家族信託・民事信託の不動産取得税

・非課税の場合

1、信託設定のとき、委託者から受託者へ所有権移転(新築建物は、受託者に課税されますが、住むための建物の場合は軽減、控除、免税点措置などがあります。)した場合の受託者(地方税法第73条の7、3号)

2、信託継続中に受託者が変更になった場合の新受託者(地方税法第73条の7、5号)

3、受益権を譲渡した場合の譲受人

3、の受益権を譲渡した場合は、なぜ不動産取得税がかからないのでしょうか。不動産取得税は、不動産の所有権が流通した場合にかかる税です。受益権を譲渡したことで、実質的には流通していると考えることもできるように思えます。

私見ですが、不動産取得税の考え方は、

(1)受益権を譲渡した際には、受益権という地位の移転があったものとして、不動産取得税の対象から外れる。

(2)ただし、譲受人が受託者と合意して信託を終了させたときは、不動産の所有権が流通したものとして課税する。

(3)例外として、

ア、信託終了時に受託者が、委託者に所有権を移転する場合、

イ、委託者が死亡することによって信託が終了し、受託者がその相続人に所有権を移転する場合は、形式的な所有権の移転なので非課税(地方税法第73条の7、4号)

・受託者が他の人から土地を購入した場合の受託者

→課税

・受託者が建物を新築した場合の受託者

→課税

・委託者が信託契約をする前に、所有者として土地を購入した場合や建物を新築した場合も同じように所有者に課税されるので、変わらないと考えて良いと思います。納税も信託財産から行い、その信託財産は委託者の財産から出したものです。軽減、控除、免税点措置なども受託者が利用することができます。

地方税法

(形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税)

第73条の7 道府県は、次に掲げる不動産の取得に対しては、不動産取得税を課することができない。

1 相続(包括遺贈及び被相続人から相続人に対してなされた遺贈を含む。)による不動産の取得

2号(略)

3 委託者から受託者に信託財産を移す場合における不動産の取得(当該信託財産の移転が第73条の2第2項本文の規定に該当する場合における不動産の取得を除く。)

4 信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託により受託者から当該受益者(次のいずれかに該当する者に限る。)に信託財産を移す場合における不動産の取得

イ 当該信託の効力が生じた時から引き続き委託者である者

ロ 当該信託の効力が生じた時における委託者から第1号に規定する相続をした者

ハ、ニ(略)

5 信託の受託者の変更があつた場合における新たな受託者による不動産の取得

(不動産取得税の納税義務者等)

第73条の2 不動産取得税は、不動産の取得に対し、当該不動産所在の道府県において、当該不動産の取得者に課する。

2  家屋が新築された場合においては、当該家屋について最初の使用又は譲渡(独立行政法人都市再生機構、地方住宅供給公社又は家屋を新築して譲渡することを業とする者で政令で定めるものが注文者である家屋の新築に係る請負契約に基づく当該注文者に対する請負人からの譲渡が当該家屋の新築後最初に行われた場合は、当該譲渡の後最初に行われた使用又は譲渡。以下この項において同じ。)が行われた日において家屋の取得がなされたものとみなし、当該家屋の所有者又は譲受人を取得者とみなして、これに対して不動産取得税を課する。

但し書き、3項以下(略)

受益権の譲渡を他の人にも証明するには

1、受益権の譲渡と制限

受益権は、原則としてあげたり売ったりと譲渡することができます(信託法93条)。

例外は、

(1)受益権の性質が譲渡を許さないとき

(2)信託行為に譲渡制限の定めがあるとき

です。

(1)の例として、特別障害者扶養信託が設定されているときが挙げられます[1]。守りたい受益者として、「この人!」と決まっているので、これを譲渡することは出来ません。

(2)の例として、「受益権を譲渡することはできない。」などの定めが信託契約書に記載されているとき。なお、定めがあるのに譲渡した場合、譲り受けた人をどこまで保護するかに関して、今後少し改正があります。

【現行】

(受益権の譲渡性)

第九十三条 受益者は、その有する受益権を譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。

2 前項の規定は、信託行為に別段の定めがあるときは、適用しない。ただし、その定めは、善意の第三者に対抗することができない。

【改正後】

(受益権の譲渡性)

第九十三条   受益者は、その有する受益権を譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。

2 前項の規定にかかわらず、受益権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の信託行為の定め(以下この項において「譲渡制限の定め」という。)は、その譲渡制限の定めがされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる。

