令和6年度司法書士総合研究所研究発表大会
「ドイツにおける相続手続き―専門家の果たす役割-」
平成国際大学 小西 飛鳥
Ⅰ.はじめに
(1)相続制度の意味の変化
民法制定時:相続が遺族の生活を支えるためのもの
⇒現在:ドイツでも高齢化が進み、相続人は自分の収入を確保
「家族の絆の維持」のため
社会保障の充実により、遺産は必ずしも必要ない。
近年の傾向:慈善団体への寄付の増加
例えば、「国境なき医師団(Médecins Sans Frontières)」などへの寄付は税制上の優遇措置あり。
(2)相続における専門家の関与
不動産取引-公証人の関与⇒当事者の望む契約の締結及び履行の確保
相続では?
Ⅱ.ドイツの相続
1.ドイツの相続制度の概要
*法定相続(BGB1924条以下)
https://www.buzer.de/1924_BGB.htm
第1順位の血族相続人(子、孫、ひ孫)、配偶者:配偶者4分の1、血族相続人4分の3
第2順位の血族相続人、配偶者(父母、被相続人の兄弟姉妹):配偶者2分の1、血族相続人2分の1(1931条1項)
第3順位の血族相続人(祖父母)、配偶者:配偶者2分の1、祖父母2分の1(1926条3項)
祖父母よりも遠い血族、配偶者:配偶者のみ(1931条2項)
※法定夫婦剰余共同制の場合、配偶者の法定相続分を4分の1増加させる(1371条1項)。
※生存配偶者の相続分を拡大することについての議論あり。法改正が行われるかは不透明。
2.紛争予防のために活用されるべき制度
(1)遺言(BGB1937条、1941条)
特に公正証書遺言の作成:すべての相続人が理解しやすい内容にすることが重要
*相続における紛争予防の効果
ドイツ:約30%←財産保有者は遺言する傾向あり。弁護士や税理士に相談して遺言書を作成。
他方、多くの人は「自分には財産がないから遺言書は不要」「法定相続で十分」と考える傾向あり。
*共同遺言:配偶者の一方の死亡後に、生存配偶者が共同遺言で定めた相関的処分に拘束される(BGB2271条2項)
*自筆証書遺言の保管制度の存在
https://www.sommerrechtsanwalt.de/informationstexte/aufbewahrung-von-testamenten.html
(2)生前贈与
*相続税回避のため:配偶者は50 万ユーロ、子供は40 万ユーロ、孫は20 万ユーロまで非課税
メリット:10年ごとに非課税枠をリセットできる。
例えば、祖父が孫に生前贈与を行う場合、
10年ごとに200,000ユーロまで非課税で贈与可能
(3) 遺産分割の計画を事前に立てておく
*不動産や事業の相続について、どのように分配するのかを事前に決めておくことが重要
*家族内で相続について話し合うこと も、トラブル防止に役立つ。
3.相続開始後の相続手続き
(1)相続人の義務
①相続が発生すると、相続人は「相続税申告」を行う義務
②相続財産の分割が完了するまで、相続人は共同で財産を管理する義務
③相続人が負債を相続した場合、特定の期限内に「相続放棄」を申請可能
遺産分割が早期に行われないと、「相続財産の管理が困難になる」ケースが増加⇒「相続争いを未然に防ぐための対策」が重要視
① 生前贈与を活用する
② 遺言書を明確に作成する
③ 専門家(弁護士・公証人)と相談する
⇒これらの対策を講じることで、相続トラブルを回避することが可能
(2)遺産分割協議
*遺産:相続共同体で管理。その性質は合有(BGB2032条1項)
不動産が含まれる場合:原則として公証人(Notar)の関与が必要。
ただし、相続人間の調整により相続権の離脱(Abschichtung)が行われる場合、公証人の介入なしで手続きを進めることができる(判例法)。
https://deutsches-erbenzentrum.de/themen/erbengemeinschaft-aufloesen/abschichtung-erbengemeinschaft
例:345 人の相続人が大規模な相続共同体(Erbengemeinschaft)となっている場合
⇒1人が相続共同体から離脱したいが、代わりに不動産を取得したいと希望
⇒他の相続人がそれに同意すれば、その人は不動産を取得。
⇒その価値が相続財産の一部として考慮され、その人は相続共同体から離脱できる。
*「不動産に関わる取引には常に公証人が関与すべき」という原則を崩すものとして批判あり。Joachim弁護士、この手続きは自体は問題なく、合理的。
*遺産分割協議が調わない場合⇒訴訟:裁判官による和解の試みあり。
相続争いは感情的な要素が絡むため、裁判官が解決できないケースもある。
その場合、長期間にわたる紛争となることもある。
*紛争が生じる場面
①相続財産の規模が大きい場合。
②「再婚による家族構成の複雑化」
例えば、夫が再婚し、前妻との間に子供がいる場合
③子供たちが財産分配について異なる考えを持っている場合
例えば、「長男が親の家を相続したい」と思っていても、「次男や娘は現金を相続したい」と考えている場合
④「相続の対象が不動産である場合」争いがより激しくなる傾向。不動産は簡単に分割できないため。
⇒4人の相続人がいる場合、家は4人の名義で登記される又は4人のうちの1人が家を相続する場合、代償分割する必要あり。
相続人同士で合意が得られない場合、「Zwangsversteigerung(強制競売)」 が行われる
※強制競売:裁判所を通じて不動産を売却し、その売却代金を相続人に分配する手続き
ただし、強制競売では通常、市場価格よりも安い価格で不動産が売却される⇒相続人にとっては不利になることが多い のが実情。
このため、可能であれば相続人同士で自主的に合意し、不動産を分割する方が良いとされている。
(3)相続証明書(BGB2353条以下)
*相続人の相続権、相続分についての証明書
*相続証明書の有効性
相続証明書を取得した後、新しい遺言書が発見された場合→既存の証明書は無効になる可能性
不正な手続きで相続証明書を取得した場合→後に裁判で無効とされることがある。
そのため、相続証明書を取得する際は、「すべての相続関係を慎重に確認すること」が重要。
※公正証書遺言があると、Erbscheinが不要な場合
例:遺言書が明確に「長男が唯一の相続人である」と記載されている場合など、相続手続きを簡略化するのに役立つ。
4.相続に関与する専門家
(1)弁護士
*相続に関する相談業務
*相続をめぐり紛争が発生した場合、相続人を代理して交渉・訴訟を行う
*遺産分割協議を通じて、相続人間の合意を形成
(2)公証人
*相続に関する相談業務、紛争に発展した場合は受任できない。
*遺産に不動産が含まれる場合、必ず公正証書にしなければならない
*遺言書の作成
*相続証書の発行
*不動産の相続登記
※専任公証人
弁護士兼公証人 弁護士としての経験を積んだのち、公証人試験に合格する必要あり
※公証人は、共同相続人の申立てに基づき、遺産分割の仲介をする制度(Gesetz über dasVerfahren in Familiensachen und in den Angelegenheiten der Freiwilligen Gerichtsbarkeit
(家庭事件及び非訟事件の手続に関する法律、FamFG)§363ff.)の利用
Mainz の元公証人(Litzenburger氏)によればほとんど使われていないとのこと。
Hannoverの弁護士(Joachim氏)もあまり利用されていないとのこと。
その理由:公証人には、当事者を強制的に手続きに従わせる権限がないため。
Joachim氏によると、これまでに23回経験があるが、成功したケースでは、公証人が優れた能力を持ち、かつ相続人それぞれが法律の専門家の助言を受けていた場合。
しかし、多くの人は公証人が手続きを主導してくれると期待して、最初は協力的に参加するのですが、話し合いが進むにつれて、やりたくないと言い出すことが多く、手続きが破綻することが多い。
→結果として、多くのケースでは、結局裁判所に持ち込まれることになる。このような問題を抱えた合有関係は、最終的に全く解決されず、そのまま次世代に引き継がれてしまうことがよくあるとのこと。
(3)税理士
*非課税枠
配偶者は50万ユーロ、子供は40万ユーロ、孫は20万ユーロまで非課税
⇒相続税が生じることはよほど遺産が高額でない限りない。あまり関与する必要がない。
相続税の課税についての議論(政治)
「相続財産はすでに課税された所得から成り立っているのだから、相続税を課すのは不公平」との主張
「富の格差を是正するために、大規模な相続には高い税率を適用すべきだ」との主張
*家族経営の企業(Familienunternehmen)の相続に対して、税制上の優遇措置が取られている。
その理由:「相続税が高すぎると、企業を維持できなくなるため」
特定の条件を満たせば、企業の相続税を大幅に軽減可能。ただし、一定期間(通常5〜7年)は事業を継続する必要あり。⇒この仕組みにより、家族経営の企業が次世代に引き継がれることを促進。
5.その他(保険制度)
(1)権利保護保険(Rechtsschutzversicherung)
私生活分野に加えて職業上の分野、交通事故関連の分野をカバーするオプションあり。
私生活分野:労働法関連、税務関連、犯罪被害者のための保障、相続関連
*相続関連の基本保障(2015年頃から提供)
・弁護士費用を1000ユーロまで、追加の補償をつけることで2500ユーロまでカバー
・加入割合:具体的な数字は不明。かなりの人が加入し、利用度も高いとのこと。一般的にはトラブルが生じやすい分野の一つとの説明(保険会社)
・法的な争いをカバーするためのもの:遺言書の作成等も含まれる。
・一部の保険では24時間対応の法律相談ホットラインが利用可能。このホットラインでは、まず弁護士に相談し、実際に訴訟が必要かどうかの判断を仰ぐことが可能。
・年間保険料・自己負担なし: 319.47 ユーロ、150ユーロの自己負担あり: 221ユーロ- 250ユーロの自己負担あり
*相続保険(Erbschaftsversicherung)
・相続に伴う費用(相続税や弁護士費用など)をカバーするために、生前に加入できる保険
・一般的ではないが、いくつかの保険会社が提供
基本的には、生命保険と似た仕組み⇒保険加入者(被相続人)が一定期間保険料を支払い、相続が発生した際に、受取人(相続人)が保険金を受け取るという形・保険を利用することで、相続人が相続税の支払いに困ることを防ぐことができる。
・しかし、相続保険の支払額も相続税の対象となる⇒保険金を受け取ることで、かえって相続税の負担が増える可能性あり
・税務対策をしっかり考えた上で加入することが重要
Ⅲ.おわりに
(1)相続開始前から専門家が関与することの必要性
*遺産分割について事前に計画を立てる必要
*相続開始時にどのような問題が生じる可能性があるのか、ないのかの判断
⇒遺言をしたほうが良いかの判断
*相続が開始後、速やかに必要な専門家へ繋がることが可能
(2)相続開始後
*あらかじめ計画を立てていなかった場合、この時点から専門家が関与。
*遺言等で専門家との繋がりがある場合は、予定していた専門家へ連絡。
(3)専門家の関与の実現
*制度の周知
*専門家の数の充実:どの町にも存在する、身近な存在となること。
*保険等の活用も検討
AI技術・弁護士法・司法書士法から照射される士業の制度的正当(統)性の根拠と課題――自己決定権とパターナリズムの相克・情報の非対称性の観点からの省察―
日本司法書士会連合会司法書士総合研究所司法・司法書士制度研究部会主任研究員・司法書士 木 曽 雄 高
1 目 的
本研究の目的は、生成AI などを活用したリーガルテックが登場した現代において、弁護士や司法書士を中心に士業に係る業法的規制のあり方を検討すること。
はじめに、弁護士法を題材にとって、非弁行為該当性に関する従前の判例・裁判例の状況を概観する。そのうえで、弁護士法の法目的、保護法益について確認し、さらに司法書士法の法目的も確認したうえで、両法の父権主義(あるいは「パターナリズム」以下、便宜両用語を併用する)的な業法的規制としての位置づけを確認する。
士業の業法的規制の根幹にパターナリスティックな規制の意志があることを見出したうえで、次にこうした父権性がいかにして正当化されうるのかについて、経済学における情報の非対称性の解消に関する議論、倫理学における自己決定に関する議論を参照しつつ検討する。
次に、AI の現状に関する議論を瞥見する。対話型AI などが発展してきたが、使用するうえでの限界も存在する。たとえば対話型AI は、文章の要約などの、事象の真偽を問題としない場合には有用である一方、事象の真偽を弁別できるわけではない。最も尤もらしい、すなわち「最尤」の回答を抽出することには⾧けている一方で、正誤判断、オープンワールドにおける考慮要素の発見能力などに課題があるものとみられる。
AIの現状を踏まえ、業法的規制の父権主義的性質の正当化根拠から照射して、AIは士業業務にいかなるかかわり方が求められるのかを吟味する。
最後に、AIと士業のあるべきかかわり方を検討する中で明らかになった、士業の業法的規制の正当性の根幹にかかわる自己決定権とパターナリズムの衝突・調整の問題について、少なくとも司法書士業界が議論の欠缺を抱えていることを指摘して結びとする。
なお、本稿では具体的なリーガルAIの技術や運用の現状に検討を加えることはしない。
これらは日進月歩の技術であり、近視眼的具体論に言及するほどに議論の陳腐化を早めるからである。以後の議論においては大まかに、法律相談に対する応答、法的文書のリーガルチェック、契約書や訴状その他許認可申請関係書類やそれらの添付資料の起案などを行う対話型AI 等を想定しておかれたい。
