受益者代理人などの権利

民事信託契約書のうち、受益者代理人などが行使する権利を取り上げる。

1     受益者代理人などが行使する権利
1―1            条項例

チェック方式

第○条(受益者代理人などが行使する権利)

□1受益者代理人が就任している場合、受益者代理人は受益者のためにその権利を代理行使する[1]

□2受益者に民法上の成年後見人、保佐人、補助人または任意後見契約に関する法律上の任意後見人が就任している場合、その者は受益者の権利のうち次の代理権および同意権を有しない[2][3]。ただし、任意後見人、保佐人および補助人[4]においては、その代理権目録、代理行為目録および同意行為目録に記載がある場合を除く[5]

□(1)受託者の辞任申し出に対する同意権[6]

□(2)受託者の任務終了に関する合意権[7]

□(3)後任受託者の指定権。

□(4)受益権の譲渡、質入れ、担保設定その他の処分を行う場合に、受託者に同意を求める権利。

□(5)受益権の分割、併合および消滅を行う場合の受託者への通知権。

□(6)受託者が、信託目的の達成のために必要な金銭の借入れを行う場合の承諾権[8]

□(7)受託者が、信託不動産に(根)抵当権、その他の担保権、用益権を(追加)設定する際の承諾権[9]

□(8)受託者が、本信託契約に記載のない特別の支出が見込まれる場合に、本信託の目的に従い費用を支出するときの承諾権[10]

□(9)受託者が、各受益者と信託事務処理費用を受益者の負担とする場合の合意権[11]

□(10)本信託の終了に関する合意権。

□(11)残余財産の受益者が行う、清算受託者の最終計算に対する承諾権[12]

□(12)本信託の変更に関する合意権[13]

□(13)本信託契約書の閲覧請求権。

1―2            解説

2項では、信託法上の受益者代理人、民法上の後見人等及び任意後見契約に関する法律上の任意後見人の間の権利関係を調整する。受託者の信託事務処理を円滑にするのが目的である。3号に関しては、信託法62条2項の新受託者への就任催告を行うことは出来ると考えられる(信託法92条1項16号)。10号に関して、信託法166条の利害関係人には、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人も含まれると考えられる[14]


[1] 信託法139条。

[2] 同意権のある補助人および保佐人は、同意権者となる。後見人等および任意後見人は、受益者の意思決定について支援(協働)することは可能。受益者の固有財産の増減という理由のみで支援・(不)同意を行うならば、信託制度との融合は難しくなるのではないかと考える。

[3]受益者代理人と任意後見人(職務分掌を含む。)または補助人は、同一人の方が望ましいと考える。その理由として管理する財産が重複する可能性が高いこと、受益者代理人に身上監護を行う権限があれば、信託財産の管理に加えてフルサポートが可能なことが挙げられる。また間接的に任意後見監督人、補助監督人及び家庭裁判所の関与がある。そのような受益者代理人兼任意後見人(補助人)ならば、指図権を与えても受託者の裁量権が充分に発揮できないという事態は少なくなるのではないかと考える。

[4] 補助制度は、利用方法によっては任意後見とほぼ同じ役割を果たす。参考として、新井誠ほか編『民事信託の理論と実務』2016日本加除出版P81~。

[5] 任意後見契約に関する法律第2条1項1号。成年後見制度の利用の促進に関する法律11条1項5号。民法13条、17条。平成28年12月20日第6回成年後見制度利用促進委員会議事次第P7に「成年後見人等は、本人の自己決定権の尊重を図りつつ、身上に配慮した後見事務を行うことが求められており、後見人が本人に代理して法律行為をする場合にも、本人の意思決定支援の観点から、できる限り本人の意思を尊重し、法律行為の内容にそれを反映させることが求められる。」 との記載があり、委託者兼受益者には当てはまるが、その他の受益者においては個々の調整を要する。 成年後見制度利用促進基本計画2017年、3成年後見制度の利用の促進に向けて総合的かつ計画的に講ずべき施策(4)制度の利用促進に向けて取り組むべきその他の事項①任意後見等の利用促進。遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P143~では、「原則、成年後見人は信託上の受益者や委託者の権限(指図同意権を含む)の代理行使はできない。例外として信託法が具体的な定めを置いている受益者等の監督権と、信託受益権の保存管理のための代理権である。」としている。

