受益者以外の第三者を債務者とする(根)抵当権の設定

民事信託研究会(主宰・谷口毅司法書士)のメールマガジンです。実例を踏まえながらの記事は、いつも勉強になることが多いです。

今回の記事を引用します。

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受益者以外の第三者を債務者とする(根)抵当権の設定

大阪の司法書士岡根昇です。

今回も司法書士谷口毅先生のブログとメルマガに投稿させて頂くことになりました。ご迷惑とならないよう気を付けなければ…

さて、本日は、受託者の利益相反行為について考えてみましょう。

相談事例を挙げて考えてみます。

お父さんからの相談です。

自分が認知症になった後でも、資産管理会社(長男が代表者)の債務を担保するために担保権を設定できるようにしておきたい。

そのために、長男を受託者として、不動産を信託しておきたい。

このような相談を受けた場合に、次のようなスキームをイメージするのではないでしょうか?

委託者兼受益者:お父さん

受託者:長男

信託の目的:不動産の管理処分を通じて、お父さんの生活の安定と福祉の確保をすること

受託者の権限:受託者は、信託財産に属する不動産につき、受益者、受託者又は第三者を債務者とする担保権を設定することができる。

イメージした後、きっと疑問が湧いてくるはずです。

信託は、受益者のための財産管理制度。。。

受益者であるお父さんの債務ではなく、第三者の債務のために信託財産を担保に供することは、果たして受益者のためになるのでしょうか?

そうなんです。

信託には、受託者は、もっぱら受益者の利益を図らなければならず、自分や第三者の利益を図ってはいけないという大原則があります。これを忠実義務といいます。

この忠実義務の具体的な現れの一つとして、信託法31条の利益相反行為の禁止規定があります。

条文を見てみますと、信託法31条1項4号では、受託者個人の債務を担保するために信託財産に担保権を設定するという行為を典型的な利益相反行為の例としてあげて、これを禁止しています。

そして、「第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの」一般を禁止しています。

つまり、第三者の債務のために信託財産を担保に供することは、この禁止規定に抵触することになります。

そして、さらに詳しく条文を見ますと、この例外規定があります。

信託法31条2項では、信託契約書に利益相反行為を許容する定めがあるとき、受託者が重要な事実を開示して受益者の承認を得たときなど、受託者の利益相反行為が許される事由が規定されています。

そうすると、最初にイメージしたスキームのように「受託者は、信託法31条の規定に関わらず、信託財産に属する不動産につき、第三者を債務者とする担保権を設定することができる。」と規定しておけば、利益相反行為の許容の定めがあるものとして、お父さんの希望(資産管理会社を債務者とする担保権の設定)を叶えることができそうに見えますが、果たしてどうでしょうか?

この点については、更に考えないといけないことがありますが、今日はこの辺りにして、次回以降で触れたいと思います。

本日の内容と関連する信託法の条文は、30条、31条です。受託者の利益相反行為の制限に関する一般的なお話でした。

興味がある方は、また一度読んでおいてくださいね。

受益者以外の第三者を債務者とする(根)抵当権の設定 その2

本日の担当は、大阪の司法書士の岡根昇です。

前回、私が書いた記事の続きを書きますね。

さて、改めまして、前回の続きです。

前回の記事は、下記のページにありますので、目を通してください。

本日は、登記の側面から、受益者以外の第三者を債務者とする担保権の設定について考えてみたいと思います。

さて、なんといっても、司法書士は登記の専門家。司法書士にとって、登記先例は重要ですね。

というわけで、受益者以外の第三者を債務者とする担保権の設定に関する登記先例は、あるのでしょうか?

探してみますと・・・、あるんです。

昭和40年12月9日付登発第418号山口法務局長照会

昭和41年5月16日付民事甲第1179号民事局長回答【要旨】

受託者が第三者の債務の担保として信託財産に抵当権を設定しその登記の申請があった場合、委託者及び受益者の承諾があるときでもその申請は受理すべきでない。

これは、第三者の債務の担保のためにする抵当権設定は、これによって受益者が受ける利益は何もないことを理由としているようです。

この先例の解説をよく読みますと、「受益者及び委託者の承諾があった場合は信託財産を第三者の債務の担保に供しうると解することは、立法論としてはともかく、現行法の解釈としては疑問があることから、本回答がなされたものと考える。」とあります。