・・・父権主義的性質、司法書士業界が議論の欠缺を抱えている、という箇所が分かりませんでした。
2 士業制度とAI
(1)士業の業法的規制
(A)従来の議論(帰納的アプローチ)
まず、弁護士法における非弁護士に対する取締りについて規定した、同法72 条の解釈をめぐる裁判所の判断を網羅的・帰納的に分析した結果見えてくる、裁判所の判断枠組みについて言及する。
弁護士法72 条の解釈に関しては、従来、事件性必要説(注1)と事件性不要説(注2)の対立があるとされてきた。
しかし、たとえば事件性不要説を徹底するならば、契約締結などの法律行為の代理がすべて弁護士の独占業務と解されうることになりかねない。あらゆる法律行為の代理につき弁護士の選任が強制されるとの解釈に帰結しかねず、規制の範囲が広きに失する。社会の実状とも整合しない。
翻って、事件性必要説を徹底した場合、紛争性のない裁判手続などについては弁護士以外の手続代理を一般に容認する帰結となる。これは弁護士法および司法書士法の規制の趣旨を形骸化させ、また潜脱させることとなる。
以上のように、両説とも徹底するには重大な不都合がある(注3)。
最高裁判例並びに下級審裁判例は、上記の各説のような二項対立では整理し得ないものであり、以下のような整理がされうる。
第1に、裁判所や検察庁における手続代理のような事象に関しては、事件性の有無を問題とせず、弁護士法72 条への抵触が認められうる。
第2に、私人間の法律行為の代理については、立退交渉や債権の取立て、交通事故の示談のような権利義務関係の対立が存続した場合、権利義務関係の対立を経て一定の合意をみた場合などについては、弁護士法72条への抵触が認められる。他方、権利義務関係の対立を経ない法律行為の代理、あるいは使者としての行為については、同法に抵触しないものと解する傾向が一貫してみられる。
以上のように、弁護士法72 条に抵触するか否かの基準は、受任した事務の内容によっても異なることを、判例・裁判例からみてとることができる。
従前の判例や裁判例から、弁護士法による規制についての裁判所の解釈は、社会の実状に即しかつ社会秩序の維持に必要かつ相当な範囲で行われてきたことがわかる。
ここまでは、弁護士法の規制の対象についての帰納的アプローチからみえてくる、規制の趣旨と射程についての議論であった。裁判所の判断を網羅的に、俯瞰的にみると、弁護士法による非弁護士の取締りという規制は、社会の実状に即した形で行われてきたということがわかる。社会の実状に即した妥当な規制、換言すれば主権者である国民が是としうる内容の規制が求められることは、言を俟たない。
以下ではこの前提に立って、別の視角から士業の業法的規制について検討を進める。具体的には、弁護士法と司法書士法を例にとり、その法目的から演繹的にその業法的規制の趣旨を概観していく。
(B)弁護士法や司法書士法を例にとった士業の業法的規制の趣旨(演繹的アプローチ)
弁護士法72 条の保護法益について検討。最判昭46・7・14 刑集25巻5号690頁。依頼者や相手方が不利益を被るような「不公正」で「非円滑」な手続の温床となる、法的専門能力の低い者による拙劣な事案処理および弁護士であっても懲戒を受けるような事案処理を抑止すること、であるといえる(注4)。
ここで司法書士法の法目的、司法書士の使命として規定された内容にも簡単に触れておく。
司法書士法1条では、「司法書士は、この法律の定めるところによりその業務とする登記、供託、訴訟その他の法律事務の専門家として、国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与することを使命とする」と規定する。
「国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与する」という文言において、リーガルサービスの品質を司法書士制度によって担保することが含意されていることは、弁護士法と同様であろう。
以上から、弁護士法や司法書士法は法律サービスの品質を保障するために、国家が父権的に市場に介入することを趣旨とした法律であるといえる。
市場への父権的な介入による規制は、いかなる観点から正当化されうるのだろうか。
以下では、経済学における情報の非対称に関する議論、倫理学における自己決定権に関する議論からの基礎づけを試みる。
(2)情報の非対称の解消という観点
以下では、情報の非対称性の是正が市場における資源配分や富の分配の前提として必要であるとする経済学における議論を参照し、この議論が士業制度の存在の正当化根拠となりうることを導出する。
(A)アカロフの「レモン市場」のインパクト
伝統的な経済学においては、完全競争と完全情報を前提とする一般均衡モデルが構築されてきた。
しかし、現実経済においてはこうした前提が必ずしも充足されるわけではない。特に「完全情報」という前提に関しては、情報の入手可能性の程度や入手費用が重要な役割を果たすとされる。この点に注目して発展した分野が「不完全情報の経済学」(Economics of Imperfect Information)であった(注5)。
特に、ジョージ・アカロフの「レモンの市場―品質不確実性と市場メカニズム―」は、情報の非対称という問題を取り扱った研究の嚆矢として極めて有名である(注6)。
たとえば、売り手が売り物の品質について情報を有し、買い手はその情報を有しない状態を、情報の非対称という。非対称に情報が偏在する市場の例として、たとえば中古車市場を考える。こうした市場において、買い手は個別の中古車の品質についての情報を有し.ないがゆえに、全体の統計的な情報に依拠して判断せざるを得ない。個別の中古車について情報を有する売り手は、品質の劣るものを市場に供給する誘因を有し、その結果として市場そのものが縮小するおそれがあると、アカロフは指摘する(注7)。上記の主張に際してグレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」という格言を援用し、それを洗練し精緻化させていく試みを行っている。アカロフは、情報の非対称の解消のために国家の介入の必要性を説き、いくつかの施策を提言する。この効果を有する施策の例として、医師や弁護士の資格制度の存在を挙げている(注8)。
以上は、市場での適切な意思決定を行うためには、情報の対称性の確保のために国家等による父権的な介入が必要となるということを示唆する。
情報の非対称性の解消が資源の効率的な配分と市場の維持に資するものであり、そのために国家の市場への介入が求められることは、アカロフ、さらに彼と主張を共にしたスティグリッツらの研究により示されている。
情報の非対称性の解消に資する制度は、われわれの周囲にも存在する。金融商品販売法、特定商取引に関する法律(以下、「特定商取引法」という)、消費者契約法や、宅地建物取引業法などの業法にいても政策として顕現しているといえよう。士業における業法的規制もまた、こうした視座からその規制の正当性の根拠を見出すことができるのではないか。
以下、具体的に検討する。
(B)リーガルサービスの現場に照射しての検討
リーガルサービスの質の保障について検討する。まずは適切な手続遂行の保障ができるか、すなわちサービスの提供者自身が適切な品質を保持しているかが議論の対象となろう。
アカロフがその論文において例示した資格制度は、サービス提供主体の質を担保し、もってそうした品質を有するという情報を買い手=依頼者に提供する機能を有した。
売り手=サービス提供者自身の品質情報のみならず、売り手が提供する商品である法的手続等についても、同様に考えることができよう。手続選択(依頼者の自己決定)のための情報の提供の保障のために、専門家による説明責任が観念される。複数の選択可能な手続の中からどれを選ぶかという、自己決定権の適切な行使の礎となる情報の非対称の解消という意味合いである。
たとえば、依頼者から以下のような相談があった場合、法律の専門家はどう答えるだろうか。
「私はAという土地を買おうと思っているが、A土地の隣地を通行して隣の隣の土地にある資材置き場にアクセスしたい。A土地の隣地の使用権原としてどのようなものがあり、本件の場合どの使用権原を設定するのが理想的か」。
考えうるものとして、一般的に地役権、賃借権、地上権、共有持分、分筆して所有権移転などさまざまな選択肢があげられよう。これらの選択肢の⾧所・短所を、当事者の意向や周辺事情も聞く。
こうした場面で、われわれ専門家には、前述の宅地建物取引業法や特定商取引法などのような、特定の説明義務が明示的に存在するわけではない。しかし、専門家責任の一環としての説明義務や、専門家のベストプラクティスとしての説明が(法的義務とまではいかないにしても)要請されることが考えられる。弁護士法や司法書士法などによる能力担保が、こうした専門家による依頼者への情報の提供、それによる選択可能な手続に関する完全情報状態への近似化を促進し、下支えしうる。
管見の限りではあるが、情報の非対称性の是正という切り口から士業などの専門家の説明責任(法的なもののみを指すのではなく、ベストプラクティスを志向する道義的責任レベルのものまで広く含めて)について精緻に分析されたものは、見出すことができなかった。今後、経済学の観点からもこうした分析がされることが期待される。
(C)小 括
以上、情報の非対称性の解消が、一般均衡モデルの前提となる「完全情報」状態に近づけるためには必要となる。そのためには国家による一定の介入が求められる。
情報の非対称性の解消のための施策として、わが国では消費者契約法その他の説明義務を一方当事者に課する法制は寄与するものといえる。より広い射程で見渡すと、弁護士法や司法書士法などの専門家の品質を担保するための業法的規制も、こうした文脈からその父権的介入を正当化しうることが示唆される。
(3)倫理学における自己決定権という観点
以下では、医療の分野における患者の自己決定権に関する議論を参照しつつ、士業においても依頼者の自己決定権の保障が、士業制度の正当化根拠となりうることを示す。
(A)自己決定権に関する議論
主に医療の分野などにおいて広く議論されてきた、倫理学における自己決定権の観点から、業法的規制の正当化根拠を見出す作業を行う。
医療の場面においては、医師が医学について圧倒的に多くの情報と知見を有し、患者はそうではない。ここにも一種の情報の非対称状態が存在している。古くから、医学的知見を有する医師は、どういった治療がなされるべきかについて父権的に決定して患者を従わせる傾向が強くあったという。それが患者の人間の尊厳を侵犯するものであるとして、患者の権利運動が、特に1970年代以降大きな広がりをみせてきた(注9)。こうした潮流の中で、患者に対する説明と患者の同意に基づく医療行為、すなわちインフォームド・コンセントの保障が、基礎づけられていった。
医療の場面においては、インフォームド・コンセントは単に専門家がメニューを並べて患者に決めさせることのみを指さない。そこでは、①どこまで詳細に情報提供をするのか、
②その内容は医師の裁量で決められるのか、③不確定要素のある情報はいかに提供すべきか、などという問題が生じる(注10)。
特に①などはがん告知や余命宣告などの問題を含むものである。人間の尊厳、生命倫理と直結する場面であるからこそ、こうした論点が顕現しやすい。医療の現場において、インフォームド・コンセントや患者の自己決定権に関する議論が豊富になされてきた由縁が、ここにある。
(B)士業の執務の場への適用
司法書士や弁護士をはじめとする士業においても、専門家の側に知見や情報が偏在している点は同様である。また、士業と依頼者の関係が委任契約を原則とするところからは、その契約の原理上、受任者は委任者の意思に従って行動すべきであり、すなわち受任者の行為の正当性は委任者の自己決定に依拠するものといえる。
依頼者の自己決定権の適切な行使のためにも、その判断材料となる事情を、個別の事案の周辺事情まで含めて勘案し、依頼者に説明して判断を仰ぐことは、専門家として求められる(これも必ずしも法的義務のみを指しているのではなく、取引関係等を円滑に進行させるためのベストプラクティスという意味合いも含む)。士業専門家制度による能力担保は、適切な自己決定権の行使のための機会の保障として必要であるといえる。
もっとも、士業の存在の正当性の根拠の一つとして自己決定権の保証が極めて重要ではあるものの、その単一原理のみに基づいて正当性の基礎づけが貫徹できるかどうかは、検討の余地がある。依頼者の自己決定権の保障ではなく、一定のパターナリズムのほうがなじむ場合も存在する可能性はある。
自己決定権の保障と並んで、パターナリズムを士業の業務行為の正当性の根拠とする局面の存在可能性やその範囲についての議論は、後述のとおりAI の技術進歩が予想される将来において、士業の存在につき市民社会の承認を得続けるうえで重要な課題となりうる。
この点については、結論で詳述する。
(C)小 括
法的な手続選択等には、その手続や制度自体についての専門的な知識を要する(注11)。
さらに、周辺諸制度との連関、リスク・ベネフィットの見積もり、依頼者を拘束する義務の内容の把握、個別の事案が抱える周辺的考慮事情の有無など、本人の適切な自己決定のための判断材料が広大な外延をもつことが想定される。