[6] 信託法57条1項但し書。委託者および受託者が本信託のために定めた条項であり、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人の権限は及ばないと考えられる。後見制度支援信託の対象財産を広げていくことにより後見人などの事務負担を減少させることが可能ではないかと考える。

[7] 信託法56条1項7号。

[8] 受託者の行う借入れに対して差し止め請求することは可能(信託法44条、92条1項11号)。

[9] 受託者の行う担保設定に対して差し止め請求することは可能(信託法44条、92条1項11号)。

[10] 後見人等は本人財産の管理をその職務の一部とし、受益者代理人と利害が対立する可能性があり承諾にはなじまないと考える。

[11] 信託法48条5項。各受益者の固有財産の状況は異なり、受益者の固有財産を減少させるような合意は、後見人等にとって難しいと考える。

[12] (清算中の)信託財産の現状報告請求、書類の閲覧請求は可能(信託法92条1項7号、8号)。しかし、清算受託者の最終計算を承認するか否かの妥当な判断は、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人には負担が大きいのではないかと考え本稿では除外した。

[13] 信託法150条の裁判の申立は可能と考える。遠藤英嗣『家族信託契約』P32では、後見人等が受益者に代理し得る監視監督や信託給付等の権利の「等」の解釈により、合意は可能とされている。しかし、後見人等が委託者と受託者が契約により設定した信託契約の変更の合意を行うのは妥当ではないと考え、本稿では除外した。

[14]道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P740

信託終了後の残余財産

民事信託契約書のうち、信託終了後の残余財産を取り上げる。

1     信託終了後の残余財産
1―1            条項例

チェック方式

(信託終了後の残余財産)

第○条 

□1本信託の終了に伴う□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】は、本信託の清算結了時の□【受益者・受益者の相続人・氏名・    】とする[1]

□2清算結了時に信託財産責任負担債務が存する場合で金融機関が求めるときは、合意により□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】は、当該債務を引き受ける[2]

1―2            解説

1項では、信託終了後の残余財産の帰属権利者等を特定する。2項では金融機関が債権者である信託財産責任負担債務の信託終了後における取扱いを定める。


[1] 信託法182条、183条。

[2] 信託法181条。清算受託者が帰属権利者等である場合、当該事務は不要。

信託の終了

民事信託契約書のうち、信託の終了を取り上げる。

1     信託の終了
1―1            条項例

チェック方式

(信託の終了)

1 本信託は、次の各号のいずれかの事由が生じた場合に終了する。

□(1)信託の目的に従って受益者と受託者の合意があったとき[1]

□(2)信託財産責任負担債務につき、期限の利益を喪失したとき。

□(3)受益者と受託者が、○○県弁護士会の裁判外紛争解決機関を利用したにも関わらず、和解不成立となったとき。ただし、当事者に法定代理人、保佐人、補助人または任意後見人がある場合で、その者が話し合いのあっせんに応じなかった場合を除く[2]

□(4)受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続したとき。

□(5)受託者が欠けた場合であって、新受託者が就任しない状態が1年間継続したとき。

□(6)信託財産が無くなったとき。

□(7)その他信託法で定める事由が生じたとき。

□【(氏名)の死亡・                 】

□2 本信託において、信託法164条1項は適用しない[3]

