清算受託者及び手続

民事信託契約書のうち、清算受託者及び手続を取り上げる。

1     清算受託者及び手続

チェック方式

1―1            条項例
(清算受託者及び手続[1]

第○条

□1清算受託者は、本信託が終了したときの受託者とする[2]

□2清算受託者は、本信託の受託者として行っている職務を終了[3]し、次の清算手続きを行う。

□(1)信託財産に属する債権の回収および信託債権に係る債務の弁済[4]

□(2)受益債権に係る債務の弁済。ただし、残余財産の給付を内容とするものを除く[5]

□(3)清算手続きに必要がある場合、帰属権利者等に通知のうえ、財産の処分、担保設定および帰属権利者等による債務引受けの催告。ただし、債権者があるときはその承諾を必要する[6]

□(4)信託事務に関する最終の計算。

□3□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】から最終計算の承認がされたときに、本信託の清算手続きは結了する[7]

□4清算受託者は、受益者及び帰属権利者の承諾がある場合、清算結了時の現状有姿(債務引受けの状態を含む。)でもって残余財産を□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】に引き渡すことができる[8]

□5清算受託者による登記、登録、届け出および通知が必要な残余財産がある場合は、その手続きを行う[9]

□6清算受託者の変更に伴う権利義務の承継等は、本信託の受託者と同様とする[10]

1―2            解説

1項は、清算受託者がどの時点の誰であるかを特定する定めである。2項では信託法177条を基準に清算手続きの内容を示す。清算受託者が帰属権利者等である場合、3号の事務は不要となる。3項は信託財産に属する財産に不動産がある場合、登記申請における登記原因証明情報の必要的記載事項として定める。


[1] 会社法における清算、解散、残余財産の分配と比較したものとして、能見喜久「信託の終了・清算をめぐる諸問題」『信託の理論的深化を求めて』2017(公財)トラスト未来フォーラム。

[2] 渋谷陽一郎『民事信託の実務と書式』2017民事法研究会P300~P301。道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P414。

[3] 信託法177条1項1号。

[4] 信託法177条1項2号。

[5] 信託法177条1項3号、181条。会社法502条。

[6] 信託法178条。

[7] 信託法176条、184条。会社法507条。

[8] 信託法177条1項4号。重畳的債務引受について相続税法13条1項。

[9] 信託法26条、34条。

[10] 信託法176条。目的は不抗争条項として機能させること。

信託契約の前提

民事信託契約書のうち、信託契約の前提を取り上げる。

1     信託契約の前提
1―1            条項例

チェック方式

(信託契約の前提)[1]

第○条

  • 委託者および受託者は、信託契約を締結するうえで次の各号について説明を受けた上で確認、合意する[2]

□(1)私たちにとって家族信託を利用、併用することが、他の方法のみを利用することと比べて良い方法だと理解しました[3][4][5]

□(2)今回設定する信託の目的を確認しました[6][7]

□(3)委託者に債権者がある場合、信託を設定することによって損害を与えないことを確認しました。[8]

□(4)受益者に債権者がある場合、追加信託の設定および受益権の譲渡をすることにより損害を与えないことを確認しました。

□(5)委託者および受託者は、信託財産に債権者がある場合、受益者の全部または一部を変更することによって損害を与えてはいけないことを確認しま

した。

□(6)委託者は、信託を設定することにより、その財産の名義が受託者に移転することを理解しました[9]

□(7)委託者は、信託設定日における信託財産に、契約不適合となるような欠陥などが見つかった場合、その欠陥などを修復する義務があることを確認しました[10]

□(8)受託者は、個人の財産と信託財産を分けて、信託目的のために事務を行うことを理解しました。[11]

□(9)受託者は、信託財産に不動産がある場合、所有者または占有者として建物などの工作物に対する責任を負う可能性があることを確認しました。[12]

□(10)受益者が亡くなった際、遺留分への対応方法を確認しました。[13]

□(11)信託の設定にかかる実費、金融機関への手数料、専門家報酬など費用負担について理解しました。[14]

□(12)信託目的を達成するために必要な信託財産は、充分であることを確認しました。[15]