本来自己決定権とは、医療専門家と患者の間での知識の偏在に起因する不均衡の是正のための議論として展開されてきたものである。しかしその裏側からみると、本人が自己決定権の適切な行使のために専門家の支援を要すると自己決定した場合(自己決定のために専門家に依頼するという自己決定をする、という、根幹の部分の自己決定である)には、その自己決定支援者となるべき専門家については、十分な能力担保が求められるともいえる。
適切な自己決定権の確保、適切な法的サービスの遂行という観点から国家が必要最小限の父権的介入をする手段として、専門家制度と業法的規制を定位することができる。
言い換えるならば、専門家制度という品質保証があることによって、さまざまな情報を専門家から得て自己決定をしたい依頼者にとっては、一定以上の品質をもつ自己決定支援者を得る機会の均等がもたらされることになる(注12)。弁護士や司法書士の業法的規制を例にとるならば、たとえば資格試験制度による能力担保、弁護士会や司法書士会による執務レベルの向上、懲戒権の確保、非弁護士、非司法書士への刑事罰の適用による排除などがこれにあたる。
もっとも、医療現場でも問題になるように、患者(依頼者)の自己決定権と、専門家のパターナリズムが衝突する場面も想定される。自己決定権によらず、パターナリズムが専門家の業務行為の正当性の根拠となるような場面の存在可能性やその範囲についての議論は、士業等の専門家制度の存在の正当性、説得性を社会に承認させるうえで必要である。
AIとの関連では、こうした議論がいかに説得的に展開できるかが焦点となるが、この点は後述する。
(4)AIのありようと権利義務――現状のAI の性質
以上の士業専門家制度の基礎づけを念頭において、リーガルAI などが出現した現在、士業専門家との関係でAI がどこまでの役割を担うべきかについて検討していく。
先述のとおり、本稿では日進月歩の技術であるAI の具体的な技術や運用の現状に検討を加えることはしない。
本研究に際して、理化学研究所の中川裕志先生(注13)にインタビューを行い、AIの現在の能力やポテンシャルについてうかがう機会を得た。以下、このインタビューから得られた知見の中から、検討のために必要な部分をピックアップしていく。もっとも、以下のAIの能力・特性は現時点でのものであることは留意すべきである。AIの日進月歩の開発の中で、これらの前提が覆される可能性はある。
(A)AIの学習の方向性は教師となる側の人間に依拠する
AIに法的な判断(あるいはその補助)をさせるうえで、法が前提とする正義原理や自由主義、人権や立憲主義といった近代法治国家が前提として有する価値をその基礎とさせる=学習させる必要がある。
こうした学習はしかし、AI が単独で行うものではない。それを教える教師役の教授の方向性によって、大きく結果を異にする。実際に過去の実験において、学習の方針によってはナチズムを礼賛する趣旨のアウトプットを繰り返す学習をしたAIも存在するという。
(B)オープンワールドにおける問題発見能力
AIとは若干離れた例であるが、スポーツにおけるVAR(Video Assistant Referee)では、限定されたルールと判断材料(スポーツの場合は映像資料など)の中でルール抵触性が判断される。法的紛争の中でも、物理的な状況から判断する交通事故などは、状況判断だけであればVARに近い性質の判定が可能かもしれない。しかし現実世界の多くは、決められたルールと考慮要素のクローズドワールドであるスポーツと違う。
たとえば、遺産分割をめぐる紛争の場合、生前の不均衡がどれほどあったかなどの⾧い前日譚=コンテクストが存在するだろう。また、単に交通事故といっても、道路形状や事故形態のみならず、事故時点での天候や運転者の健康状態(例:薬剤の服用による副作用の可能性)など、事故という事象を起点にさまざまな考慮要素に論点が広がる可能性がある。
このように、現実の法律が適用される場面はスポーツの場と異なり、考慮要素が無限の因果関係=オープンワールドの中に位置づけられる事象である。
統計的・確率的に最尤法的な回答を出力するAI は、入力された情報を基に出力する能力に⾧けるものの、依頼者とのディスカッションの中で新たな問題、考慮要素を発見することを苦手としているという。
(C)AI が自由主義を侵食する可能性
先述の自己決定権に関する議論でもみられたように、自由という概念には、自らが自らのことに関して決定権を有し、その結果を引き受けるというものが含まれる(注14)。
自由とは、意思決定過程の煩雑さや苦しさを経て実現された結果を享受する(ネガティブな結果の場合は引き受ける)という動態を指す。この意思決定の煩雑さをAIに委託して外部化することで、委託した人は煩雑さから解放される。反面、委託先であるAIが算出した回答を自らの決定として行使するため、人間はその結果を引き受けねばならない。すなわち、AI による意思決定の短絡は、AI の出す結論への人間の従属を意味する。これを民主主義における意思決定のレベルまで引き上げると、AI は民主的意思決定過程を侵食する存在となりうる。
経済的意思決定のAI による短絡化でさえ、その結果に人間が拘束される限りにおいて、意思決定の短絡化による安楽と引き換えに、人間がAI に経済的自由を売り渡すということと捉えることができる。
(5)AI による法的助言その他の法律事務の可否の検討
(A)AI の権利義務主体性という観点
以上の対話から得られた知見・示唆を踏まえて、士業の業務をAI が行うという事象について検討する。まず、AI が弁護士や司法書士などの士業専門家と並んで、独自の専門家として存立しうるかという点を検討する。
前提として、AIがまず法的権利義務の帰属主体たりうるかが検討されねばならない。AIが固有の権利義務帰属主体であり得なければ、専門家責任の帰属主体たる独立した専門家として振る舞うことは原理的に不可能だからである。
(a)自由の制限という観点からの社会的受容可能性
AI が法的な権利義務の帰属主体となりうるかは、究極的には社会・主権者がそれを許容するかにかかっている。筆者は、社会は容易にはこうした事態を許容しないであろうと考える。AIが権利義務主体となるということは、以下の状態を意味する。
① AI が自己決定を行う(法的決定を行い、意思表示をする)
② AI が当該意思表示の法的結果を引き受ける(責任を負う)
特に後者(②)、すなわち責任を負うことの可否が問題となる。AI に債務不履行・不法行為・不当利得等の責任追及をする際、AI からどこまで抗弁されることを許容できるのか。
逆に、AIから自然人が責任追及されたときに、自然人はどこまでAI に抗弁し得て、どこまで請求を拒絶できるのか。
われわれの社会の総意としてAI の権利義務帰属主体性を許容しうるか否かは、端的にAIが人間との紛争の相手方となることを許容できるか、と換言することができよう。こうした状況をにわかには受け入れがたいという人が多いのではないだろうか。人間の権利を制限し義務を課する権能を人間以外に認めることは、人間の自由の抑圧に等しいからである。
AI に人間のエージェントとして選択を委ねる行為は、自由の喪失と引き換えにその重荷から解放されるという目先の利益がある。しかし、AI を人間と対等な権利義務帰属主体として社会に迎えることに、人間自身の負担軽減などのメリットがあるのか、容易には想像しがたい。
以上から、AI が自律的な権利義務帰属主体となることを、社会は容易には許容せず、許容するとしても時間を要するであろうと考えられる。
(b)技術的な観点からの指摘
以上は、今後のAI の発展も見据えた⾧い時間軸で、AI に権利義務帰属主体性を付与することの意義と社会からみた受容可能性についての検討であった。次に、AI をめぐる法技術や実際の運用の観点から、その適否・要否について検討する。以下では、現時点での法解釈・法技術についての議論を概観し、AI が権利義務帰属主体となることの要否について検討する。
この検討に際して示唆を得られるのは、AI が法人として存在しうるかという議論である。
AI を自律的な権利義務帰属主体とするための法技術としての法人化という議論は存在する。
しかし、法解釈上の議論や実際の運用上の実益の観点からは、そうした主張に距離をおく言説のほうがより説得的である。以下、確認していく。
アメリカの改訂統一LLC 法(RULLCA)の解釈論として、法技術的にはAI のみによって構成・運営される法人を作出することが可能であるとする主張が存在する(注15)。しかしこれは、法制度の抜け穴を押し広げることでこうした議論を展開することが可能だと主張するものである。実際に、この論者の論文では、法条起草時の見落としを突いていることが示唆されている(注16)。
上記被引用者の議論は、立法者・主権者である市民が積極的にAI のみによる自律的な法人を法制度として要請し起草された法案についての議論ではない。法の抜け穴を突けばそうした法人も設立可能ではないかという試論である。自律的なAI 法人の必要性という立法事実や、立法者意思という民主的正統性をもたない議論であるといえる。以上、AIを自律的な法人として成立させようとする議論の先鋒となる論客の議論を瞥見した。しかしそれは、民主的正統性という基礎づけをもたないものであった。法技術の必要性の吟味を欠き、社会による要請や受容可能性を前提としておらず、説得力が弱い。
AI 法人といっても、内実は多義的である。たとえば、上述の想定のように人工知能そのものに自己決定権を認め、その法的効果を帰属させる主体として容認するというものもあれば、単に人工知能を保有資産とするビークル(投資媒体)としてのみ扱うという意味合いのものもありうる。研究、開発、運用されている人工知能がすべて自然人の人格の模倣を志向するわけではないという技術的な状況からは、むしろ後者の法人の在り方を議論することが現実的であろうという指摘もある(注17)。
また、AI が何らかの取引行為を自動的に行う場合でも、それは究極的には自然人のエージェントとして当該自然人のために行われることが想定される。そうであればAI は単に自然人の意思決定の短絡のためのツールにすぎない。そうした役割に限定されるならば、独自の権利義務の帰属主体たる必要はないのではないか、との指摘もされる(注18)。権利義務帰属主体は、あくまで自然人で十分であるという指摘である。
(c)小 括
AI に独自の権利義務帰属主体としての地位を認めるには、社会がそれを承認することが必要となる。しかし承認への社会的な障壁は大きい。AI と法律に関する技術的な議論を参照しても、AI の権利義務帰属主体性について、社会的要請を迂回した議論もみられ、説得的とはいえない。AI を法的権利義務帰属主体とする必要性は、現段階では低いものとみられる。
もっとも、⾧足の進歩を遂げ続けるAI 技術において、「現段階」という議論の前提が変わることは想像される。
しかし、技術的な障害が克服されてもなお、AI が人間のエージェントではなく一個の自律的な経済活動の主体となり、かつそれらが人間を相手に法的紛争をすることについては、社会が容認することへのハードルが高い。人間以外の主体に対等な立場で人間の自由を制限する権能を与えることにつながるからである。仮に社会がこれを容認したとしても、それまでには相当の時間を要するのではないかと思われる。
(B)他のソリューションの可能性
以上のとおり、現在の状況下では、結局AI は独自の権利義務帰属主体、より端的には責任の主体とはなり得ないと想定される。
つまり、リーガルAI は弁護士等の士業と同格の独自の責任主体として助言を行い得ない。
すると、AI が行った助言の責任は、以下の方法で処理するしかない。
① 利用者の自己責任に帰する
② AI のサービス提供者の責任に帰する
ここに至るまでに、弁護士法や司法書士法という業法的規制の趣旨と、その正当化根拠について検討してきた。振り返ると以下のようになる。
士業に対する業法的規制は、サービスの品質の保障のためのものであり、ひいては適切な法的サービスが提供されるべきという社会法益の観点から必要とされる。
さらに、士業の品質維持をすることは、依頼者の適切な判断を促進し、一面において情報の非対称性の解消、それによる経済的妥当性の追求に資することが示唆される。
他方、倫理学的観点からも、むしろ品質保証がされた専門家による自己決定支援制度を確保するという父権主義的な制度が、逆説的ながらも依頼者の自己決定権の保護に資するといえる。いわば自己決定権の確保のための必要最小限の父権的介入の要請がある、ということになる。
以上に引き寄せると、前者(①)(リーガルAI の判断の結果を利用者の自己責任に帰着させる)については、前述の業法的規制の趣旨を無に帰する行為であり、採用し得ない。
国家のパターナリスティックな介入によるサービス品質の維持こそが業法の趣旨だからである。
後者(②)について検討する。AI の提供者が責任を負うとすると、それが弁護士等の士業であるか否かが問題となる。もし士業以外がリーガルAI を提供することを容認すると、結局業法的規制をした趣旨がないがしろとなる。リーガルAI の提供者自体が、業法により法的サービスの品質維持を義務付けられ、かつその能力が担保された主体であることが求められる。
弁護士等の士業の関与のあり方も検討されるべきである。たとえば弁護士法人等が法的助言等を行うAI の提供主体であるというだけで、個別の相談、応答内容について弁護士がチェックしない体制であれば、実質的に業法的規制の趣旨は達成されえないものと考えられる。個別の相談等の事案について、AI のアウトプットを依頼者に提示する前に士業がチェックを行い、監修してから開示するという作業までが求められると解すべきであろう。
(C)AI の特質に関する議論からの補強
