民事信託実務講座 東京地方裁判所平成30年10月23日判決その4~その7

その4

本日は、鳥取の谷口毅がお送りします。

東京地裁平成30年10月23日判決の続きですね。

今までの記事は、下記をご参照ください。

http://www.tsubasa-trust.net/2019/10/blog-post.html
http://www.tsubasa-trust.net/2019/10/blog-post_11.html
http://www.tsubasa-trust.net/2019/10/blog-post_29.html

さて、続きです。

原告である父親(委託者兼受益者)と被告である二男(受託者)は、公正証書で信託契約書を作成しました。

しかし、この信託契約締結後、すぐに、父親は、信託を終了させたい、と思うようになります。

訴訟提起に至ったそれぞれの心情までは、判決文から読み取ることはできません。

ただ、いくつかのトラブルの種は、判決文から読み取ることができます。

1つは、父親が養子縁組を結んだこと。

原告の長男は早逝していましたので、二男は、唯一の相続人であるはずでした。

しかし、父親が別の人間と養子縁組を結んだため、二男の他にも相続人が出現してしまいました。

信託が有効であれば、信託した財産は、終了後に二男のものになります。

しかし、信託が無効であれば、養子縁組した他の相続人に財産が流れることになります。

ここで、利害対立が生まれた可能性があります。

次に、二男が、連帯保証契約の締結を拒んだこと。

父親は、これまでも、不動産事業のために信用金庫から繰り返し融資を受け、そのたびに、二男が連帯保証人になっていました。

信託をした土地上にも、新築計画を進める予定でした。

しかし、信託が開始した後に、二男は連帯保証人になることを拒んだため、父親が思い描いた新築計画が頓挫してしまったのです。

こうして、父親は、二男に対して、信託の無効(又は取消、終了など)を主張することになったものと思われます。

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その5

今日は、鳥取の司法書士の谷口毅が書かせていただきますね。

東京地裁平成30年10月23日判決の5回目。

過去の記事は、こちらからご覧ください。

http://www.tsubasa-trust.net/2019/10/blog-post.html
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http://www.tsubasa-trust.net/2019/11/blog-post_12.html

さて、訴訟上、原告である父親が、被告である二男に対して主張した内容を見てみます。

1.信託契約の詐欺取消・錯誤無効

父親が、別の者と養子縁組したため、被告は信託を使って遺産を独り占めしたいと企てた。

そのため、二男は、父親に対し、信託をしないと信用金庫が融資をしないと虚偽を述べ、信託するように父親をそそのかした。

二男は信託契約の内容を父親に説明せず、事前の打ち合わせもなく、公証人は案文の読み上げをせず、理解しないまま父親は公正証書に署名押印した。

従って、詐欺により、信託契約を取り消す。又は、錯誤により無効である。

この父親の主張は、裁判所には採用されませんでした。

公証人の尋問の結果、事前の打ち合わせや公正証書の読み上げをしており、父親は、公正証書の内容をしっかりと理解していた、と認定されました。

2.債務不履行解除信託契約は新築計画の推進を目的としている。

二男が受託者として新築計画を推進したり、あるいは、信用金庫の借入について連帯保証人になることは、二男の義務である。

二男がこれらを拒むことは、債務不履行に該当する。

従って、債務不履行により信託契約を解除する。

この父親の主張も、裁判所に採用されませんでした。

裁判所によれば、新築契約の推進や、二男が連帯保証人になることは、信託契約の内容とはいえない、と判断しました。

上記の、詐欺取消・錯誤無効・債務不履行解除は、いずれも、父親がちょっと強引な主張をしているような印象を受けますね。

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その6

本日は、鳥取の司法書士の谷口がお送りしますね。

東京地裁平成30年10月23日判決の続きです。

今までの記事は、こちらからお願いします。

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原告である父親は、前回の詐欺取消・錯誤無効・債務不履行解除の他に、信託の終了の主張もしています。

信託の目的の達成不能による終了と、委託者と受益者の合意による終了、という2つの終了事由です。

父親の主張の要旨は、下記の通りです。

4.目的の達成不能による終了

新築計画を推進することが、信託の目的である。

二男が新築計画を拒絶することは、信託の目的の達成不能に該当するから、信託は終了する。

この主張に対し、裁判所は、新築計画は信託の目的ではない、と判断しました。

父親の側から見れば、契約条項の中の、信託の目的が抽象的過ぎたことが、裏目に出た形になっています。

5.委託者と受益者の合意による信託の終了

信託法では、委託者と受益者の合意によって、信託をいつでも終了できます。

従って、父親は、委託者兼受益者である自分が、信託を終了させたいと決定すれば、いつでも信託を終わらせることができるのだ、と主張しました。

しかし、本契約の条項には、「受益者は、受託者の合意により、本件信託の内容を変更し、若しくは本件信託を一部解除し、又は本件信託を終了することができる」という条項があります。