□(13)金銭、不動産、自社株式、受益権の割合その他の本信託に関する所得税、消費税、相続税、贈与税、固定資産税、不動産所得税、譲渡取得税、登録免許税、印紙税などの税務について、専門家より説明を受け理解しました

 【専門家氏名】。[16]

□(14)信託財産に不動産がある場合、信託目録の記録事項について、専門家より説明を受け理解しました【専門家氏名】。

1―2            解説

この条項には、民事信託契約における表明保証及び専門家が関わる場合の説明責任を果たす役割を持たせるのが目的である。この条項には、委託者兼受益者及び受託者自身がチェックを入れる。


[1] 公正証書を作成するのであれば、契約書の中に確認、合意条項も含める。

[2] 渋谷陽一郎『民事信託のための信託監督人の実務』2017日本加除出版P21~「金融機関の民事信託関与によって、民事信託実務に対して、金融庁の監督の目が間接的に届くことになるといえる」

[3] 『信託フォーラムvol4』2015日本加除出版P6道垣内弘人「財産が隔離されるという法的効果をもたらすものだけを信託として把握すれば日本法においては足りるはずであって、逆に言えば、そのような効果をもたらす要件を備えたものだけを信託であると性質決定することが、日本法の全体の体系の中の捉え方としては妥当なのではないかと考えたわけです。」『信託フォーラムvol4』2015日本加除出版P132大垣尚司「実は、ファイナンス信託を考える上でもうひとつ重要な視点があります。それは、「信託でなくてもよいことを不必要に信託でやらない」ということです。」

[4] 他の方法とは、現状維持、遺言の作成、任意後見契約の締結、委任契約の締結、信託会社・信託銀行の利用、法定後見制度、日常生活自立支援事業の利用を含む。

[5] 自社株式について、事業承継税制(非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予制度)の議論の状況説明を含む。

[6] 信託法2条1項

[7] 信託会社等に関する総合的な監督指針3-2-4人的構成に照らした業務遂行能力の審査(2)②ハc

[8] 改正信託法11条。

[9] 信託法2条3項、5項。

[10] 参考として、渋谷陽一郎『民事信託のための信託監督人の実務』2017日本加除出版P126

[11] 信託34条、寺本昌広『逐条解説新しい信託法』2008商事法務P138、村松秀樹他『概説新信託法』2008金融財政事情研究会P112~

[12] 民法717条、信託法53条1項1号、トラスト60研究叢書『基礎法理からの信託分析』2013秋山康浩「受託者が土地工作物の所有者として責任を負う場合に関する一考察」。

[13] 法務省法制審議会民法(相続関係)部会「中間試案後に追加された民法(相続関係)等の改正に関する試案(追加試案)」遺留分請求権の法的効力及び法的性質の見直しにより、現段階で金銭債権とする案があり、受益債権が金銭債権である受益権を、遺留分権利者に与えて受益者代理人を付ける対応を取ることができると考えることができる。

[14] 信託業法施行令12条の5、信託業法施行規則30条の17

[15] 信託業法25条

[16] 金融庁「金融仲介機能のベンチマーク」2016(10)外部専門家の活用

信託の変更、信託の期間、公租公課の精算、計算期間、契約に定めのない事項の処理

民事信託契約書のうち、信託の変更、信託の期間、公租公課の精算、計算期間、契約に定めのない事項の処理を取り上げる。

1     信託の変更
1―1            条項例

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(信託の変更)

第○条

□1本信託の変更は、次の各号に掲げる方法による。ただし、信託財産が金融機関に担保提供されている場合、受託者はあらかじめ当該金融機関の承認を受ける。

□(1)信託目的の範囲内において、受託者と受益者による合意[1]

□(2)その他信託法が定める場合。

□2受益者が受益権を分割、併合および消滅させたときは、信託の変更とする[2]

□3【                       】

1―2            解説

1項但し書きは、担保権者が不測の損害を受けないことを目的とする。2項は信託の変更に関するみなし規定である。

2     信託の期間、公租公課の精算、計算期間、契約に定めのない事項の処理
2―1            条項例

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(信託の期間)

 第○条

□1 本信託の期間は、契約日から本信託が終了した日までとする[3]

□【                       】

(公租公課の精算)