先述のインタビューにおける知見から、上述の議論の方向性を補強することができる。まず、AI はその強化学習に際して、教師データの出来・不出来に成⾧が依存する点が問題となる。AI が間違ったアウトプットをした際に、それを誤りと指摘して正しい解を与え、学習を行わせるには、正誤判断できる人間が教師役となることが必要となろう。弁護士や司法書士などの士業業務を行うAI であれば、当該士業らの専門家が教師役となることが求められる。
オープンワールドにおける無限の因果関係の中から考慮要素を発見する能力は、人間の独壇場といえる。AI が出力した回答を見て、専門家が必要な考慮要素を欠いていると判断した場合には、それを付加して再検討する必要がある。こうした点でも、士業専門家自身による個別のチェックが必要となるだろう。
最後に、AI による自己決定の短絡化が自由を侵食するという点については、以下のような指摘が可能であろう。自己決定という、場合によっては煩雑で困難を伴う行為について、能力担保のされた、かつオープンワールドにおける問題発見能力のある人間が支援することは、どこまで専門家に説明を求め、どこから先を自分の考えで決めるかを、依頼者と専門家のディスカッションをとおして決めることを可能にする。人間が意思決定支援に参与することで、自由とその短絡化のせめぎ合いの中での妥協点・調整点を見出す作業を可能にするといえる。これは士業等の専門家制度の核心的役割でもある。
しかし、以上のようなAI の技術的な限界が解決されていけば、業法的規制の正当性の前提が見直されることはありうる。特に最後に述べた自由権とAI という問題に我々が直面したとき、士業という父権主義的な社会制度が自己決定支援のために存在するという根源的な矛盾と相克は、白日の下に晒されることになろう。
(6)総 括
以上から、AI により出力される法的助言などの法的サービスは、そのサービスの帰結に対する責任主体性という観点からみても、現時点でのAI の能力という切り口からみても、専門家自身がスクリーニングをしたうえで提供することが求められるというごく当たり前の結論に至る。
以上、経済合理性や自己決定権の観点から基礎づけられる業法的規制の趣旨、さらにAIの有する特性に照らすと、専門家の監督の下で使用されたり、専門家の業務補助のために使われたりするものは容認されうる。しかし、それを逸脱するAI によるサービスは、現時点の技術的状況からみても、法の趣旨に違背するものであり、当然に取締りの対象となるべきといえる。
他方で、こうした技術的制約が克服されれば、議論の前提は崩れる可能性がある。士業業務がAI に蚕食されるシナリオとして、少なくとも以下が考えられる。
一つは、AI が法的権利義務帰属主体となって、自律的に法的助言などの法律事務等を行うものである。しかし先述のとおり、これには市民社会による受容への高いハードルがあると思われる。
いま一つは、AI の法的助言等のリーガルサービスの帰結について、依頼者の自己責任とする、または士業ではないサービス提供者が責任を負うものである。士業専門家に比肩する自律的かつ適正な学習能力、オープンワールドでの問題発見能力など、士業専門家による監督すらも不要となるほどの能力をAI が獲得した場合には、社会はAI サービス提供者が士業専門家であることを不要と判断する可能性がある。
より現実的なシナリオは後者といえる。司法書士をはじめとする士業専門家が、伸⾧するAI の能力を前にしてもなお、その存在の必要性を社会に対して説得的に主張できるかが問題となる。市民社会に対してその存在を承認させる説得性という点で、少なくとも司法書士が抱える問題点について、以下の結語で指摘する。端的にそれは、依頼者の自己決定権とパターナリズムの拮抗する場面で、いかにして、いかなる解を選び取るか、という問題である。
(注1) 三浦透「判解」最判解刑平成22 年度129 頁
(注2) 日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法〔第5版〕』(弘文堂、2019 年)617 頁。
(注3) 詳細については、木曽雄高「弁護士法72 条における『一般の法律事件』『法律事務』の意義についての一考察(1)~(4)――私人間の法律行為の委任・代理の可否の観点を中心に」本誌124 号(2020 年)35 頁以下・125 号(2020 年)20 頁以下・126号(2020 年)36 頁以下・127 号(2021 年)38 頁以下参照。
(注4) 木曽・前掲(注3)(1)●頁。
(注5) 酒井泰弘「非対称情報と市場経済のワーキング――リスクの経済思想の視点から――」彦根論叢374 号(2008 年)53 頁以下。
(注6) 「レモン」とは、品質に問題のある中古車を意味する語である。日本人の感覚でいえば、「渋柿」のようなものであろう。
(注7) Akerlof, G. A. (1970) “The Market for Lemons: Quality Uncertainty and the Market Mechanism,” Quarterly Journal of Economics, Vol. 84, at 488.
(注8) See Akerlof, supra note 7, at 500. もっとも、ここで念頭においているのは「売り手」に当たる医師や弁護士自体の「品質」の問題であり、彼らが提供する手続判断のメニューの情報の完全な提供という、本稿で議論する問題とはやや論点が異なるであろうことは留意されたい。
(注9) 鈴木利廣「人権としての自己決定権」日本保健医療行動科学会年報13 号(1998 年)49 頁。
(注10) 鈴木・前掲(注9)52 頁。司法書士や弁護士などの士業専門家と依頼者の関係は、その規律する原理上、受任者である専門家の行動が依頼者の自己決定権に基礎づけられるべきである。他方、医療現場と比べると、その射程や検討すべき事項については、医療現場におけるものから一定の改変・調整が必要な部分が出てくることも予想される。
(注11) AI がこうした専門知識を提供することで専門家が不要になるという議論が想定される。しかし、これは後述のとおり、AI の学習上の課題、オープンワールドにおける問題発見能力の課題などから反論可能である。
(注12) 専門家制度がなければ、まさにアカロフが指摘したように、品質の低劣なコンサルタントがはびこり、こうした「悪貨」により「良貨」が市場から駆逐され、自己決定のための適切な品質のサービスを受ける機会が保障されない、スラング的な言い回しだが「アドバイザーガチャ」が発生することになる。
(注13) 理化学研究所・革新知能統合研究センター・チームリーダー、東京大学名誉教授。
(注14) 自由の意義については本来、ロック、ルソー、カントに代表されるように多義的に語られるが、ここでは便宜的にルソーの『社会契約論』などで主張される、民主主義の統治構造の文脈の中で語られる自己統治という意味での自由の含意から示唆を得た、自己決定と自律という観念を用いて議論を進めている。
(注15) Shawn Bayern, The Implications of Modern Business-Entity Law for the Regulation of Autonomous Systems, 19 Stan. Tech. L. Rev. 93 (2015).
( 注16) Shawn Bayern, Of Bitcoins, Independently Wealthy Software, and the Zero-Member LLC, 108 Nw. U. L. Rev. 1485 (2014), at 1497.
(注17) 斉藤邦史「人工知能に対する法人格の付与」情報通信学会誌35 巻3号(2017)19 頁以下。
(注18) 技術的なソリューションからの有用性の有無について検討したものとして、中川裕志「AI の法人化に関する考察」人工知能学会全国大会論文集(2024)参照。
3 結語――検討の過程で見えてきた司法書士業界自体の問題点
弁護士や司法書士を中心に、士業の現場にAI がどのような形でかかわるべきか、業法的規制の趣旨、情報の非対称性、自己決定権、AI の現状の特性という観点から検討してきた。
AI とのかかわり方という光源を司法書士業界に照射して図らずも露見したのはしかし、士業専門家としての立ち位置、その行為の正当(統)性の根拠づけに関する議論の不足である。
本項の論理構造を先に述べておく。士業制度の正当(統)性の根拠の一つに自己決定権の保障があるが、同時にその限界も想定しうる。依頼者が客観的にみて自己に不利益な選択をしようとする場合などにおける、自己決定権の保障と専門家のパターナリズムの相克の場面である。しかし、この二原理の相克・調整に関する議論は尽くされているとはいえない。このことは、専門家の執務の現場における二原理の調整を困難にする。結果、依頼者との対話を経ない専門家の主観的性向に依拠した結論先行型の(手続選択などの)決定がされることが懸念される。専門家ごとの不明瞭なプロセスを経た決定の差は、情報の非対称性として市場構造に悪影響を及ぼすことが考えられる。また、依頼者の自己決定権が保証されるべき範囲が曖昧になり、依頼者にとっても納得感の乏しい手続選択が行われうる。
自己決定権の保障領域の不明瞭性、市場の情報の非対称性は、士業制度の正当(統)性の根拠を危殆化させる。さらにAI 技術の進展は、こうした士業制度の説得力の相対的低下を招くおそれがある。
- 士業専門家の存在の正当化根拠としての情報の非対称性の解消と自己決定権
まず、士業制度の正当(統)性の根拠に関する議論状況を顧みる。たとえば、司法書士などの士業専門家の依頼者への情報提供行為が、情報の非対称性の解消という観点からいかに要請されるかという点は、さまざまな論文検索をする中でも、管見の限りまだ議論がほとんど白紙の状態であることがわかった。もっとも、経済学的な検討というのはいくぶんニッチな検討課題といえるかもしれない。
他方で深刻なのは、たとえば司法書士はその業法である司法書士法において「国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与する」と高らかにうたってはいるものの、その使命が依頼者の自己決定権に基礎づけられたものなのか、あるいは国家によって専門家に与えられたパターナリスティックな権威・権限に基づくものなのか、十分な議論された形跡がないことである。
(2)自己決定権原理の外延とパターナリズム原理との相克
自己決定権とパターナリズムの相克という想定すべき状況について、医療現場の議論、司法書士の現場での仮定事例をそれぞれ検討する。
司法書士行為規範においては依頼者の自己決定権を包含するものとして、10条で「司法書士は、依頼者の意思を尊重し、依頼の趣旨に沿って、その業務を行わなければならない」と規定している。問題は、自己決定権の尊重という原理はどこまで敷衍可能で、それと拮抗しそれを制限するパターナリズムという外在的な原理が存在しうるのか、存在するとしたらそれはどこまで依頼者の自己決定権を制限しうるのか、という点である。試みに司法書士法の使命規定の創設をめぐる議論や、過去の論考(注19)などを渉猟した。その結果、これも管見の限りでは、使命規定の基礎づけとしての司法書士の社会的役割などについて議論はされているものの、使命が自己決定権とパターナリズムという対立する二原理とどういった関係にあるのかについて、明快な議論はいまだ見出せていない(注20)。
問題となるのは、依頼者が自らの権利を毀損することも厭わない自己決定をした場合である。「国民の権利の擁護」を使命とする司法書士は、どこまで自己決定の結果を実現すべきか。あるいは依頼者の権利擁護、自由かつ公正な社会の実現のために、パターナリズムに基づいてそのような自己決定を否定すべき場合は存在するのか(注21)。
こうした問題意識の希薄さは、士業の活動分野とも無関係ではあるまい。
司法書士をはじめとした士業が直面する現場は、生命や人間の尊厳が問題となる場面もあるものの、医療現場と比べてその頻度は少ないと推察できる。士業のフィールドが、医療、健康、生命にかかわる分野以外の、経済的利益や社会秩序などにかかわる広大な領域を有することからすれば、当然の帰結といえる。臨床の場で直面する問題のシビアさの差が、こうした議論状況の大きな差を生んだと推察することはできる。
だが、臨床現場の過酷さの差は、議論の欠缺を正当化する根拠とはなるまい。
依頼者の自己決定権と専門家のパターナリズムの衝突と調整、いずれがわれわれの業務をいかに基礎づけるのかは、整理されずに積み残されてきた課題だと思われる。
客観的にみてハイリスク、あるいは不利益な自己決定を依頼者がしたい場合に、専門家がどう対応すべきかについては、医療現場における事象を中心に応用倫理学などにおいて検討されてきた。この分野では、すでに多くのハードケースが現実のものとなってきたからである。
医療の場面においては、いわゆる「エホバの証人輸血拒否事件」(注22)などが有名である。患者本人の意思に反して輸血を行うことの是非が議論された事案である。名古屋高等裁判所の判決については、患者の自己決定そのものに対する「人格的利益」を保護すべきとしたものだとするとらえ方がある。他方で、問題を「患者の自己決定権」と「生命の価値」(これは父権主義的に第三者が当人の生命を保護する行動に出るべきという原理)の対抗の中におき、両者の較量をしたとするとらえ方もある(注23)。
われわれ士業の執務場面においては、生命などの重大な価値の衝突が起こる場面も想定されるものの、経済的な価値の衝突の場面などを視野に入れて幅広く想定していく必要がある。
