民事信託・家族信託契約書の標準化試論

はじめに

1    民事信託契約書のアウトライン
1―1               典型契約・有名契約(信託法2条2項1号、4条1項、信託業法2条1項、8項、3条、7条、50条の2、商法502条13号)

 信託法という法律に規定のある典型契約であり、名称が定義されている有名契約です。私法上の権利義務関係を扱うのは営業信託も同様であり、民事という用語は本来不要です。現在のところ、信託の引受けを行う受託者の範囲を限定するという意味で利用されています。

 なお、当事者の性質に着目すると、個人対個人の契約は消費者契約法の適用がある民事契約・消費者契約となります。

1―2               不要式契約・諾成契約(信託法第4条1項)

 民事信託契約の様式について、信託法に定めはなく、不要式契約とされています(ただし、自己信託は要式契約です。信託法3条1項3号、信託法施行規則3条)。また委託者と受託者の意思表示のみで効力を生じる諾成契約です。

1―3               有償契約[1](信託法2条1項)

 委託者は、所有する財産を信託財産とし、受託者は、その財産の管理または処分などを行う権利義務を引き受ける有償契約です。

1―4               双務契約(信託法2条1項)

 委託者は、所有する財産を信託財産とする義務を負います。受託者は、信託目的に従って信託財産を管理または処分などを行う義務を負います。契約当事者の双方が互いに債務を負担する双務契約です。

1―5               処分証書

 信託契約が行われたことを示す意思表示その他の法律行為が記載された文書であり、処分証書です。

1―6               契約自由の原則(契約締結の方式の自由)

 民事信託契約を締結するか、受託者は誰にするか、どのような内容の信託契約を締結するかは、委託者と受託者の自由な意思に委ねられ、契約自由の原則が働きます。例え不備がある信託契約であっても、違法でなければ契約の効力は生じます。不備な部分は効力が生じない、または契約当事者及び受益者が不利益を被るという結果を導きます。

2    標準化に対する見解の相違
2―1               肯定(積極説)と否定(消極説)の主な見解

私が拾うことの出来た主な見解をまとめると、図1のようになります。

図 1肯定(積極説)と否定(消極説)の主な見解

肯定(積極説) 否定(消極説)
・新井誠編『民事信託の理論と実務』2016日本加除出版(株)P22大垣尚司氏発言「民事信託は、商事信託と異なり約款等による契約の標準化がなされないため、契約コストが大きくなると同時に、不備の可能性も高まる。このため、弁護士・司法書士や研究者が率先してさまざまな種類の民事信託にかかる契約を起草・公開して、契約内容の標準化を図る努力が欠かせない。」 同書P278「なお、こうした自己信託の持つ匿名性は財産秘匿等の濫用に対する抽象的な懸念につながる。少数の不適切な利用例のために自己信託全体が「いかがわしいもの」と見られることのないよう、制度に対するリテラシー向上のための努力や設定証書の標準化等の努力が欠かせない。」   宮田浩志『家族信託まるわかり読本』2017近代セールス社P111~ 「問題の多い契約書のひな型がインターネットや書籍等で出回っているのも事実です。」
・渋谷陽一郎『民事信託における受託者支援の実務と書式』(株)民事法研究会 P12「民事信託のベストプラクティス③ 標準的な信託条項は存在するか  「それぞれの信託財産の信託類型に応じて民事信託の信託条項は、実務上、標準化されつつある。民事信託は長期にわたる財産管理の仕組みとして、実務に必要不可欠な信託条項がある。そのような必要不可欠な信託条項は、個別の信託でさほど異なるわけではない(微調整は必要となろうが)。独創的な信託条項をつくろうとして、必要不可欠な信託条項を欠落させてしまっては元も子もない。まずは標準化されつつある信託条項が、実務上、どのように機能しているのかを理解したい。  なお、標準化された信託条項の場合、―略―契約締結事務の法律事務性が低くなるので、当該契約に対する支援者の範囲を広げることになりうる。いわゆるオーダーメイド型の契約書の起案は、実質的に新たな法律関係の形成に関与することになる場合があり、法律事務として当該契約に対する支援者の範囲を狭める結果となろう。」  
・渋谷陽一郎『民事信託の実務と書式』2017民事法研究会 P43「支援者業務の価値(報酬額)を高めるため信託契約のオーダーメイド性が強調される場合があるが、その結果として、法律事務や法律相談に関する規制処方(代表的には弁護士法72条本文など)に抵触するリーガル・リスクを高めるというパラドクスがある。民事信託の普及のための標準化(それによる低額化)が重要なゆえんである。」 ・遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P47「家族信託の契約は、依頼者の考えや要望をもとに自由な発想により1つ1つオーダーメイドで製作され、同じものは二つとない。」    
渋谷陽一郎『民事信託のための信託監督人の実務』P17 「財産管理の実務はアートではない。民事信託の契約書は、具体的で継続的な民事信託の現実の実務の集積の上に成り立っている。個々のリスクが検証され標準化された民事信託の契約書があり、それを事例に応じて修正することで個別の民事信託契約書ができる。-中略―また、各資格者の業務の適法性のためにも、標準化が必要となる」  
・『高齢社会における信託制度の理論と実務』日本加除出版(株)P131~ 「家族信託を普及するために、考えるべきことは、「単純でわかりやすい信託契約」を作成することである。まず信託目的を絞ること。様々な目的を一つの信託契約に盛り込もうとしても、複雑でわかりにくくなり、想定外の事態に対処することが困難になる  また、受託者や受益者は複数を避けたり、信託期間も出来るだけ短い期間としたり、受託者の変更などはなるべくせず、受託者や受益者の死亡など、異例な事態が生じた場合には、ただちに終了にすることなどの考慮が必要である。  そして金融機関としての「ひな形」を作成しておき、個別の信託契約の大きな差異が生じないようにすることが必要と思われる。」吉原毅城南信用金庫相談役「家族信託の発展と金融機関の対応について」より一部抜粋  
2―2               用語、意味、使用例