【解説】

2項は、1項全体の例外規定へ。

2、受益権の譲渡を他の人にも証明するには

(1)受益者が受託者に通知書を送る、渡す

(2)受益者が受託者の承諾書を得る

(1)、(2)のいずれかを文書にして、確定日付を公証人役場でもらわなければなりません。

方法の例として、通知書を送るなら、通知書を作って内容証明郵便にして送る。

 承諾書を得るなら、承諾書を作って受託者に住所と名前を書いて印鑑を押してもらい、確定日付をもらいにいく。

3、登記との関係

受益権が譲渡されて受益者が変わり、信託目録に受益者の住所と氏名が登記されている場合、変更登記が必要となります(不動産登記法97条、103条)。

 1、2、で示した通り、受益権の売買と同時に買主へ融資が行われる場合、受託者への通知書や承諾書で決済ができるはずです。しかしそれに加えて登記を必要とする場合も多いようです。

その理由としては、取引関係者は、受益権の売買と買主への融資は、所有権の売買と買主への融資と実質的に同じと考える。取引関係者は、信託登記を完了することで、1、2、をはじめ信託の実体まで含めて有効な取引が成立したと考える、などが挙げられます。

4、会社の株式譲渡との比較

(1)「当会社の株式を譲渡により取得するには、当会社の承認を受けなければならない[2]」という譲渡制限の定めがある場合

(1)の定めがある場合に、承認を受けないで譲渡した場合の効果はどうなるのでしょうか。

譲渡そのものは有効であるが、会社が承認するかは会社の自由であり、承認する場合は、譲受人を株主として扱い株主名簿の書き換えを行わなければならないと考えます。譲渡を承認しない場合は、今まで通り譲渡人を株主として扱うか、会社が株式を買い取る(会社法140条)ことになると考えます。

譲受人が譲渡制限を過失なく知らなかった場合でも保護されないという面では、会社法の方が譲受人にとっては厳しい処置を採って、その分株式の買取りで対応するという規律になっています。

【条項例】

(受益権の譲渡等)

第○条 受益者は、受益権を譲渡、質入れ及び担保設定その他の処分をすることはできない。

・金融機関が受益者の場合など

(受益権の譲渡等)

 受益者は、受託者に事前に通知を行い、受益権を譲渡、質入れ及び担保設定その他の処分をすることができる。

・受益権の内容に含める例

(受益権)

第○条

1~4略

5 受益者が、受益権を譲渡、質入れ、分割及び担保設定その他の処分をする場合、受託者の事前承諾を必要とする。

・受益者間では自由に譲渡できるとする例

(受益権の譲渡等)

第○条 受益者は、受益権を譲渡、質入れ及び担保設定その他の処分をすることはできない。ただし、受益者間で受益権を譲渡する場合はこの限りではない。


[1] 新井誠監修『コンメンタール信託法』P300

[2] 法務省HP 2017年6月22日閲覧

追加信託

・追加信託をすることが出来る者

委託者

根拠は信託設定の際に財産を出した人であること。

受益者

受託者に対する費用償還を根拠とする考え[1]

委託者のみが追加信託する権利を持つという考え(法制審議会信託部会2回、3回)

最初の委託者は最初の受益者でもある、という前提で委託者の地位は受益権が何らかの理由で移転した場合はそれに伴って移転するという定めを設けるという考え[2]

・法制審議会における追加信託に関する発言(出典:法務省HP)

(1)法制審議会信託法部会第2回会議

―次に,2の(5)でございますが,これは,受託者が信託財産からも受益者からも補償を受けることができない場合,例えば信託目的の達成を妨げる場合であるとか,あるいは,受託者の売却権限が制限されている場合に当たるため信託財産を処分することもできず,受益者に対する補償請求権も認められていないという信託である場合,このような場合には,一定の手続,すなわち,受益者に対する履行の催告や委託者に対する通知等の手続を経た上で信託を終了させる権限を受託者に与えるものでございます。

受託者が費用の補償を受けられない場合においても信託事務を継続して行わなければならないとするのは酷であることから,受託者に対して,このような慎重な手続的要件のもとに信託を終了させる権限を付与することとしたわけでございます。

 なお,ここで委託者に対する通知を要求しておりますのは,信託が終了いたしますと信託設定者である委託者の意図が実現しないことになりますので,信託の終了を回避するための手段をとる機会を委託者にも付与することが適当であると考えられるためでございます。例えば,通知を受けた委託者としては,金銭を追加信託することによって,あるいは信託財産の処分制限を一部解除することによって受託者の補償請求権を満足させ,信託の終了を回避することができることになると思われるわけでございます。―