相克する自己決定権とパターナリズムの根底には、それぞれ以下のような価値が横たわっていることがわかる。自己決定権の根底にあるのは、本人の意思でありその幸福追求権である。パターナリズムの根底には少なくとも、他者からみた客観的な本人の利益(注24)と、社会にとっての利益の二つが存在する。
自己決定権とパターナリズムの二原理の相克から、士業をはじめとした専門家に求められるものは次のように表現できる。すなわち、依頼者の自己決定権の保障のみならず、自己決定権、依頼者の客観的利益、社会全体にとっての利益などのさまざまな観点から、より望ましい解は何かを苦闘しつつも導き出すという弁証法的思考力である。依頼者の自己決定を保障しつつも、依頼者からは死角にあるさまざまな正義原理(依頼者の客観的利益や社会にとっての正義等)をも考慮しつつ判断することこそが、専門家の存在意義であるといえる。
もっとも、この部分まで代替可能なAI が出てくる可能性は依然ある。しかし、情報の非対称性の低減、自己決定権の保障すらAI には困難な現状においてこそ、専門家はそれらを超越したより高次元にある自己決定権とパターナリズムの調整という能力まで含めて、可能な限り自らの存在意義を市民社会に主張し、その代替不可能性をもってこれを説得することに尽力すべきである。
(3)自己決定権とパターナリズムの対立の具体例
客観的にみれば非合理的でも、依頼者の自己決定としてはその選択をしたいという場面は、容易に想定されよう。端的には、絶対に負けるはずの訴訟を、やらねば気が済まないからやる、という依頼者はいることだろう。不動産登記の場面でも、たとえば売主の真正性、真正売買と所有権の確実な移転に疑義がある場面でも、あえてそれを了解のうえで買主が取引を進めるよう指示する場面が想定できないわけではない。
以下のような例を考えてみる。売主の本人性や売却意思の確認の結果、売主が真正な所有者であり買主が所有権の引渡しを受けられる確率が90%、物件価格が500万円だったとしよう。買主は売買対象物件の隣地を所有しており、対象物件を生活上必要とする事情があったとする。売却を受けられるチャンスがあるのなら可能な限りそれに乗りたいと考えている。買主にとってこの土地を購入することにより得られる経済的効用は1000万円であったと仮定する。
もし10%の確率で売主が所有権を移転できず、その場合に買主が500万円を失うリスクがあったとしても、残りの90%の1000万円相当の効用を得られる可能性があるのであれば、この取引の買主にとっての期待効用は850 万円であり十分にペイする、という判断になるかもしれない(注25)。
この場で、われわれはどう判断を下すべきだろうか(注26)。
われわれは日々、適正な職務の遂行のために、人・物・意思を厳重に確認して業務を行う。一方において、たとえば公簿反映という観点からは、正確な公簿が維持されることが公益上必要であるといえる。依頼者の意思に反してでも厳重に本人確認を遂行し、一分たりともリスクがあるのであれば登記すべきではないという、父権主義に基礎づけられた行動をとるかもしれない。その場合、10%でも真正な公簿反映をできないおそれがあるのであれば、取引の受任を拒絶すべきという判断になりうる。
他方で、期待効用850万円の取引を、われわれがその父権主義的価値観に基づいて拒否することは、経済的に合理性を有しないという指摘も可能である。これは、買主の主観的な効用に基づく自己決定をないがしろにしてはならないという、自己決定権の保障の観点から導出しうる結論である。
われわれの人・物・意思の確認という「職責」や、「国民の権利の擁護」や「自由かつ公正な社会の形成」とは聞こえはいいのだが、はたしてこれらはどういった場合にどこまでパターナリズムに基づいて行うことが容認され、あるいは依頼者の自己決定権にかしずくべきものなのだろうか(注27)。
司法書士という制度自体を必要最小限度のパターナリズムとして容認するのみであって、その具体的な実務においては自己決定権が最大限保障されるべき、ととらえるのであれば、あるいはわれわれが従前行ってきた人・物・意思の確認作業の徹底(注28)は、依頼者の自己決定権との関係で修正を迫られるかもしれない(注29)。
(4)議論の欠缺がもたらす制度への信頼の毀損のおそれ
われわれは、執務における判断の正当性(あるいは正統性)の根拠という根幹の部分の議論をせずに、砂上に「司法書士の使命」という楼閣を築いてはいないか。これを指摘するのは、本稿の主題であるAI との関係で、こうした議論の欠缺こそが司法書士制度にとって致命的なダメージとなりうると考えるからである。
たとえば、われわれはある場面では士業専門家のパターナリズムに基づき依頼者の意向と相克する、耳の痛い直言をすることがありうる。他方で、依頼者の自己決定の問題として突き放さざるを得ない場合もある。こうした行為の一つひとつが、説得的な根拠を欠き、場当たり的に、個々人の曖昧で首尾一貫しない判断に基づいて行われたとすれば、それは依頼者からの信頼を失い、市民社会の総意が「士業よりAI のほうがマシ」と判断する状況を作出するかもしれない。
卑近な例をあげるならば、不動産取引の場面で、売主の意思確認をどこまでコストをかけて行うか、という問題がある。
100万円程度の僅少な額の不動産の売買で、売主が、直接面談をするのに交通費だけで20万円以上かかる遠方に居住しているとする。ある司法書士が、買主に対して、売主と面談のうえ意思確認を行わねばならないと主張したとする。この意思確認等は誰の利益のために行われ、コストは誰に承認・負担されるべきで、それはどのように正当化されうるのだろうか(注30)。
仮に依頼者の自己決定権の保障という原理に基づくならば、どこまでどういった意思確認・本人確認を誰の利益のために行うかについて依頼者に説明し、その依頼者の自己決定を経るべきである。説明すべき対象の「依頼者」も売主・買主のいずれなのか、売主への意思確認コスト負担者がどちらなのか等によって議論が細分化する。
・・・売主の近隣司法書士事務所とzoomなどで面談し、本人確認情報法のICチップのスクリーンショットを送信してもらう、という方法が取れないのかなと思います。最終責任は、登記申請をする司法書士が持ち、内部の責任分配は司法書士間の委任契約書で定めます。なお、日本の業法規制だけでなく、犯罪収益移転防止法令に基づく国際黄的な要請ではないかと思います。
司法書士のパターナリスティックな判断に基づくべきというのであれば、そのコストは誰が負担すべきで、その判断の正当性の根拠は奈辺にあるのか、明確に説明できねばなるまい。
しかし実際の現場では、こうした調整・考慮が必ずしも行われているとは限らない。ある司法書士は対面以外まかりならずと主張し、他の司法書士によれば犯罪収益移転防止法上の非対面取引における最低限の本人確認以外(あるいはそれすらも)行わずとも結構などと、ばらばらの対応が生じうる。
判断に自己決定権やパターナリズムなどの論理的な基礎を伴うのであれば、依頼者に対して説得的である。しかし、こうしたばらばらの判断が、論理的・説得的な根拠なく、各専門家の主観的性向などに依拠して場当たり的になされるのであれば、それこそが問題である。依頼者のために必要な各選択肢の⾧所・短所についての情報が十分に開示されず、適切な自己決定を阻害することになりうるからである。
専門家の間で判断が異なることは当然ありうる。しかし、その判断の過程が不明瞭で、専門家の主観的性向などに依拠した非論理的なものであれば、各専門家が提供するサービスの質の情報に関する情報の非対称化を招く。これは低劣なサービスが市場で優勢となる温床となろう。グレシャムが発しアカロフが引用した警句のとおり、「悪貨は良貨を駆逐する」状態を惹起する。
制度的な基礎(パターナリズム)や当事者の選択(自己決定)を伴わない一貫性のない状況は、依頼者の自己決定が保証されるべき範囲をロジカルに画することなき手続判断を招く。保障されるべき自己決定と、それを制限する依頼者のための客観的利益や公益といったパターナリズムとの利益衡量を経ない判断は、依頼者の納得感を阻害する要因になろう。
以上いずれも、情報の非対称性の低減、自己決定権の保障(およびその制限原理とのロジカルな調整)という士業制度の正当(統)性の根拠を震撼させるに十分である。
他方で、AI が前述した弱点を克服し、より助言者としての能力を獲得した場合、以上のような問題点を抱える士業は、AI との比較で相対的に劣位におかれていくことになる。
依頼者にとって判断の根拠や帰結が釈然としない専門家より、AI のほうが安定的で理路整然とした判断が得られる状況に至れば、市民社会によって後者が選択される可能性は増す。
(5)市民社会に対する士業専門家制度の説得性
冒頭で述べたように、たとえば弁護士法72 条の解釈における議論で裁判所は、総じてみれば「社会の実状」に即した判断をしてきた。司法が下してきた多くの判断を集合知としてみると、「社会の実状」に解が収束したと表現することができる。実物の士業の振る舞いが一貫性を欠く非論理的なものととらえられ、他方でAI による専門的助言がより効果的であるという「社会の実状」が生じればどうだろうか。司法の判断など待たずよりドラスティックに、立法を通して社会の実状に沿ったルールをつくることは、主権者の当然の権利行使としてありうる。AI の発展によるその弱点の克服の反射的な効果として、士業が社会においてその居場所を失うことは十分に考えられる。
AI が権利義務の帰属主体となりうるか、AI は士業の監督下においてのみ法的助言等に駆使されるべきか、などの論点を検討してきた。前述のように、弁護士や司法書士などの士業の監督の下でのみ法的な助言や法的な書類起案を行うAI が駆使されるべきという方向性は、現在の社会の実状からすれば短期的には妥当な結論であろう。
しかしこの方向性は、適正な法律サービスの提供という社会法益の観点からのパターナリズム(資格制度による規制等)と、それによってもたらされる依頼者の自己決定権の保障の、二原理の調整・協調によってこそ、依頼者および社会にとって最良の成果が得られるというストーリーを前提として成立しうる。自己決定権と、依頼者の客観的利益、社会全体にとっての利益などのさまざまな観点から、より望ましい解を、依頼者の主観的視座より広い視野で導き出すことが専門家の役割である。この導出のロジックを確立し、かつ市民社会の承認を得ることが専門家には求められる。
少なくとも司法書士についていえば、二原理の調整方法が十分に整理されていないにもかかわらず、その存在が一定の説得力を、幸運にも市民社会に対して依然有しているというのが現状であろう。しかし今や、AI というわれわれが比較されるベンチマーカーが登場したのである。
⾧い目でみれば、詰まるところ市民社会がいかなる選択をするかにかかっている。市民がわれわれを首尾一貫しない頼りないもの、煩わしいもの、役に立たないものとして不要としたときには、にべもなくAI に置換される可能性は存在する。それは、司法書士などの士業制度が、今まで述べてきた情報の非対称性の解消や、自己決定の支援者としての有用性その他の正当(統)性の根拠を失ったと判断された瞬間を指す。
われわれの業務が依頼者の自己決定と社会法益の両方の実現のバランスの中でいかに有効に機能するのか、そのためにどこまでがパターナリズムに、どこからが自己決定権に基礎づけられるべきなのか、きちんと整理した議論がされねば、司法書士という社会インフラの必要性を市民に承認し続けてもらうことは、今後難しくなろう。
(注19) 阿部健太郎「全青司はなぜ司法書士制度を研究するのか?」月報全青司450号(2017 年)2頁以下においては、使命規定創設に至るまでの動きなどが総括されている。
(注20) たとえば横断論文検索サイトであるCiNii〈https://cir.nii.ac.jp/〉においてフリーワードで「司法書士」と「自己決定」、書誌限定で「月報司法書士」や「市民と法」と「自己決定」と打ち込んで論文検索をしても、こうした課題を扱った論文は(制限行為能力者の自己決定権の問題という論点は出てくるものの)発見できない。
(注21) 旧司法書士倫理についてであるが日本司法書士会連合会司法書士執務調査室倫理部会編「『司法書士倫理』解説・事例集〔平成27 年度改訂版〕」(2015 年)93 頁以下では、自己決定権について議論がみられる。しかしここで取り扱っているのは、自己決定権を尊重して適切な聴取りと説明をすべきという、自己決定権とパターナリズムの相克という問題「以前」の事象に過ぎない。
(注22) 名古屋高判平2・10・31 高民集43 巻3号1頁。
(注23) 議論の概観のために、野畑健太郎「判例における『患者の自己決定権』の再考」白鳳大学法科大学院紀要創刊号(2007 年)149 頁以下。
(注24) 本人は自らの生命を損なってでも信仰を守って輸血拒否をしたいと願うのに対して、他者が客観的に生命を維持するほうが利益が大きいと判断した場合、自己決定とパターナリズムの相克が生じる。
(注25) 経済的効用とは当事者の主観によるものであることを考えると、自己決定の基礎として重要なファクターであることはいうまでもない。なお、期待効用は〔0.1×(-5,000,000)+0.9×(10,000,000)=8,500,000〕により求められる。
(注26) 資金洗浄等のおそれはないものとする。これは仮定事例であり、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下、「犯罪収益移転防止法」という)上の本人確認などの無粋なノイズはいったん排除して検討されたい。
