渋谷陽一郎「裁判例・懲戒事例に学ぶ民事信託支援業務の執務指針」、2023年1月、民事法研究会、第3章家族信託をめぐる裁判例の整理
前提として、私の解説では、組成という用語を使わないようにしています。引用としては利用します。
P138
組成支援者として、どこまで、組成した信託の帰趨を見守っていくべきか。
→依頼者との委任契約書の範囲だと考えられます。
組成支援後、放置してしまい、その後、信託にトラブルを生じた場合、事前に、「司法書士は免責される」という念書をとっていても、司法書士の信認義務として、当初の契約起案者の責任が追及されよう。かような念書実務の存在(その可否)とその法的効果という問題は、司法書士会で調査する必要がある。
→放置してしまい、の部分は、上に記載の通り、委任契約書の範囲によると思います。信託にトラブルが生じた場合については、それが信託行為の内容や、信託行為の設定までの過程における司法書士の関わりの記録によって判断されるものだと思います。
念書の存在を司法書士会が調査することに関しては、自主申告になると考えられるので、調査する会員の負担、財源、公表が前提となるので、調査して得られる利益・損失などを考えて行う必要があると思います。
一部の親族(推定相続人)の利益となるであろうことを想定しながら、信託組成を支援しただろうか。
→推定相続人に対して、法定相続分に沿った民事信託支援業務を行ったことは今までないので、支援すると思います。
あるいは、潜在的紛争性ある事件として弁護士への相談を助言しただろうか。
→助言します。
P164~
読者が、当該信託組成にかかわった司法書士であると仮定してみて、親族の一人であり、受益者となる長男に不利であると結果的に受け取られてしまう可能性がる信託のしくみを助言するような状況を想像してみよう。その場合、その後に、長男と親族との間で紛争可能性を予測できただろうか。
→遺留分に関しては、予測できたと思います。
予測すべきであっただろうか。
→分かりませんでした。
潜在的な紛争可能性を予測すべきであっただろうか。
→分かりませんでした。
司法書士の業として報酬を得て、新たな権利義務を発生させるような事件への介入と評価されてしまうような事態に陥ることを心配しなかっただろうか。
→東京地判平成30年9月12日のような信託行為を私が設定した場合、長男からの清任追及に対して対策をしていないときは、心配すると思います。
かような複雑な法的仕組みを内包する信託が適法であると司法書士として判断したならば、そのような判断は専門的な法律判断(鑑定)であると評価されてしまうおそれはないのだろうか。
→信託設定時の一般の方への認知度や、依頼者への情報提供の仕方にもよりますが、法律判断(鑑定)であると評価される可能性はあると考えます。
P167
読者が、かような状況下で相談された司法書士であったならば、どのように対応し、いかなる助言を下すだろうか。―中略―依頼者の希望であるからとして、適法性の問題や紛争性の問題はとりあえず問わないという姿勢をとるのだろうか。
→適法性の問題は考えます。紛争性の問題は、弁護士に同席での立ち合いを依頼するか、替わって受任してもらうと思います。なお、執務姿勢としては遺言書作成を参考にします。
本判決の事実認定によれば、司法書士が、委託者に対して、信託を説明している。―中略―単なる情報提供なのか、あるいは、推奨なのか、説得という要素はなかったのか、主導の要素はどうか、法的助言(法律相談)の範疇に該当するのか、などの検討を要しよう。
→個別具体的な事件の記録によると思います。推奨、説得、主導については依頼者との関係で決まる要素が大きいように感じます。
P168
説明は、教示、主導、説得と同じなのか。「方法の説明」と助言は異なるものなのか。
→説得は依頼者が納得していない場合に行われると考えられるので、その点、教示、主導、とは分けて考えて良いのではないかと考えます。信託の方法の説明は、記載されている文言のみで判断するのであれば、説明に当たると考えられます。
委託者の信託行為の意思形成に関与してしまうこととはなかったのか。
→関与しない民事信託支援業務、というのは、難しいのでないかと感じます。
P169
契約書の案を示すこと、そして、説明することの二つは別の行為なのか。
→契約書の案を示して、説明をしないということを考えることは難しいのではないかと思います。よって1つの行為として評価されるのではないかと考えます。