つまり、この先例は、旧信託法の解釈によるものなんです。

旧信託法では、利益相反行為は、例外なく許容されませんでした。

なので、このような先例が出たのも納得できます。

でも、今は、新信託法をベースに考えないといけません。

新信託法では、31条2項で、信託契約書に利益相反行為を許容する定めがあるときや、受託者が重要な事実を開示して受益者の承認を得たときなどには、利益相反行為は許容されることになっています。

司法書士にとって、登記先例は重要ですが、古い先例の存在に惑わされてはダメです。

新信託法では、重要な事実を開示して受益者の承諾を得たことは、受託者の利益相反行為の例外と定められているのですから、この先例のようなケースの登記申請は、受理されるべきだと思います。

もちろん、登記官への事前相談は必須です!!

OKと明示した先例は、まだ発出されていないからです!!

さて、前回の事例に戻りますね。

信託契約書に「受託者は、信託法31条の規定に関わらず、信託財産に属する不動産につき、第三者を債務者とする担保権を設定することができる。」と規定しておけば、登記の局面においても問題なさそうです。

それでは、登記面の他に、どのようなことに配慮をする必要があるでしょうか。

続きます。

受益者以外の第三者を債務者とする(根)抵当権の設定 その3

本日の記事は、大阪の司法書士の岡根昇が担当いたします。

今まで、2回ほど、担保権の設定が利益相反行為にあたる場合について書かせていただいているので、その続きを書きますね。

さて、今までの復習です。

受託者個人の債務のために、受託者が信託財産に属する不動産に担保を設定することは、利益相反行為と呼ばれ、禁止されています。

しかし、信託契約書の中に、利益相反行為を許容する、という定めを置けば、利益相反行為をしても許される、ということになります。

このようなことが、信託法31条に書いてあるのでした。

しかし…気になりますね。

利益相反行為を許容すると契約書に書くといっても、どこまで許されるのでしょうか?

例えば、「10億円の価値がある信託不動産を、受託者自身が100万円で買ってもいい!」という定めをおいた場合は、どうでしょうか。

感覚的には、絶対にアウトですよね。

受益者の利益がないがしろにされている、という印象を持ってしまいます。

しかし、信託法31条だけを読んでいると、これも問題ないのでは?という気もします。

なので、ここから先は、信託法31条そのものよりも、学者や立法担当者の議論などを参考にしないといけません。

みな、利益相反行為を許容する場合に、受益者の利益をどうやったら守れるのか?ということに気を配って議論をしています。

また、受託者の行為は、信託の目的の達成のためにありますので、利益相反行為を行うことが、信託の目的の達成のために必要でなくてはなりません。

つまり、考慮すべき要素は2つ。

受益者の利益を守る

信託の目的の達成に必要である

ということになります。

では、このように、「受益者の利益を守る」「信託の目的の達成に必要である」利益相反行為とは、どのようなものでしょうか。

次のような例が典型的でしょう。

お父さんは、自身を受益者、長男を受託者として、自宅不動産を信託した。

長男は、お父さんの施設入所費用に充てるため、自宅不動産を売却しようとしている。

しかし、自宅は再建築不可の土地上にあるため、なかなか売れない。

長男は、この自宅不動産を適正な価格で買い取ってもよいと考えている。

このような場合に、長男が信託不動産を適正な価格で買い取ることは、まさに、信託の目的の達成のために必要で、かつ、受益者の利益は守られている、ということになります。

このように気を配ると、適正な信託の運用の手助けができそうですね。

受益者以外の第三者を債務者とする(根)抵当権の設定 その4

おはようございます。民事信託実務講座のメルマガです。

暑さもだいぶ和らぎましたね。

朝、家を出る時の日差しが優しく感じられるようになりました。

さて、今日は大阪の岡根昇司法書士の記事になります。

担保設定と利益相反について、今回が最終回ですよ。

それでは、始まります。

大阪の司法書士の岡根昇です。

今まで3回にわたって、担保権設定と利益相反の関係についてみてきました。

今回は、そのまとめ。最終回です。

さて、第1回目の事例に戻りましょう。

このような事例でしたね。

事例

お父さんからの相談です。

自分が認知症になった後でも、資産管理会社(長男が代表者)の債務を担保するために担保権を設定できるようにしておきたい。

そのために、長男を受託者として、不動産を信託しておきたい。

委託者兼受益者:お父さん

受託者:長男

信託の目的:不動産の管理処分を通じて、お父さんの生活の安定と福祉の確保をすること

受託者の権限:受託者は、信託財産に属する不動産につき、受益者、受託者又は第三者を債務者とする担保権を設定することができる。

さて、この事例。

受託者は、資産管理会社を債務者として担保設定ができるのでしょうか?