(2)法制審議会信託法部会第17回会議

―ところで,信託契約に関連した債務のうち未履行状態にあるものとして想定することができますのは,例えば委託者の債務の局面で言いますと,委託者が報酬を支払う旨の定めがある場合が未払いのある場合の報酬支払債務というもの,それから委託者が一定の事由が発生した場合に,追加的に信託財産を拠出する旨の定めがある場合の追加信託義務,あるいは信託契約締結後において,まだ信託財産の引渡しが未了である場合の引渡しに係る債務などを観念することができるものでございます。

  他方,受託者の債務といたしましては,信託事務遂行義務と,あとは法定帰属権利者たる委託者に残余財産を支払う義務というあたりを観念することができるわけでございます。

もっとも通常の信託契約におきましては,委託者が報酬を支払うことですとか,追加信託をするというような特約が締結されることは少ないと思われますし,引渡し未了という観点につきましても,通常の信託契約では締結直後に履行されているだろうと思われますので,これが問題になってくることはまれであろうと思われます。―

―1つは,これはそもそも論でございまして,大分前の議論のときでも申し上げたことではございますけれども,そもそも委託者と受託者の間の権利義務において,双方未履行で問題となる対価関係,対価性がないというふうに整理ができないかどうかということでございます。

  すなわち今までの事務局の整理に従えば,委託者の債務とすれば費用報酬支払債務,追加信託履行債務,信託財産引渡債務というのがございまして,受託者サイドの債務としては,ここに書いてございますとおり,信託事務遂行債務,残余財産支払債務いうことがございます。―

【条項例】

第○条

1 委託者は、追加信託をする権利義務のみを受益者に移転する。

2 委託者は、本信託に記載のある権利のみを持ち、委託者の地位は、受益権の移転に伴って受益者に帰属する。

解説

 受益者は、信託事務に必要な費用のみにとどまらず、幅広く信託目的達成のために追加信託を行うことができます。また、第二次受益者も同じように追加信託の権利を行使することができます。

(追加信託)

第○条 委託者は、本信託契約の信託目的を達成するために、信託財産として金銭その他の財産を追加信託することができる。

(追加信託)

第○条 委託者は、受託者の同意を得て、金銭を本信託に追加することができる。

解説

 このような定めの場合、委託者しか追加信託の権利がないので、第2次受益者は追加信託を行うことができないことになります。

(追加信託)

第○条 受益者又は受益者代理人は、信託財産として金銭その他の財産を追加信託することができる。

解説

 追加信託に関する記載がこの条項のみの場合、追加できる財産は信託事務処理達成に必要な費用に限られる可能性があります(信託法52条など)。

(信託金銭の管理方法)

第○条 受託者は、信託金銭が信託事務処理を行うのに足りない場合には、受益者に対して、不足する費用相当額を明らかにして追加信託を請求することができる。

解説

・受託者が信託事務を処理するための費用として、受益者に対し追加信託を請求することができる、という定め

(信託不動産の管理方法)

第○条 受益者を債務者として金銭を借入れ、受託者が当該債務について信託不動産について担保設定をしたときは、受益者は、その手続に要した費用を控除した借入金の残金につき、追加信託しなければならない。

解説

・受益者が金銭の借入れを行った場合は信託財産になる、という意味で追加信託の条項を定める例

(信託財産)

第○条 

1 契約をした日の信託財産は、次の第1号から第3号までとする。契約後に、第4号により発生した財産もその種類に応じた信託財産とする。

(4) 受益者から追加信託を受けた株式、不動産及び金銭

解説

・追加信託する者を受益者とし、信託財産の条項に含める例。


[1] 渋谷陽一郎『信託目録の理論と実務』2014 民事法研究会P278

[2] 能見善久ほか『信託法セミナー3』P263~

成年後見関係者と家族信託・民事信託関係者の役割整理

1、前提

(1)家族信託・民事信託関係者

・委託者 信託法2条

・受託者 信託法2条

・受益者 信託法2条

・受益者代理人 信託法138条

(2)成年後見関係者

・成年後見人(法定後見人)民法7条、843条

・任意後見人 任意後見契約に関する法律4条

・成年後見監督人 民法849条

・任意後見監督人 任意後見契約に関する法律4条

・家庭裁判所 民法863条、任意後見契約に関する法律7条

(3)信託行為に定めが必要な行為に関しては、定めがあるものとします。

2、委託者

(1)委託者の成年後見人

ア 民法103条の適用を受けるか

   民法103条は、任意代理人に関する規定であり適用はないと考えます。法定代理人である成年後見人の権限は、後見の事務として民法853条以下で法律として定められており、事務ができる行為は、代理権があると考えることができます。事務が出来るか迷う場合には、民法858条の解釈で対応することになると考えます。

