信託の目的

第1章   信託の目的

1―1               条文

旧信託法1条における目的

第1条―略―他人ヲシテ一定ノ目的―略―

信託法2条による目的

第2条

―略― 特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。)―略―

かっこ書きが入ったのは、その者(受託者)が利益を長期間に渡って得ると、信託財産の独立を基礎づけることができず、信託が成立しないので今回の改正でそのことを明確にしたとされている[1]

1―2               一定の目的が信託行為にどのようにして現れるか

 一定の目的は、受託者の従うべき行為基準となります。信託行為の中で、受託者がどのように行動することが求められているのかが記載されている部分のことを一定の目的と考えることができます。

 受託者は、委託者がいなくなったとしても信託行為の際に作成された文書を理解し、受益者のために行動することが必要とされます。

 信託契約書に、受益者の安定した生活に資する、と抽象的な記載があり、その他に受託者の具体的行為の定めがない場合には、これが信託目的となり、受託者はその都度この信託目的を解釈しながら信託事務を執行していくことになります。

 受託者の具体的行為として、受益者への毎月○○万円を上限とする生活費の給付、預金として管理する、不動産は賃貸不動産の○○の管理のみ第三者へ委託する、などの定めがある場合はどうなるか。受益者の安定した生活に資する、という記載を大枠にして、生活費の給付などを行うことが目的となります。

1―3               信託行為時の、信託の目的の定め方

 信託の目的の複数記載、並列的記載、事情変更による信託の目的の変更を認める[2]との考えは当然に認められ、記載内容次第となります。信託の目的は当該信託の指針であり行動基準[3]との考えがありますが、「受託者の」行動基準であり、信託財産の管理、運用、処分、受益者への給付の定めなどのことを指しているのだと考えます。

 まとまりのない信託の目的は困る、願いと目的は明らかに違う、情緒的で重複気味なものは困る[4]という考えがあります。まとまりのない信託の目的も受託者が理解し行動が可能であれば有効です。信託行為時における願いと目的の違いは明らかではありません。委託者が願いを記載することにより、受託者がそれに従い行動できるのであれば、願いが信託の目的となります。

 情緒的で重複気味の記載があっても同じことです。他に受託者の信託事務に関する記載がなく、その中から具体的行動を起こすことが可能であれば、情緒的で重複気味の記載が信託の目的となります。困ることはないのではないかと考えます。

 仮に信託契約書に「信託の目的」の条項がないとしても、受託者の信託事務などで信託の目的が明らかであれば、その信託は目的に関しては有効となります。

 受益者が複数いる場合に、信託の目的の中に「特に高齢の受益者を支援する」など具体的に記載し、一方の受益者から受託者の公平義務違反が問われないようにする、との考えがあります[5]。「特に高齢の受益者を支援する」と記載したから公平義務違反に問われない、という考えは妥当ではありません。

 記載がなくとも受益権が金銭給付の一種類であれば、一方に月10万円、一方に月20万円を給付すると信託行為で定めても公平義務には問われません。高齢の受益者に給付する金額を高くするのであれば、受託者に問われる可能性があるのは善管注意義務違反です。そして受託者の公平義務は、善管注意義務の一部を構成します。

 例えば信託行為に非常時の金銭給付の定めがあり、高齢の受益者には受益者代理人が定められ、手術などで臨時の金銭給付請求があった際に対応しなかった場合などを考えることができます。金銭に余裕がないにも関わらず20万円を超える不必要な金銭(例:新車の購入代金)を給付した場合なども挙げることができます。

1―4               (専らその者の利益を図る目的を除く。)について

 アパートを信託した場合、受託者が賃料の全てを実質的に取得することができるような信託行為は成立しないと考えることが出来ます。受託者=所有者とほぼ同義になり、信託財産の独立が保てないからです。

 専らとはどの程度なのか、参考となるのは信託法163条2項です。受託者が受益権の全部を取得しても、1年以内でその状態の解消が、売却などによって予定されているならば有効だとされています[6]。これは実務上のニーズから生まれたものですが、法律が期間の限度を示しているものと考えることができます[7]

 ここから、割合については信託目的との関係もありますが、2分の1を超える同一種類の受益権を1年以上取得し続けていると「専ら」と指摘される可能性があることを一つの基準と考えることができるのではないでしょうか。なお、信託設定後は信託法8条によって処理されます。