1―2            解説

1項は、信託が終了し清算手続きに入る要件を規定する[4]。1号は信託法164条3項の定めであるが、信託法163条1項1号前段を準用し、受益者と受託者の合意によって終了を明確にする。2号は改正民法541条、542条を参考にしている。信託の終了に関するリスクとして、(1)信託法、信託行為の定めにない方法による終了、(2)終了により、信託財産を引き渡すことができない、(3)信託債権者が貸金を誰に請求すれば良いか分からない、(4)信託債権者からの信託財産差押え、(5)受益者(受益債権者)からの信託財産差押え、(6)残余財産の受益者、残余財産の帰属権利者からの信託財産の引き渡し請求(7)受益者の相続人からの遺留分請求(8)清算受託者が決まらない、決まっても仕事をしない。亡くなった後、後任を決める定めがない、などを挙げる。

信託財産責任負担債務について期限の利益を喪失した場合、信託債権者が債権回収のために採り得主な方法は次のとおりとなる。

  前提 債権の性質 信託財産責任負担債務(信託財産責任限定負担債務を除く。)に係る債権  
債権者の属性 信託債権者(担保有を含む)  
 
対象となる財産と回収方法 信託不動産 受託者による任意の支払(信託不動産の売却により信託金銭で支払う場合を含む) (担保)不動産競売の申立て 信託財産破産手続開始の申立て  
受託者の固有財産に属する不動産 受託者による任意の支払(不動産の売却により金銭で支払う場合を含む) (担保)不動産競売の申立て 破産手続開始の申立て  
信託金銭 相殺 信託口座に対する預貯金債権差押えの申立て 信託財産破産手続開始の申立て  
受託者の固有財産に属する金銭 相殺 受託者個人に対する預貯金債権差押えの申立て 破産手続開始の申立て  

また、受益権に質権を設定している場合には、債権回収の手段として取り得る方法がある。

2項は、信託法164条の但し書を利用している。委託者兼受益者の場合に1人でいつでも信託の終了をなし得ることから、信託の安定を図るための定めである。


[1] 信託法164条3項。

[2] 信託法163条1項9号、166条、信託業法85条の7。

[3] 信託法164条1項但し書。

[4] 信託の併合及び信託財産の破産手続を除く(信託法175条)。

信託事務処理に必要な費用

民事信託契約書のうち、信託事務処理に必要な費用を取り上げる。

1     信託事務処理に必要な費用
1―1            条項例

チェック方式

(信託事務処理に必要な費用)

第○条 信託事務処理に必要な費用は次のとおりとし、受益者の負担により信託金銭から支払う。信託金銭で不足する場合には、その都度、またはあらかじめ受益者に請求することができる[1]

□(1)公租公課[2]

□(2)信託監督人、受益代理人およびその他の財産管理者に対する報酬・手数料。

□(3)受託者の交通費。

□(4)受益者と□【親族・友人】の旅行費。

□(5)受益者とその親族友人の葬儀、法要および墓参にかかる費用[3]

□(6)受託者が信託事務を処理するに当たり、過失なくして受けた損害の賠償[4]

□(7)その他の信託事務処理に必要な諸費用。

□(8)【                       】

□2受託者は、信託事務の処理に必要な費用に関して算定根拠を明らかにして受益者に通知することなく、事前に信託金銭の中から支払い、または事後に信託金銭から償還を受けることができる[5]

1―2            解説

信託事務処理に必要な費用の条項は、信託財産の管理方法と重複する部分があり必要がないのではないか、1つにまとめても良いのではないかと考えることもできる。本稿では、(1)信託事務処理に必要な費用が信託の終了事由にもなり得ること(信託法52条、54条など)、(2)受託者変更の際の事務引継ぎを円滑に進めるため、(3)受益者が変更となった場合の費用に関する合意を行うための明確な基準作りのため、の3つの理由から条項を設ける。