現在の実務上、成年後見人が103条の規定を超えるような行為をするときには、家庭裁判所や成年後見監督人への事前伺いが必要となっていますが、運用上の扱いであり、適用を受けるかどうかとは別の問題になります。

イ 成年後見人として信託契約が可能か

   民法858条の解釈によると考えます。信託契約が本人のためになるのであれば、家庭裁判所も不可能と回答するときは、その理由を説明する必要があるのではないかと考えます。

ウ 成年後見監督人(民法864条)

   成年後見監督人は、信託契約が本人のためになるのであれば、同意を与えない場合にはその根拠を示す必要があると考えます。

エ 成年後見人が、信託銀行と成年後見制度支援信託契約を締結できる根拠

 成年被後見人のためだと最高裁判所が思っているから、だと考えられます[1]

(2)任意後見人

ア 任意後見人と成年後見人で異なる場合はあるか。

 任意後見人は、本人との任意後見契約によって代理権を与えられています。任意後見監督人が選任されて、初めて代理権を行使することができる所が民法上の委任契約とは違う部分です。任意後見人には代理権が定められており、民法103条の適用はないと考えます。代理行為について迷う場合は、任意後見契約に関する法律6条の解釈によります。

信託契約について具体的な設計が代理権目録に定められていない場合は、任意後見契約に関する法律6条の解釈によります。代理権目録に「不動産、動産及びすべての財産の保存、管理に関する事項」と定められ、「処分」が入っていない場合は、信託契約は財産の処分であり、信託契約の締結は不可能と考えます。

また成年後見人が信託契約を締結するのと比較し、平成19年9月1日以降に締結された任意後見契約については、厳しい解釈をすることになると考えます。

平成19年9月1日以降であれば、本人は信託契約を自ら締結することができました。また任意後見契約締結時に代理権目録に記載することもできました。それらをあえてしなかったのは、本人の意思であり、尊重することが求められると解釈することが出来るからです。

本人のためになるということをより明確に示すことが出来なければ、任意後見監督人の同意を得ることは難しいと考えます(任意後見契約に関する法律7条)。

イ 遺言と信託契約

成年後見人、任意後見人ともに本人の代理で遺言をすることはできません(民法973条、)。成年被後見人が遺言をするには制限があり、本人が遺言をするには、制限はありませんが、後日の紛争に備え成年被後見人と同様の対策をしておく必要があるという考えがあります(民法973条、[2])。

遺言は禁止、制限があることから、信託契約についても制限がかかると考えることが出来るでしょうか。

 遺言との関係で信託契約を観ると、遺言代用信託の場合その効果は遺言に近いものがあります(信託法90条)。

遺言は単独行為であるのに対して、信託契約は契約です。遺言は本人が亡くなった後に効力が発生するのに対し、信託契約は通常、契約締結日から効力が生じます(民法985条、信託法4条)。

 以上、遺言と信託契約はその効力において類似点があります。また信託契約は相手方との合意で成り立つ点、本人の生前に効力が生じる点において相違します。このことから、信託契約は本人の意思を生前から尊重することに加え、相手方(受託者)の意思とも合致することを求められることになり、効果の面で遺言と同じ様な面があっても、当然に制限されるべきではなく、本人の置かれた状況によって利用することが可能な場合もあると考えます。

(3)委託者の成年後見人

ア 追加信託が可能か

 委託者の成年後見人は追加信託が可能でしょうか。信託は、委託者の判断能力の低下や死亡によりストップすることがないように認められた法律であり、法律の趣旨から委託者に成年後見人が就任しても、成年後見人による追加信託は可能となります。

 どの程度可能か、という問題に関しては、成年後見人には成年被後見人の身上監護の事務があるので、その妨げにならない範囲に限られることになります。

イ 信託の変更が可能か

 委託者の成年後見人が信託の変更を行えるとしたら、どのような場合になるのでしょうか。まず、単独で信託の変更を行えるという定めがあったとしたら、信託の目的が変わったり、受託者の負担が急に増えたり、受益者の利益が急に変更になったりするため、この定めは信託法149条4項によっても定めることは出来ないと考えます。仮に変更されても委託者の成年後見人に対して不法行為による損害賠償請求(民法709条)が可能と考えます。またこのような定めがなされても受託者単独で、又は受託者と受益者の合意で信託の変更の定めを変更することになると考えます(信託法149条2項、3項、150条)。