1―5               信託の目的が信託行為の時とは違う基準として使われる場合

信託の存続可能性を判断する際の基準として、信託法149条(関係当事者間の合意等)2項1号、同項2号、同条3項2号、150条(特別の事情による信託の変更を命ずる裁判)1項、163条(信託の終了事由)1項。

1―6               信託の目的に関するリスクと対応

1―6―a    公序良俗による制限(民法90条)

ア 公序良俗違反により無効となった場合に備えて、金融機関としては、表明保証条項および違反にかかる損害賠償条項を定める。

イ 貸付けがある場合または貸付けの予定がある場合は、相殺条項を定め る。

ウ 信託口口座開設時に、相殺に関する受託者の事前承諾を求める。

1―6―b    脱法信託(信託法9条)

ア 信託財産について特許権法25条などの所有の資格制限がないかの確認。

1―6―c    訴訟信託(信託法10条)

ア信託行為時に、信託目的、他の信託条項、受託者の職業、委託者と受  託者との関係などの確認[8]

1―6―d    信託の変更、終了(信託法149条、150条、163条)

  対応

ア 信託法149条4項による定めを設ける。当事者間では変更できない、金融機関への事前または事後の報告義務を必要とする、などを定める。

イ 信託法150条の申立てをする前に、金融機関へ事前または事後の報告義務を課することを定める。

ウ 信託法163条1項1号による終了による場合は、金融機関への事後報告の義務を課することを定める。

1―7               信託目的の条項例

(目的)

第○条 本信託は、次の事項を目的として、第○条記載の信託財産を受託者が管理、運用、処分する。

(1)受益者の安定した生活。

(2)財産の円滑な承継。

(3)【           】

以下、本文が省略されているものは、上記と同じ

(事業の承継)

 (1)事業の継続。

 (2)事業の円滑な承継。

 (3)【           】

(障害のある子を持つ親がなき後)

 (1)親なき後においても、受益者の財産管理を適切に行うこと。

 (2)受益者が現在と変わらぬ生活を送ること。

 (3)【           】

(共有不動産の管理一本化)

 (1)共有不動産の管理を一本化すること。

 (2)【           】

(浪費癖のある子への定期的な給付)

(1)受益者の安定した生活。

(2)信託財産の費消の予防。

(3)適時に適切な額の受益権を交付すること。

(死後事務)

(1)受益者の死後に係る費用を確保し、葬儀、納骨、法要が確実に行われること

(2)【           】

(ペット)

(1)ペットの将来の養育費用の確保。

(2)ペットの安定した生活。

(3)【           】

(不動産の活用)

(1)不動産を信託財産として有効に活用すること。

(2)受益者の不動産管理に対する負担を軽減すること。

(3)【           】

(教育資金の給付)

(1)受益者の教育機会を確保すること。

(2)【           】

(コーポラティブハウスの建設)

(1)コーポラティブハウスの建設。

(2)【           】

(リゾートマンションの管理)

(1)受益者の住環境の保持増進。

(2)【           】

(マンションのリフォームと売却)

(1)受益者への適切な財産の分配。

(2)【           】

(実家)

第○条 本信託は、次の事項を目的として、第○条記載の信託財産を受託者が管理、運用、処分する。なお、第1号を優先する。

(1)信託した不動産の賃貸による受益者の生活の安定。

(2)信託した不動産の売却による受益者の生活の安定。

(3)【           】

(定期借地契約)

(1)定期借地契約の円滑な存続による受益者の生活の安定。

(2)【           】

(定期建物賃貸借契約)

(1)定期建物賃貸借契約の円滑な存続による受益者の生活の安定。

(2)【           】

(M&Aに関する契約)

(1)株式(事業)譲渡契約の円滑な締結。

(2)【           】


[1] 別冊NBL編集部『別冊NBL104号信託法改正要綱試案と解説』2005(株)商事法務P75

[2] 「信託の目的の定め方の相談に答える」遠藤英嗣『信託フォーラムvol.7』2017日本加除出版(株)

[3] 遠藤、前掲注2)

[4]遠藤、前掲注2)で、河合保弘『家族信託活用マニュアル』2015 日本法令(株)P284を指していると思われる。

[5]遠藤、前掲注2)

[6] 村松秀樹ほか『概説信託法』平成20年(株)きんざい P5

[7] 前掲『信託法改正要綱試案と解説』P208 要綱試案の段階では、必要な期間とされている。

[8] 寺本昌弘『逐条解説 新しい信託法』2007(株)商事法務 P54~P55、前掲別冊NBL104号P22