第○条 本信託の税金や保険料などは、本信託設定の前日までは委託者、以後は信託財産から支払う。

(計算期間)

第○条 

1 本信託の計算期間は、毎年1月1日から12月31日までとする[4]

2 最初の計算期間は契約の日から12月31日までとし、最後の計算期間は1月1日から本信託の終了した日までとする【受益者が法人の場合は事業年度】。

(契約に定めのない事項の処理)

第○条 

□1 本信託の条項に定めのない事項は、信託法その他の法令に従い、受益者及び受託者の協議により処理する。

□2 受益者及び受託者のみでは協議が整わない場合で、意見の調整を図り信託の存続を希望するときは、○○県弁護士会の裁判外紛争解決手続を利用する。

□【                        】

2―2            解説

信託の期間は、他に【氏名】の死亡などを定めることが出来る。

公租公課の精算条項では、いつから、誰が、どこから負担するのかを明確にする。計算期間は受益者が個人の場合、税務上の申告・届出が必要なときがあるという理由から、1月1日から12月31日を原則としている。

契約に定めのない事項の処理は、協議、裁判外紛争解決手続きの順で解決を図り、それでも困難な場合は信託を終了して訴訟などの裁判手続きを行うことを想定する。


[1] 信託法149条1項1号。

[2] 信託法149条4項。

[3] 信託業法26条1項5項。

[4] 国税庁タックスアンサーNo.2020、所得税法227条、所得税法施行規則96条1項2号、3号。租税特別措置法8条の5第1項2号から4号まで、41条の4の2第3項。租税特別措置法施行令26条の6の2第6項、39条の31第17項。租税特別措置法施行規則18条の24第1項。

受益者代理人などの権利

民事信託契約書のうち、受益者代理人などが行使する権利を取り上げる。

1     受益者代理人などが行使する権利
1―1            条項例

チェック方式

第○条(受益者代理人などが行使する権利)

□1受益者代理人が就任している場合、受益者代理人は受益者のためにその権利を代理行使する[1]

□2受益者に民法上の成年後見人、保佐人、補助人または任意後見契約に関する法律上の任意後見人が就任している場合、その者は受益者の権利のうち次の代理権および同意権を有しない[2][3]。ただし、任意後見人、保佐人および補助人[4]においては、その代理権目録、代理行為目録および同意行為目録に記載がある場合を除く[5]

□(1)受託者の辞任申し出に対する同意権[6]

□(2)受託者の任務終了に関する合意権[7]

□(3)後任受託者の指定権。

□(4)受益権の譲渡、質入れ、担保設定その他の処分を行う場合に、受託者に同意を求める権利。

□(5)受益権の分割、併合および消滅を行う場合の受託者への通知権。

□(6)受託者が、信託目的の達成のために必要な金銭の借入れを行う場合の承諾権[8]

□(7)受託者が、信託不動産に(根)抵当権、その他の担保権、用益権を(追加)設定する際の承諾権[9]

□(8)受託者が、本信託契約に記載のない特別の支出が見込まれる場合に、本信託の目的に従い費用を支出するときの承諾権[10]

□(9)受託者が、各受益者と信託事務処理費用を受益者の負担とする場合の合意権[11]

□(10)本信託の終了に関する合意権。

□(11)残余財産の受益者が行う、清算受託者の最終計算に対する承諾権[12]

□(12)本信託の変更に関する合意権[13]

□(13)本信託契約書の閲覧請求権。

1―2            解説

2項では、信託法上の受益者代理人、民法上の後見人等及び任意後見契約に関する法律上の任意後見人の間の権利関係を調整する。受託者の信託事務処理を円滑にするのが目的である。3号に関しては、信託法62条2項の新受託者への就任催告を行うことは出来ると考えられる(信託法92条1項16号)。10号に関して、信託法166条の利害関係人には、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人も含まれると考えられる[14]


[1] 信託法139条。

[2] 同意権のある補助人および保佐人は、同意権者となる。後見人等および任意後見人は、受益者の意思決定について支援(協働)することは可能。受益者の固有財産の増減という理由のみで支援・(不)同意を行うならば、信託制度との融合は難しくなるのではないかと考える。