 次に、受託者と合意して信託の変更を行うことが出来るでしょうか。信託法149条2項2号を参考に、信託の目的に反しないこと、受益者の利益に適合することが明らかであるとき、の要件を満たせば成年後見人と受託者の合意で信託の変更はできると考えます。アと同じく成年後見人の身上監護の事務に妨げにならないことも前提要件と考えます。

 受益者と合意して信託の変更をする場合は、受託者の利益を害することが明らかであるときは、変更することができると考えます(信託法149条3項1号)。成年後見人の要件は、ア、イと同様です。

ウ 信託の終了が可能か

 信託法163条1項2号から8号については、委託者の成年後見人が関与することが出来ないので考慮しないこととします。

 信託の目的が達成されたとき、信託の目的を達成することができなくなったときは、信託の終了事由とされています(信託法163条1項1号)。信託目的が客観的に判断できないような場合(例:受益者の安定した生活)、委託者の成年後見人が信託を終了させることは難しいと考えます。

委託者のみで信託の終了を行うことができ、委託者が残余財産の受益者又は残余財産の帰属権利者という定めがある場合は、信託財産の独立性が疑われ、信託とみなされない可能性があります[3]。委託者の成年後見人は、成年被後見人の保護になる場合は、そのことを指摘できると考えます。

 受託者と合意して信託を終了させることが出来るでしょうか。信託目的に反することがなく、受益者の不利益にならなければ、終了することが出来ると考えてもおかしくないようなに思えます。他に信託財産の状況も検討状況に入れて、裁判所に特別の事情による信託終了の申立てをすることができる要件(信託法165条)を準用するという考え方も採ることができます。この場合には、委託者の成年後見人を監督する家庭裁判所に対する説得もしやすいのではないかと考えます。

エ 成年後見人が委託者の推定相続人で、信託行為時における残余財産の帰属権利者の場合は、イ、ウの行為は可能か

 これは、成年後見人が自ら財産を取得するために信託を変更、終了することができるのか、ということです。イ、ウで検討した定めることができない場合、信託とみなされてない可能性がある場合は、エについても同様と考えます。

 成年後見人が残余財産の帰属権利者の場合であっても、裁判所に特別の事情による信託終了の申立てをすることができる要件を準用する場合、信託の変更、信託の終了は可能と考えます。

 成年後見人が残余財産の帰属権利者となるのは、信託行為時であり、その際、成年後見人は誰がなるのか分かりません。家庭裁判所は、必ずしも申立人が推薦する候補者を成年後見人に選任するとは限りません。成年後見人になるのは推定相続人の意思だけでは決めることが出来ないことであり、裁判所に特別の事情による信託終了の申立てをすることができる要件を準用する場合には、ある程度の範囲に限られるかもしれませんが、客観的な要件も満たすことから可能と考えます。

オ 成年後見人は、信託の残余財産の帰属権利者を定めることができるか。

 成年後見人が信託の残余財産の帰属権利者を定めることは、不可能だと考えます。なぜなら残余財産の帰属権利者が定められている時は、それが委託者の意思であり、定められていないときは、信託法により残余財産の帰属権利者が法定されているからです(信託法182条)。

カ 成年後見人は、信託の受益者の変更、受益権の割合の変更が可能か

 成年後見人が、信託の受益者の変更、受益権の割合の変更が可能でしょうか。当初から変更について明確な基準があれば可能と考えます(例:孫が20歳になったら、受益者に加える。子が住宅を購入したら受益権の割合を減らすなど)。

そうでなければ、信託の終了と同じように裁判所へ特別の事情により信託の変更を命ずる申立ての要件を準用することが考えられます(信託法150条)。 

キ 成年後見人は自身を指図権者とすることは可能か

 不可能と考えます。信託行為において委託者が指図権者と定められている場合、委託者は自身の財産に関する権限を一定程度留保したものとして自身の意思が信託に反映されることを考えて信託設定したと推定されます。これを成年後見人が行使することは難しいと考えます。