図 2用語、意味、使用例

用語[2] 意味[3] 使用例
雛型 物の手本、様式、書式 なし。
書式 証書・願書・届書などの、書き方のきまり。   ・NPO法人遺言・相続リーガルネットワーク編『実例にみる信託の法務・税務と契約書式』2011日本加除出版 ・(一社)民事信託推進センター編『有効活用事例にみる民事信託の実務指針』P77第3章事例にみる民事信託の実務と書式。
標準  標準には、強制的なものと任意のものがあり、一般的には任意のものを「標準(=規格)」と呼んでいます。標準化の意義は、自由に放置すれば、多様化・複雑化・無秩序化してしまうモノやコトについて ・経済・社会活動の利便性の確保(互換性の確保等) ・生産の効率化(品種削減を通じての量産化等) ・公正性を確保(消費者の利益の確保、取引の単純化等) ・技術進歩の促進(新しい知識の創造や新技術の開発・普及の支援等) ・安全や健康の保持 ・環境の保全等 上記の観点から、技術文書として国レベルの「規格」を制定し、これを全国的に「統一」または「単純化」することです。    一例ですが、トイレットペーパーのサイズは日本のJIS規格によって標準化されています。114mmと決められています。真ん中の空洞部分の直径は38mmのものが主流です。直径はロールの状態で120mm以下と定められています。この標準化により、日常生活でどこのメーカーの商品を買ってもホルダーに取りつけることができ、困ることなく使用することができます[4] なし。  
定型 きまったかた。一定の形・型。 なし。
オーダーメイド 和製語。注文によって作ること。また、その品。 遠藤永嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P21。
契約書例[5] 1、契約の成立を証明する書面。 2、民事訴訟法学では、意思表示ないし法律行為が記載されている文書(処分証書)[6] 堀鉄平ほか『相続対策イノベーション!家族信託に強い弁護士になる本』2017日本法令P64。 ・伊庭潔『信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例』2017日本加除出版
条項例 1、箇条にした項目。条目。 2、[7]本来は、法令の規定中の「条」と「項」を指すが、実定法上「条項」と用いられるときは、「条規」と同じく法令の規定という意味。 ・渋谷陽一郎『信託目録の理論と実務』2014民事法研究会P98、P166など。
モデル 型、型式。 模範、手本。 ・日本司法書士会連合会 財産管理業務対策部民事信託業務モデル策定ワーキングチーム「民事信託の実務」2017年「はじめに」より太線筆者―「連合会としては、「民事信託の普及」という目標を一定程度達成した今、実務に対応できる事例、契約書案、契約書の解説、登記及び税務、司法書士の関わり方を示す時期にあると考え、今般、民事信託の業務モデルを作成する運びとなりました。第1弾として「高齢者の財産管理~自宅不動産の管理処分信託~」の事例を紹介させて頂きます。」―
2―3               民事信託契約の成立過程[8]

