除出版 P455、P460、P485

[3]道垣内弘人『信託法』2017 有斐閣 P323、P351、P393

[4]村松秀樹ほか『概説 新信託法』2008 金融財政事情研究会 P245

[5]新井誠監修『コンメンタール信託法』2008 ぎょうせい P332

[6] 遠藤永嗣『新しい家族信託』2016P168

[7] 遠藤永嗣『新しい家族信託』2016P183~

[8] 酒巻俊夫ほか編『逐条解説会社法』2008 中央経済社P28~

[9] 相澤哲ほか『論点解説 新・会社法』2006 商事法務P593~

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