しかも、受託者自身が代表者を務める会社に…

ここまで3回を読まれた方なら、考え方は分かりますね。

1.信託法31条2項の条文上だけを見れば、利益相反行為の許容の定めを契約書に書くことで可能になる。

2.登記も、利益相反行為の許容の定めを置けば、可能と思われる。しかし、旧信託法の時代の登記先例ではダメであり、新信託法になってからの先例は発出されていない。

3.学者や立法担当者の議論では、信託法31条2項の条文を見るだけではダメで、受益者の利益に適合しないといけないという意見が多い。

4.当然、信託の目的に適合しないといけない。

ということです。

これを、事例に当てはめてみると、1はクリアしていることが分かります。

しかし、3がクリアできているかどうかは、よく分かりません。受益者の利益に適合させるための方法を、もうひと捻り、考えた方がよいと思われます。

また、4はクリアできていませんね。「お父さんの生活の安定と福祉の確保」という信託の目的は、あまりに抽象的で中身がありません。具体的な、受託者の行動の判断基準とはなりえません。

従って、この事例を見ると、このような担保設定は避けるべき、という結論になると考えられます。

気軽に担保設定をやってしまって、後々に受託者の行動が忠実義務違反だと責任を追及される可能性もあります。

また、最初から、受益者以外の者の利益を図るために信託を設定したのだということになれば、信託自体が無効になってしまう、という考え方もあります。

信託設定の当初から、忠実義務をないがしろにするつもりであった、と判断されてしまう危険性は避けるべきでしょう。

資産管理会社と受益者の関係。

具体的に受益者にもたらされる利益。

信託の目的の定め方。

などなど、ケースごとに、総合的な判断が必要になると考えています。

私が取り組んだ実際の内容は、ここで挙げませんが、大変に気を遣った案件でした。

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以上が引用でした。

色々と考えるところがある記事です。実際同じケースにあたるかもしれません。

一点だけ気になるところを挙げます。

「これを、事例に当てはめてみると、1はクリアしていることが分かります。

しかし、3がクリアできているかどうかは、よく分かりません。受益者の利益に適合させるための方法を、もうひと捻り、考えた方がよいと思われます。

また、4はクリアできていませんね。「お父さんの生活の安定と福祉の確保」という信託の目的は、あまりに抽象的で中身がありません。具体的な、受託者の行動の判断基準とはなりえません。従って、この事例を見ると、このような担保設定は避けるべき、という結論になると考えられます。」

この部分について考えてみたいと思います。

「これを、事例に当てはめてみると、1はクリアしていることが分かります。」

この部分だけを読むと条文通りなので可能だと思います。気になるのは、考え方の順番です。許容の定めを置くことを先に考えてしまうと、結論ありきになってしまわないか、担保設定するためにはどうすれば良いか、ということになってしまいそうです。

この部分は条文通りでもあるので最後に考えるか、少し触れるだけで良いのかなと思います。

「3がクリアできているかどうかは、よく分かりません。受益者の利益に適合させるための方法を、もうひと捻り、考えた方がよいと思われます。」

「よく分かりません」、と、「もうひと捻り」は、読者に対して言っているようです(記事を書いた岡根先生は体験済みということなので)。

受益権の内容で、担保設定の条件(例・債務者所有の財産で、担保設定可能な財産がない)と設定後の給付の内容(例・担保設定後は、返済額の残額のうち、何%を受益者に給付する、など)を定めることで可能と考えられます。

「4はクリアできていませんね。「お父さんの生活の安定と福祉の確保」という信託の目的は、あまりに抽象的で中身がありません。具体的な、受託者の行動の判断基準とはなりえません。従って、この事例を見ると、このような担保設定は避けるべき、という結論になると考えられます。」

この部分については、私の結論は反対で、4はクリアできるとなります。信託の目的+受託者の信託財産の管理方法+受益権の内容の主に3つの総合的判断です。信託の目的はあえて抽象的にしておいて(信託の終了事由にもなり得るので)、受託者の権限を細かくする、信託監督人を置く、任意後見人を置く、受益権の内容を強くする、などの対応が現時点で私はベターだと考えています。

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