(注27) 司法書士法の改正案が国会の場で審議された過程をみても、こうした議論がされた形跡はみられない(第198 回国会衆議院法務委員会第21 号(2019 年)参照)。
(注28) これらがパターナリズムに基礎づけられたとすると、ではそのパターナリズムの正当化根拠は何なのかという議論がなされなければならないことはいうまでもない。
(注29) しかし、たとえば商業登記の場面で、役員の退任登記など、登記申請当事者(代表取締役等)が反対の意思を示しても、退任する当事者の意思確認が要請される場合はありえよう(法的義務についての議論に限らず、ベストプラクティスも含めての意味である。法的責任についての議論は、東京地判平23・3・7判例集未登載)。相続手続に関しても、遺産分割協議に際して、どの範囲の相続人への意思確認が望ましいか/必要であるかは、各事案の辿ってきた経緯などによって異なるだろう。自己決定権の保障という原理も万能ではなく、この単一原理に依拠するのも危険といわざるを得ない。
(注30) 依頼者等の本人確認等に関する規程基準5条において、「意思確認の方法」について、1項1号で「事務の依頼を受けるにあたり、自然人たる依頼者又はその代理人等に対し面談をする方法」と、2号で「前号の規定にかかわらず、合理的理由がある場合には、依頼者等の本人確認書類の原本又は写しを取得するとともに依頼者等に対し電話をし、本人固有の情報を聴取するなどして本人であることの確認を行った上で確認を行う方法、その他これに準ずる方法であって、司法書士の職責に照らし適切と認められる方法」と規定される。本規程では、面談を原則としつつ、面談によらない「合理的理由がある場合には、……職責に照らし適切」な方法をとるべきとしている。「合理的理由」の勘案に際して、意思確認を受ける者の相手方当事者の自己決定(どこまで意思確認にコストをかけるか)は参酌されうる。その一方依頼者が自己決定を下した方法による反対依頼者への意思確認をするとして、そこに「職責に照らし適切」な方法という制限が加えられることになる。これは一方依頼者の自己決定権の行使に対するパターナリスティックな制限原理として働くといえる。この父権主義的な制約原理は、どこまで依頼者の自己決定を抑制(抑圧)することが可能なのだろうか。また、そのパターナリズムの正当性の根拠は何か。特に、後者については「それが司法書士の職責だからだ」というのは循環論法にほかならない。トートロジーに陥らない固有の正当性の根拠が必要といえる。
不動産取引における司法書士の分担的な関与と責任
日本司法書士会連合会司法書士総合研究所、不動産登記制度研究部会
司法書士による立会
従来(一括型)
取引の一連の流れを連件申請として、同一の司法書士に委任し対応することが一般的
最近(分担型)
取引の一連の流れ(連件申請)を、複数の司法書士や事務所が分担的に対応するケースが増えている
(➀名変➁抹消③移転④設定の4連件のケース)
②の抵当権抹消のみを担当する司法書士
①住所変更と③所有権移転を担当する司法書士
④の抵当権設定登記のみを担当する司法書士
※ 分かれ方式のについては、日本司法書士会連合会不動産登記法改正等対策部「『分かれ取引』の実務上の留意点」月報司法書士627号78-79頁(2024)を参照ください。
変化の理由(部会における仮定)
一同に会する立会(一括型)→非対面取引への移行(分担型)
一括型方式同一司法書士による人的担保
分担型方式社会情勢の変化と技術の進歩
コロナ禍における非対面取引の許容
マイナンバーカードの普及
電子署名の検証環境の整備
当事者出頭主義の廃止とオンライン申請の普及
※ デジタル技術を活用した決済については、当部会「不動産登記制度から見た取引DXシステムの構築と司法書士の役割」THINK 司法書士論叢会報第121号(2022年)を参照ください
検討にあたっての基本的な視点
手続き全体での最適化
登記手続のデジタル化の流れ
デジタル化時代の隔地者間取引における司法書士の役割→「人・物・意思の確認を中心とした決済(立合)モデル」→「司法書士の分担的な関与の場合における責任」
デジタル化、業務の細分化・分担化の進展にあたって解決すべき課題
今後のあるべき司法書士像について
(2)オンライン申請の利用促進
特例方式の導入(平成20年1月11日登記令改正)
当分の間、当該書面を登記所に提出する方法(いわゆる「特例方式」)により添付情報を提供することができることとした(令附則5 条1項)。
資格者代理人方式の検討(平成29年頃)
権利の登記についても調査士報告方式同様の資格者
代理人が添付情報を電子化し申請する方式の導入検討
添付情報の確認権限等の問題点が指摘され見送り
(3)デジタル庁設置
令和3年9月1日デジタル庁設置
令和3年11月9日デジタル臨時行政調査会設置
令和4年6月デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン決定
令和4年7月から令和6年6月までの2年間を集中改革期間とする工程表、見直し方針を決定
令和5年6月一括法成立
令和5年10月デジタル臨調を廃止し、デジタル行財政改革会議設置へ
(4)マイナンバーカードの普及
令和6年9月末時点発行枚数は1億枚を上回り、人口に対する割合は80%超
令和3年2月日司連は公的個人認証有効性確認システムを構築
有効性の検証を行うことができる環境整備
※ マイナンバーカードに登載された電子署名については、電子署名自体の有効期間は最長5年であり、電子署名のタイムスタンプの有効期間は最長10年
2 デジタル化と司法書士の役割
(1)不動産登記制度の趣旨
不動産登記制度の目的
不動産の物権変動を公示することによって、安全な不動産取引に資すること
日本の登記制度
実体法をフランスに、手続法をドイツに由来対抗要件主義の登記制度。登記官には形式的審査権しか認められおらず、公信力はない。
アメリカやイギリスの制度
譲渡証書による不動産取引、証書の謄本を登録所の登録簿に編綴することで公示、登録簿は人的編成取引は権原調査を必須とし、保険制度(権原保険)
も利用
(2)司法書士制度の趣旨
• 司法書士による立会が始まったのは高度成長期に入った頃から
• 社会的要請の変化(高度成長期→現在)
迅速に登記手続を処理から正確性と最新性の確保へ
• 司法書士の責任
近年は、実体的な判断に踏み込む注意義務を認める傾向
(3)不動産取引における司法書士の役割
日本の不動産登記制度
対抗要件主義を採用し、公信力や登記官の実質的審査権はなく、不動産売買では登記義務もない
司法書士による担保
申請者本人の意思表示を確認し、実体的な判断をし、実体関係を正確に登記情報に反映→デジタル化事態でも社会的要請に変化はない
• 登記情報をデータとして利活用を想定した場合、実体関係の公証をする(専門家)制度が必要では
司法書士の注意義務
(1)司法書士による調査・確認
木茂理論=登記公証主義
不動産登記を証拠保全手続としてとらえ、司法書士の立会による人、物、意思の確認を提唱
• 司法書士の委任契約上の義務
(加藤新太郎「司法書士の専門家責任」51頁による分類)
① 登記必要書類の指示、持参を促すべき義務、
②登記書類保管義務、③登記書類調査義務、
④登記申請意思調査・確認義務、⑤本人同一性確認義務、
⑥説明・助言義務、⑦登記申請手続履践義務
(2)登記申請代理の特質➀
• 大審院昭和19年2月4日判決
同一人が登記権利者、登記義務者双方の代理人となっても、民法108条本文並びにその法意に違反するものではない。
• 最高裁昭和43年3月8日判決
弁護士が登記申請の双方代理をしても、特段の事由がない限り、弁護士法25条1号には違反しない。
(2)登記申請代理の特質➁
• 最高裁昭和53年7月10日判決
司法書士が、当事者双方から委任を受けた場合、当該委任契約を解除して、登記完了前に、一方当事者の求めに応じた書類等の返還について、反対当事者の同意等特段の事情がない限り、委任契約上の(登記書類保管)義務として書類等の返還できない。
• 仙台高判平成9年3月31日
解除が認められる特段の事情についは「登記原因たる契約の成否ないし効力に関して契約当事者間に争いがあって、登記を妨げる事由があるとの登記義務者の主張に合理性が認められ、かつ司法書士としても登記義務者の主張に合理性があると判断するのに困難はないと認められるような事情がある場合も含まれる。
(3)立会業務と連件申請
• 不動産取引の立会とは
担保権の抹消、所有権の移転、担保権の設定等の実体関係及び代金の授受の確認、必要書類の受領及び登記申請が同一日に行われ、登記については「連件処理」の取扱いとして法務局に申請する業務。
→大阪地裁昭和63年5月25日判決(公知の事実)
・同一の司法書士による一括型から複数司法書士が関与する分担型決済も増えてきている→責任の所在が不明確になりがちでは。
4 司法書士による確認
(1)司法書士によるによる確認
1. 職責による確認=「人・物・意思」の確認
①実在性の確認②同一性の確認
③適格性の確認④意思の確認
2. 犯収法上の確認=取引時確認
①本人特定事項②取引を行う目的
③個人は職業④法人は事業の内容
⑤法人の場合は実質的支配者
3. 不動産登記法上の本人確認情報
申請人が申請の権限を有する登記名義人であることを確認するために必要な情報(法72条)
→司法書士が法的権利変動に関して前提事実を確認し、公証するような役割を持つべきか?
(2)複数司法書士の関与の場合の確認義務
1. 司法書士の確認義務(書類の真否の確認)
①依頼者から書類の真否確認を特に依頼された場合
②当該書類の偽造・変造が一見明白である場合
③専門的知見等に照らしてその真否を疑うべき相当な理由がある場合
2. 複数司法書士による立会業務への関与と確認
「分かれ方式」や「分担型方式」
登記申請は「連件処理」の取扱いとする一連の登記手続として行うことが確保
複数の司法書士が関与することにより、その責任の所在が不明確になりがち
→決済バイト、決済ヘルプの問題
3. 東京高裁令和元年5月30日判決
同一物件について複数の売買が転々となされたうえで全てを同一日に決済し、それぞれの売買に別の司法書士が関与した事案
(判旨)前件の登記手続き代理する司法書士がいる場合においては前件の登記手続書類の真否等については前件の登記手続きを代理する司法書士が責任を負うものであって、後件の登記手続きのみを代理する司法書士には、特段の委任を受けている場合を除き、前件の登記手続きを代理する司法書士と同様に、前件の登記手続書類の真否などについて調査確認すべき義務を負うと解するのは相当ではない
4. 最高裁判所令和2年3月6日判決
連続する不動産売買において、複数の代理人が関与して登記がなされた場合、後件申請の委任を受けた司法書士が、前件申請について申請人となるべき者による申請であるかの調査等が問題となった事案
(判旨)調査等注意義務は、委任契約によって定まるものであるから、委任者以外の第三者との関係で同様の判断をすることはできない。司法書士の職務の内容や職責等の公益性と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと、委任を受けた司法書士は、委任者以外の第三者が登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが司法書士に認識可能な場合において、第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは、第三者に対しても、上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負い、これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがあるというべきである
(3)デジタル化時代の本人確認
1. 「eKYC」による本人確認
司法書士の職責に基づく本人確認となり得るかは検討が必要
2. 資格者代理人による本人確認情報を提供する場合は直接面談が原則。例外として一定の条件のもとウェブ会議システム等の面談を認めている。
①対面の面談と変わらない意思疎通ができること。
②施設側の要請に基づくものであり、感染拡大防止等、直接面談できない合理的理由があること。
③面識がない場合には、事前に身分証の原本の提示を受けること
④同一施設内(資格者代理人は施設に現に赴く)でかつ、施設の職員又は申請人の家族の同席の下で行われること
3. 職責によるほか人確認の場合の検討
eKYCによるオンラインを用いた本人確認について、対象者の容貌を撮影し、写真情報との一致性の確認を行う過程は、「同一性」「実在性」だけでなく、「適格性」の判断に資する環境下であると考えられる。
連続した事件について、委任契約の当事者ではない第三者に対して、司法書士の本人確認義務も本人確認を行う権限が法的に認められ得るのかについては検討が必要である。
(4)横断型委任契約の検討
1. 複数の司法書士が分担的に手続に関与する場合、依頼者に対し依頼内容や責任の範囲を明確にすることが当然求められる
2. 司法書士行為規範23条
司法書士は、事件を受任するにあたり、依頼の趣旨並びに報酬及び費用に関する事項を記載した契約書を作成するように努めなければならない。
3. 執務における意識改革の必要性
報酬等の計算が単純であり、受任から業務完了までが短期間である場合など、合理的な理由があれば契約書を作成せずに受任することが許容→依頼内容や報酬、責任の範囲の明示のため契約書作成が必要なのでは?