1項各号には、受益者にとって、公租公課など信託財産から支払うべき義務的な費用と旅行費など権利的な費用に分けることができる。

2項は、信託法48条3項の但し書を利用している。受託者は、受益者に対して算定根拠を通知することは不要だが、前払・事後償還を受ける額を通知する必要がある。

2     備考 信託目録におけるその他の信託の条項欄の利用方法について

不動産信託登記における信託目録には、その他の信託の条項という欄がある(不動産登記法97条1項11号)。この欄の利用方法について1つの方法を考える。受託者が法人である場合(個人の場合はその親族)、法人の構成員全員の住所氏名と、不動産を売却するには全員の署名および実印がある承諾書(3か月以内の印鑑証明書添付)が必要なことを信託目録に記録する。このような記録を信託目録にしておくと、要件が揃わなければ信託不動産を売買により所有権移転及び信託の抹消の登記申請することは出来ない。法人が受託者の場合の代表者または個人が受託者の場合でも、勝手に信託不動産を売却されてしまう可能性があり、実際に信託で何か出来ないか相談を受ける。受託者に訴訟等を提起することになるが、親族内での紛争を予防するという目的で、このような利用方法もあると考える。信託監督人の承諾を要する、受益者の同意を要するなどと定めることも考えられる(原則として信託財産の管理方法に記録される)が、その場合でも印鑑証明書の添付や、信託監督人の住所氏名などを記録することは検討することが出来ると考える。


[1] 信託法48条。

[2] 信託法21条1項9号。

[3]法務省法制審議会民法(相続関係)部会「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案(案)」では、葬儀費用その他の必要生計費の仮払い制度等の創設が記載されている。

[4] 信託法53条1項1号。

[5] 信託法48条2項、3項但し書き。

信託財産の管理方法

民事信託契約書のうち、受託者による信託財産の管理方法を取り上げる。

1     信託財産の管理方法
  • 条項例

(受託者の信託事務)[1]

第○条 受託者は、以下の信託事務を行う。

(1)信託財産目録記載1,2及び3の信託不動産を管理、処分すること。

(2)信託財産目録記載2の信託不動産を第三者に賃貸し、第三者から賃料を受領すること。

(3)前号によって受領した賃料を、上記1号の信託不動産を管理するために支出すること。

(4)上記1号及び2号において受領した売却代金及び賃料を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用などに充てるため支出すること。

(5)信託財産に属する金銭及び預金を管理し、受託者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるために支出すること。

(6)信託財産目録記載3の信託不動産の売却代金を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるために支出すること。

(7)その他信託目的を達成するために必要な事務を行うこと。

(信託財産の管理、運用)

第○条 受託者は、受益者の身上に配慮したうえ、受託者の裁量により、信託財産の管理及び運用を行う。

2 信託不動産につき賃貸借契約を締結する場合、受託者は自らの裁量において賃料その他の諸条件を決定するものとする。なお、受託者は信託の目的に反しない限りにおいて信託不動産の一部を自ら使用し又は第三者に使用貸借させることができる。

3 受託者は、収受した賃料については、第4条2項の専用口座において管理するもの

とする。

4 信託不動産の修繕又は改良は、受託者が相当と認める方法において行い、その時期及び範囲については、受託者の自らの裁量で決定するものとする。

5 受託者は、信託不動産を対象として付されている損害保険について、受託者名義に変更しなければならない。

6 受託者は、信託事務の一部を受託者が相当と認める第三者に委託することができる。

(信託不動産の換価等の処分)[2]

第○条 受託者は、心身等の状況により、受益者が医療施設、有料老人ホーム、特別養護老人ホーム等に入所するのが相当と認めたとき、疾病等の理由で、受益者の財産が医療費等の支払に不足するとき、又は信託不動産の老朽化等によりその管理が難しいと判断したときは、適切な時期に信託不動産を売却、解体等の処分をすることができる。

2 受託者は、前項の事情があるときは、信託不動産につき、受益者又は受託者を債務者とする担保設定をすることができる。

3 受託者が、信託不動産について、換価処分又は担保設定をしたときは、それらの手続に要した費用を控除した換価金又は借入金の残金を信託財産に属する金銭とする。

4 受託者が、受益者を債務者として、信託不動産について担保設定をしたときは、受益者は、その手続に要した費用を控除した借入金の残金につき、追加信託しなければならない。