「提案」と「情報提供」の差異は何か、「提案」と「推奨」は違うのか否か、「提案」と「説得」はどうなのか、司法書士が、信託契約書の案を示すことの司法書士法上の法的根拠は何か、などの諸論点がある。
→提案は、依頼者に言われていない新しい方法等の情報提供を行うこと、という認識です。推奨は、比較するものAがあって、依頼者に、Aより良いと提案すること、という認識です。
なお、裁判所の争点に対する判断では、二女であるHの夫が「司法書士に相続の対応を依頼し」としている。「相続の対応」とは何か。信託の方法や信託契約書の提案まで含むものなのだろうか。「相続の対応の依頼」に対する「提案」とは法律相談なのか、「民事信託契約書の案」の説明は法律相談とならないのか、などの論点を考えることも重要である。
→「相続の対応」とは、Eの相続が開始した場合に関して、どのような方法があるのか、というような相談だと想定されます。
信託の方法や信託契約書の提案まで含むものだと考えられます。遺言なども含めてです。
「相続の対応の依頼」に対する「提案」は、それが法的効果をもたらす提案であれば、法律相談に該当する可能性があると考えられます。
P170
かつて、司法書士の裁判事務では、すべての手続きの選択肢を示すことで「メニューの提示」といわれたことがあるが、それは「提案」と同旨なのか。
→情報提供の要素が多く、提案の要素が少ない方法、だと考えられます。
P170~
仮に下級審レベルであっても、結果として裁判官から公序良俗違反と評価されるような法的な仕組みを業として教示した場合、司法書士における自己規律や業務遂行に対するリスクはないのか。その判断基準は何か。
→リスクはあると思います。判断基準に関しては、信託設定時の民事信託支援業務の状況、司法書士の執務の目的が、一方の当事者にとって著しく不合理な結果をもたらすものであることなどを総合勘案されて判断されると思いますので、一律に基準を決めることが出来るのか、分かりませんでした。
P175~
複数の受託者の意思決定の特段の定めが行われ、結果として遺留分権者(長男)の意思決定権限を制約している仕組みであることが重要である。ちなみに、信託法105条1項は、「受益者が2人以上ある信託における受益者の意思決定(第92条各号に掲げる権利の行使に係るものを除く。)」は、すべての受益者の一致によってこれを決する。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」と規定している。
→前提として、東京地判平成30年9月12日における受益権は、1個です[1]。よって、複数受益者で1個の受益権を割合で定めています。複数受益者が持っている受益権を、信託法105条1項ただし書きで異なる定めをしています。
P178
ところで、受益権の内容の設計は、信託法解釈に基づき権利義務内容を決定していく他人のための法律事務とならないのだろうか。
→情報提供の仕方によると思います。例えば、依頼者から訊かれた場合、このような方法があります、といくつかの方法を示し、依頼者が決めるとすれば、情報提供・法律整序に留まるという評価を受ける可能性が高いと考えられます。
P179
とりわけ、複数の受益者が存在する場合、一部の受益者だけを不利益に取り扱うことの可否という論点で考えたい。―中略―現に不利益を受ける受益者に対しての確認は不要なのか。不利益を被るものに対する不法行為とはならないか。
→複数の受益者が存在する場合に、受益者すべてを平等に扱う信託を設定するということは、難しいのではないかと思います。
P190
2月5日に信託契約を締結(信託譲渡)しているのに対して、信託登記の完了まで1カ月もかかっているが、どうしてだろうか。
→平成27年当時であれば、遅くはないと考えられます。登記申請がいつだったのか分かりませんが、登記審査に時間がかかった可能性があります。
P208
この点、実際の遺留分侵害の場合だけではなく、信託設定時には、遺留分なきことの確認を行うべきといわれているが、実際、受益権の評価が難しいとすれば、いかにして遺留分侵害の有無を確認しているのか、という点にかかわるかもしれない。
→遺留分なきことの確認ではなく、信託設定時にこれまでの贈与などを確認する、遺留分を侵害している場合は、その手当を別の財産で補う、遺留分を侵害している推定相続人に対して説明が可能であれば行う、信託設定後も支援事務や信託監督人などで関わるのであれば、定期的に確認をする、等の対応が必要だと思います。
[1] 道垣内弘人『信託法―現代民法別巻第2版』、有斐閣、2022年、P372。