裁判所は、この条項に着目します。

信託を合意により終了させる場合に、わざわざ、「受託者との合意により」という言葉を付け加えています。

委託者兼受益者が、任意の時期に終了できるとすればこの条項が無意味なものになります。

従って、この条項は、信託法164条1項に優先して適用されると判断されました。

つまり、受託者との合意がないと、信託の終了は認められない、と判断したのです。

こうして、原告である委託者兼受益者の請求は、全て棄却されました。

続きます。

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その4からその6までは、判決の解説なので省きます。

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その7

鳥取の司法書士の谷口毅がお送りしますね。

今まで6回にわたって書かせていただいた、東京地方裁判所平成30年10月23日判決ですが、これが最終回になります。

今までの記事は、こちらからお願いします。http://www.tsubasa-trust.net/2019/10/blog-post.html

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さて、今回のケースから、何を学ぶべきでしょうか。

委託者と受益者の合意による終了に関し、受託者との合意がないと終了できないようにするような契約条項は、よく見られます。

委託者が、やっぱりやめたい、と思った場合にやめられなくなる、ということです。

これは、遺言がいつでも撤回可能であることと比較すると、バランスを欠くように思えます。

一部には、認知症の不安から遺言を撤回してしまうことがあるからよくない、信託は撤回できなくできるからよい、という意見もありますが、私は、このような意見には反対です。

次に、今回、信託の終了という父親の主張が認められていたとしても、帰属権利者は二男になってしまっています。

そこで、父親は、さらに、この帰属権利者の定めも無効である、という主張も出しています。

やはり、生きている間に信託が終了したら、父親が帰属権利者になるような定めが望ましいですね。

また、信託によって新築計画を進めたいと考えていたのでしたら、信託の目的の中にも、それが盛り込まれるべきだったと思います。

信託の目的によって、受託者のやった行為・やらなかった行為が権限内なのか権限外なのかを判断することになります。

また、信託が終了するかどうかの判断材料ともなります。

不明確すぎる信託目的の欠点が露呈したように思われます。

このように、信託契約を締結した時には問題がないと思えても、後日、トラブルになることも十分にありえます。

本件は、士業に依頼せず、自分達で公証役場に行って契約書を作成した事例です。

しかし、士業に依頼したからといって、このような契約書になってしまう可能性は十分にあります。

今回の事例は、私たちの実務に直結するものですね。

なお、「もしも自分が原告の代理人だったら、もっと他にどういう戦い方をしたのか」ということでディスカッションをしたことがあり、別の戦法を色々とかんがえることができてとても楽しかったのですが、ここでは触れないでおきますね。

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谷口司法書士が問題点と考えている箇所をまとめてみたいと思います。

1、信託を終了したいとき、受益者は受託者の合意を得る必要があるとしている。

理由・遺言は撤回自由なのに、バランスを欠いている。

2、帰属権利者は二男になっている

→この部分はその1からその3でも触れたので省きます。

3、信託によって新築計画を進めたいと考えていたのでしたら、信託の目的の中にも、それが盛り込まれるべきだった

理由・信託の目的によって、受託者のやった行為・やらなかった行為が権限内なのか権限外なのかを判断する。信託が終了するかどうかの判断材料にもなる。

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私の判断は下の通りです。

  • 1について

信託には、財産管理という管理の側面があるので、私は谷口司法書士の意見とは反対に受託者の合意は原則として必須だと考えています。

そうでないと、私なら受託者にはなりません。

受益者が単独で終了するには、法の手当て(165条、167条)を利用する方法があります。

また、信託契約書に盛り込むなら、信託の終了事由として、受益者が単独で終了出来る場合を定める必要があると考えます。164条1項が排除されている前提で、例えば、「受託者が、受益者への生活費20万円の給付を2回しなかったとき」受益者は単独で信託を終了することが出来る、などです。

3 について

3について、信託の目的に盛り込む必要を感じません。

受託者の権限の条項に記載することで足りると考えます。

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