5 受託者は、本条1項及び2項に定める場合を除き、受益者の同意がない限り、信託不動産について、換価、担保設定等の処分をすることができない。

チェック方式

(信託財産の管理方法)

第○条

  • 受託者は、信託不動産について次の信託事務を行う。
    • 所有権の移転登記と信託登記の申請。
    • 本信託の変更により、信託不動産に関する変更が生じる場合の各種手続き。
    • 信託不動産の性質を変えない修繕・改良行為。
    • 信託財産責任負担債務の履行。
    • 受託者がその裁量において適当と認める方法、時期及び範囲で行う次の事務。

  □売買契約の締結および契約に付随する諸手続き。

  □賃貸借契約の締結、契約に付随する諸手続きおよび契約から生じる債権の回収および債務の弁済。

  □使用貸借契約の締結および契約に付随する諸手続き。

  □保険契約の締結または名義変更、契約の変更および解除。

  □保険金の及び賠償金の請求及び受領。

  □リフォーム契約の締結。

  □境界の確定、分筆、合筆、地目変更、増築、建替え、新築。

  □その他の管理、運用、換価、交換などの処分。

  □【                  】

  □ただし、以下の事項については、□【受益者・信託監督人・       】

   の書面による事前の承認を得なければならない。

  □【                  】

  □【                  】

  □【                  】

  • その他の信託目的を達成するために必要な事務。
    • 受託者は信託金銭について、次の信託事務を行う。
      • 信託に必要な表示又は記録等。
      • 受託者個人の財産と分けて、性質を変えずに管理。
      • 信託財産責任負担債務の期限内返済および履行。
      • 本信託の目的達成に必要な場合の、信託財産責任負担債務の債務引受[3]
      • 受託者がその裁量において適当と認める方法、時期及び範囲で行う次の事務。

□受益者への定期的な生活費の給付、医療費、施設費などの受益者の生活に必要な費用の支払い。

□金融商品の購入、変更および解約。

□不動産の購入、賃借。

□受益者の送迎用車両その他の福祉用具の購入。

□受益者所有名義の不動産に対する擁壁の設置、工作物の撤去などの保存・管理に必要な事務。

 □【                            】

 □その他の信託目的を達成するために必要な事務。

 □ただし、以下の事項については、□【受益者・信託監督人・       】

   の書面による事前の承認を得なければならない。

  □【○○万円を超える支出・       】

  □【                  】

  □【                  】

  • 受託者は、信託目的の達成のために必要があるときは、受益者の承諾を得て金銭を借入れることができる。受託者以外の者が債務者となるときは、借入金から手続き費用を控除した額を信託金銭とし、金銭債務は信託財産責任負担債務とする[4]
    • 受託者は、受益者の承諾を得て信託財産に(根)抵当権、質権その他の担保権、用益権を(追加)設定し、登記申請を行うことができる。
    • 受託者は、信託事務の一部について必要があるときは、受託者と同様の管理方法を定め、第三者へ委託することができる[5]
    • 受託者は、本信託契約に記載のない特別の支出が見込まれる場合は、本信託の目的に従い受益者の承諾を得て、支出することができる[6]
    • 受託者は、各受益者と信託事務処理費用を受益者の負担とする合意をすることができる[7]
    • 受託者は、受益者(受益者代理人、信託監督人、法定代理人および任意後見人が就任している場合は、それらの者を含む。)から信託財産の管理状況について報告を求められたときは、1か月以内に報告しなければならない[8]
    • 受託者は、計算期間の末日における信託財産の状況を、信託財産に応じた方法によって受益者(受益者代理人、信託監督人、法定代理人、任意後見人

が就任している場合は、それらの者を含む。)へ報告する。

□10受託者は、受益者から追加信託の通知があった場合、その財産に信託の目的をはじめとした契約内容に適合しない財産がある場合は、追加信託の設定を拒否することができる。

□11受益者に対して遺留分請求があった場合、遺留分の額が当事者間で確定しないときは、受託者は調停調書その他の権利義務が確定する書面を確認するまで、履行遅滞の責任を負わない。