ク 成年後見人が委託者の推定相続人で、信託契約における残余財産の帰属権利者の場合は、カ、キの行為は可能か

 上記ウと同様の結論になると考えます。

ケ 委託者の推定相続人(成年後見人以外)が信託契約における残余財産の帰属権利者の場合、成年後見人はオ、カの行為は可能か

 上記ウと同様の結論になると考えます。委託者の推定相続人が残余財産の帰属権利者であったとしても、異なることはないのではないかと考えます。

コ 受託者は、委託者の成年後見人と信託報酬について協議することは可能か。

 信託法54条では、委託者は原則として受託者の信託報酬には関わらないので、受益者又は受益者代理人と協議することで足りるのではないかと考えます。

信託行為に、委託者と協議して受託者の信託報酬を定めるという定めがあったとしても、結論は同じだと考えます。

サ 受託者と成年後見人は、「信託報酬は協議して定める」と信託契約を変更することは可能か。

 上記カ、コと同様の結論になると考えます。

(4)(3)で後見監督人が就任している場合、結論は変わりうるか。

 後見監督人の職務に制限はあるか。

(3)において後見監督人が就任している場合、原則として結論は変わりませんが、後見監督人の職務は個々の見解に左右されることもあり、良く言えば画一的ではなく、案件によって方針が変わることもありうるので、結論は変わりうると考えて良いと思われます。

民事信託・家族信託が設定されていたからといって、後見監督人の職務が変わるということは基本的にはありません。なお、後見監督人に信託行為の契約書などを閲覧する権利があると考えた場合、信託設定時に委託者の能力などに疑いがある場合などは信託設定について調査などを行うことが考えられます。

(5)委託者の任意後見人

 任意後見人の場合、ア~サの結論は変わるか。任意後見監督人の職務に制限はあるか。

 任意後見契約締結時の代理権目録に記載がない場合、ア~コの職務を行うことは難しいのではないかと考えます。裁判所への申立てができる事項に関しては、その要件を準用して任意後見監督人の同意を求めていくことになると考えます。

本人のためになるということをより明確に示すことが出来なければ、任意後見監督人の同意を得ることは難しいと考えます(任意後見契約に関する法律7条)。平成19年9月1日以降の任意後見契約については、上記1の(2)の通りです。

3、受益者

(1)受益者と成年後見人

(ア)委託者の場合との違いはあるか

  受益者は受益権を持っています。

(イ)受益者代理人が選任されている場合の成年後見人の権限は、制限されるか。

   原則として制限されないと考えます。管理する財産が分かれているからです。

(ウ)受益者の成年後見人は、追加信託をすることが可能か。

    成年後見人の身上監護の事務に支障がない限り、追加信託をすることが可能であり、必要とされると考えます。

(エ)(ウ)の場合、受益者代理人が就任しているときは結論が変わるか。

   受益者代理人が就任していても、結論は変わらないと考えます。管理している財産が分かれているからです。

(オ)受益者の成年後見人は、後任の受託者を指定することができるか。

    受益者の成年後見人は、後任の受託者を指定することはできないと考えます。成年後見人の事務には財産管理もありますが、信託財産は別扱いとされており、受益者の財産ではないからです。

    受益者の成年後見人は、身上監護の事務に支障が出るようであれば、利害関係人として裁判所に対して新受託者選任の申立てをすることが可能と考えます(信託法62条)。     

(カ)受益者代理人は、(オ)の行為が可能か。

    受益者代理人は、自らが代理する受益者のために、受益者の権利に関する一切の行為をする権限を持っているので、(オ)の受託者を指定することも可能と考えます。

(キ)受益者の成年後見人は受益権の譲渡が可能か。

    受益者の成年後見人が受益権の譲渡を行うことは、不可能だと考えます。受益権は成年後見人が管理する財産ではないからです。成年後見人が身上監護の事務をするために不動産の受益権を譲渡する必要があるのであれば、受託者とともに信託の変更及び受益者代理人を選任し、受益者代理人が受益権の譲渡を行うことが適切な事務だと考えます。    

(ク)受益者代理人は(キ)の行為が可能か。

  受益者代理人が受益権の譲渡を行うことは可能だと考えます(信託法139条)。

(ケ)受益者の成年後見人は、受益者代理人へ就任することが可能か。

  可能と考えます。成年後見人と受益者代理人は、扱う財産が違うからです。適切な人が見つからない場合など、受益者代理人を成年後見人候補者として申立てをせざるをえないケースもあるかもしれません。

