補足 チェック方式の民事信託契約書

 

司法書士法制については、『市民と法』112号に掲載させていただきました。

1、「前条の場合を除き、○○とする。」や「前項の場合は、○○とする。」などの援用を避けて各条項を可能な限り独立させました。
1条項ごとが雛型だと考えています。
その効果として法改正、依頼者の希望、金融機関等の第三者との関係などに応じて条項の差し替えが比較的簡単になります。
アメリカではタッチパネルで簡単な信託契約書を作成可能(税務上の配慮が複雑にならない人向け) 。

2、契約条項を標準化する意味
 「民事信託・家族信託の書類に雛型はない。」とおっしゃる先生方も、他の方法を利用して業務効率を上げる努力をしています。

(例)
(一社)家族信託普及協会では、信託設計フォーム。内容は、民事信託契約書を作成する際に通常聞くこと。漏れがないようにする効果はある。信託の目的、信託財産などの項目を埋めていく。

(一社)民事信託推進センター編集協力『民事信託実務ハンドブック』P34~P88では、ヒアリングシート、比較表、説明ツールを用いて信託契約書を作成することが奨励されている。

(一社)民事信託監督人協会では、この法人に信託監督人の就任を依頼する場合の民事信託・家族信託については、この法人が作成した信託契約書の雛型を利用することを条件として考えている。理由は各専門職が作成する信託契約書の内容がばらばらでは、監督業務に支障が出るから。

司法書士法人ソレイユの実家信託パックというサービスでは、実家信託パック対象者診断チェックシートを用いている。内容は実家を信託する(出来る)人を絞り込む目的で作られている(住宅ローン返済の有無等)。
司法書士法人ソレイユ監修により(株)リーガルから発売された「家族のための信託支援システム」は、認知症対策、受益者連続型、実家売却、共有状態解消を目的とする信託について、提案書から見積書、契約書、登記申請までをサポートする((株)リーガルHP2018年8月16日閲覧)。
今後は、○○型を一つずつ増やしたり、固まった論点を新たに追加して割引販売をしていくものと予想します。

信託条項を標準化するのは、1、で挙げたアメリカにおけるタッチパネル方式に近い考え方に依ります。上に挙げた他の方法でも、1、依頼者が書き込む、2、専門家が条文を解釈して条項を作成、書籍の条項を少し手直し、または以前に作成した契約書の条項を使い回して、整合性を整える。3、依頼者と共に確認する、という順を辿ります。1から3までの過程のうち、2を省くのが信託条項を標準化する意味です。
 すると専門家間での認識のずれが少なくなり調整に要する時間が減ります。
 依頼者へ割く時間、研究の時間を増やすことが出来ます。
 普及しないかもしれませんが、地道に続けて他に良い方法があるか模索します。


3、エスノグラフィー、半構造化インタビュー

エスノグラフィーの定義は、野村康『社会科学の考え方』2017名古屋出版会に従っています。P183以下を引用します。―「ある人々の行為や考え方を理解する目的で、人々の中に、あるいは人々の近くに身を置いて調査し、論文や研究成果報告書等を作成する手法」―とあります。
 論文や研究成果報告書を信託契約書に置き換えても違和感は少ないと考え、この手法を利用することが有効だと考えました。
また人の行為や考え方を理解することが目的です。理解したことを何らかの成果物(契約書という書面)にする、という形を採ることで、司法書士業務にも馴染むのではないかと思っています。
フィールドワークはより包括的な意味で利用されていて(例えば野外観察調査)、エスノグラフィーもフィールドワークの中に含まれます。

半構造的インタビューの定義も、野村康『社会科学の考え方』2017名古屋出版会に従っています。P145以下を引用します。―半構造化インタビュー(semi-structured interview)では、どのインタビューでも取り上げる共通の質問項目を一定数設けるとともに、インタビュアーが問いを自由に投げかけることができる。質的データを収集することを目的とする―。

特徴として質問に対する回答が不明確であったり、興味深い場合には詳しく説明してもらったり、別の聞き方をして情報を再確認することができます。
また同じ概念でも相談者と契約書作成者で異なる理解をしている場合、重要だと想定する事柄が違う場合にも、あらかじめ条項という完成形にしておくことで両者のズレを理解し、考察が的外れになることを予防するのに有効だと考えています。


4、契約書のタイトルについて

タイトルは、「信託契約書」としています。私が現在作成している信託契約書のタイトルは全て信託契約書です。
不動産管理処分信託契約書、株式信託契約書などのタイトルも書籍などで見かけますが、不動産を売却した場合、金銭信託として信託が続くのではないか、収益不動産だと賃料や借地権の債権、受け取った後は金銭となるのではないか、契約書の信託の目的と信託財産、受託者の信託事務から、信託契約書の性質は自然と決まってくるのではないか、などの理由から単に信託契約書、としています。


5、P116の国語・金融教育の一環と位置付けることについて

 チェック方式の遺言代用信託契約書を利用して、依頼者と読み合わせをしていく中で、法律用語の説明に加え、日本語の読み方について話すことが多くなります。例えば、第3条2項の但し書きの説明、同条同項5号の2回続けて報告を怠ったとき、の2回続けての意味の説明などです。

 このような文章は契約書に限らず、ニュースや新聞などの日常生活に出てきます。また普段の仕事上でも行政文書や社内文書と接する機会があるかもしれません。
 よって、契約書を依頼者と共に読み解いていくことは国語教育の一環と位置付けることが出来ると考えています。

 金融教育としての側面は、ある財産を信託財産として管理するのが信託である以上、不動産に関する資金計画や税について他の専門家の力を借り、契約書に反映すると共に、信託期中、終了時においてもアドバイスを行う必要が出てくる面があります。こうした長期間の接触を踏まえて金融教育としての位置付けが可能と考えています。

PAGE TOP