□12受託者は、善良な管理者の注意をもって、受益者のために忠実に職務を遂行する。

□13受託者は、土地への工作物などの設置により他人に損害を与えないように管理する[9]

□14本条項に記載のない事項は、信託法その他の法令に従う。

1―2            解説

チェック方式の条項について解説する。

図 1 構成

1項は、信託不動産に関する受託者の信託事務である。1号から4号までは、信託契約の効力発生以後に受託者が行うべき義務的な事務である(信託法29条1項、34条、不動産登記法97条、98条。)。4号の信託財産責任負担債務の履行とは、信託不動産を賃貸している場合の貸す債務(為す債務)である[10]

5号は、受託者の権利的な事務に関する定めである。まず受託者に信託事務の裁量をどの範囲まで与えるかを選択する。そのうえで受託者に与えた権利にどのような制限を設けるかを選択する仕組みとなる。

2項は信託金銭に関する受託者の信託事務である。1号から3号までは、受託者が行うべき義務的な信託事務である(信託法29条1項、34条)。なお4号は

受託者の義務ではないが、信託契約前に予定されている場合もあり、受託者が次順位以降の受益者または帰属権利者等(信託法182条、183条)の場合もあるため義務的な事務に含める。

5号は、1項と同様の仕組みである。

3項は、金銭の借入れに関する定めである。受託者以外の者としては、受益者のみを想定している。

7項は、信託契約の当事者(委託者)ではない受益者と、受託者との費用負担に関する定めである。

8項及び9項は、信託財産の情報開示に関する定めである。8項における期間制限は、受託者の任務終了事由を明確にする目的がある。1か月という期間は、民法853条及び後見等開始後の実務における家庭裁判所への事務報告期間を参考にしているが、異なる期間を定めることも可能である。9項は、信託財産の報告の方法と対象者を定めるものである[11]

10項では受託者が追加信託を拒否することができる場合を規定する。管理責任の持てない財産を信託財産に属する財産とすることは受託者(特に契約当事者ではない後任受託者など)の負担が重くなるからである(改正民法412条)。

2     受託者の信託事務概要
2―1            利益相反行為

図 2忠実義務との関係

図 3利益相反行為の構成

信託法31条の利益相反として原則禁止される行為を例示列挙する。1号の例として信託財産の中の不動産を、受託者が買って自分の不動産にする行為がある[12]。また、受託者個人の不動産を、信託財産の中の金銭で買って自身の金銭にする行為を挙げることができる。2号は受託者が2つの信託について、信託間で1号のような取引をすることである。3号の例として、受託者が信託不動産を売る場合、買主の代理人になることが挙げられる。4号として、受託者が、個人の住宅ローンの担保として、信託不動産を提供する行為を例とする。その他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるものも利益相反行為となる。

利益相反の例外として信託法31条2項で許容される行為を。個別事案に当てはめて考える。1号の要件として、信託行為に次のような定めがあることでその行為が許容される。

第○条 信託行為に受託者は次の全てを満たす場合、信託不動産1を自己の固有財産として○○万円を下限として購入することができる。

(1)受益者及び信託監督人の承認

(2)受益者が居住していないこと

(3)受託者の居住用として使用すること

2号の要件として、受託者が信託不動産を個人に売る場合に、(1)受託者が責任を持ったまま受益者の承認を得ること(2)信託行為にその行為を禁止する定めがないことの2つを全て満たす場合がある。

3号の要件として、例えば受託者が子、受益者が親、残余財産受益者、帰属権利者の定めがない場合、受益者の相続人が子1人である信託において、受益者の親が亡くなって受益権が子に帰属したときを挙げる。