 家庭裁判所が、適切な人を見つけることが可能であれば、第3者が成年後見人

に選任されると受益者代理人の負担も重くならずに済むと考えます。

(コ)受益者の成年後見人は、信託の情報開示請求がどこまで可能か。信託行為の受益権の内容に関して、受託者に意見を言うことが可能か。

 受益者の成年後見人は、信託に関して情報開示請求が可能でしょうか。請求することは可能であると考えます。

ただし、貸借対照表、損益計算書などの書類又は電磁的記録に限られます。通帳の写しを信託帳簿、財産状況開示資料としていない限り、開示請求することはできません(信託法38条6項)。

信託関係者、主に受託者が開示請求に応じる義務はあるのでしょうか。家庭裁判所で要求されている報告に必要な限りの義務があるのか、別扱いの財産なので義務はないのか、今のところ私には分かりません。

(サ)受託者の信託財産の処分行為に関して、受益者の成年後見人は同意権者となることが可能か。

 信託行為に、受益者の同意が必要である。受益者に成年後見人が就任している場合は、成年後見人が同意賢者となる、というような定めがない限り、受益者の成年後見人が同意権者となることは不可能だと考えます。

(シ)(サ)の場合、受益者代理人が就任しているときでも受益者の成年後見人が同意することは可能か。

 (サ)について定めがある場合でも、受益者代理人が就任しているときは、受益者の成年後見人が同意権者となることは不可能だと考えます。

(ス)受益者の成年後見人は、受託者と合意して信託の変更、信託の終了を行うことが可能か。

  (サ)の結論と同じになると考えます。

(セ)(ス)の場合、受益者代理人が就任している場合に結論は異なるか。

  (シ)の結論と同じになると考えます。

(2)(1)で後見監督人が就任している場合、結論は変わりうるか。

 後見監督人の職務に制限はあるか。

  後見監督人に就任している場合でも結論は変わらないのではないかと考えます。民事信託・家族信託が設定されているからといって後見監督人の職務に制限はないのではないかと考えます。

(3)受益者の任意後見人

(ア)受益者の任意後見人は、受益者代理人に就任することが可能か。

  可能と考えます。任意後見人は任意後見契約により、受益者代理人は信託行為により、扱う財産が異なるからです。

(イ)任意後見人の場合、(1)のア~セの結論は変わりうるか。

  任意後見人の場合、原則として任意後見契約に記載のある事項のみの代理権に限られます。よって、任意後見契約又は信託行為にその旨の記載があれば、結論においては(オ)に関して受託者の指定も可能、(キ)について受益権の譲渡が可能、(シ)については、受益者代理人と同順位で受益権の譲渡が可能になると考えます。

(ウ)任意後見監督人の職務に制限はあるか。

4、信託制度と成年後見制度

1 受託者と成年後見人の意見が対立した場合

(1)優先順位

2 受託者と任意後見人の意見が対立した場合

(1)任意後見契約に関する法律10条

(2)優先順位

3 受益者代理人と成年後見人の意見の対立

4 受益者代理人と任意後見人の意見の対立

5 信託行為に優劣を定めることが可能か。

範囲

制限

6受益者の任意後見人が、受託者を兼務することは可能か。

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参考

(権限の定めのない代理人の権限)

民法103条 権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。

1 保存行為

2 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為

(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)

民法858条   成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。

(本人の意思の尊重等)

任意後見契約に関する法律6条  任意後見人は、第二条第一号に規定する委託に係る事務(以下「任意後見人の事務」という。)を行うに当たっては、本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。


[1] 詳細な検討は、小林徹「家族信託と成年後見制度」新井誠ほか編著『民事信託の理論と実務』2016 日本加除出版 P31~

[2] (公社)成年後見センター・リーガルサポート『任意後見実務マニュアル』2007 新日本法規 P210

[3] 道垣内弘人『信託法』P409

受益権の共有、受益者の複数

1、受益権の共有と捉えられる定め

(受益者)

第○条 

1 本信託の受益者は次の者とする。

(1)

住所

氏名 A 生年月日

2 Aが亡くなった場合、受益権はAの法定相続人が信託法第91条により取得する。

3 次の順位の者が既に亡くなっていた場合には、さらに次の順位の者が受益権を取得する。   

4 受益者に指定された者、又は受益権を取得した者が、受益権を放棄した場合にはさらに次の順位の者が受益権を取得する。

5 受益権の割合は、受益者の数に応じて均等とする。

2、受益権の共有と捉えられないようにするための条項

(受益者)