研究報告
多様性の時代の相続手続における司法書士の役割について~諸外国との比較研究から見えてきたこと~
2025年3月22日
司法書士総合研究所業務開発研究部会、司法書士総合研究所業務開発研究部会
メンバー紹介
主任研究員石田光廣(兵庫会)、研究員平野次郎(大阪会)、研究員村上毅(京都会)、研究員小坂和義(奈良会)、研究員宮澤智史(⾧野会)、所⾧末廣浩一郎(広島会)
当研究部会の研究活動履歴
2015年世界の不動産所有制度の調査研究開始
2016年日本の不動産所有の特異性と所有者不明問題の唯一性の発見
アメリカ・ランドバンク制度の調査発表
2017年提言論文「時代に合致した不動産所有のカタチと制度」発表
2018年イギリスの登記制度の調査発表
日本版ランドバンク制度の提言発表
2020年論文「世界の制度との比較から所有者不明土地問題の本質と対策を考える」発表(土地総合研究2020秋号)
2021年衆議院法務委員会所有者不明土地問題に関する民法改正について参考人意見陳述
2023年世界の相続制度に関する調査開始
【世界と日本の土地所有制度比較のおさらい】
何故、日本だけで放置空き家や所有者不明土地問題が増加するのか?
・・・台湾などでもあるようです。
要因1 世界で類を見ない土地の「物理的細分化」と「権利的分散化」の進行(不動産所有制度の違い)
要因2 一般所有権と土地所有権の区別と二元性(重層性)
要因3 公共の福祉からの土地活用計画、都市計画の存在
要因4 土地の共同所有観の違い
要因5 (不動産を含めた)相続手続制度の違い
根本的な問題や課題を明確にしないまま、相続登記の形式的義務化や相続土地国庫帰属申請制度をスタートさせたが、大丈夫なのか?
そこで今度は、世界の相続制度と手続実務の様子を調べてみた
世界の相続制度の比較
英米法(イギリス・アメリカなど)
管理清算主義
大陸法(フランス・ドイツなど)
当然包括承継主義
日本法
仏、独を参考にした当然包括承継主義
遺産は誰のもの?
管理清算主義(英米法) 被相続人(財団化) →管理が必要→ 裁判所が管理の下、管理者を選任(プロベイト制度、専門職の早期かつ総合的な関与)
当然包括承継主義(大陸法) 相続人(包括的かつ合有的な遺産共有状態) → 共有財産の管理が重要→ 事実上の管理者が必要(早期かつ一元的な専門職の関与)
日本相続人(単純な遺産共有状態) → 管理意識が低い? → 部分的かつ個別的な専門職の関与
世界における相続手続実務の共通点
(1)法定相続人と遺産および生前手続の調査並びに特定手続
(2)遺産分割を待たずに、清算手続の履行
① 債務の支払い
② 財産分与
③ 遺言などの生前手続の履行
(3)遺産分割
① 遺産の確定と分割手続の履行
(4)相続人の一部または全部に不満ある場合は、調停手続に移行
相続手続の専門職の存在と共通した役割
相続手続の初段の法律専門職は、ワンストップ
イギリス相続裁判所→ ソリシタ(事務弁護士)
アメリカ相続裁判所→ 弁護士(事務弁護士)
フランスノテール(公証人+司法書士)
ドイツノタール( 同上)
一定期間内に、相続証明書作成しなければならない。
※ 相続証明書の内容は、法定相続人、遺産目録(特に、不動産の内容)、遺言書の有無等
相続手続の初段の法律専門職は、訴訟法務を担当しない法律
専門職
全相続人に対し、中立性を担保(法律要請ではない)
相続手続の初段の法律専門職は、遺産(債務も)の調査を担当する(遺産目録の作成)
不動産も預金等も名寄せ制度が充実しているcf. 戸籍制度
相続手続の初段の法律専門職は、遺産分割を待たずに清算手続を担当する
フランスやドイツにおいても、事実上の管理清算型手続を履行債務の支払いだけではなく、財産分与や遺言などの生前手続の履行も含むこれにより初めて「遺産」が確定相続手続の初段の法律専門職は、相続登記申請も担当する相続登記の履行義務は専門職にある
相続手続の初段の法律専門職は、相続税申告手続も担当するそれにより、相続税の非課税扱いを実現
相続手続の初段の法律専門職は、遺産の管理も担当する
空き家等の管理も可能
相続手続の初段の法律専門職は、遺産分割の進行を担当する
遺産分割が整わない場合は、調停制度に移行
訴訟法務の資格を持つ法律専門職(弁護士)にバトンタッチ
※フランスでは、当初の手続専門職が裁判所から調停役に指名されるケースがある
遺産分割の基準(原則)は?
日本民法第906条の様な規定がある国は、日本だけ!?
「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。」
※ この条文は、昭和22年改正で新設。当時は「遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の職業その他一切の事情を考慮」とされていたところ、昭和55年さらに改正され、相続人について考慮すべき事情の例示として「職業」のほかに「年齢」と「心身の状態及び生活の状況」が加えられたのである。
⇒ 我妻栄編『戦後における民法改正の経過』民法906条について、「均分相続に対する攻撃の矛先をそらす手段」と解説戦前までの家督相続制度を許容するため?
日本でも、法定分割を原則とすべき!?
世界の法定相続制度≠ 日本の法定相続制度
清算後の残存遺産を対象
相続発生時の財産分与
法定相続人の見直し
遺留分の見直し
世界では、法定分割制度をどう思っているのか?
先日、ドイツから来た旅行者夫婦に話を聞く機会があったので、紹介する。
現代日本の相続事情と課題
相続手続は家族内の手続専門職の関与は任意かつ部分的
遺産分割の対象遺産は、相続発生時の全財産清算の主体があいまい
相続人が複数いる場合の遺産分割協議の基準が不明瞭かつ誤解も多い
相続手続における専門職が、ワンストップではない
税務手続と分割手続の区別と優先順位があいまい
相続財産に関する情報があいまい(遺産目録作成基準が不明瞭)
調査、調整段階と紛争段階の区別があいまい
家族関係の多様化
遺産の多様化
国民の自主的行動だけに任せられる時代ではない!
そこで、家事代理権を持たず、紛争代理人のイメージが少ない法律文書作成の専門職司法書士が、相続手続における初段の「手続窓口」として、国民から認識してもらえるような活動と行動をすべき!
司法書士によるファシリテート型相続手続支援モデルを構築し、提供してはどうか
司法書士によるファシリテート型相続手続支援モデルの提案
ファシリテータとは…人々の活動が容易にできるよう支援し、事がうまく運ぶようにリードする舵取り役。
・・・現にそれに近いことを具体的事案に応じて行っていることがあるので、言葉にすることで注目され、業務が窮屈にならないのかなと感じました。
本モデルの目指す手続の姿…遺産分割の当事者である各法定相続人に対し、正確な情報を提供し、中立的な立場でヒアリングを重ねながら全員の意見・主張を引き出し、合意形成を困難たらしめる課題があれば相続人全員が理解、共有し、遺産分割協議の成立に伴走する法的サービス
ファシリテート型相続手続支援モデル
①法定相続人の確定・遺産と債務並びに生前手続の正確な把握
②場のデザインのスキル(①の適切な共有)
③対人関係のスキル(相続人の意向を発散させる傾聴)
④構造化のスキル(③の可視化と整理、収束)
⑤合意形成のスキル(遺産分割の決定)
⑥効率的な相続手続の履行
ファシリテーション4つのスキル
①場のデザインのスキル
一部相続人から依頼を受け、相続人目録、遺産目録を作成した後に行う他の相続人へのファーストコンタクト。
一般にファシリテーションは、対面での議論を前提としているが、多様化した現在の相続手続において相続人全員が一同に会しての協議というのは現実的ではない。そのためファーストコンタクトの方法としては、手紙を想定する(追って電話、メール等を併用)。
相続実務において、ファーストコンタクトは一部相続人から発信されることが一般的ではあるが、中立的法律専門職が作成した情報を提示されることで、安心と信用に繋がることが期待される。
②対人関係のスキル
傾聴、応答、質問などのコミュニケーションの段階。ファシリテーターは、しっかりとメッセージを受け止め、心の底にある本当の思いを引き出していかなければならない。
まずは開かれた問い(オープンクエスチョン)で自由に話してもらい、その中で確認したい事項をイエスノーで答えられる閉じた問い(クローズドクエスチョン)を使って掘り下げていく。
ファシリテーターが勝手に解釈や判断をせず、再確認のひと手間を惜しまず、意見を発散してもらうことを重視したい。
③構造化のスキル
議論を分かりやすく「見える化」する思考系のスキル。
相続人それぞれの意見が出揃って、合意できる点、対立している点を整理していく場面であり、ここが相続人間の利害調整の出発点になる。
ファシリテーターは相続人自らがベターな遺産分割案を見いだせるよう支援。
相続人から案が出てくれば、それを文書化する。文書化することによって、自分の意見を客観視でき、複数案あればそれを見比べることができる。
④合意形成のスキル
各人にとっては必ずしも最良の案ではなくても、相続人全員が支持できる案を作り出していく段階。
ここでのファシリテーターの役目としては、出揃った相続人のそもそもどうしたいかという欲求をもとに、お互いが合意できることを合わせていくこと。それぞれの前提、目的、優先順位、解釈の違い等を基準として、合意点を積み上げ、対立を解消できる案を柔軟に考え、皆が納得できる解決策を粘り強く探すことが大事である。
多様な視点が対立軸を検討する機会となり、それを経た合意は、意思決定の質が高く、相続人の納得感も高いものになっていく。
ADRとの違いについて
ADR…紛争が顕在化している当事者二項対立構造を前提に、調停、調整する技法
ファシリテーション…紛争顕在化以前
複数当事者の意思、意見等を整理し議論を進行する技法。
本モデルの目指す遺産分割における支援とは、あくまで紛争性が明確になる前の段階まで、あるいは誤解等による紛争性を予防するための手段である。
ファシリテート型支援モデルと非弁行為
初動相談時の相続人間の状況の場合分けにおいて検証する
① 既に相続人間で話合いがなされ遺産分割方針が概ね決まっている
② 相続人間に何ら対立はないが遺産分割内容が未定である
③ 相続人の中に⾧年又は全く連絡の行き来がなく遺産分割の意向が全く分からない者がいる
④ 相続人間で遺産分割方針について又は感情的なことで対立が生じていることが顕在化している
家事代理権を持たない法律家司法書士だからできること
中立的な立場で、相続人間の対立が生じない状況の中での相続手続の支援
少なくとも遺産分割協議において、司法書士は弁護士とは違った法律専門職能として、一部の相続人の代理人ではなく、紛争を予防するため、相続人全員のための合意形成支援を
弁護士とは明らかに違う事務的法律専門職能としての存在意義を
【最後に】本提案が目指すもの
専門職のワンストップ化(チーム化)による効率的な手続と確実な手続の実現
法定相続人の確定→ 遺産と債務並びに生前手続の正確な把握(特に不動産に関して)
ファシリテータ専門職(中立的進行役)の関与による各相続人への適切な連絡→ 情報に対する不信感の払しょくと円満な遺産分割の実現
ファシリテータ専門職(中立的進行役)の関与による効率的な相続承継手続の履行(特に、不動産遺産の適切な相続登記の実現)
ファシリテータ専門職(中立的進行役)の関与による相続手続の⾧期化防止
【最後に】相続手続における司法書士の存在意義の確立
事務的法務と訴訟法務の区別と中立的手続関与意義の重要性の確認
弁護士と司法書士の役割分担の確立と周知
10年後の司法書士のために不可欠なトライ&チャレンジ
司法書士がAIの仕組みを知る必要性
日本司法書士会連合会司法書士総合研究所司法書士業務DX推進研究部会
研究員髙木祥光(東京会)
注意
今回の発表はAIの使い方ではありません。
AIの仕組みについてです。
登録免許税の計算程度の算数が出てきます。それを超えるものは出てきません。
説明では、何となく理解してもらうことを優先し、厳密さを犠牲にしています。
もし、より高度な議論がしたい場合は連絡ください。
議論のレベルによっては、大学の理系学部の一般教養程度の数学が必要になります。
自己紹介
平成25年司法書士試験合格
平成28年司法書士登録(東京会新宿支部)
令和3年司法書士会連合会司法書士総合研究所司法書士業務DX推進研究部会研究員
ただし、司法書士は副業
本業はアクチュアリー業(保険数学) 日本アクチュアリー会準会員
保険は統計学に基づいて、商品開発やリスク管理を行っている。
保険会社は金融庁が監督されているため、金融庁(財務局)へ提出する書類の作成している。
以前は、大学で理論物理の研究者(博士(工学) 東京大学)を約10年間していた。
「何故、司法書士がAIの話をしているのか?」ではなく
「何故、お前は司法書士をしているのか?」が正しい認識。
DX部会のメンバー
主任研究員𠮷岡淳一(埼玉会)
司法書士業務におけるデジタル技術の調査研究
研究員上垣隼人(兵庫会)
AIと司法書士業務に関する調査研究
研究員松永賢一(埼玉会)
DFFT(Data Free Flow with Trust)に関する調査研究
研究員三浦真弘(神奈川会)
国内外のリーガルテックの調査研究
主にデジタル関係について、月1回ペースで議論を行っている
本日のアウトライン
AIによって今後どうなるか
AIの仕組み
AIで登記申請は可能か
AIの登場で考えらえる最悪の事態
何処かの誰かが登記申請可能なAIを開発し、
国会議員や中央省庁の官僚に働きかけ、なんやかんやあって、正式に採用されたが、
蓋を開けてみれば、AIの性能が酷く、
登記記録が汚れ、取引の安全を担保できなくなってしまい、
不動産取引に多大な費用が掛かるようになる。
もし、AIの性能が素晴らしければ申請はAIを使用して、司法書士は相談業務に徹すればよい。(煩わしい書類の確認作業から解放される)
最悪の事態にしないために
司法書士ができること
「何処かの誰かが登記申請可能なAIを開発」
ここはどうしようもない。開発自体の禁止、差止め等は自由権の侵害。
登記申請行為の代理をするとなれば、司法書士法違反になるかもしれない。
「国会議員や中央省庁の官僚に働きかけ、なんやかんやあって、正式に採用され」
ここを止める必要がある。
どうやって?最悪の事態にしないために
司法書士ができることその2
「国会議員や中央省庁の官僚に働きかけ、なんやかんやあって、正式に採用され」
を止めるとき、
「反対!反対!!反対!!!」
「紙の印鑑証明書が...」
等と主張しようものなら、
司法書士は
「既得権益に群がる寄生虫」と見做され、信用を失う。
昨今の状況を踏まえるとSNS等が炎上する。
最悪の事態にしないために
司法書士ができることその3
正しい知識、経験、実績に基づいて意見を表明する必要がある。
ここで言う正しい知識、経験、実績はAIについてのものでなければならない。
どの程度が必要か?