4号の要件は、(1)信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合

(2)受益者の利益を害しないことが明らかであるときの2つを全て満たすことである。実務上は受益者の事前承諾が必要になると考える。

又は、受益者には不利益かもしれないが、(1)信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる(2)信託財産に与える影響、(3)目的及び態様、(4)受託者の受益者との実質的な利害関係の状況、(5)その他の事情の(1)~(5)に照らして正当な理由があるときにも受託者の行為は許容され得る。実務上は解釈の基準が明確でない限り、受益者の承諾を得ることが必要だと考える。

なお受託者が上記の信託法31条1項、2項に該当する行為を行った後は、信託契約に定めがある場合を除いて受益者へ通知しなければならない(信託法31条3項)。

2―2            受託者の利益相反行為違反の効果

受託者が、許容されない利益相反行為を行ったときの効果について考える。信託法40条1項1号に該当する事例として、受益者が住んでいる家と土地を、受託者が個人的に購入した場合はどうなるだろうか。受益者は受託者に対して、家と土地の登記を元に戻すよう請求することができる。登記費用は受託者の個人的な財産を使い、信託財産からは出さない。

信託法40条1項2号の例として、信託不動産を受託者が個人的に購入した場合を挙げる。その効果として、受益者は受託者に対して不動産を信託財産へ戻し、売却代金を受託者個人の財産に戻すように請求することができる。

上記2つの事例については、受託者が行った利益相反行為は無効となる(信託法31条4項)。

信託法31条6項の例として、(1)受託者が信託不動産を個人的に購入した、(2)信託不動産のまま登記はしていない。(3)受託者は、購入した信託不動産を個人として他人(不動産事業者)に売却した。(4)売却代金は、信託財産ではなく受託者の個人の通帳に入金された、というような場合を挙げる。このとき受益者は、受託者に対して1から4までの行為を取り消すことができる。

信託法31条7項の例として、(1)受託者は、信託不動産を売却する際、買主の代理人となった、(2)買主は不動産事業を行っている場合を挙げる。このとき受益者は、(1)の売買契約を取り消すことができる。

2―3            競合行為取引

受託者の競合行為の禁止は例示列挙である。

図 4 競合行為

図の上段に取り上げている事例は、受託者が条件にあった家と土地を見つけたが、受託者は、この建物と土地が将来値上がりすると予想し、転売目的で自身の金銭で購入した場合である。このような行為は原則として禁止される。

競合行為の禁止の例外の1つ目として、信託行為に固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることを許容する定めがある場合がある。例外の2つ目として受託者が、固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることについて、重要な事実を開示して受益者の承認を得たときが挙げられる。違反の効果は、受託者による(1)損失のてん補(信託法40条1項1号)、(2)現状の回復(信託法40条1項2号)、受益者による(3)介入権の行使(受託者以外の関係者がいない場合に競合行為を信託事務とみなす。)(信託法32条4項)がある。


[1]伊庭潔『信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例』2017日本加除出版P87~P88

[2]日本司法書士会連合会財産管理業務対策部民事信託業務モデル策定ワーキングチーム「民事信託の実務」2017P13~P14

[3]伊藤眞ほか『不動産担保 下』2010金融財政事情研究会P133~抵当権、P294~根抵当権。改正民法470条から472条の4まで。

[4]信託法21条1項5号、信託法52条

[5]信託法28条1項1号、35条

[6]信託法26条但し書

[7] 信託法48条5項。信託契約当事者ではない受益者。

[8]信託法37条1項、38条

[9] 民法717条。詳細な分析として、秋山靖浩「受託者が土地工作物の所有者として責任を負う場合に関する一考察」『基礎法理からの信託分析』2012(公財)トラスト60研究叢書。

[10] 道垣内弘人編著『条解信託法』2017弘文堂P119~P120

[11]信託法37条2項、92条、民法824条、859条、任意後見に関する法律2項1項1号。信託法施行規則33条1項1号、信託計算規則3条、4条、企業会計基準委員会「実務対応報告第23号信託の会計処理に関する実務上の取扱い」2007

[12] 1号では相続による承継取得が除外されているのかについて、道垣内弘人『条解信託法』P207、P220~P221

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