第○条 

1 本信託の受益者は次の者とする。

(1)

住所

氏名 A 生年月日

2 Aが亡くなった場合、受益権はAの法定相続人が信託法第91条により取得する。

3 次の順位の者が既に亡くなっていた場合には、さらに次の順位の者が受益権を取得する。   

4 受益者に指定された者、又は受益権を取得した者が、受益権を放棄した場合にはさらに次の順位の者が受益権を取得する。

5 受益権は、受益債権の額1円につき1個とする。

・割合で定める方法

(受益権)

第○条

―略―

受益権は、本信託設定時の受益債権の総額に対する、各受益者が有する受益権債権の割合の1%につき1個とする。

(信託の変更)

第○条 

1 本信託の変更は、受託者と受益者の合意による。

2 受益権が移転した場合、受益権の個数は、移転日における本信託の受益債権の総額に対する、各受益者が有する受益権債権の割合の1%につき1個とする。

3 前項の場合、各受益者に計算後の受益債権が指定される受益債権の分割・併合があったものとする。[1][2][3]

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2017年10月22日追加

http://201http://www.tsubasa-trust.net/2017/09/blog-post_11.html7年9月11日月曜日

受益者ごとに異なる受益債権の定め

2017/911

これは、谷口毅先生の記事です。

削除されていますが私がコメントした分が入っているような。

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2017年10月28日追加

2017年8月3日木曜日 司法書士谷口毅先生

受益者複数と受益権共有

「受益者複数」と「受益権共有」は、別の概念ですよ!という話です。

例えば、投資信託をイメージしてみてください。

みなさんが投資信託を買うと、「受益権の保有口数 5000口」などと書かれた運用報告をもらうと思います。

投資信託は、受益権が小口の口数に分かれ、多くの投資家が保有しているのですね。

これが「受益者複数」であります。

一方、5000口の受益権を保有している投資家が死亡したら、どうなるのでしょうか。

5000口の受益権の一口一口が、法定相続人全員の共有状態となりますね。

これが、「受益権共有」です。

「受益者複数」とは、複数の受益権が存在し、それぞれが別個の受益者に帰属すること。

「受益権共有」とは、1つの受益権について、複数の受益者に帰属すること。

似て非なる概念なんです。

例えば、以前の記事「受益者が複数の場合の意思決定」においては、受益者が複数の場合は、特段の定めがない限り、全員の一致で意思決定をするものだと書きました。

しかし、受益権共有の場合は、民法249条以下の、共有に関する規定が適用されるのですね。すると、保存行為であれば、各共有者が単独ででき、管理行為であれば持分の過半数で決定し、変更であれば、全員の同意で行うことができると考えられます。

そして、例えば、1個の信託に対して3個の異なる受益権があって、1つ目については受益者A、2つ目については受益者B、3つ目については受益者CDEが共有、となっているとします。

この場合、信託全体の意思決定の方法としては、「A」「B」「CDE」の3人の受益者なのだ、と考えます。

つまり、CDEが共有している受益権については、受益権共有なので、民法の規定に従って意思決定を行う。

その上で、CDEの決定を1人分の意思決定と考え、受益者Aも1人分、受益者Bも1人分、として、合計3人の意思決定で物事を決めることになります。

最後の決定については、「複数受益者」として考えるのですね。

理論的にはこうであっても、実際の適用場面を考えると、難しいですね…

この点の議論が、実務家の間ではほとんどなされていないと思いますし…

気づいている人が少数派なのかな?

具体的に受託者を解任したい場面や信託の終了の決定をしたい場面、受託者に金銭の給付を請求したい場面などで、どのように意思決定を行うのか、まだ、私の中では十分に考えがまとまっていません。

また、受益者複数と受益権共有を明確に区別するような契約書の作成が求められると考えられますが、これも、私の中では十分に考えがまとまっていません。

読んでる皆さん、誰か考えてくださ~い!

ってか、実務家のみなさん、誰かこの論点で議論してください…

ってことで、今日はこの辺で。

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「実務家のみなさん」というか、「自分の友達の実務家の皆さん」とか何とか書くか、

安易に使わないで欲しいと思います。

実務家を全員知っているわけでもないだろうし。


[1] 道垣内弘人『信託法』2017 有斐閣 P323、P351、P393

[2] 新井誠監修「コンメンタール信託法」2008 ぎょうせい P332

[3] 村松秀樹ほか「概説 新信託法」2008 金融財政事情研究会 P245

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