AIの研究者、技術者が味方になってくれる程度
もし、「150年以上の実績が...」等とアピールすれば
司法書士は
「世の中に、昔ながらを理不尽に押し付ける老害」と見做される。
最悪の事態にしないために
司法書士ができることその4
理想は、司法書士が司法書士業務分野のAIについては最先端であり、そのことが世間に認知されていて、付け入るスキを与えないこと。
そもそも、一般人に登記申請AIを開発しようという気を起こさせない。
政治家や官僚に話を持っていっても、
「司法書士がやっているから司法書士と一緒にやって」
と興味を持たれず、相手にされない。
となれば良い。
司法書士がAI開発する時の最大の問題
司法書士はAIについて、圧倒的情報弱者
何が問題か? 情報格差があると深いところでの会話が成立しない
司法書士がそのことに気付かない
AI開発の場合、AI自体が発展途中の技術であるためコミュニケーションの質が成果物の質に直結する
・・・予算計上により、登記申請AIを開発すればよいのではないかと思います。
情報弱者であることによる弊害
人は解らないもの、知らないものに対して、必要以上に万能感、恐怖心を持つ、または無関心になる生き物。
例万能感‥ 太陽信仰(天照大神等)
恐怖心‥ 死後の世界(黄泉平坂、黄泉の国等)
AIについてわからない、知らない場合、正確な情報を得ることができない。
そのため、正しい判断が出来ず、迷走する。
また無関心の場合、我関せずとなり、気づいたときには手遅れ。
解決策は
ただ一つ
正しく知り、理解すること
chatGPTの意味
Chat 「雑談、おしゃべり」
Generative 「生成的な、文を生成する」
Pre-trained 「事前(pre)に、訓練された」
Transformer 「変化させる人、変圧器」だが、ここでは深層学習モデルの名称
そもそもAIとは
AIは「函数(かんすう)」である。
教科書には、「関数」であるが、『函』数の方がニュアンスが合っている
「函」はハコという意味。但し、差し込み口があるハコ。例ポストに投函する。
「箱」は蓋が付いているもの。例弁当箱
AIの問題その1 ハルシネーション
ハルシネーション(hallucination、幻覚のこと)
AIがもっともらしい誤情報を出力すること。
原因その1 学習に用いたデータに誤情報が含まれている
例えば、政治家の出生地等
原因その2 次に続く単語の確率を計算して文章を作成しているだけなので、なんとなくそれらしい文章になってしまうことがある
このことをAIが嘘をつく、AIが暴走するという人がいる。
そもそもAIは現在、掛け算、足し算を延々と行っているだけ。
嘘をつくという故意を持ちようがないし、暴走することもない。
AIに難癖をつけたい人が、嘘をつき、暴走しているだけ。
AIは無機物であって、敵にも味方にもなりえない。要するに使い方次第。
AIの問題その2 学習データ
AIの学習に、自分の書いた文章が承諾なしに使用される。著作権の問題
最近は学習データの枯渇の問題が提起されている。
別のAIを用いて学習データを作成することもある。
個人情報やクレジットカード番号等はまったく含まれていないデータで、単体ではまったく悪用する方法がないデータでも、大量に集まれば悪用される可能性がある。
→ 民事訴訟のIT化
国防は、これまで、陸、海、空であり、最近、サイバー攻撃も注目されているが、5番目の防衛としてデータも含まれる可能性がある。
AIの問題その3 情報漏洩
故意重過失なく使用しているにも関わらず、機密情報が漏洩する可能性がある。
ChatGPT等では、利用者が入力した文章はAIの学習に使われることある。
AIの問題その4 AIの中身の公開
AIの中身はどこまで公開されるか
ChatGPTの中身は公開されていない。あくまで推測。
AIの計算方法は今のところ論文として公開されている。
但し、すべてが論文になっているかは不明、また、今後ずっと公開されるとは限らない。
学習データについても同様。
サービスによっては、AIの出力をそのまま出力しているとは限らない。
中国はインターネットの検索結果を制限しているという話があるが、
AIの出力AI開発の世界
世界中で行われているため進行がすごく速い
「半年前はちょっと古い」が研究者の体感らしい。
常に注視していないとあっという間についていけなくなる。
ここではChatGPT(Transformer)の解説をしたが、違う方法もたくさんある。
違う方法があっという間にTransformer に取って代わることも有り得る。
昨今言われるAIブームの終了は、AIの終了か?
答えは否。
終了するのは、AIへの投資のブームであって、研究は続く。
ノーベル賞の研究は約50年前のものであり、ずっと続いていた。
を恣意的に加工しない保証はない。
登記申請AIを考えてみようその1
まずは登記記録を解説するAIを開発する。
これは比較的容易なのではないか?と私は思っている。
理由何処に何が記載されているのかが明確で
学習用データが用意しやすいから。
利用者は、一般の人を想定している。
そもそも公示が目的なのだから、一般人が読めなければ意味がない。
「現在の所有者は?」「不動産番号を教えて?」「抵当権はあるの?」
に答えられるだけでも意味はあると思う。
登記申請AIを考えてみようその2
登記申請AIはそもそも必要か?
登記は確定した権利を登記記録に反映させる行為
確率で行えるものではない。
AIという高尚なものでなくてもよいのでは?
多分、無理。
登記申請AIを考えてみようその3
最初から最後まで1つのAIで行うことは、現段階ではおそらく不可能と思う。
ここで1つのAIとは、1つの函で行うという意味。
情報収集のAI,申請書を作成するためのAI,申請書と現登記記録を照合す
るAI,登記記録を要約するAI等、複数のAIを組み合わせる。
本人確認と意思確認
現状では、本人確認、意思確認は人の手に頼らざるを得ない。
人間が行っても100%完璧はあり得ない。
そのため、AI(デジタル等も含む)にのみ100%を要求すること
は理不尽、非合理的であるという主張があっても不思議ではない。
むしろ、AI(デジタル)と人間を合わせて100%を目指すべきという議論になるかもしれない。
(資格者代理人方式のときも同様の議論があり、業界内部の結論が出ず、立ち消えた。)
ここまでやれば少なくとも故意重過失はないという法律、判例、世論が出来れば、
AIでも本人確認、意思確認は可能となる
問題があったとき、損害賠償(要するに金で解決)は、人間の場合も、AIの場合も変わりはない。
改めて登記申請AIを開発する理由
AI研究では、ドメイン特化のAIを開発するということが盛んに言われている。
ドメイン特化とは、ある業種特化という意味。
よく挙げられる分野は、金融、医療、法律。
つまり、カネになりそうな、かつ、学習データが用意しやすそうな分野である。
不動産業界が金の成る木だと思われれば、参入してくることは容易に想像できる。
AIは対岸の火事ではない。何かのきっかけで巨大資本が潤沢な資金と技術を携えて
やってくる。
そのとき、司法書士が駆逐されるのか、主導権を握るのかはこれから次第。
私の思うAIの最大の問題点
「理解」がない。この一言に尽きる。
そもそも「理解」とはどういう現象なのか?
何があれば、人は理解していると感じるのか?
AIと対話(?)をしていると、研究者時代にあまり出来の良くない学生と話して
いるのと同じ感覚になる。そういう学生はだいたい数学が出来ない。
数学は再現性が100%の学問であり、理解していれば、原則、間違うことはない。
(ストレスが無い場合)
ストレス(時間制限、正解へのプレッシャー等)があれば当然ケアレスミスはする。
AIはストレスが無いはずだが、共通テストですら満点ではない。
自身の体験では、わからないことを考え続けていると、「ああ、こういうこと
か!!」と分かる瞬間がある。その後は、「こんな当たり前のことが何故分からな
かったのだろう」と自己嫌悪になる。
「ああ、こういうことか!!」のとき、脳で何が起きているのかがわからない。
脳で起きていることを数式で表現できればAIが理解を獲得できるかもしれない。
まとめ
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という諺があるように知ってしまえば大したことはない。
司法書士行為規範第4条
「司法書士は、常に、人格の陶治を図り、教養を高め、司法書士としての品位を保持する。」
教養を高めることを怠ると、
「既得権益に群がる寄生虫」
「世の中に、昔ながらの理不尽に押し付ける老害」
に成り最後にその1 知ることは無限に可能か
知るためには、それに応じた知識や能力が必要
司法書士は何故、法律の専門職なのか?
大元の情報源である条文(立法担当者の解説、法制審議会の議事録等を含む)を現実に落とし込める。
もし間違った情報があっても間違いと気づくことができる。
司法書士は、AIの大元の情報源から情報を得ることが可能か?
AIの情報源は論文、プログラムのソースコード等。
これらを読み込むには数学が必須。
大元の情報源に接することが出来ないと、手垢のついた情報しか知ることができない。(間違い、偏りに気付けない。)
手垢のついた情報を基に見解を述べることは、司法書士の品位を保持しているといえるか?下がってしまう。
最後にその2 連合会への提言
AIについて司法書士(執行部)全員が知る必要はないし、
すべてを知る必要もない。ただし、知っている人、知っていることは多いほうが望ましい。
意思決定をするためには、正しい情報に基づく必要がある。
「幽霊」を見て発せられた情報を基にしてはいけない。
情報の真贋の判別が可能か?
行動し、実績、経験が無ければ司法書士業界は駆逐される。
特に連合会が「口だけ評論家」では未来はない。
AIは他人事ではない。連合会こそが行動しないと社会の害悪になる。
資格者代理人方式の時の二の舞は避けるべき
AI開発にはGPUサーバーの利用は必須。利用方法はサブスクが主なため、予算の使用方法も現状に合った形にアップデートすべき