[3]受益者代理人と任意後見人(職務分掌を含む。)または補助人は、同一人の方が望ましいと考える。その理由として管理する財産が重複する可能性が高いこと、受益者代理人に身上監護を行う権限があれば、信託財産の管理に加えてフルサポートが可能なことが挙げられる。また間接的に任意後見監督人、補助監督人及び家庭裁判所の関与がある。そのような受益者代理人兼任意後見人(補助人)ならば、指図権を与えても受託者の裁量権が充分に発揮できないという事態は少なくなるのではないかと考える。

[4] 補助制度は、利用方法によっては任意後見とほぼ同じ役割を果たす。参考として、新井誠ほか編『民事信託の理論と実務』2016日本加除出版P81~。

[5] 任意後見契約に関する法律第2条1項1号。成年後見制度の利用の促進に関する法律11条1項5号。民法13条、17条。平成28年12月20日第6回成年後見制度利用促進委員会議事次第P7に「成年後見人等は、本人の自己決定権の尊重を図りつつ、身上に配慮した後見事務を行うことが求められており、後見人が本人に代理して法律行為をする場合にも、本人の意思決定支援の観点から、できる限り本人の意思を尊重し、法律行為の内容にそれを反映させることが求められる。」 との記載があり、委託者兼受益者には当てはまるが、その他の受益者においては個々の調整を要する。 成年後見制度利用促進基本計画2017年、3成年後見制度の利用の促進に向けて総合的かつ計画的に講ずべき施策(4)制度の利用促進に向けて取り組むべきその他の事項①任意後見等の利用促進。遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P143~では、「原則、成年後見人は信託上の受益者や委託者の権限(指図同意権を含む)の代理行使はできない。例外として信託法が具体的な定めを置いている受益者等の監督権と、信託受益権の保存管理のための代理権である。」としている。

[6] 信託法57条1項但し書。委託者および受託者が本信託のために定めた条項であり、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人の権限は及ばないと考えられる。後見制度支援信託の対象財産を広げていくことにより後見人などの事務負担を減少させることが可能ではないかと考える。

[7] 信託法56条1項7号。

[8] 受託者の行う借入れに対して差し止め請求することは可能(信託法44条、92条1項11号)。

[9] 受託者の行う担保設定に対して差し止め請求することは可能(信託法44条、92条1項11号)。

[10] 後見人等は本人財産の管理をその職務の一部とし、受益者代理人と利害が対立する可能性があり承諾にはなじまないと考える。

[11] 信託法48条5項。各受益者の固有財産の状況は異なり、受益者の固有財産を減少させるような合意は、後見人等にとって難しいと考える。

[12] (清算中の)信託財産の現状報告請求、書類の閲覧請求は可能(信託法92条1項7号、8号)。しかし、清算受託者の最終計算を承認するか否かの妥当な判断は、法定後見人および代理権目録に記載のない任意後見人には負担が大きいのではないかと考え本稿では除外した。

[13] 信託法150条の裁判の申立は可能と考える。遠藤英嗣『家族信託契約』P32では、後見人等が受益者に代理し得る監視監督や信託給付等の権利の「等」の解釈により、合意は可能とされている。しかし、後見人等が委託者と受託者が契約により設定した信託契約の変更の合意を行うのは妥当ではないと考え、本稿では除外した。

[14]道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P740

信託終了後の残余財産

民事信託契約書のうち、信託終了後の残余財産を取り上げる。

1     信託終了後の残余財産
1―1            条項例

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(信託終了後の残余財産)

第○条 

□1本信託の終了に伴う□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】は、本信託の清算結了時の□【受益者・受益者の相続人・氏名・    】とする[1]

□2清算結了時に信託財産責任負担債務が存する場合で金融機関が求めるときは、合意により□【残余財産の帰属権利者・残余財産の受益者】は、当該債務を引き受ける[2]

1―2            解説

1項では、信託終了後の残余財産の帰属権利者等を特定する。2項では金融機関が債権者である信託財産責任負担債務の信託終了後における取扱いを定める。


[1] 信託法182条、183条。

[2] 信託法181条。清算受託者が帰属権利者等である場合、当該事務は不要。

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