本稿では、大まかに3つの過程を辿るものとします。

(1)契約当事者の契約関係

(2)契約書原案又は骨子の準備

(3)契約の背景と内容について資料、インタビューなどによる捕捉、加除修正。

2―4               民事信託契約を契約書にする目的[9]

(1)契約当事者間における行為規範の明確化

(2)危急時または紛争発生時における裁判規範の明確化

2―5               民事信託契約書の特徴

 主に親族間の契約であり、既に何らかの関係があります。そして民事信託を設定した後も、その関係は続きます[10]。そのため民事信託契約書の本文では、当事者間の行為規範を明確にすることに焦点を当て、民事信託の中における委託者、受託者、受益者その他の関係人の権利義務を具体化することが必要と考えられます。

 全く同じ親族間の関係というものはありませんが、解決したい問題や叶えたい希望は一定の範囲で分類することができるものと考えられます(家庭裁判所における調停、審判は分類されています)。

2―6               民事信託契約書の全体的構成

本稿では、6部構成を採ります[11]

(1)表題

(2)前文

(3)本文

(4)後文

(5)日付

(6)署名(記名)押印

3    1、2、を踏まえて
3―1               違うのか?同じではないか。

(1)図1の肯定と否定の主な見解は、真っ向から反対の立場を取っているように読めます。

 しかし、宮田浩志『家族信託まるわかり読本』では、活用事例を無限ではなく22に絞っています。そこには依頼者のニーズが多い、活用しやすいなど何かしらの理由があると考えられます。また事例ごとに、契約書の様式も自ずと一定範囲は決まってくるではないかと考えることもできます。

 遠藤英嗣『家族信託契約』の見解は、信託契約だけでなく、契約書全般に対していえることです。売買契約書、金銭消費貸借契約書においても、個人間の契約の場合、専門職が作成する契約書は依頼者の考えや要望をもとにします。自由な発想は、信託法その他の法規に反しない限り、という注釈が必要です。

(3)図2の用語の意味や使用例をみると、「雛型」、「標準」、「定型」の使用例がありません。あれば、どなたか教えて下さい。

「雛型」に関しては、写して(コピー&ペーストして)終わり、というあまり良くないイメージがあるから、という理由を考えることができます。

「モデル」は、司法書士が司法書士に向けたものであることを考慮する必要があります。

 「標準」、「定型」は、なぜ使用されていないのでしょうか。又は使用されているとしてもあまり目立つことがないのでしょうか。私見ではありますが、まだニーズが掴みきれていないこと、ニーズを形にするには時間、量ともにまだ足りないことが1つ考えられます。

 しかし、それは「標準」、「定型」を研究し実現するという目的を妨げるものではなく、民事信託に関わる人の利益を考えるなら非難されるものではありません。

3―2               今後の展望

(1)民事信託実務の中で、その目的を反映し合理的であると考えられる契約書の様式が生き残る[12]

(2)民事信託契約書の様式は、法律文書であることの普遍性と、時代による変化を伴う。よって標準契約書などの作成ではなく、契約書などの標準化を目的とする。

(3)民事信託契約書と契約後の業務の標準化について、「文脈」「論理」が必要。


[1] 道垣内弘人編著『条解信託法』P29

[2] 標準化、定型化の「化」は、形や性質がかわること。かえること。新村出編『広辞苑第五版』1998岩波書店

[3] 特に注釈がない場合は、新村出編『広辞苑第五版』1998岩波書店による。

[4] (一社)日本規格協会HP「JISとは」より引用。

[5] 「例」について、過去または現在の事物で、典拠・標準とするにたるもの。新村出編『広辞苑第五版』1998岩波書店。法令用語ではないことにつき、法制執務研究会編『新訂ワークブック法制執務』。2007ぎょうせい。

[6] 田中豊『法律文書作成の基本』2011日本評論社P295

[7] 条項について、法令用語研究会編「法律用語事典」2012)有斐閣

[8] 専門職による提案から始めるものとして、平川忠雄ほか『民事信託実務ハンドブック』

2016日本法令P34~。依頼者のニーズから入るものとして、堀鉄平ほか『相続対策イノベーション!家族信託に強い弁護士になる本』2017日本法令P21~。活用例から入るものとして、遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P323~

[9]田中豊『法律文書作成の基本』2011日本評論社P306

[10]田中豊『法律文書作成の基本』2011日本評論社P345

[11] 信託法の条文の順に契約書を作成するものとして、伊庭潔『信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例』2017日本加除出版

[12] 参考として、田中豊『法律文書作成の基本』2011日本評論社P340

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